ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園―Pの物語―白花茶

2021-09-24 21:23:39 | 大人の童話
 取引当日、バスは布染め工場に出向き、現金で支払いを終わらせた。
 工場の壁は、大きな傷もそのままで、手入れの悪さを物語っている。
「では、皆さんに賃金を支払って下さい」 
 二人きりの工場で、バスが言う。
「それが、五日しかなかったもんで、連絡が取れなくって。後から渡しておきます」
 しれっと言うダフに、バスはもう腹も立たなかった。
「息子が人足と一緒に、表に着いている頃なんですが、中に入れても良いですか?」
「はい。もう代金は頂いている頃なんですが、ご自由に運び出して下さい」
 ダフの目が、三ヶ月型に歪む。
「では遠慮無く。資材の搬入口はあちらですよね」
 バスは扉に歩み寄り、大きく開けた。
「今日は。失礼します」
 ギャンが大きな台車を押して入って来た。
 ぞろぞろと、人足達も着いくる。
 ダフがぎょっとして、彼等を見た。
 布染め工場の、元従業員達だったからだ。
「彼等達への支払いが先ですよね」
 バスが澄まして言う。
「え、ええ。でも、ほら、準備が」
「大丈夫です。解雇になった翌日に、承認頂きましたよね。今、持ってきます」
 事務も担当していたカニャが、帳場にすたすた入っていく。
 どうせ支払わないからと、さっさとサインしたことを、ダフは後悔した。
「でもほら、金種が」
「皆、小銭を持ってきてます」
 ティグがにやけながら言う。
 悔しさを隠そうともしないダフの横で、賃金の支払いは着々と進んでいった。
 1ヶ月分の精算を終えても、代金は半分以上残っている。
「じゃあこれで」
 残りの代金を持ち去ろうとするダフの手を、カニャが止めた。
「前月分の準備も出来ています」
「取引先への支払いもあるじゃないか。長い付き合いだろう。自分さえ良ければどうでもいいのか?」
「合同で乗り込まれて、支払いましたよね?残高はありません」
 ダフの憎悪の眼差しを、カニャは左の横顔で受け流した。
「・・・前月は丸々1ヶ月分だから、これじゃ足りないだろう。分け方を考えなきゃならないから、後だ、後!」
 ダフの目が吊り上げっている。
 サキシアの予想通りに、事が全て運ぶ。
 その様に、バスは内心舌を巻いていた。
 「今日は皆さんが、手弁当で運んで下さるという話しでしたが、その分として私が足しましょう」
 バスが懐から、札入れを取り出した。

 秋の始まりに、建家は完成した。
 布染め工場からは、半数近くの工員が転職した。
 研修時間も充分に取れ、建家の完成と同時に、工場は稼動した。
 ファナは一歳になり、乳離れも済んだが、サキシアは預り所は使わず工場へ出勤もしなかった。
 気を使わせてしまうからだ。
 サキシアは染めの研究をする他は、裏で時々手伝うに留めた。
 
 工場では夏の間『トゲトゲの』の花を大量に摘んだ。
食品加工場でそれを漬け、干して、お茶が出来上がると『白の花茶』として、直売所に出した。
 その横には、メイの父親が編んだ、籠を並べた。
 それに入れて吊るしておけば保存がきくし、装飾としても美しいからだ。
 ファナが椅子から落ちないよう、サキシアが考えたシートは、改良されて仕立て屋と直売所の両方に置かれた。
 直売所を任されたメイは、その社交性で売り上げに貢献した。
 そして外国からの旅人が来た時、特技も役立った。
 父親が怪我をするまで、行商をしていたので、近隣の数ヵ国語に堪能だったのだ。
 商売が大きくなるに連れ、メイのその能力は、どんどん生かされるようになった。 


Pの物語ー母の恵み―

2021-09-17 21:27:58 | 大人の童話
 ギャンが台所の異変に気付いたのは、ただいまのハグを終えた後だった。
 なにせ今日は遠出して、朝からずっとサキシアに会っていなかったのだ。
「ねえ、サキシア。これは何?」
「何って、樽よ」
「うん。それは分かるけど」
 広い台所は、僅かな作業スペースを残して、積み重ねられた樽に
占拠されていたのだ。
「昼間、お義母さんが業者さんと届けてくれたのよ。責任をもって売りさばくから、一日一樽位、漬け続けるようにって」
「大丈夫なの?」
 樽の数に圧倒されて、ギャンが確認した。
「問題ないわ。納屋にも沢山詰め込んだし、足りなくなれば、すぐに運んでくれるそうよ」
「・・・納屋にもあるんだね」
「そうなの。大きな納屋で良かったわ」
 ギャンは何かを諦めた。
「あと、お義母さんが馬車を御してるのを見て、教えて下さいってお願いしたら、ギャンが上手だって言われたのよ。今度教えてね」
 サキシアは笑顔だ。
「うん。分かった」
 ギャンも笑顔になった。

