HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

石より固い性分。

2023-05-31 07:45:49 | Weblog
 福岡市に本拠を置く天然石の製造小売業「ストーンマーケット(以下、ストーンM)」が新規事業に乗り出した。駄菓子や玩具を販売する「夢や」と協業し、新業態を展開するものだ。大型店舗の一角に夢やのコーナーを設け、子供から大人まで幅広い世代を集客する狙いで、東京・お台場のアクアシティお台場に1号店を出店した。アクセサリーと駄菓子のジョイントがどこまで同社の収益回復に貢献するか。1号店はその試金石になる。

 振り返れば、ストーンMは良きにつけ悪しきにつけ、話題には事欠かない。創業者で現経営者の中村泰二郎氏は、ファッション専門店チェーン「絵里奈」の出身。ここにはちょうどバブル期に在籍していたこともあり、流行発信や卸小売のノウハウを身につけたことで、社員でありながらも、別にブティック3店を経営する強者だった。

 ところが、バブル崩壊とともに売れるアイテムは、ボディコン&スーツからカジュアルへと変わり、客単価も数万円から数千円に落ち込んだ。中村氏はトレンドの変化についていけず、ブティックを閉店。数千万円もの借金を抱える羽目になった。ほどなく米国放浪の旅に出かけるが、そこで出会ったインディアンが身につける「石」の神聖さに惹かれた。

 「借金まみれの自分も何か身につけるお守りが欲しい」「心の支えとなるこの石を日本で広めてみよう」。それがストーンM創業の原点となった。1994年、熊本市の上通り商店街に6坪の店舗を借り、天然石のアクセサリー専門店「STONE MARKET」をオープン。中村氏自ら米国ルートで仕入れた石を加工して販売した。



 当時、宝飾業界はバブル崩壊の影響で、極度の売上不振に陥っていた。売れている商品もあるにはあったが、それも宝石を散りばめたジュエリーで、購入者も金持ちの中年女性に限られた。一方、若者向けは安っぽいアクセサリーばかりで、彼らの感覚にマッチするものはなかった。そんな状況で登場したストーンMのアクセサリーは、水晶やターコイズ、ブルートパーズなど、それまでにないカジュアルな感覚と天然石が醸すスピリチュアルな魅力があった。

 そんなアクセサリーに流行に敏感な熊本の若者が飛びついた。石単体で1個数百円、アクセサリーでも数千円とチープな商材。それが順調に売れ、中村氏は抱えていた借金を2年で返済した。米国で知った商売観に自身の商才がシンクロし、宝飾業界の中で新しい市場を切り拓いたのである。ストーンMの噂を聞きつけた各地のデベロッパーから出店依頼を受けたが、中村氏はまずは催事で対応することで、常設に耐えられるかの様子をみた。

 1997年7月、中村氏は機が熟したとしてキャナルシティ博多に2号店を出店。翌98年4月、(有)ストーンマーケットを設立した。この年から首都圏にも進出し、2001年にはほぼ全国に店舗を拡大した。知名度、売上げとも急上昇し02年9月、福岡市中央区港に本社ビルを建設し、移転。同年10月には株式会社に改組した。

 ストーンMが成長する一方、中村氏には「もう一つの顔」があった。イタリア製の高級車フェラーリや年代物のエレキギターを次々と購入し、芸能人と華やかなパーティを開く。バブリーな経営者としてテレビ番組にも出演した。背景にあったのは、自らが広告塔となってストーンMのブランド価値を高めること。メディアがつけたキャッチコピーは「石で成長した100億円企業」だったが、成金趣味の派手なセレブ生活を好む別の顔も曝け出した。



 しかし、良いことは長くは続かない。高い収益が見込める市場には、必ずライバル企業が現れる。天然石アクセサリーのビジネスモデルもワールドワイドに確立されたため、かつては現金で1億円を支払えば3億円相当が手に入るという原石も、次第に相場が形成されて先行企業としてのメリットは失われていった。

 同社は、ライバル出現による競合激化とアベノミクスによるコスト高の影響を受け始める。売上高は2012年3月期の約80億6300万円を境に下降線を辿り、15年3月期は約69億99万円まで減少。営業利益も13年3月期には約2億2500万円だったものが、翌14年3月期には約7400万円まで激減した。逆に有利子負債の合計は同年の約33億3100万円から翌15年3月期には約35億4500万円に増加した。


事業家であり続ける強さ

 中村氏は類似商品を扱う企業が増えていく中、事業の多角化を図り飲食業に乗り出した。福岡大名の無国籍ダイニング「mu-tata」をはじめ、同赤坂にはレストラン・バー「GOLD」、2016年8月にはミュージシャンのGACKTがアドバイザーを務める焼肉店「厳選 神の赤肉 親富孝通り店」をFC展開。飲食店だけで7業態にものぼったが、どれも採算ベースに乗せることはできず、17年3月をもって全てを閉店した。

 結果的に飲食事業は本業の業績低迷をカバーすることができず、「中村社長の道楽」とのレッテルを貼られただけに過ぎなかった。ストーンMは2018年2月には仕入れ部門でもある関連会社の(有)ナカムラインターナショナルを吸収合併。本業の業績不振を受けて、17年3月期には10億円(決算期変更のため9カ月決算)を割り込む売上げ水準にまで低下したため、単独で維持することが難しくなったと見られる。
 
