ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園―Eの物語―パン屋のロッド

2021-12-03 22:36:09 | 大人の童話
 百歩ほど歩いたところで、四人はどら声で呼び止められた。
「ルー!」
 パーティー屋から出てきたのは、丸々とした白髪の男だ。
「久しぶりだな!論文はもう上げたのか?」
「はい。後は時々通いながら、教授の評価を待つだけです」
「入るだけでも大変なのに、子供産んだり育てたりしながら、よく頑張ったな」
「有難うロッド。皆に手伝ってもらえたからです」
 ルージュサンが笑顔で答えて、右後ろを手で示す。
「妹のフレイアです。一緒に住むことになりました。宜しくお願いします」
「フレイアです。よろしくお願いしますわ。ロッドさん」
 フレイアが右手を差し出す。
「ロッドだ。ルーとは長い付き合いになる。よろしくな」
 ロッドのごつい手が、フレイアの華奢な手を握る。
「あれ、ルーさん。分身の術ですか?双子が双子を連れているようです」
 今度は店から若い男か出てきた。目の辺りがロッドに似て、愛嬌がある。
「ああ、ロイさん。妹のフレイアです」
「よろしくお願いしますわ。ロイさん」
 フレイアに右手を握られ、ロイの眉が八の字になる。
「こちらこそよろしく。でもなんか変な気分だな。女装したルーさんと握手しているみたいだ」
「女装?ルーが男だっていうのか?失礼だぞ」
 ロッドがロイを一睨みし、ルージュサンを見た。
 美しい姿態は、身体の芯がピシリと締まっているが、余分な力は抜けている。いつも通りの凛々しさだ。
 大きな目は面白そうに、成り行きを見守っている。
 ロッドがロイに向き直った。
「まあ、気持ちはわかる」
 ルージュサンが吹き出した。
「だろ?」
 ロイは得意気に言って、ルージュサンを見た。
「ルーさん、ちょっと待ってて下さい。新しいパンを食べてみて欲しいんだ」
 ロイが店に引っ込むと、ロッドが屈んで双子の頬を順につついた。
「トパーズちゃん、オパールちゃん。もうちょっと大きくなったら、乳離れ用のパンを作ってやるからな。飛びっきり美味しくて、栄養いっぱいのやつだ」 
 双子は口をへの字にし、じっとロッドを見つめる。
「楽しみにています。どちらに似ても大食いですから、沢山作って下さい」
「ああ、どこに食ってんだろうな。フレイアさんも大食いなのかい?」
 フレイアが口を尖らせる。
「わたくしは普通ですわ。底が抜けた飼い葉桶みたいなお二人とは、違いますことよ」
「洗い桶位にしておいて下さい」
 ルージュサンの反論に、ロッドが笑う。
「飼い葉桶に一票だな!」
「あ、俺もそっちです」
 店から出てきたロイも同意する。
 右手のトレーには、ジャムを巻き込んだ丸いパンが二つ乗っている。
「おやつ用のパンなんです。感想を聞かせて下さい」
 ルージュサンがパンを一つ手に取った。
「可愛いパンですね」
 ちらりとフレイアを見て言葉を続ける。
「先程お茶を頂いたばかりなので、フレイアはお腹に入らないようです」
「じゃあ袋に入れるから、持って帰って下さい」
 ロイの提案に、フレイアが安堵の表情を見せた。
「頂きます」
 そういうと、ルージュサンはパンを千切らずかぶりつく。
 それを凝視するフレイアの目は真ん丸だ。
「ご馳走様です。美味しかった」
 あっという間に食べ終えると、ルージュサンは満足の笑顔をみせる。
「特にジャムの粒々感と香りが気に入りました。生地のキメとの相性も抜群ですね。ただ、おやつとして頂くのなら、もう少し小ぶりで、もっと甘い方が、一般受けすると私は思います」
「だろ?俺ももっと甘くしろって言ったんだ」
 ロッドが自慢げに胸を反らせる。
「もっと小さい方がいいって言ったのは俺だよ。大体親父は甘いパンを食い過ぎるから、そんな腹になるんだよ」
 ロイが負けずに言い返す。
「うるせえ。俺は酒樽を目指してるんだ」
「大丈夫。もう負けていません。だから程々にした方が良いですよ。膝を傷めます」
