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コージーミステリを読み耽る愉しみ その20 お茶と探偵シリーズ(ローラ・チャイルズ著)

2023年03月27日 | パルプ小説を愉しむ
23作目は『クリスマス・ティーと最後の貴婦人』。出版がほんの4か月前の2022年11月のせいだろう、借りてきた本が新品のようにピカピカの白いままだ。今回の被害者は地元の大金持ち夫人。自宅で開いていたクリスマス・パーティの席上で殺され、宝石が飾られた指輪とルノワールの絵が盗まれていた。もちろんパーティでお茶のケイタリングサービスをしていたのはセオドシアを始めとするインディゴ・ティーショップのメンバーたち。殺されたミス・ドルシラは、”ヨーロッパの小国のGDP以上の金額が入っている銀行口座の名義人”として簡単ながら十分な説明が最初の段落でなされている。こんなに金持ちガホイホイ殺人事件の被害者となるチャールストンでは、さぞかし相続関係の弁護士がひしめき合っているのだろう。

今回も怪しげな登場人物が目くらまし的に登場する。被害者のお金持ちの個人秘書、ルノワールの絵の売買を仲介した胡散臭い美術商、傲慢で思い遣りの心が欠如しているご近所さん、そしてそのご近所さんに間借りして近隣の手間仕事を請け負っている男、唯一の親類縁者である甥っ子、被害者の財務担当者、そして金に群がる慈善事業者たち。いくら胡散臭く怪しくても、これらの登場人物は犯人ではないことはこのシリーズの定石。誰なのかと思って読み進んでいったところ、終盤間際でビクトリア調のお茶会が開催されるところに行き当たった。会場は、これまた歴史エリアの豪邸を借りて行う。お手伝いとしてあてにしていたミス・ディンプルが体調不良で来られなくあって困っていたセオドシアの前に、ミス・ドルシアの個人秘書が手伝いを申し出る。怪しい。しかも、ランチの時間で有能であることを証明したために、夕方のビクトリア調お茶会の助っ人も依頼される。その時、この個人秘書は自分の恋人も手助けできると言い出す。これは怪しい。この二人がグルで、何年前に起きたルノアール絵画窃盗団のまだ捕まらないメンバなのではないか。そうであればつじつまがあう。読みながらそう思ったものの、犯人は恋人の方。地元の土産物店で働く善良な人物であり、怪しい個人秘書の恋人という軽い立場でしかなかった男が、最終場面で突然スポットライトを真犯人として浴びる。私の予想は半分だけだけれども、当たっていた。

不運や災難に対して人間は無力だと知ったところで、事態がよくなるわけではない。
何事につけポジティブ思考のセオドシアらしい言葉。無常観あふれる仏教思想とは正反対。

「この魔法のように穏やかな雰囲気を瓶に詰めて、明日まで持っていければどんなにいいか」
こちらはドレイトンの言葉。60歳を過ぎて尚メルヘンチックな心を残している彼らしいコメント。「〇〇な雰囲気を瓶に詰めて、□□まで持っていきたい」これは使えそうだ。

”おもしろい”というのは、率直な意見を言う気になれないときに使う言葉よ
セオドシアの部屋を評して”おもしろい”と言ったティドウェル刑事にセオドシアが言う。ある意味当たっている。おもしろいや可愛いは無難な形容詞だからね。