 ストーンMは2016年3月期以降、決算内容を非公開としたが、この合併に際して17年3月期の決算概要を公開した。貸借対照表によると、資産の圧縮が図られているものの、不良資産の処理や退店による損失で16億円を超える赤字を計上。そこで東京・南青山のショールーム兼東京オフィスを新宿の雑居ビルに移転。2009年から開催されているFACo(福岡アジアコレクション)のスポンサーも、2016年限りで降りている。

 また、負債をみると、返済期限が1年を超える固定負債は15年3月期が約22億5700万円で、17年同期には約14億7900万円まで減少。一方、返済期限が1年以内の流動負債は15年3月期が約17億8900万円で、17年同期には約24億6900万円まで増加している。これは返済できる負債はできるだけ短期間のうちに返済していこうということだろうか。多額の借入がある中で、銀行がリスケを主導したとも思われる。



 そんな状況下、ストーンMは2018年1月1日から全国の店舗で「スゴ金運ブレスレット」を発売した。開運コンサルタントのプロデュースでストーン社が独占販売するものだ。加えて「パワーストーンハーバリウム」を開発。瓶の中にドライフラワーを浸して、植物を自然な状態で長期間飾ることができるもので、天然石も詰め込んだ運気アップのインテリア雑貨になる。ストーンビジネスの原点はチープな商材からなのだ。



 さらに全国でジュエリーショップを展開するフェスタリアグループの「Wish upon a star」や山梨のクロスフォーが手がける「ダンシングストーン」と提携。星座やレジン(樹脂)を用いたもの、アルファベットをあしらったものなど、オリジナルアクセサリーの開発を矢継ぎ早に手がけた。ストーンMはこれらを本業回帰と位置付ける。ただ、大規模なリストラで不採算事業を整理した分、整理損が増えて企業体力を弱めたのも事実だ。



 天然石や鉱物については、埼玉に本拠を置く(株)ミネラルマルシェが2013年からPRと販促のイベントを全国で開催している。天然石に見て・触って・買える、希少な鉱物を買い取る「ミネラルマルシェ」がそれだ。福岡では8月4日〜6日に北九州市で、来年5月3日〜5日には博多でも開催される。ストーンMは出展も協賛もしていないが、似たような商品を取り扱う事業は他に大勢いることがわかる。天然石の販売だけではやはり売上げの伸長は厳しいだろう。



 それでも、中村氏は2019年8月2日には創業25周年のパーティを開催し、ゲストに石田純一、すみれの親子を招待。20年1月には石田氏の誕生パーティで、特製パワーストーンのブレスレットをプレゼントしている。石田氏本人は、同年4月に沖縄でのゴルフ中に新型コロナウィルスに感染し、回復後も福岡での合コンで美女を持ち帰りと週刊誌に報道される始末。運気が上がるどころか下がるという笑えないオチがついたが、中村氏自身は芸能人との付き合いを自粛することはなかった。

 新商品の販売を積極化する一方で、店舗スタッフからは「ノルマが厳しい」との呟きも聞こえてくる。業績回復には売上げアップが必須だから仕方ない面もあるが、経営者自らコストカットできないようでは社員のモチベーションは上がらない。まして、今回の駄菓子併設店舗がどこまで幅広い客層を集客できるかの不透明だ。

 中村氏は周囲の心配をよそに顔が変わった様子は微塵もない。絵里奈時代にブティックの経営に失敗して数千万円の借金を抱えた時も、決して折れなかった気持ちの強さ。経営者としての才覚云々の前に持って生まれた性分が中村氏を支えているのか。自らを変えることは経営者として、事業家としての終焉を意味するだろう。それは事実なら、本業の変革にはほど遠い気もするが。

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まずは基準から。

2023-05-24 07:24:49 | Weblog
 先日、1通のメルマガが届いた。発信元は「D1 Milano」(https://d1milano.com)。イタリアブランドの腕時計で、香港にあるアジア地域の統括部署から送られたものだ。通常なら商品の紹介情報やプロモーションだが、今回は切り口が違った。

 タイトルは「Green Code」。その名にあやかってか、Focus on GREEN CODE SIGNATUREのキャッチコピーで、緑のカラリングや素材を使用した4種の時計を取り上げている。題名を見て、こういう手法もあるのかと思った。機種の枠を超えてグリーンカラーの時計をラインナップし、環境に配慮するイメージを顧客のみならず、多くのステークホルダーにすり込みたいのだと思う。

 タイトルにGreen Code、キャッチコピーにFocus on GREEN CODE SIGNATUREとつければ、メルマガを見る顧客も何となく「そうなんだ」と思ってしまう。そこが狙いなのではないか。D1 Milanoの真意の程を確かめたわけではないが、SDGsを意識したPRだと誰もが思うのは当然だ。

 腕時計に使われている素資材はリサイクルできる。ケースやラグ、ダイヤル、リューズ、指針は主に金属や樹脂、風防はガラスやプラスチック、ベルトは金属やラバー、ナイロン、ムーブメントは金属や貴石だ。一方、D1 Milanoはムーブメントがクォーツ、価格帯が170~745ドルで、中価格帯のファッションウォッチになる。気軽に購入できる反面、飽きてしまったり故障したりすれば、修理されることはなくそのまま廃棄される可能性が高い。



 ブランド側としてはそうした流れは変わらないにせよ、少しでもSDGsを意識し、循環型社会を目指す姿勢をアピールしたいのは本音だろう。では、実際にGreen Codeの国際認証はあるのか。気になったので調べてみると、確かに認証機関があった。行っているのは英国のロンドンから西に200キロほどのグロスターシャー州ストラウドに本拠を置く「Green Code The Global Sustainability Accreditation」という組織である。

