ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-名付け子のエダン

2021-12-17 21:16:47 | 大人の童話
「王も民に慕われてましたの?」
 問いかけるフレイアの眉間には、少し力が入っている。 
「はい」
 答えるルージュサンは、いつも通り落ち着いて穏やかだ。
「この国は学術大国として繁栄してますわ。学問を志す者にとって、まず必要な外国語はこの国の言葉、そしてこの国の国立学院は憧れの的。民主主義に変える必要が、何処にあったのかしら?」
「この国では五年間、子供に教育を受けさせています。政について考える最低限の下地は、ある筈なのです。だから王は民を信じ、後継者として選ばれたのです」
「お姉様はどう思われてるの?」
「文明が進んで生産性が上がれば、人々は自由な時間を手に入れます。他国でも、政が王の専門職である必要は、なくなっていくのです。それが時代の流れです。この国がその魁の一国として、成功例を示せれば幸いだと思います」
 フレイアは両目を細め、顎に手を当てて、少し考えてから確認した。
「王は民に敬われ、民を信じ、時流を読んで、より良い未来の礎となることを選ばれた、ということですのね」
「結果的には、」
《王女様っ!?》
 ルージュサンの返答を、カナライ語の呼び掛けが遮った。
 同時にフレイアの背筋が伸び、表情が引き締まる。
 正面から走って来たのは、十二、三歳の少年だった。
 痩せてはいるが幼さが残る頬と、大きな目が印象的だ。
《エダン?エダンではありませんか》
 語尾の強い話し方も、かつてのフレイアにもどっている。
《やっぱり王女様だ!。会えて嬉しいです》 
 少年は満面の笑みだ。 
《私もです。どうしてここに?》
《王女様が嫁いですぐに、父がなくなったんです。父が借金していた相手が、僕を旅芸人の一座に入れました》
《まだ、十歳にも満たなかったのに。苦労したのですね。ちゃんと食べさせてもらってますか?苛められたりしていませんか?》
《大丈夫です》
 フレイアの心配に、エダンは笑顔で答える。
《エダンッ!エダーンッ!!》
 道の向こうから男が呼んだ。
《お話出来て嬉しかったです。明後日の市に出るので、良かったら見に来て下さい》
 エダンは急いでそう言うと、道を駆け戻って行った。

 その夜、フレイアはなかなか寝付けなかった。
 少し酒でも、と、こっそり起き出すと、台所の一角がランプで照らされていた。
「眠れませんか?」
 ルージュサンが振り向きながら尋ねる。
「お姉様は背中にも目が付いているのね・・・何をしてますの?」
「セランが集中してるので、夜食を持って行くのです。フレイアはお酒ですか?」
 ルージュサンが大きな鉢を持ち上げてみせた。
「そのつもりでしたけど、付いていっても良いかしら?」
「勿論」
 階段に向かうルージュサンの鉢を、フレイアが覗き込んだ。
 中には剥き身にされた柑橘が山盛りにされ、爽やかで甘い匂いを放っている。
「あら、美味しそうね。一房良いかしら?」
 フレイアの手と口は、返事を待たない。
「まあ、美味しい。オレンジに似てるけど、もっと大きくて甘いわ」
「品種改良をしているんです。直売所で扱ってますよ」
「いつもこんなお夜食なの?」
「頭を使うと、甘いものが欲しくなりませんか?果物なら水分も摂れて、一石二鳥なんです」
「水分?」
「はい」
 階段を昇りきり、書斎の扉をルージュサンが叩く。
 返事は無かった。
 ルージュサンが構わず中に入り、続いたフレイアは『水分』の理由を知った。
 机に向かうセランの頭から、白い湯気がほかほかと、立ち上っていたのだ。
 フレイアの口が、驚きに半開きになる。
「・・・小さなお菓子なら蒸し上がりそうだわ」
「出来ませんでした」
