ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語ー蹴鞠大会

2020-11-27 22:23:23 | 大人の童話
 翌日、中央広場は、あちらこちらで人だかりが出来ていた。
 三ヶ月に一度の蹴鞠大会が開かれているのだ。
 円形の競技場で、自分の陣地に三回鞠を落とすと負けとなり、抜けていく。
 八人で競い合い、半数になる毎に陣地が広がっていく方式だ。
 中でも注目を集めているのは、ルージュサンだった。
 初めの内、彼女はその風貌で注目を集めていた。けれど次第に、その上手さに気付く者が出始めたのだ。
 難しい位置でも軽々と、ひたすら地道に返していく。けれども相手の隙を見逃さない。
 人が抜けて陣地が広くなるにつれ、その動きも大きくなる。
 頭頂で束ねた真っ赤な癖毛が、右へ左へ、前へ後ろへと靡いて、華やかな舞踊の様だ。
「行けー!」
「そこだー!」
様々な歓声に混じって『誰だ?あれは?』と、聞く声があると、すかさずセランが『ルージュサンです。僕の運命の相手です』と、教えて回る。
 予選が終わる頃には、ルージュサンコールが沸き起こっていた。
 決勝で対峙したのは、前回の勝者、メロだった。
 景品の酒一樽を次回の勝者へ、と辞退したり、対戦相手を褒め称えたり、
柔和な顔立ちと相まって、特に女性に人気が高い。
 長いラリーの後、ルージュサンにきわどい球が飛んできた。
鮮やかに身を翻し、逆にメロの隙を突く。
陣地ギリギリに落ちた鞠に、一際大きな歓声が上がった。
メロが落としたのは二回目だ。
そこでルージュサンの蹴り方が変わった。
どこに蹴られても、右後ろの端、 左後ろの端と交互に返し始めたのだ。
メロが動きに慣れたところで、不意に前に出る。
高く跳んで鞠を捉え、 前端ギリギリに叩き込んだ。
ーピイー!ー
笛の音が高く響いた。
「勝者、ルージュサン=ガーラント」
 会場がどっと沸いた。
メロがルージュサンに笑いかけた。
すると目尻が垂れて、急に幼く見える。
「お見事です。とてもご婦人とは思えない」
「そちらこそ。とても殿方とは思えない、粘り強さでした」
ルージュサンがウィンクで返し、握手をすると、会場は拍手の嵐だ。
 ルージュサンは人の波をかき分けて、大会本部の天幕へ向かった。
 そこで暫く話し合い、少し遅れて表彰式となった。
「準優勝、メロ=ラットン!」
 メロがゆっくりと台に登る。
 女達の、悲鳴に似た歓声が上がる。
「優勝、ルージュサン=ガーラント!」
ルージュサンが、少し高い台に上がった。
 メロと同じ高さに顔が来る。
「カナライの酒は旨い!」
ルージュサンの声が強く響く。
会場から賛同の声が上がった。
「人は優しくて情が厚い!」
再び賛同の声が上がる。
「最高の人達と最高の酒を!!今から皆で分け合いましょう!!」
 広場は惜しみ無い歓声と拍手、口笛の嵐だ。
大会本部の天幕には、屋台から買い取った山積みのカップと、酒二樽。そして賞品の酒二樽が、急遽用意されていた。
 屋台の主、セラン、ルージュサン、メロが、夫々に並んだ人々に注いで渡す。
「どこの生まれだ?」
「ジャナの港です」
「上手くなるコツは?」
「船で遊ぶことです」
男達の大多数が、ルージュサンの樽に押し寄せた。
酒を注ぐ間も質問責めだ。
セランの列は、殆ど女性だ。
 訳知り顔で話回っているのは、昨日蒸し風呂屋で合った女性だ。
 メロの列にはファンの女性と、冷やかしたい男が並び、とにかく、飲みた連中は店主の所だ。
 酒樽が空になっても、会場は盛り上がったまま、夕方からの舞踏会に突入した。

