お愉しみはココからだ!!

映画・音楽・アート・おいしい料理・そして...  
好きなことを好きなだけ楽しみたい欲張り人間の雑記帖

『戦史』 トゥキディデス著

2023年08月16日 | 読書雑感
大きな判断をはばむ大敵が2つある。すなわち、性急と怒気だ。性急は無思慮に陥りやすく、怒気は無教養の伴侶であり狭隘な判断を招く。また誰であれ、理論をもって行動の先導者たらしめることに頑迷に異論を唱える者は、暗愚か偏見か、そのいずれかのそしりを免れない。なぜ暗愚かと言えば、見通しの定かならぬ未来の帰趨を言葉以外の方法によって説明できると考えるからである。また、なぜ偏見かと言えば、醜怪な説を通さんと欲しながら、己の弁明の術をつくせば、反論者を脅迫し反論に耳を傾けるものを脅迫できると考えるからである。
だが、何よりも始末におえぬ手合いは、反論者は買収されて巧みな説を売っていると相手を頭から非難する人間ども。なぜなら、相手の認識不足を指弾するにとどまれば、論戦に敗れたものも知性に劣りを見せたかと思われるであろうが、己の徳性は傷つけられずに議論の場をを去ることができる。だが、いったん不正なりとの中傷を被った論者は、よし説をと教えても世人の疑惑を免れがたく、もし説が敗れれば知徳ともに劣るものと言われよう。これによって損をするのは我らの国、人は中傷を恐れ、衆議を集めることができなくなるからだ。
(中略)しかしながら、きわめて重大な問題について、しかもかくのごとき条件を覚悟で提案者の立場に立つ我々は、諸君の近視眼的視野よりはるかなる展望のもとに論を進めているのだ、と考えてもらいたい。のみならず、我々は己のなす提案について後刻責任を問われうる立場から、なんの責任も問われない聴衆という立場にある諸君に話しかけねばならないのだ。
(巻三 ディオドトス)

諸君は常々話を眼で眺め、事実を耳で聞くと言う悪癖を培ってきた。口達者な連中が、かくかくの事件がやがて生じうると言えば、その通りかと思ってそれに目を奪われる。だが事が起こった後になっても、事実を己の目で見ても信じようとせず、器用な解説者の言葉にたよっ耳から信じようとする。そして、奇矯な論理でだぶらかされやすいことにかけては、諸君は全く得難いカモだ。とにかく一般の常識には従いたがらない。なんでも耳新しい説であればすぐその奴隷になる。だが尋常な通念にはまず軽蔑の念をいだく。しかして誰もかも、雄弁家たらんことを熱望しているば、それも現実には叶わぬ夢とあっては、われがちに名聴衆たらんと狂奔する。雄弁家のむこうを張って、ただ考えるだけなら弁者の公人を拝するものかとばかりに、弁者が鋭い点を突けばその言い終わるを待たず拍手喝采し、言われる前から先に先に冊子を付けようと夢中になるが、提案から生じうる結果を余談することにかけては遅鈍そのものである。(中略)要するに、諸君は一国の存亡を議する人間というよりも、弁論術師を取り巻いている観衆のごとき態度で美辞麗句にたわいもなく心を奪われているのだ。(巻三 クレオン)

注:古代ギリシャの民族
移動の第一波として前20世紀頃、アカイア人がバルカン半島に南下し、のちにミケーネ文明を成立させた。移動の第二波として前12世紀頃ドーリア人が南下し、ミケーネ文明の滅亡とあいまって、ギリシア各地に人々は移動・定住した。定住後のギリシア人は、方言によって、東方方言群(イオニア系・アイオリス系)と、西方方言群(ドーリア系)に分類される


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『ギリシャ人の物語』 塩野七生著

2023年08月15日 | 読書雑感
ペリクレスの「説得力」が効力を発揮できた最大の要因は、それを聴くアテネの市民たちに、支店を変えれば事態もこうように見えて来る、と示したところにあった。(中略)自信があれば人間は平静な心で判断を下せるのである。反対に、不安になしその現状に怒りを持つようになると、下す判断も極端に揺れ動くように変わる。いまだ自信にあふれる市民たちを相手にすることはできたペリクレスが、民主制の国アテネで30年もの間「ただ一人」でありえた要因は、別の視点を示し、その有効性を解くだけではなかったと思う。彼の演説の進め方にもあったのではないか。(中略}視点を変えてにしろ現状を明確に見せた上で、ただしこの政策への可否を決めるのは、あくまでもきみたちだ、と明言する。ペリクレスの演説を聴く人は、最期には常に将来への希望を抱いて聴き終わる、という点である。誘い導くという意味の「誘導」という日本語くらい、ペリクレスの論法を表現するにふさわしい言葉もないのではないかと思う。

「アテネでは、貧しさ自体は恥とはみなされない。だが、貧しさから抜け出そうと努力しないことは恥と見なされる」{ペリクレスの演説の一部}

民主制のリーダー:民衆(デモス)に自信を持たせることができる人
衆愚制のリーダー:民衆(デモス)が心の奥底に持っている漠とした将来への不安を煽るのが実の巧みな人
前者は、プラス面に光を当てながらリードしていくタイプだが、後者となるとマイナス面を暴き出すことで不安を煽るタイプのリーダーとなる。