今回読みながら検索して身に着けた言葉は以下。
ガーランド
オービュッソン絨毯
ふわふわ素材のボレロ
スーザン・ウィティグ・アルバートのミステリ小説


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毎回毎回事件が発生する場所やイベントに種々様々な工夫がなされているこのシリーズだが、第22話『ハイビスカス・ティーと幽霊屋敷』では由緒あるが誰も住まずに廃墟と化したお屋敷が幽霊屋敷となるイベントが開催されるという設定になっており、著者の苦労がしのばれる。まじかに結婚を控えた金持ちの令嬢である小説家のウィロー・フレンチが、新作発表兼サイン会の場とした幽霊屋敷イベントで殺される。塔の上から首つり状態でぶら下げられるという悲惨な姿で。しかもその女性はヘイリーの友達で、かつティモシーの甥の娘。知らせを聞いたヘイリーは大きなショックを受ける。事件現場に今回も居合わせたドレイトンとセオドシアは、ヘイリーとティモシーのための事件の解明に首を突っ込む。調べていくうちに、殺された女性の婚約者はやり手金融マンという華々しい職業ではなく単なるアシスタント、しかも第二アシスタントという仕事しかしておらず、自分の地位と仕事を偽っていたことが判明した上、ウィローが婚約を破棄していたという情報を得る。加えて、屋敷の元持ち主であるエリス・プシャールは破産寸前で、ヘリテージ協会に寄贈された屋敷を取り戻したがっている。ウィローの著作を出版している会社の代表、バーナビーは、以前で稀覯本の売買をしており、同時期に盗難にあったヘリテージ協会のエドガー・アラン・ポーの古書の犯人かもしれない。ウィローにラブレターを渡していたヘリテージ協会のインターン、ヘンリーは行方知らずでこれも怪しい。と、こんな具合で容疑者と思しき人物がボロボロ出てくる。でも、このシリーズのお約束として容疑者の嫌疑がかかった人間はどれも犯人ではない。今回は、協会の別のインターンのシェリーが犯人だった。このシェリーなる人物の登場回数は少なく、とても事件の犯人としての扱いを受けない端役中の端役、それが真犯人だった。お金に困っている中、近くにお金持ちのお嬢さまがいることに嫉妬して犯行に及んだ。警察もシェリーがリストに無かったというくらいに意外中の意外な展開で、さすがにこれば...と思ってしまった。

脳が時間外労働を開始した。
今回ゲットした目ぼしい表現はこれ。使う場面と設定を選びそうだが、嫌々や想定外の場面で頭を使うことになった時に使えそう。

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第21話『ラベンダー・ティーには不利な証拠』では、ドレイトンと一緒に狩猟パーティに招かれたセオドシアがホスト役の主が銃で撃たれて死んでしまう場面に偶然立ち会ってしまう。気球に乗ってみたり、大型帆船を見るパーティがあったり、水族館のオープニングパーティなどなど、毎回色々な趣向を凝らした場面でセオドシアが事件に遭遇する。毎回事件現場をどのような場面にしようか考える著者も大変だろうなと同情してしまう。それにも増して、お話にはそれなりに関与している人を犯人には全く見えないように工夫しながらストーリーを構築していく工夫はもっと大変あろう。いかに犯人には見えないようにお話に登場させ、良い人であるかのように振る舞わさせるのだから。

今回の犯人は殺された狩猟パーティのホスト役の共同経営者とホスト役の息子の嫁がグルだった。裕福な金持ちですべてを持っている相手を嫉妬した共同経営者が殺人に及び、たままたそれを目撃した嫁が自分が描いた筋書き通りに行くように疑似誘拐事件を手伝わせて事件を複雑にしていくはずだった。でも、殺人と誘拐が一緒に起きると何らかの関連性があると思うのが当然で、著者もセオドシアにそう思わせて行動させている。行動させた、と書いたが実はたまたまお隣さんの家を覗いたら誘拐されたはずの嫁が居たことで犯人が分かり、嫌がるドレイトンをジープに乗せて追跡劇を敢行したのだった。殺人が起きた区域を管轄する保安官や誘拐事件が起きた区域を管轄する警察以上に、セオドシアはいつも以上に活躍したのでした。

21話も読み進めて思うのだが、最近はチャールストンの素晴らしく美しい街並みの形容が少なくなっている。以前は、いかに立ち並ぶ由緒正しきお屋敷を細かに描写してくれたり、朝や夕方・夜のチャールストンのほれぼれするような街並みや自然の移ろいを描いて私の心を鷲掴みしたものだったが、それが最近減っていることが不満として溜まりつつある。

