都月満夫
「私、重子って言います。二十八歳で、仕事はみんなと同じです」
先輩に誘われて、合コンに参加した。私は最後に挨拶をした。みんな看護師仲間だが、相手のことは聞いていなかった。
男性四人、女性四人。男性の中に、私の好きなタイプはいなかった。
そんな私と違って、三人の先輩たちは、猛烈に自己アピールを開始していた。
…みんな、焦っているの? 美人なのに…。
食事を直ぐに平らげた私は、ただの傍観者になっていた。暇を持て余していた。乾き物を摘みながら、ウーロンハイを飲んでいた。
「ねぇ、君は何だか楽しそうじゃないね」
私の向かいにいた男性が話しかけてきた。
「いいえ、別にそんなことありません。私、人見知りなんです。ご心配なく…」
…ちょっと、ぶっきらぼうだったかな。
「俺は人数合わせで参加しただけなんだ。どう、今から別の場所で飲み直しませんか?」
「えっ?」 きょとんとする私。
「あっ、送り狼にはならないから大丈夫」
「ん~、どうしようかな」
「俺は、もっとご馳走が出ると思ってたんだけど、食べ物が少ないし、お腹が空いちゃってさ。君もお腹が空いてないですか?」
「あら、私もお腹が空いたなあと思ってたところなの。じゃあ、抜け出しましょうか」
食べ物に釣られた私。食事をするだけだからと、軽い気持ちで椅子から立ち上がった。
「おいおい、二人でどこへ行く気なんだ?」
「ずるいぞ、ルール違反じゃないか。どこか場所を変えるなら、俺たちも一緒に行く」
二人の男性が立ちふさがった。
「私も一緒していいですか?」
更にもう一人。
その瞬間、先輩たちの声が消えた。沈黙の底に、不穏な空気が流れた。彼女たちの表情が、氷のように固まった。みんなの視線が、アイスピックのように私に突き刺さった。
…どうやら拙いことになっちゃったみたい。もしかして、私ってモテモテなの? からかわれてるの? それとも、軽い女に見られてるの? ここは脱出するに限るわ。
私は最初に声を掛けてきた男性に言った。
「私、ちょっと悪酔いしたみたい…。今日は帰ります。折角のお誘いなのに御免なさい」
他の男性陣にも、作り笑顔で会釈をした。
「体調がイマイチなので、失礼します」
呆然とする男性陣と、不機嫌な女性陣を尻目に、私は外に出た。
昼の暑さが、まだ舗装に貼りついていた。今日の為に買ったハイヒールの靴音が、ケッケッケと、私を笑う。酔った女の声が、ジャングルの鳥のようにけたたましく響いた。
…合コンに出席するのは、滅多にない機会。私、期待しすぎていたわ。ちょっと、スカートが短すぎたのかしら? お腹も空いてきたし、履きなれないハイヒールで足も痛くなるし…。もう、最悪よ。
私はハンドバックを振り回しながら、タクシーを探していた。
「はぁはぁ…。やっと追いついた」
背後から聞き覚えのある男の声がした。
「あははっ、ゴメンよ。驚かしたかな?」
男が膝に両手を付いて、息を切らしてそこにいた。最初に声を掛けてきた男性だ。
「俺の行き付けの居酒屋があるんだ。さっ、腹ごしらえタイムにしよう」
「腹ごしらえタイムって…」
私は思わず声を出し、笑ってしまった。
…断ったのに、この人は何か勘違いしているの? だけど居酒屋か~。このまま帰るのも寂しいし、お腹も空いているし…。
「私の奢りで、貴方の支払いで、どう?」
私は、ちょっと首を傾けて言った。
「あははっ、君の奢りで俺の支払い? 面白いね。いいよ」
…この人、笑顔になると、白い歯が印象的だわ。私のタイプじゃないけど、まんざら悪くもない。清潔感がちょっと素敵。
「店はここから近いけど、そのハイヒールで大丈夫?」
「いつもハイヒールだから、平気よ」
居酒屋と言われたが、私の想像していたのとはまるで違った。そこは料亭だった。
…このお店、お腹一杯食べたら、諭吉さんが何人いなくなるのかしら。
