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コージーミステリを読み耽る愉しみ その4 英国小さな村の謎シリーズ(M・C・ビートン著)

2024年03月22日 | パルプ小説を愉しむ
シリーズ19話となる『アガサ・レーズンと毒入りジャム』。今回もまた、近隣の村の押しの強い牧師から村祭りのPRの手伝いを頼まれる。断ろうと村を訪れたところ、イケメン男が目に止まるやアガサの悪い癖が出て、断るはずだったPRのお仕事をあっさりと引き受けた。人気ポップシンガーを村祭りに招き、千客万来の集客に成功したものの、祭りの最中に人が死ぬという事件が起こってしまう。村祭り恒例のジャムコンテストの味見ジャムに麻薬、LSDが混入していたことが判明。PRを依頼した牧師がアガサに事件究明を依頼。ジャム味見のテントに詰めていた年配女性二人には怪しいところは何もなく、ジャムコンテスト応募した人たちそれぞれには怪しいところがある。村人からは災難を招いた張本人と白い目で見られる中、調べ始めると他の村人たちにも怪しいところがある。アガサらしい行き当たりばったりの捜査が今回も功を奏し、混入していたLSDから犯人を割り出すと、牧師の妻が犯人と分かった。

このシリーズの特徴はスピード感。映画で言うところのシーンが組み合わさって話が進んでいく。シーンは短いもので1ページ、長いものでも数ページの長さで、一つの章に幾つも入ることで、場面転換と異なるエピソードが複層的に展開することで物語の進展がスピーディに感じられる。もちろん、細かでねっちりとした描写よりも色々はネタを多く入れ込んでいることもスピード感を増している。著者であるM・C・ビートンの持ち味なのだろう。

心の中に居座っているお目付役が指摘した。アガサはインナーチャイルドの子供っぽさに悩まされることはなかったが、このお目付役ときたら口うるさいことこの上ない。
映画でも小説でも、フロイトやユング心理学を応用すると登場人物の奥行が出るようだ。また、2人の心理学を応用して登場人物の行動を解説する評論家もいるが、最近では作家じたいが登場人物に心理学の心得を持たせることを時々見られるようにもなってきている。

「あなたは改宗したカトリック教徒みたいなものなのよ。自分はもうお愉しみがないんだから、あんたもお同じであるべきよ、ってことでしょ。この地球温暖化の詐欺がいい例よ。地球を救うために重い税金をかけていると政府は言っている。たわごとよ!税金は全て国庫という名のブラックホールに吸い込まれて、永遠に消えてしまい、地球をすくためには何ひとつ行われていない」
著者の政治的な意見が反映されているのかどうかは不明だが、今の世の中で常識であり良識にもなっている温暖化という問題に対して、このような反対意見を吐かせることでアガサという人物のキャラクターが濃くなっている。しかも非常に歯切れの良い意見表明であることが、アガサらしい。

化学者が「自尊心」というラベルを貼った効き目のある薬を発明できたら、億万長者になれるだろう。

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シリーズ第18話『アガサ・レーズンの奇妙なクリスマス』。地元で開業した探偵事務所は迷子のペット探しや浮気調査などで大繁盛。もっとスリリングは依頼が欲しいと思っていたアガサの元に一通の手紙が。領主屋敷に住む夫人から調査の依頼だった。何事かと訪れてみると、そこで暮らしていたガサツな老女が自分は子供たちに殺されるとアガサに伝える。本気にしないアガサだったが、せっかくの依頼だったので週末に一泊して老女の誕生日パーティに参加したところ、パーティの真っただ中で彼女が毒ニンジンで殺されてしまう。4人の子供たちとその連れ添い、皆が怪しく見えてくる。丁度その折、手が照りなくなったのでトニという名の17歳の女性を試験雇用してみたところ、これが大当たり。アル中の母親、暴力を振るう兄という悲惨な家庭で育ったトニにアガサは同情して母親のように面倒を見る。兄に殴られたトニに住むところを借りてやり、仕事のためと言いながら車まで買ってやる。アガサの親切に感謝しつつも多少の重荷に感じながら、トニは仕事に励む。地頭がいいのか、飲み込みが速いのか、浮気調査、ペット探し等々で手柄を次々に立てていく。そして毒殺された老女の事件にまで駆り出される。老女は金持ちであるにも拘わらず、子供たちに十分な金を渡さず、しかも屋敷が牢獄に思えるほどに子供たちを束縛し精神的に苛んでいた。そんな毒親に対する子供たちの復讐のように思われていたところ、屋敷の庭師がキッチンから盗んだ老女手作りのワインを飲んで死ぬ。ワインに毒ニンジンが入れられていた。犯人は子供たちの誰か、それとも老女に反感を持つ村人の誰かか。老女の過去に疑惑を持ったアガサとトニは老女の生まれ育った村を訪問する。分かったことは、友人の婚約者が宝くじに当たった途端に速攻で結婚していたこと、離婚を望んでいた亭主が秘密で付き合っていた女性がある日突然失踪してしまっていたこと。鋭いトニの嗅覚は、歴史史跡となっていたヴィクトリア朝時代の屋外トイレの土地に埋められたいた人骨を発見する。老女がやったらしいと目星をつける。決して褒められるような経歴の持ち主でなかった依頼主。そんな老女を殺したくなるだろうと思いつつ、パーティ席上での出来事を思い起こしていたアガサは、倒れた老女を見舞おうとしたところ次女が邪魔したことを思い出す。これこそ犯人と目星をつけ、本人を呼びつけて問い詰める。しらばっくれていた次女は、話の途中にアガサの家のトイレを借りる。何かあると見越したアガサがこっそりつけていくと、次女はアガサの歯磨き粉チューブに毒ニンジンエキスを注入していた場面に遭遇。これで犯人確定。晴れてアガサは念願のクリスマスパーティを自宅で開催する。主賓と考えていたジェームズも晩餐が開始される時刻に到着。この上ない至福のパーティになるはずだったが、ジェームズにキスされてもアガサは何の興奮も感じない自分に気付く。その上、酔っぱらったロイが借りてきた人工スノーマシンの操作を失敗。せっかくのホワイトクリスマスでいい雰囲気だったパーティ会場が突如猛吹雪と化してしまうという修羅場に。でもよかったことは、トニとビル・ウォンが仲睦ましくなったこと。後日ビルの家に招待されたトニは、ビルの母親のひどいディナーも父親のそっけない態度もなんとも思わないどころか、不遇な家庭で育った経験から見ると十分に受け入れられたように思えた状況だったようだ。帰り際にハグされたビルの花親は「またおいで」という始末。やっとビルにも人生の春が訪れるのだろうか。

