作:都月満夫
オレは、スーパーで買い物をしていた。
帰り際に隣り合わせになったご婦人。互いに目が合う。あれ…、この人…。
ワタシは、いつものように買い物をしていました。帰り際で隣り合わせになった殿方。互いに目が合いました。あら…、この人…。
「佐希子さん?」
「桜井君?」
五十を過ぎて、高校時代の彼氏と彼女が、ご対面。
「どうしてたの?佐希ちゃん。」
どっ…。どうしてたの?って…。どうしよう。いまだに私、独身なんて言えないよ。きっとサクラ、結婚してるんだろうな。
「ええ…、マア…、普通に…。」
…、普通か。どうしよう。オレは結婚も出来ない、中年オヤジ、なんて言えないよな。
「佐希ちゃん、暇?」
…。あ、余計なこと聞いちゃった。
「ええ、まあ…。」
まっ…。まずいわ、お茶でもなんて言われたらどうしよう。
…。暇なのか、誘わないとまずいよな。
「そこのドーナツ屋で、コーヒーでも…、どうかな…。」
やっ…。やっぱりきたよ。暇って言っちゃったし…。
「ええ…、そうね。ちょっとの間なら、まだ…、旦那も帰ってこないから…。」
いっ…。イヤだ。旦那だなんて…、余計なこと言っちゃった…。
「ああ、旦那さんいるんだ。そうだよね。いて当たり前だよね。」
…。いるよな…。
二人はレジ袋を下げたまま、スーパーの店内にある、ドーナツ屋に入りました。
「佐希ちゃん、何にする?」
「コーヒーでいいわよ。」
「じゃあ、オレ、買ってくる。」
どっ…。どうしよう。旦那がいるなんて言わなければよかった。サクラは、結婚…、してるんだろうな。
「ハイ、お待たせ。」
いっ…。イヤだ。私、お弁当買ってる。それも、ひとつ。バレないように…。
佐希子は、レジ袋の向きを静かに回転させた。心臓が、相手に聞こえるんじゃないか、と思うくらいの音をたてる。
「ありがとう。」
ちょっとの間…、沈黙。ズズーっと、コーヒーを啜る音がやけに大きい。
「あの…。」
「ええと…。」
同時に話し出し、また沈黙。
「佐希ちゃん、変わらないね。若くて…、結婚してるように見えないよ。」
「そお…。アリガトウ。」
やっ…。ヤッパ、バレてんのかな…。普通の奥さん、こんなに髪伸ばしてないもん。
「サクラも、若いわ。サクラこそ、独身みたい。」
…。マズい。判るのかな。どうしよう…。あっ、オレ、弁当買ってる…。
「あれれ、サクラ、お弁当買ったの?ひとつじゃない。」
…。ああ…。白状するか。
「うん、実はオレ、一人なんだ。」
「一人って…、奥さん、どこかへ出掛けているの?」
「いやあ、そうじゃなく、独身。」
「あら、別れたの…。」
「そうじゃなく、ズーッと独身。」
「え、一度も結婚していないの?」
「そう、一度も…。面目ない…。」
…。何度も確認するなよ。
「別に面目ないってことはないわよ。」
わっ…。私も見栄を張らずに、言っちゃえばよかった。でも手遅れ…。このまま、既婚者を決め込むしかないわ。そこに触れないように話をすればいいのよ。
「佐希ちゃん、結婚生活ってどうなの?」
いっ…。いきなりかよ。
「別にどうってことはないわよ。普通よ、普通。」
「普通か…。じゃあ、専業主婦なの?」
どっ…。どうしよう。そう、仕事の話に持っていけばいいのよ。
「専業主婦なんて、ご大層な身分じゃないわよ。働いてるわよ。」
「パート、してるんだ…。」
「パートじゃなくて、社員。」
しっ…。しまった。パートって言えばよかった。そのほうが主婦らしい。
「へえ…、社員なんだ。よく…、社員になれたね。」
あっ…。ああ、そうだよね。
