陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画のなかのプロフェッショナルたち その3

2010-11-24 | 映画──社会派・青春・恋愛
厭々する労働はかえって人を老衰に導くが、
自己の生命の表現として自主的にする労働は、
その生命を健康にする。
──与謝野晶子『愛の創作』



詩人歌人作家の唱える労働論というのは胸に刻みたくはあるけれど、実は労働の心得なるものを説く者こそ、ほんとうの労働の苦しみを知らないのではないか、という疑惑に駆られます。数行の言葉をひねり出して足りる詩人歌人ほど、労働のプロフェッショナルからほど遠いものはないでしょう。ものごとをたちどまって考えることは、手を動かさないに等しく、社会との繋がりを一時的に遮断してしまうことに等しいのだから。「自己の生命の表現」かどうかはともかくとして、自主的に働いたことによる成果が、人の精神を前向きにさせる点は誰しもが頷くところでしょう。しかし、多くの人が自分で選んだわけではない過労や厳しい業績評価で追いこまれ精神に不寓をかこっているのが現状です。詩や歌というものは、自分の感動のありのままを書きつけるだけですむはずはなく、こうした厳しい現実に浸されて生きる人のこころを救ってこそ存在価値があるものです。創作は労働ではありません。重い日常があるからこそ、山上憶良が農民の貧苦にこころを痛めて読んだ貧窮問答歌のように、胸を打つ言葉となって以後、千年、歴史の教科書をひもとく現代人にいまだ強く響いてくるのです。



前置きが長くなりましたが、勤労感謝の日記念特集、働く大人を描いた作品セレクションをお送りしています。
映画のなかのプロフェッショナルたち その2に続く、この後半では教師・政治家・警察官から裏稼業のお仕事まで収録しています。近年とみにそのプロフェッショナルぶりを疑うような事例ばかり続く職業だったりします。もちろん、悪いのは一部の極端な例のはず。そう思いたいものですよね。

《真理を教え、人を育てるお仕事》
「グッド・ウィル・ハンティング」
心に傷を抱えた天才青年と、喪失感を抱えた精神科医がつむぐ友情劇。新しい旅立ちをする季節に観ておきたい映画ですね。

「さよなら子供たち」
ドイツ占領下、フランスの寄宿学校に忍び寄る戦争の魔の手。ヌーヴェルヴァーグの巨匠ルイ・マル監督の自伝的ドラマ。ユダヤ人の子どもを匿おうとした校長の後ろ姿が、最後に哀れを誘います。

「白く渇いた季節」
白人の歴史教師、黒人差別に命がけで立ち向かう。南アフリカのアパルトヘイトを激しく抗議した社会派ドラマ。

「少年の町」
少年犯罪を憂える神父が、身寄りのない少年たちを集めて自治の町を建設。古くさい少年漫画を思わせるおさだまりな内容ではあるけれど、率直に感動できます。

「チップス先生さようなら」(1939)
イギリスの古きよき全寮制男子校を舞台にした、一介の老教師の半生を描く。いま、こういう生まじめだけれどもこころ優しいタイプの先生よりも、漫才師のように冗談めかして授業を楽しくする先生のほうがなぜか人気です。子供にセクハラしたり、殺人を算数の問題にしたりするようなおかしな教師もいますが(嘆) 口先がうまく点数を取らせるタイプよりも、寡黙だけれど行動で示す、学問の面白さを伝えるタイプの先生のほうが、私は好きでしたけれどね。授業は自分自身が学ぶためにあるのであって、ショーを見にくるのではないのに。

《国を動かすお仕事》
「ガンジー」
インド独立の父、「偉大な魂」と呼ばれた指導者マハトマ・ガンジーを扱った伝記映画。言われたら言い返せの野次罵倒の応酬になっている某国の国会も、たまには言葉の非暴力を貫いてはいかがでしょうか。

「マイケル・コリンズ」
アイルランド共和国の立役者、マイケル・コリンズ。その激動の半生を描いた伝記映画。史実を歪曲している部分もあります。坂本龍馬のように、国の体制を変えた偉人は人気を呼びますが、その時代に多くの血が流れたことは覚えておきたいものです。

「麦の穂をゆらす風」
ケン・ローチ監督の歴史映画。アイルランド闘争に身を投じた兄弟がやがて信念のもつれから袂を分かってしまう。かつての盟友・親兄弟が仇同士なんて、政治の世界ではよくあることですが、命を賭けてぶつかりあうからこそ哀しい。

「わが命つきるとも」
冷酷王ヘンリー八世の支配するイギリスに生きた思想家トマス・モアの半生。権力に屈せず、命を賭して信念を貫き、断頭台の露と消えてしまう。

「我輩はカモである」
こんな首相はおことわり?! 突拍子もないコメディアン、マルクス兄弟が演じる抱腹絶倒の政治風刺劇。カモだろうとカンだろうと鳩だろうとオザワだろうと、己を利して国を病めさせる政治家はもうたくさんですね。

「レッドクリフ Part I 」
三国志の史実に名高い赤壁の戦いを壮大なスケールで描いた大作の前半。魏の曹操が呉の孫権下の名将、周瑜の美人妻に横恋慕しておこした戦闘という大胆な解釈。よく考えたらこの設定、「トロイ」と似ていなくもない…。