舞踏会が始まっても、場の中心はルージュサンだった。
 セランの美貌と共に人目を引き続け、踊りを教わる姿さえ、注目の的だ。
 そして動きを確かめるように、一節踊ると、次は滑らかに、次は緩急を付けてと、どんどん華やかになっていく。
 ルージュサンの赤毛と、緑地に金の刺繍が艶やかな長衣、セランの銀髪と、光沢のある上着の裾が翻る。
 一曲終わる頃には、皆踊りを止めて、手拍子を打っていた。
 曲が変わって、二人が広場の端に移ると、観客達が踊り手に戻り始める。
「あっ」
 突然セランが頬を染め、両方の手で挟み込んだ。
「どうしたんですか?」
 ルージュサンが覗き込む。
「困りました。貴女の手以外に、思いっきり触ってしまいました」
 ルージュサンが苦笑した。
「大丈夫です。踊りで触るのは、触ったうちに入りません」
「えっ?それは困ります。困れなくなってしまう」
 目を白黒させているセランに、声が掛けられた。
「なんだか、ややこしい困り方ですね」
 メロだった。
左後ろに、ひょろりとした姿がある。
 線の細い顔立ち、よく手入れされた栗色の髪。見るからに育ちが良さそうな、四十がらみの男だった。
「私の主、フォッグ=カナライアです」
 メロに紹介され、男が微笑んだ。
「初めまして。メロから聞いて飛んで来ました。話以上にお美しい。溢れ出る精気が煌めいて、目映いほどだ」
「お褒めにお預かり光栄です。ルージュサン=ガーラントと申します。貴方こそ、優雅な佇まいがお美しい」
ルージュサンが優雅に微笑み返す。
「何をおっしゃいますやら。お連れの方は、美という美で形作られている」
「ああ、紹介します。セラン=コラッドです」
ルージュサンがセランを振り返った。
「初めまして。セラン=コラッドと申します。ルージュサンの運命の相手です」
 フォッグが、その美貌に改めて目を細める。
「初めまして。私はフォッグ=カナライア。お連れの方を踊りに誘うと、貴方を更に困らせてしまうのでしょうね」
「特に困りもしません。けれども、良い気分ではありません」
「やはり止めておきましょう。折角の来訪者を、不愉快にしたくはありません。ところで貴女はジャナの出身だとか」
 そう言ってルージュサンに視線を移す。
「生まれはジャナですが、海育ちです」
「今回は観光で?」
「妹に呼ばれたのです。明後日訪ねて、用事が済めば早々に帰ります」
「それは残念です。折角のご縁ですから、明日にでも我が家にいらっしゃいませんか?近くで父と暮らしているんです」
「面白そうなご提案ですね」
「では、宿と、都合の良い時間を教えて頂けますか?」
 フォッグに気付いた人々が、少し遠巻きに四人を見つめていた。

楽園ーFの物語ー カナライの都

2020-11-21 21:50:41 | 大人の童話
高い壁に挟まれた検問所を通ると、カナライの都には、レンガと木造の建物が並んでいた。
「どうしよう」
キョロキョロ辺りを見回しながら、歩いていたセランが呟く。
「なにをですか?」
ルージュサンが尋ねた。
「髪の色も目の色も、みんな、黒か茶だ」
「ほとんどその民族ですからね。どうして困るんですか?」
「見分けをつけるのが大変です。耳が三つあるとか、口がないとか、目印があればいいのに」
ルージュサンが驚いて立ち止まる。
「いつも色で見分けてたんですか?」
「声と雰囲気です。それを覚えるまでの目印になるんです」
普通にセランが答える。
「大丈夫です。貴女は一瞬で覚えました。そして死んでも忘れません」
ルージュサンは少し目を細めて、セランを見つめた。
見つめる返すセランの微笑みは、いつも以上に甘く、蕩けていく。
ルージュサンは右腕を上げ、セランの左頬に手を当て、ずに、自分の後ろを指差した。
「そこの角を曲がれば、ナザルお勧めの宿です」



