「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2013・09・23

2013-09-23 08:05:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、久世光彦さん(1935-2006)のエッセー「布団の上で跳びはねる」より。

「あの夜の布団には、暖かな日向の匂いがした。母は天気のいい朝は、かならずと言っていいほど、家族たちの布団を縁側に並べて干した。その上を私が歩くと、ひどく叱った。昭和十年代の家庭は、どこでもそうだったのだろうか。母は三日か四日ごとに、白い布団カヴァーを取り替えていたようである。布団の裏側をすっぽりと覆い、表は十数センチばかりを縁取ってあったから、布団の柄で誰の布団かわかるようになっていた。父のは茶系の縞模様だったと思う。母は臙脂で、牡丹に蝶がとまっていた。姉と兄のは忘れたが、私の布団は、赤い鳥居や、でんでん太鼓や、奴凧の絵が描いてあったような気がする。子供っぽい柄だった。私は早く大きくなって、大きな布団で寝たいと思った。
 衿のところには、別の白い布がかかっていた。黒い繻子(しゅす)や、手拭ではなかった。糊がきいていて、最初の夜は首筋や顎が痛かった。だから私は、布団と言えばまず白が目に浮かぶ。その白の中に柄があったのである。しかし、その家によって布団はいろいろらしい。たとえば、幸田文さんなどは、人は一生の三分の一は布団の中で過ごすのだからといって、その柄を大きく見えるようにして楽しんでいたという。最近出た青木玉さんの『幸田文の箪笥の引き出し』(新潮社)に、こんなことが書いてある。青木玉さんは文さんの一人娘である。《……そういうこともあってか母の布団はきれいだ。好んで掛けていた柔らかい赤に白で宝相華(ほうそうげ)の唐草が出ているものは、冬、雪の静かに積る夜その中に休む時は楽しいと喜んでいた》。玉さんが、遺された文さんの布団を日当たりのいい縁側に並べて母を偲ぶ文章は温かいだけに、胸にしみて悲しい。《ふくふくのお布団、陽に干した匂い、綿の入ったものは懐かしさを持っている。それは遠い幼い日の夢につながってゆく母親の温かさだと私には思えるのだ。母は幼くして生母を失くした。この柔らかい布団のぬくもりの中に母親の懐かしい夢を見ていたのかと思っている》。」

(久世光彦著「むかし卓袱台があったころ」ちくま文庫 所収)

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