HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

普段着に性差は要らない。

2024-10-02 06:51:17 | Weblog
 9月の初旬、ユニクロが同ブランドのクリエイティブディレクターに「クレア・ワイト・ケラー」が就任すると、発表した。ケラー氏は2023年9月からレディス「ユニクロC」のデザイナーを務め、24年秋冬からはメンズを含めた「メインラインコレクション」も手がける。これまでベーシックを旗印に売上げを伸ばしてきたユニクロがどう変わるのか。メインラインというからMDの何%かでクリエイティビティや独創性を打ち出すと思う。それが売上げにどう影響するか。ステークホルダーも固唾をのんで見守っている。

 ケラー氏は英国人のデザイナー。2017年の秋冬シーズンまでの6年間、クロエのクリエイティブディレクターを務め、17年3月にはジバンシィで女性初のアーティスティック・ディレクターに就任。3年にわたって老舗メゾンのクリエーティブワーク全般に携わっている。その後2023年、ユニクロがレディスウエアの強化として始動したプロジェクト、ユニクロCに参画。ゆったりシルエットのニットをはじめ、サテンプリーツのロングスカート、中綿入りのブルゾンやコート、ギャバジンツイルのトレンチコートなど、34アイテムを企画した。

 この時のプレス発表で、ユニクロでR&D統括責任者を務める勝田幸宏ファーストリテイリングの上席執行役員は、「ユニクロのウィメンズにとってエポックメイキングとなる大切なプロジェクト。ワイト・ケラー氏は、新たなライフウェアを作る上で最高のパートナー」と、ケラー氏とのタッグに自信をのぞかせた。つまり、この時点で「ユニクロU」でデザイナーを務めたクリストフ・ルメールのように長期的な契約を結ぶ可能性を感じた。案の定、2年目にしてメンズも手がけることになり、その予感は的中した。



 では、2023年に展開された商品はどうだったか。その前に過去のコラボレーションを振り返ってみたい。ユニクロのデザイナーズコラボと言えば、大ヒットし転売ヤーの暗躍もあった「+J」がある。これはデザイナーのジル・サンダーがミラノコレクションに出展していたこともあり、欧米人の体型にジャストフィットするミニマルでナチュラルなテイストだった。その後にコラボしたクリストフ・ルメールは、ユニクロUをさらに細身のシルエットに仕上げた。世界的なトレンドがタイトだったことも少なからず影響したと思う。

 だが、トレンドは変化する。細身からワイドシルエットへの揺り戻しだ。昨今は完全にワイドに変わっている。尚且つ、ユニクロCは世界マーケット攻略に照準を当てており、レディスとは言え日本人より身長、体重ともに大きな欧米人に合わせたサイズ展開に感じた。プレス写真にあったトレンチコート(税込12900円)を実際に売場で見てみたが、完全にゆったり目のシルエットで、日本人が自分の通常サイズを選んでもオーバーサイズな着こなしができる。従来のユニクロとは一線を画し、完全にトレンドを意識した企画との印象を受けた。

 ケラー氏が英国人ということで、同国北東部の漁師が愛用したバブアージャケット風のユーティリティショートブルゾン(6990円税込)もあった。こちらもサイズはXSから4XLまであり、色もブラックやオリーブが用意されるなどメンズライクなアイテムに見えた。もっとも、アウトドア由来のバブアージャケットは近年、女性ファッショニスタがコーディネートしたスタイルがSNSなどで話題を呼び、ビームスやベイクルーズも女性向けにリ・デザインしたものを別注したほど。ユニクロとしては価格的に本格仕様(オイルコーティング等)はできないにしても、多少は意識しているのではないかと感じた。

 ユニクロCの企画については、従来とは全く異なるナチュラル系(骨格質のスタイリッシュタイプ)のオーバーサイズで抜けて着崩せるパターンだと、分析された識者もいた。確かに2023年はレディスだけの企画にも関わらず、売場ではメンズも着られそうなアイテム、サイズもあった。実際にどれほどの男性客が購入したのかはわからないが、メンズを意識していたのは確かだろう。そして、1年後の今年はメンズのコレクションも登場するのだから、まさに「お待たせしました」である。

 ただ、素材に関しては、相変わらずレギュラー品と同じものを使用しているようで、とても褒められたものではない。トレンドを意識したオーバーサイズのトレンチコートも、これでは格落ちは否めなかった。ライセンスとは言えバーバリーや専門店系アパレルが使用する厚手のコットンギャバを見てきたこともあるだろうが、ユニクロの価格体系と原価率を考えると仕方ないことだ。

 また、+Jの最終コレクションでは、発売日には各店舗で早朝から行列ができ、販売直後にはオークションサイトで転売が数々見られた。デザイナーのジルサンダーがラグジュアリーブランドでは名が知られたこともあるが、ケラー氏についてはそこまでの知名度がないことから、転売がエスカレートするまでの事態には至っていない。


ジェンダーフリーでは男女兼用の企画は当然か



 では、メンズはどうなのだろう。早速、9月6日より発売がスタートしたアイテムを見てみた。アウターから順に挙げると、ダブルフェイスコート(12900円、黒・カーキ・オリーブの3色、XS〜XXL 6サイズ)、同じパターンで柄物のダブルフェイスコート(12900円、ブラウン、XS〜XXL 6サイズ)、フーデッドコート(12900円、グレー、黒、ブラウンの3色、XS〜XXL 6サイズ)がある。フーデッドコートはあえて男女兼用と表示されているが、ダブルフェイスコートも商品写真を見ると、女性モデルが着たカットもある。サイズもXSからの展開なので、女性の着用も想定していると思う。

 他にもある。リラックスVネックセーター(3990円、4カラー、XS〜XXL 6サイズ)。ブロードオーバーサイズシャツ(3990円、3カラー、XS〜4XL 8サイズ)。スウェットオーバーサイズプルパーカ&スウェットワイドパンツ(各3990円、3カラー、X~4XL 8サイズ)。ワイドパラシュートパンツ(3990円、3カラー、XS〜4XL 8サイズ)。ワイドパラシュートパンツ/デニム(3990円、3カラー、XS〜4XL 8サイズ)。これらも豊富なサイズ展開で、全て男女兼用だ。昨年とは逆版のジェンダー対応なのかと思ってしまう。

 というか、ケラー氏はクロエやジバンシィというレディス向けブランドに携わってきた。そうしたキャリアと経験からすれば、ユニクロCのメンズ版でも、昨年の企画スタイルに倣いオーバーサイズ=男女対応可にしたのではないか。パターンは改めて男性向けを作ったのかどうかはわからないが、デザインの面ではオーバーサイズというトレンドを活用し、女性向けをサイズアップして男女が着用できるMDを構築したのではないかと思われる。もちろん、ユニクロのベースはアメカジのテイストだ。それをずっと引きずっていては、顧客離れは防げない。コラボでは尖ったデザインも不可欠なのである。

 小物のミニショルダーバッグ(1990円、4カラー)、2WAYユーティリティバッグ(3990円、3カラー)、スウェードコンビネーションスニーカー(4990円、22.5~28cm、12サイズ展開)。これらもあえて男女兼用を謳っているほどだから、MDの軸は徹底してブレていない。穿った言い方をすれば、トレンドを生産効率に結びつけて一気に収益を稼ごうという大胆な政策も見え隠れする。もちろん、それはユニクロCのメンズが爆発的に売れてのことになるわけだが、9月に入っても高温が続いていることもあり、投入即完売という商品は見当たらない。ただ、ユニクロが男女兼用アイテムを投入するのは、他にも理由があるはずだ。



 考えられるのは、「ジェンダーフリー」の潮流が影響したのではないか。アパレル業界にはこれまでも「マニッシュ」「マスキュリン」や「フェミ男」というトレンドがあった。しかし、それはあくまで女性が着るメンズテイストや男性が袴のような巻きスカートを穿いたもので、男女が同じ服を着るものではなかった。ところが、昨今は社会的・文化的な性差=ジェンダーを解放しようという世界的な流れがある。女性は家庭的であるべきとか、男性は女性を守らなければならないとか。社会や文化伝統による押し付けや不自由さを強いられるのではなく、自由・平等で公平な行動・選択をできるようにしようという考え方だ。

 体型は男でも心は女性。だから、男性向けデザインの服は着たくない。その逆もある。フェミ男が流行した時は、男性であっても骨格は華奢で筋肉もない骨細の体型だった。だが、今では筋肉質でがっちりしたボディを持ちながら、心は女性という男性も少なくない。物議を醸したパリオリンピックのボクシング選手がそうだろう。体は男でも心は女、逆に体は女でも心は男。どちらにも共通するのは、自らのジェンダーにあった服を着たい。体つきで服に選ばれたくない。欧米社会はLGBTQを含め差別の解放を目指す考え方が深まっており、もともと性に敏感だったアパレル業界でもジェンダーレスの概念が認識されつつある。

 とすれば、当初は「ノンエイジ」「ユニセックス」を標榜していたユニクロがグローバルSPAとしての覇権を握る上で、さらにジェンダーフリーの市場を突き詰めようとしても不思議ではない。性差はデリケートな問題であり、考え方の賛否が著しいので、表立って声高に主張することはないと思う。ただ、ユニクロが大上段にメンズを含めたメインラインコレクションと位置付けるほどのプロジェクトにした意味を考えると、単なるデザイナーズコラボという次元で捉えてはいないような気もする。自ら世界的にジェンダーフリーの市場を攻略、いや対応していくというミッションを課すなら、普段着に性差は要らないという意味か。もちろん筆者の推論の域を出ないで言わせてもらっているのだが。

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もう裸にカシミア。

2024-09-25 06:46:51 | Weblog
 気象庁は9月24日、沖縄地方を除く全国各地で9月30日頃から向こう2週間の気温がかなり高くなる可能性があると、早期天候情報を出した。これによると北海道、東北、関東甲信、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州と、沖縄奄美を除く全国で9月30日頃からかなりの高温になる予想。熱中症についても9月後半、京都府と沖縄では厳重警戒、関東甲信から九州の広い範囲で警戒だ。各地とも日によっては厳重警戒ランクになる可能性があるから、熱中症対策はまだまだ続けないといけないようだ。

 そこで暑さと衣服の関係はどうか。アパレル業界では8月下旬になると、秋物を少しずつ売場に展開する。こうしたMDスケジュールは、筆者が仕事を始めた1980年代から変わってはいない。背景にはトレンド情報の一つ、マーケット情報を発信する有力雑誌メディア(国内ファッション誌)の存在がある。ファッション誌は実際の月より一月前倒しで発行する。全誌面が秋物一色になるのは10月号で、発行日は8月末だ。読者である消費者の中には、このトレンド情報に触発されて秋物を探し始める。店頭もそれに合わせたMDを組むわけだ。

 かつてデザイナーズブランドの店舗では、スタッフが広告塔の役割を果たすので、9月に入ると秋物を着て接客に当たっていた。当然、顧客は先買いするので、9月の下旬になると多少暑くてもトレンドの服に身を包んでいた。もっとも、肌感覚では今よりはるかに涼しかったし、朝夕もぐんと気温が下がっていたため、我慢できないほどではなかった。特に東京は渋谷をはじめ、銀座や新宿と店頭が秋色一色になっていたので、待ち行く人々も「流行に遅れない」とのテンションになり、我先にと秋物を纏う傾向は強かったように記憶する。