「いや…、結婚前から、働いてるとこ…。」
「ああ、そうなんだ。どこなの?」
そっ…。そんなに突っ込むなよ。
「いいじゃない、どこだって…。」
「そりゃあ、いいけど。言ったっていいじゃないか。」
いっ…。意外としつこい…。
「プロパンガスの事業組合。」
「あれ、意外と身近だったんだ…。」
「身近って何よ。」
「オレ、北海熱供って会社。そこの石油部で経理の仕事してるんだよ。ウチにもプロパン部があるから…、知ってるよね。」
こっ…。これじゃあバレバレじゃない。
「ええ、プロパンの人は来るわよ。でも、石油部の人は関係ないわよね。」
「ああ、関係ないよ。でも、こういうことってあるんだな。こんな身近にいたのに、知らなかったなんて…。」
「ほんとね、偶然…。」
「今度、覗いてみようかな…。」
なっ…。なに言い出すのよ…。
「いいわよ、よしてよ。趣味が悪い…。」
「ウソだよ。オレだって…、何か恥ずかしいしさ…。」
よっ…。よかったわ。何とかクリア…。でも、何で恥ずかしいのよ…。
「恥ずかしいって何よ!私と知り合いがいがイヤってこと…。」
なっ…。何てこと言ってんだよ…。
「なんとなく、照れるじゃない。どんな知り合い?なんて聞かれたら…。」
「そっか、そうよね…。」
でっ…。でも、釘を刺しておかないと…。
「絶対こないでよ。私だって恥ずかしいから…。来たら絶交よ。」
「絶交って何だよ。交際してるわけでもないのに…。」
あっ…。あら、またまずいこと言っちゃった。
「違うわよ。そういう訳じゃなく。言葉の綾よ…。」
「言葉の綾で絶交はないだろう…。」
さっ…。サクラ、本当に怒ってる?
「何でそんなにむきになるのよ…。」
「別に、むきになってるわけじゃ…。」
こっ…。この人、まだ私のこと好きなのかも…。
「もしかして…、私のこと、まだ…、好きだったりして…。」
「あっ、いや…、その…、嫌いじゃないけど…。」
しっ…。しまった。なんで旦那がいるなんていったんだ…。バカだね、ワタシ…。
「好きって言われたって…。」
「えっ、なに言ってるの…。好きとは言ってないよ。嫌いじゃないって言っただけだよ…。」
なっ…。なんてこと聞いたんだ…。
「嫌いじゃないってことは、好きってことじゃないの…。」
あっ…。あいやっ…。墓穴掘ったかも…。
「佐希ちゃんこそ…、オレのこと、まだ好きだったりして…。」
うっ…。うわっ。見透かされたか…。
「ワタシだって、嫌いじゃないわよ…。変な意味じゃなくて…よ。勘違いしないで…。」
ぼっ…。墓穴深くしちゃったかも…。
「変な意味って、どういうことだよ…。」
「だから…。そのまんま…よ。勘違いされたら困るから…。」
かっ…。勘違いしてもいいのよ…。
「勘違いで、人を好きになるほど、オッチョコチョイじゃあないよ。」
…。オレ、まだ佐希ちゃんのこと、好きなのかも…。
「本気だったら、迷惑よ。」
なっ…。何で言うのよ…。心、裏腹…。
「迷惑でも…、好きって言ったら…、佐希ちゃん、どうする?」
けっ…。結構大胆なこと言ってくれるじゃない…、サクラ。
「ワタシに、不倫を迫るわけ…?」
けっ…。結婚もしてないのに、不倫はないか…。
「不倫…?そんなこと言ってない…よ。ただ、どうするって聞いただけだよ…。」
…。こいつ、慌ててるよ…。
「そんなこと…、聞かないでよ。答えようがないじゃない…、バカ。」
ばっ…。バカなんて言っちゃったよ。
「バカはないだろう…。佐希ちゃん。」
「ゴメン…。今のは、失言。」
しっ…。失言はマズイか?
