HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

秋物がもう値引き?

2016-09-28 07:21:07 | Weblog
 9月もそろそろ終わりが近づき、秋物を違和感なく着こなせるようになった。ただ、トレンドを追っかけるにしても「コレだ!」と思える商品はなかなかない。もともと、婦人服が専門の人間だけについついレディスの方に目が行き、着ることができないけど買ってみたい商品はチラホラある。そうした感覚が衰えない限り、メンズにも応用できるはずだけど、如何せん買いたいものがほとんど見つからない。

 特別にブランド贔屓ではないから素材、デザイン、価格という条件が合致すれば、購入に踏み切れる。しかし、これがなかなか噛み合わない。素材が上質だとデザインが気に入らず、デザインが好みだと素材の質が落ちる。お金をかけてもいいのだが、今度は生地とパターンが決まってくる、と言った具合だ。わがままなのだから、仕方ないんだけど、あれこれ考えているうちにシーズンが終わってしまいそうだ。

 まあ、街中のビルインからストリートまで片っ端から探せば、お気に入りが一つくらい見つかるかもしれないが、それは時間的に無理に近い。だから、「お見分け」候補はネットに頼りっぱなしになる。あちこち回らなくてもいいし、お気に入りにしておけば、ショップで現物を確かめられる。購入するしないは別にして、ショッピングの効率は格段に良くなっている。

 しかし、実際に現物を観て見ると、ずいぶん違っているケースが少なくない。デジタル画像では拡大できたにしても、微妙な組織まではわからない。 ニットの編み地はともかく、布帛は質感が全く想像つかない。 特にダーク系の色は柄物でも無地に見えてしまう。もちろん、肌触りやフィット感になると、着てみないとわからない。

 ブランド側は次々にトレンドを仕掛けるから、結構、新しい素材のアイテムがラインナップされる。個人的な印象ではここ数年、ウール100%とか、綿100%といった天然素材がずいぶん減って来た感じだ。代わってポリエステルやアクリル、ポリウレタンなどの合成繊維を半分以上から100%にしたものか、合繊と合繊の混紡のみがかなりの割合で増えているように思う。

 理由は何なのだろうか。知り合いのメーカーさんは軽くするためと言っていた。他にはグローバルSPAが台頭し、素材調達でも主導権を握ってきたからか。原料高や円安で天然繊維ではコストが合わず、原価率を下げるための合繊シフトか。テキスタイルメーカー自体が合繊ブレンドをトレンドとして仕掛けているからか。いろいろ考えられるとは思うけど、実際のところはよくわからない。それらがどんどん企画され商品化されていくところを見ると、若者を中心にあまり素材を意識しなくなったということだろう。

 「触ってごらん、ウールだよ」なんてキャンペーンのコピーがあった。上質な100%ウールは、もはやオーダースーツの生地見本くらいでしか、出くわさないのかもしれない。厚手のコットンギャバなんかにしても、SPAやセレクト系の商品ではほとんどお目にかかれなくなった。すでに合繊混紡のリサイクル技術が確立されている。合繊はエタノールと化学繊維に分離した後、さらにナイロン、ポリエステルなど別々に分けられることで、繊維原料として再生できるからだろうか。余計なことまで考えてしまう。

 だからと言って、当方はなかなか素材、特に生地の質感では妥協できないので、時間を見つけてはネットにキーワード入力を繰り替えしてヒットするのを待っている。このままではこの秋も、昨年同様に何も買わないで、過ぎ去っていくかもしれない。

 ところで、先日、大手ファッション通販サイトを見ていて思ったことだが、「アイテム名」のみを入力すると、ブランド、色柄が取り混ぜてアップされる。しかも、プロパーとセール用、さらにクーポン対象商品、タイムセール品が混然一体と出現する。「えっ、秋物がもう値引き?」。では、なかった。検索性を重視するシステムだからしょうがないのだが、問題はセール品が春夏ものなのか秋物なのかよくわからないことだ。

 おそらく9月いっぱいは春夏のセール在庫を売り減らしていくはずだし、春物だと秋口に着られなくもないからだろう。ただ、商品名に麻や薄手のカットソーなど明らかに春夏の素材名が付されているといいのだが、写真を見て商品説明を読むだけではわからないアイテムも多々見受けられる。

 消費者はセール品や値引き商品にはどうしても惹き付けられる。 プロパーを探していても、価格に釣られて安い方を買うことは無きにしもあらずだ。そうした心理をつき、検索機会と滞留時間をアップさせることを狙った巧みな商法とも言える。

 ECの場合は、あらゆるケースで検索者の目に触れさせ、クリック数を確実に増やして購買に結びつけ、消化率もアップさせるというビジネス論理なのだろう。欧米の通販サイトではシーズン持ち越し商品を別枠で括り、アウトレットコーナーを儲けているところもあるが、日本のサイトではほとんど見かけない。もともと価格が安いし、クリアランスセールで売れないと、課税の関係から処分されていくのだろうか。

 ただ、ヤフーや楽天になると、検索キーワードだけで「中古品」まで一緒にアップされてしまう。お目当ての商品が何ページかスクロールして見当たらなければ、通常価格で再度検索し直せばいいのだが、これが面倒だし煩わしい。事業者にすれば、ごった煮になるのが商店街でいいのかもしれないが、プロパーで勝負する店舗側は一緒に並べられてどう思うのだろうか。お客だって端からプロパーを探している場合には見たくもないはずだ。リアルな商店街なら素通りもできるが、サイトではそうもいかない。

 IT識者はアップデートだの、コンテンツだの、またEC礼賛の諸兄はマーケティングだの、ターゲティングだのと言っておきながら、肝心なWEBサイトではアクセスばかりを重視しているように感じる。楽天なんかは画面レイアウトが整然としなくなったことがイメージ低下、客離れを招いた要因の一つではないかと思う。アマゾンが集客力を増しているところを見ても、一理あるはずだ。

 ところで、今年の秋物を見ていて、もう一つ感じたことがある。昨年よりもさらに価格が上がっているような気がするのだ。昨年も1〜2割アップしているとの声を各方面から聞いた。でも、今年のアイテムは昨年より増して「高いなあ」と感じる。

 例えば、某有名セレクトショップがハイクラス業態名を付けて販売するパンツは、27,000円。素材は綿100%だが、原産国は中国製となっている。為替が一時の円安から円高に揺り戻した影響は、それほどないと思う。商社やOEM業者との関係やネットワークを維持すれば、この価格設定になったのかもしれない。それにしても、アパレル事業者が原産国は関係ないとの理屈に立ったところで、消費者には中国製と27,000円という価格とブランドイメージは、釣り合わないのではないか。

 他にも日本製パンツが2万円台になるなど、このショップのプライスゾーンは全体に高めにシフトしている。まだ立ち上がったばかりなので、タイムセールの対象にはなっていない。セレクトショップだから、「うちはこの価格帯でプライスリーダーを通して来た」と言ってしまえばそこまでである。しかし、ハイクラス業態名を謳いながら中国製が散見されるようでは、やはり価格の高さは拭えない。店舗まで出かけて行って、価格に見合うクオリティかどうか確かめれば良いのだが、ネットではそれも無理だ。どうしても二の足を踏んでしまう。

 一方、別のセレクトショップは、日本製のブランドアイテムが1〜2万円台もあるし、イタリア製のブランドが2万円台。一時、原産国の不当表示で公取の排除命令を受けたルーマニア製品も、今では堂々と表示され販売されている。中にはイタリア製より高い3万円台もあり、「ユーロ圏ではないのにそれは高いんじゃない」と、言いたくなる。やはり今年の価格高騰は、セレクト系全体に言えるようだ。

 価格とは価値のバランスで、納得できることもあれば、できないこともある。それを前提にすると、セレクトのハイクラスブランドなら27,000円の中国製より、3万円のイタリア製の方が売りやすいのではないか。3000円という価格差は、高くても安くても重要だ。それもわかる。バイヤーサイドでも議論はあったとは思うが、結果的にこうなったという点が残念でならない。特に日本製への回帰、中間業者をセーブして原価率のアップとコストダウンを両立させ、ネット通販の良さを活用して売上げを伸ばす業者も出始めている。こうした業界変化を考えると、有名セレクトとて決して安泰ではないはずだ。

 逆に有名店になればなるほど、ブランド維持のためにリアル店舗も必要になる。ただ、日本企業はどうしても販売員をコストとみなすので、売上げが伴わないと利益率が下がる点に目が行く。そのため、コストがセーブできそうなECも重要な販売手段と考えるようになってきた。「コスト高のリアル店とコストセーブのECをバランスよく組み合わせて、利益の最大化をはかる」という経営政策はわからないでもないが、双方に新たな課題が持ち上がっているのも事実だろう。

 ECでリアル店の商圏に入らない客層までマーケットを広げ、購買に誘う。 それにしても、これだけ小売りにWEBサイトが浸透した中で、結局、「割引」でしか「デザイアー」や「シミュレート」させられないのは、何とも寂しい限りだ。その前提としてと途上国生産で原価率を下げる。ネットだからどうせ質感の詳細はわからない。プロパー価格を高めにして、粗利益を確保できるようにする等々。背景にはそんな意図があるように思えてならない。

 WEBサイトにプロパーとセール品が混在してアップされる現状を見るにつけ、ECのシステムや運用面をどうのこうの言う次元でいいのだろうか。もっと流通から販売におけるロス、製造コストが増える問題点に切り込むべきではないのか。仕組みそのものを考え直さないと、プロパーではますます売りづらくなると思う。

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激戦地で勝ってこそ。

2016-09-21 07:47:38 | Weblog
 バロックジャパンリミテッドが展開する「マウジー」と「エンフォルド」が続けざまに米国のニューヨークに出店した。

 先にオープンしたのがエンフォルドで、ワシントンSQの西側、7番街と8番街に挟まれるブリーカーストリート沿い。マウジーはダウンタウンのブロードウエイと6番街の間のブルームSt.に面する。両店ともNYを代表する観光&ショッピングエリア、ウエストビレッジとサウス・オブ・ハウストンSt.、所謂ソーホーの一角である。

 SPAが足下市場で手応えを感じ、グローバル戦略に踏み出す時、ニューヨークに出店するのは珍しくない。ただ、バロックJLは「アジアへの情報発信基地の拠点を目的とするために、米国市場に参入した」と語っている。4月には現地法人のバロックユーエスエーリミテッドを設立しており、米国で店舗展開する上で、NYはマーケティングやプロモーションのすべてを含む情報拠点として、全社を支援する態勢を司るようである。

 同社が語る「アジアへの情報発信基地の拠点を目的とするために米国市場に参入」を額面通りに読むと、「アジアへの情報発信が何で米国なの?」と思う。 同社はすでに中国・香港に160店舗以上を出店していて、十分に情報発信しているではと、 素人目には考えられるからだ。

 それゆえ、米国市場に参入する真意とは何か。非常に気になるところだ。まあ、マウジーの店舗の場合、中国・香港での展開は、大半がインショップだろう。そのため、商品を売るだけの拠点であって、店づくりにコストをかけているとは思えない。そうした店づくりの中で、ラインナップされている商品がブランドの世界観を十分に発信できているかと言えば、やはり疑問符が付く。

 昨今のお客はインターネットのサイトで商品を検索し、気に入ったアイテムが見つかると、近くのショップに行って現物を確かめようとする。消費者の購買心理なんて洋の東西を問わず、大して変わらないはずだ。でも、ブランド側にすれば、それではお客にロイヤルティをすり込み、顧客化しているとは言いきれない。やはりマウジー、そしてエンフォルドが他と一線を画するブランドであることを示すには、空間演出を最大限に施したショップでVMD駆使したストーリーと、スタッフの秀逸なトークによって世界観を伝えて行くことが何より重要なのである。

 なおさらバロックJLがグローバルSPAを目指すには、世界中のお客はもちろん、カジュアルウエアの一大市場としてのポテンシャルをもつアジア攻略抜きには考えられない。こうしたエリア内にある中華系をはじめとするファッション企業、バイヤーたちが注目するのは、やはりニューヨークからのトレンド発信なのだと判断したのではないか。オープンがファッションウィーク期間中だったというのも、彼らに見てもらう狙いがあったはずだ。言い換えれば、ニューヨークでも悔しいかなチャイニーズマネーとバイイングパワーは侮れないということである。