夜露に濡れたレンガの道は、もう乾いていた。
大通りに面した建物は、夫々に意匠を凝らし、かつ堅牢だ。
「今日もよく晴れていますね」
ゆっくりと宿を出て、歩きながらルージュサンが言った。
連泊で部屋を取ったので、斜め掛けの布袋はほぼ空だ。
セランも今日は、とても身軽だ。愛用のリュートも背負っていない。
「私はこれから行きたいお店があります。それから観光でもして、昼食をとったら宿に帰ります。セランはどうしますか?」
「貴女のいる場所が、僕の行きたい場所です」
「では何処を観るかを、任せていいですか?」
セランが破顔する。
「はい。どんな所をお望みですか?」
話しながらの歩く二人を、道行く人が振り返る。
黒髪が多い町中で、銀髪と赤毛というだけで人目を引く。
そこにセランの極端な美貌と、ルージュサンに漲るパワーのハレーションだ。
質素な旅姿で、覆い隠せるものではなかった。
二人は全くお構いなしですたすた進み、直ぐに目当ての店に着いた。
レンガを組んだ赤い壁が、長く続いている。
大店だ。
王室御用達の印が焼かれた、重厚な木の扉だ。
「服屋、ですか」
セランが入り口の前で立ち尽くす。
「やっと、ペアルックを着る決心がついたんですね!」
「何でそうなるんですか」
「いえいえ、照れることはありません。ここは旅先、誰も見ていませんよ。大丈夫。何事にも始まりはあるものです。直ぐに慣れますとも!」
「慣れる必要を感じません。折角なので、この国の衣装で観光しませんか?」
「はい!この国のペアルックで!」
目を瞑り、うっとりとしているセランを見捨て、ルージュサンは店に入っていった。
その姿に、店の女が息を呑む。
そして慌てて笑みを作った。
「いらっしゃいませ。ご購入ですか?お仕立てですか?」
艶のある黒髪、手入れされた指先、地味だが上質な生地の服。
店主の妻だった。
「こんにちは。この町の平均的な外出着を二組づつ購入したいのです。見繕っていただけますか?」
「二組づつ?」
女が首を傾げた時、セランが扉を勢いよく開けた。
「置いて行かないで下さい!」 
女がまた、目を見張る。
「いらっしゃいませ。これはまた、選び甲斐のあるお連れ様ですね」
「こんにちは。彼女の美しさを引き立てるものを、お願いします。勿論、僕の服もです」
セランが注文をつける。
「それは、お幸せですこと」
女が心からの笑みを浮かべた。


服屋から出てくると、ルージュサンがセランに聞いた。
「もう一件、お店に寄っていいですか?」
「今お店で聞いた、そこの宝飾店ですか?」
セランの顔が喜びに輝く。
「そうですね!。アクセサリーなら、いつでも着けられますからね。ペアのアクセサリー。なんて、素敵なんでしょう」
「セラン。貴方は完璧に美しい。きっと、足の爪まで美しいのでしょう。宝飾品などいっそ邪魔です」
ルージュサンが言い聞かせるように話すと、セランが眉をしかめた。
「足の爪?足の爪・・・見た覚えがありません」
「足を洗う時も、靴を履く時も、見ていないんですか?」
「え?。見てます。見てるはずです。気にしてないので記憶にないだけです。今、確認します」
セランは道端に座り込み、靴紐を解き始めた。
ルージュサンが畳み掛ける。
「爪は勿論、指夫々の美しさと甲の高さ、土踏まずの深さに踵の丸み、細かく、そして全体の調和も、とにかく足の全てです。左右の足が、対称かどうかも忘れずに」
「分かりました」
セランが力強く頷く。 
通る人がじろじろと見ていく。
いつもと違う、好奇の目だ。
それをかけらも気にすることなく、セランは足の粗捜しに熱中した。
そのお陰でルージュサンは、一人でアクセサリー選びを楽しめたのだった。