ギリシャ人が後世のわれわれに遺した最高の贈り物は「中庸」の大切さを指南してくれたことにあると思っているが、「中庸」とは簡単に言ってしまえば左右いずれにもかたよらないところに着地点を見出す心構えにすぎない。日本語の「良識」は適切な訳語だと思う。

知識人の存在理由の一つは、すでに存在していた現象の中でも重要と見たことを、原語を使って概念化することにある。ゆえに、論理と現実が両立できるとは限らない、とは、アリストテレスの生まれない前からすでに人間世界の真実であったのだ。

論理的には正しくても人間世界では正しいとは限らない、とは、アリストテレスの言である。

アリストテレスが弟子たちに教えたのも、基本的には次の3つに集約されていただろう。
第一に、先人たちが何を考え、どのように行動したかを学ぶ。これは歴史であり、縦軸の情報になる。
第二は反対に横軸の情報で、言うなれば日々もたらされる情報。学ぶべきことは、これらの情報に対しては偏見なく冷静に受け止める姿勢の確立。
最後は第一と第二に基づいて、自分の頭で考え自分の意志で冷徹に判断した上で実行に持っていく能力の向上。


他者より自分のほうが優れていると思ってはならない、とソクラテスは教えた。しかし、そう思ってこそ、できることもあるのだ。他者より秀でていると自負するからこそ、他者たちをリードしていく気概を持てるのである。組織や国家という名の共同体を率いていく想いを持つのも自負心による。無知を知ることは、重要きわまりない心の持ちようであるのは確かだ。だが、「羊」である思う人ばかりでは誰が羊の群れを率いていくのか。

アルキビアデスの言葉を現代風に解釈すれば、30半ばのリーダーは市民たちに、発想の転換、視点の変更、それゆえの逆転の発想の必要性を説いたのである。つまり、未解決の問題にかかわり続けているよりも、他の問題を解決することによって未解決の問題の解決に持っていく、という考え方であった。

悲劇は人間の気高さを描くが、風刺喜劇では人間の劣悪さが笑いとばされる。

あらゆる理念。概念を創造したギリシャ人だが、「平和」という理念だけは創り出せなかったのだ。ギリシャ人にとっての戦争をしていない状態は束の間の休戦にすぎなかった。
古代の見本のように思われている民主政治を生んだギリシャは、実は内輪どうしの内ゲバを繰り返していたことが真実であったのだ、ということがこの本を読んでよく理解できた。華々しいペルシャ戦役と民主主義誕生という出来事だけに目を奪われずに、歴史を紐解いていくことの重要性が再確認できた。






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コージーミステリを読み耽る愉しみ その1 コクと深みの名推理シリーズ(クレオ・コイル著)

2023年08月13日 | パルプ小説を愉しむ
2022年7月の出版された最新作の第19話『ハニー・ラテと女王の危機』を読み始めるまでに何か月かかったことか。このシリーズに限らないが、コージーミステリーの最新作の予約者が多く、図書館の順番待ちは当たり前のようになっている。さて、前作で記憶喪失になったクレアはマイクとの結婚式を控えているものの、新婚旅行の予定が立っていない。マイクとの間に目に見えない壁ができ始めている。そんな心配事の中、ヴィレッジブレンドの店内に蜜蜂の群れが舞い込むという突発事件が発生する。NYマンハッタン市内でも養蜂を手掛ける人は多いようで、そんな養蜂家の一人から何らかの理由で蜂が逃げ出したのかと思いきや、蜂たちがラベンダーの香りを発散させていたことから、クレアが結婚式で使う蜂蜜を提供しようとしてくれていた人物、それはクレアのメンターかつ元姑でヴィレッジブレンドのオーナーであるブランシュの親しい友人が大切にしていた蜂たちであることが判明。何が起こったのかを探るために、ビー・ヘイスティングのペントハウスに向かったクレアと元夫のマテオは破壊された養蜂施設とけがをして意識不明のビーを発見する。ICUに運び込まれた命には別条ないようだがビーの意識は戻ってこない。ブランシュに連絡を取ろうにも友人とカリブ海クルーズに出かけている上にハリケーンに巻き込まれて音信不通の状態。担当警官は遺書が見つかったと言ってビーの自殺として処理してしまう。ビーをよく知っているクレアがビーが自殺するはずがないというものの取り合ってはくれない。そこで、事件を探ってみようと心に決めることでお話が始まる。同居しているはずの姪と連絡がとれない。自家製蜂蜜に混ぜ物をしていたとビーに避難されていた養蜂家が、ビレッジブレンドのゴミ箱から死んだ蜂たちを盗んでいった。蜜蜂の権威に問い合わせたところ、ビーの蜜蜂は独自に生み出したハイブリッドの種類とのこと。少ない花から多くの蜜を集めることができることから、この種にはとてつもない事業価値があるという。怪しい人物No.1に躍り出たフェリックス・フォックスに突撃探索を入れたところ、フェリックスが言うにはこの種の蜂は彼とビーとが恋仲であった時代に一緒に生み出したものだと言う。そして、今でもビーのことを大切に思っているというフェリックスだが、クレアの疑惑は残ったまま。ビーの姪のスーザンがPRを手伝っていた新興IT企業家が開催するチャリティパーティに潜り込んだクレアは、スーザンから会おうというメールを受け取り会合場所に向かったところ、不審人物にビルから突き落とされそうになる。手がかりを探して再度ビーの温室を訪ねたクレアは秘密の引き出しから港で行われている不信な野菜入荷作業に目を付ける。マテオと調べに行ったところ、捕まってしまう。屋内で野菜を栽培するということで資金を集めていた新興IT企業の活動は実は詐欺で、誤魔化すために野菜を輸入していたことをビーが掴んでいた。しかも、その黒幕はCEOではなく、マテオも知っている美人CFOだった。しかも、働かされているホームレスたちは、マイクのグループが追っていた違法麻薬を餌に集められていた。詐欺と違法麻薬製造まで手に染めていた美人CFOの罪が暴かれて一件落着でした。

