味スタ満員化計画

FC東京ービッグクラブへの道

冷静の青、情熱の赤

2008年04月21日 | 味スタゴール裏考察
多摩川クラシコから一夜明けて、じょじょに冷静さを取り戻しつつあります。
東京サポーターの皆様は、ご機嫌いかがでしょうか?

思い返してみますに、東京ダービーの逆転ゴール、
「巧」で「ラブリー」なムービングフットボールだったわけですけど、
あの日の当ブログには、
「ムービングフットボールなんて、ぶっとんでたけど」とか書いちゃいましたね、
ぶっ飛んでたのは私の頭でしたね(笑)、
選手はあの時間帯でも、冷静に試合を決めることを考え、
見事成し遂げたのでありました。
その後とても反省したのですが、でもあの場にいたらねぇ、仕方ないよねぇ♪

そんなわけで、昨日の試合を努めて冷静に振り返ります。

昨日は、比較的前の方、ベロ旗ブロックの真横に陣取っていたのですが、
試合開始直前、植田朝日氏の言葉が、いつもより聞こえてました。

試合後半に、踏ん張れる試合が増えてきたので、
これからそういう試合を増やしていきたいから、
今日もがんばろうぜ!

と言うような内容だったと思います。
(正確な内容を、きちんと聞き取れた方は教えてください)
なるほど。と思ったんですよね。
後半の勝負所で息切れすることなく戦えて、
ダービーのように勝ち切ることが出来れば…
そんな想いで東京の応援を引っ張ってるのだとしたら、
これまでの「前半ダラダラ応援」も一応理解出来ます。

ただし、これには問題があって、
そういうイケイケ団の思惑があったとして、
それがみんなに伝わってるか?と言えば、伝わってません。
あんなに近くにいても、明確には聞き取れなかったですし、
あの時間に何か言われても、冷静に聞く、と言うよりは、
テンションをあげる役割しかなしていないように思います。
何言ってるかはわからないけど、とりあえず「おーっ!」って言っておこう。
みなさん、そんな感じじゃないですか?

イケイケ団にも、理想とコンセプトがあるのはわかりました。
それを、等しくゴール裏全体に伝えるためにはどうすればいいか?
あるチームは、試合1時間前くらいにコンコースで「ミーティング」を開き、
今日は誰を一番応援するか確認、今ひとつ浸透してない曲を練習、
最後に「今日も勝つぞー!」「おーっ」で締めくくっていました。
味スタの場合、コンコースでそれは出来ませんから、
どうしましょうねぇ…。その、ミーティングに代わるものを
何か出来ないものでしょうか。

イケイケ団の方々は、ブログもやっておられるようですね。
『こんなレベルでは満足せず、高いレベルに持って行きましょう!!!!
つ~か、夏ぐらいまでに平均点を上げて、終盤戦には戦えるゴール裏にしたいよね!!!!』(植田朝日氏のブログより)

「戦えるゴール裏」と言う、まだ実現していない理想があると言うことです。
具体的にはどういうゴール裏なのか?
東京ゴール裏には、「東京イケイケ団」と「そうでない人たち」とがいると
書きましたが、「そうでない人たち」と直接対話していかないと、
この二分化はますます進んでいくと危惧しています。


昨日感じたことをもうひとつ。
今年の東京は、去年までの「縦に早いサッカー」から脱却し、
「遅攻」を指向しています。ですから、東京サポーターもそれを理解し、
ゆっくりとボールをまわすサッカーを、後押しすべきです。
余裕のあるときは、パスが繋がるたびに、
「オーレ!」「オーレ!」の声が上がりますが、
前半2点目を取られた頃になると、
ボールを奪った瞬間に「早く!早く!」の声が上がっていました。
去年までならそうでしたが、今年は違うのでは?
確かに、速攻が有効な場面もあるでしょうが、
前半の、まだ1点差の場面で、
我々サポーターが余裕をなくし慌ててはいけないと思うのです。

東京は、終盤戦に強いチームになってきました。
あの場面だからこそ、余裕を持ってボールを回させる余裕が、
我々にも必要ではないでしょうか。
サポーターにこそ、城福さんのムービングフットボールを、
真に理解する必要があると思います。