貧乏お嬢さまシリーズと一緒に読んでいて、このシリーズの描写がアガサの行動のようにあちらこちらに飛びつつ話が進行していることに気付いた。例えば、
トニはレッドライオンが気に入った。アガサは今度の週末について、ずっとチャールズとしゃべっていた。トニは不安な気持ちでアガサを観察していた。
こんな描写があちらこちらで見られる。前の文と無関係な文が3つも4つも続きながら話が進むのだ。しかも簡潔な(=そっけない)一文の連続で。味気ない文体かというと、そうではない。アガサの衝動的で負けず嫌いな性格や行動のあり方にあった文体として、故意に選んだものだと思う。

ビルのせいでいい雰囲気だったクリスマスパーティが台無しになってしまう場面はこうだ:
アガサは窓辺でそっと降ってくる雪を眺めていた。次の瞬間、彼女は雪だるまと化した。アガサはゆっくりと振り向いた。雪で覆われた顔の中で、、目だけがギラギラ光っている。

まるでドタバタ喜劇のような出来事が起きるのがこのシリーズの愉しみの一つ。小気味よく連続する短い文章が読み手の目の前に繰り広げるのは、まるで映像であるかのようだ。そう、シナリオのト書きのような短文の連続が平面的な読み物を映像化していたのだ。

アガサにとって、クリスマスは聖なる行事ではなく、ハリウッド映画みたいにきらびやかで華やかなものだった。
日本でもそうだね。最近ではハロウィンも盛り上がるためのイベントと化している。

「今や神を恐れる人はいないんじゃないかしら。あるいは、みんな怖がるのが大好きなのよ」
「皮肉な見方だけれど、当たっているわね。生態学が新しい宗教なのよ。惑星は死にかけていて、北極と南極は溶けかけている。それはすべての人類の罪、罪人たちがいけないのよ。」

教区の牧師夫人、ミセス・プロクスビーとアガサの神学論争。環境問題が過度に議論されるようになっている今を、生態学が新しい宗教だと言い切るミセス・プロクスビーなりの解釈が振り切っている。

若いトニにとっては、アガサとミセス・プロクスビーもすごく年を取っているように感じられていたが、ミセス・ウィルソンはエジプトのミイラぐらいの年寄りに思えた。

「それが何だっていうの?最近じゃセックス、セックス、セックスばかりじゃないの」
「愛はたいてい欲望の皮をかぶって現れる。あるいは、後から欲望を満足させられるという期待があるせいで、愛は成就するんだ」

アガサに負けずに口が悪いチャールズの割り切り。ある意味、男女の関係に達観している。

「私のクリスマスは絶対に忘れられないものになるはずよ」
「去年のは絶対に忘れませんよ。クリスマスプディングを灰にして眉毛がなくなったこと、覚えていますか?」
「失敗から学んだわ」

どんな不遇にもめげずに「失敗から学んだ」と割り切れるアガサの強さというよりも、議論に負けることを許さないアガサなりの言い返しだ。

毎日が憂鬱で暗く、何もかもが死ぬか枯れるか、冬眠の準備に入っているかだということを見せつけられるのは、田舎で暮らすことの欠点に思えた。都会なら照明が輝き、騒がしく、ほどんど季節の変化に気が付かなかった。

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第16話の最後の最後が、愛しのジェームズが村に戻って来てアガサの家へ突然に訪問する場面で終わっていたのを受けて、第17話は『アガサ・レーズンの復縁旅行』というタイトルになっている。結婚後間もなくアガサの元を去っていっていった後、何の音さたのないどころか修道院にまで入って追いかけるアガサを振り切るようにしていたジェームスだったが、突然の帰国で再度お隣さんとなった。心穏やかではないアガサは、これが2度目の正直とばかりに心を乱してお洒落に勤しむ。ジェームスの友人から招待を受けたガーデン・バーベキューパーティの場で、ジェームスの友人たちから無視されるもののジェームスはとりなそうともしてくれない。傷つき怒り心頭に達したアガサは一人で家に帰る。反省したジェームスは一緒に旅行しようと申し入れる。子供の頃に行った思い出の場所に二人で行こうという申し出。一度は落ち込んだアガサの心も再度舞い上がり、復縁旅行に旅立つが、その場所スノス=オン=シーという場所は今でも昔日の感もないほどにさびれた寒村に落ちぶれ果てていた。昔を偲ばせるものがなにもないうすっべらな安っぽいホテルに泊まっているのは、性格も言葉遣いも粗野な新婚夫婦とその子供たちと友人たち。夕食時にアガサに新婦が難癖をつけ、その不良息子がジェームスに絡みだす。しかも料理は最悪、食べられたものではない。二人はホテルを抜け出して地元の中華料理店で夕食をとるが、その夜にアガサに難癖をつけた新婦が殺される事件が起きる。凶器であるアガサのスカーフで首を絞められて。当然、アガサは地元の警察から調べを受ける。カースリーで探偵事務所を開いていると言っても馬鹿にされて終わり。自分のプライドのためにも真犯人を挙げて見せるとアガサは誓う。一方、期待と大違いのスノス=オン=シーに嫌気がさしたジェームスはアガサを置き去りにして南仏に旅立つ。後でアガサに来るように葉書を出して誘う。ジェームズは冷たい性格で独りよがりであるという事実にアガサはようやく気付く。そして、ジェームス離れが起きるのがこの回。殺された新譜は3度目の結婚で、前の夫は宝石強盗の罪で服役中。でも盗んだ宝石類は発見されていない。そのあたりに怪しさを感じたアガサと探偵事務所の面々は同時調査を開始。金目当てで結婚した新婦ではあったが、チェーン店を持つ夫は実は大して財産があるわけではなかった。では夫が逆に妻を殺したのか。遺産は誰に行くのかを調べたところ、友人の男に渡ることが判明。第一容疑者発見と身辺調査を始めるものの、真犯人は新夫で、妻が隠していた宝石を偶然見つけて分け前を寄こすように脅したところ拒否されて殺してしまったのだった。筋としてはありきたりではあるが、真相に辿り着くまでのアガサのドタバタがこのシリーズの楽しいところ。

それにしても、元PR会社の遣り手社長で性格も口も悪いというアガサの役回りがだいぶ変わってきている。実はナイーブで傷つきやすく、正義感も強い。スノス=オン=シーの町長や議員たちが町民たちのためにはないもせず、怪しい投資家集団からのカジノ構想をいとも簡単に受け入れるように町民たちを半ば恫喝するような説明会の場で、アガサらしさが爆発する場面が白眉。

