HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

我が儘に応えるAI。

2017-02-22 07:28:10 | Weblog
 業界では2月を決算月にしている企業が多い。結果が下方修正なら場合によって赤字事業の撤退や切り離しなどが必要になる。その上で、リエンジニアリングというか、売上げ回復の道筋を立てていかなければならない。

 最近、業績不振の企業経営者がこぞって口にし、中期計画にまで盛り込むのが「EC戦略」だ。マーケティング調査でも、「ネットで買い物する」のみ増えていることから、よほど魅力的に映るのだろう。

 そんなことを考えていると、取引先の社長が言っていた話を思い出した。実店舗しかない時代のことだ。「一現のお客さんが店に入って来たけど、何も買わずに去っていった。キミたち(店舗スタッフ)は、それを簡単に見過ごしてはいないか。実はここに大事なヒントが隠れているんだ」と。

 「お探しのものはございましたか」「見つからなければ何なりと申し付けください」と、声かけするのは当然である。スタッフもそれはわかっている。さらに加えるなら、「それが嫌なお客さんもいるから、POPに書いて目立つところに貼っておく」。「来店アンケートハガキを持って帰ってもらい、記入して投函してもらう」。そこまでしないと、店側はお客さんの気持ちがわからないし、戦略構築のヒントもつかめないんだと、熱っぽく語っていた。

 確かに実店舗では商品が購入されない限り、お客がどんなニーズなのかはわからない。お客は移り気だし、我が儘だ。来店したが何も買わないで帰ったのなら、それは探している商品が見つからなかったのか。置いている商品が気に入らなかったのか。またまた他に理由があったのか。

 EC全盛の今、そうした顧客管理は容易になったが、それを実店舗にリンクさせようというところはまだまだ少数派だ。だからこそ、ECと実店舗を上手く連携させて、お客が何を求めているかのデータを一元管理することが重要になるのである。

 例えば、「Webサイトでは濃紺のパンツが売れた」というデータがあるとする。それは「本当は黒が欲しかったけど、なかったから濃紺が売れた」のか、「端から紺系が求められた」のか。その理由をECならレビューなどを通じて確認できないことはない。ただ、実店舗のお客についてもよりきめ細かく探ってECと一元管理できていれば、より中身の濃い情報として蓄積できるはずだ。

 それらをビッグデータ化しておけば、お客の買い物動向や客層別で何を求めているかが探れることになる。商品づくりやフォロー、品揃えにも反映できるわけだ。もはや「無難だから、紺を揃えよう」という程度のバイイングでは通用しない時代である。さらにPOS頼みの手法からも脱却しなければならないのである。

 他にもICタグを用いれば、在庫の動き、購買行動の情報管理は有利になる。さらに映像を使うと、お客が買い物かごに入れた中身までチェックでき、AI(人工知能)で購買行動まで分析できる。手持ちアイテムからおすすめサイズで仮装試着が可能など、ECによる接客&販売手法は日進月歩である。EC戦略への注力は当然、莫大な投資が必要だし、それでどこまで糸へん、アパレル側が潤うのかと、逆に不安になってくる。

 お客の側から言わせてもらうと、筆者ですら実店舗よりECで衣料品を購入するケースが確実に増えている。理由は実店舗ではブランドやテナントの顔ぶれが決まっており、自分がイメージするような商品に出会えなくなっているからだ。また、そうした商品をどこが扱っているのかわからないし、探すには相当の時間と労力がかかってしまう。その点、ECはデザイン、素材、感度という服を購入する条件では海外のサイトまで選択肢が広がり、見つかる可能性が格段に高くなる。

 実際に買う買わないは別にしても、Webサイトへのエントリー=「入店」という行動は確実にあり、お目当てのテイスト、デザイン、色についてチェックしている足跡は、もの凄くあるはずと思う。そうしたデータに基づいでアドサーバーから、筆者が好みそうな商品のバナー広告が送られて来る。実際、サイトでの商品の購入履歴やクリックしてスペックなどを確認したエントリーデータも、確実に残っていると思われる。

 最近、そうしたデータを収集して解析し、客層別での品揃えに生かし、実店舗にしていくといった業態開発ができるのではないかと思うようになった。一言で言えば、究極マーケットインであり、お客が求めている、探している商品を実店舗で、実際に目で見て触れて着心地を確かめてから購入できる、EC+実店舗の進化型ともいうべきか。

 ブランドならネット購入でもいい。アバターによる試着体験ができれば買う人はいる。バーチャル試着ができればサイズ確認ができるので好都合だ。ECではいろんな購買動機が作り出されている。しかし、それは「欲しいものが揃っている」というものではない。まだまだすでにある在庫、売上げが鈍い商品、利益を取りたいアイテムを「いかに伝えるか」「いかに買う気にさせるか」の次元だろう。

 成熟した客層になると、探している欲しい商品が手に入るなら、現物確認までタイムラグはあっても構わない。実際に確かめて買いたいという意識=我が儘なお客もいるのはずだ。それに対応することも、ECビジネスの新たな形ではないだろうか。

 今は2月に麻のシャツを着て、9月にウールのジャケットを着るような時代ではない。より季節に即した実需が起こるため、小売りではそれに対応した商品投入が求められている。何かあれば買うということは決してないし、必要でないものは売れない。だから、お客にとっては欲しくて買いたい商品が手に入るまで1週間から10日程度のタイムラグがあっても、十分に許容範囲と言えるのではないか。

 つまり、実需前にお客が求めるイメージの商品を手配できるような業態が作れないのか。ゼロからの商品作りは不可能だろうが、アパレル在庫〜ピックアップ〜物流〜品揃え(編集)の連携がスムーズにいけば、店作りは可能になると思う。もっと長いスパンで考えると、アパレル、もの作りにも生かせるだろう。ECによるビッグデータを活用して、その辺のマーケット攻略をビジネス化する手もありそうだ。

 ECはお目当てのブランドを検索し、購入するには便利だ。しかし、あまりに情報が多すぎるため、イメージキーワードを入力しただけでは、お目当ての商品に辿り着くのは難しくなっている。

 例えば、現状の通販サイトでは「ジャケット」「ウール」「ネイビー」「きちんと」というキーワードを入力した時、トップには「紺ブレ」が続いて出て来る。そこからお目当ての商品を探すのはひと苦労だ。だから、AIの力を生かして、購入履歴や検索データからお客の嗜好を割り出し、ネイビーのウールジャケットでもピンポイントで探している人に向けた商品を揃える仕組みだ。

 米国の場合は、それをパーソナルスタイリストという「人間」が行っているのだが、「パーソナル」という意味合いは、「お客のファッション感性と同じ思考ができるか」「感覚や意識が共有化されているか」ということでもあり、PCやモバイルによるハード次元でもできなくはない。おそらくAIはそこまでの機能を持ち始めていると思うので、ビッグデータの解析〜MD構築〜販売といった仕組みを整備し、業態を開発することは不可能ではないと思われる。

 ECは実店舗を必要としない分、販売経費は大幅に圧縮でき、利益率を上げることができる。経営者の大半はここに目を付けていると思うが、価格が実店舗と同じならばコスト削減の分だけ商品の原価率を上げても良いのではとの理屈になる。そうはなっていないところにECの課題が見え隠れする。

 それならいっそうのこと、ECの次なるステップにパーソナルの意味を絡めながら、ビッグデータを活用したリアルタイムの市場開発&攻略というビジネスもあり得る。そうした部分にもっと踏み込んでも良いのではないかと思う。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

中身がないコンテンツ?

2017-02-15 07:29:53 | Weblog
 今年も3月18日から26日までの9日間、福岡市の中心部(天神や博多駅とその周辺)で「ファッションウィーク福岡(F.W.F)」が開催される。昨年12月には、週間の目玉イベントを展開すべく「福岡を拠点にファッションにまつわる活動を行うひとびと」を対象に「参加コミュニティ」が公募された。



 応募要件は、

①ファッションアイテムの企画制作・販売を行っている個人・法人・学校

②ファッションショーの企画制作・出演等を行っている法人・団体・学校

③その他、ファッションに伴う活動を行っている個人・法人・団体・学校など
F.W.F期間中に参加施設のスペースを使ってオリジナルコンテンツを発表いただける方
(原文のまま)

となっている。

 要項を額面通りに解釈すると、①は自ら創作したクリエーションを直販しているデザイナー、 アパレルや服飾雑貨のメーカー(卸)で直営店を持っているところ、卒業制作で試作品を作ったり、学園祭でバザーを行っているファッション専門学校などだろうか。

 ②はイベント会社やプロモーター、モデル事務所、ヘアメイクを束ねる美容組合、理美容専門学校が該当すると思われる。

 ③はファッションに伴う活動の範囲にどこまで含めるかということになり、「オリジナルコンテンツ」を発表できるところになると、洋服や小物のデザイナーから服飾製品を手作りする専門学校生、七宝アクセや草木染めの巻物などを作る工芸作家、さらにファッションフォトを撮るカメラマン、ドレスアップしたパフォーマンスアーチストまでと多彩になる。ファッションの解釈によっては、要は何でも公募要件には入ってしまうのだ。



 並行して参加コミュニティに対して「イベントスペース」を提供してくれる企業・団体も募集されていた。

 こちらの参加概要は、

①参加コミュニティの企画にあわせてスペースをお貸しいただく形となります。スペースの貸出費用及び付帯費用に関しては、ご自身の負担にてお願い致します。

②参加費用はFWF協賛費用として15万(税別)となります。

③2016年12月21日(水)に開催される、マッチングミーティングへのご参加をお願いします。また参加コミュニティより実施金額の提示(実費)があった場合、費用検討をお願いします。

④展開コンテンツ例:ファッションショー/ファッションにまつわるトークショー、及びイベント/POP UP SHOP等による商品の展示・販売/展示イベント等による商品・作品の展示/ファッションにまつわる情報を掲載媒体の制作/その他

④参加コミュニティとのマッチングが合意に至らなかった場合は、ご自身にてF.W.Fにまつわるイベントの展開をお願い致します。(原文のまま)

 となっている。


 ファッションショーと言えば、デザイナーズブランドがプロのモデルを起用して行うコレクションでない限りは、百貨店などが行うフロアショーか、専門学校生が卒業制作を披露するものくらいしかない。POP UP SHOPは卸先を見つけたい若手のデザイナーのものか、展示イベントはこれも専門学校生が手作りした作品くらいだ。

 ただ、フロアショーやトークショーレベルになると、百貨店なりファッションビルなりが単独のイベントとして行えばいいわけだ。披露するブランドやキャスティングされるゲストによって、そこそこの話題性や集客力をもつから、わざわざカネを払ってまでファッションウィーク福岡に協賛する意味はない。

 ところが、F.W.Fに参加する企業・団体には、スペースとその関連費用を負担し、さらに参加費用として15万円の協賛金を出し、かつコミュニティから要望があればイベントの必要経費まで面倒みてくれというもの。平たく言えば、ファッションに関わるイベントをやるので、「カネと場所を提供してくれ」とのこと。ずいぶんわがままである。こんな要求を突きつけられて、「喜んで」というところがあるのだろうかと思ってしまう。

 もちろん、応募した個人や法人、団体、学校も、フリーパスでスペースと経費をゲットできるわけではない。12月21日に実施されたマッチングミーティングの結果次第ということ。そこでコミュニティ応募者は参加希望企業や団体の前で簡単なプレゼンテーションを行い、合意に至らなければならない。企業・団体側も、合意に至らずもイベントに参加したいなら、自前で何かを行わなければならないことになっている。

 もっとも、「福岡でしか出会えないオンリーワンコンテンツを街中につくる」というのが参加コミュニティの大義のようだから、そんな簡単に参加が認められるはずがないということである。当然、スペースや資金を拠出する企業や団体側も、自らにとって集客や販促につながらなければあまり意味がないものと考えるだろう。

 2月15日時点で、12月21日にどれほどの応募者が集まり、誰とどこがマッチングしたかの公式な発表はなされていない。 F.W.Fの開催日が近づく2月末から3月上旬には概要が発表されると思う。

 イベント週間の最後に組み込まれている「福岡アジアコレクション(FACo)」は、チケット販売の関係からすでに詳細が告知済みだ。こちらは客寄せ興行としてプロデュースにあたるRKB毎日放送の収益事業になっており、福岡県、福岡市などから税金でおそらく2000万円近くの資金が拠出されているから、F.WF.とはずいぶん対照的と言える。

 F.W.Fに参加しようとする企業、団体にはスペースの提供どころか、協賛金、イベント経費まで要求されているわけで、この差はいったい何なのだろうか。企業や団体でなくても主催者に問いかけてみたくなる。税の公平な分配という見地からも、問題があると言わざるを得ない。まあ、裏ではいろんな利害関係者が蠢いているのだから、この件については県や市議会の聴聞に委ねるとしよう。