 HP(https://www.greencode.world)を見ると、活動内容が記されている。概要には「GreenCode は、サステナビリティへの道のりを歩む組織を引き続きサポートするため、消費者にあらゆる企業の環境認証を迅速かつ簡単に判断する方法を提供する」とある。つまり、企業の環境活動を支援し、消費者がそれを知ることができるようにする機関だ。



 企業や組織がGreenCodeの認定を示すGCマークを使用すると、Green Code The Global Sustainability Accreditationの基準に合格するための十分な努力をしている証になる。認定された側はマークを12か月の間使用する権利を持ち、この期間中はメンバーとしてライブサポート、ワークショップ、その他の多くの特典を独占的に利用できる。

 企業の活動は12か月ごとに監査され、GreenCodeの基準に達しない場合はGCマークを使用する権利が取り消される。認定を受けている企業や組織は、食料生産やエネルギーからスポーツチームや大規模製造業まである。再生可能なエネルギーの創出に取り組むEcotricity社もその一つだ。

 同社はストラウドをホームタウンとするサッカーチーム「フォレストグリーン・ローヴァーズFC」をスポンサード。同チームは2022-23はEFLリーグ1の所属だが、現オーナーのデイル・ヴィンスによって買収された09-10シーズン以来、様々な環境保全活動を行い17年にはFIFAから「世界で最もグリーンなクラブ」として認定されている。


企業の中長期戦略の一つにしていく



 Green Codeは、これからどんな位置付けになるのか。そして、日本の企業や団体もこぞって認定を受け入れていくのだろうか。国際基準という意味では、ISOがある。今や多くの企業が認定を受け、あまりに当たり前になったのか。最近は取り立ててアピールされることは無くなったが、参考にはできるかもしれない。

 例えば、ISO9001(品質マネジメントシステム)を取得すると「企業としての信頼感や安心感がアップし、取引先拡大に繋がる」「組織のシステムが確立され、生産性が高まる」「人に依存せず品質を維持できる、従業員教育の効率アップが図られる」「継続的に品質が改善され、常にお客様からの信頼を得られる」「責任と権限が明確になり、従業員満足度がアップする」といったメリットがある。

 また、ISO9001を取得していると、「国際基準をクリアした品質の製品やサービスをお客様に提供できる企業である」として、取引先から大きな安心感と信頼感を得られる。
 ISO9001の取得を取引条件にしている企業もあるため、ISO9001認証を取得することは取引先の拡大につながると言えるのだ。

 また、IOSには更新審査があるため上記のような業務改善を続け、常にPDCAサイクル(計画・実行・評価・確認)にそって、マネジメントシステムを正しく運用し続けると、製品やサービスの品質を高水準で保つことができる。つまり、企業にとってはISOは経営的にも、企業価値の向上にとっても非常に効果的だから、多くが取得に前向きになったのである。では、環境面での取り組みを客観的に判断するGreen Codeも同じようになるのだろうか。

 企業は年頭にその年の経営戦略や経営目標を発表する。2023年はCO2や温室効果ガスの削減、カーボンニュートラル、循環型社会の実現と、言葉は違えどSDGsの一つである環境問題に取り組む姿勢を表明するところが多かった。SDGsは2015年に国連で採択され、30年までに持続可能でよりいい社会の実現を目指すための国際目標だ。17の目標と169の対象が定められ、どれも国際社会が抱えている深刻な問題で、目標達成に向けては待ったなしの状況と言えるからだろう。

 それに企業がSDGsを考えず商品の価格やサービスの質で勝負し、利益のみを追求することは、社会やマーケットからは選択されないようになっている。短期的な利益を求める投資家ですら、SDGsを考慮しない経営スタイルは株価の低迷を招く非常に大きなリスク要因と見る。SGDsに取り組まない経営は証券市場からの資金調達をも困難にするのだ。

 SDGsの各問題を解決するには、新たな視点や技術革新が必須になる。先に取り上げた腕時計では、You-Tubeなどでゴミ捨て場で拾ってきた錆だらけの「機械時計」を修理、再生する映像をよく目にする。配信元は精密機械技術の本場、スイスの工房もあれば、最近は中国の修理技術者もいる。



 日本の時計専門店も、年代物のセイコーやシチズンの時計を修理する映像を配信している。電池式のクォーツ時計では電池交換には挑戦するが、錆が発生していたり、液漏れしていたりすると処置して電池交換しても動かないものもある。営業品目にクォーツ時計の修理を掲げるところもあるが、価格は国産で2~4万円、海外ブランドになると4万円以上もかかるので、そこまでかけて修理するお客がどこまでいるかだ。

 メーカーや専門店の中には故障して使われなくなったクォーツ時計の回収キャンペーンを定期的に行うところもある。これをさらに進めて部材や部品を再資源化するようなリサイクルの仕組みを確立し、資源を供給する国に対し配慮していくことを大々的にアピールする必要があるのではないか。また、家電品と同様にクォーツ時計を販売する時点で、ある程度の価格のものはデポジット制を導入することも考えるべきだと思う。

 まあ、セイコーはD1 Milanoに対しても自社のムーブメントを提供している。ムーブメントを国際基準化した汎用部品にし、メンテナンスや交換が楽にできるようにすることも検討すべきではないか。そうすれば、デザインが気に入ったファッションウォッチは機械式と同様に使い続けることができ、ブランド価値が上がるかもしれない。SDGsに対する注目度が高まっているからこそ、それはそれで時計メーカーにとっては新たなビジネスチャンスの創出になるのではないか。