(マテオの元妻のブリアンは)よりよい環境-新しい(年長)伴侶、緑豊かな(新しい伴侶の銀行口座にたまっているドル紙幣も含めて)場所へと移っていった。
ドルがグリーンバックと呼ばれているのは知っていたが、自然の緑と掛けて「緑豊かな」と皮肉にすることまでは考えなかった。これは使える。英語でだけだが。

ITの魔法使い
ITがブラックボックス化している現在、ITの魔法使いは誉め言葉としても使えそうだ。

聞いているうちに実感したのは、デニス・マーフィのじつに静謐は人となりだ。この人のとほうもない懐の深さは並みのものではない。すべてを受け止めようという穏やかな自信に満ちている。何度となく成功と失敗を経験し、長い長い歳月をかけて築かれた人格なのだろう。経験を知識に換え、平穏な境地に達することができるということか。
こんな老人になってみたいものだ。

彼は地道に階段をあがっていくということができない。いきないジャンプして飛びつこうとする。楽をしたがるんだ、ああいう若造は。テレビ番組みないなノリで。しかし、箔付けに走っても実力はつかない。
デニスが、ある若い料理人を評して言った言葉。地道は努力をせずに一足飛びに上に上がろうという姿勢には私も反対だが、上手く言葉にできなかった。

「5ドルぽっちでなにを期待してるんだか」
「5ドルで買える最高の食事だ、それを期待しているんだ!おまえの仕事はそれを提供することだ。できなければクビだ」

デニスからボロクソに言われた若手料理家だが、そんな彼でも料理することに誇りを持っているようだ。「5ドルで買える最高の食事」と言い返すところに、この男の矜持を感じる。

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前回の書き込みの日付を見たら2021年1月だった。ということは、2年と4か月ぶりに本シリーズを読んだことになる。だいぶ経っているなぁとは思ってはいたが、そこまでとは...第18話『コーヒー・ケーキに消えた誓い』を読み始めた途端に大きな違和感が生じた。覚えているシリーズと違う、と。何が違いかというと、ミステリーなのだ。コージーミステリー的なお気楽なお話しなのではなく、本格的なミステリーっぽい事件性が初っ端から醸し出されていることに驚いた。それもそのはず、今回はクレア自身が誘拐された上で記憶喪失になっているところから物語が始まる。一体何が起こったのか、誰がやったのか。

NY警察のマイク・クィンから正式にプロポーズされた後、結婚式のケーキ試食に出かけたクレアは2週間経って、NYのとある公園のベンチに寝ている自分に気付いた。なぜ、ここにいるのかだけではなく、なぜここにいるのか、何が起こったのかの記憶が一切抜けたまま。自分だ誰だかは覚えているものの、直近の15年ほどの記憶もすっぽりと抜け落ち、娘のジョイは13歳、元夫のマテオとは離婚した直後、マイクのことは一切記憶にない。もちろん、その間の科学技術の進歩や歴史上の出来事も忘却の彼方。ケーキ試食で一緒だった名門ホテルの女性オーナー、アネット・ブルースターは今でも誘拐されたままでどこにいるのかも発見されていない。事件の背後にあるもの、犯人探しに加えて、クレオがどうやって記憶を無事に取り戻すかもストーリーに織り込まれているところがいつものコージーっぽくない。