「若者に舞台を」と言えばいいのに

 ところで、問題はもう一つある。主催者が大義として掲げる「福岡でしか出会えないオンリーワンコンテンツ」とは何かである。公募要件では「オリジナルコンテンツ」となっているから、オンリーワンのオリジナルコンテンツということである。①〜③に含まれるものでは、洋服や雑貨、小物、工芸品、写真やアート、そしてパフォーマンスまでで、オンリーワンかつオリジナルになるわけだ。

 しかも、熟語には「街中につくる」とある。公共性の強いイベントだから、あからさまに物販=ものを販売し収益を上げるのは問題もあるので、ボカした表現にならざるを得ないのは理解できる。それでも期間が1週間程度だから、POP UP SHOPでの参加なら販売することも堂々と認められている。

 ただ、個人や法人の活動内容で、対象物のとらえ方が変わって来るはずだ。現に店舗をもって商品を企画販売しているのなら、わざわざ出店する必要もない。無店舗、新製品の紹介、新しい作品の展示とかならスペースが必要だろうが、オープンイベントの場合では対象客が限定されないので、集客という点ではかなり厳しいと思われる。結果的に対象者の友人や家族が見に来るという学芸会的にならざるをえないのは目に見えている。

 あれこれとそれっぽく要件を上げているが、「参加コミュニティの主な対象」は服や雑貨、小物などを手作りしている、写真を撮影したりアート(パフォーマンスを含め)を制作したりしている「学生」もしくは「駆け出しのデザイナー」「無名のアーチスト」に落ち着くのではないか。現時点ではあくまで限りなく現実に近い予測ではあるが。もちろん、企業や団体が独自でイベントを展開する場合は、この限りではないのだが。

 問題はその彼らが創作するものがオンリーワンのオリジナルコンテンツ足るかである。アートならオリジナルは言うまでもないし、パフォーマンスも創作演出を独自で行うならオリジナリティは出せると思う。しかし、写真は対象物、被写体が独自に創られない限り、オリジナルはともかくオンリーワンとは言いづらい。まして服や雑貨、小物といったファッションアイテムでどこまでオンリーワンかと言えば、手作りというだけで決してそうは言えないだろう。

 第一、福岡くらいの学生や駆け出しのデザイナーの認識において、服や雑貨、小物といったファッションアイテムで、オンリーワンのオリジナリティを出すために素材から創り出そうという発想はまずない。また、これまでに見たことのない素資材を探すためにパリやミラノなどの素材展示会に出向いているなんて話は聞いたことがない。百歩譲って大阪船場の生地問屋でデッドストックでもいいから探そう、尾州の機屋さんに残った布を買いに行こうという学生がどれほどいるのだろうか。学生自らではまずいないと思う。

 素資材すら地元の生地屋や手芸店で調達するのがほとんどではないのか。そんなものでオンリーワンとか、オリジナルとか言うようでは、あまりにファッションをバカにしている。今回の要件には「クリエーション」「クリエイティビティ」をいう言葉はどこにも出てこない。これは過去のF.W.Fではそういう要件を掲げながら、平気でルールを緩めてバザーを開催し堂々と「古着」を売った専門学生がいたからだろうか。その学習効果もあるだろうが、それにしても軽々しくオンリーワンだの、コンテンツだのを使い過ぎる。

 街中の生地屋や手芸店、あるいはネット通販で素資材を調達する時点で、クリエーションはともかく、オンリーワンも放棄しているとしか言いようがない。プロならオンリーワン、オリジナルを創るために尾州などの工場まで足しげく通うのは当たり前のことだし、プロを目指すのなら企画開発力をもつテキスタイルコンバーターの展示会くらいには出かけて、まず自分のセンスから磨いていかないと話にならない。

 巷には企業というプロが創ったオリジナリティあるコンテンツが下は100円から上は数十万円まで溢れているし、お客はそのレベルを熟知している。それと比較し、それを超えられるようなものでない限り、オンリーワンだの、オリジナルだのと恐れ多くて言えるはずもないのだ。まして作る側の姿勢として、少なくともクリエイティビティを意識する人間としては、あまりにおこがましいはずである。

 筆者は過去に何度も専門学校生や駆け出しのデザイナーの作品に触れたことがあるが、共通して言えるのは使われている素資材があまりに陳腐で凡庸であることだ。柄に特徴があるからと、古くさいカーテン生地を堂々と服に使用したりするなど、服のデザインと生地の特性がマッチしていないもの多すぎる。要は作品が全く作り込まれていないのである。

 ショーやイベントに出展することが目的になっているため、創作のレベルがてんで上がっておらず、デザインやパフォーマンス重視になり過ぎていることもある。Tシャツにボロ切れを縫い付けて、顔に派手なメイクを施したプリミティブなパフォーマンスなんかを見せつけられると、こちらの方が気恥ずかしくなってくるのだ。

 学生や若手はカネがないから、素資材を手に入れることが出来ないのか。勉強の途中だから技術が未熟なのか。そんなことは言い訳に過ぎない。価格帯は別にして服も買っているし、海外研修という名の旅行にも出来かけている。そんな資金をプールしておけば、LCCを利用して世界中に素材調達の旅に出かけることできるし、その気になれば学校単位で機屋や生地メーカーに、糸屋、革のタンナーに発注できなくはない。

 技術についても自ら学んで磨いていくものは少数派でしかない。むしろ教えなくても上手い技をもつ人間がそれをどう生かしていくかが重要で、練りに練って創りに創ったところから、オンリーワン、オリジナリティあるコンテンツが生まれるのだ。

 学生や駆け出しのデザイナー、フリーランスの個人にとっては、「自分たちの作品やパフォーマンスを披露するにも資金や場所を持たないから、企業や団体さんスポンサーになってください」というのが本音のところではないのか。それならそれとはっきり書けば良い。過去のイベントでも「バザーではありません。洋服・雑貨・アクセサリーなどのファッション発信の場となります」と、大上段に言っておきながら、結果的に堂々と古着を売った専門学校生がいたのである。

 そんな「前科」がありながら、今度はオンリーワンコンテンツだの、オリジナルだのと言い換えられても、地元ファッション業界にとっては「またか」「大仰や」としか受け取れないのが本音のところだ。コンテンツと言うからには中身で勝負のはずなのだが、オンリーワンにもオリジナルにもほど遠いのであれば、まさに失笑もの以外の何ものでもない。

 ところで、ファッションウィーク福岡は過去に4回ほどしか行われていないが、福岡アジアファッション拠点推進会議による一連の事業は2009年から続いている。会議創立時の活動目的=大義には、「人材の育成」という項目が掲げられていた。これを「地元からプロとして活躍する人材を輩出するために何らかの支援をしていく」と解釈するならば、企業や団体にその資金を求めるのは筋違いである。推進会議及び行政の側が事業予算を正当に分配し、コンテストなどを開催して優秀な企画作品には製品化のための資金を援助する方が人材育成につながると思う。

 ところが、それをすべきトータルプロデューサーのRKB毎日放送は、今や福岡アジアコレクション(FACo)のみ活動しかしておらず、これを福岡市の「民間主導」をお墨付きにして自社の収益事業にしている。福岡県、福岡商工会議所(推進会議)からの補助金をあわせると、おそらく毎年2000万円以上が転がり込んでいる。福岡アジアコレクションは推進会議の事業の一つ過ぎないのだから、いかに事業全体の目的が形骸化して事業予算の使われ方がいびつで偏っているかがよくわかる。

 本来なら専門学校生や駆け出しのデザイナーが「福岡アジアコレクションにばかり予算をかけるのではなく、自分たちにも振り分けてほしい」と声を上げるべきなのだ。しかし、そうならないところに彼らの無能さが垣間見えるし、利害関係者がそれを承知で事業全体が利権化されている構図が浮かび上がる。

 今年のファッションウィーク福岡のイベントで、参加企業・団体が資金提供するスペースにどんな出し物が登場するのか。筆者の予感が当たって、専門学校生や駆け出しのデザイナー程度のクリエーションでしかなければ、どうだろうか。所詮、オンリーワンのオリジナルコンテンツなんて、戯言でしかないことがハッキリするし、要件に掲げている人間は人材育成の視点がズレた大戯けと言わざるを得ない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

中間層の没落は吉か。

2017-02-08 07:25:36 | Weblog
 経済・金融情報の配信する米国のブルームバーグはさる2月3日、「家具・インテリアを販売するニトリホールディングス(HD)がアパレルチェーンの展開を検討している」と伝えた。1日に行ったインタビューで、創業経営者の似鳥昭雄会長が「衣料品の販売に販売に興味をもっている。チャンスがあれば挑んでみたい」と、語ったからだ。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170203-60818568-bloom_st-bus_all)

 似鳥会長は現在のアパレル業界について、「10〜20代向けの商品が主で、30代以上向けで手頃な価格設定の商品をそろえた業者は、国内ではしまむらぐらいしか存在しない。ニトリHDが参入した場合、事業としての成功にものすごく自信がある」と語っている。これについてアパレル業界内部では賛否が渦巻いているが、ブランドのリストラや閉退店、希望退職者の募集ばかりが目立つ中、久々に希望をもてるネタと言ってもいいだろう。

 今の10〜20代は価格が安く、最新流行を次々と投入するファストファッションで十分だと言われる。若者からすれば百貨店やファッションビルに並ぶ商品は価格の割に「イケてない」のだ。もはやセンスとプライスはイコールではなくなり、それが値崩れを引き起こす要因にもなっている。結果として、NBはコストダウンに舵を切ってOEM、ODMによる外注化で企画の独自性を捨て去り、セレクトはオリジナル拡大による原価率の切り下げで、バイヤーの目利き商品は居場所を失う始末。こうした負の連鎖が業界を集団自殺に追い込んだとまで宣う人もいるほどだ。

 その元凶となったのが中間層の没落である。バブル景気が崩壊して以降、そうした層が恩恵を受けられなくなったことで、個人消費は低迷を続けている。この影響をもろに受けたアパレル業界では、若者がトレンドデザインを求める傍ら、素材、縫製という品質は二の次で良いと考えるようになった。一方、30代以降は流行にはそれほどこだわらない分、十分な機能と品質を備え、価格が手頃であることを求めている。ファッションでユニクロの台頭はそれを如実に表している。ジャンルは違うが、家具・インテリアでニトリが躍進したのも中間層が没落する中、機能や品質、低価格の商品を提案したからである。

 ニトリは2015年4月、プランタン銀座本館に売場面積450坪の「プランタン銀座店」をオープンし、東京都心に初進出を果たした。レギュラー業態は郊外展開の1500坪規模だが、プランタン銀座店は小規模な分、商品を厳選し、コーディネート中心の売場にするなどコンセプトを変えている。丸の内や銀座に勤めるOLからも、「ニトリは郊外にしかないから、車がないと行きづらい。都心部にあれば、買い物に行きたい」との要望も寄せられていた。

 皮肉にもプランタン銀座は昨年末で32年の歴史に幕を閉じたが、ニトリは本館改めマロニエゲート銀座2の6階で営業を続けている。ここでは家具は4割に抑え、雑貨を6割に拡大するなどホームコーディネーションが主体だ。色とスタイルのつながりを意識したルームプレゼンテーションに磨きをかけたことで、都心部でも攻勢をかける狙いと読み取れる。
 
 ニトリにはリーマンショック後に何度も値下げした結果、顧客層が年収200〜500万円ぐらいに偏ってしまったとの反省がある。そのため、価格が高いソファやマットレスを投入して客数減少を客単価の増加でカバーし、客層を年収800万円までに広げることに手応えを得ている。それが日本一の激戦区、高コスト立地と言われる銀座進出でも「行ける」と判断させたようだ。

 2016年2月期の連結業績は、 売上高 4581億円 (前期比9%増)、営業利益730億円(同10%増)と、最高営業益を更新。おそらく2017年も増収増益は確実だろう。ブルームバーグは、2日時点での似鳥会長の資産総額が30億ドル(約3400億円)と集計している。アパレルに進出すれば、ユニクロの柳井正社長と同じ土俵に上ると結論付けているが、果たして…。

 確かにニトリは家具・インテリアの分野で年商5000億円、営業益800億円にも照準を当てられる優良企業に成長した。しかし、それは限定された機能と品質、低価格というボリュームゾーンでの成功体験に過ぎない。アパレル、特にファッション衣料となると、全く未知の領域になる。報道によると既存店で販売するのではなく、「M&Aを通じて、100〜200店規模の衣料品チェーンを買収し、商品を入れ替えることを想定している」という。