 交換可能なムーブメントを開発することは、確かに自動車の電動化と同じように表裏一体があるかもしれない。クォーツ時計が生まれた際にも時計店が儲からなくなったと言われたくらいだ。だが、SDGsに対し企業としての責任を果たす、社会に貢献するというイメージが向上すれば、技術を習得、伝承できることにひかれ、優秀な人材が集まってくるのは間違いない。技術者志望なら修理に耐えうる新しいクォーツ・ムーブメントを開発してみたいのではないか。

 Green Codeの認証を受けるために、再生やリサイクルまで考えた企業戦略を構築する。それは社員が同じ目標に向かうことで一体感を生み、社内の意識統一にもつながる。これからは環境スタンダード(基準、規定)という新たな価値観がモチベーションの向上に欠かせなくなっていくのかもしれない。
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解体から学ぶこと。

2023-05-17 07:36:32 | Weblog
 キャナルシティ博多の「ZARA」がイーストビルの建て替えに伴い5月7日で閉店した。ZARAの店舗は筆者の生活圏である天神西通りにもあるが、キャナルシティ博多店が閉店する前は両店の品揃えを見比べることができた。それがららぽーと福岡まで行かないとできなくなったのは少し不便だ。まあ、ZARAを購入しているわけではないが、最寄りの店舗が減ると品揃えや商品内容を比較検討できず、選択肢がなくなることになる。



 もっとも、ZARAは5年ほど前から世界の2000店あまりでEC受注に対し、店舗在庫を引き当てて店から出荷する手法に踏み切っている。ECセンターに注文された商品が無くても、最寄りの店舗に在庫があれば、これを引き当てて注文客に発送する。お客にとっては到着までの時間が短縮されて便利だし、店舗在庫も効率よく運用できる。まさにクリック&コレクト(C&C)を販路にしたということだ。

 そう考えると、キャナルシティ博多店は3層もの売場面積を誇っていたので、顧客の利便性と店舗引き当てを考えると残しても良かったように思う。だが、店舗販売よりC&Cを拡大した方が売上げ効率が上がるとの経営判断なのだろう。イーストビルの閉館はそのための格好の口実になったのではないか。一方、天神西通り店はブランドロイヤルティ維持のためが第一で、売上げは二の次。だから存続させていくということだろう。

 そんなZARAだが、近年は着なくなった衣類を回収する活動も始めている。ZARA以外も含めすべての衣類やテキスタイル、家庭用布製品、靴、アクセサリーなどが対象で、状態が良くない衣類でも問題ない。店舗にはコンテナが設置され、お客がそれに持ち込めばいいようになっている。回収した衣類などは、非営利社会団体を通じてリサイクルされている。



 背景には、繊維産業に携わる企業として持続可能な開発目標(SDGs)に対する体制づくりと取り組みがある。ZARAのHPでは、それをコミットメント(公約)として「当社は、科学者コミュニティ、社会団体や環境保護団体、および同業他社と協力して繊維産業の変革を進めるべく、持続可能性の意欲的な目標を制定しました」と、謳われている。

 具体的な目標は、2023年が「人工セルロース系繊維およびサステナブルコットン100%」「再利用・リサイクルを促進すべく、再デザインされた包装紙100%」「お客様向け使い捨てプラスチック100%除去」「自社施設からの廃棄物を100%回収し、再利用またはリサイクルのために管理」の4つ。

 2025年には「より持続可能なリネン、リサイクルポリエステルまたは持続可能なポリエステル100%」「サプライチェーンにおける水の影響を25%削減」「エレン・マッカーサー財団とのコミットメントに基づき、自社施設のバージンプラスチックを50%削減」を目指す。40年にはGHG(Greenhouse Gas/温室効果ガス)の排出量を実質ゼロにするが目標だ。

 ただ、業界では、「低価格の商品を量産するファストファッション自体がSDGsには逆行する」「コストを下げるには一定量の材料を抱え、工場を確保しなければならないから、SDGsは容易いことではない」「環境に目を向ける投資家、SDGs債権などを意識しているだけ」と、ZARAの取り組みに対して冷めた見方もある。

 ZARAがこれらの公約や目標が実現できるどうかは置いといて、SDGsへの取り組みは繊維産業に関わらず全ての企業が避けて通れないテーマである。それに現状のビジネスを何とか活性化する上でも、環境問題からのアプローチは一つの手法になる。閉塞感が漂う経済環境の中で、そこから脱却する一つの手立てにSDGsを位置付けるのもありだろう。


学校現場で教育・学習する意義



 アパレルの場合、多くの消費者が山のようなタンス在庫を抱えている。そこからリユースやリサイクルで、どう取り組むかは各自各様だ。多くのブランド品を抱えている人なら、中古買取やオークション、個人取引で処分することができる。一般の消費者の多くがブランド価値を欠く単なる中古品は、買取店では値段しかつかないことを学習している。だから、いろんな企業や店舗が行う無料回収に持ち込むケースが多くなっていると思う。

 一方、バーゲンセールを利用し、お得に値下げ品をゲットする情報を発信する人がいる。だが、そういった人たちから賢い処分方法が発信されることはまずない。値下げ品でも、毎シーズン新たに商品を購入すれば、古いものは着る頻度が下がり、次第に着なくなることは間違いない。だから、こっそり廃棄しているのだろうか。

 そもそも、売れ残り品をさらに値下げ処分したものだから、リユースに回すと言っても、そんな中古品を欲しがる人なんているとは思えない。理由はどうあれ、ブランド品をプロパーで購入することを否定するスタンスなら、ワンシーズンやそこらで着なくなる服についても拒絶して欲しいものだ。