 あれから40年。トレンド情報の発信も、店頭のMDスケジュールもそれほど変わっていない。しかし、気候は激変してしまった。毎年のように暖冬は当たり前で、熱射病は熱中症に名前を変えた。気象協会は厳重警戒という注意報まで加えている。仮にトレンドの秋冬物を先買いをしても、流石に9月下旬から着こなすことは不可能だ。痩せ我慢というレベルをはるかに超え、着れば身体への影響は免れないと言ってもいい。むしろ逆に「秋色清涼」「クールダウン」「コールドテック」などの企画で、機能性衣料を押し出す方がピンと来てしまう。

 その意味では、素材開発も行われていると思うが、3シーズンを通じて通気性・速乾性にすぐれたものが必須になるのではないか。数年前からヒットしているファン付きウェア(空調服)の冬版が開発される日も遠くないのかもしれない。ほぼ一年中、防寒素材を必要としない気候なのだから、たまたまその日が低音なら「温風ファン」を使えば良いわけだ。まあ、熱源をどうするか、火傷や出火への対応などの課題は置いといても、夢グループなんかが開発してテレビ通販で売り出せば、ヒットの可能性はありだろう。

 ある熱中症の調査(熱ゼロ研究レポート)では、屋外環境で作業する人の衣服内気温や相対湿度、快適感などがどのように変化するか。ファン付きウェアを着用し、その効果を検証している。空調服で外から取り入れられた空気は、服と体の間を流れる過程で汗を気化させ、水蒸気を外に放出するので、汗が気化しやすい状態を保ちやすくなる。ならば、温風ファン付きウエアはこの逆になるのではないか。服に取り入れられた暖気は、服と体の間を流れる過程で空気の層を作り、体の体温を保つという原理である。

 屋外作業をする人々は、厚着をすると作業がしにくいと感じるだろう。だから、温風ファンがあれば、軽装で作業できるという発想だ。そうした機能を軽めのアウターに仕込むというのも「シャレ」が効いて面白いのかもしれない。ファッションでは何でもありのニューヨークでは、厳冬ならシャレの延長線上で、ストリートファッションになりそうな気もするが。


Tシャツライクのウールニットがあれば

 多少、空想気味の話になってきたので、現実に立ち返って考えてみよう。夏場にTシャツが着心地が良いのは、天竺やインターロック、フライスなどの織地が薄くて通気性に優れ、なめらかな肌触りであるからだ。厚手のスウェットになると、生地の表面は天竺編みでも裏側がパイル状にしたり、裏毛の編みを毛羽立たせているので保温性が高まる。暑秋、暖冬が続いていることで、これらのアイテムが通年で売れているのも納得がいく。ただ、カジュアル色、ストリートのテイストが強いので、オフィシャルには不釣り合いだ。

 Tシャツのような心地いい肌触りで、秋冬のタウンユースに向くアイテムになると、やはり梳毛ニットになる。ここ数年は、量販SPAを中心に「メリノウール」がカテゴライズ化されているが、女性からは着ると「チクチクする」との意見は少なくない。この原因は以下のようなものがある。繊維が太く固いものが多いため、肌を刺激してしまう。タートルネックのようにフィットするものは、どうしても皮膚が薄い首を刺すような感触になる。女性では肌が乾燥しがちな人も多く、摩擦や刺激によって肌が過敏になってしまう。



 心地良い肌触りで、オフィシャルを兼ねたタウンユースになると、やはりカシミアに勝るものはない。原料となるカシミア山羊の毛は、繊維が細くしなやかなので、肌触りの柔らかさ・刺激のなさを求める人にはもってこいだ。そのため、ブランドメーカーや大手プラットフォーマーが運営する通販サイトでは、一般のニットとは完全に分けて公開するところが増えている。ユニクロも24年秋冬では、暖冬になることを予測して初秋から梅春までシーズンを跨いで着られる服を強化するとの一環で、カシミアを打ち出した。



 カシミアは原料となるカリミア山羊の毛が希少なため、一般の羊毛よりも値段が高く高級品のイメージがある。だが、虫除けなどのケアさえ十分にやっておけば、劣化はしにくく長期にわたって着用できるという利点もある。ユニクロでは、そんなカシミアの価格を改定し、メンズ、レディスともに9990円均一(税込み)にすることで需要喚起を狙うようだ。プロモーション用の写真を見ると、クルーネック、ターツネック、Vネックの長袖しかなかったので、デザイン的には変わり映えしないと思った。

 念の為にサイトをチェックすると、レディスではクレア・ワイト・ケラーが手がけるユニクロCの企画としてクルーネックには、ショートセーターの「ノースリーブ」(6990円)や「ショートカーディガン」(10900円)、「リラックスVネック」(12900円)もラインナップ。つまり、同色のノースリーブとショートカーディガンを重ね着すると、「アンサンブル」として着こなせるわけだ。昨年の企画を確認していないので、すでに登場していたのかもしれないが、ニットでは肌触りが良いカシミアだからこそ、組み合わせがきく。着こなしに変化がつけられる点で、売れる可能性もグンと高まる。その点をユニクロも考えたのだろう。

 レディスではカシミアは1枚ものよりもアンサンブルの方が秋口や春先にも着れるので実用性が高い。暑ければカーディガンを脱げばいいし、肌寒いと袖を通さずに羽織ってもいいからだ。組織、編み地に変化はないが、何より高級素材だから、アンサンブルは過去からずっとコンサバな「小マダム」イメージを作り上げてきた。1980年代にはブランド「ピエール・バルバン」の定番企画で、カーディガンには金メッキのボタンがついたサロンブティックや高級レディス専門店の売れ筋商材となっていた。

 それが40年の時を経て、グローバルSPAのユニクロが企画するようになったわけだ。確かに価格は高く、ユニクロでも1万円前後だが、一度着てみるとずっと着ていたいほどハマってしまう。だが、時代が変わっても、肌触りが良いカシミアには安定したニーズがあるのは間違いない。それがカシミアの魅力でもある。ユニクロ側も長く着られるアイテムを拡充するとの方針を打ち出していることからも、暑秋・暖冬傾向の一押しアイテムに位置付けているのではないかと思う。



 惜しむらくは、メンズ向けの企画として「カシミアのTシャツ」を企画してくれないかと思っている。肌触りが良いから裸で着られ、秋冬から春までの3シーズンをずっと過ごせるような企画だ。ヒートテックにアレルギーを持つ人も少なくないと思うので、機能性肌着以上の革命を起こせるのではないか。かつてジョルジオ・アルマーニが一年を通してきていたTシャツがカシミアだった。ならば、ユニクロでも企画できないことはないと思うのだが。ニットは必要ないが、Tシャツなら買って着てみたいと思う。

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リ・デザインが擽る。

2024-09-18 06:45:07 | Weblog
 9月も半ばを過ぎたが、残暑は収まりそうもない。これでは秋物どころか、冬物の売れ行きに影響を与えるのは確実だ。というか、例年のように9月に入っても高温が続いているのだから、メーカーも小売りも企画の段階から完全に考え直し始めている。色は別にしても素材やデザインを見直し、暑秋、暖冬を前提にした軽めのものにシフトしている。仮に寒くなった時は、インナーに梳毛のニットを着てもらうなどのレイヤードで乗り切る。少しでも着膨れを抑えるスタイルにするしかないだろう。

 暑秋、暖冬への企画の摺り寄せは、傍流では少しずつ始まっている。10年ほど前だったか。端境期に「ジレ」(Gilet、フランス語でベスト)のロングタイプが登場した。トップスとボトムスだけではカジュアル過ぎるが、ジャケットを羽織るには暑い。そこで、合わせるアウターを襟なし袖なしのコート丈にして、街着として着こなせるようにしたのがジレだ。透かし編みやジャカード織などがあったと記憶する。今では夏場のアイテムでも定着し、近年では立ちポーズでニュース原稿を読むテレビキャスターが着ているのを見かける。冷房が効いたスタジオ内ではファッション性だけでなく、体温維持には有効なのだろう。



 また、2015年くらいには、アウターで「コーディガン」が流行した。こちらはコートとカーディガンを組み合わせた造語。英語のカーディガンも前合わせだから、フランスではメーカーによってジレの範疇に入れているところもある。素材はニットやダブルジャージ、ダブルフェイスがあり、スポーティ&スリムなシルエットで着膨れもしない。ボタン無しものは着脱が容易で、軽く羽織れるところが人気に火をつけたようだ。ニットオンニットの着こなしでは保温効果が高まるため、暖冬が続く九州では真冬の1~2月でも着ている人を見かけた。秋冬シーズンを通したアイテムになったのは確かだ。



 メンズではコットンニットの前身頃や肩を中綿仕様(キルティング)に切り替えたジップアップがあった。リンキングの過程で、左右の前身頃と両肩を布帛にしたものだったと思う。冬に入っても高温が続けば、ウールよりもコットンの方が肌触りはいい。ただ、キルティングなら風が冷たくなっても寒さよけにはなる。その後、前身頃を硬めのコットンギャバに切り替えたものも登場した。インナーにロンTや保温肌着を着れば、ジップアップだからジャケット感覚でも着られる。アウターにダウンやレザーを合わせられるから、秋冬を引っ張れるアイテムとして企画されたと思う。黒だけでなくブライトカラーを作れば、シーズンレスになる。
 
 ニットの切り替え仕様では、ウールとレザーのものも登場している。こちらはタートルのニットをベースの前身頃をレザーに切り替えたダブルジップ仕様だった。確かレザーアイテムに強いイタリアのラグジュアリーブランドが「Wool And Leather Cardigan」というアイテム名で企画したものではなかったかと記憶する。素材はピュアヴァージンウールとラムレザーの組み合わせ。デザインとしては特に目新しいものではないが、素材使いという点では確かにラグジュアリーブランドが企画しそうである。

 小規模なレザーメーカーでも、同様の企画をしたところもある。やはり肌触りにこだわってウール部分をカシミヤにし、革の部分は柔らかいラムレザーだった。カシミヤをわざわざ海外まで調達に出かけたという話も聞いた。こちらは端境期向けのアウターというより、カーディガンの延長線にあるようなアイテムかと。また、レザーはどうしてもライダースなどアウター企画が固定化しているので、目先を変える意味でもチャレンジしたのではないか。メンズアイテムは定番のデザインが多いので、遊びのあるデザインを企画すれば、暑秋、暖冬であっても着てみようという気にさせるのではないかと思う。

 デザイナーズブランドは顧客の先買いで持っている。デザインや生地調達の段階からデザイナーが作りたいものを重視するきらいがあるので、暑秋、暖冬をそれほど意識はしていない。ただ、これだけ暑いと、気温に合わせた企画をいかにクリエイティビティに仕上げるかも、デザイナーの腕の見せ所ではないかと思う。気温に合わせた素材の選定や暑さを凌ぐ工夫などが求められるわけだ。日本はその昔、中国から着物が渡来しても、温暖湿潤の気候に合わせて袖口を大きく広げたり、襟足をV字下げたりして暑さ対策を施してきた。デザイナーズブランドにも、異常気象に対する工夫=クリエイティビティも必要ではないかと考える。


ジェケット以上コート未満の企画



 2024年秋冬のレディスものの展示会では、一気に広がりそうなのがジャケットとコートの中間に位置付けられる「ジャコット」。こちらも暖冬傾向が続くと予想される中で、コードほどは重たくなく、ジャケットよりも防寒機能を充実させる企画としては、定番になりそうな予感がする。これまでにもロングジャケットとか、ライトコートと呼ばれていたこともある。暖冬が続くのは間違いなさそうだから、ネーミングの目新しさがメディアで取り上げられると、ヒットアイテムに躍り出ることはありそうだ。

