HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

経験則がない経営。

2020-03-18 04:24:26 | Weblog
 洋服の青山を運営する青山商事は、2020年3月期の連結業績予想を下方修正した。売上高は2190億円で純損益203億円の赤字を見込むという。数年来続いているスーツ需要の低迷から、下期(2019年11月〜20年3月)の既存店売上高を前年同期比で8%減と予測していた。ところが、新型コロナウィルス感染拡大で卒業式や入学式が中止されたなどで、下期の既存店売上高が前年同期比の25%も減少する見通しとなったからだ。

 それにしても200億円以上の赤字とは尋常じゃない。最近ではアパレルに限らず、IT企業の決算を見ても、赤字幅の百億円超えは珍しくなくなった。零細企業ならたった数千万円でも潰れるのに、大企業は赤字決算でも即倒産とはならない。庶民感覚からすれば、あまりにかけ離れた数字で、正直ピンと来ない。ただ、大企業が巨額の赤字でも生きながらえているのを見ると、こちらの感覚まで麻痺していくのが怖い。

 では、当の青山商事はどうなのだろう。同社は2019年3月期も、売上高2503億円(前年同期比1.8%減)、純損益57億2300万円(同50.1%減)と、減収減益だった。その前年は売上高2548億4600万円(同0.8%増)、純損益114億6100万円(同0.9%減)だったので、この2期の急落がいかに激しいかということだ。

 今期決算には、アメリカン・イーグル事業を終了した特別損失が84億円、靴の修理を担う子会社ミスターミニットの減損が40億円、他の店舗減損が50億円と合計で174億円が計上されているとは言え、19年度も既製スーツの売上げ不振で、純損益が前年同期比の半分以上落ち込んでいる。このような状況で、すぐさま対策を打ち出さなかった、いや打ち出せなかった経営陣の責任は、重大と言わざるを得ない。



 振り返れば、売上げ数値とは別の角度で洋服の青山を見た時、お客にどこまで必要とされてきたのか。同社は1980年代に既製スーツを販売する郊外店を出店した。当時、百貨店を中心に販売されていたブランドスーツは価格も高く、メジャーにはなりにくかった。そうした市場特性をうまく捉え、手頃な価格の既製スーツを量販して、一気に攻勢をかけた。モータリゼーションの発達で、郊外のロードサイドショップにお客の目が向いたことも味方に付けた。

 バブル経済が崩壊してデフレに突入すると、中国生産の低価格スーツは一気に市民権を得ていった。メディアが価格破壊の業態に注目する中で、定価の90%オフという驚異の激安スーツも取り上げた。イメージキャラクターを務める俳優の三浦友和が「青山は安い」と連呼したCMは、今も記憶に残る。しかし、その理由を詳細に解説するメディアはなかった。

 安さのカラクリはこうだ。既製スーツはカジュアル衣料に比べると、それほど回転の良い商品ではない。せいぜい年2回くらいだろう。郊外店はビジネスやリクルート、各セレモニーを除けば、建設や農業のオッサンたちが冠婚葬祭用に購入する程度。だから、回転はさらに落ちて10年に一度くらいになる。そのため、量販スーツの大半は前年の持ち越しだ。トレンド変化も4〜5年はないので、持ち越し商品に新品を加えれば、MDも売場も何とか体裁が整い、販売に耐えうる。それがスーツ量販店の商法と言っていい。

 バブル経済が終焉すると、リストラやフリーターの増加で、消費が減退。スーツ量販店の売上げがピークに達したのは1994年で、市場規模は6600億円程度だ。これ以降、年々減少が続き、2008年のリーマンショックを経て、10年以降は団塊世代のリタイアも相まって、11年は4000億円を切っている。そして、全労働人口に対する非正規雇用の割合が4割近くを占める現状をみると、百貨店はもちろん、量販店でも既製スーツの売上げが増加に転ずることは考えにくい。洋服の青山とて例外ではないと思われる。


カジュアル化が生む既製スーツ離れ

 バブル崩壊はデフレの他にもう一つアパレル業界に大きな変化をもたらした。「ファッションのカジュアル化」である。百貨店や高級ブランドのスーツやジャケットが売れなくなり、代わってTシャツやジーンズをキーアイテムにした渋カジやフレンチカジュアルなどが登場。ドレスコードが決まった装いから、自由気ままに着こなせるストリートファッションが一躍アパレルの主役に躍り出た。

 青山も1994年にはカジュアル業態「キャラジャ」を出店。しかし、スーツに特化してきただけに社内ではカジュアルを手がけられる人材が育っておらず、売場を見てもベンダーから格安アイテムを持ってこらせて並べただけで、しっかりしたマーケティング戦略のもとにMDを構築した業態ではなかった。結局、大都市圏への進出もはたせないまま、同社は2016年末、「5年後を目処に全店閉店する」と発表した。

 2010年、青山商事が住金物産と共同で設立した「イーグルリテイリング」がFC権を獲得したのが「アメリカン・イーグル・アウトフィッターズ」だ。12年4月に開業した東急プラザ表参道原宿に1号店を出店。その後も出店を重ね、16年には30店舗、148億円まで売上げを伸ばしたが、その後は既存店の減少が続き、18年は120億円まで急落。これを受けて全商品で値下げを断行し、ポロシャツなど全体の3割を日本人の好みに合わせた独自仕様の商品を投入する打開策をとった。