町で一番ソーセージが旨いと評判の食堂は、昼食を取りに来た住民と、おしゃべり好きな常連客で、賑わっていた。
店お勧めの料理と酒を頼みながら、ルージュサンとセランは席に着いた。
隣の男が、まじまじと二人を見つめ、嘆息して言った。
「いやはや、目の保養だな。どっから来たんだ?」
ルージュサンはにこやかだ。
「ずっと、西です。カナライはどんな国なんですか?」
「どんな?」
初老の男は、時々黒目を上に寄せ、考え考え答えた。
「住みやすい所だよ。旨いソーセージと強い酒があるしね。昔は隣の国といざこざがあったり、赤ん坊だった王女様を人質に寄越せって言ってきたり、物騒だったが」
斜め向かいの男が、口を挟む。
「あの国が分裂してから三十年、ずっと平和だ」
「前の王様が賢かったんだよ。今の王様は今一つだけどな」
他の男達も口を出す。
「女好きの上、夫婦揃って癇癪持ちだって聞いたぞ」
「そりゃいつの話だよ。ラウル様が生まれてから、ぴたっと治まったってよ」
「でも、跡取りは王女様なんだろ?聡明で快活な方だし」
「いや、あれはラウル様を守ってらっしゃるんだろう。ダコタ様が王座を狙ってるっていうし。もう少ししたら、どっかに嫁ぐよ」
「まあ、二人とも赤毛だから、どっちにしろ国は安泰だ」
「赤毛だと安泰なんですか?」
セランが隣の男に聞いた。
「ああ、この国は殆ど黒髪なんだが、たまぁに赤毛が生まれるんだ。その子が継いだ家は栄えるし、国を継げば国が栄える」
初老の男がまた、上を見た。
「王様の兄上も赤かったんだが、耳が不自由になってな、王位継承権を奪われて、独り身のまま四十前にお亡くなりになった」
「お気の毒だったな。次の年、ラウル様が生まれた時は、生まれ変わりなら良いと思った」
「皆さん、お詳しいんですね」
ルージュサンの言葉に、向かいの男が答える。
「そうだよ。小さい国だから、皆、本家を見守る分家の様に気を揉んで、使徒の様にその血筋を崇めているのさ・・・あんた本当に、ここの生まれじゃないのか?」
ルージュサンが面白そうに聞き返した。
「そう思われますか?」
男が八の字眉になった。
「だってよ・・・おい、ハッサのじいさん。珍しく黙ってるじゃないか。あんたも、そう思っただろ?」
訊かれたのは、ルージュサンをじっと見ていた老人だった。
「うん?うん」
曖昧に答えて視線を外す。
「親が、こちらの出身なんです」
ルージュサンが小さく笑った。



「今から蒸し風呂に行ってきます」
宿に戻るなり、ルージュサンが言った。
「確か蒸し風呂専門店があるんですよね。僕も行きます」
いそいそと支度をしようとするセランを見て、ルージュサンが意外そうに言った。
「カナライの蒸し風呂は混浴ですが?」
「ええっ!」
セランが真っ赤になって、両手を頬に当てた。
「ヴェヴェッ!?」
次は青くなり、目が宙を見据える。
「分かりました。すぐ支度をするので待って下さい。交替で入りましょう。お先にどうぞ。遠慮なく、ゆっくりと」



その日、町一番の蒸し風呂屋の主は、困惑していた。
何故か見たこともない美麗な男が、開店前から、店先に立っているのだ。
そして道行く女性達に、愛想を振りまいている。
「そこの青いドレスのお嬢様、美しい髪をなさってますね。こちらの蒸し風呂にお入りになれば、尚一層、艶やかになりますよ」
そう言って、優雅に入り口を指し示すと、あまりの美貌に見惚れる女性が、導かれるまま入店する。
「そこの白いドレスも清楚なお嬢様、今蒸し風呂にお入りになれば、桜色の頬となり、尚一層、可憐な美しさを増すでしょう」
そう言って右手を差し出し、思わず手を乗せた女性を、中へとエスコートする。
入ろうとする男がいれば、にじり寄って行く。
「お入りになるのですか?今、こちらに?どうしても?他のお風呂ではなく?後からでもなく?」
穏やかな笑顔を崩さないまま良い募り、男が不気味がって立ち去るまで、張り付き続ける。
ーまあ、いいかー
蒸し風呂屋は見なかったことにした。
風呂があっという間に、女性客でいっぱいになったからだ。