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とうとう第20話。続けてきた投稿が積み重なって3000字を超過したため、別のスレッドを建てることとなった。
『アッサム・ティーと熱気球の悪夢』では、人生初の熱気球に乗せてもらえる体験をしり込みするドレイトンと一緒に楽しんでいたところ、突如現れたドローンが一緒に飛んでいた別の熱気球に飛び込み、爆破させて墜落させた。被害者は3名。セオドシアは今回も事件の現場に居合わせて事件をしっかりと目撃する。ドローンの所有者を調査した警察は、セオドシアの親友のアンジー・コングドンの恋人に疑いの目を向ける。被害者の1人がIT起業家で、その会社の方針に声高に異議を唱えていたという事実も発覚。腹立ちまぎれの犯行の線を追う警察に対して、不信感を募らせるアンジーの絶っての願いを受けてセオドシアがまたもや立ち上がる。事故と相前後して、IT起業家のドン・キングズリーが所有していたはアメリカ史上初の国旗が紛失。骨董品的価値のある旗を狙う学者、コレクター、骨董商なども怪しい。そして、何といって蒐集品の保管・陳列など一手に引き受けていたドンの個人秘書も行状がよろしくない。

怪しい人物が数人出てくるものの、彼ら彼女らは犯人ではないというこのシリーズのお約束どおり、真犯人は大学教授を名乗っていた女性だった。手渡された名刺から所属する組織と所在地を調べたところ、すべて嘘。実はFBIも指名手配していた窃盗犯であることがわかり、事件は一転して解決へ向かうところ、夜の散歩途上セオドシアがドローンで襲われる事件が。たまたま、庭整備のための置きっぱなしにしてあった梯子と熊手でドローン攻撃を撃退して犯人を無事にとらえられてハッピーエンド。

下級の爵位と崩れかかったマナーハウスを相続したイギリス人のような風貌だとセオドシアは思った。
うーん、こう言われても全くイメージが思い浮かばない。欧米系の人間ならば判別できるのだろう?

デレインはいつもこんなふうにしゃべる。大げさな言い回しと感嘆符を駆使した話し方なのだ。
確かに、デレインは大袈裟だ。それを「感嘆符を駆使した」と目に見えるように表現することが新鮮。

「変化を悪く言わないで」
「伝統を悪く言わないでくれたまえ」

古いもの好きのドレイトンとセオドシアの軽い言い合い。変化と伝統、お互いにいい言葉を勝手に選んで使っている。自分に有利になるように言葉をえらぶレトリックの手法が会話をリードする力になることとともに、知的な会話のための条件でもある。

頭上からはさながら地獄のボーリング場のように雷鳴がとどろき、おどろおどろしい雰囲気に包まれている。
表現の大袈裟なさまは、まるでデレインのしゃべる言葉のようでもある。

「天使がわれらを守り、天がわれらをうけいれてくれますように」
ティーショップが主催するお茶会が成功裏に終わって、全員で乾杯する時のドレイトンの言葉。彼らしい敬虔さとちょっとした時代錯誤的な大袈裟さを併せ持った言葉かな。
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コージーミステリを読み耽る愉しみ その8 レディ・エミリーの事件帖(ターシャ・アレクサンダー著)

2023年03月12日 | パルプ小説を愉しむ
第三話『レディー・エミリーの事件帖 円舞曲は死のステップ』の舞台はオーストリア帝国のウィーン。ハプスブルグ王朝の都であったウィーンの華麗な佇まいが目に浮かぶような貴族文化の象徴のような都だ。エミリーがこの街へやってきたのは、親友アイヴィーの夫・ロバートにかけられた殺人の容疑を晴らすため。

