味スタ満員化計画

FC東京ービッグクラブへの道

ユルネバの責任

2007年10月31日 | これは言っておきたいこと。
惨劇から3日経ちました。
東京サポーターの皆様は、いまどのような気持ちでいますか。

このブログのアクセスが増えているところをみると、
みな、苦悩しているのではないのかな…?と思う。
やめてしまったわけではない、東京のことなんて、考えたくもない、
そう思ってるわけではないのでしょうね。

僕も、いつも以上に考えています。どうすればいいのか…と。

サポーターの姿勢を学ぶべきところの多い、敬愛する他チームサポーターの方に、
痛切な言葉をいただきました。

「YOU'LL NEVER WALK ALONEは、
ただカッコいいから歌ってるわけではないでしょう?」

まったくその通りです。
当ブログでも書きましたが、「ヘイゼルの悲劇」に関わるこの歌の物語は、
あだやおろそかに出来ない重さがあります。
軽々しく、「カッコいいから」と言う理由で
サポーターソングなんかにしてしまっていい類のものではありません。
もし、FC東京のサポーターソングですと、高らかに宣言するのならば、
それに見合う責任もまた、必要だと言うことです。

「いつもオレらがついてる」
「決してお前をひとりで歩かせない」
歌詞だけを見ても、この前のゴール裏の姿勢と態度は、
ユルネバに反するものです。

そんな簡単に、戦いの場から逃げてしまうようなサポーターに、
この歌を歌う資格はないのです。

もし、ユルネバは東京サポーターの魂の歌だと思うなら、
そういう歌にしたいんだと思うなら、
どんなときでも、チームを鼓舞し奮い立たせなければ…。

もう一度、
この歌に見合うだけのサポーターになろう。
それだけの魂を持とう。
そうすれば、サッカーの神様が微笑む日もまた、遠くない。
そう信じる。

いま一度、
39名の死者の霊に、厳粛な気持ちで祈るように歌おう。

それが、YOU'LL NEVER WALK ALONEを歌う者の責任なのだ。

トキオ

背骨が、折れた。

2007年10月30日 | これは言っておきたいこと。
クラシコの敗戦、失った勝ち点は3、奪われたゴールは7。
それだけと言えばそれだけ。だが、これほどまでに感じている混乱と
喪失感はなんなのだろう。

FC東京と言うチームが失ったものは勝ち点3と7ゴール。
だが、FC東京というクラブは、背骨が折れた。

東京には、しっかりした背骨があるのだと思っていた。
だから、ちょっとした風や波に倒れることはないのだと、
どんなことが起きても、揺らがずに真っ直ぐ立っていられるのだと。

アマラオ、いまだに「キング」と呼ばれる東京の象徴。
東京の歴史は、アマラオとともにあった。
彼の明るさと人情味の厚さは、そのまま東京の性格であり、
どんなときでも明るく陽気で、そして温かい。それが東京だった。

攻撃サッカー、原さんが監督に就任して、最初に打ち出した東京の指針。
それは、目標や方針と言うよりも、哲学であり、
これからの100年、東京は常に攻撃サッカーを掲げ、
日本のサッカーシーンを牽引するのだと思っていた。

原監督解任報道は、選手やサポーターを神経質にさせ、混乱に追い込んだ。
そして、7対0での敗戦と応援拒否で、
陽気で温かい「アマラオクラブ」であると言う背骨と、
「攻撃サッカー」と言う哲学が、折れた。

思えば、今年の原監督復活は、
「陽気で温かい」クラブへの原点回帰を目指したのかもしれない。
だが、原点回帰は失敗に終わった。
そもそも一昨年、原さんが辞めないで、
ファーガソンのように何年も監督を続ければ良かったのでは?と思うけれど、
終わってしまったことなので、もう言うまい。

YOU'LL NEVER WALK ALONEがあるから大丈夫、歌がみんなを結びつけてくれる、
そう僕も信じていたけれど、この曲を歌いだしたのは、
この前応援拒否をして、ゴール裏で座り込んでしまった人たちだろう。
試合を途中で捨て、同じようにもう、歌も捨てるのか。
ユルネバと言う背骨も折れてしまった。

アマラオ、攻撃サッカー、YOU'LL NEVER WALK ALONE…
この3本の背骨が10月28日、折れてしまった。

だが、10年やそこらで、100年立ち続けるための強固な背骨など
出来るはずがないのだ。そのことに気付いただけでも良かったのだと思う。

川崎のゴールへの拍手は、満場のソレではなかった。
ゴール裏で座ってしまった人も、全てではなかった。
試合後、選手の挨拶を帰らずに、ブーイングはしたものの、
スタンドで待っていた人たちのほうが、帰ってしまった人より多数だった。
東京サポーターは死んでない、背骨は折れても、死んではいないのだ。

東京サポーターが死なない以上、
FC東京と言うクラブも死にはしない、例え親会社が撤退しようとも、だ。
確かに、いま僕たちを取り囲む状況は苦しい。
だが、苦境だからこそ、出来ることがある。
ブログを立ち上げてから何度も言っているが、
苦境はチャンスなのだ。
いま頑張らないで何時頑張る?
東京の、本当の背骨を築くときだ。