楽園ーFの物語ー 歌の夜 光の朝 ・・フィオーレ・・

2020-11-14 19:58:08 | 大人の童話
ナザルが何度か泊まった宿に入ると、女将が愛想よく出迎えた。
「ようこそナザルさん。これはまた美しいお連れ様方ですね」
途端にセランが前に出る。
「そうでしょう。素晴らしいでしょう!彼女の美しさを異国で語り合えるなんて!僕は幸せです」
満面の笑みに、女将が笑顔で返す。ベテランだ。
「私は犬と一緒に、厩で寝たいんですが」
ルージュサンの希望に、ナザルが慌てた。
「止めて下さい!フィオーレが心配なら俺るが一緒に寝ます!」
セランも口を出す。
「ルージュサンが厩で寝るなら、僕も一緒に寝ます!」
「「それは駄目です」」
二人の声が揃った。
「セランの寝相では、馬も犬もびくびくして寝ていられません」
「え?船の上だけじゃないんですか?」
「残念だが違う。あれは酷い」
「ですから私が」
「貴女一人、馬小屋に寝かせられますか」
「まさか、二人で寝るつもりじゃないでしょうね!?」
女将がパンパンと手を叩いた。 
「厩を二区切り、続きで用意しましょう。片方には大きな木箱を一つ、縄付きで。それでよろしいですか?」
三人に異存は無かった。



フィオーレは厩に入れられ、主が餌を持ってきた。
ルージュサンは屈み込み、フィオーレに何かを囁いた。
そして肉を少し噛み千切り、その残りと水をフィオーレの前に置いた。
「フィオーレ。食べなさい」
そして静かにその場を離れた。
夕食を終えて厩に戻ると、水が少し減っていた。
「水を飲みましたか。良い子だ!フィオーレ」
「それは凄い!頑張ったな。フィオーレ」
「やっぱり賢い。凄いです!フィオーレ」
三人で誉めそやし、隣の仕切りに入る。
そこには清潔な藁が、山程積み上げられていた。
中央には棺より少し幅広い木箱も、藁が詰められ、置いてあった。
「良い宿ですね」
ルージュサンが感心する。
「お気に召して良かったです」
「僕は棺に入る前に」
セランが藁の山に飛び込む。
ルージュサンもその横に飛び乗る。
「ああ、良い匂い」
太陽と藁の匂いを胸一杯に吸い込んで、仰向けになった。
「サンという友人に聞いてから、憧れていたんです。彼のお供は牛でしたが」
ナザルがクスクス笑い出す。
「二人とも、子供のようです」
「大人だから子供になれるんです」
「そうです、そうです。ナザルさんもどうぞ」
二人がニコニコナザル誘う。
「じゃあ俺は、仰向けで」
ナザルが腰を下ろし、躊躇いながら仰向けになる。
「勢いが足りません」
セランが笑いながら顔を出し、リュートを抱えた。
柔らかな声に乗せられ、旋律は辺りを風のように揺らす。
子供時代の、幸せで懐かしい歌だ。
人も馬も、犬も。ゆったりと身を任せるばかりだ。
引く波を惜しむように、歌の余韻を味わいながら、ナザルが言った。
「なんて心地よい。いつまでも聞いていたい」
「聞きながらの昼寝は、最高でした」
ルージュサンが請け負う。
「そうだろうね。でも残念ながら」
ナザルが木箱を見る。
「はい。入ります」
セランがさっさと木箱に入り、胸で手を組む。
「お願いします。ルージュサン」
「はい」
ルージュサンが、慣れた手付きで縄を渡す。
「僕は今、貴女の愛で・・・・あ、そうだ!」
セランが起き上がろうとして、縄に当たり、頭が藁に沈んだ。
「ああっ、痛くない!。ナザルさん、本当に素敵な宿ですね」
「そうでしょう。ところで何か思い付かれたんですか?」
「そうでした。そうでした。ルージュサンが『船乗りの子守唄』を船で歌ってくれたんです。ナザルさんにも歌ってあげたらどうですか?」
「それは、ぜひ聞きたいですが・・・」
「では、違う子守唄を」
一瞬戸惑ったルージュサンを、ナザルが少し面白そうに見た。
ルージュサンの歌が、低く、静かに滑り出す。
そして高く、また低く、眩い光の粒子の河が、悠然と、豊かに広がり、全てを慰撫し、また、降り注ぐ。
光の粒が、産み出されることを止めても、その輝きは当たり一面に、そして身体中に残っているようだった。
その日、馬小屋にいた者達は、皆、豊かな眠りに着いた。
穏やかな希望に、満ち満ちて。