 つまり、少なくとも商品の企画生産では、自社でノウハウを構築しなければならないということだ。ニトリが家具・インテリアで開拓した顧客とリンクさせるなら、アパレルでも30代以降をターゲットにするにしても、商品は機能と品質、低価格を併せ持つボリュームゾーンとなるのだろうか。

 一部メディアは、「パジャマ、Tシャツなどの販売をすでに始めており、繊維商品の比重は上がっている」と、アパレルへの参入障壁は高くないと見るが、そうなのだろうか。ニトリが企画販売している繊維製品は、ベッドカバーやカーテン、テーブルリネンといったテキスタイルや敷物などのラグが中心だ。パジャマやTシャツが加わったといっても、それはホームファッション、いわゆるデイリーウエアの域を出ない。

 こうした日用品、実用衣料とトレンドデザインを条件とするファッション衣料は明らかに異なる。ターゲットもマーケットも違うわけで、チェーンを買収したところで商品を簡単に企画できるほどアパレルは甘くない。個人的な意見を言わせてもらうと、ニトリで一度遮光カーテンを購入したが、ホームセンターに並ぶそれと比べると明らかに質が落ちる。やはり、顧客のマインドは「安いからニトリでも十分」ということだろう。この遺伝子がアパレルにどう作用するのか。中々難しいところである。

 アパレルの企画生産にはターゲット設定、素資材の手配調達、デザイン、MDの設計、製造、流通などの機能が必要になる。これは家具・インテリアでも同じだと思うが、ニトリの商品を見るとカラー、素材、デザインはかつてダイエーが販売していた愛着仕様、いわゆる量販店レベルにしか見えない。とてもファッショナブルとは言い難いのだ。それはあくまで業界人の見解に過ぎないが、売れているのだからアパレルでもボリュームゾーンを捉えられるという理屈には、やはり無理がある。

 このゾーンにはすでにユニクロや無印良品が君臨しているが、その二強ですら現状のマーケットでは飽和状態で、今後は売上げの鈍化が避けられない。しまむらにしてもただ安いだけではなく、商品企画力が売上げを左右している。ニトリがアパレルで競争力をもつには、30代以降をターゲットにする場合でも、中間層でありながらボリュームゾーンの商品では飽き足りな人々に対して、「こんな商品が欲しかった」と思わせるものを提案し、新たなマーケットを開拓できるどうかではないか。それはいったいどんな商品群で、それには誰が携わるかである。

 アパレルから必要な人材をヘッドハンティングするにしても、業界の良い時を知っている人間の多くは、以前の企業でスタッフやシステムが整っていたから、実績を積むことができたという意見もある。つまり、混沌とした今のアパレル業界で、成功体験が通用する保証はどこにもないのだ。加えて、新たなノウハウを構築するには、相当の時間とカネが必要であるのは言うまでもない。


裏の部分で問われる競争力

 ニトリほどの資金力をもつ企業なら、100〜200店のチェーン買収は難しくないから、アパレルに参入した場合にどうしても商品企画やブランディング、収益性を整備すれば事足りる、表のビジネスに目が行きがちだ。しかし、本当に重要なのは今のマーケットをじっくり分析し、そこで求められる商品製造のプロセスを設計し、計画化していく裏のビジネスモデルを構築できるかなのである。

 ユニクロでも自社開発を軌道に乗せ、フリースをヒットさせるまでには10数年を要したし、無印良品は西友のプライベートブランドから独立する過程において、広告クリエーターの力なくしてはあり得なかった。しまむらにしてもメーカーによる企画で自社開発のリスクを減らし、マーケットニーズに即した商品をタイムリーに投入するから収益が上がっているのだ。

 これらがボリュームゾーン、30代以降のアパレル市場を攻略し、他社の追随を許さないのは、そうした独自のビジネスフォーマットが高い参入障壁となり、他社がコピーしようにも素資材や生産体制、コスト競争力で強固な壁となって、簡単には破られないからである。

 話は少し脇道に逸れるが、バルスがインテリア雑貨に参入し、フランフランを作り上げた時のコンセプトは、「都会で一人暮らしをする女性」をコアイメージに、高感度で低価格で旬の商品を提案するものだった。その上の層を狙うJピリオドはうまくいかなかったが、フランフランはコンセプトが見事にはまりマーケットを攻略した。

 筆者も初期のフランフランで、エジプト綿を使用した肉厚なキャンバス地のカーテンを購入したことがある。量販店やホームセンターの商品にはないナチュラルな質感で、色が緋赤だったことが気に入ったのだが、共地のストラップをポールに通すタイプだったため、プリーツ仕様に縫い直して事務所のカーテンに使用した。余ったストラップも生地を解き、端から1cmほどをミシンで押さえてフリンジにし、コースターとして使っている。

 カーテンは遮光機能がなく経年により色褪せてしまったが、一間半ほどの幅広なので写真撮影のバック地として今でも十分通用する。ただ、当のフランフランは、渋谷109系ファッションの台頭で、テイストをカジュアルスタイリッシュから多少ギャル系を意識したものにシフトしている。開発する商品にもそうした層が好むロマンチックで、クラシカルなニュアンスも取り入れている。

 つまり、インテリア雑貨でも狙う客層の嗜好が変化すれば、商品づくりを変えていかなければならないのだ。ニトリはお客の嗜好にそれほど差異も変化もないボリュームゾーンを捉えて売上げを伸ばしてきた。ところが、アパレル、特にファッション衣料となれば、そうはいかない。

 今の顧客である中高年はやがて介護が必要になるため、衣料品にはさらなる機能性や利便性が求められる。一方、ファストファッションを着ている10代〜20代の若者が30代以降にどんなファッションを好むのか。単純にボリュームゾーンにシフトするのか、それとも機能と品質と低価格はもちろん、トレンドデザインまで求めていくのか。ターゲットをセグメントして商品を開発するのは容易ではないだろう。

 没落した中間層は必需品以外にはなかなか触手を伸ばさないと言われる。しかし、東京を中心にした首都圏全体では日本では異例の一人勝ち状態が続いている。とすれば、せっかく銀座に出店したのだから、「30代のOLをターゲットにしたファッション性の高いカジュアルファッションとは何か」のテストマーケティングを行ってもいいのではないか。プランタン銀座が閉店に追い込まれたのも、キャリア向けのコンサバ一辺倒で、カジュアル色が弱かったのが要因と言われている。

 丸の内・銀座界隈で働くOL向けのカジュアルを扱うのはユニクロと、ルミネやマロニエゲートのセレクトくらいしかない。目の肥えたOLともならば、それらで十分に満足とまではいかないはずだ。ギンザシックスが開業すると言っても高級ブランドが中心だから、センスと品質、価格のバランスが必ずしもOLのニーズにかなうとは思えない。

 だからこそ、30代OL向けのカジュアル業態で手応えをつかむことができれば、首都圏全体さらに全国の政令市まで拡大させるのは難しくはないと思う。100店規模ならすぐに埋まるはずである。せっかくアパレルに進出すると言うのなら、それくらいのレベルにはチャレンジしてほしい。

 逆に家具・インテリアの延長線で行くなら、現に手掛けるホームウエアを独立発展させる形態もあり得る。要介護者は今後も増えていくことが予測されるため、ユニバーサルデザインの実用衣料は一定規模で必要とされていく。

 家族がひと目を気にするためにオープンで買い物できないという課題もあるが、誰もが気軽に購入できる業態が登場すれば、そんなイメージも払拭されていくはずだ。それに利便性の高いランファン(シンプルでコンフォートなもの)を加えたデイリーウエア主体の業態であれば、開発の余地は十分あるのではないか。それはニトリが手掛ける実用性の高い家具・インテリア業態との親和性もあり、ポイント提携による顧客の囲い込みも可能になる。ジリ貧が続く地方百貨店もテナントとして欲しがるかもしれない。

 アパレル業界はとにかく新しい発想をもつ新規参入者が登場しない限り、閉塞感からは抜け出せないし、活性化のしようもない。中間層の没落で萎んでしまったアパレル市場に一石を投じて風穴を開けてくれるのか。ニトリの今後に注目していきたい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

悦楽的意匠のススメ。

2017-02-01 07:31:40 | Weblog
 1992、93年頃に仕事でイタリアのミラノを訪れた。それまでニューヨークには公私で毎年のように渡っていたが、イタリアどころかユーロ圏すら初めてのことだった。マルペンサ空港からミラノ市内までシャトルバスに乗車中、ナレーションはすべてイタリア語。発音が博多弁に似ているなんていう人もいたが、早口でさっぱりわからない。そうこうしながらも、雄大なアルプル山脈を背に眺めながら、イタリア最大の都市と言われる街に着いた。

 ミラノはサンタンブロージョ教会、大聖堂、最後の晩餐などに代表される中世の芸術、建築物を今に伝える文化遺産が豊富だ。しかし、こちらは現代ビジネスのテキスタイル展やプレコレクションを覗くだけで精一杯で、観光どころかアルマーニの本店すら行けずじまいだった。滞在日数わずか3日のミラノアーカイブが仕事で撮った写真やプレスキット、帰国して作成するリーフレットだけではあまりに寂しい。帰りの飛行機まで少し時間があったので、街を散策した。
 
 その時、たまたまディスプレイが目に止まった時計があった。見たこともないドーム型ガラス、文字盤にカラフルな数字や柄を配したものだ。ブランド名はラテンのリズムを意味する「Ritmo Latino」。イタリアらしい宗教芸術とモダルニスモを融合したようなデザインに一瞬で心を奪われてしまった。ちょうど新しい時計を買おうと思っていたことも購買意欲をかき立てた。当時の為替レートは円高・リラ安で、この際だからと、いちばんシンプルな文字盤のボーイズサイズを即買いした。価格は日本円で3万円くらいだったかと思う。 Ritmo Latinoは筆者の感覚を満足させ、イタリア出張の最後に楽しい思い出を作ってくれた。

 もっとも、スタッフの説明は全くわからず、缶詰のような丸形のレザーケースに入れてもらって持ち帰った。しばらく周囲から「変わった時計ね」と言われていたが、日本にも輸入され始め、ファッション雑誌が取り上げた。ロレックスやオメガのような高級時計ではないので代理店制は取られず、イタリア物に強い「三喜商事も扱ったので」はと、だいぶ後になって聞いた。いろんな輸入卸やインポーターがこぞって買い付けたのか、 Ritmo Latinoは全国チェーンから百貨店までの売場に並んでいった。

 購入してから2年くらいを経過しても全く飽きがこない。そこで、94年頃に表参道ビブレで、黒の文字盤のクロノグラフを購入した。こちらも現代的なストップウォッチとクラシカルなムーフェイズが絶妙に配置されたものだ。それから2年おきくらいに買い足したので、いつの間にかRitmo Latinoだけで5本も所有するまでになってしまった。筆者は時計マニアではないし、蒐集癖すら全くないのだが、この時計だけはデザインが気に入っていつの間にか増えていったのである。

 同時期、時計のデザイナーが日本人であることを知った。何かの雑誌にイタリア在住の日本人女性の特集が載っており、その一人がこの時計をデザインしていることが記されていた。あの時、ショップスタッフが言ってたのは、このことだったのかもしれないと、思った。当方が購入したモデルは、初代デザインとルナシリーズのクロノ、ステラで、文字盤がいたってシンプルなものだ。他にはモザイコ、フィーノ、ドディッチ、ソーレ(スクエア)、ビアッジョがある。みなイタリアの遊び心と独特な世界観を感じさせるもので、ロレックスのような機能美とは全く異質なデザインになる。

 筆者は時計に高い精度や特別な機能は求めない。クロノグラフと言っても、ストップウィッチを使うことなど皆無だ。もちろん、高級時計など縁もないし、買おうとも思わない。それに対し、Ritmo Latinoは文字盤がアーティスティックで、メジャーなメーカーには発想すらないデザインに惹かれたのである。それを生み出したのがイタリア在住の日本人ということでは、どこかで感性が一致したのではないかと思う。セレクトショップもだいぶ経って扱い始めたので、今では全国のファッション関係者にも知名度は浸透していると思う。そうした経緯があったのかどうかはわからないが、昨年、Ritmo Latinoがアパレルに進出したことを知った。(最新記事はこちら。http://www.senken.co.jp/news/management/ladies-feature-6brands/5/)



 アパレル側としてはミラノ発祥のデザインモチーフなら、服にも生かせるのではないかと思ったのだろうか。もともと、ミラノファッションの神髄と言えば、パリの「着たい服」に対し「着れる服」。パターンやカッティング、シルエットは特別に奇を衒ったものではないが、英国やフランスにはない独特な風合いが高級感を醸し、日本でも受け入れられた。ただ、そうした特徴も成熟しデフレ禍が著しい市場では、いささか陳腐化した感がある。今では「イタリア製」と聞いても、それほど響かなくなってしまった。