ただこれも、時間が解決していくでしょう。
昨日の4点目は、本当に「ラブリー」でした。
あれが、城福さんの目指すゴールなのだ、と多くの人が理解したと思います。
あのゴールを理想として頭に思い浮かべながら、
これからみんなが、ゴール裏から応援する、
そういうようにサポーターが変わっていく…
昨日はただの1勝ではありません。
ムービングフットボールが多くの人に理解された記念すべき日として、
東京が優勝した日に語られる、そんな1勝ではないでしょうか。

トキオ

東京イケイケ団の功罪③

2008年04月11日 | 味スタゴール裏考察
随分前になるけれど、文芸春秋から「TITLE」と言う雑誌が創刊された。
このときのキャッチコピーが、
「自分の責任で読め」だった。
マスコミの言いなりになるな、エライのは読者だ、
と言うようなメッセージだと捉えたのだけど、
いつのまにかそういうコンセプトは希薄になっていったと記憶している。
理想は崇高だけど、現実はついていかなかった。
大きなマーケットを相手にした場合、
自分の、全ての行動に責任を持てる人ばかりではない。
これも現実なのだろうと思う。

昨年、浦和がACミランに負けたとき、
サポーターの応援がダメだったと書いたスポーツライターがいた。
浦和サポーターが怒ったこと、怒ったこと。
だが。オレもそう思うな。
本気でミランに勝つのだ!という強い意志を持った人間だけで、
さいスタを埋め尽くすことが出来たか。
ACミランと対戦することだけに満足していた人も、多くいたのではないか。
コールリーダーは、密かに反省していると思う。
自分たちの力不足もあって負けたのだと。
もし反省していたのだったら、オレは彼らを尊敬する。
だが、強くなった浦和だから応援する、ACミランが来たから見てみたい、
そういう気持ちの人が多く来ているスタジアムで、
格上相手に勝てるかよ、
自分の足を骨折してでもミランをぶっ潰す、
そういう気概でスタジアムに来なかったら、
欧州チャンピオンに勝てるわけないんだって。

こんなとき、「自分たちのせいで負けた」と反省するのが
東京イケイケ団だと認識している。オレのかいかぶり?
そうじゃなかったら、「(責任を持った)個々人の集団だ」なんて言うまい。
そういうサポーターの集まり、というのは、
イケイケの理想としてあったのだろうけど、
問題は、東京ガス時代はそれで良かった。そういう個人の集まりで、
人数が少なくても、強力なサポーターだったのだろうと思う。
だけど、時代はうつり、東京は観客動員3位のクラブになった。
残念なことだけど、自らに責任を持った強い自負を持った人ばかりではないのよ、
この世の中は残念なことに。
集団に埋もれて、虎の威を借りて、後でヤイヤイ言ってたい人もいるし、
そういう人を、「お前はダメ人間だ」と言い切るべきではね、
ないと思うんだ、オレは。そういう人も認めてあげないと。

今年、「味スタ満員」を共通目標に掲げた以上、
「虎の威を借りる」ような人も、観客として取り入れていかねばならないと思う。
崇高な理想は、その看板を下ろす必要はないと思うけれど、
同時に、「虎の威を借りる」層も、水面下で見ておかないと。
そして、願わくば、そういう層が、理想に共鳴してくれて、
自分に責任を持った「勝負出来るサポーター」になってくれるよう、
暖かく見守るべきだと思う。

現在のゴール裏、正直「東京イケイケ団」と「そうでない人」に、
くっきり二分されている。イケイケの作ったTシャツを着て、
メガフォン持って飛び跳ねてる集団の中はね、壁を作ってるよ、
入りづらい。ましてや意見なんか言いにくい。
「仲間に入れてくれ」ってよしんば言ったとして、
「サポーターグループではない」って言われるのがオチなんじゃ…って
そう思うよな、ちょっと事情を知ってる人ならさ。