 一例を挙げると、中綿入りのツィードやナイロン、段ボールニットを使って企画したメーカーがある。やはりライトメードでありながら、寒くなっても暖かさは提供できる。メンズの切り替えニットと同じように中綿は防寒になるし、段ボールニットも空気の層ができるので蓄熱性や保温力が増す。素材の限界を超えて仕上げたのがボンデッドのジャコットを作り上げたところもある。肉厚を捨ててライトメードにこだわる上で、ハリ感を出す意味でボンディングにたどり着いたのだろう。アウターなら型崩れしないことも条件になる。

 レディスの重衣料ではメンズと違い、いろんな素材が使われてきた。メーカー各社は暖冬傾向が強まってからは、コートはウール系のオーバーからポリエステル混紡など軽めにしたライトメードにシフト。さらに素材にオイルコーティングを施したり、ライナーをつけて防寒対策にしたりと工夫を凝らしたこともあった。近年はデザイナーズブランド全盛期にも企画されていたダウンコートがリバイバルしている。ただ、どれもマイナーチェンジの域を出ず、デザインとしても目新しさは欠いていた。



 やはり、使える素材は次々と新しいものが開発され、デッドストックを加える無尽蔵にある。また、異素材を貼り合わせる「ボンデッド」や色に変化をつける「グラデーション」処理を施すなどの加工法もあり、ジャコットという名称だけでなく素材のバリエーションで目新しさを出していくのも一つの手だろう。先日のコラムにも書いたが、毛皮やファーはフェイクであっても名称使用の規定はない。見た目は毛足の長くて毛皮っぽいが、ポリエステル素材のシャギーもあり、それを使用したジャコットを企画したメーカーもある。

 海外メーカーでは、ポリエステル素材のシャギーを使用しても、フェイクではなく「Fuzzy Coat」の名称をつけたものがある。動物愛護の観点から毛皮衣料への根づいよい反感が強いこともあるが、かといってフェイクをつけるにも抵抗があることからファジー(曖昧な)をつけたのではないかと見られる。業界でいうファジーは、服飾分類に当てはまらない中間の要素を持つアイテムで使われる。だが、気候変動で暑秋、暖冬という環境を考えると、オーバーシーズン&ゾーニングという意味にも合致するかもしれない。

 9月に入って秋冬物について語ってもあまり意味はないと言われそうだが、売場を見るとそれほど目を引くようなアイテムはない。商品の動きがイマイチなら、やはり来シーズンに向けて検討の余地はある。どうしてもリアルクローズで無難な路線をいきたくなるが、やはりレディスはデザインや素材で変化をつけないと、シーズン鮮度が強調されない。買い手にとっても面白くないのだ。暑さが続けば、スタイリング提案も説得力を欠くので、キーになるアイテムで仕掛けていくことが重要ではないか。

 メンズでも洋服好きは秋冬はヘビーな重衣料をかっこよく着こなしたい。気温に関係なく背筋がピンと伸びるアウターを欲するのも確かだ。そう考えると、暑秋、暖冬ではコットン系の素材がカギになると思う。トレンチコートが時代を超えて愛されているのは、風除けのダブルブレスト、顎を覆って寒さを凌ぐチン・ウォーマー、ガンパッチやエポレットなどミリタリーで求められた実用性が街着でファッショナブルに投影されたからだと思う。おまけに厚手のコットンだからスリーシーズン着用できる。こうした汎用性の高いアイテムをベースにジャコットを考えていくのもありかもしれない。

 レディスでは丈を短くリ・デザインしたトレンチコートが端境期や暖冬のアイテムとしてクローズアップされたこともある。メンズでも暖冬から梅春に向けてのアイテムとして仕掛けても面白いのではないかと思う。ともあれ、暑秋、暖冬を前提にした企画がもはや通年で必要な様相になってきた。異常気象に対する工夫=クリエイティビティ、リ・デザインで洋服好きのおしゃれ心を擽る企画がますます求められている。

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安く買えるなら、新品。

2024-09-11 06:32:40 | Weblog
 少し前の話だが、メルカリが2024年6月期連結決算を発表した。それによると、売上げ収益が前期比9%増の1874億円で、コア営業利益は同12.9%増の188億円、純利益も同3.1%増の134億円と過去最高を更新した。2018年以来初めて2期連続で黒字を確保したが、1進出から10年を経過した米国事業は苦しい状況にある。こちらの同期の営業損益は調整後で1700万ドル(25億円)の赤字。前期が4800万ドル(約70億円)の赤字だったから改善はしたものの、米国における流通総額は9億1300万ドルで前期から10%も減っている。

 メルカリも米国事業の不振に対し、手をこまねいていたわけではない。進出から3年目の2017年には、米Facebookの幹部を招き入れて経営をテコ入れ。新型コロナウィルス感染拡大による巣ごもり需要もあり、21年4~6月四半期には営業黒字を達成した。同年7月にはウーバーと組んで最短即日配送を全米で始めた。さらに23年10月にはロサンゼルスで対面取引を試験導入したが、収益をあげるには至らずむしろ苦戦を強いられている。

 一方、日本での事業は数値にも出ている通り好調だ。消費者は物価高による実質賃金の目減りから、生活防衛に追われている。そのため、趣味のカテゴリーでは、新品ではなくて良いという価値観が醸成され、それがリユース市場を活性化させた。さらに真贋を鑑定するアプリが開発されたことで、ブランドバッグなどを個人でも直接フリマに出品できるなど、マーケットプレイスにおける個人売買の環境が整備された。ただ、内閣府が発表した2024年4~6月期の実質国内総生産は、前期比で2四半期ぶりにプラスになったものの、南海トラフ地震などへの不安から今後は消費が萎縮する可能性は捨てきれない。

 値上がりする食品など生活必需品の節約も限界にきており、セーブするのはやはり趣味のカテゴリーに入るウォンツ商品になる。特に夫婦と子供2人の一般世帯が生活を守るには、衣、食、住のうちではまず先に「衣」がカットされる。男性向けのアイテムや子供服がそうだ。特に「子供はすぐにサイズが合わなくなるし、外で遊ぶと汚れやすいから、中古衣料は助かる」という意見を多く聞く。ただ、親がファッション性を意識して子供の体型にフィットしたものを着せると、成長が早い子がすぐに着れなくなるのは当然のことだ。



 昔は子供の成長を見越して大きめのサイズを着せていたし、兄弟姉妹、親戚、ご近所で衣類を引き継ぐ「お下がり」という慣習もあった。これは子供むけの衣料品の多くが丈夫で、それほどトレンドを意識していなかったのが理由と言えるが、今ではお下がりも学校の制服で一部利用されているに止まる。背景にはライフスタイルや価値観が変わったこと、子供のアイデンティの重視、周囲への気遣いを避けたいという心理がある。中古衣料のリユース市場が形成されたのは、生活防衛だけが理由ではないということだ。

 衣料品でもそうなのだから、それほど必需性のない趣味の用品はなおさら、中古でも良いというのは当たり前だろう。若年層ではメルカリのスマホアプリ(真贋の判定を含め)が使いやすいこともあり、流通総額が増えていったと言える。加えて価格なしの出品機能が提供され、購入希望者側が購入価格を提案して出品者がOKすれば、取引に移れるようになったことも大きい。メルカリは広島でヤクルトの宅配員に家庭の不用品回収を委託する実証実験を始めたが、アプリを使えない高齢者が気軽に出品、販売できる仕組みを確立できれば、さらに取り扱い額は増えていくのは間違いない。


景気が上向くと、新品購入が増える



 では、米国ではなぜメルカリは上手くいかないのか。あくまで私見だが、次のことが考えられる。まず中古品より安い低価格商品が豊富にあること。次に国土の大きさは物流手段やコスト増大に影響すること。そして、景気の下振れ懸念による消費の冷え込みである。

 米国の消費者はよく、5%の富裕層と95%の貧困層(最近では1%の超富裕層と99%の低所得者層とも)に分かれると言われる。だから、貧困層が購入するのは、相対的に低価格品になる。ディスカウントストアのウォルマートの売上げが堅調なのはそうだし、最近では中国の越境EC企業であるSheinやTemuが勢力を拡大しているのも、衣料や日用品が超低価格で購入できるからだ。確かに米国ではZ世代の環境意識が高く、リユースにも関心が高いと言われる。だが、大半の消費者は同様のカテゴリーの商品がメルカリで中古で10ドルだとして、SheinやTemuでは新品が5~6ドルなら、後者を選ぶのではないか。

 先日、シーインはテムが知的財産権の侵害したと提訴したが、当のシーインも他の小売業者から同様の申し立てを受けている。シーインが主張するのは、テムの従業員がシーインの売れ筋商品を特定する企業秘密を盗み、テムはそのコピー商品を販売するよう同社のプラットフォームを利用する販売業者に指示したとか。まさに安売り業者同士が乱立する米国市場で、泥仕合に発展する様相だ。他にも中国の縫製工場で作業員がほぼ毎日12時間働いている疑いや人権弾圧が指摘される中国新疆ウイグル自治区の綿を使った商品を米国に輸出していたなど、超低価格の背景には様々な問題が見え隠れする。

 ファーストリテイリングもシーインのラインドミニショルダーバッグのデザインがユニクロの商品と酷似し、不正競争防止法に違反していると訴えた。これらの提訴について司法の判断が下ったところで、低価格品を求める米国市場では別の業者が出てくると思われるので、イタチごっこになるのではないだろうか。メルカリなど全く蚊帳の外と言える状況だ。



 国土の広さは物流手段に影響するし、運賃にも跳ね返る。ジェトロの調査(2017年)によると、米国の輸送活動量を距離(マイル)と重量(トン)を掛け合わせたトンマイルで比較すると、トラックが42.6%、鉄道が26.5%、トラックと鉄道のマルチモードが14.2%となっている。航空輸送は重量当たりで高額な貨物の輸送に使われることが多い。メルカリに出品される商品の配送もトラック輸送が一番使われるわけで、当然国土が広大な米国では時間がかかる。別表のように東海岸北部のワシントン州からフロリダ半島の南端まではトラック便オンリーなら7日。輸送時間や積み替えの手間はコスト増の要因となり、運賃も嵩むことになる。




 中古品でも高級時計やブランドのバッグやスニーカー、レアなキャラクターグッズなどは、多少の運賃がかかっても手に入れたい。それはe-Bayの人気を見てもわかる。また、中古の書籍はamazonの価格体系があるので、購入しやすい。ただ、メルカリの商品は価格に送料がプラスされるか、着払いになる。買い手がそれを割高だと思えば、安い新品を購入した方が得だとなる。前出のように米国では低価格商品はいくらでもあるからだ。メルカリの送料は買い手がどこに住んでいても一律なのだが、配送コストは距離によって違ってくるわけだから、応分はメルカリが負担しているのではないか。商品価格が割安なのにコスト高ければ損益分岐点が高止まる。全米を一つにした取引構造は、メルカリにとって厳しいのかもしれない。

 景気の下振れ懸念も影響する。米国の景気は、新型コロナウィルス感染拡大で一時的に揺らいだものの、2021年4~6月期にはGDPはコロナ以前に回復した。21年全体を見ても実質GDP成長率は前年比で+5.7%と回復の高さを示している。22年も急速に進んだインフレや金利の上昇に関わらず、GDP成長率は前年比+2.1%と堅調だった。個人消費が順調に伸びたことが経済成長につながったのだ。しかし、米国経済の行方は99%の低所得者層が握っており、そこでは常に不安がつきまとう。雇用者数や失業率の悪化がついて回るからだ。

 個人消費によって小売業が堅調さを維持しても、それは安売りセールが下支えしている部分が大きい。「宿泊先のホテルのグレードを下げる」「パソコンやテレビは低価格品を選ぶ」「高級酒が売れなくなった」。いろんな企業が感じている市場動向の変化は、低価価格志向で共通する。ここ数年、高いインフレが続いたことで、生活コストを賄いきれなくなった低所得者層は、生活の質を一つも二つも下げないと暮らしていけなくなっている。日々の暮らしに余裕がなくなれば、メルカリで売買されるような趣味の商品にはなかなか手が出しにくい。