 一方で、文字や柄を取り入れたテキスタイルや花鳥風月由来の極彩色を服作りに生かすのは、イタリアの系譜でもある。その辺を取り入れた時計デザインのエッセンス、ブランドがもつ世界観にアパレルメーカーが目を付けたのか。ファッションコングロマリットもLVMHがタグ・ホイヤー、リシュモンがボーン・メルシーやIWCなどを抱えている。ただ、それは成長力があるブランドを抱え込んで、ブランド展開に厚みを増した戦略を進めるためで、Ritmo Latinoのケースは異なるだろう。

 時計ブランドにとってもビジネスを拡大するには資金が必要で、自前で調達するより巨大グループの傘下にいた方が現実的だ。しかし、Ritmo Latinoはそこまでの高級時計ではないし、世界各地にショップ展開をしているわけではないから、それほどの資金は必要としない。言い換えれば、高級ブランドウォッチではないからこそ、デザインという一部分に惹かれる層をがっちりつかむこともできるのだ。それがある程度の手応えを得たのではないのだろうか。

 アパレル業界は今、非常に厳しい環境の直中にある。この閉塞感から抜け出すには、若々しい感性をもち、エイジレス化したお客にアプローチしなければならない。実際、今は40代にしても昔とは比べ物にならないほど若い感覚をもつ。それぞれのライフスタイルで、ファッションに対する嗜好も多種多彩になっている。マスにはならないけど、共感を得られると、ビジネスとしてペイしなくはない微妙なマーケットでもあるのだ。

 量産を旨とするアパレルでは、なかなかそうした多様化にアジェストするのは難しい。そこで異業種の発想を生かしてみること。時計のRitmo Latinoがもつイタリアンエッセンスで服づくりすると、意外なクリエーションが生まれるかもしれない。

 先日、ファッションライターの南充浩さんがFacebookで以下のことを仰っていた。

 「知り合いのデザイナーはアニメ、漫画、ゲーム、プロレス業界からの注文を専門に受け付けるようになったし、某靴下メーカーは自動車メーカーや自転車メーカーからの注文が増えている。アパレル業界からの注文は原価率低い、利益薄い、ロットまとまらないという三重苦のキツさしかないという状況。企画製造する側もアパレル業界、ファッション業界からの注文に魅力を感じなくなっている。これがアパレル業界、ファッション業界の置かれている状況」と。

 「異業種からの衣料品の企画製造が増えている点で、共通しているのは非常に高い原価率でも問題なく、企画製造側も十分に利益が取れること。異業種だと40%とか45%でも珍しくない」のだそうだ。

 つまり、服という概念にとらわれ過ぎなアパレル、ファッションの業界では、マーケット開拓の発想が非常に貧困であるとも言える。その意味では異業種の方が既成概念のとらわれず、別の角度で市場にアプローチできる。だから、価格競争に飲み込まれないで済むし、お客も服を買うのでじゃなく、趣味に投資するという感覚なのだろう。

 ならば、まずは異業種の力を借りることで、閉塞感が蔓延する状態から抜け出すきっかけをつかめるのではないか。発想の転換が難しいのなら、企画のアプローチを別の角度からやればいいのだ。その意味で、独特なデザイン感性のRitmo Latinoが服作りに参画することは、「こんな服を待っていたのよ」というお客さんのおしゃれ心を呼び覚ますかもしれない。

 従来の時計メーカーが発想もしなかったドーム型のガラス、カラフルな数字や柄を配した文字盤、それが醸し出す調和のとれたデザイン。何もかもが新鮮で心を奪われるのは、今の服作りにこそ不可欠だと思う。イタリアらしい悦楽的デザインのDNAをどんどん服作りにも注ぎ込んで、市場活性の芽を育んでほしいものである。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

流行はボトムから浸透?

2017-01-25 07:41:29 | Weblog
 今年のトレンドはどうなるのか。さらに売れるアイテムとなると、予測は難しい。アパレル業界が厳しい環境に置かれている中で、何とか抜け出そうという仕掛けがうまくトレンドになってくれると、儲けものと言った感じだろうか。

 デザイン面の傾向と言えば、一昨年にこのコラムで「太めが復活しそうな予感」と題して書いたが、昨年あたりからメンズでは、ヤングのトップスでワイドシルエットを取り入れる動きが出始めている。

 昨年の春夏はSPAを中心にビッグシルエットのTシャツが売り出され、秋物ではセレクトが打ち出したワッフルにも、リラックス系のシルエットが加えられた。MA-1の進化型としてパッデッドでドロップショルダーのジップアップジャケットも出てきている。ワイドなトップスなら、今年はヤングアダルトくらいまで広がる予感がする。

 細身一辺倒だったボトムでも、すでに「oversized」が散見されるようになっており、なおかつクロップドやロールアップしたものが登場している。雑誌メディアはスタイリング提案をし始めているが、実需レベルでいきなり上下とも太めにすると、上背があってよほどスタイルが良くない限り野暮ったく見えてしまう。まして一大トレンドになるかは別問題だ。今年のマーケットがゴロっと変わるかは、秋以降の商戦になるのではないか。

 戦略的、先行提案で考えると、商品にバリエーションを増やせるSPAなら、1アイテムが10型くらいあれば半分程度を太めにして様子をみることができるだろう。昨年のMDでその動きを見せたところもあった。おそらく今年はさらに顕著になるかもしれない。

 セレクトはどうだろうか。派生業態を持っているところなら、思いきって挑戦できなくはない。でも、オンリー業態がフェイスをいきなり変えてしまうのは、反動が大きさから二の足を踏むだろう。なおさら、仕入れオンリーの店舗になると、個々のメーカーがこぞって打ち出さない限り、打ち出しは難しい。

 そもそも日本セレクトは、根底にアングロアメリカンスタイルがある。それを日本人の体型に合わせて焼き直して売れたわけで、モード感漂うリラックススタイルとは相容れないはずだ。御三家にとっては太めのシルエットと言っても古き良きクラシックが本筋だろう。なおさらカジュアルに取り入れるのは容易ではないから、アメリカンスタイル本来のシルエットに回帰する方が妥当ではないのかとも思う。

 だが、後発、新興勢力のセレクトとなると、思いきってトレンドを仕掛けないと、市場もなかなか反応しないわけで、その辺の塩梅が今年の勝負所かもしれない。トップスは比較的受け入れやすく、ユニクロでもできるが、ガラっと変えて行くには、いかにカッコよく穿きこなすボトムを提案できるかだろう。

 平均的日本人の脚の長さ、ヒップラインという永遠のテーマに対して、スタイル良く見せるシルエット&着丈&裾幅の黄金比率があるかどうか、また導き出せるかどうかである。試着をしたお客に対し、ショップスタッフが「シルエット、きれいでしょう」なんて聞き飽きたフレーズではなく、姿見を見た瞬間に「いいじゃん」と思わせるような商品企画がカギになるのではないか。

 それを実現するには、コットンのギャバやツイル、麻といったワンパターン素材では「落ち感」がハッキリして、裾にかけてのストレートなラインはブルースリーのカンフーパンツのように見えてしまう。モード感を出すにはフラットな生地では難しそうだ。あまりに厚手だと春夏ものは熱さがネックだし、コストを考えると妙な小細工も難しい。デニムをはじめ、コードレーンやシアサッカー、ピケなどの定番生地で新鮮さを出せるか。リラックス過ぎずにタウンに堪えられる素材使いがどうなるのか楽しみだ。

 秋冬になるとツイードやホームスパンなどで、トラディッショナルなテイストの方が打ち出しやすい。さすがに70年代のバギーやパンタロンは難しいが、太めでも裾を細めにしたり、ロールアップしたりするクラシカルな穿きこなしだと、トップスとの相性も良くなるはずだ。

 思いっきりモードに振るなら、ジョッパーズを今風にアレンジしたり、ドローコードを使って脇や裾に脚にフィットさせるようにしたり、下にレギンスを穿くレイヤードスタイルとかの変化がほしい。それだとロングブーツやレースアップスニーカーと合わせられる。同じテイストのトップスとコーディネート次第では、近未来的でスポーティな着こなしになるのではないか。



 一方、レディスはトレンドだからではなく、痩せて見える方がスタイルがいいとの固定観念から、タイトシルエットは鉄板だ。それがトレンドとして定着し、ストレッチ素材の浸透もあって、ここ20年ほどは細身全盛だった。しかし、ファッションは体型をカバーしながらいかに自己を主張するかも大事で、シルエット変化がトレンドのカギを握る部分はある。バルーンやコクーンといったラインの登場がそうであり、ドメコンやモードエレガンスへの反転も後押しした。

 アワーグラスラインという女性服の基本形から脱却しつつ、決して太って見えない、ウエスト回りがダボッとしないという条件を克服できれば、太めは新鮮に見え売れていくだろう。ただ、ワイドでボクシーになると、メンズよりもなおさらトップスとボトムのバランスが重要になる。その答えとしては、シャツではヨークと切り替えで前身頃にしっかりドレープを入れたり、ウエストから下を異素材でフレアやフリル処理も考えられる。逆に後身頃の分量を多めにしてボリュームを出すのも手だ。スタイリングは何も正面から見られるとは限らないからである。

 ニットでは袖口や裾にかけて緩やかに広がるライズステッチ、ウォーベン切り替えなどを取り入れるとスッキリ見える。身幅はそれほど太めにしなくても、袖を思いっきりoversizedにするとか、ドロップドショルダーにすれば、かなり変化がつく。

 ボトムはワイドシルエットがずっと存在していたので、メンズほどの抵抗はないと思う。今年のトレンド感とすれば、レングスだろうか。くるぶし上ほどのクロップドパンツで、これをデニムやキャンバス地で仕掛けても行けるのではないか。ヒップラインから裾に広がるワイドラインで丈は短め、メンズテーラーのようなトラウサーズ、ウエストにプリーツを入れたもの、大胆に入れたサイドスリット等々は、タウンのみならずオフィスでも十分通用する。ワイドパンツは穿くと颯爽として見えるので、キャリア層の女性にはぜひ挑戦してほしい。

 モード感を出すなら、裾を極端に広げたカットソーのワイドレッグもありだ。鳶職の兄ちゃんみたいだけど、海外では暴走族スタイルもクールなのだから、穿きこなし次第だと思う。裾を絞らないからロングスカート風にも見えるし。これならSPAのジョガーパンツやガウチョパンツに飽き足りない層を開拓できるかもしれない。ボトムのワイドラインは、レディスの方がメンズより抵抗がないはず。どんどん打ち出して行けば、トレンドになっていく可能性は高い。細身は飽きたと感じている層にいかにアプローチできるかがカギになるはずだ。

 メンズ、レディスに共通することは、全体を完全に太めにするのではなく、パーツやディテールで変化を付けると、だいぶ変わったように見えて来ると思う。SPAなら無地が中心だから、1アイテムでいろいろと打ち出せるのではないか。NBや専門店系アパレルが単品でどう変化を付けるかだが、上下、フルアイテムではかなりのリスクがあるので、挑むには腹をくくらないと難しい。

 メタボが気になるおじさん、おばさんはタイトは着づらいし、ワイドは太ってみえるからさらに抵抗感があるかもしれない。でも、メンズスーツではアルマーニスタイルで一世を風靡したソフトスーツがリバイバルするとの見方もある。当然、パンツもプリーツが復活するだろう。これならおじさんだってゆったり穿けるし、自分が20代の時の流行に戻ったと考えれば、決して気後れしないと思う。

 メーカー側にとっては、用尺が増えてのコストアップが頭の痛い問題だが、ヒットトレンドになれば売上げもつく。筆者はレディス専門畑で来たので、今年は昨年とはガラッと変わって、ワイドなシルエットの女性が街を闊歩する光景を見てみたい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

買い得を考え直す。

2017-01-18 07:12:40 | Weblog
 2017年が始まって2週間が過ぎた。1月2日、初詣に出かけたついでに、中心部天神の初売りを見て回ったが、メディアの報道ほど服袋を買った人とはすれ違わない。店外に出ると購買客の密度が落ちて目立たなくなるのだろう。

 それとも中身がメーカーの売れ残り在庫やコストダウン製造した専用品であるのを消費者が見透かし始めたということか。福袋商戦を煽るのは年末年始に飯のタネがなく、営業企画としてタイアップ番組を作りたいテレビ局くらいでは。服袋も商品詰め込み型から、コト消費の体験型にならざるを得ないということである。

 それにしても、初売りからセールへの流れは、皮膚感覚で年々賑わいを失っていると感じる。人手は2年前の15年がピークだったのではないか。その時でさえセール用に確保していた在庫を投入したようなショップもあった。お客側は「お値打ち品がないなあ」との印象から、集客の割に購買には結びつかなかったところが多かったと思う。