 青山社長はこの時、「下火のアメカジ人気を復活させる」と、メディアに向かって言い放った。しかし、その時すでに日本のカジュアル市場は、スポーツとアウトドアをリミックスした「アスレカジュアル」が浸透しており、本家アメカジが受け入れられるような素地はほとんどなかった。結局、青山社長のテコ入れも実らず、1年後の19年年末には国内全33店舗の閉店を決め、事業撤退を表明した。

 他にも郊外店の駐車場の余分なスペースを活用して、ラーメンや焼き肉のFC店を運営したり、都市型店舗に100円ショップのダイソーを併設したりと、複合化で集客力の強化を狙ったものの、それらも急落するスーツ販売をカバーするにはあまりに遠いと思われる。打ち出す施策のすべてが全く奏功しないのだから、トップの青山理社長はじめ経営陣は、本当に戦略を練りにねったのか、場当たり的ではなかったのかと、疑いたくなる。


オーダーの赤海に飲み込まれる



 一方、縮小するスーツ市場の中での光明を見いだすとすれば、スポーツ系メーカーが売り出した「アクティブスーツ」、また採寸からIOTを駆使し短納期で仕立てる「パーソナルオーダー」だろうか。特にアパレルメーカーのオンワード樫山HDが先鞭を付けた「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」は、採寸から納品まで1週間という短納期がお客に受けて人気が急上昇。昨年11月には30万通りのパターンを揃えるレディスパンプスの新ラインを投入。アパレルメーカーが持つ製造ノウハウを多面的に活用して、新たな市場の開拓に力を入れる。

 青山も2016年に展開を開始したユニバーサルランゲージ・メジャーズに続き、オーダーブランドとして「クオリティオーダー・シタテ」を開発。洋服の青山の都市部を中心とした主要20店と「ザ・スーツカンパニー」の56店に導入し、昨年10月7日から受注を開始した。ユニバーサルランゲージ・メジャーズで採用した独自開発の3D仮想試着システムによるデジタルコーディネートや、1,000種類以上の豊富な生地バリエーションを踏襲。価格を2万9000円〜に抑えて、オーダー初心者の開拓に乗り出した。

 ただ、これらもオーダー=誂えではなく、注文者の体形に合わせて既製パターンを利用するに過ぎない。青山のデジタルコーディネートは注文者の顔や全身を撮影し、生地の画像を重ね合わせて出来上がりイメージを作り出すもの。店舗が揃える生地もスワッチ程度で、反ごと確認できるわけではない。お客にとってはオーダーという名称から既製品よりは、体形にフィットし着心地が良さそうに感じるが、実際のところは仮縫い無しだから限界がある。目下、パーソナルオーダーには大手から零細業者までが乱立し、価格競争の様相を呈している。お客からすれば、何を基準にしてどこに注文すればいいのかが、非常にわかりにくい状況なのだ。

 実際にお客がオーダーに求めるニーズは様々だ。「着心地を重視したい」「生地からじっくり選びたい」「すぐに着られるものが欲しい」「オーダーでも安いに越したことはない」等々。ただ、青山がそれらのニーズに対してどこまで対応しようとしているのかはわからない。「スーツ販売、世界一」という栄光に囚われオーダーでも量や規模を追うのなら、結局、効率追求から離れられず、質の低さが危惧される。それでオーダースーツバトルで勝者となり得るのか。それとも、納期を遅らせIOTに逆らっても、アナログな「仮縫いサービス」などの付加価値をつけるのか。独自性や差別化にどこまで踏み込むのかが勝負の分かれ道と言ってもいい。

 仮縫いサービスについては、オーダー受注のスタッフが仕立て職人の専門研修を受けるのはもちろん、注文者の全身をレーザースキャナーで計測し、体形のサイズデータを落とし込んだ仮パターンを自動カットして仮縫いを仕上げる(仮縫いはシーチングで行う)まで、踏み込まざるをえなくなるのではないか。旧来の誂え技術の中で、できるだけデジタルに置き換える部分と、人間の手先で行う部分をうまく組み合わせたシステムとでも言おうか。

 「手間やコストがかかることはしない」。のであれば、量販既製スーツの市場縮小、キャラジャやアメリカン・イーグルの失敗、異業種協業の苦戦といった数々の躓きが、その後の経営には全く生かされていないように映る。すでにオーダースーツには、店頭在庫を抱えなくていいとの理由から、大手から零細業者までが参入しているわけで、レッドオーシャンになるのは目に見えている。これまでの青山を見れば、その波に飲み込まれてしまう可能性もある。もし3期連続の赤字決算ともなれば、銀行筋から青山社長の経営責任を問う声が出てきてもおかしくない。

 洋服の青山がバブル前後から郊外店の出店攻勢をかけられたのは、「コネがあった外資系金融機関から低利で融資を受けられたから」。当時、アパレル業界ではまことしやかに語られていた話だ。青山社長は赤字決算が続いてもこうしたバックボーンがあるから、乗り切れると思っているのか。それとも、東大に通うご子息に経営権を譲るまで、何とか時間稼ぎをするつもりなのか。ただ、洋服の青山が小売業である以上、市場、お客のニーズにきめ細かく対応しなければ、生き残ることが難しい時代であるのも確かなのだが。
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