 社内的に見ると、ニューヨークでの展開は何より企画にあたるスタッフのモチベーションが違ってくる。マウジー&エンフォルドは日本の東京と異なり、世界のニューヨークでどう評価されるのか。エンフォルドはアパレルメーカーが集まる7番街の南に位置することもあり、ドメスティックいやジャパニーズコンテンポラリーをリサーチに訪れる業界人も少なくないと思う。

 マウジーは完全にショッピングエリアと化したソーホーにあるだけに、世界のトップブランドと比較されるのは言うまでもない。さらに辛口で名が通る現地メディア、インスタイルやナイロンといったファッション誌の論評も気になるところだ。

 良きにつけ悪しきにつけ、評価はそのまま企画スタッフのやる気につながり、それ以降のクリエーションさえ左右しかねない。スタッフが世界の目というプレッシャーをクリエイティビティに昇華させることができれば、マウジーはひと皮むけ、エンフォルドは更なる高みを目指せるはずである。

 一方で、資金的なバックアップも見逃せない。バロックJLは今から3年前、筆頭株主がフランスの銀行系投資ファンドCLSAサンライズキャピタルから、中国最大手の婦人靴小売チェーンを運営する百麗国際(ベルインターナショナル)ホールディングスに代わった。

 株式は日本のオリックスも30%程度有するが、中国進出に際しては現地の事情に詳しいパートナーが必要なことから、百麗国際HDが選ばれたと言われている。第3位の株主には同じくCLSAから株式を取得した香港のファンドCDHランウエイインベストメントが顔を並べ、中華系資本による支援が同社の世界戦略を担っていると言って間違いない。

 では、マウジーやエンフォルドにとって、ニューヨーク展開にはどんな可能性があるのだろうか。ファッション都市として見たニューヨークは、最初に五番街がラグジュアリーブランドのメッカとなり、次いで広告代理店の街だったマジソンアベニューにブランドの旗艦店が集まりだした。それらは欧州から見た米国市場攻略の橋頭堡でもあったのだが、世界に冠たる情報発信の街としての機能も捨て難かったと思う。

 80年代になると、それまで倉庫街だったダウンタウンにクリエーターたちがオフィスを構え、90年代からは次第にブランドショップが進出するようになった。この頃からディフュージョンラインやストリートを意識したブランドがソーホーを中心に続々出店するようになり、一気に不動産バブルを迎えたのである。

 同じダウンタウンでも、ウエストビレッジはグリニッジビレッジよりも古くからある街区で、アーリーアメリカンな落ち着いた佇まいから、70年代のガイドブックではギャラリーが集まっているとの触れ込みだった。しかし、この地区もバブルの影響か、90年代以降、ギャラリーは賃料の安い北側のチェルシー地区に移転している。

 マウジーが店舗を構えるブルームSt.の2ブロック北のプリンスSt.とブロードウエイの角にはアルマーニエクスチェンジが1991年に1号店を出店した。ただ、ソーホーのような人気エリアで、低価格SPAが単独展開するのは容易ではない。今では家賃の安いミートパッキング地区や郊外SCなどにも出店して包括的に収益が上がるような戦略を取っている。日本でも数年前から全国展開し始めているが、同じことが見て取れる。

 日本では衰えを見せないユニクロはニューヨークで苦戦気味だ。五番街、ソーホーに出店しているが、今年はマンハッタンより家賃が安いスタッテンアイランドの店舗を閉鎖した。理由は売上げ不振のよるものと言われるが、ランニングコストを考えるとマンハッタンの店舗も決して順風満帆とは言えないはずである。ただ、どちらともペイしないのであれば費用より効果を重視し、ソーホー店を残す選択をしたとも受け取れる。

 ニューヨークの変遷をずっと見て来た人間から言わせてもらうと、マウジーもエンフォルドもショップ運営だけで見れば、コスト的にとても合わないと思う。当然、それはバロックJLとしても織り込み済みだろうし、それ以上の目的があるからこそニューヨークに出店したのである。

 ただ、売れなければそれは評価されていないのと同じで、情報発信に水を差すことにもなりかねない。アジアのファッション企業やバイヤーにとって、ニューヨークでの販売実績は、ビジネス展開における重要なデータ以外の何ものでもないからだ。有能な業界人なら、まずブランド単品で捉えることはしない。色、柄、デザイン、素材といったゾーンで見ていく。服種、ゾーン内のカテゴリー別でも分析するはずだ。マウジーはジーンズ、エンフォルドはコートという固定概念を捨てて見てるバイヤーもいるだろう。

 もちろん、グローバルブランドがひしめくニューヨークだから、マウジーやエンフォルドに対する他社の評価を聞き出したり、ライバル店と比較したりもする。もちろん、女性スタッフに買い物してもらい、意見を聞くことも忘れないだろう。米国とアジアではサイズも気候も感性も違う。

 どんなアイテムが売れて、どんなアイテムは厳しいかは、冷静に分析していくと思う。その裏付けとなる数字が企画力やクリエイティビティ以上に重要な意味を持つのだ。バロックJLは非上場だから、バランスシートは公開はしていないが、彼らは何らかの形で入手していくと思う。

 バロックJLがニューヨーク出店を手段ではなく目的と語っている以上、激戦地での売上げ実績という結果を残すことが、何よりアジアへの情報発信であることは言うまでもない。
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価格を超える価値とは。

2016-09-14 07:22:59 | Weblog
 セレクトショップのビームスが今年は創業40周年に当たるとして、同じ年に発売された「リーバイス501」モデルを復刻し、9月17日から各店舗で販売するという。価格は3万円(税抜き)で、既に販売している店舗もある模様だ。

 リーバイス501復刻モデルは、ビームスの創業年である1976年のデッドストックを参考に素材やシルエット、縫製仕様などを忠実に再現。これを機に1978年モデルは品揃えから除き、1976年モデルを世界中で発売するというから、これだけを聞くとさすがビームスと言えなくもない。

 逆の見方をすれば、リーバイス側が1978年モデルの501を何らかの理由で1976年モデルにリニューアルして発売したいのかもしれない。例えば、78年モデルは76年のマイナーチェンジでしかなかったら、501の長い歴史の中でやはり「76年の方がいいよね」となることは当然考えられ得る。それを知ったビームスが自社の創業年と同じことでメモリアル企画を持ちかけたのかもしれない。まあ、真偽のほどは定かでないが。

 そう言えば、GAPも1999年には創業30年を記念して1969年モデルを発売した。GAPは創業当時は小売業だった。店頭では90年頃までリーバイスを販売している。ただ、この1969年モデルがリーバイスのコピーなのかはわからない。一度、試着したことがあるが、生地は良くもなく悪くもなく、サイズ感はややゆったり。シルエットはそのまま裾まで流れる感じだ。フロントはボタンフライ、これはリーバイスの501と同じだった。

 そもそもリーバイス501は、リーバイ・ストラウス社が1873年に製造した最初のオーバーオールジーンズXXを、1890年に501の名称をつけてデビューさせたものだ。当時の米国は西海岸でのゴールドラッシュに沸き、キャンバス地は金鉱労働者にとってテントや荷馬車の幌に必需品だった。もちろん、虫除けのためにインディゴ染めの衣服は、欠かせなかった。そうした機能性から作られたのがジーンズだ。

 リーバイス社はそのジーンズで金属リベットで細部を補強し、素材をキャンバスからデニムに切り替え、汎用性のある作業パンツを量産するようになる。そして1890年にロットナンバーの501が付され、フロントにはコインポケットが付く。90年代に入ると、2つのバックポケット、ウエストのベルトルーフが付けられるなど、現在に引き継がれる501の原型ができ上がっていったのである。

 それが130年近く立った今も、ほとんど形を変えることなく、リーバイスのスタンダードとして根強い人気を集めているのだから、501はジーンズの定番、礼賛されるべきモデルと言っても間違いないだろう。

 一方、リーバイ・ストラウス社におけるジーンズビジネスは、決して順風満帆とは言えない。ジーンズが世界中の人々に浸透していく反面、ファッション衣料としての性格を持たせるには、デザインのバリエーションを増やし、付加価値を高めることが必要になる。

 マーケット規模が大きなレディスなら微妙なシルエット、穿き心地、カラーや擦り感、トレンドといった条件を加味しなければ売れない。当然、SPAをはじめ、ジーンズメーカーも新企画の商品を次々と投入していく中で、リーバイス社が競争に巻き込まれていったのは確かだ。

 いくら世界に冠たる501を持っていようと、本家の米国はもちろん、世界中でカジュアルウエアのジーンズに100ドル以上投資できる国民は限られている。リーバイス社は世界戦略を行う中で、量販店向けのバジェットライン、ジーンズショップに卸す中価格帯、フラッグシップショップ限定のヴィンテージシリーズと、バリエーションを増やした時期もあった。

 日本でも90年代後半から2000年代前半にかけ、レディスのパンツトレンドがストレートからヒップハングのタイト、スキニーへと変化した。ジャパン社はあえてストレートジーンズという普遍性を封印し、こうした市場にもアプローチしようとした。2005年には独自企画として、女優の小雪をイメージキャラクターにしてスキニー開拓に挑んだが、マウジーなど強力ブランドの前で、あえなく惨敗した。

 低価格路線やトレンド狙いがロイヤルティを下げてしまったことで、リーバイス社は戦略転換を余儀なくされたのである。そこで世界トップブランドとしてプレステージ性を維持し、アメリカ文化の象徴であるジーンズの世界観を伝えて行くという原点に立ち返ったのだ。基本的なポジショニングは、ジーンズをこよなく愛する人々のためのブランド。メーンターゲットはアメカジ、トラッド、ヴィンテージに心酔する男性で、可処分所得が高い階層ということになる。

 その市場規模がどれほどあるかは漠然としているが、テイストがオーバーラップするビームスには、リーバイス501に造詣をもつ顧客が一定数はいる。創業40周年記念の501復刻モデルは、そうした層に販売していくということになると思う。

 問題は価格の妥当性や価格に対する価値だ。価格という点では、市販されているヴィンテージクローズの501でも3万円以上の価格が付けられている。それを考えると、今回の復刻モデルが特別に高額だとは言い切れない。

 では、価値はどうなのか。ビームス創業年と同じ年に発売された501モデルが復刻するという話題性はある。しかし、写真を見たところでは単なるジーンズで、40を表すローマ数字のXLや限定本数を示すシリアルナンバーなど、ビームス側のメモリアル要素は特に加味されてはいないと思われる。

 となると、ビームスのメモリアルジーンズというより、リーバイスの1976年モデルにビームスが乗っかったという方が現実的だ。仮にそうだとすれば、3万円という価格に対する価値はいったいどうなのかである。

 明確な価値と言えば、40年前の仕様だろう。ヴィンテージクローズという生地、ステッチ糸やポケット用の裏地、リベットやフロントボタン、革パッチ、フラッシャー、そしてデザインやパターン、シルエットは当時のものを再現したというから、それはそれで価値となる。

 では価格の妥当性はどうか。これはその商品を購入する人々のライフステージや収入で、高いと感じたり、安いと思ったりするから一概には言えない。ただ、価格は原価や利益の比率によっても変わってくる。何も原価が低いものが価格が安く、原価が高いものが価格が高いとは限らない。安い原価でも儲けようと莫大な利益を載せれば価格は高くなるし、高い原価でも適性利益のままなら、価格は抑えられるのだ。

 ここで重要なことは、原価はそのまま商品のクオリティを示すということである。仮に1976年版復刻モデルの原価率が価格の3分の1、つまり1万円だとしよう。原価計算やマーチャンダイジングに詳しくない方でも、生地や付属品、縫製に1万円もかけているのなら、相当に良い商品ではないかと思われるはずだ。確かにプロのアパレル事業者も、原価が1万円だとすれば、そこそこ良い商品と判断する。

 ただ、どれと比較して良い商品なのかはわかりにくい。そこで、某ブランドのジーンズを引き合いに出してみたい。ここのジーンズは1時間に4〜5mしか織れない旧式のシャトル機でつくったセルヴィッチデニムを使用している。柔らかで風合いの高級コットンで、染めも昔ながらの味わいのあるインディゴブルーだ。

 反面、コアスパンという丈夫な糸を使用して縫製しているため、経年劣化がしにくい。ステッチがほつれたり切れたりすることはない。穿き込むほどにヒゲ、いわゆる股から太もも、足の付け根にかけて自然な色落ちが楽しめる。今は違うが、そのままとっておけば、ヴィンテージ価値が出てきそうな逸品だ。