 日常から十分に値ごろな商品が出回っている。それを買えば、セールでまた同じような商品を買う必要はない。一部のブランド品では、「狙い目はバーゲンまで待とう」「お買得品を1円でも安く買おう」という消費者心理も働く。伊勢丹のように長蛇の列ができるのはわからないでもない。言い換えれば、昨年のセールが惨敗したところ、17年のセールも不発だったところは、明らかにプロパー商品に魅力がないのである。

 消費者の立場から言えば、今の市場には大枚をはたいても買いたくなるような商品がなかなかない。SPAを中心に値ごろな商品はいくらでもあるが、それが買いたくなるかというと別問題。値ごろ感、安さはあくまで選択肢の一つであって、絶対的な価値ではない。なおさら仕入れのみで勝負するセレクトショップとなると、商品1点1点はバイヤー垂涎の品かもしれないが、必ずしもお客の感性にフィットするとは限らない。

 今は高級セレクトショップを訪れるお客でも、SPAやネット通販もチェックしている。バリエーションに富んだMDに飼いならされてきているせいか、選択肢が少ない品揃えではどうしても購入に二の足を踏んでしまうだろう。購入条件が素材感やデザインであるなら、それらを提供するブランドを買えばいい。しかし、仕入れ中心のセレクトショップとなれば、そうは行かないのである。売り方の問題ばかりがクローズアップされているが、今年は商品そのものの課題にもスポットを当てるべきだと思う。

 それはアパレルも小売りも十分にわかっているはずだ。ところが、「消費がモノからコトに変わった」からとか、さも問題がないように商品から目を逸らし、責任転嫁や言い訳をするようでは製版の使命を放棄したことに他ならない。やはり抜本的に商品づくりから品揃えまで考え直さないとどうしようもないだろう。初売りはその年の商売に勢いを付けるイベントでしかない。作りすぎた不良在庫をだらだらと消化していくのが良いわけではない。その後はあくまでプロパーで売る日々が続くのである。

 一方で、ファッションは気分消費的な面もある。陽射しが明るく春に向かって行くのに重たい冬素材、ダークな色合いが着たいはずもない。だから、冬本場と春に向かう中で商品をどうしていくのか、考えなければならないのである。

 福岡は先週末から今週火曜日まで、「日本中をこの冬一番の寒波が襲う」と報道される中でも、陽射しは暮れとは比べ物のはならないほど明るかった。マンション内の事務所では、暖房が必要ない時間帯もあるくらいだ。肌寒い日々はまだまだ続くが、陽射しが日に日に春めいていく中では、なおさらプロパーで売れるMDがカギを握るのは言うまでもない。

 どこかのグローバルSPAは、毎年のように1〜3月の四半期決算では、「天候不順で春物の動きが鈍く、売上げが低迷した」と言っている。まだまだ肌寒いのだから、Tシャツや薄手のコットンが売れるはずはない。かといって、重たい冬物でも買う気にはならない。何年も経験しているのなら、もう少し企画をじっくり練ってもいいのではないか。

 具体例を挙げれば、スプリングコートは厚手のコットンギャバで、生地をコーティングするとか、取り外し可能なフリースのライナーを付けるとか。薄手になめしたレザージャケットを押し出すとか。目が詰まった肉厚のコットンニット、綿素材のスエードやフランネル、同素材のピケなんかを使ったジャケットやパンツがあれば、防寒を発揮しつつ4月まで引っ張れると思う。

 色目はブライトカラー、パステルやグレイッシュトーンが主体になるが、ポイントは逆差し色としてダーク系を入れてもいいんじゃないかということだ。黒、紺はもちろん、モスグリーンやカーキなどである。例年のように暖冬が続いて9月、10月はなかなか気温が下がらない。ウールのアウターやニットが立ち上がりから実半期に入っても売れないのは、寒くないから要らないのである。

 だからと言って、着るものが不必要かと言えばそんなことはない。コットン素材を主体とした「春物」の黒、紺、モスグリーンはこのシーズンにも十分に着てもらえると思う。つまり、年明けの商品の中には、秋の立ち上がりにも着回せるようなものを加えることで、購入の選択肢を拡げることもできるということである。価格はそこそこ高くなるが、売れると売上げは確実につく。

 グローバルSPAなら同じ素材で色のバリエーションは10種程度まで増やせる。だから、十分対応できる思うし、現に行っているヨーロッパのメーカーもある。仕入れのみのセレクトショップでも1年を通したMDの中で、メーカーに別注企画などを持ちかけてもいいのではないか。毎年、暖冬、寒春で失敗したと嘆いてばかりでは何も始まらない。もっと暖冬を前提とした着こなし、寒春に即応できる商品に目を向けるべきなのである。

 消費者は賢くなっている。必要でないものは買わないと言われる。ならば、消費者の合理的なワードローブ計画に添うような商品企画、売り方をすれば良いということだ。あくまで判断は消費者がするのだから、買いたい商品があれば売れるはずである。

 店頭で在庫を持ちこせないなら、通販サイトなどに「お値打ちコーナー」を設けていいと思う。店頭で売れない在庫ばかりをサイトに置いたところで、ネットの向こうの消費者が反応するはずもない。そうではなく、「春素材だけど、ダーク系だから秋口にも着回し」「ブライトカラーの薄手ニットは九州の方におすすめ」なんて括りを作ってもいいのかもしれない。安売りを打ち出すのではなく、真のお買得、お値打ち感を訴えるのである。

 筆者がニューヨークで仕事をした90年代半ば、百貨店のブルーミングデールズには12月なのに麻のジャケットやパンツ、コットンのシャツが値ごろな価格で売られていた。最初は「ええ、もう春夏物なの」と思ったが、よくよく考えるとニューヨーカーの中には、クリスマスホリデーを避寒地のバハマやプエルトリコで過ごす人もいる。旅行着(トランク)として夏用のクロージングが必要になるのだ。

 日本でも水着が一年中売れると言われるが、欧米ではホテルにおけるドレスコードからジャケットが不可欠になる。新規に商品を仕入れるというより、夏場の在庫を確保して投入していたのではないか。米国の百貨店は商品を買い取るからこそ、できることだが。

 こうした売り方の発想転換は決算や課税の問題があるのでアイデアの域を超えず、どこでも一律にできることではない。それは十分承知の上だが、商品が売れないと断じるだけでなく、もう少し商品の作り方や売り方で融通を利かせてもいいと思う。ECがここまで発達しているのだから、消費者は店頭で必要な商品が見つからなければ、通販サイトにお目当ての商品を探しに行く。

 しかし、ECが目先を変えただけの単なる流通ルートにとどまり、店頭の商品と同じものしか売ってなければ、現物を見て試着して買うか、しないで買うか、コスト分だけ多少安いかの違いなだけで、購入の選択肢は広がらない。そうではなくて店頭ではできない、いろんな商品展開、売り方ができるところがECの良さ。だからこそ、商品の着回しをサイトと連動して商品開発から提案まで行っていく。消費者にお買得感=賢い買い物を訴えて行くことも重要だと思う。

 ここ数年はECやオムニチャンネルなど、販売手法さえ新たなものにすれば、活路が見出せるようなビジネス論も多い。しかし、いくら売り方を近代化したところで、売れないものは売れないのである。これはいたって単純明快なことだ。

 ネットビジネスが隆盛を極めれば極めるほど、まやかし、詐欺まがい、食わせ者の業者も登場してきており、星印ではわからないところで悪徳商法があとを立たないのも事実だ。いくら「イタリア製生地」「コードバーン使用、日本製」と謳われたところで、ネットの先にあるものを消費者が確認できるはずもないからである。

 昨年暮れにはDeNAのキュレーションサイトの問題が噴出した。その多くが読者を増やして広告の収入源を上げようとするあまりに、運営者は執筆を自分で行うことなく、一記事数百円から二千円程度の安価で外注したり、裏ワザを使って検索上位表示させたりしていた。

 結果、ネット上では信憑性や根拠のない事実がまかり通り、読者が間違った情報を鵜呑みにする危険性が非常に高いことがはっきりした。そうなると、通販サイトの世界で消費者を欺くような商品の流通が絶対にありえないと、誰が言い切れるのだろうか。今年はECの世界でも蓋をされて来たこうした問題点がどんどん噴出するかもしれない。

 せっかくの利便性と購買チャンスがまやかしや詐欺まがいといったイリーガルな行為で悪用されることがあってはならない。消費者がますます期待はずれ、まがいものを購入させるケースが増えて行けば、ECには未来はない。これには売る側だけでなく、商品を作る側にも責任があるわけで、ネット時代のもの作り、売り方がますます問われる1年になると思う。

 いいくらい言われているが、要は価値あるものを作りだし、賢いお客の理にかなった商品提案だと思う。「今は着れないかもしれないけど、秋口の方がいいかもね」。店頭での接点がネットでも管理、継続されるような仕組みづくり。単に実店舗とネットを融合させるスローガンではなく、その中にどんな商品を作って投入し、レスポンスとヒット率を高めて行くか。メーカー、小売り双方の挑戦にかかっていると思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アリバイ作りの予感。

2017-01-11 06:57:01 | Weblog
 昨年暮れに業界の知人から「東京ガールズコレクション(TGC)が熊本で開催されるかもしれない」との情報が入って来た。昨年10月のTGCイン北九州では、熊本地震の復興応援ステージが設けられ、大西一史熊本市長はビデオメッセージで1万人以上の観客に復興支援を呼びかけるとともに、「(TGCを)いつかは熊本市でも」と語っていた。

 その報道を耳にした時、TGCをプロデュースするW TOKYOから熊本にもイベント開催の打診があっているなと、直感した。その時期が震災以前か以後かわからないが、復興アピールは開催の大義になるし、桜町地区で進む再開発事業が完了し、新しい商業施設がオープンする2019年は、絶好のタイミングとも言える。

 福岡市で開催される同系の福岡アジアコレクション(FACo)も、商業施設の柿落しとしとなった年があった。2010年には福岡パルコ、2011年には博多阪急がそれぞれオープニングイベントとして協賛したのだ。そう考えると、数年先の熊本が同じ流れになるのは想像に難くない。

 北九州市は、福岡県が2009年から福岡アジアコレクションを支援していることで、自治体間の対抗意識や予算拠出の公平性からTGCイン北九州への福岡県の支援を取り付け、二度の開催にこぎつけた。市側は昨年開催分の経済波及効果を14億5000万円とみており、こうしたデータは熊本市にとっても追い風になる。TGCの九州開催は他に宮崎の例があるだけで、W TOKYOが他都市をリストアップしていたすれば、熊本市が候補となる条件は揃っている。

 ただ、熊本市がTGCをプロモートするには、自治体としての支援や予算的な裏付け、熊本商工会議所ほか関係団体の連携、企業スポンサーの確保などが必要だ。要は開催資金をいかに捻出するかであり、W TOKYOとしても資金面の「担保」が絶対条件のはずだ。そう考えると、「復興支援」は行政が税金から資金を拠出するには十分な大義と言えるし、商工会議所がスポンサー企業を連携させ、残りの資金確保に動くことの説明もつく。宮崎のように単発なら、開催は不可能ではないだろう。

 加えて熊本の中心市街地を取り巻くファッション環境が依然として厳しいことがある。福岡市への年間100億円とも言われる持ち出ちの大半はファッション消費だし、周辺市町村ではゆめタウンやイオンモールの攻勢があり、郊外なりのファッションステージが形成されつつある。実際、ひかりの森周辺は新興住宅地としての発展は著しく、おしゃれをして歩くにも遜色ない街並になりつつある。

 それに対し、中心市街地は上通、下通のアーケードに店舗が並ぶ典型的な地方都市の商業構造だ。ご多分に漏れずここでも家主が高額な家賃を請求するため、出店は大手資本が中心で、2階部分には空き店舗も散見される。長引くデフレでファッション業態の顔ぶれは決まっており、大小ある再開発も面による計画ではないため、おしゃれをして歩く街路にはなりきれていない。そうした環境が中心市街地の活性化、ファッションタウン化の妨げになっている。

 個別の商業施設では、鶴屋百貨店が福岡への持ち出し阻止を旗印に有名ブランドの集積、東急ハンズ、ユザワヤなどのリーシングに注力したものの、所詮は対症療法に過ぎず、地域百貨店として抜本的な戦略は見い出せていない。しかも、百貨店系アパレルの売上げ不振は、鶴屋とて例外ではないはずだ。