 アルムは有言実行だった。
 小分けにした漬け物に『母の旨味』と銘打って仕立て屋の隅に置き、服のおまけとして試食に配ったのだ。
 評判は広まって、すぐに一日一樽では足りなくなった。
 布も注文を捌ききれない状態で、夏には工場の増築を始めた。
 食品加工場と従業員用食堂、直売所も新設し、そちらにも人を雇う計画だ。
 器具もあらかた購入したが、アイロンや釜など幾つかは、見当を付けるだけにすることを、サキシアが勧めた。
「うん。分かった。でも何で?」
 ギャンが粥を掬う匙を止めた。
「私というか、皆の予想な」
―バンッ―
 その時突然、ファナがテーブルを強く叩いた。
 その弾みで後ろに傾き、椅子の下にずり落ちそうになる。
 サキシアがとっさに横から抱き止めた。
「サキシアッ!ファナッ!」
 ギャンが椅子を蹴倒して駆け寄った。
 ファナが大声で泣き出す。
『ファナ!ファナ!』
ぺルルが鳴く。
『サキシア?サキシア?』
パールはサキシアの心配だ。 
「大丈夫よ。驚いただけ」
 サキシアの顔は真っ青だ。
 ギャンが屈んで、ファナを抱き取る。
「君は?サキシア。頭と肘を打ったろ?肩は?膝は?どこを捻った?」
「大したことないわ。ファナが無事で良かった」
「君が無事ならもっと良かったのに」
 ギャンがサキシアの顔や腕に、視線を走らせる。
「そうね。とにかくもう二度と、こんな目には会わせないわ」
 サキシアがファナを見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。
「座ってて。今、軟膏と湿布を持ってくるからね」
ギャンはファナを抱えたまま、戸棚に向かった。
そしてそのまま、購入を見合わせる理由を聞きそびれた。

「そうなんです。そちらの工場が始まってから、商売あがったりで。土地と建物は返すんですが、設備はうちのなんで」
 布染め屋の主、ダフが椅子から身を乗り出した。
「そちらでも工場を大きくするんだ、好都合でしょう?元々お嫁さんに染めを教えてあげたのはうちですよね。工員達に未払いの賃金だけでも払ってやりたいんです」
 ダフの語気は強い。
「そうですか。でも工場は息子に任せてあるんで、話し合ってみないと」
 バスは手を組み、即答を避けた。
 サキシア考案の染め布を、約束を破って他所に売り、問い質すと開き直った相手だ。
 それでもギャンが契約を切ると言い出した時、最初は反対した。
 先々代からの付き合いだからだ。
 けれど上手に出られてまで、助ける筋合いは無いのだ。
「まあ、宜しくお願いしますよ」 
 薄笑いを浮かべるダフを眺めて、この男の本性に気付かなかった自分を、バスは不覚に思った。

 ギャンは頑張った。
 全ての備品を売り付けようとするのを牽制し、高値で押し切ろうとされても相場まで値切り、代金を賃金に充てるという言質を盾に、代金と賃金の支払いを、同時に行うことを確約させたのだ。
 

楽園ーPの物語ーHoney Days

2021-09-10 22:01:32 | 大人の童話
 ファナは可愛かった。 
 実際、サキシアは目の中に中指を入れられたが、痛むどころかファナが手を伸ばせたことを喜んだ。
 鳥達は子守唄を覚えてあやしてくれるし、ギャンも家にいれば世話をする。
 アルムも時間を作ってはやって来て、手伝ってくれる。
 それでもサキシアは、頻繁にファナに困らせられたが、堪らない愛しさが、際限なく込み上げてくるのだ。
 おむつを洗うことさえ、嬉しかった。
 中でも乳をやる時間は至福だ。
 大きな力に満たされるような、包み込まれるような、不思議な感覚だ。
 サキシアは、ファナを可愛がるすべての者に感謝し、連帯感を強めた。
 中でもファナを授けてくれたギャンに対する愛情は、より一層深まった。