It's Our Time.
最初の意味とは違うかもしれないが、
でも、今がそのときだ。

ゴール裏で座らなかった人たちよ、
川崎ゴールに拍手をしなかった人よ、
迷ってないで、流されないで立ち上がれ。

最後まで帰らずに、選手を待っていた人たち、
あなたはきっと立派なサポーターだ。それだけで誇りを持っていい。
流されてしまうことは、イジメを傍観しているのと同じ。
だから今一度、強い気持ちを持って立ち上がりましょう。

まだ今は、何をすればいいのか、具体的には何も浮かばないけれど、
強い気持ちを、もう一度取り戻せ。
まずはそこから、はじめよう。

トキオ


崩壊

2007年10月29日 | テレビの外のFC東京
2007年10月28日(日)
川崎フロンターレ戦(味の素スタジアム)

正直、混乱していて、何をどう考えればいいのか、わからなくなっている。
監督解任か?と言う報道があって以来、混乱している考えが、
さらに増してしまった。選手もベンチも同様に混乱していたのだろうか。
ここのところ、成績だけ見れば好調だったはずなのに、
数字上だけでなく、見る影もないサッカーをやってしまっていた。

オレが東京のサポーターになって7年。
この7年間で、こんなに堪えた試合はない。

試合前、来期の監督人事等の余計な事をゴチャゴチャ考える前に、
目の前のサッカーに集中すべく、
自らを煽るように、どうしても勝つんだ!と言う気持ちを、
文章にぶつけていたけれど、
それが功を奏することは、ついになかった。

7対0で負けた、100万歩譲ってこれはまぁいいだろう。
茫然自失になって、あまりよく覚えていないのだが、
5点目か6点目を入れられた時だろうか、
川崎のゴールに対して、ゴール裏から拍手がおこった。
小さな拍手は、次に入れられた時は大きな拍手へと変わっていき、
川崎が東京のボールを奪うと、速攻を促す声まで上がった。
イケイケ団は、椅子に座ってしまい、
当然誰もコールをリードするどころか、
声を出す者もいない。

こんな光景、この7年間ではじめて、見た。

この事態を、どう受け止め、どう捉えればいいのか、わからなかった。
サポーターとは、笛が鳴る最後の1秒まで、諦めずに声を出し続ける人たちだと
そう思っていた。選手に、「負け」を受け入れる瞬間が訪れようとも、
最後の最後まで諦めないで悪あがきをし続ける、
そういうバカな人たちがサポーターなんだと思っていた。
「サポーター」と書いて「ばか」と読むのだと。
その、最後までバカでいるはずの人たちが試合を投げてしまった。

この状況を、どうにかしないといけないんじゃないか?と思った。
中には、往生際の悪い人もいたはずで、そういう人を巻き込んで、
最後の一人になるまで、声を出すべきではないか?
そう思ってもいたが、だが、心が乱れてもいた。
その葛藤は、負けを受け入れるよりも苦しいものだった。

あれは、抗議だったのだろうか?
最近予定調和になりつつある、敗戦後のブーイングより、
相手のゴールに拍手、そして応援拒否は、
選手や監督、フロントにとっては、ひどく堪えるものなのは間違いない。
判で捺したように、負ければブーイング、これには慣れる。
だが、予想だにしなかった抗議には、
怒り、悔しさ、そして奮起が待っているかもしれない。
それを期待しての抗議なら納得もいく。
もし、ただ単に、勝負を投げてしまったのだとしたら…。

最後の一人になっても声を出し続けたかったが出来なかった、
そうか、オレは、
みんなの力があるから、声を出し、飛び跳ね続けることが出来ていたのだ。
友達じゃないけど、話したこともないけれど、
同じ東京を応援している、それだけで、
みんなからパワーをもらって、それで声が出せていたんだ、それが、わかった。
意気消沈…、今日のゴール裏は、恐ろしいまでに前向きなパワーがなかった。
オレはいつも、自分だけのチカラだけで戦っていたんじゃないんだ。

それは選手も監督も同じだろう。
応援がなくなり、気持ちの糸が切れる。
彼らがいたから頑張れる、走り続けていたのだと。

話が合わなくても、着ているものが違っても、
友達なんかじゃなくても、同じチームが勝つために頑張っている、
たったそれだけで、これだけのパワーになっていたんだ。
失われて、はじめて気付くものもある。

手遅れにだけはなって欲しくない。
このままでは東京は、崩壊する。

サッカーで受けた傷は、
サッカーでしか癒えない。
なんでも同じ、仕事、恋愛、などなど。
だから、次の試合、重要だと、思う。

もう一度、ひとりでやっているのではないと言う有難さを
思い出すべきではないだろうか。

タカオ


川崎戦を前に。~其の弐

2007年10月27日 | これは言っておきたいこと。
なんだか、5月の川崎戦を思い出す雨が降っております。

先日、川崎サポーターの方とお会いしまして、
「今度の味スタはいらっしゃいますか~?」とお聞きしましたら、
「神保町の古本祭りと、どっちに行こうかなぁ」って…。

んーーーーっ、おいっ!!
比べるようなモンじゃねーだろうがっ。
この場合、一も二もなくクラシコだろうー、普通。
まさか、5月の試合に勝ったくらいで、
東京の上に立ったつもりでいるんじゃねぇだろうな?おっ!?
それが、単なる思い込みだったことを教えてやろうじゃあねーか、味スタで。

現在、川崎は勝ち点43の8位。
対する東京は勝ち点41の10位。
日曜は気持ち良く勝って、川崎の順位を引きずり下ろしてやろうぜ。
ひとつ上の順位のチームと、直接当たって、
ひとつずつ順位を上げていった9月を思い出せ。
今回は二つ上だけど(笑)、でも、関係ねーよな。
東京をナメてる川崎の、
順位で上に立ってやろう、絶対勝つんだっ!!