救急病院に入ったクレオは記憶喪失を専門に扱うセレブ医者の施設に入れられて監禁に近い状態になりそうになることを恐れた友人・知人たち(マダム・ブランシュ、マテオ、マイク、ヴィレッジブレンドの従業員たち)は病院からクレオを脱出させる。警察が追うことが分かっていたから、どこに隠そうか迷ったものの、マテオの前の妻、雄m製ファッション雑誌編集長のブリアンが使っていた屋敷に匿うことにした。コーヒーや料理をすることで記憶の断片がすこしづつではあるがクレオに戻ってくる。クレオと一緒に誘拐されたアネットが所有する名門ホテルは、今ではアネットの妹が代理で経営しており、しかも姪のテッサが引き継ぐことになっていたはずだが、肝心のアネットの遺言書も盗まれていた。どうやら一族の中の争いが絡んでいるよう。アネットの夫の交通事故死から調べ始めたクレオたちは、近所の住民を訪れ、彼女の姪が交通事故で死んだアネットの夫から性的暴行を受けた後で記憶喪失となり、専門の施設で治療したものの死んだことが判明。その施設の持ち主こそ、クレオの治療を買って出たセレブ医師だったから、この医師に疑いが向く。記憶の断片は取り戻すものの、事件の全体像は忘却の彼方にあるクレアは、色々なことを通して記憶を取り戻そうとする。屋敷で風呂に入った時に感じた感覚に触発され、アネットは夫、ハーランの事故死の原因(他殺ではないかと疑っている)の調査を頼まれた直後に、2人は誘拐されたことを思い出す。ハーランはアネットのホテルに設置されたカメラ映像を使ってセレブたちを恐喝していたのだった。事故現場から逃げ去った人影があったとの情報も掴んだクレオが捜査を進めるうちに、クレオを密かに追っていた男が殺される現場に遭遇する。この男は、アネットの姪のテッサが雇っていた私立探偵で、死体の脇には血の付いたクレオの手袋の片方が置かれていた。現場でホテルの警備主任の姿を見かけたクレオは追いかけるものの見失う。マイクが部下たちにその男を逮捕させたものの、荘園反応がなく彼が犯人という確証が得られない。テッサにはヨーロッパで生まれた従兄がいるらしいとの情報を辿って行った結果、アネットの妹のビクトリアがオーストリアで秘密出産して子供を里子に出したらしいと知る。父親はハーランで、ハーランとビクトリアは一緒に住むことに同意して準備を進めていたとの情報も得たクレオとマイクは、ハーランが住んでいた家へ行ったところ、ハーランの書類を整理しているホテルの弁護士、オーエンがいた。オーエンこそビクトリアとハーランの息子で、単なるホテルの弁護士ではなくもっと父親からもらえるはずと欲を出した結果、殺してしまった父親を交通事故に偽装していた。その上、母親にホテルの所有権が移るように、アネッサを誘拐し遺言書の書き換えを迫っていたのだった。クレオはその巻き沿いになっていた。屋敷内でオーエンと対決するマイクとクレオは、事態を探っていた地元の男の乱入に助けられてオーエンを逮捕することができた。そしてクレオの記憶も無事に戻って、マイクとの関係も戻の鞘にもどってめでたしめでたし。

このコーヒーはパークビューパレスのような豪華なホテルにはふさわしくないと思います。スマトラとコロンビアのブレンド。チョコレートとウォールナッツの味わいがうっすら感じられる。焙煎はへたくそでバランスが悪い。明るい酸味もまったくない。だから奥行がなくて退屈。わたしならケニアAAやイルガチョフェを加えるわ。。
記憶喪失のまま、名門ホテルのコーヒーを一口飲んだクレオが発したコメント。NYのランドマークとなっているコーヒーショップの経営者で腕利きバリスタならではな面目躍如。そのコメントを通して、直近15年の記憶すべてが失われていた訳ではないことをマダムたちにも分かると同時に、記憶回復の希望も出てきた。それにしても、たかが一口だけのコーヒーで使われている豆の原産国が分かるとは。しかもどうすれば良いかも即座に出てくるところがクレアのキャラクターをうまく出している。

この部屋でプルーストのマドレーヌが見つかるかもしれない。
コーヒーの一口で記憶の断片が出てくる瞬間に立ち会ったエスターが、かの有名は「失われた時を求めて」の紅茶とマドレーヌになぞらえて言った台詞。分かる人は分かる。

このあたりはカリフォルニアとは違う。裏庭で柑橘類の木を育てることはできない。オレンジ、レモン、ライム、バナナ、アボガド、コーヒー、その他、ここで栽培できない新鮮なフルーツと野菜はたくさんある。だからといって、それを食べずに我慢するなんでごめんと。そういうものから得られる健康上のメリット放棄するなんてもったいない。
カリフォルニアから始まった季節外れの農産物を口にしないというロアヴォアのムーブメントを耳にしたクレオの意見表面。健康オタクのカリフォルニアはモノゴトが極端に走る傾向があるよね。そんな極端なムーブメントに対してクレアは論理的に自分の意見を展開する。自立し公正な見方ができる女性というキャラクターが強められている台詞だよね。

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『ほろ苦いラテは恋の罠』
第17話は、今のデジタル社会がテーマと背景となって物語が進展します。スマホ、そしてアプリ、特に男女の仲を取り持つマッチングアプリに元夫のマテオがハマっているところが書き出しです。シンダーという名前のマッチングアプリがアメリカで大流行し、義理の母でクレアの最大の理解者でもあり支援者でもあるマダムまでシニア向けのマッチングアプリでデート相手を物色している状態。そんな中でもクレアはそんなアプリには目もくれず、「スマホゾンビにならずに済んでいる」と自分を褒めています。