 フレイアが勢いよく、ルージュサンを見る。
「本当です」
 ルージュサンが深く頷いた。
 そして果物を一房刺し、セランの唇に押し当てる。
 セランの口が開くと、ルージュサンがすかさず果物を入れる。
 セランはもぐもぐと咀嚼し、喉仏を上下させて飲み込んだ。
 ルージュサンは再び果物をセランの唇に押し当て、セランが口を開けて咀嚼し、飲み込む。
 それを何十回も繰返し、木鉢が空になると、フレイアが溜め息をついた。
「まるで、からくり人形の様ですわ」
「同じですね。体が勝手に動くのです」
「私達が気にならないのかしら?」
「居ることに気付いてさえいないのです」
「どうすると気付きますの?」
「作業所直接妨害すればよいそうです。読んでいる目を塞ぐとか、書いているペンを奪うとか」
「どついたらどうかしら?」
「少々では無理でしょう」
「回し蹴りでは?」
「試さないで下さいね」
「でも、飛び蹴りなら」
「それも駄目です」
「じゃあ髪で我慢するわ」
 フレイアはそう言うと、自分のお下げのリボンを解いて、セランの髪を手に取った。
 腰まである銀髪はさらさらと、細い指から流れ落ちそうになる。
「なんて良い手触りなのかしら。ひんやりするほどすべすべですわ」
 フレイアは誉めちぎりながら三つ編みを二つ作って、両耳の後ろで輪にし、自分のリボンで留めた。
 大きなリボンを二つ着け、セランは一心不乱に数式を書き連ねている。
 それを難しい顔で見ていたフレイアが、困り顔でルージュサンを振り返った。
「どうしましょう。似合ってますわ」
「どうもしなくて大丈夫です。セランですから」
 ルージュサンが小さく笑う。
「惜しいっっ!!」
 セランが突然絶叫した。
 立ち上がって頭を抱える。
「お邪魔でしたのっ?ごめんなさいっ!!」
 思わず身を縮めたフレイアを見て、セランが驚く。
「フレイアさん、居たんですか。あれ?ルージュも一緒だったんですね。そう言えば喉が渇いてないし、甘い味も匂いも残ってる。詰め込んでくれたんだね。いつも有難う」
 セランがルージュサンを抱き締めた。
 その頭から湯気が消えていく。
「専門科の生徒の考察なんだけどね、とても面白かったんだ。論理にあちこち飛躍があったから、なんとか埋めようとしたんだけど、駄目だった。どうしても矛盾が生じてしまう」
「凄い論文だったんですね」
「うん。今回は残念だったけど、着眼点が素晴らしい。彼は物理学を変えるかもしれない。研究科に進む予定で本当に良かった」
「その彼がもし、研究を止めるのだったら、どうなさったの?」
 フレイアの質問に、セランはルージュサンを抱き締める手を解き、半呼吸考えて答えた。
「少しづつ角度を変えながら、僕が研究を続けたかもしれません」
「そうなれば物理学を変えた名誉は、お兄様のものですわ」
「学問の発展の前に、僕の功名心など。フィオーレの抜け毛程の価値もありません」
 セランが今度は即答する。
「フィオーレの抜け毛?」
「彼女の下毛はとても柔らかいんです。集めるとフェルトになるんですよ。見ての通り美しい金色なので、布絵にもそのまま使えるんです。僕もこの前挑戦したんですが、針で指を刺してよごしちゃって。でもルージュがそれもawk取り入れて、綺麗に仕上げてくれたんです。ルージュは本当に頼りになるんですよ。呼ぶとすぐ、来てくれるし・・・あ」
 にこにこと捲し立てていたセランの口が、ぴたりと止まった。
 真顔になって、ルージュサンに向き直る。
「今日、教授から伝言を頼まれました。話があるから明日授業が始まる前に、来て欲しいそうです。だからもう寝んで下さい。僕はもう少しかかるから」
 ルージュサンがセランの頬に、優しく手を当てた。
「ほどほどにして下さいね。お休みなさい」
「お休みなさい。良い夢を」
 ルージュサンにキスしたセランの頭で、大きなピンクのリボンが揺れた。