タカオ

川崎戦を前に。

2007年10月25日 | これは言っておきたいこと。
多摩川クラシコ、もうすぐだねー。
当日の天気予報は、曇りときどき雨。
雨かぁ…でも!思い出せ!等々力競技場での雨の屈辱を。
今年の5月6日、ゴールデンウィークとは思えない冷たい雨。
そして、信じられないような前半戦。
前半だけで4失点、火だるまになった東京守備陣…。
後半、目が覚めたように、ゴール裏も必死の応援をしていたし、
気持ちの入った2ゴールを返したけれど、
多摩川クラシコは、今年で終わりかもしれないと、某誌で揶揄され、
とにかく、屈辱のクラシコだったのだ。
昨年に翻れば、3点差を大逆転した「ポッキーの日の奇跡」があり、
そのリベンジを見事にされた…とも言えるけれど、
既に遺恨は残ってる。このまま黙って川崎の軍門に下るつもりは、ない。

エルゴラッソによれば、
川崎は3-5-2と4-4-2を組み合わせたようなフォーメーションだそうで
エルゴラ曰く、「既存のシステム論を壊すものかも」とのことだが、
ふんっ!こざかしい。
サッカーとは、机上の駒遊びではないことを教えてやろうではないか。

噂では、平山相太がスタメンだそうだ。
昨年川崎戦の平山は、まさに「暗躍」。
今年も期待してるぞ。
川崎右サイドの、ナントカ言うイライラ大王に、ガンガンつっかけてくれ。
思えば5月の川崎戦、相太は試合に出られなかったんだよな?
あの時の鬱憤を、今こそ晴らすのだ。

次の日曜、味スタの試合は、喧嘩だっ。
監督去就問題で、東京の周辺は混乱してる。
今は余計なことを考えないで、目の前の敵を
グウの音が出ないまでに
ギッタンギッタンのケッチョンケッチョンにしてやるのだ。
ノーガードの打ち合いで勝つっ!
最後にリングに立ってるのは、水色と黒のユニフォームではない。
オレたち東京だ。

タカオ

アマラオくん♪

2007年10月24日 | これは言っておきたいこと。
この前の清水戦で、アマラオがゲストで来てくれましたよね。
現役引退したことで、はじめて僕たち東京サポーターの前に、
公式のカタチで姿を見せることが出来るようになったのだと思います。
その効果は絶大でしたよね~。
試合前に、東京ゴール裏は、いきなりヒートアップ!!
やっぱりアマラオコールは、大きな声で出るんですよ。
そのままの勢いで、好調清水に勝っちゃいましたもんねぇー。

これ、毎回やってくれないかなぁーって思ったのは
僕だけではないだろうと思います。

で!!今日突然ヒラメイタのが
「アマラオくん」。

東京にはマスコットがいないでしょう?
今まではいらないって思ってましたけど、
アマラオがゲストで来たときの、
あの熱さと笑いと温かさ、これが東京なんだよなぁ~と思ったんですよね。
やっぱり、東京のサッカーは楽しくないと。
眉間にシワを寄せてるだけのサッカーは似合わないし、
楽しくないときの東京は、強くないんです。
毎回温かい気持ちと、熱い気持ちとを忘れないでいられるように、
「アマラオくん」ってマスコットを作って、
試合前のコンコースやピッチに現れてもらう。
ハーフタイムにパフォーマンスをしちゃう。
ついでにアウェー側もあおっちゃう♪

それで、アマラオくんグッズもいっぱい作っちゃおう!
アマラオくん目覚まし、とかねー。
時間が来ると、まずは「おぉぉぉぉ…」
それから「しゃーっ!しゃーっ!しゃーっ!!」って(笑)。
勝利の儀式で毎朝目覚められたらいいと思いません?

まぁ、現実問題、肖像権やら難しいこともあるのだろうけど、
アマラオの場合、東京の監督やゼネラルマネージャーとかよりも、
「アマラオくん」のが面白いと思うんだけどねー。

清水戦のパフォーマンス、
アマはゴール外したじゃない?東京サポーターは、
一斉にブーイングしたけど(笑)。
あんなに、お互いの信頼関係に基づいた温かみのあるブーイング、
聞いたことがない、東京サポーターとアマラオにしか出来ないよ。

原さんは辞めるのか?
次の監督は誰になるのか?
そういう問題も確かに大事だけど、
冗談でなく、真面目に考えてくれないかなぁ、アマラオくんの企画は。

どうかお願いします。

トキオ

原 博美解任!?