クレアの職場であるビレッジブレンドが、マッチングアプリでデートに最適な場所の一つとして紹介されて店が大流行の中、マッチングアプリで知り合った男から心無い仕打ちをされた女性が店で発砲事件を起こします。スマホ時代の習性として、撮影された動画が投稿されて拡散し、ビレッジブレンドは閑散となってしまう。そんな状況を救おうとしてアプローチしてきたのが、当のマッチングアプリの代表者。店が再び流行るように一種のステマを仕掛ける作戦を提案します。相手の提案を胡散臭いとは思いつつも、困った状況を打破するために手を組むクレア。

発砲事件(実は空砲をつかっただけ)の被害である男は、アプリで女漁りをしては翌朝には捨てるようなクズ男であることが判明、女性として許せないクレアはその男の身元を洗おうとするが、調べれば調べるほど実態がつかめない泥沼状態に。ハドソン川に係留されている船にマダムを迎えに行った際に、波に浮かぶ死体を発見。死体となった女性は、よりよって店に何度か来ていた客であっただけではなく、シンダーのプログラム元開発者だった。彼女がシンダーを辞めた理由、引き抜かれた先の会社と条件(準備金としてキャッシュで1万ドル)、そしてクズ男が事件当夜に落としていったと思われる1万ドルの現金引落明細書、クレアの独自捜査が始まりうちに、店外席でクズ男が殺された。空砲さわぎどころか実際の殺人まで抱え込んでしまうビレッジブレンド。

空砲事件を起こした女性が犯人として検挙されるが、証拠が怪しいと睨んだクレアの恐れを知らない行き過ぎ捜査が始まる。シンダーの経営者を昔プログラム開発者として雇用していた別のマッチングアプリ会社の創業者2名が麻薬販売と復讐も兼ねてシンダーを舞台に大掛かりな不正行為を働いており、それに気付いたプログラム開発者や協力者が殺されていた、というのが事の真相。筋としては悪くないが、ちょっと込み入りすぎなのと、最後のクレア救出シーンが今作品の荒いところかな。結局は拉致されて船に押し込まれたクレアは無事に救出されるのだが、そのクライマックスの場面がやけに白々しく取ってつけたよう。

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「ビレッジにはその後も創作活動に真剣に打ち込むアーティストと熱心な活動家が集まってきた。いっぽうで、快楽にのめりこみたくて危険な香りに引きつけられてやってくる人たちもいた。社会的な制約からの逸脱を目的にするのは、まったく無意味なのに。あくまでもそれは、創作と引き換えにされるべきもの。人間の魂を高みに引き上げる営みと、目的もなく生きることは真逆なのよ」

「新しいものをもてはやし、使い捨てにする。それがわたしたちのモダンカルチャー。いまの若い人が、いつまでゲームに夢中でいられるかしらね。遊び感覚で手軽に恋愛するむなしさに気づいたら、きちんと人と向き合うようになるわ。時間をかけて共に体験を重ねていくことで人は親しくなれる、愛情を育んでいけると、やがて気づくでしょう」
この2つはどちらもマダムの台詞。いろいろな経験をした人ならではの箴言として、スマホ時代の今に対するアンチテーゼとなっている。ナチス時代にヨーロッパから逃れてくる途中に家族を亡くし、アメリカでも苦労を重ねながら今の地位を築いたマダムならではお言葉です。とくに、「新しいものをもてはやし、使い捨てにする」という部分は昨今のビジネス潮流にも当て嵌まる。DXだ、CXだ、サブスクだと、この数年でどれだけビジネスの現場が踊らされてきたことか。それらはすべて役に立つ重要な要素ではあるだろうが、表面的な紹介と言葉の羅列に踊らされたビジネスマンがどれだけいたことだろう。ものごとの本質を捉えずに流行りすたりで仕事をするからそうなっちゃうんだよね。

「『おれを真似ておれみたいに弾いて、おれの失敗までそっくりにコピーする人間はおおぜいいたよ。それよりも自分の人生を生きろ、自分の失敗をしろ、そうしなければ自分の歌は決して見つからない』、彼はそういって私を諭した」
このセリフは、マダムが知り合った60歳近いNY警察の渋い巡査部長が昔を思い出しながら語った話。この「彼」とはジミ・ヘンドリックスのことで、マダムが経営の前線で働いていた時代に応援していたアーティストたちの一人となっている。そんなジミ・ヘンに憧れた若き巡査部長が、ジミ・ヘンを追いかけてビレッジブレンドに来ていたということからこんな逸話が語られている。ずるいけれども、往年のビレッジブレンドとマダムの経営スタイルをイメージさせることには大成功している賢い手です。


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『沈没船のコーヒーダイヤモンド』
シリーズ16話では、元夫のマテオの先祖が関わってきます。20世紀半ば、宝石細工士一家。が乗っていた豪華客船が、イタリアからNYへ旅する中事故で沈没してしまう。沈没のドサクサの中で、DVを受けていた宝石細工士の妻がやったことがお話のプロローグであり、又伏線となって後々の展開に関わってくる。いつものことだが、このシリーズでは冒頭に事件を起こした犯人の行動やその後の展開の起点となるようなお話がプロローグとして提示されて、一体何が起きるのかの興味をかきたててくれるとともに主人公クレアの活動の一部始終を追っかけるための心と頭の準備運動をさせてくれる。