彼は引き戸を、カラカラと開けた。
「いらっしゃいませ、坂田様」
和服の女性が、三つ指を突いて迎えた。
「あら、驚きました。坂田様が女性をお連れしてのご来店は、初めてでございますね」
…初めて女性を連れてきた? 嘘でしょ。
そうは思いながらも、笑がこぼれた。
…この男、何者? 当然の疑問よね。何者だっていいわよ。支払いは私じゃないし、お腹一杯食べたら、サッサと帰ろう。
「どうぞこちらへ…」
案内されたのは個室だった。
「個室って、周りを気にせずに食事を楽しめるから、好きなんですよ」
…いきなり個室って、どうよ。ま、いいか。
「まぁ~、こんな素敵な居酒屋は、生まれて初めてだわ。こんなお店が行き付けなの?」
「気にいってくれたみたいだね」
食前酒のワインも美味しい。
「この白ワイン、美味しいわね」
「ああ、ライスワインだよ」
「ライスワイン?」
「極上の日本酒ですよ」
「日本酒なの? 香りもフルーティで、スーッと喉を通るわ。こんなお酒は初めて…」
女将が持ってきたお品書きには、先付、前菜、吸い物、御造り、主肴、焼物などの料理名が並んでいた。先付は枝豆豆腐。前菜は季節の山菜と魚介盛り合わせ。
「きゃあ~。可愛い盛り付け…」
…ここは上品に食べなくちゃ駄目よね。
そう思いながら、たちまち平らげた。
吸い物はコーンすり流し。御造りは鮮魚盛り合わせ。主肴は十勝牛のちり蒸し。焼物は朴葉焼きと続いた。
どれもとても美味しく、お酒も進んでほろ酔い気分。でも、まだちょっと物足りない。
「あとはご飯ものになるけど、ほかに食べたいものはありませんか?」
私の気持ちを察したように、彼が言った。
「いただきついでに、お願いしてもいいかしら? 茶碗蒸しと、あとはフカヒレ。ここは和食屋さんだから、フカヒレは無理よね」
「あるよ」 そう言って、彼は注文した。
フカヒレの姿煮と茶碗蒸しが登場した。
「フカヒレなんて、初めてなの。どうやって食べたらいいの?」
「本当に、初めてなのですか?」
「当たり前でしょ。私は庶民の中の庶民よ。フカヒレなんて、上流階級の食べ物でしょ」
私は素直に思ったままに言った。
「君って、本当に面白いね。今から、上流階級が食べるフカヒレを食べるんだから、君は上流階級になる訳ですね」
「そうね。そう言う事だわ。今日から私は庶民から、お嬢様になるのよ」
「その茶碗蒸しは、フォアグラ入りです」
「なによ、それ。超上流階級じゃない」
話し上手な彼。返す言葉を選ばない私。
「坂田さん、下の名前は何ていうの?」
今更ながらの質問に、彼は驚いた。
「さっきの店で、俺の自己紹介を聞いてなかったんですか?」
「えへっ、ごめんなさいね。あんまりタイプの人がいなかったので、聞いてなかったわ」
私はペロッと舌を出し、首を傾けた。
「正直ですね。俺もタイプじゃないってことか…。君は首を傾けるのが癖のようですね」
「あら、さっきと今では状況が違うわ」
やっぱりちょっと首を傾けた。
「坂田景清といいます。古臭い名前ですよ。時代劇のようだ」
「景清って名前なの。いいじゃない。私の今夜の経験も、とても過激よ」
…彼は、私のジョークに反応してくれない。こんな私を前にして、緊張しているの? 彼にとって、私はタイプの女なの?
「ついでと言っては申し訳ないですが、君の苗字を教えていただけますか?」
「佐藤、佐藤重子。ありふれた名前よ」
「重子さん。交際している人はいますか?」
「今は、いないわ」 私は見栄を張った。
すると彼は、座り直して、私を直視した。
「佐藤重子さん。俺と付き合ってください。勿論、真面目に結婚を前提にします」
…何よ。いきなり交際の申し込み? 結婚を前提に? 今夜出逢ったばかりよ。
私は口の中に入っていたフカヒレを、吹きだしそうになった。
…この人は、いったい何を考えているの?