いちばん象徴的なのは、試合開始前に、
歌を歌いながら行進して入ってくるじゃん、最近のイケイケって。
最初は面白いと思ったけど、アレはさー、
「イケイケ」と、そうじゃない人と、二分化を助長してる。
オレらとお前らは違う、ってそう言ってるみたいだもん。
そんな風には思ってないだろうけどさ。

あと、ここ数年、暗い曲調のチャントが多い。
アルゼンチン的なサポーターを目指してる、との声を聞くけれど、
うーーーーーん、わかるんだけどさー、その気持ち。
ずっと前からサッカー好きにとって、ミーハー層って言うかな、
猫も杓子もチャンピオンズリーグがどうたらこうたら言ったりするじゃん、
オレらは通だからアルゼンチンだよ~みたいに主張したい気持ちは。
だけど暗い。またマイナーコードですか?って思ってる。
「カップを奪い取れ~」あたりから、ずっとマイナーコードだよね。
「左で決めろよー、オレたちのノリオー↓」でしょ?

だから、オレが今イケイケに望むことは、
「イケイケ以外」の人たちに歩み寄ることなんだ。
みんながノリやすいチャントをやる、
歌ってるだけで楽しくなるようなチャントを多くする。
飛び跳ねてる人が少ない、声が小さいって言うけれど、
メリハリのない曲が多いから、ずっと飛び跳ねるのはしんどいんだよ。
オレはやってるけど、はじめての人がやりやすいか?って言うと
間違いなく入り込みづらい。
声を出すのも辛い曲が多い。声がよく通る曲を選んでやってほしいなぁ。
オレはやる、声も出す。90分間飛び跳ねる。
だけど、みんながやりやすいようにやらないで、
脚立の上からみんなを見下ろしてさー、
メガフォンで「飛べ飛べ」って、それって高圧的なんだよ。
「やらされてる」のではなく「自主的にやる」人を多くしたいんじゃないの?
なのに高圧的に「やらせてる」んじゃん。おかしな話だよ。

いまオレが求めるのは、イケイケ団の歩み寄り。
現在、味スタでは、コンコースを歌いながらの行進などは禁止されてるけど、
それなら、スタジアム外で集会してもいいのでは?と思う。
特にダービーの時くらいは。
スタジアムの周りで、旗振って歌って。
イケイケだけでなく、多くのサポーターを巻き込んで。
子供もお年寄りも楽しくダービーを迎えられる、
ワクワクしてスタジアムへ集う、そんな試合前の雰囲気を、
イケイケ主導で、やってもいいと思うな。
近隣の迷惑は確かにあるけれど、
これが東京ダービーなんだと、近隣住民の皆様にも
わかってもらいたいな、オレは。


さぁっ!明日は東京ダービーだっ。

タカオ

東京イケイケ団の功罪②

2008年04月11日 | 味スタゴール裏考察
よく、サッカー嫌い、サポーター嫌いな人に「宗教っぽくてイヤ」
と言う人がいる。この場合の「宗教」とは、一部の新興宗教を指すのだと思うが、
彼らにしてみれば、同じ(ような)服を着て、一心不乱に同じ歌を歌う姿が、
狂信的に見えるのでしょうね。

だが!断言するけど、
サッカーでいちばんエライのは、
選手でも監督でもフロントでもスポンサーでもなく、
サポーターひとりひとりである!!!
地域のクラブとは、地域の住民ひとりひとりのために存在し、
一部の金持ちオーナーの一言で右往左往するのではなく、
名もなき市井の人々ひとりひとりが等しくオーナーなんである。

さて。昨日のつづき。

東京イケイケ団の「自分らはサポーターグループではなく、
東京を応援する個人がたまたまスタジアムに集まっただけ」という言い分は、
ひとりのカリスマ的権力者に従う弱者集団と言う構図をいやがり、
個々人の強い意志と行動を集結させて、東京ゴール裏を形作ろうという
美しい理想の元に発言されたのでは?とオレは思っている。
大事なのは、サポーターの自主性で、
「誰かにやらされている」のではない、と。
教祖の言いなりになっている信者の集団が、サポーターではない、
そういう考えが土台になってるのではないか。