 価格は13,000円程度である。これを手掛ける企業によると、工場が出す価格に倍掛けしているだけという。つまり原価率は売価の半分ということだ。単純計算すると、このジーンズの原価は6,500円程度になる。しかも100%日本製である。もちろん、いろんな中間業者をカットすることで、この価格を実現しているのも事実だ。

 ただ、これまでのリーバイス501と見比べても、クオリティは明らかにこちらの方が高いと思う。価格を超える大きな価値をもつジーンズと言っても、過言ではないだろう。かたやリーバイスもジーンズメーカーだから、小売りのPBのように間にいろんな中間業者が介在しているとは思えない。となれば、復刻モデル501の原価はいったいいくらなのか。またクオリティの分だけ原価が1万円より下回るのであれば、いくらの利益を載せているのかという疑問が湧いてくる。

 ナイキのエアジョーダンが爆発的なヒットをした時、その原価がわずか4ドルだったと暴露され、不買運動に発展したのは業界関係者の多くが知るところだ。売価が200ドルとして、原価率はたった2%。それでもマイケルジョーダンのエンドーズドモデルという価値があるから、相当な価格でも世界中で売れたのである。

 では、1976年復刻モデル501はどうなのだろうか。リーバイスは現状でもヴィンテージクローズの501XXを3万円以上の価格で市販している。それから類推すると、ビームス40周年という価値が相当の利益として載っけられているとは考えにくい。ビームス側も暴利をむさぼっているわけではないだろう。

 リーバイスがブランドロイヤルティを維持する上で、価格設定が重要だと考えるのは理解できるが、その背景で相当な利益を載せていることも事実ではないのか。もちろん、生産ロットは普及版ほどではないから、製造コストがかかるという言い訳もたつ。それにしても、価格対価値という点では少し高すぎるのかもしれない。

 1976年復刻モデルのリーバイス501に3万円という価格に見合う価値があるのか。あるとすればそのことを売場スタッフが明確に伝え、どれほどの顧客がそれを見いだせるか。ビームスがこれから生き残っていくとすれば、価格を超える価値を提案できてこそ、ファンは納得するのである。今回のケースはセレクトショップが販売するブランドの価格対価値という点でも、考えさせられる事例と言える。
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復興景気も郊外がリード。

2016-09-07 07:08:22 | Weblog
 先週末、仕事で熊本を訪れた。震災直後の5ヵ月ほど前に訪れて以来だ。全国的な報道がすっかり沈静化した中、熊本県は自治体としての施策を災害対策から復旧・復興に切り替えていくと発表した。ただ、住宅街を歩くと、屋根にかけられたブルーシートが数多く残り、被災者の生活再建にはまだまだ時間がかかるようである。

 一方、地元業界は被災状況が都市部と郊外、店舗ごとに違い、震災直後から営業したり、1、2ヵ月から数ヶ月かけて部分開業したりと様々だ。実際、中心部の店舗を見ると、 休業のままま、工事や解体中のところもあり、営業しているのは震災以前の7割程度に止まるのではないか。

 熊本の中心繁華街は、熊本城が見下ろす通町筋を起点に南と北の両縦と南端から西に伸びる3つアーケード、ストリート、バスセンター界隈で形成されている。しかし、郊外の住宅開発とモータリゼーションの発達で、ここ15年ほどは地盤沈下が激しい。

 南側のシャワー通りは一時期、ファッションの発信基地と称されていた。わずか200メートルにも満たないストリートには、ここにしかないブランドショップが軒を並べ、東京の業界関係者をもあっと言わせるほどだった。しかし、銀行がバブル崩壊による金融引き締めで融資をストップすると、ショップオーナーたちは資金繰りに困り、閉店や倒産を余儀なくされた。

 ファッション発信と騒がれたところで、ビジネスの規模はその程度だったのである。今も空き店舗が出るとチラホラ出店はあるが、一歩通りを外れると風俗街、歓楽街が広がり、計画的なエリア形成には至っていない。北側の新市街アーケードは中高年の飲食や遊戯関係者が往来し、解体されるビル、半壊した店舗などが合わさり、どこかうらぶれたイメージがまん延している。それだけ活性化は不可欠なのだが、再開発計画が持ち上がっているのは、新市街を抜けたバスセンター、県民百貨店周辺の桜町地区一帯だ。

 熊本は今から10数年前にも行政主導で通町筋の再開発事業が実施されている。しかし、ハード整備中心で、商店街が全盛期の売上げを回復するまでにはない。期待された中国人旅行者も熊本城を観光すると、そのままバスで阿蘇方面に移動するため、商店街にカネが落ちるほどの効果はない。鳴りもの入りでオープンしたラオックスも、集客のカギになる水前寺公園の湧水が地震の影響で枯渇する始末。地元にとっては二重三重の苦しみを味わっていると言っても、過言ではないだろう。

 地元紙の報道によると、大西一史熊本市長は、市議会の一般質問で「過去の事例から地震後2年は震災特需で地域経済は支えられるが、その後は減速が懸念される。3年目以降を見据えた取り組みが重要」と答弁。震災復興をそのまま地域の浮揚につなげていく考えを明らかにした。その中心となるのが、桜町地区一帯の再開発事業である。

 計画は老朽化が進んでいたバスセンターやホテル、百貨店、文化会館を解体して交通、商業、ホテル、文化ホールなどを一体化した多目的施設に建替える一大プロジェクトだ。竣工は4年後の2020年秋になるが、復興需要が一段落した後に景気を減速させないためにも、熊本市では重要な再開発事業と位置付ける。

 ただ、商業施設には核店舗を誘致できず、テナントがリーシングされるだけ。東京の有楽町マリオンやプランタン銀座をはじめ、全国各地の百貨店が軒並み閉店していることを考えると、熊本も例外ではない。定期借家契約による店舗集積の商業ビルしか、打つ手がないのだ。出店するテナントもだいたい想像はつく。これから4年、ビジネスモデルが劇的な変化をとげれば別だが、今のまま推移していけばファッション衣料は半分以下で、雑貨やビューティ、外食が主体になるのは目に見えている。

 メディアがテナントに「九州初進出」とか、「熊本初上陸」とかの冠をつけて囃し立てても、ほとんどの業態がすでに存在するのだから、目新しいテイストであるはずもない。そもそも新業態のテナントがなければ、デベロッパーとして誘致するものは限られる。同じようなテナントが集まれば競争が激化し、勝つか負けるか、または縮小均衡せざるを得ない。もちろん商品が売れなければ、売上げは付かない。すでに熊本の中心部も市場規模からすればオーバーストア気味。活性化以前の話だ。

 ブームを仕掛けるのがうまい外食とて、半年もすれば行列は無くなり、客足は遠のく。所詮、商業ビル、ハコもの主体の開発である。加えて購買力の半分以上が郊外や福岡に持ち出されている。街ごと作り替えるわけではないので、効果は限定的ではないか。ハード中心の再開発事業が中心部を活性化するなどという考えには、全く首を傾げたくなる。

 熊本にはかつて百貨店が三つあったが、現在は一つ。閉店したのが桜町の県民百貨店(旧くまもと阪神)。もう一つは大火災後にGMSとして営業して来た城屋ダイエー(旧大洋デパート)。このダイエー跡地には来春、「熊本下通新天街NSビル(仮称)」が一足先にオープンする。開発に当たるのは、地場デベロッパーと下通で靴やバッグの専門店を経営する民間企業だ。地下にはイオン系のスーパー、マックスバリュが入り、1階から4階は福岡天神でヴィオロを運営するプライムプレイスがテナントをリーシングする。5階以上はオフィスビルやサービス関連のテナントが入る計画という。

 しかし、こちらも桜町の再開発ビル以上にファッションテナントの顔ぶれは推察できる。報道ではセレクトショップや雑貨、カフェなど60店舗が入居予定と言われているが、セレクトと言っても、ビームスは通町筋に旗艦店ビルをもち、隣のビルにはB&Yユナイテッドアローズ、鶴屋百貨店が運営するNew-S館にはユナイテッドアローズのGLR、シップス、スピック&スパン、トゥモローランド、同東館にはユナイテッドアローズ、エディフィスとイエナの複合業態、アーバンリサーチメイクストア、熊本パルコにはナノユニバースが出店済みだ。

 これらがリローケートすることも考えられるが、手本となる天神ヴィオロのテナントから類推すれば、メジャーなセレクトではアーバンリサーチ ソニーレーベル、アメリカンラグシー、クルーン ア ソング、ロイヤルフラッシュなどが順当だろう。他にはジャーナルスタンダード単体、あとはユナイテッドトーキョーなどのブランドが出店するのか。地元の小売り事業者にも新業態やFCでのオファーが来ているとは思うが、莫大な出店投資を考えると厳しいと思う。

 当面、下通新天街NSビルが長くてだだっ広い商店街の新名所になるのは間違いない。それに熊本はロケーションに反してクリエーター系ブランドが売れてきた土壌もある。大手にとってはテストマーケティング的な進出もが考えられるかもしれない。ただ、若者の服離れは熊本も同じだろうし、地震による景気の冷え込みもある。通常の市場環境とは言い難いのだ。来春オープンだから、今年中にテナントは決まるはずだが、果たして…

 課題山積の中心部に対して、郊外は順調に復旧、復興を進めている。イオンモール熊本も8月中に順次テナントが営業を再開した。オープンを待っていたお客が堰を切ったように訪れ、平日にも関わらず週末のような賑わいを見せる。中でもニコアンドは通路での仮営業でフルアイテムが揃わないにも関わらず、人気ぶりは健在。店側も来店客にはサイト掲載の商品が見当たらなければ、取り寄せで対応するなど最大限の配慮を欠かさない。そうした点を見ても、郊外業態の勢いは震災禍でも底堅いと言えそうだ。

 ゆめタウンのはませんとサンピアンは11月を目処に再開予定という。被害が軽微でシネコンなど一部を除き営業してきたゆめタウン光の森は、近隣のサンピアン休業に伴い集客、売上げとも好調に推移している模様だ。何しろ平日でも駐車場は、ほぼ満車の状態。グローバルワークやレプシム、スタジオクリップ、グリーンパークス、プティマインでは、秋物商戦でも順調な売れ行きを示している。

 中心繁華街には震災の爪痕が残り、ストリートでは休業したままの店舗も少なくない。路地裏の個店は家賃が安いからこそ営業できたのだが、屋根瓦の葺き替え、外壁、内装の修理などの費用が嵩めば、賃料が値上げされる可能性もある。若手オーナーにとっては休業、移転はまだしも、廃業や転業の決断を迫られるかもしれない。

 メーンの商店街にしても、来春、再開発第一弾のビルが開業したところで、同じ並びに休業店舗があることも予想される。それでは継ぎ接ぎ状態は否めず、街全体の魅力アップにはほど遠い。そもそもアーケード街にお洒落な出立ちはそぐわない。クリエーター系もインポートもセレクトも、街と呼応して活きる部分が大きいからだ。街づくりがファッション文化を育む源であるし、コストがかからない街だから服に投資できるではあまりに寂しい。それも機能や価格で優れたショッピングセンター系ブランドに押されて来ている。
 
 いつも思うが、行政が作る再開発の企画書には壮大なことが書いてある。街そのものを変えていくような意気込みが感じられる。しかし、実際はハード中心にお金が流れ、ソフト面はイベントを仕掛けて、賑わいを生むくらいしか方策がない。

 なぜパリやミラノがお洒落なのか。なぜ横須賀や原宿からファッションが生まれたのか。街と大きく関係するからだ。「東京よりも先にブランドが登場した」「日本で初めてセレクトショップを作った」。熊本には逸話がある。しかし、所詮小売りや店舗のレベルに過ぎず、マスメディアに取り上げられたことでの自己満足だ。街によって育まれたファッション文化ではないだろう。

 少なくとも全館修理で再開するSCに震災の傷跡は残らない。熊本の復興景気はやはり郊外が一歩リードというところだろう。そこで買った服を着て中心繁華街を歩いても、若いお客ほどなんら違和感を持たない。それが熊本の実態だと思う。復興、復旧、再開発を口で言うことは容易い。でも、その先の街づくり如何でファッションが左右されるのもまた事実だと思う。