 ルージュサンが真顔で言うと、ロッドが急に大人しくなった。
「そうか?」
「そうです」「そうだよ」「そうですわ」
 三人の声が重なった。
 ロッドが憔然として己の腹を見る。
「そうか・・・」
「今袋に詰めて来るから、そのまま反省しとけよな親父」
 店に入るロイを見もせずに、ロッドは深く俯いている。
「負けてないのか・・・」
 ロッドが右手で腹を撫で回す。
「お前が俺の膝を傷めるのか・・・」
 次に左手も加わった。
「自慢だったのに、お前が・・・」
「あら、違いますわよ」
 フレイアの声に、ロッドが顔を上げる。
「違う?違うのか?違うだろ?」
 すがり付くように、フレイアを見つめた。
 フレイアは大きく頷き、力強く答えた。
「ええ、違いますとも。ハムみたいな腕も、亀みたいな首も、薪を二本並べたような背中も、全て膝には毒ですわ。安心なさいませ」
 ロッドがまた萎れた。
 袋を下げて戻ったロイが、嬉しそうに言う。
「お、反省してたな、親父。ところでチーズの件は頼んでくれた?」
 ロッドが我に返った。
「そうだ。カイルはいつ来る?」
「三日後ですが、何か?」
「パンに使うチーズのことで話があるんだ。寄るように言ってくれ」
「分かりました」
「卒業祝いは賑やかにやろうな。サンも来られるといいんだが」
「そうですね。そろそろ子供が生まれる頃でしょうか」
「そうだな。あいつもやっと落ち着いた。会えるといいな」
「はい。期待しています」
「じゃあ、これ」
 ロイが頭二つ分程の、袋を差し出した。
「色々入れといた。みんなで食べてよ」
「いつも有難う。ご馳走様です」
 ルージュサンは笑顔で受け取り、乳母車作り付けの箱に入れる。
「こっちこそ。ルーさんにアドバイスで出来上がったパンは、よく売れるんだ。ドラさんにもよろしく言っといて」
「分かりました。では又」
 ロッドとロイに見送られながら、ルージュサンが囁いた。
「驚きましたか?」
「もちろんですわ」
 フレイアが軽く身を引く。
「道でパンを食べるのは珍しいことではありませんし、多くの人はおやつのパンを丸齧りします。なるべく的確なアドバイスをする為に、同じように食べたのです」
「そうですの。特に無礼を働かれたわけでも、お姉様が行儀を忘れたわけでもありませんのね。私も王女時代は、城から馬塲まで歩いて街中を見たものですが、あれはなんだったのでしょう。庶民の生活は、未知との遭遇ですわ」
 フレイアの表情は硬い。
「人は相手によって、違う顔を見せるものです。ましてや王女ですからね。今は楽しんで下さい。折角手に入れた庶民なのですから」
 フレイアがルージュサンの目を真っ直ぐに見た。
「・・・そうですわね」
 首を横に二度振って、笑顔を作る。
「長いお付き合いって、なんですの?」
「私が養女になって、倉庫係りの見習いをしていた時の先輩です。あの時の仲間は今でも仲が良いんですよ。カイルとサンも同じです」
「カイルさんとチーズって?」
「カイルは牛と山羊を飼っているんです。私が農産物を扱うようになったきっかけにもなりました。手伝って貰うのですから、少し詳しく話しますね」
 ルージュサンは双子を横から覗き込み、機嫌を確認して話をつづけた。
 「元々牧場を持つ為にガーラントで働いていたのですが、良い話があった時資金が足りず、私が貸したのです。以来同様の話が持ち込まれるようになって、彼らの生産物を、私も売るようにな。ました」
「個人でなさっていたので、ガーラントを譲ってからも、続けてますのね?」
「そうです。すぐに上手くいくとは限りませんが、皆さん意欲的なので、面白い結果に繋がります。それも楽しみです」
「お姉様の利益はどれくらいになりますの?」
「店を貸しているので、賃貸料は入ります」
「無償で経営してるってことですの?」
「私は帳簿を見るだけですから。店の評判は良いのですよ。作り手と買い手を繋いで、両方のプラスになる。私も暫くは子供達に手が掛かるので、それで良いと思っています。ああ、あと農産物を頂くので、食費も浮いていますね」
「・・・成る程」
 フレイアは又、考え込んだ。