オレが、東京イケイケ団に共感する最大の理由は、実はここにある。

これは、サッカーに限った話ではなく、普段の生活においても、
権力者の言いなりになるのはイヤだし、ましてや、教祖の命令なら
なんでも従う犬になりさがるのは、あってはならないことだと強く思う。

東京サポーターの中に、
イケイケ団が作ったTシャツを買うことを、頑なに拒否してる人たちがいます。
大抵の場合、オフィシャルグッズなら、選手補強のためなど、
クラブの資金になるけれど、アンオフィシャルならば、
イケイケの私腹を肥やすだけだから買わない、誰も買うな!と言う意見です。
確かに、オフィシャルグッズはクラブの収入源ですから、
それを買うことは、大きなサポートのひとつです。
だけどオレは、金だけ出すことをサポート・応援だとは思わない。
自主的に、東京を盛り上げるんだ!という意思表示も、
お金を出すことと同じか、それ以上大事なサポートだと思う。
東京を愛する気持ちを前へ、前へと出すこと。
お金だけ出して、後で見てるだけでなく、気持ちを前面に出し、
何らかの行動すること、そういうことが、
スタジアムに前向きな空気をみたすことにつながると、
オレは信じています。
だから、手作りの横断幕やゲートフラッグはスタジアムに欠かせないんです。
東京イケイケ団の作ったTシャツは、断幕やゲーフラの延長線上にあると
オレは考えています。

だがしかし。彼らの理想には共感することも多いけれど、
それでも最近の東京ゴール裏には、違和感を感じているのだ。が…

明日につづく

タカオ

東京イケイケ団の功罪①

2008年04月09日 | 味スタゴール裏考察
3年ぶり!の東京ダービーを前にして、
東京ゴール裏を短期集中で考察したいと思います。

東京ゴール裏、正のイメージ
「愉快で楽しいチャントと応援」
「義理人情に厚い」
東京ゴール裏、負のイメージ
「人数は多いが声が出ていない」
「いわゆる地蔵(立ったままで飛び跳ねない、声も出さない)率高し。

このまま現況でヨシ、とするのか?
それとも、味スタ満員宣言以後、変えていくべきなのか?
それを決めるのはフロントでもクラブでもなく
オレらサポーターだと思う。
シーズン前、監督は「小平で日本一の練習が出来なければ、
チームも日本一になれない」と言ったけれど、
サポーターが日本一にならなければ、チームも日本一になるべきではないと
大きな声で言いたい。

じゃあ、日本一のサポーターってなんだ?って話になるけれど、
その前に、東京ゴール裏の現状を、ちゃんと見てみたいと思う。


東京ゴール裏と、東京の応援をこれまで引っ張ってきたのは、
誰がなんと言おうと「東京イケイケ団」だ。
有名な話だが、彼らは「サポーター集団」ではないんだそーだ。
個々の独立したサポーターが、たまたま集まっただけ、
それが東京イケイケ団らしい。
たが、一般的に「植田朝日(敬称略)率いる東京イケイケ団」という
彼らにとっては不本意な見られ方をしているのは事実だし、
そう思われても仕方ない面も確かにある。
FC東京が一部に昇格して、味スタが出来て、
東京サポーターはいつのまにか大所帯になった。
低迷したはずの昨シーズンですら、リーグ3位の観客動員をマークしていて、
東京ガス時代を知らない多くの人たちにとっては、
東京の応援を引っ張ってきたのは東京イケイケ団である、
本人たちがどう思おうと、そういう認識が多く占めるのは、
これは「事実」以外のなんでもない。

東京サポーター正のイメージである「愉快で楽しい応援」、
これはイケイケ団に負うところが大きい。
今でもやってる「クソレフリー」コールだけでなく、
ストイコビッチの「ピクシー!アレッ!」コールにかぶせて
「ピクシー!怒れ!」コール、「アマラオ都知事」コールなどなど、
その場の空気に合わせて機知に富んだ、もしくはユニークな、
またはかなり失礼なコールが、声を合わせて飛ぶというのは、
これは東京ゴール裏の特徴だったし、楽しさでもあった。
それが面白くて東京サポーターになった人も少なくないと思う。
ただ闇雲に90分間応援しているのもいいけれど、
週末のサッカーを楽しいものに自分たちでしよう、
よそはどうだか知らないけど、ウチはそうするんだよ、
という姿勢が確かにあった。
海外の真似だけではつまらないし、日本の応援スタイルを作っていこうよ!
そういう気概を感じていたし、海外のスタイルを、
取り入れるべき点は取り入れよう、そういう姿勢も感じていた。
そもそも、YOU'LL NEVER WALK ALONEを歌いだしたのも、
彼ら東京イケイケ団だろう。