「失言ってことは、思ってるってことじゃないか。撤回してくれよ…。」
そっ…。そうよね…。
「失言は、失言でした。撤回します。これでいいんでしょ…。」
なっ…。何故、こんなこと言うんだ…。
「変わらないよな…、そんなとこ…。」
けっ…。結構、許してるのか…?
「変わらなくて、悪かったわね。どうせ、進歩なしの、おバカよ…。」
ほっ…。本当だ。いつもこうやって、喧嘩ばかりしてたのよね…。懐かしいわ。この感じ…。
「バカじゃないよ。いつもこうやって、喧嘩ばかりしてたけど、たまに、凄く懐かしく思うことがあってさ…。佐希ちゃん、どうしてるのかな…って。」
そっ…。そんなこと思ってたの。なら、連絡くれればいいのに…。サクラが大学に行ってから、音信普通だったし…。あのころは、携帯もなかったし…。ワタシだって…、チョッとは気にしてたのに…。サクラの家には電話しづらいじゃない。今更って感じで…。
「そうね…。ワタシも、時々思うことがあった。サクラ、結婚して、幸せなんだろうな…、って…。」
二人の思いが、一目散に時を賭け戻る間、ちょっとした沈黙があった。
「…、でもサクラ、結婚してなかったんだよね。何かホッとした。」
ほっ…。ホッとしたって何だよ…。
「オレも、佐希ちゃん、若くて、綺麗で、怒りっぽくて、すぐムキになって…、あの頃と同じだな…って、安心した。」
すっ…。スルーしてくれたよ。
「そっかー、同じだね。」
「コーヒー、お代りしようか?」
「うん。」
佐希子は、旦那がいるといったことなど、忘れていた。
「オレさ、家を持ってるんだ。自分の家。一人暮らしが侘しくて、家を建てて、庭を造って…。家の前に小川が流れててさ、いいところなんだ。」
なっ…。なに、こいつ、ワタシに何が言いたいの?
「家建てて、一人で住んでるなんて、尚更侘しくない?好きな人…、いなかったの?」
「うん、仕事が忙しくてさ…。そんな暇なかった。でも…、暇は作るもんだよな。今頃気づいても遅いか…。」
「遅いってことはないんじゃない。これからってことだって…。何が起こるかわかんないよ…。」
なっ…。何で励ましてんだろう。
「そういってくれるのは、佐希ちゃんだけだよ。オレ、ただのオジサンだし…。」
「そんなことないって…、まだまだいけるよ。ガンバンなよ、サクラ…。」
「会社では、若い子に結構人気があるけどさ…。それは、オジサンとしての人気であって、男性としての人気ではない…、ってことぐらい、自分で分かってるよ…。」
なっ…。なんだ、サクラ。急にショボクレてきたよ。
「サクラ…、何だよ、そんなにショボクレて…。そんなサクラ、嫌いだよ。」
「えっ、じゃあ、やっぱり、もしかして、オレのこと好きだった?」
「うん、好きだったよ。ずっとね。でもさ…、好きだってことだけじゃ、どうにもならないんだよね。好きだっていう言葉の空間を飛び越えなきゃ、それだけ…、なんだよ…。」
「そうだな、そうなんだよ。その空間は、いつも、こんなに近かったのに…。近すぎて見えなかったんだよ…。オレたち。」
二人は、互いの胸に湧き上がる想いを沈めるように、押し黙ってしまった。
このまま別れたくない。二人はそう思っていた。しかし、今更、そう今更なんだと、互いに思っていた。今更…。
「サクラ…、今度、サクラの家、見にいってもいいかな…?」
いっ…。言っちゃったよ。
「いいよ。佐希ちゃんなら、大歓迎だよ。いいとこだよ。毎日野鳥は来るし、家の前の小川には、虹鱒が泳いでいる。周囲も、結構緑が多いし、庭には、オレが作ったガーデンテーブルとベンチがある。天気のいい日は、そこに座ってコーヒーなんか飲んでさ…。」