 一方、熊本パルコは昨年3〜8月の売上げが震災前年比で2.9%増となっている。秋物の需要期に入った9月は微減だったが、10月は気温が高めだったにも関わらず15.4%増。気温が低下した11月は45%増と、復興需要と9月の30周年改装を上手く取り入れた形だ。しかし、これからは競争激化の波に飲み込まれるのは言うまでもない。

 4月には下通のダイエー城屋跡にNSビルがオープンする。1階〜4階の商業ゾーン「COCOSA」は、天神VIOROのデベロッパーが運営に当たる。テナントはすでに決定済みで、セレクトショップ中心のリーシングになると思われる。同じテイストのテナントをもち、ターゲットが競合する鶴屋東館、同New-S館、熊本パルコへの影響は免れない。さらに2019年には大型商業施設が開業するわけで、市場規模、購買力が限られる熊本の中心市街地では、ファッションタウンより同質化競合の不安が先に立つ。

 もっともファッション業界では、「熊本は進歩的」と言われてきた。デザイナーズブランドやインポートファッションをいち早く取り入れる気質が全国でも群を抜いていたからだ。80年代の初め、上通のアーケード入口ではコムデ・ギャルソンがすごく似合うお姉さんが闊歩しているとの評判だった。



 80年代半ばからはバブル景気の後押しもあり、下通商店街が切れた「シャワー通り」が注目を浴びた。英国のマーガレット・ハウエルがダイレクトに開店すると瞬く間にビルが建ち、その1階には同国のポール・スミスが本人の協力もあって登場する。仕掛人のA氏は後にセレクトショップの草分けと言われる「パーマネントモダン」を誕生させ、2015年にはそれを東京青山に逆上陸させた実績をもつ。

 A氏の後に続いたS氏はシャワー通りに立て続けに出店し、立志伝中の人物として業界誌にも登場した。しかし、そうした栄光もつかの間、バブル崩壊の影響で一転倒産に追い込まれてしまう。結局、1社による多店舗化で体裁を整えただけのシャワー通りは歯抜け状態となり、完全に輝きを失った。

 2000年代に入ると、呉服商から転身したM氏が高級服を売ろうとミセス向けのセレクトショップなどを出店し、通りの整備にも尽力した。しかし、後に続く経営者が登場することはなく、バブル期の威光を取り戻すまでにはいたっていない。

 若手経営者は初期投資がかからない上通商店街を抜けた並木坂、上乃裏通りに出店した。熊本で受けそうなレアなブランドや値ごろなカジュアルは、民家を改造した店舗の方が似合い、県内外から多くの若者を集めた。ただ、中小零細、個人経営の店舗が中心で、経営力の乏しさから出退店が繰り返される状況に変わりはない。それでも路地裏にはカフェや居酒屋が立ち並び、下通の歓楽街にない小洒落た雰囲気がビジネスマンやOLを惹き付けるのも事実だ。

 「熊本は全国的に見てもファッション感度が高い」。80年代のファッション業界では公然と言われていたことなので、今さら否定するつもりはない。ただ、高級ブランドの売上げ不振、百貨店や地域専門店の苦戦、郊外SCの攻勢、グローバルSPAとファストファッションの快進撃は、熊本も例外ではないだろう。唯一の救いは他の地方都市に比べファッションに興味がある若者が比較的多いことだろうか。それもECに取り込まれており、地元店にどれだけカネが落ちているかは懐疑的である。

 レアなブランドを仕入れるのが上手いと言ったところで、ナイキの限定スニーカーなんかになれば、直営店でしか購入できない。高速バス代に4000円以上を使っても、福岡まで買いに行くのが昨今の若者意識だ。その意味では熊本も他の地方都市と変わらない消費環境になっている。そんな状況下において、三文タレントによる一過性の客寄せ興行で、80年代のようなファッションタウンのロイヤルティが取り戻せるのだろうか。

自治体と商工会議所のアリバイ作り

 TGCのような客寄せ興行は「神戸コレクション」が先駆けと言われる。神戸にはワールドを筆頭にアパレルメーカーが数多く存在するため、一般向けにもファッションイベントを開催する土壌があった。神戸商工会議所が中心となって神戸市を動かし、芸能界にパイプをもつMBS毎日放送がプロデューサー、イベント会社のアイグリッツが企画に当たった。こうしてタレントが地元ブランドを着てランウエイを歩くガールズコレクションのプロトタイプができ上がったのである。

 しかし、行政課題だった地元ファッション産業の活性化は、 結果的に見ると神戸市と神戸商工会議所のアリバイ作りに過ぎなかった。結局、税金からカネが転がり込んだのは、企画制作にあたるMBSとアイグリッツ、東京他の芸能事務所に他ならないからだ。

 福岡の場合は神戸コレクションのフォーマットを踏襲し、自治体からの公金支援を受けるために「福岡アジア」という冠を付けたのが実のところだ。大義には地元ファッション産業の振興、情報発信が謳われているが、福岡は小売りの街でアパレルメーカーなど数えるくらいしかない。だから、ショーに登場するのもNB主体で、地場ブランドは申し訳なさそうに盛り込まれているだけ。こちらもアリバイ作りなのは火を見るより明らかだ。行政は事業を「民間主導」とボカしているが、イベントの実行者はMBSと同系列のRKB毎日放送。つまり、公共事業が民放テレビ局の「事業」になっているのである。

 熊本市がTGCを開催する場合、事業主体がどこになるのか。単発であれば市の経済観光局あたりだろう。2回、3回と継続させていくなら、福岡市と同じように商工会議所が中心となり、民間主導で事業化させるしかない。その時はテレビ局が名乗りを上げるのか、それとも代理店が飛びつくのか。だいたいのところは想像がつく。

 ショーに出展する商品についても、福岡と同じくNB主体になると思う。それでは地場ファッションの振興や活性化つながらないと、鶴屋百貨店はじめ、パーマネントモダン、地元発祥のベイブルックなどにも商品提供の声がかかるだろう。しかし、火事場のような忙しさのバックステージでは、商品という「売り物」がファンデーションやリップで汚されるリスクが伴う。プレス用の商品を持たない中、それを承知で小売店がすんなり貸し出しに応じるのか。スタイリスト経由で情報番組のコメンテーターに着てもらうのとはわけが違うのである。

 あとは熊本のファッション協会が地元ファッション事業の意識をどう統一するかだが、そこには一にも二にもイベント開催の大義が重要になる。資金の大部分を自治体やスポンサー企業が拠出するため、ファッション事業者は何も言えずことが進んでいく。熊本を飛び越え全国区の知名度をもつファクトリエやシタテルがスポンサーとなるのことも、事業目的が違うので考えにくい。

 熊本市では地震で全壊、半壊となった住宅が1900軒以上ある。それに対する支援は遅々として進まず、住宅再建の目処が立たない市民が少なくない。果たして3年後にそんな状況から脱却し、完全復興を遂げられるのか。大部分の市民やファッション事業者は納税者であり、税の再配分を受ける資格を有する。しかし、血税が表向きだけの復興支援のもと、イベント会社と芸能界に流れるのを見過ごせるだろうか。

 それをチェックするのはメディアの役割のはずだが、福岡の事例をみる限り期待薄だ。福岡ではRKB毎日放送が関わることもあり、他局が取り立ててパブリシティすることはなく、事業の問題点を検証するような報道もない。開催から数年を経過しても産業振興や情報発信に実効性がないため、最近では当の大義すらその集客力に合わせ、「賑わい創出」や「観光」にすり替えられている。

 それでも、タレントの肖像権がW TOKYOや芸能事務所に厳重に管理されているため、情報発信の名のもとでの写真の二次使用やYouTubeによる動画配信はできない。結局、TGCイン熊本は1日限りの客寄せ興行で終わってしまう可能性が高く、ファッションタウンとしてのロイヤルティを取り戻すことは不可能に近い。

 熊本では行政主導のイベントになればスポンサー企業はまとまるはずで、地元メディアとしてスポット収入や広告出稿が期待される。そうした利害が絡んでいるため、メディアがこうした問題点に真摯に向き合い、批判するとは思えない。

 もし、地銀団までもがスポンサーに名前を連ねると、どうだろうか。シャワー通りを発展させた立役者のS氏は、バブル崩壊で貸し剥がしに会い倒産に追い込まれたと、業界では語られている。「ファッションタウンの礎は俺がつくったのに、今さら復権かよ」。S氏の恨み節が聞こえてきそうである。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

右に倣えはいい事か。

2017-01-04 07:55:59 | Weblog
 2017年が開けた。業界は昨年にも増して厳しい1年になると思うが、新たなビジネスを展開できれば活路が開ける可能性は残っている。

 ここ数年のアパレルビジネスは、インターネットを利用したECに軸足が移り、さらにネットと実店舗を融合したオムニチャンネル化が叫ばれた。これにはメーカー幹部はもとより、大手小売業の経営陣までが「重要な戦略に位置付ける」と異口同音に宣い、台頭する若手コンサルタントは悉くポテンシャルの高さを強調した。

 確かに個人消費が低迷する中で、「服が売れない」理由の一つに「買いたい服が見つからない」があり、既存のリアルマーケットではターゲットと商品の間でミスマッチが起こっているのも事実だ。だから、店舗の販売テリトリーを越境してマーケットを広げれば、商品を求めるお客さんにヒットするのは無きにしもあらず。ECはこうしたテーマを見事に解決し、確実に市場規模を拡大した。

 ところが、商品づくりの課題は残されたままである。国内外で製造される数量こそ無尽蔵だが、商品はブランドやデザイン、グレード、テイスト、オケージョンなどの掛け合わせで、売れるかどうかの価値が決まってくる。ただ、ひと度、売れる商品となればたちまち競合が現れ、似たような商品がネット市場に溢れていく。

 そもそもバーチャル店舗のデジタル写真では、触覚が決め手となる素材や縫製といった商品の優位性を訴求するには限界があり、結局、競争が激化すればECも送料無料や返品自由など、サービス面で差別化するしかない。さらにSNSやO2Oアプリを導入すれば、販売管理に関わる費用がかかり、リアル店舗に比べたコスト優位性は薄れている。

 当然、小売りレベルでは、お客は1円でも安い方に流れていく。事業者間では厳しい消耗戦が繰り広げられ、あれほど威勢の良かった楽天市場でさえ、売上げの鈍化に見舞われている。ネットコンサルはサイトのブランド力向上を盛んに訴えるが、Webデザインや写真撮影には注力する一方、IT投資のために商品の原価率を圧縮するようでは全く意味がない。

 本来、ブランド力とはそれが持つ理念や世界観、活動の目的、表現力によって顧客のマインドにすり込まれていくものだ。その如何を決する商品づくりがおざなりになっているのに、サイトのブランド力もクソもない。所詮、情弱なお客を捕捉するだけに終わってしまう部分もあるだろう。抜本的な解決にはならないはずである。

 ECはリアル店舗や販売スタッフの人件費を抑制しながら、テリトリーの越境でマーケットを拡大できることがメリットだった。しかし、猫も杓子もECに参入した結果、優位性はなくなって来ている。そこで今度はリアル店舗とネットとの融合であるオムニチャンネル戦略がカギになると言われるが、商品づくりの課題がクリアできないまま、販売手法のみを喧伝したところで、個人的には解決策にはならないと思う。

 アパレル業界が闇雲に商品を作り続けた結果、お客にとって買いたい商品が市場にはほとんどなく、在庫の山が築かれるばかり。ビジネスという意味では日本での商品づくりそのものが終焉を迎えたとも言われ、アパレルビジネスはすでにITや金融といった次元で語られるようになっている。しかし、糸へん出身の人間としては、それでは片手落ちのような気がしてならない。

 人口の減少、若者の服離れ、労働力不足、同一労働同一賃金などなど、業界環境はますます厳しさを増している。識者の中には、そうした中での売上げ拡大は、海外戦略に活路を見出すしかないというお方もいる。大手セレクトショップのようにある程度のブランド力を持てば、頭打ちの国内市場よりも海外の方が開拓の余地があるということだろう。

 本当にそうなのだろうか。大手セレクトとは言え、原価率が30%を切るようなお値打ち感もない商品を販売しているのだ。売上げの鈍化は、何も人口減少や若者の服離れによるマーケットの縮小、インバウンド商品の減退だけとは限らないはずだ。アパレルビジネスがマーケティングのフレームワークである4P(製品、価格、流通、販促)では解決できなくなって以降、顧客価値や利便性、コミュニケーションといった「C」がカギを握ると言われたが、これもネット時代においてもはや陳腐化している。