「みんな、眠っているの?このいばった連中に立ち向かいなさいよ。防波堤は当然でしょ。なんおために議員たちに税金を払っているの?年金生活者は必死になって、いまいましい街の税金を払ったうえ、どうしてカジノなんて押し付けられなくちゃいけないの?」
そして、投資家集団のお金がマネーロンダリングかもしれないと匂わせた挙句に、
「では、挙手で決めましょう。カジノを望まず町は防波堤のお金を支払うべきだと考えるなら、手を挙げて」
とかってに議事を進行させてしまう。もちろん大多数の町民が手を挙げて賛成票を投じた。出所の金が怪しいとアガサに言われた投資家集団は、火事の投資話を無しにして去る。そして地元の本社が謎の出火で焼け落ちてしまう。この集団を追いかけることが出来なくなってしまう。マネロン疑惑は当たっていたのだった。

ああ、フラットシーズを吐いてきたようだね。愛が消えると、女性の新潮は7センチ低くなるんだ。
ジェームズのことが吹っ切れてヒールを履いて外見を取り繕うことをしなくなったアガサにもう一人の友人のチャールズが言う。このチャールズも自分勝手なことはジェームズ以上。支払いの際に財布を忘れたふりをすること度々、興味がなくなるとさっさといなくなる。面白そうなときだけアガサと一緒にいてくれるという身勝手は男だが、一緒にいて楽しい相手ではある。出てくる男も女も碌でもない連中が多いのがこのシリーズ。

アガサには恋に地執着する癖があった。頭の中に執着する対象がいないと、自分自身と向き合うことになる。それがつらいからだ。

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読み飛ばした(と思った)15話『アガサ・レーズンの探偵事務所』を読み始めたところ、これは読んだことあるかもという既視感がむくむくと起き上がった。読み進めると、やはり読んだことがある、でも犯人が誰なのかは記憶にないのでそのまま読み進める事ととした。色々な事件を解決してきた過去の経験と実績、ジェームズがいないことへの寂寥感を消し去るための繁忙感、これらが相混ざってアガサは自分の探偵事務所を開くこととした。最初に雇ったアシスタントは、お隣に引っ越してきた60代半ばの女性、エマ・コンフリー。とても有能はアシスタントで、本来は気が弱いにも拘わらず、傲慢なアガサに気圧されるまいと気丈に振る舞う。依頼者への料金提示はアガサの想定していた金額を上回る金額を提示し、行方不明のペットを探すのも上手い。事務仕事を任せるつもりだったが、あまりの有能さにより探偵として働くことに。その代わりに、紳士のお友達が途切れていミス・シムズを秘書として雇い、加えてビルのアドバイスにより元警官も雇い入れる。依頼の一人に、娘の婚約を破棄白という脅迫状が届いらという上流階級の夫人がいた。近々催される婚約披露パーティの席上で何も起きないようにアガサに守って欲しいという。エマと一緒にパーティに出かけたアガサは、窓から光るものを目ざとく見つけ、依頼者の身を守る行動に出る。プールに突き落としたのだ。生憎と部屋からは何も発見できなかったので、アガサの間抜けな勘違いとされてその場で馘。話を耳に入れたビルが部屋を捜索したところ、ガンオイルと空の薬きょうが発見され、アガサが見たものは勘違いではないことが証明される。晴れて捜査に戻るアガサ。

依頼人女性が娘とする豪邸は、本来はチャールズの友人でもあった真の貴族階級家族、フェリエット家のものだったが、金のために売り払ったもの。売却の際に、へリエット夫妻は購入者から小馬鹿にされるような侮辱を受けたようで、そのことをいまだに根に持っている。チャールズの手を借りて捜査を進めるが、チャールズにランチを2度ご馳走になったエマがチャールズから求愛されていると勘違いしだし、一種の精神錯乱状態になっていく。自分とチャールズの仲をアガサが邪魔していると思い込んだエマは、こともあろうかアガサを殺そうと試みる。家に忍び込んだエマは、インスタントコーヒーの瓶に殺鼠剤を入れる。部屋に現れたのはアガサを殺すように依頼を受けた元IRAの殺し屋。誰もいない家でアガサの帰りを待つ間、コーヒーを作って飲んだものだから殺し屋が殺されてしまう。エマは逃亡するものの逮捕されて精神病院送り。そんなことが起こっている間もアガサは捜査にかかりっきり。色々な手がかりを探し求め、それらから犯人を探し出そうとするもののうまくいかない。婚約相手の父親、ジェレミー・ラガット=ブラウンが金融詐欺で刑務所送りになっていたこともあり、有力容疑者と思うものの鉄壁のアリバイが存在。事件当日はパリにいたのだった。手がかりを求めてフェリエットの娘に会いにパリへ行くが、行き違いで会えない。でも、元アル中の古い友人に会ったアガサは天啓を得る。ジェレミーは自分に似た男をリクルートして入れ替わることでアリバイを作り出したのかもしれない。なんと、この思いつきとしかいえないアイデアが実際に起きたことで、アガサとジェームズがこれを証明していく。そしてジェレミーの相棒はフェリエット家の長女、フェリシティ。家を失ったことを許せず、何としても取り返すことを決心した彼女はジェレミーを操っていた。真相が明らかになってしまった以上、アガサを生かしておけない。自分の手で始末しようとアガサに家に入り込んだところ、精神病院を脱走したエマがこちらもアガサを殺そうとして家に侵入したところをフェリシティに殺されてしまい、フェリシティも逮捕に。なんと2度もアガサは自分を殺そうとして侵入した殺し屋が殺されることで助かってしまう。こう書いていると筋のドタバタ喜劇さがよくわかる。このドタバタさがこのシリーズの持ち味だ。アガサは、ティーレディであるセオドシアとは正反対の欠点だらけの女性で、捜査も行き当たりばったり。ドタバタの連続が面白くて読み進められる。一方、セオドシアは優等生。他人の悪口は言わないし、料理も自身の生活、交友関係も理想的なエレガントな女性だ。アガサは他人のことは悪く言うし、レンジで作る料理ばっかり食べている。油断していると顔には皺や口元にひげをうっすらと生えてきていることに気付いてエステへ直行するアガサ魅力的でもある。

大半の50代が60代をよぼよぼの老人だとみなしているが、アガサも例外ではなかった。自分は永遠にそんな年齢にならないと思っているのだ。
アガサを弁護するわけではないが、自分も経験があるので良くわかる。そんな年齢にならないと思っているのではない、そんな自分を想像できないのだ。さらに、自分がもつ自身のイメージは20代の頃の頃のものから変わることがないのだから人間とは浅はかなものだ。

「ずいぶんおしゃれしてますね。そのドレスの襟元が申し越し深かったら、公然猥褻で警察に逮捕されますよ」
50代半ばといえども男の目を意識するアガサは着る服に気を配る。理想的な女性であるセオドシアも着る服には気を遣うものの、アガサよりは淡白だ。アガサの貪欲なくらいの欲望日比べ。


