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クイズ

2020-12-12 11:37:43 | 日記
日本人はクイズが好きだと思う。夜の8時頃、眠気が来る前にテレビのリモコンを押しまわすと、たいてい、どこかのチャンネルでクイズをやっている。制作費も安く済むのかもしれない。クイズが日本に輸入されたのは終戦まもなくであったから、70年余りの歴史がある。ほかの国ではどうなのだろうか。

NHKラジオ「話の泉」と『20の扉』の放送が始まったのは、昭和22年ではなかったか。前者は単に知識を問うものだったから、子供が真似るのは難しかったが、後者は簡単にできた。おもしろくない授業の時は、隣の席の友達と2人だけでもできた。このクイズは、まず出題者が用意した問いを解答者(複数人でもよい)が20回の質問によって答えを探り出すというルールで、原則として解答者はYes/Noのいずれかで返すことになっている。したがって解答側はまず、<それは動物?>から始め、Yesなら<人間か?>というように進め、Noなら<植物か?>と詰めて行く。これはなかなかにおもしろいので子供たちにぜひ試してもらいたい。

小学6年生の時に初めて(同時に、生涯にただ一度)学芸会に出演した。広い講堂の高い演台に上がった。役目は「20の扉」の回答者だった。司会は学年ナンバー1の優等生のA君で、答える方も、私以外の3人は優等生の男女だった。私は自分の役割は笑いをとることだと決めていたから、問答が10往復を過ぎて、だいたい答えが見えて来たころから口を出すようにしていた。<丸大根>という題が出た。観客はその答えの大文字の札を見て、笑った。<丸大根>は私のクラス担任I先生の綽名だったからである。私は優等生たちの問答で10問を過ぎたあたりから答えがわかった。<それは食べられますか?>と私が問い、A君が<はい>と答える。<甘いですか?>この辺から爆笑が起きる。<いいえ>とA君も頭が良い。<高級なものですか?><はい>。このA君とは今でも年賀状の往復がある。小学校以来ということではただひとりの友人だ。I先生は10年前に亡くなった。素敵な先生だった。情熱があり、ユーモアがあった。綽名の通り、丸井顔で丸い体躯だった。笑顔が強く印象に残っている。

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