暇人の独り言

闇間近な人生を送る日々に

横断歩道で旗を振る

2018-04-18 09:00:40 | 日記

 半世紀キリキリ過ごした生活を終え、この地に住まいして最初に感激したのは、目の前にある公園の箒の掃き目であった。

程なくして 全身ババアに付け込んで老人会の誘いがあったが、幾らかましの言語力で乗り切った。ある日   断り言葉のストックが充電されない日にヤラレタ 結果 月一度の公園掃除に参加・・・・あれから何年参加老人は減り続け? 今年度 老人主体の清掃活動は廃止、町内会に委託されたとか。この機会を見込んでいたのか ”学童の通学時間に交差点に待機せよ”との誘いであった。正直言って私は、博愛の精神ゼロ  見知らぬガキの交差点通過時の安全確保は責任持てないよ 

ここで微かな母性愛=オバチャン娘の経営に+か・・  で 参加okなれど なんとなく内心  持って生まれた性格に起因するものであろうか。

考えれば、終日安楽椅子に潜り込む元トドには申し訳ないが、私が外気に触れるたった一つの機会。 朝20分位の、横断歩道での黄緑色の旗持ちが、一層老いていく私の小さな窓口になるかもしれない。

 

 

 


オバチャン娘がくれたもの

2018-04-02 08:21:08 | 日記

 オバチャン娘が「ほっいっ」と袋を手渡してくれた。重い、春休みにどこかへ出かけた折のお土産だ!  戦前生まれの日本人は、戴いたものをすぐさま確認することはしない。

  の後で見る。 付箋が出てきた。一枚目はよく見えるように ”××日に オバチャン娘宅に来たれ! 息子の誕生日故、レストランで食事会” アラーすっかり忘れていた  長年の経験から、孫の誕生祝い金 +会食代をもって来いと云う事と理解する。2枚目は ボケ防止と下手くそな文字の付箋が 本に貼られてあった。お土産とぬか喜びしたのは、”東大ナゾトレ” 2冊 

 戦後 駅ごとに売られた駅弁の如くつくられた学校を、卒業式に参加していいかどうか(何しろ 掲示板が構内の何処にあるかさえ知らなかった)不安を持って出かけて行った老親に、東大~の問題集は  

オバチャン娘には言えないけれど、彼女が1年位前に置いて行ったボケ防止本は2冊やり切れていない。彼女に指摘される前に破棄しようと思っていたがこりゃまずい 昔人間の捨てる勇気は、余程の変化が無いと沸騰爆発行動しない。埃をかぶってそこに鎮座していても、何かをモヤッと瞬間感じるだけで時間が過ぎていく。