この10年、東京の応援スタイルを築き、牽引してきたのは
間違いなく彼らである。その点は「功」として認めなくてはいけない。
そして、日本代表選手がいるわけでもない、
やもすれば地味なチームになってしまいそうな東京を、
リーグ3位の観客動員するまでにしたのは、
彼らが特徴を作っていったからだ、とも思う。
そこは、彼らの功績と認識している。

だがしかし、なんである。

【つづく】

タカオ


08年型東京、あえて苦言。

2008年03月11日 | 味スタゴール裏考察
開幕戦後、なんだか浮かれている自分を見つめていると、
「東京のサッカーに浮かれてる」状態に、よほど慣れていないのか、
逆に落ち着かないのは気のせいか?うーむ。
ここ3シーズンの不調から、サポーターとは、
辛く苦しく厳しいものと見つけたり、とか
変な方向で悟りを開いてしまっているかもしれーん。

とにかく早く、次の攻撃が見たい。
攻撃に繋がる守備が見たい。
もっともっと、東京のサッカーを見ていたい。
そして何より、早く勝つところがみたい。
勝利と言う結果こそ、08年型東京の自信を深め、
人格形成を決定付ける良薬はないのだからね。

だがしかし。なんである。
あえて苦言を言うならば、
東京ゴール裏はどうだったんだ?去年のままか?と言いたいな、オレは。

今年の補強と監督人事、今のところ、ほぼ成功。
少なくとも去年よりは、ね。
じゃあ、フロントは一応の答えを見せた。
開幕戦を見る限り、選手も「変わる!」という強い意志を見せた。
新しいサッカーへの適応力が、こんなにも早いものかと驚いたもんな。
現場もフロントも答えを出した。
じゃあサポーターは?

東京ゴール裏、去年までとまったく同じだったよなぁ。
最初だけは歌い続けてる、それでも段々声が小さくなる。
飛び跳ねてる者も少なくなる。
一旦歌が途切れると、しばらくシーンと静まり返る。
ただボサーっと突っ立ってるだけ。
なにこれ?この応援スタイルが東京の伝統なの?はぁー、そうですか。

イケイケ団は、新曲も作ってきたようだったけど、
試合開始直前に、ドンガン行進して入ってきたら、
浸透するもんも浸透しないだろ。
結局、梶山の新チャントも、一部でボソボソ歌ってるだけで、
ゴール裏全体に行き渡ることはなかった。オレもわかんねーもん。
試合前にスタンドで、イケイケ団以外のサポーターにも、
呼びかけるべきだったんじゃないの?

ただまぁ、開幕をクールにはじめる、それはひとつの選択ではある。
シーズンはまだまだ続く。徐々にペースを上げて、
秋に優勝争いに絡んでれば、ゴール裏も熱くなってる、かもしれない。
新しい東京に、少なからず懐疑的だったのは、オレだけじゃないだろうから。

ひとつありがたいのは、
ベルデー川崎、川崎フロンターレとの対戦が割りと近く、2試合続いてること。
このあたりで最初のピーク持ってきてくれよ。
ゴール裏も、明らかに去年までとは違うって強い意志、
なんらかのカタチで見せてくれよな。
歴史を作るのなら、ここがチャンスだと、オレは思うぞ。


■東京ゴール裏採点■(自戒もこめて) 4.5点(ガンバリマショウ)

タカオ

味スタ東京ゴール裏考察

2008年03月07日 | 味スタゴール裏考察
08シーズンの開幕戦が、あと1日と迫ってきた。
東京ゴール裏はこのままでいいのか?
1年間を通して、真面目に考えてみたいと思う。