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売るモノが無くなったのか。

2016-08-31 07:36:50 | Weblog
 昨年後半から外国人観光客によるインバウンド消費が減少している。これに支えられていた百貨店は、2016年7月の免税総売上高(協会加盟84店舗)が約146億3000万円で、前年同期比の79%まで落ち込んだ。一般物品の売上高(同)がさらに67.6%まで落ち込んでいるところをみると、外国人頼みの政策は一時しのぎに過ぎず、日本人客を蔑ろにした結果は惨憺たる有り様だ。

 結局、百貨店は長年の懸案である構造改革や中長期的な戦略構築を先送りにしただけで、このツケは決して小さくないということを意味する。かといって、今の百貨店は新しいことをやるにしても手詰まり状態だし、お客に振り向いてもらうにはマーケットがあまりに成熟している。衣料品は完全にSCやネット通販に持って行かれているし、デパ地下商品だって売上げの核、収益源になる商材が次々と生まれ、ヒットする保証はない。

 伊勢丹のように商品開拓に積極的なところもあるが、委託販売、消化仕入れのままで利益を確保するのは容易ではない。マスで売れる価格帯がある程度決まってきた中、自店の粗利益を確保するには原価率を圧縮せざるをえず、そうせずに十分な利益をとるには売価を上げなくてはならない。商品の質を下げれば、勝ち目はないし、価格を上げれば勝負の舞台に上がれない。

 目が肥えたお客に対し、百貨店が自前で価格に見合う以上の価値=お値打ち商品を提供できることなど不可能に近いのだ。伊勢丹は全国の製造メーカーに割って入って、商品開発から手掛けていこうとのSPA脱皮への姿勢も示したが、具体的な商品づくりは見て来ない。その前提としてお客がどんな商品を欲しているのか、まだまだマーケティングの段階なのだろう。

 そんな取り組みを先鋭化するわけでもないだろうが、三越伊勢丹がこのほど東京・青山に会員制サロン「サード ペイジ(3rd_PAGE)」をオープンすると発表した。百貨店のサテライト業態なんか今さら珍しくもないが、サードペイジは新規事業としてエムアイカード会員に限定という。しかも月会費として1万円が徴収されるので、上顧客を対象にする考えなのだろう。

 お客は月会費を払っても観劇会招待や応分の割引が付くわけではないが、 旅や絵画、文化、伝統、ライフスタイル、食、車、スポーツなどを切り口に、会員でなければ体験できないセミナーやワークショップ、コンシェルジュサービスが提供されるという。

 従来、百貨店がメーンターゲットとしてきた団塊世代〜60代はすでに定年退職、またはリタイアが近い。この層は欧米からエコノミックアニマルと揶揄されるほど、がむしゃらに働いてきた人々が大半だ。そのため、男性は時間的、経済的にゆとりを持っても、これといって「やること」を見つけるのは簡単ではない。サロンは富裕層の中でそうした層にアプローチし、新たなライフスタイルを提案する試みとみえる。

 百貨店が団塊世代をターゲットに設定しても、主に狙ってきたのは女性だ。しかし、女性を対象とする商品やサービスは、ファッションからコスメや健康食品、趣味、レジャーまで有り余るくらい溢れている。平日の夕方、都市部にある百貨店のレディスフロアを見ると実に閑散としている。これは三越や伊勢丹も例外ではない。

 もはやファッション衣料、特に百貨店向けのNBアパレルでは集客できなくなっているのだ。そうした状況を踏まえて、中高年の女性に新たな商品やサービスを提案するのは、至難の業と気づき始めたのではないか。

 反面、これまでメーンで狙って来なかった大人の男性客。特に中高年にはアプローチする価値は十分にあるということだ。従来、商品の購入はほとんど妻任せだったが、いつ先立たれるか、三行半を突きつけられるかわからない。その時に備えて、自分でも何か前向きになれることを持っておこう。そうした啓蒙から始めようということか。

 身近でできる旅行やスポーツ、美術館巡りからドライブ、そして料理や絵画、陶芸などといった趣味まで、今までは商品を提供するモノ消費だったが、それを体験型の「コト消費」に変えていく。その先に再度商品の購入があれば儲け物。上顧客を対象にした気の長いマーケティングになりそうだが、そうしたウォンツを喚起するしか、百貨店は新しい市場を掘り起こせないとの判断だと思う。

 団塊世代は日本で初めてジーンズを穿き、Tシャツを着て海外旅行し、VANジャケットでクラブに通った層とも言われる。しかし、こうした最新のカルチャー、ファッショントレンドを謳歌したのは一部の人々に限られる。大半は一生懸命働いて車を買い、その先に結婚、マイホームという人生だったはずだ。だからこそ、眠っていた余暇願望に火を付け、消費へと駆り立てる。これが百貨店にとってサバイバル作戦の一つであるのも間違いない。

 しかし、この世代は生きても、あと10年かそこらだ。その次はどうするのかという課題もある。次世代の50代は男性でも情報感度が高く、バブル景気と平成不況の両方を経験している。ファッションもVAN世代のような一つのトレンドで括るのは難しく、アメカジからトラッド、DCブランド、インポートまでと幅広い。車はポルシェやベンツに乗るし、国産車の良さをわかっている。趣味も音楽から釣り、トライアスロンにまで触れるなど、多種多彩のスタイル、嗜好が混在している。

 リストラされた人も少なくなく、生活防衛に必死になっている。そこまで貧困ではないが、カネをかけるところとかけないところのメリハリをつける。パソコンを自由に使いこなし、ネットショッピングか実店舗での購買かどちらが得かを見極める目をもつ。妻に付き合って百貨店も一通りチェックはするが、価格と価値を比較して「この程度ならショッピングセンターでいいか」と、自分で選ぶ合理性をもつ。商品の価値を価格が高いか安いか、ブランドかノンブランドかの絶対的価値では捉えない。それだけに百貨店が攻略するには非常に難しいと思われる。

 そして、40代以下の男性になると、ほとんど百貨店では買い物していないはずだ。というか、百貨店がターゲットにしてきていないのだから、どうしようもない。おそらくここから下の階層では新規でマーケットを掘り起こすのは非常に難しいと思う。20年先、百貨店は大人の男性客は完全に諦めるのか。それとも何かの企てが考えられるのか。

 そのためにもマーケティングリサーチは待ったなしだ。50代以下の男性がどんな商品やサービスを求め、消費行動に出るのか。その攻略が百貨店として無理との判断なら思いきって諦め、他の業態に任せるのか。非常に難しい選択を強いられることになる。

 翻って三越伊勢丹のサードペイジは、東京・青山の一等地に出店する。上顧客を対象とした会員制サロンとは言え、それなりにコストはかかると思う。ビジネスとしてペイするかどうかのシミュレーションはしていると思うが、百貨店としてサバイバルマーケティングへの投資もあるだろう。はたしてその答えが見つけられるのかどうか、注目される。

 他の業態で思い出したが、渋谷パルコが閉館し、3年後に再オープンすることが決まった。こちらもいろいろと模索が続いているようで、新しい渋谷パルコは新たな東京カルチャーの発信拠点に据える一方、地方店は足下商圏の深耕に軸足を置く市場対応型のように見える。渋谷店は採算度外視で最先端の流行を発信し、ローカル店は収益を生み出せる稼ぎ手にしていく戦略なのだろう。

 当然、大人の男女をターゲットにするのは地方店ということだ。7月に開業した「仙台パルコ2」は、「オトナ考えるPARCO。」との触れ込みで、店づくりからテナントリーシング、接客サービスまで大人に合わせている。パルコ=若者という偏向した概念を変えるべく、本来の幅広い客層対応の一環として、パルコとともに成長した50代をメーンターゲットに設定する。

 フロア構成は1階に飲食店街に置き、牛タンやカレーの良い「匂い」で人々を集客する仕掛けだ。シャワー効果ならぬ、噴水効果とでも言うのだろうか。2〜5階にはビューティ関連を充実させ、オーガニック、漢方、アロマなどをキーワードにした商品やサービスを提供している。50代、特に大人の女性がいちばん関心があるものだ。本来なら百貨店が提供するのだが、仙台駅前にはないことからパルコがそれを担うということか。

 それにしても、すでに百貨店のようにテナントを集め、委託販売、消化仕入れのビジネスでは難しいということでもある。たとえ大人狙いでもマーケットの変化を見極めながら、パルコがもつ定期借家契約によるテナント集積、お得意の編集力やイメージ戦略をシンクロしてコンセプトを際立たせることが重要なのだ。

 一方でこう考えることもできる。都市部では百貨店にしても、駅ビルやSCにしても大人向けに売るモノがなくなっているのではないか。特にパルコのような業態がこだわって探し出し、売っていくようなファッションが見当たらないとも言える。だから、手っ取り早く体験やコト消費に走る傾向が強くなっているのではないか。パルコが8月26日、青山にオープンした「バイパルコ」も、若者向けとは言え、自らラボラトリーと宣言するようにモノを売ることの限界から、カルチャー発信で消費を喚起しようかと、模索しているようにも映る。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。多く売ることばかり考えた小売り発想の終着地。売れるものを作るマーケットインの限界点。そうしたビジネスが都市部ではいい加減陳腐化してしまったのではないだろうか。ECもこれまでは「いかに売るか」で成長してきたが、ここに来て「何を売るか」を見つけられないところは、頭打ちになっている。

 マスで売れる商品が出尽くしてしまったからこそ、そうした商品を捨てたところにもマーケットは出現するかもしれない。 サロンやラボラトリーとは言わず、「今のマスマーケットはつまらん」と思っているお客と共同で、積極的にもの作りを進めていく試みも、必要な気がするが。デザイナーが作ったTシャツならそれで良いのか。その辺を考え直さないと、変わらないと思う。

 大人にとって自分にあったファッションとは何ぞや。それが市場で見つからないのなら、思いきって作れないか。お仕着せのオーダーメードではなく、お客自ら素材やデザインを決める服や雑貨づくり。それが体験できるような取り組みも重要だと思う。有りものでは売るものがなくなりつつあるのだから、ないモノを作ることにも目を向ける。できるできないは別にして、百貨店が都市のインフラとして前向きに取り組んでこそ、本当にレボリューションできるのではないだろうか。

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健康はアパレルを救えるか。

2016-08-24 07:05:52 | Weblog
 リオデジャネイロ五輪が閉幕した。日本人選手の活躍には目を見張るものがあった。心から賛辞を贈りたい。ただ、公式ウエアのデザインや発注方法には不満も残る。主要国は母国のデザイナーやブランドがデザインに当たっているのに、日本のそれは発注先が百貨店だ。デザインや製造のノウハウを持っているわけではないのでメーカーに外注せざるを得ない。ならば、直接頼んでもいいのではないか。水面下でいろんな利権が蠢くオリンピックである。その辺の改革も2020年の課題ではないかと思う。

 アパレル分野ではスポーツメーカーが携わる素材や構造設計に話題が集まり、オリンピック後の商戦に影響を及ぼすことは少なくない。高いパフォーマンスを発揮した選手と同じユニフォームを着たいアスリート心理は、五輪ほど強くなる。ミズノやアシックスはアジアでも人気を集めているし、日本人選手の活躍により親日国ではさらに販路が広がりそうだ。

 ところで、スポーツとアパレルとの相乗効果。また経営面でのノウハウ共有。ビッグイベントがある度にスポーツはアパレルに深く影響を及ぼしてきた。そんなことを考えていると、あるスポーツ系企業がアパレルのM&Aに積極的なのを思い出した。「結果にコミットする」とのコピー、会員の利用前利用後の変貌ぶりで、話題を集めたトレーニングジムの「ライザップ」。ここを運営する「健康コーポレーション」のことだ。

 同社は、今年4月には4℃ホールディングスの婦人服SPA「三鈴」、補正下着メーカーの「マルコ」を立て続けに子会社化した。それ以前にもマタニティ&ベビー服の「エンジェリーベ」、インターネット通販の「夢展望」、ヤングブランドの「アンティローザ」、ミセス向けの老舗アパレルの「馬里邑」、首都圏にインテリア雑貨店を展開する「イデアインターナショナル」、郊外向け雑貨業態の「パスポート」、美容関連、化粧品の製造販売を行う「ジャパンギャルズ」などを傘下に収めている。