 やはり、原点は一つだ。マーケットを細分化し、ターゲットをしっかりセグメントして、それにあった商品を開発しなければ、売れないものは売れないのである。それが基本の基だと思う。セレクトショップにしても日本では20年という長いスパンで成熟していったが、海外のセレクト市場は成熟度はそれよりも速い。海外戦略なんぞ言っている先から、成熟は始まっているのではないか。そこでは日本国内おけるブランド価値なんて何の武器にもならない。むしろ、潤沢な資金力によって簡単に逆に買収されてしまうリスクがつきまとう。それがグローバルマーケットなのである。

 筆者が知るあるショップは数年前からオリジナル化を進め、ECに注力して海外市場の開拓に乗り出した。商品づくりでは自社で企画から仕様まで行うため、こうした決して手を抜かない姿勢が、海外のお客からも高い評価を得ていた。ところが、海外戦略を初めてちょうど1年たった昨年、某国の購入分300万円全額がカードの不正使用で、売上げ取り消しとなった。クレジット会社は「unfortunately」とだけ答え、泣き寝入りするしかなかったという。

 Amazonが一人勝ちする中で、海外戦略はいともビジネスの救世主のように語られるが、一方でこうしたリスクが増大しているのである。おそらく今年は国際的なネット詐欺がますます横行していくかもしれない。それに対する日本のアパレル、小売りの対策は決して万全ではないし、むしろ脆弱ではないのか。まして個店レベルの海外戦略なんて管理コストの方がかかってしまい、そう簡単に利益が出るはずもない。

 海外事業に乗り出すには現地における商標の申請、カレンシー(通貨)の設定、原産国証明の取得、Shipping(国際配送)の手続き、サイト翻訳の精度アップ(某通販サイトの翻訳機能はグチャグチャ)、通販システムの改修などやることは少なくない。筆者が懇意にするフランスのメーカーも海外戦略を展開した当初は、こうした「条件でかなり困惑した」と言っていた。

 当然、それ以上に不正リスクは増大している。2017年の新年早々、地元メディアをかけめぐったのは中国本土を狙ったと特殊詐欺集団が福岡県内を拠点に活動しているということだった。所謂、外国人によるオレオレ詐欺のグループが日本を隠れ蓑してインターネット電話を利用して、中国の居住者から現金をだまし取っているのである。犯罪はどこまでも巧妙化しているわけで、オレオレ詐欺がEC詐欺にならないと誰が断じることができるだろうか。

 昨年の暮れには、佐川急便の配送スタッフが届けるはずの荷物を投げたり蹴ったり、叩き付けたりという動画が公開され、事件となった。ネット通販の人気もあり、12月には荷物の量が増大し、スタッフは過度の負担に耐えきれずイライラを重ねた末での「犯行」だったようだ。しかし、こうした問題は通販業者が競争優位に立つために「送料無料」を打ち出したことで、その分のしわ寄せが配送事業者にかかっているという構図も浮き彫りにする。

 ネットコンサルタントは、即日や短時間による配送がECの次なる一手と言うが、結果的に物流業者の負担が増すという新たな課題をどう解決するおつもりだろうか。ユニクロの潜入ルポについてのコラムでも書いたが、オムニチャンネル化における商品流通には「店まで商品を配送し在庫」「お客が来店して商品を購入」「ネット通販で倉庫から商品を配送」「お客が店やサイトで在庫を確認し倉庫で購入」の4つが考えられる。

 店内の業務が増えて疲弊するなら、ECを活用するなどで業務を効率化すればいいという理屈になる。でも、今度は物流業者に負担がかかっているわけで、お客側も何らかのデメリットも享受しなければ解決する問題ではない。

 かつてユニクロの柳井正社長は「お客様は神様ではない。王様くらいで十分だ」と言い切った。何でも言うことを聞いていたら、ビジネスにはならないとの意味だ。メリットがあれば、デメリットも生じるし、リスクないビジネスなど考えられない。特に海外戦略を考えればなおさらである。

 行政が税金で資金を拠出し、地域活性化、ファッション拠点化をスローガンにしたガールズコレクション。その代表格TGCが昨年の2回目の実施で経済波及効果が高いとうそぶく北九州市に次いで、熊本市でも開催されることが決定した。しかし、ファッションをメディアコンテンツと捉え、原価率を抑えたチープな服を三流モデルが来た客寄せ興行ごときで、アパレル産業が活性化するはずもないのは確かなことだ。

 今年は数年来続いた好調ビジネスのどれもが踊り場を迎え、難しい局面を迎えることが想像される。それに対して、大手から中小零細までの事業者はどう立ち向かうのか。何でも「右に倣え」をしてもいい事はないと思う。昨年の成功事例を捨てたところにもマーケットはあり、ビジネスチャンスが生まれるかもしれない。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

立場と環境が人を育む。

2016-12-28 07:22:15 | Weblog
 今年もあと4日となった。個人的に注目した業界ニュースは企業倒産が300件を超え、百貨店の閉店が相次いだこと。だからでもないだろうが、若者が業界を志望するケースが減っており、各方面から人材の確保が容易ではないとの話を聞いた。

 暮れにビジネスを終了した某コミュニティサイトは、折りに触れて「若者がなぜ業界を目指さなくなったのか」というテーマを取り上げた。大学生にインタビューして生の声を拾ったものだが、学生がファッションをメディアコンテンツの一つとして捉えてはいるものの、「糸へん」への理解にはほど遠いと感じた。

 ゼミでビジネス研究を始めている大学もあるが、こればかりは外から学ぶのと中に入って知るのとでは大きなギャップがある。まして専門学校生となれば、デザイン中心の技術教育をスローガンにするだけで、業界が抱える課題にほとんど与しておらず、若者の考える能力を刺激し、真のプロに育てられるとは思えない。

 企業に目を向けると、従業員の頭数を揃えるために給料や待遇といった見せかけの情報を流布したところで、ほしい人材が確保できるのだろうか。人手不足の問題は何も昨年や今年に始まったことではない。バブルが崩壊して以降、コストダウンがまかり通るようになり、構造的な問題になるのはわかりきっていた。

 きれい事かもしれないが、 企業側はどうすれば、業界のことを好きになってもらい、長く働いてもらえるのか。働く側もこの仕事に携わることで、いかに自分が成長していけるのか。「パートアルバイトで何とか回していけばいい」とのモラトリアムな風潮が人材の育成や技術技能の習得を蔑ろにしてきたのではないか。両者がそれらに真摯に取り組まなかったことのツケは、決して小さくないということだ。

 話はズレるが、ちょうど1年前に電通の女性社員が長時間労働の末に自殺した。入社するために一生懸命で、内部事情をそれほど知っていたとは思えない。一般学部の女性だから、志望先はコンテンツ制作で、職種ではコピーライターか、CMプランナーか。ならば入社試験とは別にクリエイティブテストもあったと思う。彼女がそれを受けたかどうかはわからないが、東大出の能力を買われて配属されたのは、電通が最も注力するネット関連の部局だった。

 入社後、研修が終わり、直属の上司からは「まずは与えられた仕事を頑張れ。そこで結果を出せば希望は叶う」的な言葉をかけられ、鼓舞されたのだろう。だから、当初は長時間の勤務も夢を叶えるためには厭わなかったのかもしれない。しかし、この言葉は社員を都合よく使うための魔法の言葉になることもある。真面目でそれを強く信じる社員がいればいるほど、組織は機能し強固になるからだ。

 結果的に長時間労働が肉体を疲労させ、さらに上司のパワハラが重なって精神ストレスを蔓延させ、将来を嘱望された若手社員は死に追いやられてしまった。電通側はマスメディアを支配するだけにすぐに片が付くと思ったのかもしれない。ところが、ネットを中心にブラック企業のレッテルが貼られ、企業力を誇示する象徴の「鬼十則」さえ、電ノートから削除するはめになった。

 その影響が多方面に出始めている。長時間労働の問題は大企業はもとより、地方の有力企業にまで飛び火し、増え過ぎる労働時間をセーブする動きが強まっている。とある地銀の営業マンがうちの事務所に来て、来年3月から夜7時以降は残業ができなくなると言う。広告屋である電通が自らの醜態をアピールしたことで、クライアント企業の残業抑制を啓蒙する結果になるとは、何とも皮肉な話である。

 アパレル業界ではまだ残業カットの動きは見られないが、長らく労働集約型産業と言われ、まだまだ長時間労働が根強く残る。ただ、IT化の進展で電通ほど高度な属人的産業ではなくなった中、人手不足にも取り組みながら、落としどころをどう見つけていくか。答えは教育機関まで遡って見いださなければならない問題でもある。

 専門学校、大学を含めて就職に際しては「人間が行う仕事とは何か」「作業と仕事の違いは何か」の基本を押さえさせ、活動をさせることだと思う。技術も技能も持たないとルーチンワークの中に組み込まれていかざるを得ない。そこを深く考えずに作業に従事するまま歳だけとっていけば、人間の方が技術革新に追い抜かれてしまうのだ。

 業界は大きく変わっている。単純に販売、購買するだけならネットでも十分となった。必要な物流機能もどんどん機械化されている。人的な労働でも生産性の低いものは、ますますロボットなどに置き換えられていくだろう。国内のサービス業では日本人の労働者が集まらないから、外国人で賄うなんて言うこと自体がすでに時代遅れなのかもしれない。だからこそ、作業とか、労働力とか単純なことではなく、業界で携わる仕事の質を高めることに力を入れていなかければならないと思う。

 商品そのものを見直し、それを作って売るフロー、人間が従事することにイノベーションをもたらす取り組み、つまり仕事の質を高めることが必要なのである。どこに物的コストをかけ、人的な技術、能力を割くのか。生産性の低い労働は人間以外に任せられないのか。仕事内容を変えるためにITをいかに有効に活用するか等々である。

 上質な糸や生地を懇切丁寧に作る。これは人にの手や目が関わることが多い。そんな素材を生かして形と色のバランスを整えるべく時間をかけて商品のアウトラインを作るのは人間の仕事だ。複雑なディテールの縫製、高度で秀逸な加工も人の手間や技が必要になる。そうした商品をじっくりスタイリングしてホスピタリティをもって提案し、着る人のストーリーを演出するのも人間にしかできないだろう。

 一方で、コストダウンのために上記条件のどれかをセーブすることで成り立たせようというビジネスもあるだろう。しかし、市場は敏感に反応する。「ケチった」ところはすぐに見透かされてしまい、元の木阿弥になる。ベーシックなアイテムやプレーンなデザインにして手間と時間を抑えるが、質はどこまでキープしていくのか。素材や縫製をギリギリまでコストダウンして短サイクルで回していく商品を生み出すか。

 コストパフォーマンスを求められる商品はITの力を借りて省力化、システム化して製造し、物流の合理化や販売のネット化をどんどん進めていけばいい。コモディティ化で低価格を売りにする商品が存在価値を増す中で、生き残るにはどれかの条件を削るだけではなく、どれかの条件を際立たせないと競争力にはならない気がする。今年はこうしたビジネスフローの差異が現れた年であり、来年はもっと明確に分かれていくと思う。


与えられた仕事で頑張れは空手形

 人間が行う仕事はどうなるのか。正規と非正規、同一労働同一賃金の議論があるが、同じ仕事内容なら正規、非正規の分け隔ては全くないという企業も出始めている。リタイア組でも技術や経験を持つ人なら非正規でも時間を有効に活用してもらい、それなりの報酬を与えることでやり甲斐を感じてもらおうという企業もある。「午前中だけ仕事をすれば十分」という自適な人がいるからだ。

 逆に新卒の若年労働者に対しては、能力とモチベーションをじっくり見極め、適正な配置、配属が必要になる。筆者が就職した頃は、与えられた仕事を頑張って結果を出せば希望は叶う的な言葉をかけられ、やる気を起こそうとされた。しかし、 仕事をすればするほど、企業は個人の希望より組織を優先することが薄々わかって来る。

 今振り返ってみると、それは空手形に過ぎなかったと思うし、適当な時に見切りを付け、やりたい仕事に向けて転職したことに後悔はない。やりたい仕事をさせてくれそうな企業でないと、人は集まってこない。それを前提にいかに魅力ある仕事を創造し、働く環境を整えるかが大きなテーマになっていくと思う。

 社員のモチベーションを上げていく施策も必要だ。業界は中小零細企業が多く、斜陽産業のイメージが強いだけに社員は給料や待遇だけでなく、会社や自分の立場の弱さに辟易している面もある。ある小物メーカーはそうしたネガティブさを打破しようと取り組み始めた。中部地方で創業して130年、ずっとファッション小物を作り続けており、プレーンなデザインで日常で長く使える上質なものづくりと高い技術を特徴とする。

 そうした製品の良さを世界に訴えることで社員に誇りを持ってもらおうと、モード最先端の欧州での勝負に出た。自社技術を生かして製造したストールをブランド化してパリのトレードショーに出品したところ、欧米はもちろん日本のセレクトショップからも高い評価を得た。日本のバイヤーが海外で見る商品となると、オーバースペック気味に感じる性格を読んだ戦略とすれば、なおさら経営者は天晴ということだ。