こんな朝は、久しぶりだ。
体が軽く、力に満ちている。
馬は起きているが、人間は眠っている。
不思議な人間達だった。
優しく強い腕と、不思議な声を持っていた。
そのうち人間達が起き出し、一番小さな人間が、また、耳慣れない言葉を囁くと、水と肉を替えていった。
飲んでいい。食らっていい。
もう良いのだと、体が知らせる。
けれど腸は怒りに焼かれたままだ。
水だけ飲んだ。
また、人間達がやって来て、私を褒めた。
そして歩かされ、やがて一番大きな人間に、私は任された。
明るい日射しの中、私は広い草地に着いた。
沢山の馬達と、私と同じ種のもの達が、走っていた。
指示する人間を、信頼している。
かつての私のように。
その人間に、私は引き渡された。
私はここで暮らすのだろうか。
そして自由になるのだろうか。私を苛むこの炎から。
あのもの達と同じように。かつての私と同じように。
人間を信じて。





楽園ーFの物語ー 金狼と山賊

2020-11-07 22:00:00 | 大人の童話
その日の道中は静かだった。
濃い緑を切り分ける細い道を、黙々と歩いて行く。
道のきつさではなく、なるべく山賊に会わない為だ。
ルージュサンが持っている火薬の匂いで、狼が避けてくれることも期待した。
最初に反応したのはナザルだった。
すぐにルージュサンも気付く。
聞き耳をたてながら、そのまま通り過ぎようとした。
だが。
二人が振り返るのとほぼ同時に、何かが藪から飛び出してきた。
ルージュサンが身を交わすと、反転して着地する。
汚れた金色の毛が、ふわりと浮き上がった。
ルージュサンは目を逸らさずに、刀を抜く。
大きさは大人ほどもある。『金狼』だ。
鼻に皺を寄せて睨み付けている。
『金狼』が再び飛び掛かろうとした時、太い針がその胴に刺さった。
ルージュサンが又、身を交わす。
『金狼』も、反転して着地する。
睨んだまま後退ろうとし、よろけてそのまま踞った。
「どんな毒ですか?」
ルージュサンがセランに聞く。
「半日位、体がよく動かない筈です」
「この毛は狼じゃなくて犬ですね」
ナザルが毛を摘まんで言う。
「私は目が合いました」
ルージュサンが向かいに屈んだ。
「あれは怒りです。あの怒りは哀しみ。その底にあるのは、多分」
「失われた信頼と愛情」
ナザルが後を引き取った。
「この辺りには、小さながいくつかあった。配給が行き渡らなかったの所のだろう。皆、村を捨てた。最悪な形で裏切られたんだ。きっと」
三人は痛まし気に犬を見た。
ルージュサンがナザルに聞く。
「預けられる方をご存じないですか?」
「従兄弟が軍用犬の訓練をしています。都のすぐ外だ。俺が預けに行こう」
ナザルが犬を抱き上げた。



「吹き矢とは珍しい。どうして始めたんですか?」
ナザルがセランに尋ねた。
「ルージュサンと出会った時、僕は無力でした。だから僕でも出来そうな、吹き矢を練習したんです」
今度は遠慮がちに聞いた。
「『タコバの毒』を複製出来たと聞きましたが、まさかあれは」
「似たようなものです」
セランがあっさりと答える。
「国家機密じゃないんですか?持ち出していいんですか?」
「ルージュサンは全てに優先します」
セランはにこやかだ。
「知っていたんですか?」
ナザルはルージュサンに助けを求めた。
「推測はしていました」
しれっと返される。
ナザルは黙って犬を見つめ、歩きに集中することにした。


