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Kennyの郷土史:土倉鉱山を訪ねて:木之本町(滋賀県)

2015-10-05 18:53:58 | ブログ開設~2015年 全編

滋賀県にもかつて銅山がありました
         土倉鉱山 木之本町(滋賀県)

         地下資源の需要増に伴い発展を遂げましたが・・
   実は私、こんな遺跡(姿)になっていることを知りませんでした
                  Kennyの滋賀から情報発信
               (この日記の掲載期間:10月16日~10月22日)



                閉山後50年経った今、こんな姿の、産業遺産に

アクセス、ちょっと分かりにくいかも・・
滋賀県長浜市木之本町から国道303号線を揖斐川町(岐阜県)方向
に車で約30分、金居原集落に到着。国道(バイパス)から右へ、旧道
に入って3分で土倉鉱山跡への入口があります。そこから約300mで、
やはり廃墟でした、が目に飛び込んできます。滋賀県にもかつて銅山
がありました。

 
                                           
      


                      この看板を左折、300mで鉱山跡に着きます


           おおっ! コンクリートと気が付かない遠くからだと神殿跡か、と

車を飛ばしたきっかけは、
私の故郷(隣町)ですが、すっかり忘れていまして・・(_ _);
ある日、長く写真を教えて戴いている先生から、私がこのような遺跡に
少し興味があることを存じていただいており、この産業遺産(跡)を見て
くればと助言を頂きました。

高校生の頃、採掘した鉱石を運ぶゴンドラを空を仰ぎ見ていたものです。
当然のことながらこの鉱山は知っていたのですが・・・、感謝致します。

こんなところでした


                      上に掲げた写真の反対(向こう側)方向から


                         道路から見上げれば





遺跡の上部に登っていきます。コンクリートの 風化が進んでいます。
注意を払って進みます。



この鉱山は私の故郷に:
鉱山は木之本町(滋賀県長浜市)でも八草峠に近い山の中にありました。
私は昭和38年までこの隣町で過ごしました。閉山になった事は知って
いましたが、それは2年後の昭和40年だったのですね。



このトンネルや下の円形の建物は何に使われていたのだろうか?














                       上がることが出来る最上部にある建物です




                   ベルトコンベヤー の土台かな? 上がれる最上部から




     
        誰が付けてくれたのか、上に登るためのロープが

「立ち入り禁止」
の看板が立っていますが、そこは観光地としても認知され
ているようです。道しるべもしっかりしています。またこんなところではやっ
ぱり上に登ってみたいものですね。といっても階段があるわけではなくひ
と苦労です。それででしょうね、何か所かにロープがついていました。勿論、
「自己責任」であることは言うまでもありません。




国道303号線、金居原のあたり今はバイパスが通じています。更には
新しい橋も。 見学の充実感に浸りながら帰路につきました。

 鉱山跡の上部からビデオにも収めました。覗いて頂ければ幸いです  
                                  ↓ (ここをクリックしてください)
              動画:土倉銅鉱山 (1分30秒)
   
                     *****


土倉鉱山について(ご参考)
この土倉鉱山は明治40年に銅鉱脈が発見されました。その時の採掘
場所は今の鉱山跡より2kmほど奥(北)に位置していたが、昭和12年
に日支戦争が始まって地下資源の増産が必要になったことや、雪によ
る度重なる災害を防ぐ為などから、今回訪ねた国道303号線沿いのこ
の場所に新たに坑道が開かれて順調に発展を遂げていきます。この地
は温暖化の今とは異なり当時は豪雪地帯でした。

ところが
昭和38年の銅鉱石の貿易自由化による海外からの安い鉱石
の流入、
品質などから採算が合わなくなりついには昭和40年(1965年)
に閉山という運命をたどります。 最盛期には銅鉱石年産1万8000トン、
従業員やその家族を含めると1500人もの人たちでにぎわったという土
倉鉱山とこの地も
60年間の歴史に終止符を打ち、無人となりました。

  お礼: この解説は次に紹介するブロガーさんの記事を部分引用させて頂き、
      私の表現で記載しました。 ありがとうございます。

非常に詳しいブログにヒット、
当ブロガーさんに感謝の意を表します

この土倉鉱山に関する非常に詳しいブログ
ここに紹介(リンク)させて
頂きます。  大変勉強になりました。 
                   下の青い字の部分をクリックしてください           

     この機会にヒットした土倉鉱山に関する詳細なブログ

    当鉱山の歴史や当時の様子が記録写真で紹介されています。

       今日もご覧くださいましてありがとうございました

 

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2 コメント

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土倉鉱山 (めりい)
2015-10-15 20:48:00
今でもこんな遺跡みたいは鉱山跡が残っているのですか、驚きです。
しかも「銅」が採取されていたのですか。

何も知らずにここを通りかかったら、突然の巨大建物の出現にビックリしそう(笑)

kennyさんは、高校生の頃に見ていた・・
貴重な体験をされているのですね。
それはもう、生き字引ですね(爆)
灯台下暗し (Kenny)
2015-10-16 12:54:33
操業時の土倉鉱山、というより土倉集落すら今回初めて訪れまして、ゴンドラが上空に動いていた記憶のみなんです。 明治も末ですが、昭和と立派に日本の産業発展に貢献したのですね。 

もっとも過日見てきた軍艦島も世界遺産に、のニュースで初めて知りましたので、地元土倉鉱山も許してくれるだろうと(笑) 

その日は一組の観光客がいました。 が・・、あの辺もクマの温床です。特に秋、春に訪ねる時は念のためですが、複数人で、また鈴か、ラジオなどのクマ対策をと思いました。 それほど山奥なんです。 

めりいさん、早速のコメントありがとうございます

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