 トレーニングジムとアパレルや雑貨、化粧品。素人目には何の関連性もないように思えるが、同社は「自己を変えるために、自分に投資する」事業という点では共通と見ているようだ。だから、あえて大量消費で代替が激しく、価格競争に陥りやすいコモディティ、いわゆる日用品の分野は対象としていない。 それぞれの事業が共通の目標で動くと考えるからこそ、投資先としては価値ありなのだ。

 一般的に買収や経営統合の案件に上がる企業は、業績不振など経営的に不安定なところが少なくない。三鈴も競争激化のヤングファッションの中にあり、馬里邑は顧客の高齢化で事業の方向性が見えづらくなっていた。またパスポートとイデアインターナショナルは東証ジャスダック、マルコは東証2部の上場企業だ。これらはみな経営面で新しい血を必要としていたということだろう。

 それ以上に産業界の構造変化の中、成長が見込まれる分野に資源を投下することで、 新たな価値創造と持続的成長を目指す時代だ。そのためのプラットフォームとしてグループ経営という枠組みが見直され、戦略的に活用されるようになっている。それは美容・健康産業にとっても、マクロ的な意味でアパレル、雑貨も組み込めるのではないかということだろう。

 グループ本体の事業が安定し、資金が潤沢であるなら、銀行筋やコンサルタントがいろんな案件をもってくるだろうし、相手企業が非上場であれば第三者割当増資という手法もとれる。経営観が凝り固まったアパレルファッションの業界だからこそ、新しい経営発想が不可欠という点で、経営統合や業務提携の案件に載せやすいのかもしれない。

 被買収、被統合のアパレル企業側からしても、内需への依存度が高いだけに少子高齢による消費の先細りで、成長戦略が描きづらくなっている。多数の店舗を持っていたり、多くのスタッフを抱えていれば、M&Aの受け入れでそれらの存続、雇用の維持できるのでひと安心だ。

 健康コーポレーションとしては、トレーニングで体の内側から美しい肉体を作り上げるのも、補正下着で体の外からプロポーションを見違えるようにするもの、同社が目指す「人は変われることを証明する」という点では同じなのだ。そのことは企業サイトにも瀬戸健社長の言葉としてしっかり明記されている。

 マルコとの資本業務提携は、健康コーポレーションが携わるトレーニング、コスメティックといった美容・健康事業と、マルコがもつ補正下着の開発力、50万人にも顧客基盤は相乗効果があると見たようだ。その先に理想型のボディメイクが成し遂げられれば、アパレルやコスメティックという新たなニーズが生まれ、さらに市場が広がる可能性がある。経営者としてはグループのシナジー効果を追求する狙いだろう。

 健康コーポレーションは、トレーニングジムのライザップで一躍有名になった。耳に響く重低なSE(効果音)で始まるCMは、ダイエット訴求の鉄板表現、利用前利用後の「激変」を明確に訴求した。キャラクターにはほとんど会員を起用するもので、福岡に本社をもつ投資系企業の社長も出演を打診されたと語る。

 CMを制作しているのは、電通だ。スポンサー担当の一人も博多の名門高校、早稲田大学とラグビーで鳴らした屈強なスポーツマンだそうだ。代理店に入社すれば、趣味でラグビーを楽しむよりゴルフ接待の方が主体になる。だが、クライアントがライザップになったことで、こちらにも出演オファーがあったとの話も洩れ伝わってくる。

 ただ、当初は会員がキャラクターになっていた路線も、次第にタレントが登場するようになっている。俳優の赤井英和、経済評論家の森永卓郎、AKBの峰岸みなみ等々と、代理店が電通だけにタレント起用によるブランディングの王道は、ここでも変わりない。

 一方、CMが集中投下され始めた頃から、ダイエットにありがちな虚構論も浮上した。筆者の知り合いのスポーツトレーナーも「あそこは徹底したカーボンカットのスタイル。会員はかなり無理なダイエットを強いているようだ」と語っていた。つまり、トレーニングと並行して食事での「糖質制限」をさせて、体中の脂肪をエネルギーに変えていくもの。二週間程度で痩せるには、炭水化物を一切摂取できないことになる。

 このやり方がダイエットの正攻法か否かは別にして、会員の不満やトレーナーの労働条件の悪さが週刊誌のネタされるなど、新興企業にありがちなバッシングも受けている。ダイエット産業の市場規模は2兆円とも言われるから、いろんなカラクリがあるのは当然と言えば、当然だ。だからと言って、同社のマネジメント能力が劣るかどうかは別問題と言える。

 さて、健康コーポレーションは、傘下に収めたアパレルや雑貨の企業をどう立て直していくのだろうか。各社の企業概要を見ると、経営陣はそのままというところもある。グループとしてのシナジーを追求する場合、傘下企業を異業種間で切磋琢磨させるような人材交流が不可欠になる。分社型経営のままでは、組織や考え方が縦割りで視野が狭くなりがちだからだ。

 こうした弊害を補えるような人材の流動化をはからなければ、これまでの業界慣行を打ち破るようなビジネスモデルやイノベーションは創出できない。 また人材交流は将来的なグループ経営幹部育成にもカギになる。グループ経営には事業の投資・撤退判断など極めてダイナミックな舵取りが要求される。これらの能力はアパレルや雑貨といったキャリアの延長ではとても形成されない。グループを俯瞰でみるような視点や判断力を鍛えるためには、傘下事業を横断的に経験しておくことが必要なのだ。

 そのためには子会社の要職に柔軟に配置できるような人事基盤の整備と、中核であるスポーツ企業が人事権を発動できるのかが課題になる。結果的にすべてのグループ企業において業績が好転してこそ、グループのシナジー効果も見えてくる。親会社として外部から経営のプロを招聘して改革するのか。中核会社、大株主としてもバランスシートを精査し、売上げ、利益、経費などの見直し、商品や業態の開発や人材育成などについて、注文を付けなければならない。

 三鈴は昭和38年に創業した婦人服の専門店だし、 馬里邑はさらに古く戦後まもなく産声を上げたミセス系アパレルだ。どちらも高度成長期の成功体験を引きずる悪習が経営を硬直させた元凶かもしれない。これにどうメスを入れていくのか、である。ただ、成長、拡大のみを求めていろんな施策をうったところで、飽和したアパレルファッション市場では限界がある。

 漠然とはしているが、健康コーポレーションがグループ理念に掲げる「全ての人が、より健康に、より輝く人生を送るための自己投資産業」をビジネス領域として、「世界中から必要とされ続ける商品・サービスを提供し続ける」こととは、何なのか。それを経営者は具体的に考え、実行していかなければならない。

 つまり、社会が経済成長を絶対的な目標とせず、十分な豊かさや少しの幸福が達成されるのを求めるのであれば、それに合致するもの作りやサービスの提供にスライドしかなければならないのだ。成熟した消費市場の中で、消費者が健康で理想的なボディを手に入れれば、次はどんなウエアや雑貨をウエルネスライフの中に求めるのか。その答えを探し出した時、アパレルファッションは一歩進化するはずである。
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自社ビルは何のために。

2016-08-17 07:59:13 | Weblog
 8月も半ばを過ぎ、アパレル各社の決算発表が気になるところだ。ヤマトインターナショナルは決算発表を前に重要なIR情報をリリースした。アウトドアブランドの「エーグル」とのライセンス契約が2017年2月末で終了し、それに伴う早期退職者の募集などで特別損失を計上するというものだ。さらに16年8月期決算では33億円の最終赤字になる予定という。同社にとってエーグルの売上げは全体の25%に当たり、三陽商会同様にライセンシーを失うことが、アパレルメーカーにとっていかに厳しいかを物語る。

 しかし、ヤマトインターナショナルともあろう企業が、ブランドライセンス頼みの戦略にもっと早く手を打たなかったかである。同社は戦前にシャツ製造業として創業し、戦後は大阪で専業メーカーとして事業を展開した。社名もヤマトシャツに改め、日本のシャツ製造を牽引して来た老舗アパレルだ。筆者も一時期、ヤマトシャツはよく着ていて、その良さは十分に認知している。

 その後、東京にも進出し、87年には大田区平和島に社名の通り巨大戦艦を思わせる奇抜な東京本社ビルを完成させた。当時はバブル景気の絶頂期で同社の業績は右肩上がりだったと思われる。株式市場も大証2部から1部に指定替えし、株価は高騰。財務が安定して信用力が増し、ビル用地の確保も容易だったのかもしれない。何より銀行が「有形の資産取得」を口述に融資を受けてほしかったのだ。完成したビルは威風堂々としつつ、物流倉庫が建ち並ぶ湾岸エリアでは異彩を放っていた。先進性を訴えたかったアパレルにとっては、成功の証しとなったのではないか。

 一方、ヤマトインターナショナルはシャツ専業メーカーだったこともあり、総合アパレルへの道のりは平たんではなかったと思う。アイテム拡大もブランド開発も中途半端で、エーグルを除けばクロコダイルくらいしか知名度のあるブランドはない。それもいつの頃からか、量販店の売場に並ぶブランドになってしまった。売上げも2008年くらいから200億円半ばを低空飛行し、15年8月決算では219億8500万円まで落ち込んでいる。

 アパレル関係者の話によると、売上げが低迷し始めた10年ほど前から、東京本社ビルの一部を切り貸しして不動産収入を得ていたようだ。さらに今回の特別損失の発表において「東京本社ビルに占める同社の東京本社使用比率を総面積の30%以下にする」と公告している。つまり、東京本社ビルでは7割以上を他社に貸し出すことになる。不動産オーナーになったと言えば聞こえがいいが、ヤマトインターナショナルにとって、ビル建設の時点で規模に見合う事業拡大が見込めたのかとの疑問も残る。もちろん経営陣は目論んでいたのだろうが、バブルが弾けたことで、攻めの経営ができなかったのも事実だ。

 そこで考えてみたいのが、アパレル企業にとって自社ビルは必要なのかである。もちろん売上げ規模、利益、財務、ファイナンス、資産、創業者の出自など、いろんな条件で変わってくると思う。例えば、登記簿上の「本社」は創業の地に置き、ビジネス上の本部を東京の都心部に置くケースは少なくない。その場合、本社または本部のどちらかを賃貸オフィスにするか、また自社ビルを取得するかである。もちろん、取得には莫大な資金を必要とするし、自己資金で賄えなければ銀行からの借り入れが不可欠になる。


アパレルにビル1棟は不要かも

 一般論として経営戦略が軌道に乗って少しずつ組織を拡大し、スタッフが増員されていけば、オフィスが手狭になるから広いスペースに移らなければならなくなる。それでも自社ビルか、賃貸ビルかはやはり経営者の考え方次第だと思う。

 スキームとして「アパレルは水ものだから万一に備えて資産を持ち、そこからの現金収入を得られる=キャッシュフローにも目を向ける」という考えがある。これも自社の土地に自己資金でビルを建設すれば別だが、借金して物件を取得した場合、自社だけが利用するオフィスなら返済のみで収入はない。その分の売上げまで確保できないと経営は厳しくなる。自社ビルの一部を賃貸するにしても、返済額以上の賃料収入がある=利回りが良くないと運用は上手くはいかない。それに不動産は立地や地名などで資産価値に影響が出る。条件が良くなければテナントが集まらず、家賃を下げなければならないリスクも付いてまわる。

 アパレルの多くは産地や問屋が生まれた大阪や名古屋から発展した。全国展開をする上で、東京は情報を受発信する上で拠点を構えざるを得なくなったのだ。ただ、自社ビルを取得するということは別問題である。バブル景気という追い風を受け、銀行が融資をしてくれたまでは良かったが、好景気の終焉で土地神話も崩壊。資産価値が下がり、自社ビルは売れず不良債権と化したケースは、アパレルにおいても例外ではない。

 その後、台頭して来たIT関連の有名企業は、六本木ヒルズやミッドタウンにオフィスをもっている。しかし、これらにも1フロア数千万円の賃料を払ってまで高額なオフィスを借りる必要があるのかと思う。働いているスタッフは1年ごとの契約社員で、昼食には380円の弁当を食べているものもいるからだ。経営者はステイタスのつもりだろうが、雇用されている社員の状況とはあまりに格差があり過ぎる。