 メルカリは24年3月末に「買い手が商品到着後3日以内に申請すれば、理由を問わず返品できる」とするテコ入れ策を導入した。ところが、売り手がとても納得できないような返品が相次いだという。中古品のネット画像だけお見て衝動に駆られ、ポチッてしまうECの弊害が出たとも言える。メルカリ側はサービスを向上させれば、取引は増えると算段したのかもしれないが、それ以上に返品が増えたことで思惑が外れた格好だ。

 高級ブランドやレアなグッズならともかく、どこにでもあるような商品の中古では衝動買いしても返品という逃げ道があれば、「気に入らなければ、返せばいい」という前提で購入する消費者は少なくない。何も米国が特別というわけではなく、それが消費者なのだ。メルカリ側もこうした心理は読んでいたと思うが、想定上に返品が多かったところは計算違いだったのではないか。結果的にわずか2ヶ月弱で、理由を問わない返品サービスを取りやめている。さらに6月には米国法人の社員の半数弱をレイオフした。営業損益が4800万ドルの赤字から1700万ドルの赤字に減ったとは言え、投資家からすればまだまだ手ぬるいとの見方だろう。

 8月には米国のメルカリから日本のメルカリで出品されている商品も購入できるようにしたが、それも商品次第になる。ポケモンなど米国でも人気がある日本のキャラクターグッズがどこまで豊富に出品されるか。ただ、売り手側は中古品でも価値があると思えば、メルカリよりもオークション機能があるe-Bayを選ぶだろうから、日本での出品商品が米国内で購入できたところで、抜本的な不振脱却には繋がらないのではないかと思う。

 米国事業の行先はやはり11月の大統領選挙次第になる。共和党のトランプ氏が返り咲いても、民主党のハリス氏が女性初を手にしても、FRBの政策金利の利下げに目を光らせながら、米国経済をいかに底上げし、低所得者層の賃上げまで踏み込む政策を打ち出せるか。トランプ氏が大統領になると、中国の越境ECを締め出すかもしれないという話も聞こえてくる。一方で、米国の景気が上向いて個人消費が旺盛になると、なおさら新品購入が増えていくかもしれない。メルカリにとって非常に難しい舵取りを強いられるということだ。
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DNAは引き継がれる。

2024-09-04 06:30:15 | Weblog
 デザイナーズブランド「ヨシエイナバ」が2024年秋冬シーズンで終了する。創立は1981年だから43年という長い歴史に幕を閉じることになる。

 ヨシエイナバは、1970年7月に誕生したデザイナーズブランド「ビギ」が2年目から破竹の勢いで売れ始める中、創業メンバーの一人で、代表の大楠祐二氏が派生ブランドを次々と増やし独り立ちさせる戦略から生まれた。最初は1973年のメルローズ。ビギのニット部門からの独立だった。次いで77年にアクセサリーのクシュカ、78年にはカジュアル色の強いディーグレースやマドモアゼルノンノなどを傘下にもつBBKK、82年にはピンクハウスを独立させ、次々と別会社が誕生した。ビギグループ躍進の原動力を支えた分社経営とも言える。

 ところが、誕生から5年目の1975年には状況が一変する。ビギの創業以来、デザインに携わってきた菊池武夫氏が妻である稲葉佳枝氏(その後、賀恵に改名)との夫婦生活に終止符を打ち、別居。同年10月、菊池氏はビギを退社し(株)メンズビギを設立した。だが、大楠代表は確信していた。「デザイナーが思い通りに作った服が売れるわけがない。ビギが売れたのは、俺が売場やお客の声を集めてマーチャンダイジングをやり、菊池がデザインを修正したからだ。失敗して必ず戻ってくるさ」。読みはズバリ的中。菊池氏はブランド事業に失敗し、1980年にはビギに復帰。メンズビギはビギグループの傘下となった。



 一方、大楠氏は素早く動いた。菊池氏に去られたその月に、稲葉氏をチーフデザイナーに起用して体制の立て直しを図った。アパレルだけではない。東京・青山にフランス料理のル・ポアソンルージュを開店した。「次はいつ稲葉に去られるかわからない。デザイナーの知名度に頼りきったビジネスほどリスクがあるものはない」。大楠氏には常にそうした危惧があった。だからこそ、ビギの設立から3年目でメルローズを独立させ、菊池氏が去った後も別会社を次々と設立してブランドを増やしていたのだ。

 (株)ビギ傘下には以下のようなブランドが名を連ねた。「ビギ」「モガ」「ジャストビギ」、そしてヨシエイナバである。文字通り、ヨシエイナバにはビギ、モガのデザインに携わった稲葉氏の服づくりのスタンスが細部にわたって浸透した。さらにヨシエイナバは既製服にはない手作りの1点ものに近い技術や品質をもとに最高のウエアを提案することを追求した。1981年といえば、デザイナーズブランドが最盛期に入ろうとした時期。にも関わらず、ヨシエイナバはクリエイティビティよりもクオリティを追求したのである。

 それがどんな意味を持つのか。当時の洋服好きは「お洒落でカッコ良い服が着たい」とデザイナーズブランドを購入していた。しかし、そんな洋服好きも歳を取るごとに成熟し、「いい服を着続けたい」に変わっていく。ヨシエイナバが誕生した時、稲葉氏は42歳。デザイナーとして十分な経験を積み、服づくりでは油が乗っていた時期だ。にも関わらず、手作りの1点ものに近い技術や品質を重視したのは、自身のスタンスである「私はデザイナーではなく洋服屋。モードを意識しても、アブストラクトな服は作らない」からだったと思う。当然、自分の服を愛してくれるファンがやがて成熟することも想定していたのではないか。

 もちろん、稲葉氏は夫だった菊池氏とは違い、ビギという会社に籍を置いて仕事を続けた。もし独立すれば、経営にもタッチしスタッフや取引先のことまで考えなければならない。ならば、ビギにいた方が服づくりだけに邁進することができるわけだ。それを特別に意識した訳ではないだろうが、大楠代表が持論とした「服は作りすぎても少なすぎてもダメ。感覚は新し過ぎてもいけない。一歩先より半歩先だ」というマーチャンダイジング重視の経営方針とシンクロした部分はあったと思う。


加齢を味方につけた服づくり



 稲葉氏は、ヨシエイナバを終了する理由について、「満足のいくパフォーマンスが望めないことも出て参りました」と、語っている。これほど長きにわたって続いてきたブランドだから、社内には後継のデザイナーを立て今後も存続させていいのではとの意見もあったはずだ。だが、稲葉氏は「ヨシエイナバは自分が携わってこそ、ブランドとしての体を成す」との思いが強かったのかもしれない。だから、あっさりと身を引く決断ができたと思う。

 もっとも、体調面では以前にも変化を感じている。「60代の半ば頃から、色が見分けにくくなりました」。会社に染色部屋まで造り、自分で染めて色の出具合を確認していたにもかかわらずにだ。長年の経験からこの色とこの色が合うと組みわせても、違和感ができてきた。自然光に晒したり、照明を変えたりして、ようやく決めるという状態だった。原因はやはり加齢による目の衰えにあった。

 70歳になる直前、知人から白内障治療の専門医を紹介され受診したところ、水晶体の中心部が硬くなる核白内障と水晶体の後ろが濁る後嚢下白内障が併発していた。医者からも「微妙な色の違いがわかりにくかったでしょう」と言われたとか。そのまま放置して症状が進行すれば、デザイナーとしての生命を奪われるかもしれない。幸い、処置が早かったことで、両眼の水晶体を取り除き眼内レンズを移植する手術を受けることができた。術後は色もクリアに見えるようになり、視力も0.8から1.2に回復したという。

 人間は加齢により、目の異状を感じることが少なくない。特にデザイン関連の仕事をしていると、色が見分けにくくなる人も多いようだ。知り合いのグラフィックデザイナーもそうだった。一方、服を着てもらう顧客は、加齢に伴って髪の毛の色や肌の色艶が変化するので、似合う色が変わっていく。ここがブランドビジネスとして、一番悩ましいところだ。マインドエージを頑なに守ってデザインをしていると、コアなファン客は歳を取っているのだから自分に似合う色がないと、ブランド離れを引き起こしてしまうこともある。



 ヨシエイナバが43年もの長期にわたってブランドを維持できたのは、コアな客層に合わせて色やデザインをうまく微調整してきたからだ。これは簡単なようで実に難しい作業になる。そこには稲葉氏が直接デザインに携わり、それを後身のスタッフに委ねても自らディレクションに携わる中で、経験則や売上げデータをもとに決めてきたと思う。80歳を超えてもアトリエ作業の合間には必ず店頭に立って、顧客との会話も惜しまない。だから、身体にそいつつも、さりげなく体型をカバーし、ずっと着られる仕立ての良い服を作ることができる。ほんの一瞬だけでなく、変に目立つこともせず、シックで落ち着いた色合いがヨシエイナバの真骨頂でもあった。

 稲葉氏は、あくまでヨシエイナバを着てくれる人が着ていて心地よくいられることを重視した。それを学んだのは専門学校時代に遡る。原のぶ子アカデミー(現在の青山ファッションカレッジ」での経験からだ。前にも書いたが1960年代前半は既成服はそれほど出回っておらず、少し違ったデザインにするには作るしかなかった。原氏は戦前にパリにわたり、本場のオートクチュール(高級注文服)の技術を学んでいた。学校ではクリスチャン・ディオールの美しい人台を揃えていた。それが稲葉氏が学ぶ理由にもなった。
  
 入学直後の1ヶ月は床に落ちた仮縫用のピンを拾うことのみだった。それによりピンがどういうものかを覚えることができた。糸抜きも重要な学びとなった。ツィードからシフォンまで50cm四方の生地から横糸や縦糸を抜き、再び針で糸を入れる。まっすぐ抜くのも難しいし、よりがかかっている糸もある。そんな地道な学習によって布というものが理解できた。布目がよれたまま裁断したり、生地の特性を分からないまま縫製すると、予期せぬシルエットになってしまう。しかし、生地がどのように畝り、歪むかを知った上でなら、それをデザインに活かすこともできるのだ。そうしたノウハウがビギの服づくりにも表れている。

 一世を風靡したデザイナーズブランドも1990年代に入ると凋落した。ビギもブランド名は残ったものの、往時とは似ても似つかない低価格・量産の産物に堕してしまった。2019年には三井物産がビギホールディングスの株式33.4%を取得し、24年6月には残りの株式66.6%も取得して完全子会社化した。これについて、ファッションライターを自称されたあるお方は「DCブランドブームという名残さえ消えたと感じた話」と論評されていた。俄か景気が萎んでいくのは当たり前だが、ビギから派生したwb(ダブルビー)やDÉPAREILLÉ(デパリエ)は顧客をつかみ、売上げも積んでいる。デザイナーズブランドが消え失せることはないのだ。



 しかも、商社がブランドを買収したところで、彼らはアパレルのプロではない。せいぜい経営者を送り込んで量販体制を整えるか、ODMの会社を噛ませてブランドの体裁を取るのが精一杯だ。商売としてはユニクロを支えているのと同じで、1点あたりのマージンは低くても数が売れれば、儲けものとしか考えていない。商社のアパレルビジネスなんて所詮、そんな程度だ。ビギはブームが去って身売りしたが、その遺伝子を引き継いだDÉPAREILLÉ は、新たなクリエーションとクオリティを創出し、デザイナーズブランドを牽引している。そうした動きのリーダー的存在だったのがヨシエイナバと言っても過言ではないだろう。