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アガサ・レーズンと完璧すぎる主婦』はシリーズ第16作目。ブログの書き込みを読み直してみると、15作目をよみとばしてしまったようだ。道理で、突然アガサが探偵事務所を始めていたことに戸惑ったわけだ。でも、探偵事務所をいつ、なぜ開いたのかが分からないままに読み進める。ローラ・チャイルズのお茶と探偵シリーズに比べると、展開がジェットコースターのように進むことに驚いた。事件にのめり込むアガサは、見境なしに手がかりと思えるものに突き進んでいく。その姿はスラップスティックコメディを思わせるような目まぐるしさなのだ。読み手の読むスピードが上がるように仕向けているのだと思う。そのために、展開の速さがシリーズの特徴に思えるのだと考えるのだが。

探偵事務所を開いたアガサの元には、女子高校生の失踪事件、いなくなったペット探しなどしか持ち込まれない。アガサが離婚事件を断っているせいだ。このままでは事務所を維持できるか不安になったアガサは浮気調査を引き受ける。そんな折、失踪していた女子高校生の死体を見つけるという手柄を立てる。アガサが、というよりも事務所でつかっている年寄りの職員が。PRに長けたアガサは、死体発見で終わることなく、犯人を見つけ出す無料捜査を行うとマスメディアに売りこむ。宣伝材料となって依頼が舞い込むことを予想してだ。依頼された浮気調査はなんの進展もなし。相手が完璧すぎるぐらいの主婦だったから。誰に聞いても、主婦の鑑という答えが返ってくるような女性。依頼主の亭主の方は、エレクトロニクス会社を経営する威張り腐った嫌な奴。そんな亭主が殺されて、犯人捜査を調査対象だった奥方から依頼される。行く先行く先で手がかりになりそうな材料が次々と現れ、アガサと事務所職員が手を尽くして操作にあたる。このプロセスがスラップスティックコメディっぽくもあり、また、行き当たりばったりさがジェットコースター的な展開の速さを生み出しているのだろう。事件捜査の片手間にアガサの恋愛事情があり、老いに対する恐れと敢然たる挑戦とがあり、甘いものと腹回りへの配慮の葛藤があり、時折心が折れるアガサを慰める元部下のロイの登場、心の支えでありながら心をかき乱すサー・チャールズの存在と身勝手な行動などなど、これらが事件捜査に挟み込まれてくる。

女子高校生殺人と社長殺人は繋がっていると見破ったアガサだが、警察は取り合わない。それなら独自調査を進めるアガサ。犯人は、妻と殺された夫の愛人の共謀。この二人は、エレクロトにクス会社の営業担当者のイケメンと浮気していた。浮気に気付いた夫は金持ちの妻に対して金を要求した結果、逆に殺されてしまう。手を下したのは、夫の愛人だった秘書。二人は手を組み、社長を殺し、女子高校生と結婚すると言った浮気相手と女子高校生の二人も亡き者にした。薬物殺人に使った牛乳瓶が事務所の植木鉢の中にあることをアガサに見つけられてしまった二人はスペインへ逃亡。警察に相手にされないアガサたちは自費でスペインまで飛んで行って二人を確保するというお手柄を立てる。

彼は中背で、ふさふさした白髪交じりの髪をしていた。顔はしわくちゃというほど皺はなく、さっとアイロンをひとかけすれば若いころの顔に戻りそうだ。
アイロンをひとかけというのが誇張であることは分かるが、洒落ている。

最近は、そこらじゅうに嫌煙家がいるのでやっかいだ。連中の避難が空気そのものを汚染し、吸いたくもないときに煙草に火をつけさせられているような気がした。
個人的には煙草を吸うような人間は嫌いだが、でも行き過ぎた思想も嫌いだ。行き過ぎた思想そのものが空気のみならず地球を汚染しているということに激しく同意するね。

「愚かな若者は愚かな年寄理になる例をこれまでに見てきたもの」

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『アガサ・レーズンと七人の嫌な女』『アガサ・レーズンとイケメン牧師』『アガサ・レーズンの幽霊退治』と立て続けに読んだ。14作目の『アガサ・レーズンの幽霊退治』になっても、アガサは前夫のジェームズの影を引きずっている。そのジェームズの家だったお隣に、またもや素敵な紳士が越してきた。名前はポール・チャタートン。ポールもアガサに興味を感じ、一緒に探偵ごっこを始めたものの、喧嘩別れして途中からは別々に調査をしている。性格がねじけている身勝手女という設定で始まったものの、身勝手な鉄面皮の下に傷つきやすい繊細な感情を隠し持った女、という設定が板についてきた。

これまたご近所の村で幽霊が出るという噂がある家に押しかけたアガサとポールだったが、顔パックした女主の姿を幽霊と見間違えて家に逃げ前ってしまったアガサは、女主からさんざん罵倒されたうえに幽霊退治を断られてします。すると、不思議なことに彼女が階段から落ちて死亡してしまうという事件が発生。事故ではないと睨んだアガサとポールは独自調査を開始。彼女の幽霊屋敷は奥庭も広く、資産価値は高い。不仲の二人の子供の仕業か、その家を買い取りたいと望んだ企業家の仕業か。すったもんだ、いきつもどりつのいつものドタバタ捜査が始まる。捜査の過程で、必ずアガサの回りに男が登場するんだよね。今回はポールが当初の男だったが、途中からチャールズが再登場。フランス女と結婚したものの、逃げられて離婚。再び舞い戻ってきてアガサの回りに出没する。アガサには不思議な魅力があるようだ。それでないと、このシリーズの進行に差しさわりが出るからね。

結局、犯人は地元の歴史研究家であることが判明。これも偶々偶然に分かってしまったのも、いつも通りのこと。拳銃をかまえた殺人犯を目の前にしながらなす術のないアガサとチャールズの前に、タイミングよく警察が到着してめでたしめでたし。アガサの短気さ、捨て台詞、ドタバタ捜査の過程でみられるコメディまがいのやりとり等々、アガサのシリーズはいつ読んでも愉しめる。

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シリーズ十作『アガサ・レーズンと不運な原稿』の最終場面で、旅から戻ったジェームズがアガサに突然求婚する。一度は別れを決心していたアガサが求婚に応じて、二人は目出度く華燭の宴を挙げる。チャールズは、この結婚は上手くいかないといつものように遠慮なく口を挟むが、アガサは聞く耳を持たない。やはり、結婚早々二人の生活はボタンの掛け違いどころか、暗礁に乗り上げるところから第11話『アガサ・レーズンは奥さま落第』が始まる。

いつものように朝食の場で喧嘩した後、ジェームズが失踪してしまう。しかも彼の出血が家で発見されてアガサはまずい立場に追い込まれる。直前の二人の喧嘩が村人たちに知れ渡っていたからだ。夫を心配するとともに自分に関わりないことを証明するためにも、アガサはジェームズを探さねばならない。そんな中、ジェームズと付き合っていたらしい女性、メリッサが自宅で殺されているのが発見される。発見者は毎度のことながらアガサとチャールズ。なんとジェームズとメリッサは付き合っていた。これだけでもアガサにはショックだったが、アガサが調査に回る先では夫を殺した妻として人々から認知されていることに腹立たし気持ちが収まらない。