 もちろん、タグにはブランド名の他に同社の社名が堂々と刻み込んである。社内的にはそれが社員の達成感を生み、プライドをくすぐるともにモチベーションアップにもつながった。こちらの施策の方が重要なのである。ファクトリーブランドをビジネス化するのは難しいと言われる中で、数少ない成功事例だと思う。

 また別の小規模アパレル企業は販売職が敬遠されている中、専門学校や大学に若干名の求人を出しただけなのに、必ず100名ほどの応募がある。こちらは社長自ら学校に出向いて学生を相手に企業理念から自社のビジネスの仕組み、必要とされる社員像や能力を説いて回っている。決まりきったフォーマットに形式的な企業情報を書き込んで、待ちの姿勢で応募者を集めるようでは、求める人材には出会えないと考えからだ。
 
 しかも、販売職は決して非正規雇用にはせず、リスペクトするために職種名には「コンシェルジュ」と付けている。肩書きは会社にとって重要な役割であると本人に自覚させ、会社で働く意義をきちんと理解させていくのだ。昨今、販売職のようなサービス業は完全に売り手市場になっている。募集してもなかなか人材が集まらないと嘆く声も聞くが、そんな企業に限って「働く意義」を示せていないような気もする。

 このアパレル企業では若いスタッフが仕事をしていく中で、別の目標を見いだすようになると応援する。独立して途中でビジネスに躓くようなことがあれば、企業にいた頃に見つけた技術や能力をきちんと評価して、再び雇用するような仕組みも作っている。

 これから業界に入ろうという若者をどれだけ尊重して、持てる能力と技術と人間力を発揮させるようにできるか。ポジションが人を作り、環境が人を育てるのである。来年はそんなこだわりがビジネスの雌雄を決する一年になっていくように思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

減らすべきムダがある。

2016-12-21 07:52:14 | Weblog
 先週、先々週とジャーナリストの横田増生氏による週刊文春ユニクロ潜入ルポについて書いた。第3弾が掲載された12月22日号はトップ記事が「電通の真実 激震ドキュメント」だった。電通の内情はグラフィックデザインに携わることからよく知っている。これについても書けなくはないが、別の媒体で機会があれば論評してみたい。

 ところで、ユニクロ潜入ルポの第3弾は、「黒字のため“ロボット化”する従業員」のテーマで、横田氏が店舗の従業員と人件費の問題に触れている。どの企業でも売上げが伸び悩む中、労務管理と賃金コストは二律背反する問題だ。政府は同一労働なら正規、非正規と同一賃金にするように政策目標に掲げて議論を進めているが、企業としてもそう簡単に答えが出せる問題ではないだろう。

 当たり前のことだが、人件費は減額すると従業員からは不満が噴出して士気が下がり、生産性が落ちるリスクをもつ。また法律上は減額に見合う正当な理由がないと、下げることはできない。それでも、ユニクロでは人件費の調整について、現場は上層部から「口酸っぱく」言われているようである。

 それを如実に示すのが、昨年の創業祭惨敗を受けての異変だ。売上げ不振を招いた原因が「値上げ」だったとの反省から、柳井正社長は低価格路線へ回帰し、併せて経費削減を厳命した。さらに低価格のままでは売上げが下がるため、並行して「客数を増やせ」との条件までつけている。だが、2016年8月期決算をみると、客数は対前年比で5%も落ち込み、一度遠のいたお客を呼び戻すのはそう簡単ではないことを示す。

 一方、経費削減の目標は1000億円に及ぶ莫大な規模だ。2016年3月〜8月の下期にはパートアルバイトの出勤調整を行って人件費を削減し、営業利益は前年同期比の38.0%の増益と、早速効果をもたらした。しかし、横田記者が勤務するイオンモール幕張新都心店では、創業祭が不振だったことから「会社が倒産してしまう危機状況になる」との大義のもと、従業員の頭数が必要な11月でさえ出勤調整を行ったほどだ。

 親会社ファーストリテイリングは内部留保が3400億円あり、自己資本比率は安定した40%台で、株主への年間配当金は約360億円といたって優良企業である。にもかかわらず店舗では人件費を抑えて、利益を上げることが堂々と行われていることに横田氏は疑問を投げかける。結果的に店長クラスはサービス残業せざるを得ず、収益目標の達成という「手柄」のために、自ら身を削っているのだ。

 店舗をエリア毎に管理するリーダーやスーパーバイザーは、「販売管理費が非常に高くなっています。…原因は人件費を超過させているからです。粗利と人件費の関係に十分な注意を払ってください」(記事から引用)と、バランスシートを見て指示するだけ。店舗の責任者とは違い直接パートアルバイトには接しないからか、実にドライな物言いに聞こえる。上場企業、グローバルSPAとしてはこれがスタンダードなかもしれないが、コストは人件費だけではない。もっとムダなものがいくらもあるように思う。

 販売管理費には荷造りや運搬に関わる経費があげられる。 ユニクロの場合、この中にもムダなものがあるのではないか。工場から日本に送り届ける輸送費は別にして、国内の物流センターから各店舗への運搬費はどうなのかである。店舗にあれだけ膨大な在庫を積み上げているが、それがセールを含め100%消化することはありえない。仮に50%しか消化していないのなら、残る50%の在庫運搬費は、ムダと考えることもできる。

 また、その分の荷受けから品出し、畳みや整理に携わる従業員の人件費、その分の在庫を展開するスペースの不動産賃貸料も、コスト増の要因ではないのか。今やユニクロの顧客の何割かは店に行かずにネットで購入していると思う。その分の在庫も店舗に置かなければ、まだまだコスト削減ができるはずである。

 ECはお客が送料負担を嫌がるケースや一定額以上の購入で送料無料のコスト負担も生じるが、店舗販売にしてもトラックで商品を配送していることに変わりはない。店舗向けにまとめた大口配送と家庭向けの小口配送とのコストバランスになるわけだが、店舗に在庫を積むことでムダな作業コストが発生しているのは間違いない。

 ベーシックなデザインで、単品コーディネートで完結。お客が自由に着こなせば良いを標榜するユニクロだからこそ、店舗は小規模にして全国数カ所に物流センター兼ストックルームを作り、そこから配送するような仕組みを整えてもいいのではないか。そもそも論として人件費を削りたいなら、店舗における省力化をもっと進めるのが先ではないのか。システムで成長したきたユニクロだからこそ、思いきってショールーミングを選択することも、経費削減に向けた重要な経営判断ではないかと思う。

 販売管理費には広告宣伝費もある。メーンはテレビCMと新聞の折込みチラシだ。CMではシーズン毎のトレンド商品のキャンペーン、企業イメージの訴求などを行っている。不定期のスポットだが、全国ネットで放映本数は多くなるため、毎回のCM投下費用は数億円規模になると思われる。

 チラシについては、週末に行ってきた値引きセールが縮小され、EDLP(エブリデーロープライス)戦略にシフトしたため、毎週金曜日の新聞折り込みもかつてのB3サイズ一辺倒から変わってきている。それでも直近に折り込まれたクリスマスセール向けは、B2サイズでユニクロとしては最大だ。これらが全国の新聞(2015年一般紙の発行部数は約4000万部だが、購読部数はそれより少ないと思われる)の朝刊配達分に入るのだから制作・印刷費、折込み料を合計すると、こちらも1回で数億円の規模になるだろう。

 テレビCMは代理店に言わせれば、「ブランドロイヤルティを維持するために不可欠なもの」かもしれない。だが、販促効果を考えるとネット浸透によるテレビ離れは深刻だし、番組視聴率が必ずしもCMの認知度を示すものではなくなってきている。

 目下のテレビ視聴者は圧倒的に60代以上が多いが、いくらユニクロのターゲットが老弱男女と言っても、限られた視聴者の中で効果を十分に発揮しているかには疑問が残る。映像の必要性はあると思うが、40代以下ならネット動画で十分ではないのか。経費削減の面でCMを見直すというのではなく、マス媒体における費用対効果という点で一考の余地はあるのかもしれない。

 チラシは新聞購読者との関係性があるため、テレビCMよりもピンポイントで販促情報を提供できる。だが、新聞を購読しない層が確実に増えているのは、人口が最も多い東京23の区新聞折込み総部数が約240万部しかないことを見てもわかる(2015年6月29日 オリコミのデータ)(http://www.orikomi.co.jp/wp-content/themes/default/img/orikomi/maps/cir/cir_tokyo.pdf)。

 あるポスティング会社によると、平均的な新聞投函率は戸建で60%、分譲マンションで50%、ワンルームマンションで5%程度まで下がっているとの情報もある。新聞を購読しなければ折り込みチラシも見られないわけで、折り込み広告社に新聞購読者層やレスポンス率を精査させながら、徐々にネットチラシに切り替えていくなど、経費として見直す部分はまだまだあると思う。

 ユニクロは米国における新規出店に際しトラフィック媒体、ローリングビルボードなどのオープン広告と併用して、出店後にはデジタルマーケティングにも注力している。例えば、ユニクロUSAはネット向けのファッションマガジンにユニクロの商品を着たお客の写真がアップされると、自前のFacebookですかさずシェアしている。

 またFacebookを使ったスタイリングコンテストやユニクロのPinterestをハックするキャンペーンなど、デジタルマーケティングは旧来メディアが幅を利かす日本より進んでいる。というか、日本でもマス媒体が以前のような力を持たなくなっていることを考えると、もっとSNSを活用することで媒体コストを削減できるのではないか。

 売上げの半分を日本で稼いでいるから、国内事業における販売管理費を削減する意図はわからないではない。しかし、いくら柳井社長が「プライスリーダーを取り戻す」「経費の削減」を訴えたところで、価格を下げても客数は戻っていないし、人件費を削ることで現場が確実に疲弊しているのも事実だ。

 ファーストリテイリングの2016年8月期の連結売上高は1兆7,864億円だが、前期比伸び率をみると6%と前年の22%を大幅に下回っている。10月に2020年度売上げ目標を5兆円から3兆円に下方修正したのは、紛れもない国内市場の縮小、客数の減少を受けてのことである。

 だからこそ、低価格や経費削減といった単純な政策ではなく、ビジネス全体の枠組みを見直さなければならないと思う。低価格戦略を続ける以上、海外の生産態勢、為替などからコスト変動とは切っても切れない。原価率の圧縮で商品の質が低下すれば、さらにお客は離れていく。SPAシステムを構築し、どこよりも磨きをかけてきたからこそ成長できたのだ。それゆえ新たなシステム構築がカギになるのは言うまでもない。

 横田氏はルポで「私自身、一年働いてみて、従業員は非人間化されたマシーンになることが求められているのではないかと感じることがあった。人間というより黒字を生み出すロボット、調整弁として都合のいいように使われている気がしてくるのだ」(記事より引用)と、徹底した人件費抑制の背景にも切り込んでいる。

 ユニクロの業務は高度にマニュアル化されているため、さらなる人件費削減が厳命されればスタッフの出勤調整も堂々と行われ、限られた人数で対応せざるを得ない。ゆえに生身の人間、感情をもつ人間にとっては、受け入れ難い面もあるだろう。

 しかし、収益の拡大を最優先する柳井社長がそうしたメンタリティに与するはずもない。だからこそ、ユニクロは小手先に施策ではなく、ビジネス戦略自体を変革していかなければならないのだ。そこでは感情をもつ生身の人間をロボットのように使うのではなく、現実にロボットを活用すべき段階に来ているのでないのかと思う。

 Amazonはすでに川崎市の物流倉庫で、国内で初めて自走式ロボットを導入した。ロボットを活用することで、人間が棚に置いた商品を探して歩き回るのではなく、人間が仕分け作業をしている場所に棚が自動的に運ばれてくるのだ。これで作業の負担を低減するほか、商品を探す手間が減り、受注から発送までの時間短縮にもつながるという。

 ベーシックな商品をセルフサービスで売っているユニクロこそ、店舗はショールーム化して在庫量と人海戦術的な作業を極力減らし、ECとロボットなどによるオートメーション化を連動させるシステムの構築に取り組むべきではないか。当然、ロボットが作業をこなすようになると、人間による単純労働は必要でなくなり、人件費削減とは別次元のレイオフが始まることも想定される。

 これはユニクロに限ったことではなく、ファッション業界、全サービス業に通じることだ。ロボット化のような仕事が嫌なら、人間らしい仕事とは何かを考えなければならないし、そのための能力開発が求められる。これからのファッション業界で、人間はどんな仕事ができるのか。ユニクロ潜入ルポの深層に潜む課題からも目が離せない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加