 会社は異なるが、beautifulpeople(ビューティフルピープル)やpasdecalais(パドカレ)、marcourt(マーコート)やplainpeople(プレインピープル)は、大人の洋服好きに愛されている派生系デザイナーズブランドだ。これらに共通するのは量販アパレルはもちろん、百貨店系の大手アパレルにも出せない生地の色合いや質感、そして個性的なデザインだ。小物やアクセサリー、テーブルウェアなどを組み合わせたライフスタイル提案も上手い。数を売ろうとしない分、コストがかかって価格は割高になるが、他にはない世界観がファンを惹きつけていく。いい服を着たいお客にとっては、選びたくなるブランドと言える。



 メンズでも、2022年にはアダストリアの子会社で、CURENSOLOGY(カレンソロジー)、CHAOS(カオス)といったレディスブランドを運営するエレメントルールがHUM VENT(ヒューベント)をスタートさせた。ブランドは23年シーズンで一旦終了したものの、(株)ブルーレーンがHUM VENTブランドの商標権を取得。(株)ヒューベントを設立し、24年8月よりブランド事業を再開した。アメカジが主流のメンズに飽きたりない一定のニーズは底堅いと見たのだろう。商品のラインナップを見ると、デザインはもちろん、色や質感と洋服好きの男性に響くものがある。

 ヨシエイナバが43年もの長きにわたって存続したのは、適度なクリエイティビティをキープしながら、クオリティに主眼を置いたからだ。そこにデザイナーズブランド存続のヒントがあるように感じる。ブームは去っても、デザイナーズブランドのDNAは誰かが引き継いでいくのである。

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革は本物を指す。

2024-08-28 07:55:24 | Weblog
 日本産業規格(JIS)は、「皮革、革、レザーという言葉は合成皮革、人工皮革を除き、牛や豚などの動物の皮をなめして作られたものだけを指す」と、規定した。詳細は以下になる。

 1.革・レザー/皮本来の繊維構造をほぼ保ち、腐敗しないようになめした動物の皮

 2.エコレザー/皮革製造におけるライフサイクルにおいて、環境配慮のため、排水、廃棄物処理などが法令に遵守していることが確認され、消費者及び環境に有害な化学物質などにも配慮されている革(レザー)

 3.皮革繊維・再生複合材/革(レザー)を機械的または化学的に繊維状、小片または粉末状に粉砕したものを、乾燥質量で50%以上配合し、樹脂などの使用の有無に関わらず、シート状などに加工したもの

 4.合成皮革/基材に織布、編物、不織布などを用いて、表面にポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリウレタンなどの合成樹脂面を配して、革(レザー)の外観に類似させ、その特性である感触、光沢、柔軟性などを与えたもの

 5.人工皮革/基材に特殊不織布を用いて、表面にポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリウレタンなどの合成樹脂面を配して、革(レザー)の外観に類似させ、その特性である感触、光沢、柔軟性などを与え、銀付き革調に加工、または特殊不織布を立毛を配して、スエード調、ベロア調、ヌバック調に加工したもの

 


 かつて時計の革ベルトには「GENUINE LEATHER」と刻印されたものがあったが、JISは革、レザーとはなめした動物の皮でないと、呼べないことを明確にしたわけだ。こうした背景には、素材開発の技術が進歩したことがある。動物由来でない原料からでも、天然皮革とみまごうばかりの素材が作られるようになったからだ。

 ただ、天然皮革は丈夫で、保湿性があり、吸湿性にも優れ、使うほど体や手足に馴染んでくる。本来ならそれを「革」と呼ぶべきで、フェイクをつければ革ではないにも関わらず、イメージだけは革だと受け取られてしまう。JISは「それはダメだ」と規定したのである。

 また、近年ではSDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれるようになった。そのため、「自然に優しい」「環境に配慮した」「エコ素材」という特徴を前面に出した「〇〇〇レザー」が開発されるようになった。これは動物由来の革とは異なるのだが、消費者に好意的に受け取られるので、本来の革、レザーとの線引きが曖昧になっている。サスティナブルやエコを謳えば、それが動物由来よりも環境に良くて、優れた素材だというのは全くの誤解と言える。

 動物由来の革は有史以来、人間が肉を食べる過程において発生する畜産副産物である。歴史的に見てもこちらの方がサスティナブルであり、古来から人間の生活と密接に繋がってきた動物の死を弔い、供養するという点でも価値あるものだ。動物由来でない素材に革やレザーという用語が使われることは、本来の革が持つ特徴が歪められて解釈される危険性もはらむ。そこで、JISは2024年3月からは革、レザーと呼べる製品とは「動物由来に限定する」と決めたのである。

 一方、毛皮、ファーについては、JISは規定していない。だから、商品名にファーと記載されても、リアルファーだけでなく、毛皮風素材全般を指すことになる。素材表示にも、ポリエステルと表記されても、商品名にはファーがつけられるわけだ。現物に触って質感を見れば、動物由来の毛皮が低価格のはずはないことがわかるが、ECが普及している現状を考えると、素材表記を明確にしないと戸惑う消費者もいるのではないか。

 動物愛護団体が声を上げたことで、高級ブランドでは毛皮の使用をやめたブランドもある。さらに英国議会はEU離脱後に毛皮の輸入の全面禁止を検討しているほどだ。毛皮業界は毛皮が皆フェイクになれば、それにファーの名称をつけることに納得できるのだろうか。別の問題も出てくる。JISは毛皮、ファーについても、国内ではしっかりした規程を示すべきではないだろうか。


ネット通販では未だ曖昧な表記がある




 8月も下旬に入ると、ネット通販各社から秋冬物のメルマガなどが届く。先日もZOZOTOWNから「BANANA REPUBLIC FACTORY STORE」のタイムセール情報が届いた。商品名には「ヴィーガンスエード ボンバージャケット」とあった。販売元がファクトリーストアとあるので、秋冬物の売れ残り在庫だと思われるが、シーズンに入れば売り切れるかもしれないので、「先買いした方がお得ですよ」とのレコメンドだろう。プロパー価格や割引率の表示がないので、正確なところがわからないが。

 BANANA REPUBRICのジャケットは、これまでZOZOTOWNでもブランド直販でも購入したことは一度もない。ZOZOTOWNでは、過去に各ブランドがジャケットにどんな革を使用しているのかを調べたことがあった。その時、検索ワードで「ボンバージャケット」「レザー」「スエード」などと入力したことがあるので、その履歴からAIが判断してメルマガを送ったのではないかと思う。

 MA-1タイプのボンバージャケットは、デザインがシンプルなのでトレンドに左右されず、ファッションアイテムとして各ブランドが素材替え(本物はナイロンだが、ポリエステル仕様)、メンズ・レディス取り混ぜなどの企画で売り出している。一方、2年前には映画の「トップガンマーベリック」が公開され、1980年代の前作を知らない層にボンバージャケットをアピールするには絶好のタイミングだった。これもボンバージャケットがリバイバルするきっかけになったと思われる。

 今回、ZOZOTOWNからレコメンドされた商品は、商品名にはヴィーガンスエード ボンバージャケットと記載されている。商品名だけを見ると、サボテンなどを利用して作られた植物由来の「ヴィーガンレザー」なのかと思ってしまう。ただ、スエードと表記されているものの、レザーの表記はどこにもない。素材の表記を見ると、ポリエステル100%とある。曖昧な表記になるが、JISの規定には触れていない。

 JISが皮革、革、レザーという言葉は合成皮革、人工皮革を除き、牛や豚などの動物の皮をなめして作られたものだけを指すと規定したのは2024年3月だ。ヴィーガンスエード ボンバージャケットが前シーズンの商品だとすれば、規定される以前のものだからと言い訳もできるだろう。それでもレザーという表記をしていないし、素材名ではポリエステル100%と表記しているので問題はないと言える。

 ただ、商品名のヴィーガンスエードの表記はどうなのだろう。元々、ヴィーガンとは肉や魚、乳製品、卵などの動物性食品を一切食べず、レザーや羽毛のような動物由来の製品も消費しない完全菜食主義者、またはそのライフスタイル(完全菜食生活)のことを指す。そこから派生して、植物由来の革製品にヴィーガンという名称が付き始めたのは、2年くらい前からだったと思う。



 2022年1月、米ラスベガスで開催された技術見本市CESで、ドイツのメルセデス・ベンツがEVのコンセプト車を出展したが、この座席シートにサボテンから作られた革(cactus leather)が使用された。同年4月には、LVMH傘下のジバンシィがリップバームの容器にサボテンから作られた合成素材の「デセルト」を使用した。これを製造したのは、2019年に創業したメキシコのアドリアーノ・ディ・マルティ社だ。時計ベルトではサボテン由来の革は、はっきりcactus leatherと刻印されているものもある。

 サボテンはメキシコ各地で自生し、少量の水で育つので灌漑設備が不要。伐採ではなく、毎年成長する葉先をカットするので、環境にも優しい。植物なので二酸化炭素を吸収する上、廃棄されても自然の中で分解される。デセルトは収穫した歯をすりつぶして乾燥させ、別の素材を配合して天然革に近づけた。合成素材に占めるバイオ素材の構成率は現在80%までになっている。それがいつの間にか、メディアなのか、開発者側かのどちらかが、植物由来の革の総称を「ヴィーガンレザー」と呼び始めたわけだ。

 こちらについてはJISの規定に照らし合わせると、ヴィーガンレザーは動物の皮をなめして作られたものではないので、日本ではレザーとは表記できないことになる。BANANA REPUBRICのヴィーガンスエードは、レザーとは表記していないのでJISの規定には触れない。だが、素材がポリエステル100%ということで、果たしてヴィーガンスエードと呼んでいいものか。この辺は国際的な機関が判断することになると思うが、個人的には曖昧に感じる。

 Z世代の間では環境への意識が高まっている。古着人気や廃棄衣料のリメイク、リサイクル素材への関心はそれを如実に示している。とすれば、商品名にヴィーガンなどの用語がつけば、注目は嫌が上でも高まる。アパレルやプラットフォーマーがそれを承知でEC向けの商品名を決めているとすれば、やはり問題ではないか。ネット通販に出品される商品でも、色やサイズは書かれているが、素材について表記されていないものも少なくない。リサイクルまで考えて購入するかどうかを決める消費者が増えていることを考えると、不十分だ。

 もちろん、革やレザーの表記が厳密に規定されたのは、業界団体の地道なロビー活動があったのは、言うまでもない。消費者がしっかり確認すればいいことなのだが、ECがすっかり浸透した中で、曖昧な素材表記は消費者を惑わせるし、本物とみまごう名称でネット事業者がアクセス増を狙う意図なら問題だ。商品名は本物を指すということ。紛い物は消費者の信頼を無くすだけでなく、事業者の信用も失わさせると考えるべきだ。
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上質に触れる服育。

2024-08-21 06:36:58 | Weblog
 ファーストリテイリング(以下、ファストリ)傘下のGUは、さる7月23日のマロニエゲート銀座店を皮切りに8月3日、4日には全国29店舗で子供向けの「服育イベント」を開催した。子供たちが自分で着る服を選べるよう自己成長に繋げることを目的にしたものだ。(公式サイト:https://www.gu-global.com/jp/ja/feature/service/my-first-outfit)

 イベントは「マイ・ファースト・アウトフィット」の呼称で2022年にスタートし、すでに2000人の子供たちが体験している。今年は8月3日、4日、それぞれ10時30分~11時20分、13時~13時50分の2回にわたって開催。参加対象者は幼稚園の年長さんから小学校の6年生まで。服のサイズが110cm~150cm、一人で着替えができることが条件となる。1回につき4名の参加が可能で、参加費は無料だが、先着順で申し込みを受け付け、締め切られる。