 繊維育英会という一般社団法人がある。ファッション、服飾雑貨、繊維アパレル業界に携わる人や企業に対し、さまざまな形で支援・応援を行い、未来のファッションアパレル文化、繊維業界の活性化を実現させるために2018年に設立された。同団体はエシカルやサスティナブルをスローガンに終わらせることなく、実際に注力する企業や共感、共鳴するブランドと一体になって新しい日本のアパレル産業への継続可能な市場形成を目指している。

 この繊維育英会が2022年4月、資源循環プロジェクト「ウィゾール」をスタートした。提携先に設置した回収ボックスで、素材を制限せずに全ての衣料品を回収。1年で約20万着の衣料が集まったという。これらを色柄や混紡率の違いによって選別し、パーツの解体も徹底した。おそらく人海戦術に頼った面が多かったと思う。

 選別された衣類は糸に再生できるものは紡績に回し、リ・ヤーンとして繊維製品にリサイクルされる。糸にならないものは圧縮成形した繊維リサイクルボード「パネコ」になる。解体で出るパーツもプラスチックや金属などで分別される。当初、中古衣料品のリサイクルは分別や再生が大変だということで及び腰の意見が多かったが、技術革新によりそれも少しずつ解消されつつある。



 あとは不要になった衣料品のリサイクルを促す啓蒙活動だろう。現在、循環型社会の実現に向けてはリデュース、リユース、リサイクル、リフューズ(包装や袋を断る)の4R運動が生まれている。だが、問題はそれに乗らず廃棄せざるを得ない衣料品をどうリサイクルするかだ。各企業などの取り組みで、回収までの道筋は増えている。問題はそれ以降の処理、工程、作業である。

 一般に商品を製造するのはプロが携わるが、処分するのは全ての一般の人たちだ。だから、SDGsに取り組む初歩として、まずは教育が必要ではないか。それには学術的な価値を持たせ、学校現場での学習に取り入れてはどうかと考える。例えば、小学生から着なくなった服を解体して、生地や付属品、布やプラスティック、金属などに分別する授業を組む。そこで、服の構造と共に何が再生に回せるのかを学んでいけばいい。



 中学生、高校生になると科学的な要素を組み込み、リサイクルの実験などに踏み込んでもいい。この布は粉砕して土に還す。この繊維は再生できて糸にできる。いろんな知識を身につければ、就職や進学のための学びにもなる。また、クリエイティビティを醸成する意味で、着古した衣料品を使ったリメイクのアイテム作りを行うこともあるだろう。洋服を解体すれば、パターンや縫製など服作りのノウハウまで並行して学べるので一石二鳥だ。

 夏休みなどには、いろんな企業がリサイクルのワークショップを開くケースがあるが、小学生から高校生までの年齢ごとで内容を変えることも必要だろう。最近ではかつて当たり前だった「お下がり」のような風習が復活し、制服など学生の必需品で浸透しつつある話も聞く。受け継ぐ学生に対し、「この制服が着られなくなったらどうするか」というテーマを課すのも一つの手だ。

 リサイクルはSDGsは大人になればなるほど、理屈は理解できても実践ではいろんな思いが邪魔をして進まないケースが出てくる。だが、子供たちは好奇心が旺盛だし、いろんな学びがあれば、吸収していく。そこで得た基礎的な知識や技術を大学で応用科学として研究してもいい。その先ではいろんなビジネスや起業に生かそうとする人も出てくるはずだ。それがリサイクル技術をさらに進化させていくことになる。

 着古した衣料品を糸に再生したり、繊維製品を生み出したりと、現状でのサーキュラーエコノミーの道筋は、デュアルくらいだろうか。それをトリプル、クアドルプルへと拡大していく。そのための啓蒙活動や教育・学習がますます重要になっていると思う。
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発掘する仕入れ。

2023-05-10 07:43:37 | Weblog
 先日、繊研新聞社が主催する2022年度の「百貨店バイヤーズ賞リビング」で、各部門のベストセラー賞が発表された。全国28の百貨店で、インテリアや住関連の用品を仕入れるバイヤーが部門別に146ブランド・商品を推薦し、各部門の得票上位11ブランドがバイヤーズ賞に輝いた。

 部門は「リビングルーム」「ベッドルーム」「キッチン・ダイニング」「バス・トイレタリー」の4つ。筆者が仕事をしたことがあるジャンルでは、リビングルーム部門でイタリア家具の「カッシーナ」、日本の「カリモク」、川島織物セルコンの「フィーロ」、キッチン・ダイニング部門でフィンランドの「イッタラ」、日本の「バルミューダ」が受賞した。

 カッシーナは17世紀にイタリアで誕生したモダンファニチャーの名門。日本法人のカッシーナ・イクスシーが輸入総販売代理店として、ライセンス生産およびオリジナル製品「ixc.(イクスシー)」の販売を手掛ける。群馬県桐生市の100%子会社CIXMでは、カッシーナ考案のウレタンの成形をそのまま生かしたソファーを製造している。

 カリモクは1940年に愛知・刈谷市で創業した木工メーカー。50年代には高度な技術を必要とするミシンのテーブル部品の製造に携わり、これが国産木製家具の製造・販売に繋がった。64年には全国展開するためにカリモク家具販売(株)を設立し、83年にはハイクオリティブランドの「ドマーニ」を発表。名実ともに日本を代表する高級木製家具のブランドだ。