《悪と戦うお仕事》
「デジャヴ」
ふしぎな既視感に囚われて、フェリー爆破事件を未然に防ごうとする捜査官。名優デンゼル・ワシントン主演、いわゆるタイムパラドックスものの緊迫サスペンス。

「亡国のイージス」
海上自衛隊艦船を乗っ取ったテロリスト一味と、艦を護る伍長たちとの攻防を描く。
英雄ってのは、人の命、国の安寧を守ってこその英雄なんです。情報をただ垂れ流すだけで、国家機密情報管理の脆さを内外にバラした保安官ははたして英雄だったのでしょうか。疑問です。もっともいちばんに責められるべきは、責任を地検や保安庁へ押しつけた政府です。

「マスク・オブ・ゾロ」
19世紀初頭のカリフォルニア州南部、民衆を苦しめる提督に挑む怪傑ゾロは、なんと二人。快刀乱麻の剣さばきで悪を断つ、いわゆる義賊もの。

「サマーウォーズ」
「劇場版新世紀ヱヴァンゲリヲン・序」みたいな、ロボットや魔法で世界を救うアニメは数あれど、いかにも現代っ子らしい少年少女たちが、世代を問わずに人間の底力をフル稼働させて地球を救う。第83回アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされた話題作。


「9デイズ」
道楽者がCIAの極秘任務に協力。素人がスパイ教育を受けるよくある設定ながらも、別人格を演じていた主人公がそのうち尻尾を出したり、アンソニー・ホプキンス演じる相方の老練諜報員との掛け合いをする場面がおもしろい。アメリカの一都市の危機を、人類絶望の危機と過大に煽るのはこの手の映画ではお約束なんでしょう。



《街の運び屋さん》
「魔女の宅急便」
スタジオジプリアニメ映画の傑作。見知らぬ街で独り立ち修行中の魔女が、運搬屋をはじめます。落ちこんだりもしたけれど、がんばっています。あの黒猫はトトロと並び、愛すべきキャラクターです。

「トランスポーター」「トランスポーター2」
お届け率百パーセントの配達人が、悪の運び屋の陰謀に巻き込まれるアクション大作。しかし、なぜ運転手がカンフーの使い手なのか?(謎)

「フィフス・エレメント」
元空軍エキスパートで、タクシー運転手が、異星人の女の子を拾ったからさあ大変。ブルース・ウィルス主演&リュック・ベッソン監督、地球存亡の危機を迎えた未来を描くSFX娯楽大作。

《裏稼業》
「灰とダイヤモンド」
ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督作品。ワルシャワ蜂起後の組織運動に与したレジスタンス青年の悲劇。

「ディル・セ 心から」
ラジオ局ディレクターの男が出会って恋に落ちたのは、女性テロリスト。壮大なロケーションを背景にした華麗なミュージカルパートと、凄絶なラストを迎える展開。衝撃的なインド映画のロマンス大作。

「頭文字D(イニシャルD)」
話題のカーアクション漫画を香港の俳優を起用して映画化したもの。とてつもなく違和感が…。原作はプロのF1レーサーにも愛読されていますが、田舎の夜の静けさを奪う走り屋は大・大・大嫌いです。

「ルパン三世 ルパンVS複製人間」「ルパン三世 カリオストロの城」
あまりプロフェッショナルとして成立してほしくない職業ですが。ちんけな泥棒でなく、ときに有能な探偵となり、ときに警察よりも果敢に陰謀に挑むルパンの勇気には惹かれますよね。女に弱いところは除いて。

「20世紀少年」三部作まとめ
子どもの頃なりたかったものは「ヒーロー」!! そんな夢見るだめな大人たちが、実際に世界を破滅に陥れ、世界を救っちゃう。実は虚構じゃなくてほんとうにそうなっている日本の現状が怖いこわい…。

《夢を生むお仕事》
「ビッグ」
コンピュターゲームが好きな少年が、ひょんなことから大人になって、玩具メーカーでヒットメーカーにというサクセスストーリー。童心に帰りたい大人なら、まま楽しめるでしょう。

「めぐりあう時間たち」
女流作家、専業主婦、そして女性編集者の人生が、一冊の本によって絡み合う。作家、編集者、広告マンなどマスコミ関係者を扱った映画は多いのですが、仕事と恋愛、家庭環境の描き方が紋切り型に終わっているのが多いですよね。

「101(ワン・オー・ワン)」
主役はワンちゃんたち含む動物たちなのですが、その役得で売れないゲームデザイナーは最後に大もうけ? 敵方の服飾デザイナーがいい根性してますわな。

「ローマの休日」
王女さまでも休息は必要なんです。旅のお供は、野心家の新聞記者。ネタで迫るはずが、いつしか本気になってしまって…。銀幕の妖精オードリー・ヘプバーンの出世作、ウィリアム・ワイラー監督のロマンティックコメディ。

「或る夜の出来事」
フランク・キャプラ監督作、名優クラーク・ゲーブル主演。荒くれ者の新聞記者と大富豪のお嬢様との身分違いの恋を描く。花嫁を結婚式場からさらうという古典的な顛末があまりに有名。



最後に、クリスマスにお勧めの映画をひとつ。
「34丁目の奇跡」は、感謝祭に湧く街に舞い降りたサンタを巡って、人々が起こす奇跡を描いています。職業じゃないだろうけれど、いい生活を守った人に恩恵をもたらすサンタクロースは一年に一回、いなくてはならない存在ですよね。


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