2007年10月23日 | これは言っておきたいこと。
名古屋戦、勝ったね~♪
しかも、完封したことのない相手を0点に抑えての勝利!!
このブログを立ち上げてからの通算成績、6勝2敗。
これをシーズン通して続けられれば…優勝?(笑)。

本当はね、「ビッグクラブへの道」シリーズ銀河系軍団との戦い、と言う記事には
続きがあって、まだ完結してないのよ、
とても大事なことを書く予定でいるんだ。
短い中断期間だけれども、中断している時に書かないと、
問題意識を前提にした記事を書くモチベーションは、
明らかに下がっちゃう、ほら、勝っちゃうし(笑)。
今回みたいに勝っちゃうとさ、素直に「ヤッターッ」ってなっちゃうから
こうー、とんがった気持ちが丸くなってしまうから。
どうしても中断期間中に書き切りたかったんだけど、
間に合わなくてねぇー。そしたら案の定、
丸くなってしまったと言う^^。


だがしかし。なんである。
勝利の喜びもつかの間、
またもや尖がらざるを得ない新聞記事を発見してしまった。

「原監督、今期限りで退任」

これで、尖ったブログを続けるテンションが上がった!!とか
喜んでる場合ではないんである。

まず第一に、なぜにこの時期、こういう記事が出てしまうのか。
ようやくチームとして調子が上がってきて、
来年は、この調子をシーズン中維持出来るチームにして
優勝争いに絡む、そういう期待が膨らんでいる。
実際にサッカーをしている選手も同じ気持ちだろうと思う。
そのために何が必要なのか?
考えながら、来期に繋がる良い結果を出す、それを今は大事にすべきで、
そういう時期に、このような情報が流れるのは得策ではない。
もし、選手の奮起を今一度奮い立たせるための確信犯なら納得もしよう。
だが、そういう感じは、残念ながらしない。

もうひとつは、「3位以内」が続投条件だった、とあるが、
つまりは、レッズ、ガンバの2強に次ぐ3位を確保せよ、と言うことで、
就任1年目にそのハードルは高すぎではないだろうか?
確かに、大型補強はした。だが、福西がフィットするまでには
思いのほか時間がかかったし、それ以外の2外国人は正直期待外れ。
この補強が失敗だったとわかった時点で、
3位と言うノルマは緩めてしかるべきだ。
それでも3位以内になれなかったから解任?
それは酷だろう。

次期監督候補の城福氏は、「若手育成に定評がある」そうだが、
また「若手育成」なの?とも思う。
そこから再スタートして、来年3位以内狙える???
来年は10周年なんでしょ、来年再来年に、本気で優勝狙うんだと思ってたよ。
10周年には若手育成するんだ?

とまぁ、言いたいことは山ほどあるのだけれど、
とにかく混乱している。オレがそうなんだから、
選手はもっとだろうなぁーと思うよ。

この情報が、残り5試合と天皇杯に
悪影響を及ぼさないことを祈る。

せっかく掴んだいい流れを、
これで台無しにされたら、こんな情報を垂れ流してるクラブを本当に恨む。

タカオ

ウマーリノス

2007年10月21日 | これは言っておきたいこと。
先日、敬愛する他チームサポーターの方とお話する機会があり、
私が、ブログとサポーターチームを立ち上げた旨お伝えしましたら、
このサイトを教えてくださいました。

ウマーリノスに捧ぐ

どうしようもなく、
サポーターとして、気持ちが折れてしまいそうになるとき、
このサイトを訪れるのだそうです。

真夜中に訪れ
号泣してしまいました。

私たちサポーターは、
サッカーにまったく興味のない人にしてみれば、
ばかみたいないきものでしょう。
頼まれもしないのに、
90分間叫び歌い飛び跳ね続けて。
勝てば喜び、負ければ悔しがり。
負けがこめば、なんでサポーターなんかやってるんだろう?
と自問する夜もある。

けれど
愛するチームがあるだけで幸福なんです。
試合に行って、一喜一憂出来るだけで幸福なんです。

澄み切った、純粋な想い。
つい、何かに隠れて、そんな想いが見えなくなってしまう時もあるけれど、
いま、泣いている自分の中には
同じものがあるのだろうなと思えることを幸福に思います。

名古屋戦を前に。
もう一度、原点に立ち返りましょう。
澄んだ想いを胸に、
残りの日程、乗り切りましょう。

マサト

YOU ’LL NEVER WALK ALONE~イスタンブールの奇跡

2007年10月18日 | FC東京の基礎知識
これだけパソコンとネットが発達した世の中になると、
例えば僕がここで、YOU'LL NEVER WALK ALONEを紹介して、
ネットで探せば音源やら歌詞やらは、すぐに出てくる。
リンクを貼るのが常道だろうけど、
あえて僕は貼らない。僕たちのYOU'LL NEVER WALK ALONEは
スタジアムで聞くものだけが本物であり、
どんな録音の仕方をしたのか知らないけれど、
雑音だらけの音源を聞いただけで、知った顔をしないで欲しい、
興味を少しでも持ってくれたのなら、
ぜひ、スタジアムに足を運んでください。
今年のJリーグは、あと6試合しかない、ホームゲームはたったの3試合。
このチャンスを逃したら、来シーズンがはじまる3月まで待たねばならない。
そして、僕たちの想いがつまった歌声に耳を澄ませてほしい。
そう思います。