ジェームズが調べかけていた事実から、メリッサが精神に異常をきたしたサイコパスだと断定したアガサはチャールズの援助を得てまたまた独自調査を始める。メリッサは二度結婚し離婚を繰り返していた事実から、元夫のどちらかが犯人と目星をつける。このシリーズのお決まりとして、アガサが眼をつけた犯人は本当の犯人ではなく、その周辺にいるのが真の犯人。今回もその通りで、元夫の妻がメリッサと精神病院時代に一緒だったサイコパスで、彼女がジェームズとメリッサを襲っていた。メリッサは死んだが、ジェームズは頭部に傷を受けながらもフランス南部に逃げて、修道院にかくまわれて傷と自らの精神を癒す。彼は、脳に腫瘍ができていて長くは生きられない状態にあるのだった。

事件が解決して、傷と精神を癒したジェームズが戻ってくることになってところで話が終わるが、アガサは離婚する気満々。読者の想像を裏切ってくれる作者は、どのような物語を次の第十二話で展開してくれるのだろうか。

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『アガサ・レーズンと禁断の惚れ薬』はシリーズ第九話。前作の最後で殺人犯の美容師が脱毛剤を使ってアガサの髪を洗ったために、ところどころに禿ができてしまった無様な髪となったアガサは、逃げるように海辺のリゾート地に逃れていく。髪が生えるのを待つためだったのだが、リゾートのホテルに長期滞在する一行から魔女と呼ばれる地元女性の存在を聞かされて面白半分に訪問する。占いをしてもらった後に、よく効くと言われた毛生え薬と一緒に惚れ薬を買うことになる。髪が生えてきたように思うものの、毛生え薬のおかげか自然治癒力のせいか半信半疑。

アガサの訪問直後にその魔女が殺されてしまい、当然のことながら参考人としてホテルに足止めを食らうことに。長期滞在している奇妙な一行と時を過ごす羽目になったものの、地元警察の警部と仲良くなる。警部の飲み物に惚れ薬を入れたところ、効果抜群。警部がアガサに興味を持ち出してデートに誘うようになった挙句にプロポーズされる。警部を愛しているか自信のないアガサだが、誠実な彼の妻になるという状況に浮かれてOKし、しかもそのことを新聞の記事にさせてしまう。

魔女殺しの犯人が捕まらないまま、魔女の娘が戻って来て母親の仕事を引き継ぐ。魔女二世の誕生。長期滞在の一行は魔女二世に降臨祭をやらせたものの、母親魔女が二世に乗り移ったところで邪魔が入って中断、その夜、二世は海辺で溺れ死んでしまう。事故ではなく殺人だと感じるアガサ。

そんな折に記事を読んで訪ねてきたチャールズと一夜を一緒に過ごしてしまったアガサを、警部が見てしまって婚約は破談に。それでも、一人で嗅ぎまわるうちに、拾い猫(魔女の飼い猫だった)が長期滞在一行の中に一人デイジーに怯えたような態度をとったことで彼女が犯人と気づく。デイジーも部屋に一人でいるアガサに犯行を打ち明ける。次の犯行がアガサに向けられるかというその時、デイジーが喋ったことを聞いていたホテルのマネージャが警察に通報して犯人は無事に逮捕となる。

アガサが解決したのか、引っ掻き回したせいで犯人が浮かび上がったのか微妙なところはいつもの通り。そして、ジェームズとアガサとは、素直になれない男女間のすったもんだがいまだに続いて関係がこじれたまま。バブル期のTVトレンディドラマによくあった設定がそのまま繰り広げられ、続いている。

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シリーズ第八話の『アガサ・レーズンとカリスマ美容師』では、ジェームズではなくチャールズがアガサの相手役を務める。ジェームズは旅行に行ってしまって不在にしたままだからだ。牧師館のミセス・ブロクスビーに薦められて行った先の美容師に、とてもイケメンの美容師がいた。しかも腕もよい。アガサは気にって通うのだが、相手もアガサに興味があるよう。ディナーに誘われて有頂天になるアガサ。ディナーに行った先のレストランにいた村の女性は、アガサと一緒にいた美容師の顔を見るなり、サッと姿を消す始末。美容室の裏庭では、何やら男女が言い争っている。男が女を強請っているようだ。何となく胡散臭さを感じ始めたアガサだが、その勘はズバリあたった。カリスマ美容師は関係を持った女から金を巻き上げている常連の強請屋だった。アガサに興味があるように見せかけて、あわよくば関係を持ったうえで強請の相手にしようと狙っていたのだが、そうなる前にアガサの目の前で毒殺されてしまった。偶然に手に入れた美容師の家の鍵を使って、家に忍び込んだところ何者かが放火して間一髪逃れることができた。カリスマ美容師の素顔を分かったが誰が殺したのか。チャールズの助けを借りてアガサが謎解きを始める。

推理の当然の帰結として、強請られていた被害者の誰かが毒を持ったに違いない。でも、誰だ?美容師の客を一人ひとり訪ね歩くうちに彼には元妻がいることを発見。別の場所で一緒に美容室を営んでいたらしい。カリスマ美容師の代わりになる美容師を見つけて、洗髪してもらっている真っ最中に事件の調査結果を喋ってしまっているうちに、女性美容師が突然アガサを殺そうとしだした。運よくチャールズとビル・ウォンが駆けつけて犯人は逮捕。そしてアガサも命はとりとめたものの、美容師が脱毛剤をつかってシャンプーしていたために髪の毛は見るも無残な状態に。ウィッグを使えば問題ないと言うチャールズは、相変わらず相手の気持ちを気にするがない。アガサのことが好きなのか、それとも手ごろな女と思われているだけなのか。

最後の最後でジェームズが旅から帰って来て、アガサの家の方を見ると、そこには花束を持ったチャールズの姿。これでまたまた二人の関係はこじれることに。こじれるだけこじらせて物語を長引かせるのが作者の手だとは分かってはいるが、それでもこの二人の行方は気になる。


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『アガサ・レーズンと死を呼ぶ泉』がシリーズ第七話。キプロスでの出来事があったにもかかわらず、アガサはまだジェームズにご執心。ディナーに行かないかと電話で誘うが、ジェームズは「忙しい。ついでに言っておくと、ここ二・三週間はずっと忙しいと思う」とまったく気のない返事。都会のジャングルでPRという仕事をしていた時は鋼の心を持っていたはずのアガサでも、この返事には心が折れる。アガサの場合は胸ではなくて腹の真ん中が痛むのだそうだ。

