民主主義の危機:比較分析が示す変容

2024年05月16日 10時39分24秒 | 社会・文化・政治・経済

 

 

アダム・プシェヴォスキ (著), 吉田 徹 (翻訳), 1 その他

過去数十年で最も景気が良い時に政権与党が敗北する。すべての政党がエリートを攻撃する選挙運動を展開し、選挙前よりもエリート主義的な議会が誕生する――。
最近の政治は筋が通らないことばかりだ。いったい何が起きていて、それはなぜ起きているのか。本書は、手垢のつくほど語られてきた民主主義の危機について比較分析から迫る試みだ。
徹底的に歴史とデータを洗う中で、前例なき事態がいくつか見えてくる。
ひとつは、幾多もの戦争や経済危機があったにもかかわらず、過去200年の歴史で30年間にわたって平均所得が減少したことは一度もなかったということだ。これは文明的な規模での変容と言える。
もうひとつは、伝統的な政党制の崩壊であり、弱い政党による激しい党派性だ。
ポピュリストの不満がいくら正当化されるといっても、一時しのぎにすぎない。私たちは依然として他の誰かに支配されなければならず、自分が好まない政策や法律に従わなければならないという避けがたい事実にぶつかる。「何が起こり、何が起こりえないのか」について世界的権威が掘り下げた結論!

[目次]
 まえがき
 第一章 イントロダクション
Ⅰ 過去――民主主義の危機
 第二章 全般的なパターン
 第三章 崩壊と生存の歴史
 第四章 歴史の教訓——何に注目すべきなのか
Ⅱ 現在――何が起きているのか?
 第五章 危機の兆候
 第六章 考えられる原因
 第七章 何に説明を求めるべきか
 第八章 何が前例なきことなのか
Ⅲ 未来は?
 第九章 民主主義の機能
 第一〇章 隠密な変化
 第一一章 何が起こり、何が起こりえないのか
 訳者あとがき
 人名索引/文献/註/図表一覧

著者について

アダム・プシェヴォスキ(Adam Przeworski)
1940年生まれ。ポーランド出身の政治学者。専門は、政治経済学、政治体制論、民主化研究。ワルシャワ大学卒業、1966年にノースウェスタン大学で博士号取得。ポーランド科学アカデミー研究員、ワシントン大学准教授、シカゴ大学教授を経て、現在、ニューヨーク大学政治学部教授。1991年にアメリカ芸術科学アカデミーの会員に選ばれ、2010年には「ヨハン・スクデ政治学賞」を受賞。主な著書に『それでも選挙に行く理由』(白水社)などがある。

吉田徹(よしだ・とおる)
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。北海道大学大学院法学研究科教授、パリ政治学院客員教授などを経て現在、同志社大学政策学部教授。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。主な著作に『ミッテラン社会党の転換』(法政大学出版局)、 『アフター・リベラル』(講談社現代新書)、『くじ引き民主主義』(光文社新書)、『居場所なき革命』(みすず書房)他。

伊﨑直志(いさき・なおし)
1998年生まれ。東京都立大学(旧・首都大学東京)都市教養学部卒業。現在、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士前期課程。専門は比較政治学。
 
 

2023年8月7日に日本でレビュー済み

 
本書は、民主主義が失われていく過程について、過去の事例と現在を考察しながら、果たして現在よく語られる「民主主義の危機」はこれまでの民主主義が崩壊した事例、あるいは逆に崩壊しなかった事例と大きく異なるのか、我々は実際どのくらい民主主義崩壊の心配をすべきなのか、を考えている。

著者は民主主義のミニマルな定義を用いる。すなわち、選挙で為政者を交代させられるか、というところに焦点を当てる(著者は最初の民主主義は1788年のアメリカ、最初の選挙による政権交代は1801年のアメリカだとしている)。
権力分立や違憲審査権などの制度は、イギリスやスウェーデンなど、それがなくても問題なく民主的な国があるので必須要件ではないとしている。また、超多数派的制度は、政府が超多数の支持を集めてしまえばむしろひどい人権侵害が出来るとも指摘している。
著者の考える民主主義は、暴力によらない紛争・対立の解決手段というものである。意見対立を暴力に帰結させないために民主的な政治社会制度は存在する。民主主義が失敗するときとは、意見対立が暴力の形をとらざるを得なくなる時である。

まず深刻な経済危機による民主主義崩壊を取り上げ、1976年時点での国民一人当たり所得がアルゼンチンよりも高かった国では民主主義崩壊は経験していない、という事実を紹介する(例外は06年タイ)。また、不平等が大きい国でも民主主義崩壊は生じやすい。
もう一つの傾向として、大統領制の方が脆弱だという点が取り上げられている(内閣不信任の制度は統治危機の統治者を取り除く能力を有する)。
過去の事例としては、崩壊事例としてワイマール下ドイツとチリ、崩壊しなかった事例として第四共和政フランスと60年代~ウォーターゲート事件のアメリカが取り上げられている。フランスはドゴールによって救われたが、著者は軍部に人脈を持つ人間が指導者となりアルジェリア戦争にうまく対応できたことは偶然もある(フランスの民主主義がこの時点で崩壊することも十分あり得たのではないか)という立場を示している。

現在の動向として、既存二大政党への支持低下、投票率低下などを見ていく。既存の左右軸(再分配)と移民政策はほとんど連関せず、2軸4象限に意見は散らばっているというピケティの研究も紹介されている。
民主主義への希求が弱まっていることもよく危機の論拠に取り上げられる。しかし、塵のクーデター直前の調査でクーデターの必要性を訴えた国民は3割を下回っていたという事実を取り上げ、そうした意識調査は過度の偏重は禁物だという。
所得上昇の問題も取り上げられる。アメリカでは長らく中央値が止まっている、世界的には2010年ごろまで伸びていた中央値はその後反転している。そして、生産性は上昇しているのに時給はある時期を境に伸びなくなるというグラフも紹介されている。ただし時給が伸びなくなる時期はまちまちで、アメリカは70年代、イギリスは80年代後半、ドイツは97年、日本は02年とされている。
失業と急進右派はよく結びつけられるが、失業率の上4分の1とした4分の1の地域の急進右派支持の差は0.7%でしかないとも指摘している。急進右派は、むしろ「今は持っているが持たざる者に転落しうる位置にいる、転落を恐怖している人(最下層ではなく、それより少し上)」が支持するとの見立てが紹介されている。
「将来への恐怖と悲観」は重要な要素となりうるが、その点では現在の経済状況(長期の平均した所得減少)は世界的、歴史的に見て確かに過去にないものであるという。

民主主義下の正当な抵抗と暴力との関係で、アンベードカルが「不服従は植民地では正当だが、民主国家では無政府状態を引き起こす行為」と否定的だったという示唆的な話から、本当の「茹でガエル」は実際には温度が上がって来たら逃げ出すといったトリビアまで、いろいろな話が出ている。
その一方、全体としてのまとまり、どこかに向かっていく流れは本書中にそこまでなく、本全体として散漫になっている印象は否めない。実証系の内容を色々持ち出してはいるのだが、そういう実証系の雰囲気の書き方とはだいぶ違う。過去の本を見ても、著者はそういう書き方をする人なのだと思う。
示唆的だが取り扱いにくい一冊である。

 

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