行くなら今でっせ♪


この曲に関するエピソードを、もうひとつ紹介しておこうと思います。

「ヘイゼルの悲劇」の後、イングランドのクラブに5年間、
リヴァプールには7年間、国際大会への出場停止処分が下る。
この処分が尾を引いたか、長らくチャンピオンズリーグで
良い成績を残せなかったリヴァプールだが、
ついに2005年、準決勝へと駒を進めた。対戦相手はユヴェントス。
リヴァプール対ユヴェントス。この組み合わせを聞いただけで、
胸に熱く重いものがこみ上げてくる人がどれだけいるだろう。
リヴァプールやトリノの人々はもちろん、
あの悲劇に関わることのなかった僕でさえ、
何も感じないわけにはいかなかった。
あの時確か、ユヴェントスサポーターも
YOU'LL NEVER WALK ALONEを歌ったと、聞いたような気がする。

そしてリヴァプールは、決勝進出を決める。
決勝の相手はACミラン。場所はトルコのイスタンブール。
前半だけで3対0と、大幅にリードを許したリヴァプールは、
後半になると、信じられない猛追撃をはじめ、
54分、56分、60分と立て続けにミランから3点を奪う。
前半戦で、勝負はついたものと思われた試合に、たったの6分間だけで
リヴァプールは追いついたのだ。

試合は結局、90分間+30分の延長戦でも勝負がつかず、
PK戦の末、リヴァプールがヨーロッパチャンピオンの座を射止めた。
3点のビハインドを逆転優勝に導いたのは、
イスタンブールまで駆けつけたリヴァプールサポーターと、
彼らが試合中に歌い続けたYOU'LL NEVER WALK ALONEであったと思う。
ヘイゼルの悲劇から20年、彼らの言葉にならない想いは
リヴァプールに奇跡の勝利と、ビッグイヤーをもたらした。
この奇跡の大逆転勝利を「イスタンブールの奇跡」と呼ぶ。
20年の歳月を超え、リヴァプールはこの勝利で、
ヘイゼルの悲劇の呪縛から解き放たれたのではないだろうか。

そこにも歌があった。

時に、死者の霊を弔い、
時に、敗色濃厚なチームを勇気付ける。
いつでも彼らの胸にはこの歌があった。

YOU'LL NEVER WALK ALONEは、そういう歌なのである。

トキオ



ビッグクラブへの道①~銀河系軍団との戦い

2007年10月16日 | ビッグクラブへの道
「サッカーを読解せよ」の担当マサトくんの真似事を、
わたくしタカオもやってみようと思う。
うーん…途中で暴走するかも(笑)。

2003年8月5日。オレたちが絶対に忘れてはいけない日だ。
FC東京が、世界最強にして最高のチームとはじめて戦った日。
そして、最大の屈辱を味わった日である。

FC東京対レアル・マドリッド。
当時、「銀河系軍団」と呼ばれ、
膨大な資金力をバックに、世界中の才能たちをかき集めて
前年のチャンピオンズリーグを制覇したマドリーは、
03-04シーズンを更なる成績を残すために、
マンチェスターユナイテッドからデビッド・ベッカムを獲得。
シーズンが始まる前に、アジアツアーを慣行、
その相手がFC東京であった。
この日、国立競技場に集結した銀河系軍団のメンバーは、
真新しいユニフォーム姿のベッカムを筆頭に、
ジダン、フィーゴ、ラウル、ロベルト・カルロス、ロナウド、
マクマナン、モリエンテスにカシージャス…。
ざっと思い出すだけでも、とんでもないメンバーである。
東宝映画の「怪獣大進撃」か、
はたまた東映映画の忠臣蔵か。つまり、スター総出演である。
対するFC東京、オリンピック代表の遠征で、石川、茂庭、徳永がいない、
オールスター戦に監督推薦で出場するアマラオもいない。
前年ヨーロッパチャンピオンの銀河系軍団に、
飛車角抜きの上に、王将までナシ!?
東京の7番浅利は、プロ選手でなく東京ガスの社員である。
今でこそ東京の中心選手…にまで成長した梶山、韓国代表になったチャンは
当時高校生。飛車角王将抜きの東京、
その穴は高校生二人とサラリーマンで埋めるという布陣で挑む。
前期4位と言う、東京としては最高の順位を記録した直後だったけれど、
果たしてそれで、マドリーに通用するのか!?
そんなオレたち東京サポーターの心配をよそに、
世間一般の注目は、スター軍団がどんなサッカーを魅せてくれるのか?であった。

このような「ドリームマッチ」が組まれる背景には、
02年ワールドカップの成功がある。
日本代表の決勝トーナメント進出で、一気にヒートアップした日本列島、
日本がベスト16で敗退した後も、スーパースター達の競演に
日本中が酔いしれ、空前の盛り上がりを見せた。
その象徴がベッカムである。
あの時、日本人は自国のユニフォームだけでなく、
他国、例えばイングランドやブラジルのユニフォームを着て観戦すると言う事が
世界的には珍しい国民性として紹介されていたが、
一番多く見られたのがイングランド代表の7番のユニフォームであった。