事の発端は、フォーテスキュー卿の館にエミリーと婚約者のコリン、アイヴィー夫妻が招待され、男性陣は狩り、女性陣はおしゃべりという時間つぶしをしていたところから始まる。英国政治の黒幕、フォーテスキュー卿は、他人の弱みを掴むことによってその相手を支配するというえげつないタイプの男。しかも、自分の娘をコリンに娶せたいと目論んでおり、エミリーを目の敵にしている。こんな男の館にいるエミリーはちっとも滞在を愉しめない。ロバートはフォーテスキュー卿の庇護下にいて政治家として成長したいと考えている。そんなロバートが、こともあろうにフォーテスキュー卿と言い争いをするような事態となってしまう。そしてその直後にフォーテスキュー卿は決闘用の銃で撃たれて殺される。言い争いが目撃され、しかも事件時のアリバイがないロバートは逮捕される。状況は不利。メディアはロバートを売国奴呼ばわりし、世論も敵だし社交界もアイヴィーたちを締め出しつつある。そんな中、エミリーは親友夫妻の無実を信じ、幼馴染のジェレミーとパリに住む友人のセシルとともに手がかりのあるウィーンへと赴く。時代は第一次大戦前。夜な夜なワルツが奏でられ、上流階級の人々はパーティに酔いしれ、街のカフェでは芸術家やアナーキストたちが集う。こんな街の不安定さが描かれた中、エミリーはわずかばかりの手掛かりを元に事件関係者を辿っていく。ハリソンという名の男が執拗にエミリーを追い脅迫する中、幸運だったのは(そういう設定なのだが)偶然に訪れたカフェで知り合った芸術家の卵、フリードリヒからアナーキストの頭目であるシュレーダーに辿り着き、そこでヒントが得られる。シュレーダーの兄は十数年前に決闘で英国人男性に殺されていた。その時の銃の一つがシュレーダー宅に飾られているのを見たエミリーは、もう一つの銃がフォーテスキュー卿殺害に使われた銃であることを発見する。決闘相手の英国人は若いロバートであり、立ち合い人であった男を調べていくと、かつてはフォーテスキュー卿が使っていた男であることが分かる。英国に取って返したエミリーは、その立ち合い人はフォーテスキュー卿夫人の兄であったことを突き止める。しかも、男色疑惑をフォーテスキュー卿に握り潰してもらったものの、フォーテスキュー卿の裏切りで自ら死を選ぶしかなくなっていた。そんな背景を調べあげ、事件に使用された銃が事件直後に紛失していたことから、エミリーは夫人が犯人であると確信して面会に行く。エミリーが真相を掴んだことを知った夫人は銃で自らの命を絶つという悲劇が起こるが、これでロバートは無実となり釈放される。事件を無事に解決したエミリーはコリンと共にギリシャの別称に赴き、そこで二人だけの結婚式を挙げることとなる。

あらすじだけだと波乱万丈のミステリのようだが、実際は遅々として話が進展しないミステリ。貴族らしいマナーに縛られて回りくどい振る舞いを強いられているエミリー達のように、「調査は踊る、されども進まず」といった展開が続くのだ。核心へと踏み込めず、同心円上をぐるぐると回っているよう。しかも、ウィーンでの登場人物は事件とは何の関係もなく、真相は十数年前の少年売春摘発事件から起きている。しかも、犯人は被害者の配偶者。それまでは影の薄い人物としてお話に登場することが少なかった人物を犯人としている。主人公の言動こそがお話の主たる目当てというコージーミステリだからこそ許される安直な筋書き。でも、その周りに配されたウィーンの街並み、貴族文化の馥郁たる香りは読んでいて愉しかった。しかも、セシルはオーストリア皇帝の母、エリザベートと知り合いで、「シシー」と呼ぶ仲。シシーも何度か登場するは、クリムトやグスタフ・マーラーといったその時代の芸術のど真ん中にいた人物も登場するという贅沢さ。ウィーン滞在時の宿はホテル・インペリアル。元は王子の宮殿であった館がホテルに改装され、エミリーとセシルが使ったスイートは、王子が私室として使っていた”高貴な館”と呼ばれる広大なスイートルームでこう記述されている。
セシルと私が身を落ち着けたのは、ありとあらゆる贅沢な調度品に囲まれたそのシートルームだった。寝室はふたつあり。ベッドまわりはすべて最高級のリネン製品で統一されている。複数ある今の壁には淡い青のシルクの壁紙が施され、繊細な手彫りの繰り方でアクセント添えられていた。

このホテルの名物はインペリアル・トルテ。
豊かで繊細な風味のチョコレートとアーモンドの味わいが楽しめる、
と書いてあった。だが、登場人物たちによるとここのインペリアル・トルテよりもライバルホテルのザッハトルテの方が美味しいらしい。
ダークチョコレート入りの糖衣とアンズのジャムという組み合わせは、わたしたちが楽しんでいる年代物のワインにとてもよく合う。