 まして収益性が低いアパレルが自社ビルをもっても、相当厳しいはずだ。組織的に見ても、メーン部署は企画デザインと卸営業である。素材はすでに外部から調達しているし、製造はアパレル工場に外注する。自社工場であっても都市部で用地確保は無理だし、物流網の発展から本社近くにある必要はなくなっている。MDの部署も必要にはなるが、ここも出張が多くなるから、オフィスの使用頻度は下がる。1か所にそれほど大きなオフィスをもつ方が必要な機動力が阻害されるのかもしれない。ましてITの時代である。生産性がない部署は、コストが安い地域に置くという経営判断があっても良いはずだ。ならば、アパレルはビル1棟なんて不要だと思う。

 DCアパレルのビギグループが代官山に本社を移した時は、場所柄から多層ビルを建てられない規制もあり、ブランドごとに小さなオフィスを建設した。旧山手通りに面する東京バブテスト教会裏手にあったビギ本社ビルは安藤忠雄の設計で、地下が倉庫、1階が営業部、2階が会議室、3階が社長室だった。周辺の猿楽町や南平台、目黒方面に下った青葉台にも関連会社やブランドのヘッドオフィスがいくつもあった。すべて歩いて行き来できる距離で、どれもこじんまりとしたビルだった。

 そこには大楠祐二代表の「会社は小さくなければならない」との経営哲学があり、会社ごとに経営陣や社員の競争心を煽り、業績を争わせる狙いもあった。企業規模が小さいからこそ、こうしたマネジメント術が結果につながったとも言える。ビギグループは分社経営をグループ躍動の原動力にして、成長軌道に乗せていった。言い換えれば「ビッグオフィスに象徴される大きなヒットブランドをもつより、いくつかの小ヒット商品を持つ」という戦略がアパレルとして見事に奏効したとも言えるだろう。


自社所有で何を産み出すかが重要

 筆者は独立するとき、故郷である福岡の大名に建つマンションに事務所オフィスを構えた。中心部天神の隣街である。東京で言えば、京橋や恵比寿といった立地だろうか。隣に雑居ビルがあった。1、2階が店舗スペースで、3階からがオフィスになっていた。不動産会社の話ではうちのマンションより後に建ったらしい。

 ところが、筆者が賃貸契約をする時、隣のビルは裁判所の競売物件になっていた。旧オーナーはアパレルメーカーだったという。銀行融資を受けて建て、資産運用から賃貸ビル経営にも乗り出したようだ。福岡は東京よりバブル景気が弾けるのが遅かったが、93〜94年にはこのアパレルもビル購入などの負債が重なり、倒産したようである。経営判断が甘かったと言えばそれまでだが、店舗を必要とする小売りならともかく、アパレルにとって都心部の大名にオフィスをもつ必要はない。単なる資産運用、財テクで乗り出した不動産ビジネスは、中小アパレルにとってはあまりに荷が重過ぎたということだ。

 ビル自体は競売後も転売されている。場所柄、1〜2階の店舗スペースには焼肉店、日本料理店、居酒屋、ピザ屋など入れ替わり立ち代わり入居したが、どれも2年と続かず退店している。構造上1階と2階が螺旋階段でつながり、2フロアまとめて借りなければならないことから、どの業態もコスト的にペイしなかったようだ。バブル期におけるビル設計がいかに実需とかけ離れたものだったのかと思い知った。数年前には取り壊された。ビルとしてはわずか20年程度の寿命だったようだ。後にはワンルームマンションが建ったが、それとて全部は埋まっておらず、1階のテナントもいつまで続くかは疑問である。

 ヤマトインターナショナルの東京本社ビルに話を戻そう。外観を見る限り砲台や防御甲板、風筒を思わせるようなパーツを積み重ねた造りだ。内部を見てないので何とも言えないが、これらの一つ一つが部屋になっているのだろうか。それなら切り貸しはしやすいのかもしれないが、幅が狭いフロアをズラしたような部屋ではかえって使いにくいのではないか。まあ、オーナーにとっては大きなお世話だろうが。

 ただ、ヤマトインターナショナルの決算、本社ビルの賃貸施策を見る限りでは、経営戦略のゴールはしっかり定まっていないように見える。自社所有の土地建物がどんな果実を生み出してくれるのか。それが本業にどんな効果を与えるか。その辺のスキームがアパレル業界ではいたって漠然としているように感じる。
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論争再来となるか。

2016-08-10 06:56:00 | Weblog
 8月2日、ファッション系メディアに配布されていたプレスリリースが有効となった。ジル・サンダーのクリエイティブディレクター、クリスチャン・ディオールのアーティスティック・ディレクターなどを務めたラフ・シモンズが、カルバン・クライン社に移籍することが正式発表となったのだ。

 カルバン・クラインは自らデザイナーとして1968年、ニューヨークでレディスのプレタポルテコレクションをスタート。70年代初めにはスポーツウエア、化粧品、フレグランスを手掛けてブランドビジネスの骨格を固めた。そして76年に発売したカルバンクラインジーズンは、「デザイナージーンズ」という新たな市場を切り拓き、ブランドを一躍世界的な知名度に押し上げた。



 その後、アンダーウエア、セカンドラインの展開と順調に売上げを伸ばしていくが、90年代後半になる次第に売上げは下降線を辿り、会社をフィリップ・バン・ヒューゼン社に売却。本人も2003年にはデザイナーを退任した。04年、後任のデザイナーにはレディスにフランシス・コスタが、メンズにイタロ・ズッケーリが就任するも、ブランド全体を統括できるディレクター不在が響き、ブランドバリュウ、売上げともに低迷が続いていた。

 新任のラフ・シモンズはチーフ・クリエイティブ・オフィサーのポストで仕事を引受けたという。コレクションライン、普及版のプラティナム、ジーンズ、アンダーウエアといった傘下ブランドを一つのビジョンで統一する職責に当たるようで、長年のビジネスパートナーであるピーター・ムーリエがレディス、メンズウエアのクリエイティブ・ディレクターに就任するそうだ。

 カルバン・クライン社のスティーブ・シフマンCEOが「ラフのディレクションのもと」と語っているところを見ても、グローバルブランドとして蘇らせるには、ラフ・シモンズがチーフ・クリエイティブ・オフィサーとしてしっかりとブランドビジネスに必要な「3要素」を打ち出せるかにかかっていると言える。

 一つはクリエイティブワークだ。全ての商品における普遍のコンセプトと方向性の設定、ショップイメージの組み立てなどになる。2つ目はコミュニケーション。メディア向けの広報業務から広告戦略、ショップのVMD、新しいロゴマークやCI等々まで、基本的なアイデンティティーを構築しそれにそってまとめ上げることだ。そして、ビジネスである。製造から販売までの全てを管理管轄し、コントロールしていかなければならない。

 ピーター・ムーリエはシモンズが固めたコンセプトにそって、レディスとメンズのプレタポルテをデザインしていくことになる。またバッグや靴、小物、アンダーウエア、フレグランスのパッケージングなどでは黒子のデザイナーも必要だろう。ラフ・シモンズが設定するコンセプトをしっかり理解してくれ、一を言えば二も三もの表現をしてくれる優秀なスタッフ=職人の存在である。

 幸い、ニューヨークにはカルバン・クライン自身が卒業したFITがあり、デザイナーを夢見る若者が世界中から集まっている。人材には事欠かないはずだ。即戦力にしても、育成にしても新しいカルバン・クラインの元で働けるアシスタントという経歴は、将来のデザイナーデビューにとっては箔が付く。

 もちろんラフ・シモンズ自身には、カルバン・クラインを再びグローバルブランドに蘇らせるために、説得力を持ってスタッフの腑に落とす手腕、高いコミュニケーション能力が求められる。ブランド再生のためのコンセプトを、カルバン・クライン社という組織の中でマネジメントしながら、スタッフを一つにまとめていく「求心力」が何よりも重要になるのだ。タレント崩れの代表代行が幅を利かすどこかの政党なんかには、足下にも及ばない重責と言えるだろう。

 言い換えれば、カルバン・クライン社はラフ・シモンズの考え方を理解し共有し、社内に浸透していける社内体制なのかである。グッチを再生したトム・フォードの例を挙げるまでもなく、ラフ・シモンズ個人と彼の考えをスタッフ全員が理解し共有すれば、ブランド企業としては軸がぶれず、高度なビジネスが展開できるのは言うまでもない。そのための環境づくりがブランド再生のカギを握るということである。

 一方、カルバン・クラインの歴史を振り返ると、そのブランドを作り上げていく過程では、常にcontroversy、いわゆる「論争」を巻き起こして来た。70年代にはそれまでの常識を覆すデザイナージーンズで革命を起こす。80年代にはわずか15歳のブルック・シールズをモデルに起用し、放送禁止ともなるコピーをリップシンク。さらに85年のフレグランスキャンペーンでは正体不明のモデルに胴体、裸の腕や脚を惜しげもなくさらさせた。

 「Do you know what comes between me and my Calvin?」のコピーは、日本語に直訳すれば何ともない。だが、ティーンエイジャーが発言するには意味深な内容から、放送コードが厳しい米国で「好ましくない」と、物議を醸したようである。だが、こうした過激ともいえるマーケティング戦略は、90年代にはアンダーウエアのキャンペーンでも踏襲され、タイムズスクエアのビルボードにはフリーフ1枚で上半身は裸という男性モデルのビジュアルが堂々と登場した。



 カルバン・クラインの広告キャンペーンは、ここに登場したキャラクターをインキュベートさせる側面も持っていた。ブルック・シールズはもちろん、悪童ラッパーのマーキィ・マークは今やハリウッドを代表する俳優マーク・ウォルバーグとして改心。また痩せこけてセクシーとは言い難く、何となくうつろな眼差しだったケイト・モスは世界中のブランドからオファーが舞い込むスーパー・ウェイフ・モデルに成長した。



 ただ、その後もモデルの性的な曖昧さや拒食症につながる問題、子供を起用した下着キャンペーンが児童ポルノを連想させるとの強烈な抗議など、論争が絶えることはなかった。しかし、これがカルバン・クラインがカルバン・クラインたる所以で、ブランドが受け継いで来たDNAと言ってもいいだろう。

 ラフ・シモンズは、フレグランスの名前にもつけられたobsession=強迫観念ともいえるブランドの系譜をそのまま引き継ぎながら、いかに新しいエッセンスを加えていくのか。米国ブランドではマイケル・コースがカルバン・クライン的な戦略で一歩リードしているが、クリエーターズファッションで注目されたナルシソ・ロドリゲスは内紛でリズ・クレイボーン社に買収された。陳腐化気味のニューヨークコレクションでは若手の台頭はあるものの、レジェンドを起こせるビジネスエンパイアが待ち望まれているのも事実だ。

 ファッション業界におけるM&Aやデザイナー交代劇は、珍しくない。LVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)、ケリング(旧ピノー・プランタン・ルドゥート)といったコングロマリットが資本の論理でブランドを次々と傘下に収めると、効率優先の全天候型経営に陥らないとも限らない。実際、ケリングはグッチの成功例で気を良くし、傘下に収めたイヴ・サンローランのリヴ・ゴーシュまでトム・フォードに任せた。すると、デザインがグッチと何となく似てきてしまったのが典型例だ。これでは面白くも何ともない。

 またケリングの一角を占める小売り企業のルドゥートは、米国内から撤退したckカルバン・クラインをフランス国内で堂々と販売している。ckのロゴマークはすでに古くさく、ブランドバリュウは失われている。グレードはバジェットライン、日本でいう量販ルートまで落ちてしまった感じだ。もはや国際的なブランド発信力はないに等しい。

 往年のカルバン・クラインは、トラディッショナルでコンサバ色が強かったニューヨークファッションに、「アメリカンミニマリズム」という流れを吹き込んだ。デザインでは余分な装飾を排し、シンプルで流れるようなラインを作り上げた。ちょうど「シェイプアップ」がトレンドとなっていた時期と重なり、「自分の体をセルフコントロールできない人間はビジネスでもサクセスできない」との風潮から、ジムに通うワーキングウーマンが増加。カルバン・クラインのミニマルなスーツやドレスは、そうした女性たちのボディラインをしっかりと包んだのである。

 一方、ラフ・シモンズはどうだろう。ベルギーの出身でアントワープの王立美術アカデミーでファッションを学ぶことも望んだが、ファッション学科ディレクター、リンダ・ロッパに「うちで学ぶ必要はない」と、独学で服づくりを学んでいる。アン・ドゥムルメステール、ドリス・ヴァン・ノッテン、ウォルター・ヴァン・べイレンドンクとちょうどベルギーファッションが日本でもクローズアップされ始めた頃だ。