この事実を、世界がどう捉えたか?と言うと、
日本はサッカーのマーケットになると言うことだった。
金になることならなんでも飛びつく日本の商社、マスコミ、呼び屋が
匂いを嗅ぎ付け群がってくるのと時を同じくして、
欧州のビッグクラブは日本をはじめとしたアジアマーケットに目をつけた。
本来であれば、シーズン開幕を前に大事な調節をしているはずの選手たちを
アジア各国に引きずり回したのが、このアジアツアーだ。
そういう内情がありながら、ワールドカップの熱狂が冷めていない日本人の
「サッカーファン」の皆様は、この企画に食いついた。
国立での東京との試合のチケットには、ネットで高値がつき、
東京ドームで行われたマドリーの公開練習には、
有料にもかかわらず、たくさんの人たちが群がるように見に行った。

国立競技場は、東京にある。厳密にはFC東京のホームスタジアムではないが
少なくとも日本にあるスタジアムであることに間違いない。
にもかかわらず、この日、国立を埋め尽くした54,268人の観客のうち
東京サポーターは約1万5千人程度だろうと思う。
後は、真っ白なレアル・マドリーのユニフォームを着た観衆だったのである。

まずもって、ほとんどが白い国立のスタンドを見た時点で、
予想はしていたけれど、オレら青赤サポーターの腹は煮えくり返っているのだ。
白いユニフォームを纏った彼らは、おおよそサッカー観戦に来ている雰囲気とは
程遠く、外国から来た大物アーティストのライヴに来たような、
そんな浮ついた空気も一緒に纏っていた。
そもそも興行主ですら、外タレを呼んでる感覚でマドリーを迎えたのだろう、
オレらにしてみれば信じられないことだが、
東京ゴール裏にも白いユニフォーム姿がチラホラ見受けられる。
ホームとアウェーサポーターを区切る干渉地帯もスタンドには設けられていない。
スタンドを一席たりとも無駄にせず、いっぱいに人を詰め込みたかったのだろう。
そうまでして、取れる金は取れるだけ吸い取りたかったにちがいない。

オレたち東京サポーターは、
レアルマドリーを、偉大なる敵として迎えた。
そこにも、この企画との隔たりを感じていた。
だが、我慢していた、不可解な笛で与えたフリーキックを、
ベッカムが東京ゴールにねじこむまでは。

マドリーが先制点をあげた瞬間、4万人ほどのマドリー「ファン」たちは
「これこそを見たかった」と言わんばかりに大きな拍手で湧いた。
その中で、東京ゴール裏のはじっこに陣取る一団が、「レアルコール」をはじめた。
そこまで我慢に我慢を重ねてきたオレたちの限界が、この時来た。
「レアルコール」をしていた一団に、
東京サポーターが掴みかかり揉み合いになる。
暴力行為は、決して誉められた行為ではない、だが、
東京ゴール裏において、そういうことをするとどうなるか?
サポーターなら常識中の常識である。
干渉地帯を設けなかったこと、
アウェーチームのサポーター(ファン)を分けて入場させなかったこと、
主催者の認識を疑う。
金になることなら、なんでも群がるヤツらに、そんな良識を求めるほうが
ムリだと言うことなのだろう。
いずれにせよ、試合中に東京ゴール裏で暴力沙汰が起きてしまうと言う
言語道断の事件が、この日、国立競技場で見られた。

もし、岡田主審が、あの時不可解な笛を吹かなかったら…
ベッカムのフリーキックもなかったろうし、
あの1点が入らなかったら、試合はどっちに転んでいたかわからなかった。
オレたちは、マドリーに勝つつもりで国立へ行ったのだ。
そして、そのためにやるべき事も、きちんと認識して試合に臨んだ。
力は確かに、マドリーのほうが上だ。
だが、あの時、「FC東京(ごとき)がレアルに勝てるわけがない」と言う声を
たくさん耳にしたけれど、そういう発言自体が、サッカーを知らないと
言っているようなものだと、言ってる人たちは気付いていないのだろう。
勝つための方策は、常にある、それがサッカーだ。

あの日、オレたちの国立は、大事なことがわかっていない浮ついた
白いユニフォームを着た人々に占領され、汚された。

当時の「銀河系軍団」を「サーカス団みたいにこのメンバーで
世界中まわればいい」と書いたライターがいたが、
この指摘は間違っていない。
サッカーでなく、「サーカス」が見たい人たちから
さんざん世界中で金を巻き上げた挙句、この銀河系軍団一座は
この後、まったく勝てなくなってしまった。
サッカーの神様は、大事なことがちゃんとわかってるヤツなようだった。

とにかくオレは、
この日、いつか絶対に世界一になってやる、
そう心に誓った。
そして、それは、オレひとりではないはずだ。

あの時、オレと同じように悔しい思いをしたのなら、
あの屈辱を絶対に忘れず、心に刻み込んでおけ。
どんなに不可能と思われることでも、
目指そうとしないヤツは辿り着くことが出来ない。
だから、いつか、必ず世界一になろう。
そして、世界一になっても、あの時のレアル・マドリーのようなクラブには
FC東京はならない、そう誓っていよう。

サッカーの神様は、意外と平等なようだから、ね。

タカオ



YOU ’LL NEVER WALK ALONE~ヘイゼルの悲劇

2007年10月16日 | FC東京の基礎知識
1985年5月29日に、その悲劇は起こった。

UEFAチャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)決勝、
場所はベルギーのヘイゼルスタジアム。
その年のヨーロッパチャンピオンは、
リヴァプールとユヴェントスとの間で争われた。