カースリーの近くに、清らかな水が滾々と湧き出ている泉があるアンクーム村での出来事が今回のお話の中心。泉の水に目を付けて商品化しようと考えたミネラルウォーター会社が出てきた。村の住民は賛否両派に真っ二つに分かれる。投票直前のある日、その泉に浮いていたのは決定票を持っていた教区の議長。発見者はアガサ。平和のはずの村に、またもや殺人事件が勃発。第四話の貴族館のある村といい、今回のアンクーム村といい、アガサが静けさを求めて移り住んだイギリスの村には事件が絶えることがない。

アガサはミネラルウォーター会社の広報の仕事を引き受けた。ジェームズのつれない態度のせいで、一人で問題を解決しようと考えた結果の行動だった。会社は兄弟二人が経営していた。兄はふつうな兄とイケメンで魅力的な弟。その弟がアガサに興味を持ちデートすることに。これを見たジェームズは心穏やかではない。アガサの誘いに気のない返事をしておきながら、ジェームズも自分の心に正直になれず、それが二人の恋路をむつかしいものにしている。まるで、男女の想いのすれ違いが物語を紡いでいく80年代のトレンディードラマのようだ。

アガサが企画したPRのための地元での村祭りの最中に、泉の所有者も殺されてしまう第二の事件が起きる。ジェームズはジェームズで一人で調査を始める。そうすれば、そのうちアガサと一緒に調査できるであろうことを願って。それぞれが投票権を持っていた教区委員を調べたところ、どれもこれもいけ好かない連中ばかり。シリーズに登場する村の住民は性格が悪いと決まっているようだ。そんな人々がシリーズごとに次から次へと出てきては退場する。事件の裏にはいけ好かない住民あり、ということか。清く正しく美しい心真っ直ぐな住民は、アガサが住む村の牧師の妻であるミセス・ブロクスビーぐらい。

兄弟二人の秘書が怪しいと睨んだアガサだったのだが、この間違いが真犯人を暴き出すことに。殺人犯は経営者兄弟のイケメン弟のガイだった。ガイは、泉の水の商品化に反対する人間を排除することで計画を推し進めようとしていた。ガイはちょっと異常性格気味な傾向もある男だったのだ。彼とデートしていたアガサの目は眩んで本当の姿が見えなくなっていた。アガサが間違えて犯人と見込んだ人間の近くに真犯人がいるというのがこのシリーズのお約束ごと。ガイに連れ出されて始末される直前までいったのだが、一緒に連れていかれたミセス・ブロクスビーのおかげで助かったばかりか、事件の真相も暴くことができて大団円と相成った。


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結婚式がお流れとなった第五話の終わりで、時間をくれと言って旅立っていったジェームズを追いかけて、アガサはキプロス島にやったきた。引退後にイギリス人が好んで住む地域らしく旅行者も多い。クルージングで一緒だった3人組の2つのグループ、片方は上流意識丸出し、もう片方は金持ち成り上がり層、に反感を持ちながらも一緒に行動することになったアガサ。合間を見てはジェームズ探しを怠らない。

結婚がキャンセルされたことでアガサのジェームズに対する気持ちが冷めたかのような話の流れだったはずなのに、未練たらたらジェームズを追いかけるなんて、アガサはいったいどうなってしまったの? 押しが強くて、嫌味で、身勝手なアガサがいつの間にか恋に悩む乙女のような可愛らしいキャラクターに変わっている。とは言っても、ところどころに昔の片鱗は出てくるが。

嫌々ながらも一緒に行動していた2つのグループの中から、今回も殺人の被害者が出てくる。アガサが殺人を引き寄せるのか、よりによって観光先でも殺人事件に巻き込まれるなんてアガサもとんだ役回りだ。でも、それだから我々はこうしてコージーミステリーが愉しめる。

地元警察からは事件関係者として扱われつつも、アガサはジェームズは協力して事件捜査を開始する。離れたりくっ付いたり、この二人はいいコンビだ。キプロスからイギリス警察のビルイ・ウォンにファックスで、事件関係者の身元調査を依頼し、金が絡んでいることを見つける。一緒に行動する2つのグループともに、妻は金を持つが夫は事業に失敗して借金を抱える立場、そこにそれぞれの夫婦の友人という男が混じっている。誰が、犯人か? 

素人捜査と非難されながらも捜査を進めるうちに、アガサが崖から突き落とされそうになったり、アガサ目掛けて岩が投げつけられたりする事件が立て続く。シリーズものの主人公の特権として、アガサは常に間一髪のところで助かる。一緒に行動しているグループの誰かだと目星をつけるが確定ができない。そうしている内に第二の殺人事件が起こってしまう。

一つ目の殺人事件の凶器が先の尖った鋭利な金属であったことから、アガサは上流意識プンプンの女性旅行者を怪しいと睨む。毛糸編み針を使っていたことを思い出したからだ。ジェームズを待たずに一人で対決に赴くアガサ。睨んだとおりに、2つの殺人はその女の仕業。自分がやったと誇らしげに語った後に、嵐が荒れ狂う海へ飛び込んでいく。

この第六話は、ジェームズを追いかける片想いのアガサから始まるのだが、第四話で登場した准男爵がアガサをジェームズと奪い合う恋敵として登場する。男女の関係になってしまって、ジェームズに対して後ろめたく思うアガサと、単なる一晩きりのアバンチュールのような雰囲気を醸す准男爵のチャールズ。その後も、チャールズはアガサにいろいろと誘いを掛ける。2人の男の間で揺れ動く微妙な女心、というほどアガサは若くも弱くもない。やってしまったことはやってしまったこと、それに引き摺られない強さは持っている。でも、間の悪いことにチャールズと一緒になると、ジェームズと出くわしてしまって誤解を与えてしまう。第六話の終わりも、キプロスから戻った二人がディナーを愉しんだ後でアガサの家までチャールズが送っていったところ、折り悪く旅行から戻ってきたジェームズと鉢合わせ。ドタバタ喜劇の要素がシリーズに新たに付け加わることとなった。

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帰りは泳いでいこう、とアガサは決心した。
地中海から英国へ泳いで帰れる訳ないことは誰でも分かるが、こんな極端だが何気なさを装った一言が、乱気流があまりにひどかった様子を明瞭に伝えてくれている。

あなたは白馬にまたがった騎士が現れるのをずっとずっと待っていて、残されたのは馬糞の臭いってだけなのかな?
アガサの人となりがあるために、下品な物言いが許され、かつ愉しめるシリーズとして、このフレーズも世に言う「白馬の王子様」に乗っかった強烈な言い回しだ。白馬の騎士の代わりが馬糞の臭いとはね。これもどこかで使えそうだ。