 フィーロは、京都の川島織物セルコンが西陣織の伝統を生かして手がけるハイグレードなカーテンブランド。同社は今年で創業180周年を迎え、製造販売するアイテムは床材、壁装、自動車シート、椅子張、インテリア雑貨、帯、美術工芸品までと多岐にわたる。まさにインテリアファブリックでは日本を代表するブランドと言える。

 イッタラはフィンランド・イッタラ村の小さな工場で生まれたガラス器。北欧デザインのパイオニアとして美しいデザインのみならず、日々の生活で使える機能性を大切にし、世代を超えて受け継がれるテーブルウエアを製造する。フィスカースジャパンはその輸入、卸・小売りに携わり、他にもロイヤルコペンハーゲンやアラビアなどの陶磁器・クリスタルを扱う。



 バルミューダは2003年設立の新興エンジニアリングメーカー。家電をはじめ、現代の生活に欠かせない様々な道具を企画・製造している。大手メーカーにはない独創的なデザインコンセプトと斬新なアイデアが特徴で、スチームテクノロジーと温度制御により焼きたての香りと食感を実現したトースターは、同ブランドを一気にメジャーにし、海外にも輸出されている。

 ただ、この報道で感じたのは百貨店が未だにリビング関連を商材にしていること。なのにブランドは他の業態でも扱っているものばかりだ。146ブランドの中からバイヤーが推薦したと言っても、他でも扱っているのは仕入れに窮しているというか、タマ不足が否めないと感じる。お客は日常で使用する住関連のアイテムにはこだわりたい。だが、店舗に並んでいる商品はどこも同じで変わり映えがしないのは、やはり不満だろう。



 今から20年ほど前、東京・目黒通りにインテリアショップが集積し始めた。モダンデザインから北欧や米国の中古家具まで様々な店舗が並んだ。同時期には通り沿いの碑文谷の目黒ホテルが改装し「ホテルクラスカ」として開業。同エリアはリビングライフやリノベーションの情報発信地としての呼び声が高かった。しかし、個店レベルでは品揃えの限界があるし、ホテルクラスカも2020年に閉館し、かつてのような勢いはない。



 家電では「アマダナ」が先駆者と言える。こちらも従来の常識にとらわれないアプローチとデザインで新風を巻き起こした。製品はデスクトップオーディオから電卓、リモコン、コーヒーメーカー、電話機、オーブンレンジ、加湿器などと幅広く、最近ではウォーターサーバーも製造している。これらに続くブランドの登場が待たれるわけだが、百貨店の顧客にとってブランドの選択肢が少ないのが難点だ。

 リビングルームやキッチン・ダイニングのブランド商材を扱うには、やはり資本力を背景にした信用が不可欠で、百貨店でないと厳しい。だからこそ、ブランド発掘を含めた積極的なリサーチやバイイングに踏み込むことが必要なのである。
 

比較検討できるラインナップを



 今回の受賞ブランドはメディア露出も多く知る人ぞ知るから、店舗で取り扱えば確実に実売に結びつく。今回の受賞もそれが影響したのは間違いないだろう。ただ、他の業態でも同じブランドを扱っているのだから、それだけ競合が多いということ。

 ネット通販に抵抗がある高齢のお客は、百貨店の売場で商品を確かめて購入するケースが多い。だが、提案する側はもっとブランドのラインナップを広げ、お客に「こんなものもあるんだ」「デザインを買い替えるのも手だね」と、思わせるような品揃えも必要だと考える。

 もちろん百貨店側は十分にわかっているはずだ。バイヤーも仕入れに腐心しているのだろうが、何せいろんな制約があるから如何ともし難い。リビングルームやキッチン・ダイニングは、それほど回転の良い商品ではないから、大量の在庫は置けない。メーカーや販社との仕入れ条件は委託や消化仕入れだろうし、収益を上げるにはどうしても高級ブランド、高額な輸入品になってしまう。そのため、単価は高くて販売点数は限られてしまう。

 しかし、お客の側は現状の品揃えでは満足しない。新たなブランドやアイテムの提案を待ち望んでいる。コロナ禍でライフスタイルが変わる中、自宅がオフィス代わりになる人々の間ではリビングルームやキッチン・ダイニングへの投資が進む。お客の方が好奇心が旺盛だから、国内外のブランド、アイテムのチェックを欠かさない。一度でもクリックすれば、逆にSNSには広告が表示される。筆者のところにも以下のようなブランドから広告が送られてきている。




 「かなでもの」「DUENDE」「Villeroy & Boch」「MDF ITALIA」「BoConcept」「CASAMANIA」「DEGRENNE」「MAISON SARAH LAVOINE」「HAY」「Established & Sons」「EVA TRIO」「SERAX」「De'Longhi 」

 かなでもの、DUENDEは日本ブランドで、HAYやBoConceptは国内にもショップがあるが、他は全て海外ブランド。それぞれ個性的かつ上質で、百貨店のターゲットには合致すると思う。しかし、実際の品揃えには販売代理店や商社の介在が条件となるので、簡単にいかないのは承知の上だ。家電のように日本の電圧(100V)で使えないものもあり(ある輸入雑貨店のオーナーはそれさえ日本規格に変えて仕入れるほどの熱意があった)、簡単ではない。

 ただ、バイヤーの仕事は常に国内外のブランドをチェックし、自店の顧客にとって価値がある商品を探し出すこと。そして、国内外のトレードショーや見本市に足繁く通って商品を発掘する。予算や時間、権限という制約があるにしても、その努力を惜しむべきではない。自店だけで仕入れるのは困難だから、まずは百貨店グループでブランドを集積した巡回のポップアップストアを展開する方法がある。