「うーん。やっぱり駄目だわ」
 サキシアが台所で呟いた。
 子供の預かり所は、店の近くの借家で半ば独立させ、ギャンとサキシアは工場担当になっていた。
 サキシアは工場の賄いを作りながら、変わり織りの工夫を続けていたが、一つ、懸案があった。
 それは『トゲトゲの』の葉と茎、、そして花の活用法だった。
 何故かあまり色が出ず、全て肥料にするには惜しい。
 サキシアは刺を丹念に擦り落とし、煮てみたが、あまりの渋さに口の中がしわしわになりそうだった。
 何度も酢でアク抜きしても、効果はなく、重曹でも試してみたが、、さほど変わりは無かったのだ。
「あんまり頑張り過ぎないでね。家のことだけでも大変なのに、工場のお昼まで作ってるんだから」
 ファナを抱きながら、ギャンが入って来た。
 右肩にはピール、左肩にはぺルルが乗っている。
 肩を補強したベストは、サキシアとお揃いだ。
「私が言い出したことだもの。近くにご飯屋さんもないし、工員の人達との接点になるし」
 振り向きながらサキシアが答える。
「そういえばタオが喜んでた。落ち込んでたから、故郷のお菓子に励まされたって。分かってて出してあげたの?」
「あの辺りは魚の古漬けも有名なんだけど、二ヶ月は・・・あ、漬け物!」
 サキシアが頷きながら小さく叫んだ。
 肩に止まろうとしていたパールが、驚いて飛び上がる。
「漬け物がどうしたの?」
 ギャンが上体を少し引いて尋ねる。
「味も変わるし、毒が消えることもあるのよ。次はそれを試すわ」
 サキシアがにっこりと笑った。
 
 夜中、ファナがぐずり出すと同時に、サキシアは目を覚ました。 
 こっそりと起き出して、ベビーベッドの足元に立つ。
 月明かりで、手早くおむつを取り替えると、ファナを抱えてベッドに戻り、乳を含ませた。 
 至福の時間ではあるが、至福の睡魔も襲ってくる。
 そのまま流れるように眠りに落ちた。
 頃合いを見計らい、隣のベッドでギャンが起き上がった。
 熟睡しているファナを抱き上げ、ふわふわの頬にキスをして、ベビーベッドに静かに寝かせる。
 サキシアの寝巻きの胸元を整え、布団も掛け直した。
 うっすらと唇を開けた寝顔を、蕩けるような目で、暫く見詰める。
 やがてサキシアの額に触れないキスをして、ギャンは幸福な眠りについた。
 
 サキシアの閃きは当たった。
 葉と刺は柔らかくなり、茎は萎れて硬くなっていく。
 渋味は一月で減り始め、二月で旨味が出始めた。
 三月で渋味はほぼ無くなって、旨味の塊のような味に変わった。
 そのままスープや煮物に入れると、一味も二味も違う。
 水で戻せば、炒め物にもなった。
 賄いに使っても大好評で、好みの別れるものでもないらしい。
 花は旨味が薄かったが、塩抜きをしてよく干すと、華やかな香りが立つお茶になった。 
 サキシアは賄いの後片付けを終えると、ファナを背負った。
 いつもの皮袋と、漬け物とお茶を入れた袋を二組、手に下げる。
 アルムとメイに持っていくのだ。
 メイは仕事に行ってるだろうが、自宅では足の悪い父親が籠を編んでいる筈だ。
 扉を開けると、冬の日射しが暖かく、顔を照らした。
「お店に行くわよ」
振り向いて声を掛けると、鳥達が飛んで来た。
 サキシアの右肩にはパールが、、左肩にはファナべったりのぺルルが止まる。
 雄のピールはわりと自由で、森へと向かった。
 弱い向かい風を、全身で心地よく感じながら、サキシアは歩いて行った。
「そろそろね」
パールが話し掛ける。
「そうね」
サキシアが答える。
背中が軽く汗ばんできた頃、サキシアは仕立て店に着いた。
 裏口から入ると、お針子達に声を掛け、アルムを呼んだ。
「まあいらっしゃい。ちょっと待ってね。今店番を代わってもらうから。一緒に家でお茶しましょう」
 そして不思議そうに、サキシアの顔を見詰める。
「あら、青が薄くなったんじゃない?」


楽園ーPの物語ー覚悟

2021-09-03 21:35:53 | 大人の童話
「構いませんよ。何分割ですか?」
 事も無げに言われて、バスは勢いよく椅子の背に体を預けた。
「あ、有難うございます。あまりにあっさり承諾して下さったので、拍子抜けしてしまいました」
 老人が破顔した。
「先日の花嫁行列を拝見しまして。あれは見事でした。艶やかさで人を惹き付ける力は商売人としての才覚を、布の素晴らしさは仕立て屋としての資質を、石の輝きは豊かな財力を、知らしめていました。堅実だという評判は元々うかがってますし、信用しないわけがない。大事な従業員達ごとお願いするんですから、そういう方にお譲りしたいんです」
「それは・・・恐縮です」
 バスは花嫁行列へのサキシアの対応が、やっと腑に落ちた。
 贅沢や派手なことなど、避けて通ってきたようなサキシアが、花嫁行列の話を快諾していたのだ。
 それどころか、使う布を鮮やかに染め上げ、ギャンが花嫁石に貯金をはたくのも、止めなかった。
 ここまで考えてのことだったと思い至って、バスは覚悟を決めた。
 この話も子供の預かり所も、ギャンとアルムに半ば押し切られる形だった。
 地道に続けることこそが、商売の心得だと思っていたからだ。
 けれど、次の世代には次の世代なりのやり方があるのだ。
 それを精一杯、後押ししてやろう、と。