「伏せろ!」
ルージュサンが叫んだ。
犬を抱いていたセランが、滑るように一歩下がる。
ナザルとルージュサンが庇う形だ。
足元に矢が三本突き刺さる。
全てがほぼ、同時だった。
すぐにナザルが立ち上がる。
「争えば怪我人が出る!。どちらが勝つにせよ、得策ではなかろう!。このまま通してくれ!」
返事は再び飛んで来た矢だった。
それをナザルが剣でなぎ払うと、ルージュサンが立て続けにナイフを放つ。
呻き声がいくつか聞こえ、矢が止まった。
犬を下ろし、セランは後ろを伺う。
前の茂みから、男が七人飛び出してきた。
男達が振りかぶった剣を、ナザルは剣で弾き、蹴りで鳩尾を狙う。
ルージュサンは峰打ちで、確実に倒していく。
男達が全て地に這うのに、二十秒とかからなかった。
すぐに又、五人の男達が出てくる。
前の男達とは明らかに違う、凄みがある。
ルージュサンが刀を順手に持ち替えた。
「後ろに気配はない」
ルージュサンの囁きに、セランも前を向いた。
真ん中の、少し背が低い男が口を開く。
「確かに得策じゃないな。十人殺されるところだった」
「そう思ったら、通してくれ」
「手ぶらでは面子が立たない。下に置いたのは獲物か?」
「いや、動けないだけだ。連れて行く」
男が目を細めて、犬を見た。
「もうちょと、よく見せてくれ」
男が剣を置いた。
緊張感が高まる。
ゆっくりと犬に近づいき、くまなく視線を走らせる。 
大人二人分の距離で目を合わせ、腰を落として小さく呟いた。
「フィオーレ」
そして視線をナザルに移した。
「義理の兄が飼っていた犬だ。飢饉の時、助けに来るのが遅かったばっかりに、可哀想なことをした」
今度はルージュサンを見る。
「幸せにしてやってくれ。俺はこの手で引導を渡すことしか、思い付かなかった」
「信頼できる人間に預けます」
ナザルが頷く。 
男が無造作に、地面から三本矢を引き抜いた。
そしてルージュサンの前に差し出す。
「この矢はなかなか丈夫でね。狙いが狂わない。あんたの小刀も同じだろう。これで五分。どうだ?」
「いいでしょう」
ルージュサンが左手で受け取った。
「交渉成立だ。俺の名はミンガ。あんたは?」
「私の名はルージュサン」
そう言って振り向くと、ナザルとセランが頷いた。
「黒髪の男はナザル、銀髪の男はセラン、金髪はフィオーレです」
男が破顔した。
「俺達は、今後お前達を客として遇する。勿論、襲うことは無い」
「宜しくお願い致します」
ルージュサンが優雅な笑みを浮かべた。
「では、先を急ぐので」
セランがフィオーレを抱き上げ、三人は歩きだした。
四人の男と擦れ違う、少し手前で、背後の樹上から、小刀が飛んで来た。
ルージュサンが振り向きもせず、手に持っていた矢で跳ね上げる。
そしてその手で受け止めた。
「ケフラッ!」
ミンバの怒声が響く。
「要らないのなら、頂いて行きます」
「済まなかった」
ミンバが声を掛ける。
ルージュサンがゆっくりと振り向いた。
「ナザルの国はカナライです。よく、覚えておいて下さい」
じわりと笑みを浮かべる。
ミンガの背中が、総毛立った。


峠を越え、カナライ側に入ると、道が少し広くなる。
暫く下ると、フィオーレの首が少し動いた。
ルージュサンがフィオーレを下ろし、胸で交差させ縄を掛けた。
固く結んでその端を、自分の手に持つ。
もう一度抱き上げた時には、脚も動き出していた。
直ぐに暴れだしたので、再び下ろす。
フィオーレは逃れようと、四方八方に動く。
ルージュサンは縄を短く持ち、それを許さない。
フィオーレの動きが鈍くなるのを待ち、その耳元でルージュサンが何かを囁き始める。
フィオーレはじっと聞き入っていた。
数秒後、すっと四肢を伸ばす。
そして、引かれるようにしながらも、三人に従って歩き始めた。 
「良い子だ」
ルージュサンがフィオーレに声を掛ける。
ナザルとセランも、微笑んでフィオーレを見つめた。
「この子は賢いし、きっと美しい」
セランの言葉にナザルも同意する。
「そうだな、身体能力も高そうだ」
「べた褒めされてますよ。フィオーレ」
そこからは、楽し気に話しながらの道中になった。
明日、都の手前でナザルはフィオーレを連れて別の道を行く。
セランはいつも以上に賑やかだった。
セランがついに踊り出したところで、視界が開けた。
下には木造の家が立ち並んでいる。
ジャナは石の文化だったが、カナライはレンガと木の文化だ。
ナザルは国に戻ったことを、実感した。