 同時にワークショップの開かれ、「服は何からできている?」についても、子どもたちが自ら知識をつけ、夏休みの自由研究のテーマになるように設定されている。プログラムは以下になる。



 ①レクチャーを受ける…GUのスタッフが服選びのポイントなどをレクチャーする。保護者は子供とは距離を置き、店内で待機する。
 ②服を選ぶ…参加者の子供たちはスタッフからカゴを受け取り、店内を歩き回って自由に服を選ぶ。わからないことや質問があれば、スタッフが対応する。
 ③試着する…子供たちは自分で選んだ服を持ってフィッティングルームへ。コーディネートに納得すれば、保護者にお披露目する。
 ④保護者と対面する…子供たちのコーディネートを保護者が鑑賞する。体験中にどんな様子かは、スタッフに聞くこともできる。服を購入するか否かは自由で、写真撮影は可能だ。


 以上のプログラムになる。子供たちの中には、すでにその日に着る服を自分で選んでいる子もいるだろうし、親のアドバイスを受けたり選んでもらったりする子も少なくないと思う。ただ、「好きな着こなし」を自分で見つけることが服育への第一歩になるのはその通り。GUも言っているが、「自分で選ぶ」という自己成長につながるきっかけとしては、有意義な体験になったのは間違いない。服は何からできてるかについては、あまりに大上段に構えすぎたのかもしれないが、少しでも知識がつけばそれはそれで成長につながる。

 まあ、少し下世話な言い方にはなるが、この年代の子どもたちにブランドのイメージやテイストをすり込んでおけば、将来的に顧客になってくれるかもしれないという企業側の思惑もあるだろう。いわゆる、青田買いだ。ファストリ、GUほどの企業なら当然、視野に入れているとしても不思議ではない。

 欧米のラグジュアリーブランドでも、トドラーやキッズのカテゴリーを持つところは、子供たち向けのイベントを展開している。ブランドとして顧客を囲い込む政策を取るのは当然だからだ。一方、日本では子供服オンリーのアパレルが少子化の影響、マーケットの縮小で姿を消している。総合アパレルやグローバルSPAにとって競争相手が減れば、顧客獲得のチャンスだ。その意味で、ファストファッションとしてトレンドを追いかけるGUが子供たち向けの服育イベントを展開するのは自然の流れ。そこまでは評価していいだろう。



 問題は服育を自己成長、いわゆる学びの一つに位置付けるなら、「教材」にも左右される。アパレル業界には、「お客さんが商品に惹きつけられる条件は何か」という命題がある。商品企画やブランド開発を行う上で、無視できない方法論だ。それは一番目が「色」、二番目が「デザイン」、三番目が「素材」と言われる。当然、色、デザイン、素材の基本を学んで思考力や創造力を養うのが服育なのである。これを基本にした時、GUは色のトーンは抑え気味で、キャンディーやビタミンといったヴィヴィッドな色がほとんどない。

 GUは低価格な商品に共通するコストカット路線からカラリングへの投資がなされず、色目を学ぶ教材としては劣ると言わざるを得ない。つまり、服育として子供たちの色彩感覚を磨き、カラーコーディネートの学びに繋げる教材としてGUは、初歩の初歩に過ぎないのだ。もっと高いレベルで色、さらにデザインや素材を学ぶにはさらに高度な教材が不可欠になる。もちろん、服育でも高等教育を受けるにはそれなりの投資が必要だ。家計の制約で十分な教育投資ができなければ、結果的に格差を生じさせる。これについては後述する。

 振り返ってみると、筆者の同級生には高級ブティックの倅や服飾専門店の息女が多くいた。そのため、店舗兼自宅に遊びに行くと、売場に並ぶ国内外の既成服やインポートの服地、ボタンなどを目にすることが多かった。あるブティックの倅は、親が仕入れに行ったイタリアで買ってきたパンツを履いていた。深みのある濃紺地だったが、艶があって色が微妙に変化する。その記憶は今も鮮明に残る。さらに母親がオートクチュール(高級注文服)の洋裁師だったことで、自宅での仮縫い作業時には「ENGLAND」「FRANCE」「ITALIA」の表示が入ったシックな色合いの生地を眺めていた。国名のアルファベットもこの時に憶えた。

 嫌が上でも、子供の頃から色や素材の感覚、感性は磨かれたと思っている。昭和40年代半ばまではレディスの市場は、高級注文服とインポートの高級既製服(プレタポルテ)が中心だった。イトキンやワールドなどの国産も出始めてはいたが、同級生の親たちがメーンで販売していたのは、クリスチャン・ディオールやイブ・サンローランなどのインポートだったと記憶する。だから、購入するお客さんはお金持ちの中高年女性に限られていた。筆者や同級生は高価なインポートと出始めた国産ブランドという環境の中で、服育されたことになる。

 自ら着る子供服は、今とは違い生地も縫製も日本製で、アースカラー系のものを数多く着ていた。逆に女の子たちはデザインはともかく、結構メリハリのある色柄を着ていた。みんなが裕福だったわけではないが、制服を着る中学校までは私服オンリーだから、おしゃれな子が多かったという印象だ。中にはフランスのMICMAC社が作るようなボーダーニットのワンピースを着たり、市販のサロペットにパッチワークを施して履いている子もいた。前の彼女は美術大学に進み、後の子はフランス語学科に進学した。自分にもそうした学びに「デザイン」が加わってさらに造詣が増し、業界人になって仕事をしていく中に大いに役立った。


知育、徳育、体育、食育、そして服育で人は学ぶ



 もう少しフォーカスを広げてみよう。人を育てる教育という視点だ。子どもたちの自己成長、人間形成に必要な教育といえば、知育、徳育、体育、食育がある。これらに次いで服育も加えていいだろう。まず、知育とは知能を伸ばす教育。より多くの言葉とその意味を覚えると秀でた文章が書ける。数字や計算、図形を学ぶことで、方程式が解けたり幾何学が理解できる。外国語を習得してコミュニケーションする等などだ。国語、算数、理科とそれぞれの知識がついて思考力が培われると引き出しが増え、創造力や応用力が磨かれる。

 徳育とは道徳面の教育。社会で生活していく上で、ひとりひとりが守るべき行動ルールの学びと言おうか。人間が生きていくには生活の糧を得なければならないが、ルールから外れると、周囲に迷惑をかけてしまう。だから、躾によって良心を持ち、善を行い悪を行わない人間に育てていく。人が見ていないと、平気で道に唾を吐き、タバコの吸い殻を捨てる。とても徳のある人間とは言えない。社会のルールに従うことからの学びは、人間形成のポイント。自分をコントロールできてこそ、物事を成せるのだ。

 体育とは体の向上を目的とする教育。本来、体育は知育や徳育とバランスよく培われることで、自己成長につながっていく。だが、体育における行きすぎた指導が体罰やパワハラを生んでいる。これは大きな錯覚で、本末転倒なことだ。上手くいかないのは未熟なだけで、そのうちに変わってくると長い目で見ることも重要なのだ。一方、今の子供たちはライフスタイルの変化で昔のように外遊びをしなくなり、運動ができる子とできない子の差が拡大している。だから、体育は大人になるための基礎的な体の学びと捉えるべきだ。その先のスポーツや競技は選手個々が好きな種目に取り組み、掲げた目標にそって育成、指導、強化を受ければいい。

 食育とは食べる経験を通じて、食の知識と選ぶ力を習得するもの。こちらも自己成長、人間形成に不可欠で、幼少期の経験や学びがとても重要だ。学校で食材の生産地域を学ぶことにも意義がある。それらによって人間の味覚が決まり、アレルギーなどの体質を知ることもできる。最初から美食家なんているわけがなく、食育を受けてこそ料理の腕前や舌利きが培われる。学校給食が小中学校で提供されるのは、この年代の子供たちには健全な食育が欠かせないからだが、昨今はレベル低下も指摘されている。
 給食の無償化が議論される中、保護者の中には予算があるなら知育に回して欲しいとの意見もある。しかし、成長期の子供たちにとっては食育が疎かになってはいけないのだ。

 知育、徳育、体育、食育を受けた子どもたちは、成長するに従って自我に目覚めると、自己実現という目標に向けより高い学びを欲する。世の中の課題に取り組みたいという子も出てくる。スキリングに終わりは無いと言われる所以だ。大学を経て大学院に進学し、さらなる高等教育を受け、医者や研究者、専門技術者を目指すのがそうだ。グローバル化した現在、さらに高度な学びを求めて海外留学するのも一般的になっている。

 徳育によって公共心や倫理観が養われると、官僚や検察官、弁護士を目指す子もいるだろう。国の制度設計をきちんと作り上げて国家を安泰に導いていく。社会生活の中で生じる事件や困り事について、法律の専門家として解決に導き、適切な予防や対処方法をアドバイスする。昨今は官僚の不人気、弁護士増による競争激化が指摘されるが、徳を積んだ人間であれば、仕事のやりがいは損得ではないとわかるはず。行政や司法を担える優秀で真摯な人材がいてこそ、国は栄え豊かになっていくのである。

 体育で基本を習得し、スポーツの世界に進むとより高みを目指したくなる。久保建英選手は2歳からサッカーを始め、Jリーグの下部組織を経て、家族ともどもスペインに渡りFCバルセロナ傘下の入団テストに合格した。その後の活躍は周知の通り。佐々木麟太郎選手は高校を卒業後、米国のスタンフォード大学に留学。勉学と野球を両立しながら、プロを目指している。と言っても、まずはメジャーリーガーだろうから、スポーツ界では世界のトップレベルで勝負するのが当たり前になっている。多くのスポーツ選手が同じスタンスだと思う。

 食育でも幼少期の学びが大切なのは食の専門家が証明する。パスタレストランを全国ブランドに育て、ドレッシングで世界進出を果たしたピエトロの村田邦彦元社長が生前に仰っていた。実家が食堂で両親は忙しかったが、母親が我が子に買い食いさせることを嫌い、食事からおやつまで全て手作りしてくれたという。その時に磨かれた味覚がパスタ料理やドレッシングの開発に役立ったと。海外出張では部下が内規に縛られる中、良いホテルに泊まり良いものを食べろと、ポケットマネーを出していた。株式の上場益を得たらお洒落なバスを買って、幼稚園を回って子供たちに食育するのが夢だとも。まさに食を学んだ成果である。



 これらの事例を見ても基礎教育を受けて自己成長すれば、さらに上のレベルで自己実現したくなることがわかる。もちろん、全ての人がそのゴールに到達できるわけではない。また、より高度な教育を受けるには、保護者に資金的な負担が増す。海外では成功者が大学などに寄付をすることで、意欲ある若者の誰もが高い教育を受ける環境が整う。だが、日本ではようやく大学の無償化が論議され始めた程度だ。そこで服育だが、やはり良い服を着るにはお金がかかる。また、幼少期からブランドを着たからと言って、多くのことが学べるわけでもない。

 トップクリエーターを見ると皆、家庭環境から学んでいる。山本耀司氏は母親が経営する洋裁店で学ぶ過程で、男性の視線を意識した服づくりが反面教師となり、女性が自分の視点で選ぶブランドの創造に行き着いた。小篠三兄弟も洋装店でミシンを踏む母親の背中を見て育ち、ファッション専門学校や海外留学で服飾やデザインを学び、ともに自分流の個性的な表現を編み出した。より良い環境と優秀な師のもとで、服を知ったからこそもっと学びたくなる。そして、自己実現すれば、さらに目標を決めて突き進む。現状に決して満足せず、あくなき学びを追求することで、得るものは果てしなく大きくなるのだ。