 ラフ・シモンズが1995年に発表した最初のコレクションは、英国学校の生徒からヒントを得たようなタイトで流れるようなシルエットの作品だった。それから精力的な活動が続いたわけではないが、ベースにあるミニマルな服づくりはジル・サンダーの系譜とも合致し、クリエイティブディレクターを務めるまでになったのである。そこでは余分な装飾を排するジル・サンダーの遺伝子を見事に受け継ぎ、自分の世界観を表現した。言うなれば、デザインに凝らず、ファッショニスタに媚びない姿勢がLVMHの経営陣に認められ、ディオールのディレクターに就任できた理由かもしれない。

 今年6月には イタリアのメンズ見本市「第90回 ピッティ・イマージネ・ウオモ」にゲストデザイナーとして登場している。若かりし頃の革新性は影を潜めたが、それでもアートからインスピレーションを得るという手法は変わっていない。そうしたデザイナーが大西洋を越えて、ニューヨークの地でどう輝くのか。シンプルとミニマルは似てても非なるものだ。余分な装飾は捨てても、確固としたラインは描かなければならない。シモンズ自ら「洋服そのものは、確固とした美しさをハッキリと映し出す媒体」と言うように、ニューヨークのワーキングウーマンの審美眼を育むような服を提案してほしいと思う。



 ラフ・シモンズにはあんまり小さくまとまって欲しくはない。彼にラジカルでアバンギャルドは似つかわしくないとしても、論争の火種ぐらいは大いにもたらしてほしいものだ。それをニューヨーカーや往年のカルバン・クラインファンは期待している。もし、ラフ・シモンズがカルバン・クラインブリーフをリニューアルしてくれるなら、ぜひ穿いてみよう。「どこにお洒落ですか」と聞かれた時、「下着です」と答えられるから。
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キャリアの解釈もいろいろ。

2016-08-03 07:11:05 | Weblog
 業界人向けのファッション誌「WWD」のタブロイド版8月1日号が「進化するキャリア服を追え!」のタイトルで、働く女性向けのブランドやショップを取り上げている。そこまではいいのだが、サブタイトルに書かれたブランドの顔ぶれを見ると、筆頭にオンワード樫山の「ICB」、次がワールドの「アンタイトル(UNTITLED)」 。東京スタイルの「ナチュラルビューティー(NATURAL BEAUTY)」と続く。まさにNBとの広告タイアップ企画のようで、他にブランドはないのかと思ってしまう。

 ICBは当初から世界で売っていくブランドの位置づけで、筆者がNYにいた頃はマンハッタンではビルボードが掲出され、現地でのプロモーションにはかなり力が入っていた。2011年にはネパール出身のプラバル・グルンをチーフデザイナーに起用。彼が航空会社の制服を手掛けたことで、コレクション向けの商品もチラッと紹介されたのを見た。色、デザインとも日本にはない感性で、欧米向けにはかなり力が入っていることを伺わせた。



 そうした戦略が作用しているかはわからないが、日本で売れているアイテムは働く女性向けのジャケットスーツのようだ。男性に交じって会議からプレゼン、交渉ごとまでで「できる女」を見せるには、やはり凛々しさを醸し出せるジャケットスタイルなのだろうか。

 ただ、あまりにプレーンだとリクルートスーツのように見えてしまう。適度に女性らしさを強調するシルエットを増やしたというから、それが好調な理由なのかもしれない。この秋は工場と素材のグレードを上げた7万円のジャケットやゲストドレスを発売するそうだ。ワールドワイドに活躍するキャリア層を狙うのだろうが、売場が百貨店では少し不釣り合いな感じがしないでもない。

 ワールドのアンタイトルも、百貨店のハコで長らく一定のポジションをキープしていた。近年はブランドの陳腐化が激しく、他との差別化が図られていないと感じていた。10年からは女子サッカーなでしこジャパンの公式スーツにもなっていたが、2011年にワールドカップ初優勝で注目が集まり、13年にデザインが刷新されたのは記憶に新しい。資金力がない日本女子サッカー界にとっては朗報だったと思う。

 しかし、筆者はブランドのロイヤルティ向上、イメージアップへの貢献ではピンとこなかった。なでしこの選手はごく一部を除き、お世辞にもルックスが良いとは言えない。外国人選手に比べると上背もないし、スポーツ選手特有の筋肉の発達もある。スーツの既成パターンでは少し厳しかったのではないか。佐々木監督以下、勢揃いした選手による広報写真を見ても、 似合っているとは言い難い印象だった。

 実際、お客がそれを見てどれほどスーツを購入しようと思ったのか。外国人モデルのプロモ写真を見慣れているお客からすれば、これが自分が着たとしても現実?、私の方が少しはスタイルが良い?と、テンションが下がったのではないか。まあ、ワールド側もそれは認識していたと思うが。

 ブランドと人員の大量リストラを断行するワールドにとって、基幹ブランドであるアンタイトルのテコ入れは必至だ。秋冬シーズンからはエグゼクティブ・キャリアをターゲットにしたライン、「エッセンシャルクルー」をスタートするという。東京・松屋銀座の売場を30坪強に拡大し、新ラインもフルラインナップする旗艦店にするようだ。

 ブランド存続は既定路線だったとは言え、はたして40代の女性管理職、重役陣がグレードアップしたとの触れ込みで簡単に飛びつくのか、それとも大して変わらないと感じるのか。ワールドが置かれている状況を見ると、いろんな服を着こなしインポートブランドまで知り尽くす真のキャリア層のハートをとらえるのは、懐疑的と見ている。

 サンエーインターナショナルが開発し、東京スタイルとの共同株式移転によるホールディングス化で、現在東京スタイルに継承されたナチュラルビューティー。ナチュラルビューティー・ベーシック、Nナチュラルビューティー・ベーシックと派生ブランドが登場していく中で、源流ゆえに一定の顧客層はつかんでいたと思う。ブランド戦略の宿命としてコア客の年齢が上昇するに伴い、予備軍を捉まえるためのスピンオフは不可欠だ。

 でも、売り上げ効率に走るために「スタンダード」がなおざりにされている面はそこかしこに見られた。例えば、ナチュラルビューティー・ベーシックはヤング狙いとは言え、中国製の安い商品が売場のワゴンに堆く積まれ、売れ残りが著しい部分を見るにつけ、これでは同じ名前がつく本家のロイヤルティにも影響があるのではと思っていた。

 そうした懸念材料をはね除けるように合成皮革エルモザレザーのジャケットは、秋冬の鉄板アイテムになっているようだが、フェイクレザーで本当にキャリア層をつなげ留めていけるのだろうか。アベノミクスの影響で為替が円安に振れ、国内生産を売るための仕掛けにする向きもあるが、海外ブランドの情報が豊富なキャリア層にとって本当に有効な戦術となり得るのか。

 ナチュラルビューティーにはブランドの普遍性、時代に流されない上品さがあるとは言っても、目が肥えている彼女たちからすればコンサバとは一線を画するデザイン、生地感や色合いで目新しさも求められるような気がする。

 働く女性向けの商品を売るハコ、またそうしたショップをリーシングする器は、駅ビルや百貨店がメーンになる。今回はルミネ有楽町やアトレ恵比寿、西武・そごうを取り上げている。ルミネやアトレは種々雑多な駅乗降客を意識し、これまでカジュアルから雑貨までてんこ盛りだった。でも、場所柄を考えれば銀座や恵比寿の一般OLをターゲットにした方が確実性があり、客単価も上がると戦略を修正したようである。

 彼女たちは今は管理職ほどの給与ベースではないから、セレクトショップの仕入れ商品には手が出ないが、そのテイストには近づきたいとの思いを組んだようである。いわゆるトランスキャリア戦略とでも言うのだろうか。彼女たちの中から何割がキャリア層まで昇りつめるかはわからないが、将来のためには青田買いも重要との思いが滲む。

 百貨店は前出のアパレルの出店先だから、あとは編集をどう組むかの問題になる。唯一、西武・そごうが登場しているのは、自主開発「リミテッドエディション」をもっているからだろう。このブランドも50代向けからクリエーターバージョン、パンツ、そしてOL向けとバリエーションがある。リリースでは「選び抜かれた素材にトレンドを捉えたデザイン、そしてリーズナブルな価格を実現した」との触れ込みの割りに、商社ODMの域を出ず商品レベルは百貨店PB止まりだった。

 この秋には働く女性向けの「リミテッドエディション@オフィス」を刷新するという。百貨店を御用達にしているOLは、スーツも百貨店で購入したいとの要望をもち、品質向上やポケットなどの機能性へのニーズも高いことから、これらを十分に取り入れたリニューアルになるようである。

 駅ビルを運営するデベロッパーは物販テナントをリシーングし、ターゲットに沿って、MDを修正してもらえば言い訳だから、アパレルメーカーほどの商品政策は必要ない。フロアにコスメやバッグなどの関連商品を組み合わせれば、比較的回遊性も増し、滞留時間も増える。「服を買おうと思って訪れたけど、バッグや靴を買ってしまった」という衝動買いのお客も出てくる。特別なキャリアゾーンというわけではなく、通勤、街着の延長線でのコンサバテイストであれば十分なのである。

 そこで思ったのが「キャリア」の解釈である。筆者が大学を卒業後、アパレルの業界に入って最初に携わったのもキャリアの商品だ。キャリアとは職業的、社会的な経験を積んで、自信と分別を備えた専門職をもつ女性を指す。筆者が業界に入った頃は、マインドエイジで分類すると、ヤング(18〜22歳)、ヤングアダルト(23歳〜29歳)、 アダルト(30歳〜45歳)と呼称が変わり、ヤングアダルトの中で仕事をもつ層をキャリア、花嫁修業中や結婚している層をミッシーやヤングミセスと分けていた。もちろん、アダルトの中にも働いている女性はいるから、そうした層もキャリアゾーンに該当した。

 テイストで分類すると、年齢に関係なくコンサバ、コンテンポラリー、アバンギャルド(これがデザインが奇抜だから、キャリア服にはならない)があり、流行に左右されない保守的なコンサバ、流行を適度に取り入れ今の感覚にフィットしたコンテンポラリーにもキャリアはある。さらにクラスターで分ければ、コンサバではキャリアエレガンス、コンテンポラリーではセンシティブ・キャリアが当てはまるだろうか。

 また具体的な客層をあげると、コンサバのイメージは丸の内のOLに代表され、コンテンポラリーのシンボルは新宿や渋谷のワーキングウーマンだった。トランスキャリアは直訳するとキャリアを超えるという意味だが、業界の解釈はOLとキャリアの中間を指していたと思う。これは今回のWWDでは言葉こそ出ていないが、アパレルや百貨店もかなり意識しているように見受けられる。一般にはキャリアと言うと、オケージョンで分けた「オフィシャル」のイメージがあるが、マーケットが広がる中でキャリアの概念も拡大してきたと思う。

 かつてはキャリアと言えば、コンサバと対極にあるコンテンポラリー色が強かった。イメージされるターゲットも精神的に自立、経済的に自活し、男性に甘えないで生きるカッコいい女性だ。だから、着る服も都会的で大人の雰囲気とエッジの利いたスタイリッシュなデザインが主流。レディスウェアらしいフリルやペプラム、レーシーなどの装飾は一切排除され、シャープなカッティングと直線的なラインが特徴だった。

 ところが、こうしたキャリアテイストはいつのまにか、影を潜めてしまった。変わって台頭したのはコンサバの中でのキャリアである。以前にも書いたが、土屋耕一氏が書いたコピー「キャリアウーマンにあたる日本語ってなんでしょう」は、伊勢丹が販売したカルバンクラインの広告で登場した。それは着やすくて自由で飾り立てがないけど美しい。当時はキャリア服を表現するには代表的だった。

 その後、ダジャレコピーの名手、真木準氏は百貨店のキャリアを「コンサバけてる」と表現した。おそらく企画会議で担当者が商品のテイストにおいてコンサバを連呼したことが下敷きになったと思う。

 百貨店の広告の通り、ずいぶん前からキャリアテイストは、大都市で男に混じってバリバリ働く骨太な仕事中心の女性から、職場ではあくまで女らしく控えめな立場を意識しつつ常に優雅に振る舞う管理職や秘書的な女性に変わって来ている。キャリアウーマンというのは和製英語で、正確にはワーキングウーマン、またはワーキングガールだ。アパレルでは長年、働く女性向けの服をキャリアと称してきたから、そちらの方がしっくり来るのだと思う。個人的にはキャリアと言えば、どうしても着る人を選ぶカッコいい服をイメージしてしまう。

