今日は日下公人著書「新しい日本人が日本と世界を変える」より転載します。
今回は、「『反知性主義』って何のことですか?』」というシリーズでお伝えします。
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日本の新聞、地上波のテレビは本当に仕事をしていない。こんな事例から考えてみよう。
2015年12月19日に中国海南島で開かれたミス・ワールド世界大会に出場しようとしたカナダ代表のアナスタシア・リンさんが中国に入国を拒否された。
リンさんは中国系カナダ人である。入国拒否の理由について中国外務省は「状況を把握していない」(洪磊報道官)と、にべもなかったが、真相は、彼女が中国における人権問題に関して活動していたからである。
リンさんはもともと中国・湖南省出身で、13歳の頃に父親と離婚した母親とともにカナダに移住し、トロント大学で演劇を学んだ。在学中から中国の人権問題を扱う映画やテレビ番組に出演し、中国当局に収監され弾圧される気功集団・法輪功の学習者を演じたほか、2015年7月には米議会の公聴会で、法輪功学習者に対する中国当局による迫害や臓器狩りの実態について証言もしていた。リンさんによれば、代表に選ばれた数日後、中国に住む父親が公安当局から嫌がらせを受けたという。
「拷問で大半の歯を失った人権派の弁護士が治療を受けられないのはなぜか。臓器移植ドナーと死刑執行の数を合わせても数万件の移植手術件数に満たないのはなぜか。検閲のない情報をみることができないのはなぜか」等々のリンさんの中国の人権問題と言論弾圧への批判を、中国当局は封じたかったのである。
リンさんが入国できなかったニュースは日本でも流れたが、<招待状が届かなかったためビザを取得できなかった>(共同通信)というだけでは何のことかわからない。主催者が招待状を送らなかったとしたら、その経緯はどうなっているのか。中国がミス・ワールドの主催者に圧力をかけたのか。
日本のメディアがこれに関心を持たないとしたら、彼らはその程度の中国報道でいいと思っているのか。日本国内では盛んに人権問題をあげつらうくせに、中国国内のそれには無関心らしい。
ちょうどリンさんの問題が起きた同じ頃、日本では「反知性主義」という言葉が飛び交っていた。その定義や解釈は論者によって違いがあったが、事実上、安倍首相に対する批判に用いられることが多かった。
たとえば、SEALDsなどが平成27年12月6日に開いた集会に「サプライズゲスト」として登場した俳優の石田純一氏は「反知性主義」を連呼したという(平成27年12月11日付「産経新聞」)。
それまでも安保関連法に反対の立場を鮮明にしていた石田氏は集会で、<「ちょっと酒を飲んでも、街を歩いても、『君の言っていたことは間違っている。中国が攻めてきたら丸腰でどうやって戦うんだ』とよく言われる」>と自らのエピソードを交え、こうした懸念を「反知性主義」と断じたうえで、<「世界一平和で安全な国をなぜ変える必要があるのか。本当に危惧している」とも訴えた>(同)らしい。
だが現実の東アジアを見れば、軍事的緊張を高めているのは日本ではなく中国や北朝鮮である。『産経新聞』の記事は<力による現状変更を試みようとする勢力に対し、侵略を思いとどまらせる「抑止力」を持つことは、「反知性主義」なのだろうか>と問いかけるが、その後、これに石田氏が応じたということは聞かない。
この集会の2週間後、SEALDsなどの市民団体が、平成28年夏の参議院選挙に向け、安全保障関連法廃止を訴える野党統一候補を支援する「安全保障法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」を結成し、都内で記者会見を開いた。
この市民連合は、SEALDsや安保法制に反対する「ママの会」「学者の会」など5団体の有志が呼びかけて発足したという。山口二郎法政大学教授は記者会見で「参院選のすべての一人区で野党統一候補を立てるというゴールに向けて各党を動かしていく」と方針を語ったが、この山口氏は、安保法制を進める安倍首相に対し、こう発言したことがある。
「昔、時代劇で萬屋錦之助が悪者を斬首するとき、『叩き斬ってやる』と叫んだ。私も同じ気持ち。もちろん、暴力をふるうわけにはいかないが、安倍に言いたい。お前は人間じゃない!叩き斬ってやる!民主主義の仕組みを使って叩き斬ろう。叩きのめそう」
真に知性的であろうとするなら、同じセリフを安倍首相にではなく、自由を求める中国の民衆のために習近平に言うべきではないかと私は思うが、「反知性主義」をもって安倍首相を批判する論者の中にそれは見当たらない。
---owari---
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