旅の途中から

2005年1月9日ひっそりとスタート、旅はまだ続きます。

TOB敵対的買収

2007-06-05 05:31:29 | Weblog

日本ではだいぶ前にやったみたいですが、当地のケーブルテレビでは昨日、新日鉄VSミタルの戦いをやってました。別のNHKの企業ものハゲタカにも通じるんですが、本当に食うか食われるかの時代がやってきているんだと認識を新たにしました。経営者が従業員が一生懸命働いてその会社の価値が増せば増すほどこれもまた買収の危機から逃げられなくなる、働く品質が悪く時価総額が下がるとそっちはそっちで買収の危機、皆が一生懸命働いて会社の価値が上がるとそれはそれで買収の危機、本当に大変な時代です。
話の舞台はフランス、ベルギー、そしてルクセンブルクである。しかし、実のところ全ヨーロッパに関わる話であり、そして経済の観点からは、全世界をも巻き込む。世界最大の製鉄会社ミタル(Mittal)が、当初は敵対的買収TOB(株式公開買い付け) であった買い付けを通して、世界第二のアルセロル(Arcelor)の管理権取得に成功してしまったのです。
これは単なる友好的買収ではなく、ビジネスおよび社会モデルの間に起きた衝突です。アルセロルは、元来フランスとルクセンベルクの会社だが、現在では圧倒的にベルギーのものであり、ブラジルに強力な基盤を持ち、世界の大部分で営業している。最も複雑な使用のためにデザインされた、高品質の特殊鉄鋼製品に特化する。これらの高品質製品は、中~長期契約に基づき、主に長年の顧客に購入される。アルセロルは、世界で最も古い製鉄業者のひとつであり、非常に投機的な世界鉄鋼市場への依存はごくわずかで、その従業員は(平均すると)高い水準と安定性を持っていたわけです。
ミタルの方はと言えば、無から湧いて出た複合企業で、わずか20年の間に、世界トップクラスの製鉄会社となった。これは世界中の製鉄工場をあざやかに合併整理・合理化したことによって達成された。社長はインド人だが、インドに工場は持っていない。ミタルは主に東欧に基盤を置いているが、アジア(韓国)やラテンアメリカにおける存在も強大。
ミタルは強大だが、鋼鉄の世界市場の投機的な波に大きく左右されることから見て、もろい会社である。経費を削減し、労働は可能な限り外注にしているため、従業員の給料はアルセロルの被雇用者よりも少なく、安定性に劣る。さらに、アルセロルは、その資本の大部分が、多様な株主のものであるという点で、完璧な合併のターゲットとなった。ミタルはこの逆で、株の60%以上を、ラクシュミ・ミタルと彼の家族が所有している。これは、なぜミタルの株が、アムステルダム(世界でも数少ない、極少の流動資本しかない会社でも上場可能な株式市場の一つ)で取引されているのかを説明する。つまり、ここに相互関係は成り立たない:ミタルはアルセロルに入札できるだろうが、アルセロルはミタルに入札できない。
利害関係は、このタイプの戦いにおける通常のものよりも、ずっと明らかで、ミタルはアルセロルの支配権を握ることに明白な興味がある。それは、世界地理上のバランスを改善し、ハイエンドの鋼製品の市場に占めるシェアを増大し、そして、鋼鉄市場で起こる投機的なショックに対する弱さを減らすためである。
反対に、アルセロルはこの買収の成功に全く興味がない。もし、より冒険的な企業戦略へと誘導されるとすれば、これまで維持してきた研究ポリシーと、高級市場向けの多大な投資は弱められるかもしれない。従業員は、ゆっくりだが確実に、賃金および仕事の安定性といった相対的な長所の浸食によって、首を絞められるだろう。これが、経営陣、労働者の大多数、そしてアルセロルの連合がミタルの申し出を断った理由である。
しかし、アルセロルの株主は自分達なりの選択をした。ミタルが提示した当座の利益は十分だった。ミタルの勝利である。つまり株主は、会社の浸食が進み、恐らく高品質と従業員の尊重に焦点を置くポリシーが終わる、というリスクを冒してでも、一時のボーナスで儲ける事を選んでしまったわkです。
現在新日鉄も40万とも言われる個人株主に対してひきとめキャンペーンを張っているわけですが、目の前ににんじんを下げられて我慢できる人間がどれだけいるのでしょうか?
アルセロルには、固定期間契約あるいはパートタイム契約がほとんどない。今回の選択は、150,000人以上の従業員に、直接関わってくる。間接的には、我々全てにも関わる問題だ。なぜならば、アルセロル株主の選択は、決して異例ではなく、このタイプの友好的買収の、深い経済的・社会的重要性を露にしているからである。
もし、会社の持ち主が、品質には経費がかかりすぎるし、労働者はその依存度を減らすために、より不安定な立場に置かれなければならない、と考えるならば、我々の社会はどこへ向かうのだろう?そのような規則に管理されるシステムは、様々な社会的衝突や、ことによると暴力を、増加させる傾向にある。なによりも、そのようなシステムは、長期においては存立も維持は難しくなると考えるのが自然です。
このことから、会社はその持ち主あるいは株主だけのものだ、という旧式の法律概念に固執するのは、危険である。実際、現実において、会社とは、同じ経済・技術事業から収入を得る男女のコミュニティである。この事実上の現状に見合う法を受け入れ、従業員にも、自らの運命に関して意見する機会を与えることが、賢明なのですが。労働者の福利厚生と安定性への無関心に向かって進展を続ける経済システムを許容する余裕は、どこの社会にもないことを見ても、ミタルのアルセロル買収を受け、国家機関等は法におけるギャップに取り組まなければならないのですが、ホリエモンは止められても、インド人の経済王を止める力は当局にはないのでしょうか?
彼らが乗り出せば新日鉄が買収される確立もかなり高いように思えます。株式会社に勤めるものにとってひとごととは思えません。