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第四話からの流れの必然として、アガサとハンサムな隣人、ジェームズは目出度く華燭の典を挙げることと相成った。式のまさに真っ最中、こともあろうか死んだと思っていた夫のジミーが会場に現れて「中止しろ」と叫んだ結果、式はお流れとなり、ジェームズは激怒。その上、ジミーが翌朝死体となって発見されてしまって、当然のことながらアガサが容疑者として見られてしまう。

シリーズ第五話『アガサ・レーズンの結婚式』の冒頭は慌ただしい。あれよあれよという間に事件が起きてしまうのだから。それにしても、第一話で出会った時のアガサの一方通行的な想いが第四話では相思相愛に変わり、第五話で結婚に至るとはテンポが速すぎる。作者はこの先、どうやってシリーズを展開していくつもりなのだろうか?と心配になったものだが、そこはしたたかな計算があったようだ。なにせ、結婚式が台無しになってしまって、二人の仲は最初の状態に逆戻りしてしまったのだから。しかも、結婚式を台無しにしたジミーが殺人の被害者になることが、アガサとジェームズが協力して解決のために奮闘するための舞台もなっている。作者のしたたかな計算、という言葉がぴったりの第五話です。

アガサの夫だったジミーは、落ちぶれてホームレス状態だった。アガサもジェームズも自分たちの容疑を晴らすために、協力して事件に首を突っ込むこととなる。ジミーの生前の行動を洗い出すうちに、強請りを働いていた疑惑が出てくる。女性の相棒がいたようだ。相棒を探すうちに、強請りの会っていたと思われる人たちが殺されていく。ますます疑いを深めるアガサとジェームズ。

ジミーの相棒だったミセス・ゴア=アップルトンは身近にいた。アガサがジェームズと結婚することとなり、自分のコテージを売りに出したところ、買ってくれたミセス・ハーディと名乗る女性が当人だった。なんという偶然!アガサとジミーが夫婦であることなどしらず、田舎暮らしでもしようと購入したコテージがアガサのもので、しかもジミーがアガサの結婚式に異議申し立てにやって来た時に顔を合わせてしまった。早速、昔の相棒を強請ろうとしたジミーだが、逆に殺されてしまったというもの。

最後の最後まで、ミセス・ゴア=アップルトンの正体がわからないままの二人だったが、ほぼ時を同じくして見つけた昔の写真から、隣人がミセス・ゴア=アップルトンであることに気付く。ジェームズはロンドンで、アガサは元自分のコテージで。気付かれたミセス・ゴア=アップルトンが、火かき棒でアガサの頭を殴りつけ、」気絶したアガサを生き埋めにして殺そうとしたその瞬間、ジェームズからの連絡を受けた警察が飛び込んできて、無事に救出。そして犯人は逮捕という目出度い展開に。そして、ジェームズは考える時間をくれと言って旅に出てしまう。二人の仲が戻りそうな予感を残しながら、第五話の目出度く終わる。

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「自分が鯨の糞ほどの価値もない気がするわ」
「彼女のおケツから後光が射しているとでも思っているのでしょうね」

辛辣かつ下品な物言いはアガサならではだが、二つ目の台詞は物語の最後でジェームズも口にしてしまう。アガサと部長刑事のビル・ウォンとの仲を嫉妬した結果だ。上流階級の男であるジェームズがアガサの影響を受けていること、この下品は台詞をジェームズに口にさせることで、二人の心理的距離はいまだに近いことを伝えようとする作者の気配りだね。

「最近は心理学用語をやたらと使ったわけのわからない言葉が溢れ返っている。それが芝居がかった行動につながっているんだよ」
「心理学用語」という代わりに「横文字のビジネス用語」にすると、DXだ、サブスクだ、IOTだ、インダストリー4.0だ、と次々に表れては消える単語に踊らされているビジネス界の現状を表わした台詞に早変わりするのが不思議だ。

「彼はとても変わった人だから。彼はいわば自分の心を仕切って小さな部屋に分けているんだと思うわ。恋人としてのアガサを受け入れる部屋はぴたっとドアが閉ざされていて、友人としてのアガサを受け入れる部屋のドアが開いているのよ。何もないよりもましじゃない?」
ジェームズの心変わりを嘆くアガサを慰めるミセス・ブロクスビーの言葉。上流階級に属する上品な男ではあるが、ちょっと変わり者ともいえるジェームズの気質を見抜いている。ちょっと変人ぽいな、と思っていた私も、この言葉を読んで、なるほどなぁ、とジェームズという男が分かったような気がしたものだ。

「最初に会った時、彼はわたしが世界でたった一人の大切な女性だと思わせてくれたの。それにジミーは、自分がきれいだと感じさせてくれた人生でたった一人の人だったわ。賢いこともいわなかったし、冗談も気が抜けていたけれど、関係が悪くなるまでは、私をいい気分にしてくれたし、天にも昇る心地にしてくれた。世界には何一つ悩みなんでない、おもしろおかしい場所であるかのようにね」
こんな台詞を口にするアガサがなんて可愛らしいことか。第一話で登場した場面では、ビジネス世界でやり手の口うるさい性格最悪婆あとしか思えなかった女性が、こんな塩らしいことを言うなんて。プラスがプラス値を増大させるより、マイナスをプラスに変換させた方が変化度合いが大きく感じる、アガサが可愛く思えて仕方がなくなるように仕込んでいるとは分かりながら、作者の術策にしっかりとハマってしまっています。


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シリーズ四作目は『アガサ・レーズンと貴族館の死』。前作のお話の経緯により、期間限定で手伝うこととなったロンドンでの広報の仕事を無事に終えてアガサがカースルーに戻ってくるところから始まる。ロンドンで広報ウーマンとして働くアガサは、昔のタフさ、嫌み、人間としての毒がたっぷりと出ており、何よりもアガサ自身がそれを分かって嫌悪している。

今は愛おしくなった田舎での暮らしに戻った頃に、隣村に住む準男爵の敷地内で殺人が起こった。事件関係者の一人であるデボラがカースリーに住む親戚に助けを求め、アガサがまたまたお隣りに住むジェームス・レイシーと共に殺人事件に立ち向かうこととなる。準男爵のサー・チャールズ・フレイスが当然のことながら第一容疑者となるのだが、このチャールズがジェームスの知り合いの知り合いということで、近くの市内にあるチャールズの住まいを根城にしてアガサとジェームズが夫婦のふりをして捜査にあたることとなる。当初は、アガサの執拗なアプローチを恐れて夜には寝室のドアに開かないように細工さえする始末のジェームズだった。

殺されたのは地元の教師でハイキングクラブのメンバーの女性。彼女は周りのすべてをコントロールしたがる自己中心的で他人を支配することに喜びを感じるタイプ。貴族階級への反感もあり、古くから認められている「権利通路」を使って準男爵の領地を横断するついでに畑をめちゃくちゃにしてやろうと目論んでいた。準男爵の丁寧かつ紳士的な対応に他のハイキングクラブメンバーは同行しなかったために彼女は一人で敢行することとなり、結果は畑の中で死体として発見されることとなる。