 すでに高島屋は行っているが、三越伊勢丹や高島屋G、Jフロントリテイリング、H2Oリテイリングもそれを実施するには商社的な動きをしてもいいのでは。ポップアップストアでの顧客の反応を見ながらバイイングの可能性を探り、ブランド側と根気強く取引交渉をするしかない。

 それも難しいのであれば、グループ横断で非定期の販売イベントを開催してはどうか。これに地方百貨店を巻き込む手もある。ホテルクラスカの運営会社はホテルの閉館後も残り、CLASKA Gallery & Shop “DO"を展開して展示会を行なっている。こうした企業などとタイアップする方法もある。かなでものやDUENDEについても同じだ。



 百貨店各社はコロナ禍が収束し、収益を回復している。それでも、アパレルは一部の海外ブランドを除けば依然として厳しい。売上げ増に貢献する商材は宝飾品や輸入時計、美術関連品になるが、これらに続くものも欲しいところだ。それがリビングやダイニング関連になる可能性は高い。だからこそ、まずは顧客のニーズを見越しての情報提供、次に商品提案、そして実際のラインナップが必要になる。
 
 高額な商品が動いているのは、生活をグレードアップしたいお客がいるということ。その対象は何も富裕層だけとは限らない。リビングやキッチン・ダイニングのような商材は、趣味の領域でもあるので、それ1点に投資する人々は少なくない。椅子や絨毯、照明、テーブルウエアがそうだ。ブランドのラインナップを広げれば、そうした商品を求める層にとっては選択肢が広がるので、比較検討できる。それが購買意欲を掻き立てるのである。

 地方百貨店が次々と閉店し、そごう・西武百貨店にも及ぼうとしている。しかし、高額品を求める一定のマーケットは残るわけで、それを満足させるには新たな提案力が不可欠だ。そのためにはバイヤーが世界中を歩き回って=ネットを活用して情報収集し、商品を発掘するエネルギーを持ち続けること。今はむしろチャンスの時期とも言える。インテリアや住関連からライフスタイルを変えていく。百貨店の提案力が求められている。
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街が望むコンテンツ。

2023-05-03 06:42:23 | Weblog
 先日、仕事で博多駅前に行くことになったので、延伸された福岡市営地下鉄・七隈線に乗ってみた。これで天神エリアからの交通手段はバスに加え地下鉄が2路線と増えたが、仕事はアポイントの時間を守らなければならないので、定時制のある地下鉄を利用するケースが多い。東京やニューヨークでもそうだったので、習慣化された面もある。



 帰りはその後にスケジュールが入っていなければ、博多駅・天神間くらいなら歩くことが多かった。駅前通りと並行する路地からキャナルシティ博多、西中洲を通って天神南に抜けるコースだ。しかし、キャナルシティ博多が陳腐化し始めると、寄り道することもなくなった。JR博多シティや博多マルイが開業しても、同じテナントは天神にもあるし、ハンズをチェックするのはカインズのPBなどが充実してからでも遅くない。

 今回は仕事の後、何も予定がなかったので、各商業施設を見て回った。感じた印象はテナント集めに窮しているところもあるということ。新規テナントのオープン待ちだったり、歯抜け状態だったり。コロナ感染の収束でインバウンドに期待する向きはあるが、外国人旅行者がお金を落とす商材やサービスは決まってきている。それに日本人の買い物スタイルが変わってしまったことを考えると、今後は全てのテナントが潤うことなどあり得ない。




 そんな中、福岡地所がキャナルシティ博多のイーストビルの建て替えを発表した。ビル自体はこの5月に閉館され、解体後は「商業施設やハイクラスの賃貸レジデンスなど」からなる複合施設(仮称:新イーストビル)になるという。この3月にはビル近くに七隈線の櫛田神社前駅が設けられた。新イーストビルは駅と直結し、キャナルシティ博多本館ともつながるというから、福岡地所としては新たな企業や人を呼び込む狙いもあるようだ。

 イーストビルは2011年、施設拡大の一環で地上4階・地下1階で開業し、ユニクロやザラ、グローバルワーク、H&M、デシグアルなどが入居した。ところが、ザラの姉妹ブランド「ベルシュカ」のように日本全体での販売不振が響いて閉店に追い込まれた。人気店のカルディコーヒーファームは立地と客層がリンクせずに撤退を余儀なくされた。ユニクロやグローバルワーク、ザラは他にも店舗があり、思うような増床効果が得られなかったと見られる。

 また、過去10年で消費環境が劇的に変わったこともあるが、デベロッパー他社に言わせると、「(イーストビルは)当初から将来的な建て替えは織り込み済みだった」とか。キャナルシティ博多を構成するサウスビル、ノースビル、ビジネスセンタービルなどが福岡リート投資法人に売却されているのに対し、イーストビルは福岡地所が保有していたのが理由という。また、サウスビルやノースビル、ビジネスセンタービルはRC造だが、イーストビルはS造(一部RC造)で、容易に解体できる構造であることを挙げる。

 イーストビルの開業当時、ファッションビジネスコンサルタントの小島健輔氏はテナント構成について、「博多駅や中洲に近いから、富裕層向けの高級ホテルにした方がよかったのではないか」というニュアンスのコメントをされていた。確かに富裕層の外国人旅行者に加え、出張のビジネスマンなどが多い福岡市中心部は宿泊需要も多いのだが、ビルの開業以降はいろんなタイプやグレードのホテルが増えている。計画の段階では、市場の変化に合わせて様子を見ようという目論見だったのではないか。