「それって、よさそうだね。でも、そのコーヒーは、インスタントじゃダメだよ。サクラが、ドリップしてくれたやつでなきゃ…。」
「そりゃ…、そうだよ。美味いぜ、オレの落としたコーヒー。病み付きになるけどいいのかな…。」
「いいよ…。病み付きになってやるよ。本当に美味しいならだけど…。」
まっ…。また言ってるよ。素直になれ、佐希子…。
「美味しいさ…。美味しいに決まってるじゃない…。オレが佐希ちゃんのために落とすコーヒーが、不味いわけがないだろう…。」
「じゃあ、今度暇なとき、行ってやるよ。なかなか暇がないけどさ…。」
「いいよ…。佐希ちゃんの暇なときで…。」
「彼女の一人も作れないオヤジだけど、ワタシが相手になってあげますよ。言っとくけどね、なってあげるってとこ…、忘れないでよ。分かった…。」
「分かってるよ…。」
二人が高校生のような会話を始めてから、一時間が経過していた。
佐希子は、自分が結婚していると嘘を言ったことなど、完全に忘れていた。
「佐希ちゃん、そろそろ…、帰ろうか…。」
「えっ、いやだ。もうこんな時間…。」
「そろそろ…、帰ってくるんじゃないの。」
「誰?あ、ええ、そうよ、旦那がいたんだ…、ワタシ。どうしよう。」
「いいよ、佐希ちゃん。旦那なんかいないんだろ?分かってるよ。」
「何いってるのよ…。」
「旦那さんがいる人が、お弁当ひとつ買わないよ。今度、ご飯…、食べに行こうか。」
コメントありがとうございました[E:happy02]
また遊びに来てしまいました[E:note]
あのセリフゎ主人公に向けて苦労を重ねて生きてきた年配の女性が言ったものです。。。
私も都月さんに同感ですょ[E:up]
なんでも心魅かれる・・・って大切だと思うんです[E:smile]
このふたり。。。[E:smile]
先が気になります、、が気になるところでEND
とってもおもしろい短編でした[E:heart01]
二人の微妙な笑顔とその場の雰囲気が私の勝手な妄想を膨らませ、楽しめました[E:sign01]
また続編もしくゎ 面白いお話待ってます[E:confident]
映画が好きです[E:confident]
作品創れる方を尊敬します[E:shine]
楽しみにしてますね[E:lovely]
高校時代のことを、おもいだしていました。
ご多分に漏れず、一人の女子を好きになっていました。
しかし、私のほうから声をかけることもなく、ただ遠くから見ていることしか出来なかった、そんな思い出があります。
自分から声をかけて、向かっていく勇気がもてなかったんですね。
私の場合はそれで終わってしまいました。
それでも、時折フイに思い出して、もう一度会ってみたいと思うことがあります。
もう、お孫さんがいらっしゃるかも知れませんね。
この作品に登場する二人、きっとあまりに近すぎて、相手のことが、あまりにわかりすぎて、お互いの気持ちが、通じ合いすぎて、一番大切なことを言わないでしまったんでしょうね。
彼氏、彼女という関係だけでなく、そんな一番伝えなければならないことを、言い忘れてしまうほどに、お互いを知り、支え合える友を持った二人を、うらやましくも感じました。
作品は、「再会」でおわっています。
ただ、二人は長年別々に、それぞれの人生を歩んで来ましたが、「気持ち」は、すでに結婚していたのでしょう。
だからこそ、五十過ぎまで二人とも「独身」だったのでは
ないかと。
「再会」の中で、互いに交わされる言葉や、二人の心の動きからは、単に昔を懐かしむのではなく、出会った「今」と「これから」を大切にしたいという気持ちが、伝わってきます。
本当の意味で、心を通じ合えた人同士の心の絆の強さを、あらためて感じさせてくれる一作でした。