「ただいま、サキシア」
「お帰りなさい、ギャン」
 実感のこもった「会いたかった」と、愛が溢れたいつものハグ。
 ただいつもと違うのは、ギャンが顎を埋めたのが、サキシアの左肩だったことだ。
 サキシアのベストには、頑丈な肩当てが付けられていて、右肩には昨日の鳥が止まっていたのだ。
「五年払いにしてもらえることになったんだ」
 問われるよりも先に、ギャンが報告した。
「花嫁行列を見て、信用したんだって。そこまで考えてたの?」
「そうよ」
 サキシアが当然の様に言った。 
 花嫁姿を見た者は、後にサキシアのアザを見て、口さがなかった。
 花嫁化粧でアザが隠れなかったとしても、色々と言われただろう。
 嫁ぐからには精一杯尽くす。
 それがサキシアの覚悟だったのだ。
 ギャンは真珠を思い浮かべた。
 その痛みを美しい真珠に変える。
「俺、名前を思い付いた」
 ギャンが飛び上がって叫ぶ。
「パールだ!パール!パール!」
―バサバサバサッ―
 鳥も飛び上がった。
「パール!ぴったりね。確かに黒真珠みたいに光るわ。良かったわね、鳥さん。貴女は今日から、パールよ、パール」
「パール」
 鳥が鳴いた。
「話せるの?凄いわ!」
 サキシアの目が輝く。
「うん、凄いね」
 ギャンは赤ん坊の名前のつもりだったと言うのを止めた。
 サキシアが喜んでいる。
 それだけで良かった。

 工場は広かった。
 機を並び変えると、染色に十分なスペースも作れた。
 糸染めは、メイが昔馴染みを呼び寄せてくれ、彼のつてで、中古の設備も格安で手に入れた。
 トントン拍子で全てが進み、試し織りの第一号が織り上がった日、サキシアは赤ん坊を産んだ。
 
「元気ですか?アザはありませんか?」
 咳き込むように、サキシアが聞いた。
「元気ですよ。アザどころか黒子一つありません。凄く綺麗な女の子です」
 取り上げ女が微笑んでみせる。
 サキシアは深い安堵の溜め息をついた。
「サキシア!」
 産声を聞いてギャンが飛び込んできた。
「無事で良かった。有難う!!」
 そう言ってサキシアの右手を握る。
「お母さんも赤ちゃんも元気ですよ。私が取り上げた中で、一番整った顔をしている。きっとファナ王女のような美人になるよ」
 手際よく臍の緒の始末をしながら、取り上げ女が答える。
「ファナ王女?」
 赤ん坊を覗き込みながら、ギャンが聞き返した。
「そう。これでもあたしは神話にゃ詳しいんだ」
 取り上げ女は、赤ん坊を桶に移した。
「王を殺されて戦に出ようとする王妃を、止めた王女さ。そのせいで隣の国に囚われたんだけど、彼女の美しさを神が惜しんでね。王を甦らせて、一族を美の国に導いたんだ。皆そこで幸福に暮らしたんだって」
「ファナ。良い名前じゃない。ね、この子の名前はファナにしよう」
 ギャンがサキシアに視線を移す。 
「でも、父王は殺されるのよ」
 サキシアが眉をひそめる。
「生き返るんだからいいじゃない。俺達はここで幸福の国を作ろう。ファナ!ファナかあ。良い響きだ。ファナ!君の名前はファナだよ、ファナ!」
「ファナ、ファナ」
 隣の部屋で、パールが鳴いた。
「この子はその名前に見合った美人になる。あたしが保証するよ」
 赤ん坊に湯をつかいながら、取り上げ女が言う。
「ね、二人とも良いってさ」
 三人を順に見ながら、ギャンが言う。
「ピールとぺルルも、バールが鳴いて決めたしね。いいわ。優しい響きだし。貴方が長生きしてくれるって、約束するなら」
「当たり前だよ。俺はサキシアと幸せになるって、決めてるんだから」
 ギャンがサキシアの両肩をガシッと掴む。
 取り上げ女が、赤ん坊を拭き終えた。
「よく頑張ったわね」
 少し紫斑があるものの、文字通りの『赤ん坊』が、サキシアの前に乗せられた。