思わず手元に取っておいたベルギーチョコに手が伸びてしまった。

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読んだことがあるなぁと思いつつ第1話『レディ・エミリーの事件帖 折れたアポロ像の鼻』を再読。時は19世紀末、つまり英国が世界の最強国にして「沈まぬ帝国」の地位をしっかりと守り、世界に冠たる大英帝国を謳歌していた時代。父親が伯爵という貴族の家柄であるエミリーが結婚半年にして夫であるアシュトン子爵と死に別れてしまうというところから物語が始まる。アフリカでの狩猟が趣味であったアシュトン子爵、フィリップは結婚後短期間でアフリカに旅立ち、そのまま帰らぬ人となってしまったため、エミリーはフィリップのことをよくは知らない。が、残された日記を読み進み、社交界の友人たちから話を聞くにつれ、次第に興味と愛情が深くなっていく日々を過ごす。ヴィクトリア女王の影響があって、上流階級の女性は1年間の正式服喪期間がありその後は一定期間の半服喪期間を過ごさなければならなかったようだ。着る服だけではなく社交も制限されていることが書かれている。そんな服喪期間、フィリップがギリシャに素敵なヴィラを購入してエミリーを連れていくことを心待ちにしていたことを夫の親友、コリンから聞かされる。ギリシャに対する興味が講じたエミリーは、言葉をならい、古代のギリシャ文学を読み始めるが、母親はそれを苦々しく思っており表立って反対するが、エミリーはめげることなく自分の意志を貫き通す。同世代の友人、もちろん貴族仲間の中には、今やそんな時代ではないとエミリーの肩を持つ女性や男性もいる。会食の後、女性がテーブルに残ってワインを嗜むことはハシタナイ行為と思われていたことが書かれており、エミリーはそんな風習も打破して母親と古い世代を敵に回しても平気なガッツを見せつける。そんなエミリーを好ましく思っていたのは、夫の親友だったコリンと狩猟仲間のアンドリュー。二人とも、夫の最後のアフリカ狩猟旅行に一緒だった仲間。

そんな中、ひょんなことから古代ギリシャ遺跡物が複製と置き換えられ盗難にあっているのではないかという嫌な予感がエミリーを襲う。発端は、夫の故郷の本邸、アシュトン・ホールを訪れた際に、梱包された木枠を開けたところ本物としか思えないギリシャ遺跡物が次々を出てきたこと。フィリップから頼まれてエミリーの自画像を描いたルノアールの紹介で複製師のアルドウィンと知り合ったエミリーは、大英博物館にある展示物が複製品であることを知る。本物はフィリップが持っていた。これはなぜ?ひょっとして、故人となった夫は詐欺や盗難に手を染めていたのかもしれない、と恐れおののきながらも、真相究明に乗り出す。他のコージーミステリとはことなり、前のめりで事件解明に取り組むのではなく、こわごわと手探り状態で謎を解いていくといった感じ。親友のコリンが一番怪しいと思い、アンドリューに助けを求めた。だが、事実はアンドリューが詐欺・窃盗の犯人でコリンはそれを究明する役割を王室から授かっていたという皮肉。犯人がアンドリューであると悟ったのは、ロンドンとパリでの出来事がつながったから。アフリカから戻った宣教師がエミリーを訪ね、フィリップが病気のままアフリカにいると聞かされる。証拠の品として出されたものの一つが、結婚式で撮ったエミリーの写真だった。最初は信じてコリンが犯人と思ったエミリーだったが、エミリーの自画像を描いたルノアールがエミリーに写真を返そうとしたところ見つからないという。この前、アンドリューに見せたばかりなのに。それを聞いてエミリーは、アフリカから戻った宣教師を疑い、調べたところそんな人物は実在しないことが分かる。点と点がつながって犯人が暴かれた。あとは、アンドリューが詐欺と窃盗の実行犯だという動かぬ証拠をつかむ必要がある。エミリーと結婚したいアンドリューを騙し、トロイのヘレンの指輪を盗ませた事実を突きつけて無事にアンドリューとその弟は逮捕される。夫はもちろんアフリカで死んでいることがはっきりし、セシルと共にギリシャの島に旅立ったエミリーの元にコリンが訪れ、二人のこれからを暗示するように物語が終わる。