「坂田さんは、初めて食事をする女性に、結婚を前提に付き合うって言うんですか?」
「女性と二人で食事をするのは初めてです」
…私のコンプレックスは、高すぎる身長。今夜は、どうせデカイ女だもんと開き直り、履いてみたかったヒールを履いてきた。それなのに、このお店まで歩いた時、違和感がなかった。普通に歩けたわ。
「突然ですが…。坂田さん、ご身長は?」
「俺の? 何で身長を聞くんですか? 一九八センチですよ」
「えっ?そんなにあるの?」
「重子さんは?」
「一七五センチくらいかな…」
「へえ~、もっとあるかと思いましたよ」
「私、身長がコンプレックスなの…」
「何を言ってるんですか。俺のお袋なんか一八〇センチですよ。親父もデカイですよ」
「私の一七五センチなんて小さいの?」
「うん。君は俺から見たら普通ですね」
…私が普通? 初めて言われたわ。
その時、襖の向うから声がした。
「坂田様。ご友人がお見えですが…」
「誰ですか?」
「河瀬様と鎌田様がお見えになって、合流したいそうです」
「今夜は、彼女と二人で食事をしたいから、断ってください」
「あら、合流したらいいじゃない」
「俺は、重子さんを、まだ誰にも紹介したくない。もっと、君を知りたいですからね。こんな素敵な女性に彼氏がいないなんて、俺の為に神様が仕組んだに違いありません」
「坂田さん、何を言ってるの? 私をからかってるのね? 友人に合わせたくないのは、私がブスだから? 私のドコが魅力なのよ」
褒められるほど、惨めになってしまった。
「私…、もう帰るわ」
「重子さん。俺は真面目です。重子は、自分の魅力に気が付いてないんだ」
「だから、私の何処に魅力があるのよ?」
少しムッとした顔で、私は訊いた。
「重子さんはとても魅力的です。一七五センチもある身長は、モデルのようだし。色白で柔らかそうな肌。スラリと伸びた足にミニスカートが似合う。艶のあるロングの黒髪に天使の輪。二重の大きな瞳。とても綺麗です。話も面白い。素敵な女性です。最高です」
「もう、いいわよ。ふざけないで」
「ふざけてなんかいません」
「本当に、そう思ってるの? 本気なの?」
…私は信じてみようかと、思い始めた。
突然、坂田の友人たちが入ってきた。
「なんだよ、坂田。女連れだったのかよ」
「あら、残念ね。私たちは、これからホテルに行くのよ。ね、景清…」
…私ったら、何を言ってるんだろう。
ロケットが発射する程、顔から火が出た。
「重子さん。ちょっと待ってください。知り合ったばかりで、ホテルって…」
「あら、冗談じゃないわよ。私がそんなに好きなら、いいじゃない」
突拍子もない発言に、私は開き直るしかなかった。戸惑う坂田に友人が言う。
「坂田、紹介しろよ」
「紹介なら、自分でするわ」
そう言って、私は立ち上がり、自己紹介をして、二時間ほどの経緯を話した。
「みなさん、お分かりいただけましたか。私は、坂田さんとお話の続きがありますの」
「そうだな。これからホテルに行くって言ってるのに、邪魔しちゃ悪いよな」
「お前、女嫌いじゃなかったのかよ?」
しぶしぶ、坂田の友人たちは退散した。
「申し訳ありません。あいつらに悪気はないんです。でも、突然ホテルは驚きました」
…この人って、嘘を付けない人なのね。好きになりそう。もう、なったかも知れない。
そこで、私は賭けに出た。
「あらっ、もうこんな時間なのね、そろそろ帰るわ。ホテルなんて、私どうかしてたわ」
「それはいいとして、まだ十時ですよ」
「私には、もう十時なの」
私は冷たい言葉を残して部屋を出た。
…トイレで十分程、化粧直しをして、部屋に戻ろう。もし、まだ彼が部屋に居たら、本当にデートに誘ってもらおう。
私は戻って、部屋の襖を開けた。目に飛び込んできたのは、グラスに付いた私の口紅跡を見つめる坂田だった。