その年に僕は17歳で、サッカーとはやるものであって見るものではなかった。
当然、ヨーロッパのサッカーシーンになどまったく感心がなく、
クラブチームとナショナルチームの区別もつかなかった。
それでも、この「悲劇」のニュースは記憶に残っている。

サポーター同士の乱闘がおこり、
老朽化したスタジアムの壁が崩れ、
下敷きになった観客に死傷者が出た。
死者39名、負傷者400人以上。
世界中を駆け巡った惨劇のニュース…
これが、「ヘイゼルの悲劇」である。

フーリガンと言う存在が、世界中に知られるようになったのも、
この事件が契機ではないかと思う。
イギリスのサッカーファンは、理由もなく荒くれだち、
破壊行為を各地でしてまわる、そういう印象を、
高校生だった僕にも植え付けられた。

当時、失業にあえぐイングランドの労働者たちが
不満を爆発させるのがスタジアムだったと言う話も聞く。
そして、政府へ不満の矛先が向くのを避けるために、
フーリガンへの規制をわざと緩くしていた、と言う説もある。
事実は違うかもしれない。
真相は僕は知らない。
確かなのは、亡くなった死者39名の命は、もう戻らないと言うことだ。

リヴァプールの街に本拠を置く2チーム、リヴァプールとエヴァートン。
普段は仲の悪い両サポーターは、
この時ばかりは、共に蝋燭の灯をともし追悼の歌を歌ったのだと言う。
その歌が、You'll Never Walk Aloneであった。
もっとも、悲しいYou'll Never Walk Aloneだったのだろうと思う。
同じサッカーファンとして、
このような惨劇を2度と繰り返してはならない、
そう固く胸に誓いながら、僕も青赤のマフラーを掲げ歌うのである。

この歌は、世界一有名なサポーターソングであると同時に、
世界一血塗られた過去を持つサポーターソングでもある。

トキオ

ビッグクラブへの道~はじめに

2007年10月14日 | ビッグクラブへの道
このブログに最初の投稿をした日から、
実は東京の戦績は5勝2敗。
中断明け4連敗の真っ只中に始めたことを考えると、信じられない戦績です。
うーん、オレらってもしかして、勝利の女神?とか(笑)。

カテゴリーの「はじめに」を読んでもらえばわかると思うけれど、
低迷しているからこそ、前向きに捉えて「改革」が出来ると思っていた、
んだけど…好調になっちゃったからなぁ(笑)。
で、好調になっちゃうと、ご他聞に漏れずオレだって、
機嫌がいいわけです♪このままでいいじゃん!って思っちゃう^^。

だけど、それまで右肩上がりで成長していた東京は、
この3年、確実に低迷している。この事実は冷静に受け止めなければならない。

このままでいいのか?
より一層の成長を遂げ、ビッグクラブを目指すのか?

まずは、オレの意見を書いていきたいと思う、
短い中断期間だけれど、読んでくれた東京サポーターの皆さんが
真剣に東京の将来を考える一助になったらいいなと思います。

中断期間に集中して書かないと、
ほら、また勝っちゃうじゃない?モチベーション下がって、
この命題、後回しにしちゃうからさ(笑)。
この1週間で集中連載するよ~^^。

ハイ、この連載、タカ派のタカオが担当いたしますです♪
よろしくお願いいたしま~す。

タカオ

You’ll Never Walk Alone

2007年10月12日 | FC東京の基礎知識
“You’ll Never Walk Alone”
FC東京の試合において、もっとも厳粛な時間であり
東京サポーターにとっての、最も重要な曲。

ホームゲームでは、選手入場の時に、
青赤マフラーを掲げたサポーターによって歌われる。
サポーターがスタジアムへ行く時に、着ていくものには
決まりはないと僕は思っているけれど、
でも、夏でも冬でも、青赤マフラーだけはしていかなければいけない。
なぜなら、この歌を歌うときにどうしても必要だからである。

元々は、映画「回転木馬」の中の曲らしいが、
リヴァプールのサポーターがサポーターソングとして歌いはじめたのが
有名になり、今や世界一有名なサポーターソングとして認識される。
FC東京が、まだ東京ガスだった時代に、東京イケイケ団が歌い始めたのだと
思う、その経緯を僕は知らないのだけれど、
こういうのは、早い者勝ち、なのでしょうか?
日本では、すっかり東京サポーターのサポーターソングとして定着しました。
他所のサポーターも、サッカー好きなら歌いたかった人もいたのでは?と思う。
それくらい有名な曲である。

長野県の友達や知り合いはいますか?
彼らは、少々特異な人たちである。
長野県の歴史と風土がそうさせたのだろうけれど、
ひどく理屈っぽく鬱陶しい…いやいや、鼻につく、…んでもなく、
とにかく、高い水準の教育を受けた人々である。
そして、県の北と南と県央と、とても仲が悪いのでも有名である。
あるとき、仲の悪さが発展して、こうなったら分離独立しかない!
という状況になってしまった。明治維新後、県が分裂した例はないと思うが、
その在り得ない事態に、長野県はなってしまうのか!?
現在も長野県は長野県のままだが、
その事態を救ったのは、ひとつの「歌」だったのである。