各章の終わりに1ページ弱のフィリップの日記の一部が書かれている他は、すべてがエミリーの一人称で話が進む。が、交わされる会話が第三者的な描写を持ち込んでいるところが新鮮。このシリーズはアメリカでベストセラーに仲間入りしたことが訳者あとがきに書かれていたが、きっと英国の上流階級、貴族の物語という設定が理由だと思う。必要以上にマナーが厳しく、「マナーが良い」とか悪いとかが頻繁に出てくるし、男女間の会話も「こんなことを言って失礼なのだが」や「~して申し訳ない」といったセリフが頻発する。それにこのお話の効果演出のためなのだろうが、ホメロスの『イーリアス』の一説が会話の端々に差し込まれる。気の利いた教養人であることの証明なのだろうが、私から見て気障で知識をひけらかすいけ好かない会話とした思えないのでした。

「礼儀知らずと思われたかもしれないわね。だけど、わたしはマナーを無視してもいいほど十分に年を取っているの」
パリで初めて会ったセシル・ドゥ・ラックがエミリーに言うことば。これで、セシルが因習にとらわれずに自由な生活を楽しんでいる女性でることが分かる。しかも、そのことを自分の口から言うほど大胆であることも。

「男性に喪服が必要ないのは、てっきりスーツが陰鬱な色だからだと思っていました」
これもセシルとエミリーとの会話の一部。軽口が叩ける間柄になっていることが分かるね。

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若くして夫に死に別れたレディー・エミリーが事件に巻き込まれ、素人ながらに事件を解決していく。名前から分かるように主人公のレディー・エミリーは英国の貴族。『英国王妃の事件ファイルシリーズ』に設定が似ているのだが、あっちは王室の末裔(とても貧乏なことこの上ないが)のうら若き女性、こちらは財産もあって毎日の生活に追われることなど夢想だにしない多分30代女性だと見受けられる。30代じゃなくても、限りなく30に近い20代後半ってところかな。ヴィクトリア女王とお茶を飲むシーンがあるので、時代は19世紀後半。イギリスがまだまだ世界に冠たる国であったことのお話。

このシリーズに惹かれる理由の一つは、大英帝国華やかりし頃の貴族社会の暮らしの一端が垣間見られること。貴族同士のお付き合いである社交界、お互いに相手の貴族を訪問する時の慣わし、そして男女の間のものの言い方等々、がもの珍しくて大いに興味がそそられる。大仰なものの言い方や訪問相手が同じ貴族の時と平民の時とのマナーの違いなどがあちらこちらに出てくる。貴族を訪問する時とは違って、平民を訪問する際には事前に知らせなくても当然に歓迎されはずと当然のように考えていることが分かる記述があったり、相思相愛の男女であってもそれなりの礼儀を求められ、それを守らないと社交界で爪弾きになってしまうこと(これは相当は恐怖らしい)などなど、今の我々からしたら へぇ~! って思ってしまう風習ばかり。

そんな堅苦しい風習に囚われている世界に住みながらも、主人公のレディー・エミリーは進歩的な考え方を持っている。夕方から女性どうしでワインを飲んでみたり(男性からは眉をひそめられた行為らしい)、上流社会で当然のパーティへの参加を面白くないからという理由だけでえり好みして不参加を決めたり、殺人事件に自ら首を突っ込むというのもその一つ。自分の頭で考えて行動するという二十世紀女性の先取りのような気質も、このシリーズを読み進められうようにしてくれる要素の一つだね。
今回読んだのは、二作目の『盗まれた王妃の宝石』。フランス革命で散ったマリー・アントワネットの子どもの子孫が実は英国に渡って素性を隠しながら生きながらえているらしいというのを背景にしながら、マリー・アントワネットゆかりの宝飾品が盗難にあい、殺人事件まで起こってしまう。殺されたのは、レディー・エミリーの知り合いだったことから、彼女が事件解決にしゃしゃり出るという顛末。

因みに、英国社交界をこう呼んだ人がいたらしい。
退屈な者たちと時間を持て余した者たちの寄せ集め

 登場人物の魅力度 ★★★
 ストーリー度   ★★★
 設定の魅力度   ★★★★
 台詞の魅力度   ★★★
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