オレは、ゴール裏では、90分間飛び跳ねる。
とにかく飛び跳ねる。
はじめて90分間飛び跳ねたのは、05年5月8日大宮戦。
それまで、右肩上がりで成長していた東京が、
はじめて未曾有の連敗地獄を味わったシーズンだ。

2敗くらいは笑ってられた。
3敗目には、まだ余裕があった。
連休が始まろうとする4月28日柏戦で4連敗を喫した時のスタジアムは
最悪の空気に包まれた。試合後、ペットボトルはピッチに投げ込まれ、
ゴール裏ではサポーター同士の口論も起きていたと記憶する。
そして、重い気持ちを背負い、
その年の大型連休を迎えることになった。

続く大分戦、鹿島戦でも連敗、黒星は実に、6つ連なった。
だがその連休中、バラバラになりかけた東京サポーターの気持ちは、
黒星を重ねるにつれ、またひとつにまとまっていった。
オレたちサポーターが、チームを鼓舞しないで誰がやる。
そんな熱血青春ドラマのような気運がゴール裏に漲りはじめた。
そして迎えた大宮戦。選手たちも決意書を配ったり、
試合前のアップ時にも、全員で円陣組んだりと、
大宮戦にかける意気込みは普通ではなかった。

結果は、勝利目前でロスタイムに同点にされるという幕切れで、
またもや勝利の女神は微笑まなかったという試合だったけれど、
バラバラになった東京が、ひとつになっていく姿は感動的で、
忘れられない試合のひとつである。

90分間飛び跳ねる…。正直、かなりキツい。
特に最初の10分間、カラダの温まっていない冬場などは本当にキツい。
やっぱり飛び跳ねるのなんてやめてしまおうかと気持ちが折れかける。
それでも止めずに跳ね続けると、いつしか辛さは消えていく。
もう無理だ、と思ったのは最初だけで、気付くとまた、終了まで跳ねられた、
となるわけです。

よく、声出して、旗振って、歌って、飛び跳ねて、
肝心のサッカーが見れているのか?ということを言う人がいるのだけれど、
それは、90分間飛び跳ねたことのない人の言い草だろう。
しんどい時間帯を超えて、カラダが動き始めると、
余計な考えは消える。
恥ずかしい、周りにどう思われるか、こんなことに意味があるのか、
ありとあらゆる雑念が消え、目の前のサッカーに集中しはじめる。
心身ともに、ある限界を超え始めると、
東京のサッカーが「見えて」くる。
いや、入り込める、という表現が正しいかもしれない。
オレたちは、スタジアムに来ているのだ。
テレビでサッカー観戦してるのではないのだ。
サッカーをもっと深く見たい、感じたい、と思うのであれば、
入り込むために、自分の限界まで、極限に追い詰めることだ。
そうすれば、お茶の間では見えなかったものが、その時見えてくる。

だからオレは飛び跳ねる。
誰かに、やれ!と言われてやってるわけではない。
極端な事を言えば、東京のためですらないかもしれない。
オレ自身が、もっとサッカーに近づきたいからやっている。

別にいいんだよ、跳ねなくたって。
テレビで見てるみたいに、高みの見物してればいいじゃん。
そういう見方だって、ありだと思う。

だけど、もし、もっと東京に近づきたい、もっとサッカーの中に入り込みたいと、
これを読んで思ったのなら…
開幕戦はゴール裏に行こう。最初は勇気がいるけど、
我慢して15分飛び跳ねよう。そして、気持ちが折れそうになったら、
あともう少し、あともう少しだけ頑張って跳ね続けてみてほしい。
そしたら…
雑念が消え、目の前のサッカーを近くに感じているはず。
ボールの行方が、前より見えるようになる。
選手の動きたい方向がわかるスピードが早くなる。
勝利の行方に、より積極的に関われる。

別にいいんだよ、跳ねなくったって。
でも、ちょっとでも興味を持ったのなら、
開幕戦、やってみてごらん。
オレはやるから。味スタゴール裏のどこかで、オレは飛んでるから。
だから、やってみるといいよ。

タカオ