てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

新春ウィーン・フィル談義(1)

2009年01月02日 | その他の随想

ヨハン・シュトラウス2世

 まだ今年の美術館めぐりは始動していないので、少し音楽の話でお茶を濁すことにしたい(去年の記事も書き切れていないくせに何をいうか、と怒られてしまいそうだけれど)。

 久しぶりに、元日恒例のニューイヤー・コンサートをテレビで見た。例の、ウィーン・フィルが全世界に向けて中継するあれである。以前は正月ともなると絶対に欠かせない番組だったが、近ごろはぼくの生活もいろいろ変化してきて、ついつい見逃すことも多くなった。しかし世界経済が逼迫しても、イスラエル軍がパレスチナを攻撃していても、この催しはいつものとおり華やかにおこなわれていた。

 金色に輝くホールが色とりどりの花々で彩られ、まるで温室のようである。指揮者は毎年入れ替わるが、今回登場するのはダニエル・バレンボイムだ。難病に襲われて夭折した悲劇のチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの元夫も、すでに66歳の堂々たる巨匠になっていた。

 だが正直にいって、指揮者が変わったところでウィーン・フィルの響きに大きなちがいがあらわれるわけではないように思う。恣意的にテンポを揺らしてみたり、楽譜にないニュアンスを付け足してみたりしたところで、ベルベットの手触りのような艶のある音色と、独特の間の取り方が損なわれることはない。日本の古典芸能と同じように、古きよき伝統を未来に伝えるのが彼らの役目なのであろう。

 だが、いざコンサートがはじまってみると、ファーストヴァイオリンの1列目に若い女性が座っているので驚いてしまった。ウィーン・フィルといえばドイツ・オーストリア圏出身の男性しかメンバーになれない、というようなことがいわれていて、ベルリン・フィルとは異なる一種の“鎖国政策”がウィーン特有の響きを維持する秘密なのだとされていたが、最近のクラシックの動向に無頓着なぼくは、彼女が昨年採用されて大きな話題になっていたらしいことを全然知らなかったのだ。しかもブルガリアの出身だそうで、祇園祭の巡行の曳き手に青い眼の外国人が混じっているのと同じように、徐々に門戸は開かれてきているのだろう(チェロのパートにも女性がひとり混じっていた。ただし、女性の印象が強いハープは精悍な男性が優雅に奏でていた)。

 けれども、ウィーン・フィルの団員が楽友協会大ホールのステージに勢揃いしたところを見ると、やはり他のオーケストラとはちがった特別のものがある。コントラバスが舞台のいちばん奥に横一列に並び、パイプオルガンを支える柱の隙間に入り込むようにして弾いているところもちょっと変わっているし、小太鼓が斜めに傾けられ、膝の間で演奏されているのもここならではの眺めであろう。オーケストラ自体がひとつの芸術品のような風格を漂わせているという気がする。

                    ***

 プログラムはいつものようにヨハン・シュトラウス一家の曲を中心に進められるが、前半の曲目で特に注目していたのは『南国のばら』というワルツだった。何を隠そう、シュトラウスのワルツのなかではこれがいちばん好きなのだ。あの『美しく青きドナウ』よりもずっとずっと好きなのである。

 まだ20代のころ、ウィンナ・ワルツ集をピアノ用にアレンジした楽譜を持っていたが、おもちゃに毛の生えたようなキーボードでこの曲ばかり練習していたのを思い出す。といってもろくに弾けはしなかったが、飛び跳ねるような可憐なリズムと流れるような旋律線が組み合わされた最初のワルツや、クライマックスをかたちづくる堂々たるメロディーにホルンの咆哮が絡むところなど、短いドラマが凝縮されているようですらある(オペレッタからの改作だというせいもあるかもしれない)。ウィーン少年合唱団によるコーラス版も聴いたことがあるが、これもなかなかよかった。

 バレンボイムはところどころで意図的にリズムを動かし、オペラ指揮者らしい表情づけを試みていたが、鉄壁のごときウィーン・フィルはびくともせず、“おらが国の音楽”を心ゆくまで楽しみながら弾いているように見えた。新年早々、革命的な演奏をしたってしょうがない。つらく悲しいことがあった一年も、年が明ければまたいつもと同じように、馥郁たる香りにみちみちたウィーンの音楽が迎えてくれる。そのことが、人々の心の支えになっているかもしれないのだから。

 年中行事というものは、世情の動きにかかわらず泰然として存在しつづけなければならないのだろう。最近は声高に「変革」を主張する人が多いような気がするが、どこといって代わり映えのしない日常を送ることも、また大切なことにちがいない(音楽以外の話題性に絡めて無理矢理盛り上げようとする日本の紅白歌合戦は、少し見習ったほうがいいと思う)。

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