 今回のタブロイド版はWWD側の営業が絡んでいるようで、記事広告の企画枠の中でのブランド、業態のラインナップとなったと思われる。百貨店や駅ビル、大手チェーンとそこにリーシングされるNB、オリジナル、PBが対象となっており、タイトルが煽るほどクールな顔ぶれではない。キーワードを見ても「女性らしいシルエット」「着回し可能な」「他人から好感を」「オンオフで働く」「きちんと感」と、無難な路線を行っている。売れることを考えたら、そこに行く着くということだろう。

 言い換えれば、これがNBアパレルや百貨店、駅ビル、大手チェーンの限界で、これ以上の進化はないとも言える。数年前からラグジュアリーブランドと国内キャリアブランドの中間に位置する「ドメコン」、いわゆるドメスティックコンテンポラリーにスポットが当たっている。背伸びして高級ブランドを買いたいというキャリア層は少なくなり、身の丈にあった手が届くモデレートなプライスラインで十分だと意識が変化。トップスが2〜3万円、アウターが5〜10万円という買いやすい価格帯になっている。

 9月9日、バロックジャパンリミテッドがニューヨークのウエストビレッジに出店する「エンフォルド」はその代表格と言われる。他にはユナイテッドアローズの「アストラッド」、WWDにも登場しているジャパンイマジネーションの「ソフィラ」だろうか。キャリアの定義は仕事をする時のスタイルだけでなく、いろんな服を着て来た層が選り抜くゾーン、ポジショニングでもあると思う。

 とすれば、ニューヨークなどのコンテンポラリーブランドと対峙する服でなければならないのではないか。これにコンサバキャリアやキャリアエレガンスは当たらない。その意味で、コンテンポラリーに適度なモード感を加味したエンフォルドは、コシのある生地を使用したエッジの利いたデザインが特徴で、ニューヨークという大都会で勝負したいのはごく自然の成り行きと思う。

 2013年に日本に上陸したH&Mの上級ライン「COS」もコンテンポラリーラインだ。クオリティではドメコンよりも1ランク下がるが、適度なモード感があってユーロブランドらしい洗練されたデザインが特徴だ。公式サイトもアイテムそのものをクローズアップするスチルライフが多用され、さながらギャラリーにいるような感覚に陥る。これもキャリアマインドをくすぐるのではないか。

 店舗展開はH&Mに比べると、多店舗化が遅れ、全国的な知名度はいまいちだが、価格帯的には値ごろなのでコンサバ、エレガンス系に飽き足りないキャリア層は捉まえると思う。ネットである程度の仕事がこなせるIT関係やデザイナー、イラストレーターなどのクリエイティブキャリアには向きそうだ。筆者が女性なら日常の仕事着には迷わず選ぶ。

 ドメコンがモード感を維持するエッジとスパイスのきいたテイスト、色柄、素材、デザインでの差別化、エンフォルドのようなドレスやコートといったキーアイテムにより磨きをかけていけば、進化型キャリアとして一定のマーケットを確保していくと思う。この手のアイテムがもっと増えていってもいいのではないか。

 もっとも、それができるのは百貨店系NBではなく、専門店系アパレルの出番かもしれない。WWDの編集サイドもそれを十分にわかった上で、今回は営業絡みで中小アパレルがクライアントにならないため、しょうがなかった面はあるだろう。でも、もう少し掘り下げてくれないと、読者にとってはつまらない。350円でも買う気は失せてしまう。まあ、筆者は買ったが。
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とりあえずスポンサーを。

2016-07-27 07:26:16 | Weblog
 日本ファッション・ウィーク推進機構(JFW推進機構)は、今年10月に開催する17年春夏の東京コレクションから アマゾンジャパンと冠スポンサー契約を結んだ、と発表した。アマゾンはすでにニューヨークのメンズファッションウィークのスポンサーも務めており、日本のデザイナーズファッションにおいても、アマゾンの影がひたひたと忍び寄ってきたといっても、過言ではないだろう。

 報道によると、アマゾンジャパンのジェームズ・ピータース副社長兼ファッション事業部長は、ECプラットフォームの活用で「日本のデザイナー認知を、外国でも高めることができる。消費者とブランドが直接つながる場を提供できる」と語った。とすれば、アマゾンのスポンサードは、東コレに出展するデザイナーズアパレルとの直接取引を視野に入れる狙いも伺える。

 アマゾンの前には12年春夏から16〜17年秋冬まで、メルセデスベンツが冠スポンサーについていた。東京ファッションウィーク(TFW)はメルセデスベンツのスポンサードで、高感度なイメージ発信が可能になったと言われる。だが、メルセデス側とすれば、それがベンツ車の販売につながったのか。結果的に見れば、そうではなかったようだ。

 前にこのコラムでも書いたが、 TFW期間中に開催される東京コレクションを見にくるお客はメディア関係者を除けば、国内外のショップバイヤーが大半である。デザイナーズ系ブランドの服が好きで、自店で販売している人たちだ。コレクションは販売する商品の仕入れを検討する場でもある。さらにバイヤーは自らも服に投資する比較的感覚の若い客層だから、ベンツのような高級車にまで投資する人間はごく限られてくる。経過を見れば、マーケティングや販売促進には、それほどつながらなかったというのが実情だろう。

 JFW推進機構側にしても、国(経済産業省)からの補助金がカットされたことで、イベントウィークの開催が八方ふさがりになりかけていた。その時、名乗りを上げたのがスポーツマーケティング会社のIMG(インターナショナルマネジメントグループ)であり、スポンサーとして連れて来たのがメルセデスベンツだったのだのである。今回のアマゾンのケースにIMGが関わったかは目下調査中だが、JFW推進機構にとって継続的にスポンサーを確保できたという点では、安堵したというのが本音ではないか。

 アマゾンは「ECとしてファッションとの親和性も高い。東京のデザイナーブランドは、卸し先の獲得に苦戦しているケースが多いので、その補完が期待できそうだ」と前向きに語っている。デザイナーアパレル側としては、アマゾンが大量に仕入れ売り捌いてくれれば、生産量や売上げの見通しが立って、好都合だろう。またすべてとは言わないまでもショップの中には、アマゾンがデザイナーズアパレルの専用コーナーを設けることで、売上げアップ、市場拡大に期待して出店しようというところが増えてくるかもしれない。

 海外のコレクションでは、バイヤー発注会という形ではなく、商品を消費者が即座に購入できるという試みも始まっている。ショップを通じて半年先に買うのではなく、コレクションがオンシーズンに近づくという地殻変動が起きつつあるのだ。アマゾンがスポンサードはそうしたデジタルビジネスの要素がファッションに加味されるわけで、お客にとってリアルタイムで「今はコレです」とトレンドを見せられると、買うしかないってことになる。アパレルメーカー側の生産態勢にも影響は必至であるのは言うまでもない。

 一方で、デザイナーズアパレルの中にはネット販売する小売店とは取引しないところがあった。小売店の中にもネット販売を嫌うところがあるのも確かだ。アパレルメーカーは小売店が自社のブランドを気に入ってくれ、責任をもって販売してくれるから卸していると自認する。それはショップが対象とするエリア内で、他の取引先の市場は侵さないという暗黙のルールを作り上げてきた。例えば、東京なら渋谷と郊外に数店舗、他は埼玉に1店や千葉に1店と取引するといった感じで、卸先エリアを分けていくというものだ。一方の小売店側もそうした売り方を守る形で、アパレルを口説いたり、取引を可能にしたりして、自店の商売を維持して来たのである。

 アマゾンのデザイナーズアパレルへの参入は、これまでアパレルメーカーと小売店の間で長年に渡って取り組まれてきた「バッティングさせない」という不文律を形骸化させることになる。ECの浸透により販売エリアはグローバル化し、事実上、意味を持たなくなってしてしまったということだ。

 バッティングさせなことは、ある意味、アパレルメーカーと小売店を共存共栄させてきた面はある。しかし、グローバルな自由競争が激化した今、こうした規制、談合のような古典的ルールは、かえってアパレル、小売りを弱体化してしまうとのご意見もあるだろう。しかし、デザイナーズアパレルを地道に自店のエリア内で売って来た中小零細の小売店としては、アマゾンの登場は死活問題になる。おそらく、アマゾンがポイントの導入などを進めていけば、小規模小売店の販売力など駆逐されるのは目に見えている。デザイナーズアパレル側も、取引先1社あたりの売上げはそれほど高くないわけだから、アマゾンの参入は救いの神として好意的に受け取らざるを得ないところか。

 もっとも、ことはそう簡単にはいかない。確かにアマゾンのセールスパワーは偉大だ。しかし、ネットにアップされる画像はサイズ、点数など決まっており、スペックや商品説明なども画一化されてしまう。ショップ独自サイトのようにセールスポイントや着心地などの訴求することはできないのだ。それに出店する店舗数は莫大な数に及ぶから、現状の検索機能程度では小規模なセレクトショップなど埋没してしまわないとも限らない。出店数が多い分だけ、お客がお目当てのデザイナーズブランドにヒットする確立も低くなるということだ。

 また、筆者がECでいつも指摘する「試着ができないこと」である。特にデザイナーアパレルは、服づくりに凝ったものが多く、お客の好き嫌いが激しくなる。着心地、素材感や色合いなど、実際に現物を見て試着してみないとわかりづらい。価格もそこそこ高いので、試着無しに購入するのはお客にとっては相当なリスクのはずである。つまり、アマゾンがデザイナーズアパレルを扱うことによって、どれほど売れる環境が活性化するのかは、まだまだ未知数だということである。

 ECに参入しない中小零細の小売店が唯一活路を見出すとすれば、肌感覚の対面販売ができることではないだろうか。ショップバイヤーは売場で常日頃から顧客とコミュニケーションし、好みやサイズを知り得ている。だから、東京コレクションの観覧、その後の個別展示会では、データに基づく仕入れ勘が働く。仕入れの段階で「この商品なら、あのお客さんが好むだろう」と、売り逃しや在庫過多のロスを抑えていけるのである。思いきって仕入れもできれば、今回は止めとこうともなるのだ。

 アマゾンでもレビューなどデータ分析することはできなくはないが、リアルな売場で得るきめ細かな顧客データではない。小売店はアマゾンに出店すれば、ネットの向こうに莫大な市場、顧客がいると考えがちだ。しかし、それはバーチャルやポテンシャルであって、実際のところはどうなのかわからない。特に小売り店にとっては顧客の顔が見えないのに市場規模ばかりに目がいってしまう。そこではかえって仕入れの感覚が麻痺し、余分な在庫を持ち過ぎ、ロスを生む可能性がなきにしもあらずだ。結果バーゲンすれば、ロスを生むのは言うまでもない。

 筆者周辺のアパレル関係者では、アマゾンのTFWスポンサードについて、「当面、JFW推進機構にとっては資金確保を優先した」との見方が支配的だ。とりあえず、カネを引っ張ってくるためのスポンサーに過ぎないということだろう。デザイナーズアパレルにとっても、アマゾンに直出店するもしくは取引先の小売店を通じて出店してもらうとなれば、EC部署の開設やスタッフ配置など新たな業務が増えてくる。販路が世界中に拡大する、売上げが増えるは、捕らぬ狸の皮算用かもしれない。

 おそらくJFW推進機構は、色めき立つデザイナーズアパレルに対し、「それほど簡単に売上げは伸びない」とクギを刺すとも考えられる。 アマゾンだって売上げ最重視の外資だ。売れない商品を好んで仕入れるとは思えない。その時にデザイナーズアパレルとしてどう対処していくのか。アマゾンのTFWスポンサードは、ビジネス面での新たなハードルになる諸刃の剣でもあるのだ。

 契約期間については明らかにされていない。報道によればジャパン社のジャスパー・チャン社長は「ロングタームの契約だ」と語ったようだが、短期に結果(効果)を求める外資系企業だけにいつ心変わりするかはわからない。デザイナーアパレルには、アマゾンへの出店の有無に関わらず、スポンサード中に売上げを積み上げるのは、ロングタームにする条件だと肝に命じるべきだろう。

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