 もちろん、皆がこうした環境に身を置けるわけではないし、全ての保護者が子どもたちに高度な服育を受けるための学費が出せるわけでもない。ただ、子供たちの身になると、基本を学び、少しずつ自己成長を遂げるほどさらに多くを学びたくなる。それは社会全体で叶えてあげることも必要だろう。そしてもう一つ、子どもたちにはできる限り、より良い環境でより優れた指導者、そしてより良い教材のもとで学ばせてあげることも重要なのである。GUの服育イベントを初歩の初歩と表現したのはこうした理由からだ。



 子供たちが学校で物理や化学といった基礎知識をつけると、大学や大学院では糸や繊維の開発に携わりたいと考えるものも出てくると思う。それが遮熱、紫外線カット、接触・冷感、吸水・速乾、通気性といった機能性素材であり、究極の研究テーマとしてはSDGsや環境保全を考えた時の「溶ける糸」の開発もあるだろう。その意味で、服育もスキリングには終わりがない。現状に満足せず、より高みを目指す人間を育てるには、業界自らが子供たちにそうした場を提供しなければならないということでもある。

 服づくりということでは明暗、彩度、色調といった各条件で色に親しむ。基本型を学ぶのはもちろん、そこから変化したバリエーションまで提供してデザインの奥深さを教える。職人技の染めや卓越した技術による織り柄、天然から合成までの糸が織りなす組織変化など、手間とコストをかけた素材に触れることで、服作りの発想力を養っていく。より良い環境でより優れた教材のもとに、有能な教育者がシンクロしてこそ、学ぶ意義は大きく人材が育てられる。上質に触れることが服育の第一歩なのだ。
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職人が支えた五輪。

2024-08-14 06:44:40 | Weblog
 パリオリンピックが幕を閉じた。日本選手並びに出場された全選手の健闘には心から敬意を表したい。ここでは今回のオリンピックを別の角度で論じてみたい。過去にも何度か取り上げた各国公式スーツやウェアの紹介と、それを提供するサプライヤーの論評である。本来なら大会前にすべきだったのが、伸び伸びになってしまった。そこで、今回は国を絞って注目点のみ触れることにする。

 今大会は何といってもモードの国、フランドで開催された。そのため、同国の代表団が着る公式スーツは、これまで以上に力が込められると容易に想像できた。案の定、大会スポンサーとしてグローバルパートナー次ぐ階位のプレミアムパートナーには、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)が就いており、7月初めにはフランス代表団が開幕セレモニーで着用する公式ウエアが発表された。同グループ傘下の老舗メゾン「ベルルッティ」がデザインしたものである。

 キーコンセプトは、エレガンスとコンフォート。スポーツの祭典とは言え、19世紀末にクーベルタン男爵が提唱した近代オリンピックだ。男爵は普仏戦争敗戦の沈滞ムードをひきづるフランスにとって必要なのは、若者の育成だと考えた。その一つがスポーツを取り入れた教育改革であり、次第に国際的競技会の構想を膨らませていった。貴族出身だけに競技会にも、格式や規律を重んじたのはいうまでもない。それが当事国フランスで受け継がれてきたわけだから、ウエア一つにも伝統美が映し出す優雅さを取り入れるのも納得できる。

 もちろん、選手は男女で骨格、体型が異なり、競技によっても鍛える部位が違うため、四肢の長さ、体幹の形が変わる。だが、その誰もが開幕セレモニーという公式の場において、フランス国旗のトリコロールがはためく下で胸を張って船上パレードを行う以上、スマートで誇らしくあるには着心地が良い服装であることも重要になる。しかも、かつては西岸海洋性気候で1年を通じて気温が穏やかだったパリも、近年は地球温暖化の影響で熱波に襲われるようになった。礼服であっても現時点の気象条件に対応することも求められたはずだ。ただ、実際の開会式は雨が降って肌寒かったようだが、天候は予想がつかないのでしょうがない。

 そうした概念と条件を盛り込んで生まれたのが、ミッドナイトブルーのタキシード風のジャケットとパンツ、スカート。特にジャケットのショールカラーには、トリコロールカラーを取り入れた青、白、赤を見事に配色したグラデーション処理が施されている。使われた技術はベルルティが継承するパティーヌ(革の染色技法)。職人が手作業で色を何層にも重ねて染め上げ独特のムラ感を出す技法で、今回はそれがプリントで再現されている。しかも、ジャケットのサイズによって幅広いものを制作する必要もあったことから、プリントはサイズごとに最適なバランスになるように調整されたそうだ。



 特に目を引いたのは女子選手のジャケット。こちらはノースリーブ仕立てで、インナーに着るシャツ(コットンとシルクの混紡)も同様。ベルルッティ側は真夏という気候を考慮して暑苦しさを一掃し、着心地の良さを加味しながらセレモニーのドレスコードから大きく外れないデザインを導き出した。フランス流の真のエレガンスが全ての選手のあらゆる体型にフィットするようにと、計1500着以上を作り上げたというから流石だ。



 ベルトは白地のものをベースに、こちらもトリコロールカラーがグラデーション処理され、全てハンドペイントで作られたというから老舗メゾンの妥協を許さない姿勢が窺える。シューズはベルルッティのロレンツォをパティーヌでネイビーカラーにアレンジ。男女、競技で、選手の足の寸法が違うため、サイズは1から22までが用意された。既存の製品で展開されるレンジを大幅に上回るサイズを製作する必要があり、その点も大きなチャレンジだったという。

 プレス発表で主に男子選手が履いていたスニーカーは、アッパーがニット、アウトソールがラバーで、軽量化と履き心地を追求した仕様で、競技前の段階で選手の足に負担をかけない配慮が見られる。こちらもタンや踵部分のカラリングはトリコロールのグラデーションで、ジャケットやベルトとのカラーコーディネートを考えた作りになっている。

 ベルルッティのジャン=マルク・マンスフェルトCEOは、「パリオリンピックの開会式でフランスチームのスタイリングを担当するという特別な機会を得たこと、また選手はじめ、プロジェクトチームとのクリエイティブなコラボレーションに大変満足している。この衣装で、私たちはフランスのエレガンスを称え、アスリートとコーチに貢献することを目指しました」と、語っている。

 現時点で、市販されるとは発表されていないが、今回のウエアについてLVMHが投資回収に言及していないところを見ると、母国オリンピックへの参画はビジネスを抜きにしたスタンスでいることへの無言の表明のようにも映る。まあ、開会式の公式ウェアについては世界中のファッションメディアが一定の評価をしているだろうし、業界人もフランスの職人技はオリンピックの公式ウエアでも変わることを見せつけられた。改めてモードの国、フランスの偉大さに脱帽せざるを得ない。

スウェーデンはLifeWearの派生版



 今回の大会でも、スウェーデン代表の公式ウェアを提供するのがユニクロだ。こちらは同ブランドが提唱するLifeWearの価値観を継承し、品質、革新性、持続可能性を全面に打ち出して共同開発されている。提供する競技はオリンピックがゴルフ、卓球、カヌー、セーリング、射撃、スケートボード、水泳、ビーチバレーボールの8競技、パラリンピックが卓球、水泳、ボート、射撃、ボッチャの5競技。ハイパフォーマンス・シンプリシティ・オフ・ライフウエアをコンセプトに、スポーツウエアの機能美と洗練されたデザイン?を両立させたという。



 開発にあたっては、大会の暑さ指数など天候データの分析を行うために、有明ユニクロ本部の人工気象室にパリの温度・湿度などの環境を再現してモニターテストを実施。運動時の発汗ポイントと量の検証を行い、ウェアにおける通気孔の配置やフィッティングの改良に取り組んだ。また、選手からのストレスなく着たいとの声を反映し、ポケットをあえてつけないことでより軽くスタイリッシュなシルエットに仕上げられている。動きを妨げず体に適度にフィットするシルエットを追求するために、パンツ丈やシャツの身丈、首周りの立ち襟の長さなど細かくミリ単位で調整を施し、フィット性を高めている。

 素材は、ユニクロの店舗で回収した商品(ポリエステル高混率素材)の一部をリサイクルした素材を、選手団が着用するスウェットやTシャツなど16アイテムに採用した。開閉会式やメダル授与式で着用する3Dニットジャケットは、1本の糸を立体的に縫い目なく編み上げるホールガーメント技術で、美しいシルエットと動きやすさを両立。通気性を高めたニット編みによって、汗の蒸れや熱を外に逃がしやすく快適さを維持する。

 ファスナーの引き手は、指を通して上げ下げしやすいユニバーサルデザインを採用。 セーリング競技用のシャツには、同社のエアリズム素材を採用し、汗をすばやく乾かすサラリとした肌触りだ。卓球のユニフォームでは、ドライEXの吸汗速乾機能と抗菌防臭機能付きで、汗をかきやすい部分に通気性の良いメッシュ構造を配置し、競技時も快適な着心地を実現した。ショートパンツやスコートは、縦にも横にも自在に伸びるウルトラストレッチ素材と、速乾性に優れたドライ機能を使用している。これらを見ると、オリンピック向けのウェアづくりで、ユニクロが追求したのはサイエンス&テクノロジーであることがわかる。

 スニーカーについては「専門機関の協力を仰ぎ、足にかかる負担を最大限に減らすためのリサーチと改良を重ねた」という。そうした技術開発への投資が身を結ぶには、選手がどれほどのパフォーマンスで、メダルに繋げられるかにかかっている。ユニクロ側が市販化を考えているのかはわからないが、スニーカーでもビッグブランドの牙城を少しでも崩したいのなら、オリンピック代表が残すハイパフォーマンスやレコードという結果がエンドースメントモデルには重要だ。

 ファッションの面ではパリ大会ということもあり、ユニクロ側は「美しい街中に溶け込むよう都会的で落ち着いた雰囲気」のデザインやカラー使いにこだわったという。しかし、スポーツウェアのベースカラーはスウェーデン国旗の基調色であるブルーとイエローのほか、ネイビー、ペールブルーといったフラットな配色で、プリント柄や剥ぎによる切り替えはない。あとはロゴマークのワッペンやスウェーデンNOCの刺繍がある程度で、特段ファッションブルだとの感じはせず、ユニクロの技術を結晶させたウェアといった方が適切だろう。まあ、スウェーデンの人々をはじめ、ヨーロッパの方々の印象は違うかもしれないが。

 過去のオリンピックで各国選手が来たウエア、ジャージではリユースルートに流れる物もあった。それが古着店で販売され、ストリートファッションのアイテムになっていたのだ。2000年代の初め、パリの街中で胸元に「NIPPON」という朱色のロゴマークが入った白のジャージを着た若者に出会ったことがある。その時はバレーボール日本代表の古着ジャージかと思ったほどだ。ユニクロがスウェーデン代表に提供したジャージが同じようにストリートファッションになり得るのか。ファッションスナップなどを注視していきたい。






 ということで、フランスの公式スーツとユニクロの競技ウェアのみに絞って論評してみた。他にも、米国はラルフ・ローレン(https://www.instagram.com/reel/C8W74fqAlvp/)、イタリアはエンポリオアルマーニ(https://youtu.be/cgnPBPAQMjM)と、それぞれ国を代表するブランドがウェア作りに参画するのは今大会も変わらなかった。また、陸上男子100mの決勝で、9秒79で優勝したノア・ライルズ(米国)が履いていたシューズはY-3だった。アパレルブランドが選手の競技生活を陰で支えていることも忘れてはならない。