「坂田さんたら、何をしてるの?」
「見られちゃった」
「見ちゃったようね。私を待っていたの?」
「振られたと思ってさ。何処に行こうか?」
「さっき言ったわ。二回も言わせないで…」
「あれは冗談だろう? まさか本当に?」
…部屋に入った途端、いきなり襲ってなんてこないわよね。でも、襲われてもいい気分。
「じゃあ行こうか。言っておくけど、俺が女性とホテルに行くのは重子が初めてだよ」
「あら~、光栄だわ」
…それは嘘でしょ。そうは思いながら、ここは大人の駆け引きよね。何故だか、この人と居ると素直になれるわ。
タクシーはすぐに停車した。
「こんなに近いのに、わざわざ車に乗せるなんて優しいのね」
「だって、ヒールに慣れてないだろ?」
「うふふ。そうよね。わかるわよね」
車を降りて二度ビックリ。そこは高級ホテル。それが可笑しくて、私は笑った。
「ん? 何か面白い?」
「だって、ラブホじゃないわよ」
「うん。ここじゃダメかな…」
「そんなことないけど…」
部屋は、夜景が一望のスウィートルーム。
彼は笑いながら私の手を握った。
「おいで、重子」
「景清、靴を脱いでもいいかしら?」
私は、状況がよく呑み込めていなかった。とにかく足が痛かった。
「重子。君は最高だ。俺の理想の女だ」
景清は、私を抱きしめ、唇を奪った。息が止まるほど、長い時間だった。抵抗はできなかった。というより、する気がなかった。
景清が、そっと唇を離した。
「結婚を前提にって言葉は、取り消します」
「そうよね。からかっただけよね」
私は改めて馬鹿な自分が情けなくなった。
「違う。重子さん、俺と結婚してください」
「もう、いいわよ。私の体重は百キロよ」
「本気だよ。俺のお袋も、九〇キロはある。美しさの基準は人によって違うさ。」
「景清、信じていいのね。信じるわよ」
「いいよ。居酒屋もこのホテルも親父が経営してる。もう従業員に知られちゃったしね」
「景清、まだ歳を聞いてなかったわ」
「二十五だよ。重子、年下は嫌かい?」
景清の厚い唇が、私の口をふさいだ。
都月さんの優しさと
男のロマンが、感じられるようです…
また次の作品を楽しみにしています。
(^-^)
そんな風に読んでいただいてくださったんですね^^
したっけ。
重子さん、おめでと~う!
3つ年上女房になっちゃうんですね(*´∀`)
気心が合うも合わぬも縁次第。
いい方に出会えてよかったですね^^
楽しく読ませていただきました♪
それを逃さない勇気が必要ですね。
逢縁機縁^^
したっけ。
いつもありがとうございます♪
合コンは出会いが中々ない方が
集まっていますが先輩看護婦さん
に誘われて乗り気がなくてもちゃん
と見ていてくれた方と知り合えて何
が幸いするか縁は不思議ですね。
重子さんは玉の輿で坂田さんも優し
そうな方で重子さん幸せですね。
有難うございました。
現実では、こんなに上手く行かないかもしれないところ、したっけさんの優しさによって、こんな出会いもあるかもしれないと、勇気づけられるような!
こんな素敵な出会いがあるなら…
もう一度…
あはは~
無理!
この続きが読みたくなるような、終わり方で…
この後のドラマが…
読んでる方たちで違ってきますね!
出会いなって求めて起きるものではありませんね。
見知らぬ二人が出会うなんて、ほとんど偶然ですよ。
どんな偶然があってもいいじゃないですか^^
したっけ。
もう、おだてるのが上手いんだから・・・。
そうですよ。どんな人にも出会いはある。
出かけていけば出会いはある。
出かけましょうよ。常に期待と勇気をもって。
出かけていけばいろんな出会いがありますよ。
私も先日の写真展で、素敵な出会いがありましたよ^^
したっけ。
~~~~~~~(;_ _)O パタ...
したっけ。