クレアがマネージャーとして切り盛りしているコーヒー店の前で警官が撃たれる。警官が狙われるという連続事件がビレッジブレンドの店頭で起きたのだ。店を飛び出したクレアが撃たれた警官の手当てをしている時に、近くの廃墟ビルからアニメのパンサーマンの格好をしている怪しい人影が現れて去っていく。唯一の目撃情報を元に捜査が始まり、クレアの恋人のマイクとその配下のチームも捜査のに加わるが、いっこうに手がかりがつかめない。そんな最中、プロローグで登場した豪華客船のレプリカを建造して豪華な船旅を提供しようという事業が進み、船上で出すコーヒー業者選定のコンペにビレッジブレンドが参加することになった。事業責任者からの直々の申入れであり、絶好の事業拡大のチャンスとしてマテオもクレアも喜び勇んでオリジナルブレンドの考案と開発を進める。

億万長者たちが味わうことになるコーヒーを考えるに当たって、元の豪華客船に乗ってアメリカに渡ってきた古くからの友人でありNYで成功している宝石細工士に意見を求める。ここで、60年前の沈没事件と現在の事件とが絡まりあって新たな展開となって動き出す。沈没した船とともに行方不明となった有名なダイヤモンド(これがコーヒーダイヤモンド)の回りを飾っていた小粒のダイヤが、マテオの母親からマイクに渡り、婚約指輪としてクレアに出される。ここでも、昔の事件と今とは交錯しだす。

それにしても、マイクがクレアにダイヤの指輪を渡してプロポーズする場面は、あたかもミュージカルの一場面のよう。警官の一団がビレッジブレンド前の道路を封鎖し、強面の警官ふたりがクレアを「重罪犯として逮捕する」と宣言する。罪状は、NY市警の警官を誘惑したから。そこで、一団の警官たちが店内で踊りだす、というLaLaランドの冒頭シーンのような展開。一糸乱れず踊っている警官の間からマイクが現れ、クレアの前で跪きプロポースをする。何だ、これは!! でもいいっか。物語の中のリフレッシュメントとして考えれば。

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いつもことながら、参考になるような例えや言い換え、表現があちらこちらで登場することも、本シリーズの愉しみの一つ。

大学教授がチンパンジーに熱力学を説き聞かせるような忍耐強さでマテオは私に説明してくれた。
チンパンジーと熱力学との組み合わせが、忍耐強く説明している様を面白おかしく描写している。何よりも、苦労している様が目に浮かぶようだ。

クレアの義母にしてマテオの母、そして私が敬愛するとともに憧れるエレガントな女性であるマダムが試作コーヒーのテイスティングをした際にこんな形容の仕方をする。
すばらしいわ。みごとにバランスが取れていて、口当たりはビロードのよう。口に含んだ時から飲み込むまで次々に新しいフレーバーがあらわれて眩いばかり。(冷めていくコーヒーの味見をして言う) まあ・・・パーフェクトなキャラメリゼ。洗練されているけれどエクサイティングで、甘美な上にエキゾチック。パーフェクトな男性みたいね。

ハドソン川から潮の香りのするひんやりとした空気が流れ込む。さわやかな風がすぐ近くのニレの木の枝を揺すり、鮮やかな黄色の葉と低いタウンハウスの赤い煉瓦、それに海のほうの明るい空の色を加えてちょうど三原色になっている。
NYの雰囲気を伝えてくれる風景描写が愉しめるのもいつもと同じ。

小生意気は若い小娘に向かってクレアが吐く台詞もイカシてる。
大学で数年勉強してトレンディなメガネをかけたくらいでは、長い人生経験とまともなマナーにはとても太刀打ちできないわね。ごきげんよう。
そうだよ、決して本と講義では学ぶことのできない貴重は経験を我々おじさんたちは沢山身につけているのだよ。それを、もっともっと世の中は評価しないといけない。この台詞は覚えておいて、是非使ってやろう。

圧力(プレッシャー)がないところにダイヤモンドは生まれない。
これは、クレアの信条。

そして、登場人物の一人が語る自分の生き方の台詞も時代を反映している。
驚いたな、この男はジゴロだ。
すみません。生き方と言って欲しい!自分に合っているだけだ。常に顧客満足を念頭に置いている。

女を食い物にして寄生して生きている男の人生観に顧客満足が出てくるとは。CS(顧客満足)は世界的なトレンドワードになっているのだろうか?