アガサとジェームズの捜査がノロノロと進むうちに、第二の殺人も起きる。死体を見て気分を悪くするアガサをジェームズが優しく介抱する。当初、夫婦の振りをすることが嫌でしかなかったジェームズだが、アガサの快活さを知らず知らずに受け入れてるようになったばかりか、失くしたくないと思うようになっていた。そして、アガサ自身がジェームズに対する恋心を押さえつけることに成功するにつれ、逆にジェームズの気持ちが高まってくるという男女間の不思議な逆相関関係がここでも見られる。

色々と調べるうちに、準男爵が犯人に違いないと信じた二人が館に乗り込んだところ、真犯人であるデボラが準男爵を殺そうとしていた現場に出くわして、結果として目出度く捜査が成功裏に完結することとなる。そして、なんとアガサはジェームズからプロポーズされ、ふたりは結婚することとなるというお話で第四話が終わる。


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理性と感情がアガサの中でせめぎあっていたが、結局感情が勝ちをおさめた。
貴族である準男爵からランチのお誘いを受けることは、庶民にとって特別なことなんだね。ロンドンのスラム出身はアガサは「恐れおののいていた」という表現がされているくらい。階級社会の一端が窺い知れる。

この年になったら、早めにお墓に入ること以外に楽しみなんで何もないわ。
アガサの年はどのくらいだろうか?決して、60歳を超えてはいないはず。それでもこんな言葉を口にするとは! 彼女よりも年上である私にこそ、この言葉を口にする権利がある。そして、同時に思うのは、死ぬ前にもっと愉しみたい。愉しむのは今からだ、と。

最近は”スラム街”などという言葉は使われない。密集地区(インナーシティ)と呼ばれている。婉曲な表現によって、その薄汚さと暴力と絶望が取り除かれるわけもないのに。
ポリティカリー・コレクトだとか、差別性を失くすために新しい言葉が次々と出ている。もちろん、差別には反対だが、単に言葉を入れ替えただけで問題がないように振る舞うことは、差別用語を使うこととは別の次元での社会の闇だと思う。そんな私の思いを代弁してくれるような台詞だ。

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『アガサ・レーズンの完璧な裏庭』はシリーズ第三作目。第一作目を読んだのが2018年6月だから2年以上経過している。2年以上のブランクがありながら、主人公のアガサの性格の悪さの記憶は鮮明に残っており、偶には強烈な毒を持つアガサのシリーズでも読もうかと選んだのが三作目だった。

好戦的で意地悪で競争となったらズルをしてでも勝たないと気が済まないという性格は以前と変わらないが、アガサを迎い入れたカースリー村には変化がおきていた。アガサを受け入れるようになっていたのだ。痘痕も靨なのか、住めば都なのか、それとっもブスも見慣れりゃ慣れるなのか、アガサの正直なところが村民たちには人気が出てきたようだ。第三作では、ガーデニングが得意で料理も上手、しかも美人なっ未亡人であるメアリー・フォーチュンが村に越してくる。そして、アガサが憧れている隣人のジェームズとよろしくやっている仲にまで進展している中に、アガサが長期の海外旅行から帰ってくるところから始まる。帰国してすぐにジェームズと顔を合わせたところ、相手はさっさと家の中に引っ込むというよろしくない状態。一方、新参者のメアリーとジェームズの仲はすこぶるよろしい。嫉妬心がメラメラと燃え上がり、メアリーに対する闘争心が沸きあがるのはアガサの持って生まれた性分。

村ではガーデニング・コンテストを行うこととなり、アガサは入賞して村の皆もジェームズもあっと言わせ、メアリーに意趣返しとしてやろうとするが、初めての取り組みに上手くは行かない。そこで、得意のズルをすることにする。庭の周りを高い塀で囲んで見えないようにして、コンテスト前日の夜に買い入れた花々で庭をいっぱいにしようと画策する。

そんな最中、庭の手入れに余念のない住民の庭が次々に荒らされるという異変が起きる。そして、とうとうメアリーが殺されてしまうという事件まで起きて、アガサの活躍の場が生み出されることとなる。中国系の刑事、ビル・ウォンと協力しあいながら、時には出し抜きながらアガサは殺人犯人と庭を荒らした犯人の両方を暴き出していく。

この第三作には、これと言って目についたセリフはなかった。が、毒舌で性格悪いアガサが何を言うか、何をするかが愉しみで、272ページの物語が一日で読み終えてしまった。メアリーが庭荒らしの犯人で、それを見つけた被害者の一人がメアリーを殺すという仕返し型の殺人事件なのだが、その謎解きよりもコントを見るかのようなアガサの活動が愉しくて愉しくて、一気呵成という言葉がぴったりくるように途中で本を置くのももどかしく、最後まで一気に読み通してしまった。

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普通のコージーミステリだったら、一生懸命に努力しながら世間さまに迷惑かけずに真っ当に生きている一般ピープルが主人になるのだが、このシリーズの主人公であるアガサ・レーズンは全く違う。生き馬の目を抜くロンドンのPR業界で成功したキャリアウーマンが早めの引退をして、理想だと思ったコッツウォルズのカースリー村で田舎暮らしを始めたところ、平和のはずの田舎で人殺しが発生、好奇心旺盛なアガサが首をつっこんでいくことで物語が進展する。

なにせ、この主人公、多少の嘘や無作法などお手のもの。1作目を読み始めた時には、この大阪のおばちゃんを彷彿させる強引かつ俺様キャラに驚き唖然としたものだが、シリーズを2作も読むと、このいけ好かないおばさんキャラにも次第に心を許してしまい、痘痕もえくぼ状態になってしまう。ほんと、不思議だね。

2作目の『アガサ・レーズンと猫泥棒』では、愛猫が誘拐されて泣きの涙にくれるアガサらしからぬアガサが描かれ、1作目で描かれた悪役キャラが若干方向転換している。私からすると、いけ好かないキャラをずっと押し通して欲しかったけれどもね。


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ピューリタンが熊の罠に反対するのは、熊に苦痛を与えるせいではなく、世間に喜びを与えるからだ
ストイックな生活を要求するピューリタンに対する皮肉なんだろうね。

ディスコで新しいタイプの精神安定剤だという触れ込みで、薬を売りさばいていたそうだ。レミントンの若者は健康に自信を持って大丈夫だよ、今頃は寄生虫がきれいに駆除されているだろうから
馬用の薬を騙して売りつけられた馬鹿な若者たちに対する。シニカルなジョーク。これまた、英国らしい皮肉だね。


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