長野県の特殊性のひとつに、県の歌がある。
仲が悪いのに、なぜに統一した県歌があるのか不思議だが、
未曾有の大喧嘩を鎮めたのは、誰かが歌い始めた、この県歌だったのだ。
(いや、洒落じゃありません)
最後は涙ながらの大合唱となり、やっぱり一緒にやって行こう!と
一致団結したのだという笑い話…ではなく、逸話が残っている。


もしいつか。
FC東京の長い歴史の中で、サポーターの分裂が起きるかもしれない。
クラブの経営破綻や、成績不振、そういう背景があって、
サポーターの気持ちもささくれ立ち、
ゴール裏ではサポーターグループ同士の小競り合いが絶えない、
そんな時代が、もし来てしまって、
ついに、大人数の乱闘に発展してしまったら…
そんなとき、
誰かがYou'll Never Walk Aloneを歌いだし
いつしか荒くれだっている者たちも皆、振り上げた拳を止め、
青赤サポーターは皆、静かに歌いだすのではないかと思う。
東京が初タイトルを取ったとき、
連敗地獄をみんなで乗り越えたとき…
さまざまな光景が脳裏に浮かび、いつしか涙ながらの大合唱になるだろう。

どんなときでも、東京サポーターの心をひとつにする歌、
それが、You'll Never Walk Aloneである。

1万人以上ものサポーターが、一斉に青赤マフラーを掲げ歌う。
味の素スタジアムの、この光景は、決してテレビでは見ることが出来ない。
この歌に触れることが出来るだけで、入場料分の価値はあると断言する。
体験したことのない人は、ぜひ、スタジアムに足を運ぶことをおすすめします。
サッカーには、勝ち負けを超えた大事なものもある。
それが、味の素スタジアムにはあります。
決して、テレビでも、新聞でも、触れることの出来ないものです。
東京に住んでいて、これを知らないのは…気の毒ですらあります。


いつの日か、東京中でこの歌が響くことを願ってやまない。
何万人もの大合唱の夜を夢見ている。

トキオ

東京ビューティセンター?

2007年10月10日 | これは言っておきたいこと。
Jリーグは、しばしお休み。
みなさま、この間に、アタマとカラダを休めてリフレッシュしておきましょう♪

このところ、駅の広告などで目にするTBC。
なにやら、カレン・ロバートやらなんやら、
いわゆるU-22代表?の選手が4人出ているんですよねー。
TBCって何の略!?って考えたときに、
東京ビューティセンター?えーと…
東京でしょ!東京!
東京でU-22って言ったら、いるじゃん、ゾロゾロと。

梶山陽平
伊野波雅彦
平山相太

この3人使えーっ!って思ったのはオレだけ!?
えっ?オレだけ?
そうですか、そうだと思ったけど、うーん。

ちくしょー、もっと頑張れ!東京U-22三人衆!!

タカオ

東京マリー

2007年10月08日 | これは言っておきたいこと。
東京マリーと言うのはですね、水前寺清子さんがデビューするとき、
水前寺清子とどちらにする?と最終候補に残った芸名です。
東京マリーにしなくて良かった、とはチーターの弁ですが(笑)。

さて。先日のマリノス戦に勝って、東京の順位は11位になりましたね。
ジェフ戦に負けたことで、10位まで上げた順位を13位まで落としたのは、
正直やるせない気持ちになりましたが、
世界に稀に見る戦国リーグで中位を争う定めです、仕方ありません。
東京マリーも歌ってるじゃないですか、
「3歩進んで2歩下がる~♪」って(笑)。
地道に行くしかないですよね、今は、「本当のチカラ」を蓄えるべき時です。
東京らしい戦いが出来ていないのに勝ち点を積み重ねるより、
東京らしい戦いをして負けたほうがいい場合もあります。
オウンゴールで自滅して、次の試合も落とす…
そういうこともあるのが勝負だと清水が教えてくれました。
事実、8月18日柏戦以降、東京らしいサッカーが続いていると思います。
例えそれが黒星だったとしても、です。
これを続けていけば、天皇杯、そして来年のタイトル争いを戦う地力が
身につくはずです。


さて。先日の試合では、石川Tシャツが発売になりました。
普段から着られる「青赤服」がたくさん欲しいので、買いましたよ~♪
でも、そんな日に、スタメンには石川の名前は、ない。
後半途中から出てきましたが、戦術的交替と言うより、
リチェーリの負傷により、やむなく交替出場、だったのではないでしょうか。
原さんの頭の中では、逆転する為の最後の切り札は
別の選手も候補に挙がっていたのではないかと思います。
それでも石川だった。そして、試合を決めたのも、石川でした。

ゴールを決めた後の石川の顔は、気合が乗ったいい顔でした。
サーフィンをやっててデザインセンスもある、そんなキャラクターの石川ですが
ゴールを決めたあとの顔は、さわやかとは程遠い、闘士の顔でした。
僕は、石川のそんな顔を、もっともっと見たいと、そう思っています。

残り6試合、ひとつずつ順位を上げたら5位?
東京マリーが歌っているように(笑)
「やすまないであるけ~♪」ひとつずつ勝っていこうぜっ。

トキオ

そうそう。「顔」と言えば、トウチューに出ていた
平山が、松葉杖の梶山とハイタッチする写真、
見たことないような笑顔を梶山が見せていて、いい写真です、必見♪

http://www.tokyo-np.co.jp/tochu/fctokyo/photo/20071006/