カットと素材の質から判断して、オールドネイビーというよりもJ・クルーあるいはパタゴニアのように見える。
この台詞も驚愕だった。カットと素材で服飾メーカーが分かるのか?そんなにファッションに通じていたのか?それとも、NYでは当たり前の常識なのだろうか? これ以外にも、老人が来ていたスーツを見て、一昔前のデザインだと言った場面も本書にはあった。30年前のバブル期に流行った大きめスーツなら見て分かるだろうが、メーカー名までの特定できないな。勉強不足でした。

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『眠れる森の美女にコーヒーを』
シリーズ14話の本話では、NYセントラル・パークでのフェスティバル中にプリンセス役の美女が薬物で昏睡状態になってしまう。しかも、元夫のマテオが容疑者として逮捕。恋人のマイクがいない中、クレアが秘密クラブに一人で潜入捜査までして真相に挑んでいく。

いつもの、後先見ない勇敢さというか、怖いもの知らずというべきか、それとも正義感ゆえの行動か?いつに増して、本書のクレアは逞しい。

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今回、目を見張ったのは、一言台詞の素晴らしさではなく、余裕のある大人の会話とはこれだ!という会話があったこと。
後を追っていた男が、NYの一角(あまり上等なエリアではない)のレストランにいることを知って、いきり立って乗り込んだクレアに対して男がこう言うのだ。

「魅力的な女性にアプローチされるのは、そうそう毎日あることではない。だから、あなたのぞんざいな態度に目くじらを立てるのはやめておきましょう。お友達についてあなたは質問なさった。ご自身の自己紹介はせずに。『こんにちは、エルダー、ご機嫌いかが?』とも言わず。コーヒーをいっしょにどうか、の一言もない。」
反省しておとなしくなったクレアに対して男は言う。
「どうぞお座りなさい。一緒にお話しましょう。おそらく力になれると思います。」

これだね、大人の男の余裕。激情に激情で相対するのではなく、相手に対して礼儀正しくありつつも、相手の失礼をしっかりと(でもやさしく)指摘して反省する余地を与える。こんな対応ができるのであれば、男と女のゲームも愉しくなるだろうに。


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■『聖夜の罪はカラメル・ラテ』
前後してしまったがシリーズの12話です。クリスマスのNYを舞台に、クレアが雇っていた若い女性が撲殺されるという惨事が発生する。しかも、クレアの店が出店していたイベント会場の横のメリーゴーラウンド中で。いつものように、お節介というべきか好奇心旺盛というべきか、はたまた正義感が強いと形容すべきか、我らが主人公のクレアは独自の調査を開始する。そして分かったことは、殺された女性について何も知ってなかったということ。

彼女の過去を探っている最中に、第二の殺人がこれまたクレアが出店したクリスマスイベント会場で起きる。繋がりは何か? お決まりの迷推理のあての間違った行動が真犯人に結びつくラッキーさ。クレアは福を呼び込むツキを持っているよね。羨ましいかどうかは別にしても、この種のコージーミステリーには欠かせない要素であることは事実。だって、これがあればたいていの進行は許されるから。

今回は、クレアの素敵な義母の登場が控えめだ。義母だけでなく、元夫のマテオと現在の恋人のマイクも。彼ら以上に、店員たちの活躍がハイライトされている回だった。タッカーとパンチのゲイカップルは、お店の中だけでなく事件解決にも大いに貢献し、彼らのショービジネス能力もしっかりと華を添えているから筆者(たち)もサービス精神旺盛なストーリー展開です。

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ドレスの面積があまりに小さいので抗議した。素敵な長い袖はついてるけれど、すそまでの長さはわいせつといっていいほど短い。
この「わいせつ」という単語の使い方がいいよね。どれだけ丈の短いドレスなのかが用意に想像できる。単に「とても短い」というのと、実際の巻尺で測った長さは同じだとしても、読み手の心に浮かぶイメージは大違いだ。こんな言葉が選べることが羨ましい。

ポテトの入った小さな袋をあける。そしてルビーレッドのケチャップをきつね色のポテトに散らす。食のピカソがキャンバスにサディスティックに絵を描くような調子で。
そして、こちらは「ピカソ」を比喩に使った感覚がすばらしい。ブルーの時代、レッドの時代、といったピカソの斬新かつ狂気といってもよいほどの色使いが視覚に訴えてくる見事な比喩だと思う。


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◆ 『大統領令嬢のコーヒーブレイク』
第15話となるこの回はNYではなく、ワシントンDCが舞台になる。舞台が変わるだけでなく、クレア・コージーが容疑者になって恋人のマイクと逃避行を重ねながら自分に仕掛けられた罠を解きほぐしていく。話の進み方も、二人の逃避行の現在からスタートし、順に過去の出来事を語りながら、何が起こったのかが読者に提示される。過去と逃避行の現在を行ったりきたりしながら、謎とスリルに満ちたストーリーが進んでいく。コーヒーと並んで今回のテーマとなるのがジャズ。もう一人の主人公である大統領令嬢が、クレアが経営するコーヒーショップ兼ジャズハウスでセッションを行う場面の描写は圧巻だ。セッションメンバーの体の動きのみならず心の動き、そして店内の情景、そして出される料理とドリンク、これらも見事にジャムセッションしている。26ページ程だが、この場面だけでもこの回は読む価値がある。それだけ、この話は素晴らしい。

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一つの盛り上がりである大統領令嬢がジャズハウスでセッションする時の場内アナウンスがイカしている。こんな台詞を聞けば、いやでも期待が高まって一刻も速く音楽を聴いてみたくなる。