 目下、進行中の天神ビッグバンや博多コネクテッドといった再開発事業では、物件の多くがオフィスビルになる。だが、2023年3月の福岡ビジネス地区(天神など)のオフィス空室率は、前月比0.79ポイント増の5.89%。供給過剰の目安である5%を2ヶ月連続で上回っている。イーストビルをオフィスにしても、全てのフロアが埋まるかは不透明だ。

 福岡地所としては、中長期的な視点から賃貸マンションの方が安定した収益が上げられると踏んだのではないか。近隣の第一プリンスビルやロータリー大和がともに築40年以上を経過しても、賃貸物件として利用されていることを考えれば、なおさらである。


誘致するなら足下商圏にあったもの

 キャナルシティ博多が開業したのは、1996年。ちょうど筆者がニューヨークから福岡に戻った年。米国におけるSC開発のノウハウを取り入れたため、テナントにも米国でお馴染みのアウトドア系などがリーシングされた。その後、日本市場にあったものや時流の変化で少しずつ入れ替わってはきたが、コロンビアスポーツ、パパス&マドモアゼルノンノ、無印良品、地元専門店など、開業からずっと残っているものもある。

 そうは言っても、キャナルシティ博多は業態的には郊外型SCに変わりない。だから、出店するテナントもカジュアル、デイリーが主体で、あとはインバウンド向けの各免税店、FFやカジュアルレストラン、シネマコンプレックス、アミューズメントになる。それらの中には天神や博多駅の商業施設から出店要請を受けたところもあるようで、激しい争奪戦の結果が今のテナント構成を表している。

 イタリアのミラノで買った「リトモラティーノ」の新作が日本でも販売されることになり、それを購入したのがキャナルシティ博多B1の時計専門店だった。そこもいつの間にか撤退し、現在は時計店自体が1店舗もない状態になっている。これもスマートフォンやアップルウォッチの浸透が影響しているのだろうか。

 腕時計をする層でも機械式の高級ブランドに限って見ると、購入先は百貨店の専用コーナーや路面の専門店になる。機械式はクオーツのように電池交換は不要だが、定期的なメンテナンスが必要だから、逆に顧客化しやすい。分解掃除のようなメンテナンスは数万円かかるので、それが安定的な収益となって店舗を維持できるのだ。

 セイコーがクオーツ時計を開発したのは画期的なことだが、それに伴って腕時計が低価格化していき、時計店の商売が厳しくなっていった。低価格でもスウォッチやG-SHOCKのようなブランド時計を除けば、アクセサリー感覚のカジュアルウォッチを品揃えするだけでは、テナント出店してもビジネスを続けるのは難しい。高級ブランドを扱うにしても商社の力や代理店制度があるので、中小の専門店が簡単に参入できることではない。



 一方、海外ブランドのアパレルや化粧品、お土産になるスイーツは百貨店が押さえている。アパレルを中心に有力なショップは都市型SCや駅ビル、地下街といった集客力のある立地に出店する。新参の海外ラグジュアリーブランドは、アンテナショップという位置付けから再開発ビルの1階に展開されている。郊外SCでも「マークイズももち」や「ららぽーと福岡」のような後発は、エリア戦略を変えたり、ガンダムといった強力なコンテンツを取り入れるなど、集客方法を工夫して勝負に挑んでいる。

 このところのSDGsの潮流は買取業態を勢いづかせ、中古衣料の流通を促している。都市型SCでも買取店をリーシングし、新品の購入に結びつけようとしているところもある。反面、古着も人気が鰻登りで、福岡には有名店が次々と出店しており、大名地区は東京・下北沢のようになっていくかもしれない。元来、若者向けのブランドは路面を好むから、古着店とシンクロすれば、街全体が集客装置になっていくだろう。

 となると、天神と博多駅に挟まれ、郊外からも集客しにくいキャナルシティ博多は、八方塞がりの状態に陥る。新イーストビルにハイクラスの賃貸レジデンスが完成すれば、富裕層が入居するだろうから、成城石井や紀伊國屋といった高級スーパー、ラグジュアリーなスパやエステサロン、会員制のジムや理美容院といったテナントのリーシングは可能だ。



 問題はノースビルやサウスビルをどう活性化するか。現状のテナント構成では、新イーストビルとの連携は難しいだろう。元々、キャナルシティ博多は商業の面で天神地区に押されていった博多部の再興を目指して開発された面がある。1999年に下川端地区に再開発された「博多リバレイン」との相乗効果にも期待されたが、商業そのものが大きく変わったことで、新たな発想による再開発が必要になるのかもしれない。

 天神では北側エリアで「ミーナ天神」がリニューアルした。デベロッパーがファーストリテイリングということもあり、ユニクロやセオリーを1階、2階にはユニクロやGU、PLUSTを展開する。シャワー効果などない現在、自社に有利な戦略が透けてみるが、今時、どこにでもあるユニクロやGUをお客が求めているとは思えない。

 もう器を作って最大級、初上陸や初出店を冠にしたテナントを闇雲に集め、商品やサービス単体を提供するだけで集客できる時代ではない。キャナルシティ博多は博多部で生活する人々をしっかり見極め、日常の買い物を中心とした衣食住のバランスを整えないと、活性化も勝算も見込めないだろう。

 デベロッパーとしても足下商圏を攻略するSCを核にして、どんな街にし、どう賑わいを増やしていくか。もっと大きな視点で考えていくべきではないか。それはデベロッパーで開発に携わる若いスタッフに課されたミッションでもあると思う。
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