感情が高まった状態で、いかにうまく相手に耳を傾け、反応するのか。ジャズは発見のアートです。そして受け止めるアートです。ジャズにおいてまちがった音は存在しません。どの音もパフォーマンスの一部であり、音楽の一部であり、流れの一部だからです。
今夜、これから皆様が聴く音楽は、ミズ・アボゲイル・パーカーの心と魂から生まれるものです。皆さんにはぜひともお願いしたいのは、ただひたすら聴くということです。耳だけではなく、心と魂で聴いてみて下さい。そうすれば間違いなく、恋に落ちるでしょう


ジャズを極めるには、音楽とは単にコードの連なりではないのだとわかっている必要があります。真のアーティストは、芸術という形で表現します。それ以外には伝える方法がない、そういうことです。
たいていの音楽は人の内面をあらわしています。それをもっともふさわしい方法でつたえるのです。悲しい曲を聴けば泣いてしまう。楽しい曲を聴けば踊りたくなる。ロマンティックな曲を聴けば・・・・ま、おわかりですね・・・
さて、ジャズという音楽になくてはならないもの、それはスイングです。ここジャズスペースで、ふたたび皆さんとスイングするのは、・・・


言葉の力は絶大だと感じさせるシーンであります。26ページ程の言葉の羅列に過ぎないものが、時間と空間、架空と現実の世界を越えて臨場感と興奮とを呼び起こしてくれる瞬間です。

音楽とは楽器ではない。音楽は楽器から生じるのではなく、ミュージシャンの内部から生じるんです

ジャズという音楽についての薀蓄を見事に伝えてくれる台詞が数多くあったが、その中でも気に入ったのがこれ。そしてこんな台詞は私好みのものだ。

女性の胸の谷間を見ることで男の寿命は延びるんだ。科学的な裏づけのある事実だ

音楽や芸術に関する深遠な言葉の合間に、こんな男女の間の痴話話っぽいジョークも出てくる。まさに、読者を掴んで自由自在に翻弄してくれる稀有なミステリーだよね。

なにごとにも賞味期限というものがあるの。若いとそれが分からないのね。欲しいものを手に入れるために絶えず自分の善良さをゆがめていたら、やがて自分のカップの中がすべて腐っていることに気付く日がくるわ

クレアが自分を罠にかけた相手の一人に対して吐いた啖呵です。見事だね。単に怒りをぶつけるのではなく、こんな風に相手に諭すがごとく言えれば、喧嘩は勝てるよ。

そして、私がなりたいと思う自己イメージに合った表現がこれ。こんな男になりたい。

アビーの継父はなかなか素敵な男性だった。そして桁外れのパワーを感じた。ごうごうと燃え盛る炎のような激しさ、太陽のようなエネルギーを発散している。


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NYマンハッタンの洒落たコーヒーショップを舞台に捲き起こる物騒な事件を題材としたこのミステリは、ハラハラドキドキさせてくれて、そしてむしょうにペイストリを横に置きつつコーヒーを飲みたくなり、時間が経つのも忘れさせるほどに愉しませてくれる。しかも、毎回だ。

主人公のクレアも魅力的だが、なんと言っても義母の存在が飛び抜けている。ゴージャスで優雅。日本だったらシルバー世代と呼ばれて、くすんだ色の服と変わり映えしない毎日といった生活しか思い浮かばないのだが、このおばあさまはあくまでも一人の女性、いや女性を超越した女神のような存在といっても良いかもしれないくらいに、刺激と魅力をたっぷりと振りまいてくれる。

残念なのは、この素敵で優美な義母の登場がだんだんと減っていること。それでも毎回お約束の殺人事件を見事に主人公が、周りを振り回してお騒がせしながら見事に解決していくストーリー展開には魅了させられっぱなしだ。登場人物の魅力度、ストーリー度、そして台詞の魅力度、そして舞台となっているコーヒーショップのお洒落な雰囲気とそこで供される各種のコーヒーの描き方も素晴らしい。コーヒーのアロマが文章の中から立ち上ってくるような陶酔が得られる。失望させられることが今までに一度もなかった私のお好み度最上級のコージーミステリだ。

◆『億万長者の究極ブレンド』
スーツとネクタイを身につけているのは葬儀屋と使えないやつだけだというのが、デジタル領域の企業でのファッションの法則です。」

マネジメントの究極の目的は、”意味”を作り出すことであり、お金ではない。仕事というのは、実存的な挑戦として提示されるべきなのです。そうすることで社員の想像力を刺激し、活用する。」


◆『謎を運ぶコーヒー・マフィン』
そんな経営専門用語があるのか?ヴィンセント・ヴァン・ゴッホとドラルド・トランプを足して二で割ったみたいだな

あなたやわたしはおとなだし、知識を身につけてそれに基づいた意思決定をすることができる

アートというのは"きれいな"ということとは無関係。"真実"と"本質"を追求する営みである。アーティストであるとは、自分の声とものの見方に到達しようとすること。本物であり続けることでしか、それは実現できないのよ



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