 日本のスポーツメーカーでも、ウエアからシューズ、各競技の道具類では職人さんの技術が生きたものもあったと思う。ただ、オリンピックでもSDGsが意識され始めており、公式ウェアにもリサイクル素材が使われるようになっている。伝統の技に加え、最新技術が活用された点も見逃してはならないだろう。選手はウェアや道具を提供するメーカーとの契約から使用のレギュレーションに縛られる。だが、ウエアについては特徴のあるデザインや色、素材も多いので、市販化されないのであれば、ぜひリユースルートで再利用してほしいものである。

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百貨店は建てて貸す。

2024-08-07 06:54:08 | Weblog
 2024年は地方百貨店の一畑百貨店、名鉄一宮店、岐阜高島屋が相次いで閉店。8月18日には埼玉の丸広百貨店東松山店も営業を終了する。一方で、鹿児島の山形屋は私的整理の事業再生ADRが第三者機関に受理されたことで、持ち株会社の山形屋ホールディングス(以下、山形屋HD)を設立し、再建の道を歩み始めた。

 山形屋HDではメーンバンク鹿児島銀行の関連会社から中元公明氏を取締役会長に迎え入れたほか、岩元修士山形屋社長はそのまま取締役にスライド。また、経営体制を監視し財務の透明性を確保するため、6名の経営陣のうち鹿児島銀行とファンドのルネッサンスキャピタルから1人ずつ取締役を受け入れた。同HDは、各社が事業に専念できるようグループ全体の戦略決定を行い、組織、人員体制のスリム化と収益の向上、不動産の売却などを通じ、5年間で事業の見直しと財務の健全化を目指す。

 しかし、山形屋を取り巻く環境は、厳しさを増している。鹿児島市の人口はすでに60万人を切り、周辺を含めた商圏人口は今後も減少が続く。当然、顧客予備軍である40代、30代も減っていくわけで、お客がこれ以上増える状況にはない。鹿児島銀行など県内4金融機関が進めるスマホ決済アプリ「Payどん」がカギを握るとは言っても、山形屋で展開できるブランドや品揃えは限られる。ネット通販の品数、利便性を享受している若年層が、山形屋でのショッピングに移るとは考えにくいのだ。

 山形屋がメーカーと結ぶ取引形態もネックになる。商品政策は商品を買い取るのではなく、メーカーの派遣社員に売ってもらう「委託販売」、商品が売れてはじめて仕入れた形にする「消化仕入れ」が大部分を占め、自店に並ぶ商品であってもほとんどが自らの商品ではない。だから、動きが悪い商品を自由に値下げして販売することができないのだ。そこから脱却するためにはデジタルトランスフォーメーション(DX)が叫ばれるが、どうなのか。振り返ると、バブルが崩壊し百貨店の低迷が始まった1990年後半にも業務の効率化を目的にレイバー・スケジュール・プログラム(LSP)を導入したところがあった。

 これは「その日に出勤した社員に合わせて仕事を割り振る」のではなく、「目標達成に必要な仕事をメンバーに割り当てる」ものだ。目標や仕事ありきで、人の手配が決まるのだが、これで百貨店の業務効率が上がり生産性が高まったかと言えば、その後の凋落ぶりを見ると否としか言えない。百貨店には自主編集、委託販売、消化仕入れの売場があり、自店社員とメーカーの派遣社員が混在する中では、LSPが馴染むような組織風土ではなかったのかもしれない。なおさらDXを導入して業務を効率化しても、稼ぐ力がつくかは全くの未知数と言える。

 山形屋も業績が低迷して以降、最初に手をつけたのは販売管理費の削減だった。省ける経費をカットした方が手っ取り早いと考えたからだ。2014年から23年までの9年間で同費用を118億5,800万円から84億3,500万円まで30%近く削った。主に正社員の数で14年2月期から8年間で自然減を含めて540人近くをリストラした。しかし、収益が好転するどころか、むしろ悪化している。粗利益率は14年2月期が25.46%(販管費率は24.67%)に対し、22年2月期には22.68%と8年で2.78ポイントもダウン。粗利益が低下し続けたのは、人員削減で納入掛け率が高い委託販売の売場が増えたためと見られる。



 山形屋本店前を走る電車通り沿いにはホテルや飲食店が多く、訪日観光客によるインバウンド消費に期待する声もある。ただ、観光庁が行った「訪日外国人消費動向調査」をもとにした2023年の都道府県別集計によると、鹿児島県全体の旅行消費額は53億円で、全国27位。消費単価は一人当たり4.7万円で同11位だが、訪問者数は11.2万人(同31位)と、九州では福岡県(214.9万人)、大分県(84.1万人)、熊本県(41.9万人)には、大きく水をあけられている。現状では山形屋にインバウンドの恩恵は少ないということだ。

 11月の米国大統領選挙でトランプ氏が勝利すれば、為替相場はドル安に揺り戻すとの見方もあるが、前政権時代にはFRBが利上げを重ねており、逆にドルは上昇している。要は為替相場は金融政策によって決まり、円安が続いたとしてもインバウンド消費が鹿児島県を潤すかは極めて不透明だ。つまり、地元民が消費を盛り上げることが肝心なのだが、売上げが下がっていることで、メーカー側はブランド展開などで二の足を踏む。百貨店としての商品調達力が落ちると、お客にとっても買い物への期待値が下がってしまう。山形屋が業績を伸ばせる素地は全く見当たらないということだ。


地方百貨店の旧来型ビジネスは終焉へ

 大都市の大手百貨店ですら、系列の地方店については閉店や再開発を検討し始めている。2018年から岩田屋三越の社長として同店を成長軌道に乗せ、2021年4月1日付で三越伊勢丹ホールディングス(以下、三越伊勢丹HD)のトップに就いた細谷敏幸社長。就任時には「百貨店のビジネスモデルはもう消費者から受け入れられないのではないか」と語り、危機感を露わにしている。それから3年が経過した今年夏、「地方百貨店については再開発を検討している」ことを明らかにした。



 まず、子会社の札幌丸井三越が運営する三越札幌店や丸井今井札幌本店で、建物の老朽化などから建て替える計画を仄めかす。百貨店にホテルやオフィスを組み合わせた複合施設に再開発するスキームだ。三越伊勢丹HDが自社物件をもつ他都市でも同様の再開発を検討しており、三越仙台店も候補になっている。さらに百貨店事業が堅調な伊勢丹新宿店や三越日本橋店でも、2030年頃から10~15年をかけて5000億円規模の不動産投資をする方針とか。



 伊勢丹新宿店はコロナ禍明けから過去最高の収益を更新したが、本館そのものは手をつけないで営業を続けると言うから、メンズ館や駐車場など周辺の所有地を活用して高層ビルを建設する構想があるのかもしれない。大手デベロッパーが手掛ける不動産開発の基本プランは、土地の価値をいかに上げるかだ。そこでは高層ビルを建設してさまざまなコンテンツを入居させる。低層には商業施設、中層はホテルやオフィス、高層がマンションという形だ。細谷社長が考える再開発の内容も同様だと思われる。

 大手百貨店には日本人富裕層の高級品志向、旺盛なインバウンド消費など、追い風が吹く。ただ、高い収益を生み出しているのは、宝飾品や高級時計、アートといった高単価の商品だ。それでも消費は水物。いつ円高に振れるか、いつ不況に戻るかはわからない。現に8月5日、東京株式市場で株価が大暴落。日経平均株価の下げ幅は4400円を超え、過去最大となった。専門家は「米国の景気後退の不安が和らげば、日本株も落ち着いていく」との見方を示すが、今の高額消費に翳りが出てくることも十分に考えられる。経営者には常にそうした危機感がつきまとう。近視眼的では百貨店の経営には携われないということだ。

 まして、消費者ニーズに対応するとは言っても、一百貨店のキャパでは3億5300万品目以上を扱うアマゾンなど、ネット通販には太刀打ちできない。細谷三越伊勢丹HD社長が言う百貨店のビジネスモデルはもう消費者から受け入れられないのではないかは、それを象徴する。また、百貨店ビジネスは景気に左右されるのはもちろん、都市型、地方を問わず前出のような取引形態を続ける限り、純利益が15%、20%と伸びるとは経営者としても思ってもいないだろう。これまでのようなスタイルでは、成長には限りがあるのは自明の理なのである。

 では、どこで収益を出していくのか。都市の中心部に所有する店舗など不動産を有効に活用し、小売りをメーンとする百貨店事業以外で業績を伸ばすしかない。百貨店の中には、売場を委託販売や消化仕入れからテナントへの賃貸に切り替えているところもある。そちらの方が収益効率が上がるからだ。それでも、地方店では店舗の老朽化、集客力の低下、顧客の高齢化、そして人口の減少からテナントの撤退や出店見合わせが相次ぎ、それがさらに売上げ不振を招くという負の連鎖に陥っている。とどのつまりが閉店や営業終了だ。

 むしろ旧来型の百貨店ビジネスへの危機感は、都市型百貨店ほど強いようである。すでに東急東横店は渋谷スクランブルスクエアとなり、東急本店も高層の複合ビルに生まれ変わると発表された。2022年9月末で営業を終えた小田急百貨店跡地には、29年に48階建ての高層ビルが竣工する。中低層部は商業施設になるが、小田急百貨店がそのまま入るかは未定だ。 京王百貨店・ルミネ1も地上19階・地下3階建て、高層ビルに建て替えられ、高層階には宿泊施設も設けられる計画があるものの、着工時期は未定という。



 三越伊勢丹HDが不動産を有効に活用した再開発事業に乗り出すのは、百貨店の構造改革を鑑みると当然の帰結と言える。そこで、地方百貨店の山形屋は今後、どう再建を進めていくのかである。手始めに経営の効率化に向けた組織再編が行われた。24社あった関連会社は15社に再編成され、(株)川内山形屋や(株)国分山形屋ら6社は(株)山形屋へ、(株)日南山形屋ら2社は(株)宮崎山形屋に統合される。新体制は8月1日から始動したが、これでどこまで業績が伸長するかは未知数だ。

 山形屋が申請した事業再生ADRでは、DES(デット・エクイティ・スワップ=債務株式化)で40億円、DDS(デット・デット・スワップ=借入金の劣後ローン化)で70億円を調達し、残る250億円の借入金については、5年間は返済を猶予するというもの。ただ、DESにより銀行団に発行する40億円の優先株の買い入れ消却予定も、DDSにより生じる70億円の劣後ローンの返済予定も具体的には示されていない。6年目からは250億円の返済も始まる。百貨店のままではとても負債の返還どころか収益の回復すらおぼつかないと言える。

 三越伊勢丹が地方店の再開発に乗り出したことを考えると、山形屋も同様の複合型ビルへの建て替えで収益力の底上げを目指すしかないのではないか。あとは銀行団やファンドから送り込まれた経営陣が創業者一族や従業員組合とどう折り合いをつけるかだろう。ただ、5年の猶予期間なんてあっという間に過ぎていく。おそらく銀行団が目論むスキームも既存店舗を解体して、複合ビルに作り替えることではないかと思う。
 
 その場合の資金の出どころ、スポンサー候補としては山形屋が同系列におかれる伊勢丹ではないかと思う。山形屋HDの取締役となった岩元修士山形屋社長が伊勢丹出身ということを考えると、銀行団やファンドも支援要請を説得しやすい。少なくとも伊勢丹がスポンサーとして乗り出してハードを新しくできれば、出店するブランドが増えていくのは間違いない。競争力もつくだろう。ただ、その時点で山形屋の暖簾をどうするか。残すとすれば、それが手切れ金代わりになるのか。伊勢丹にとっても、それなら安い買い物かもしれないが。
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DgSが家具屋を買う。

2024-07-31 06:47:03 | Weblog
 7月の初めだったか。調剤薬局やドラッグストアを運営するアインホールディングス(本社・北海道札幌市白石区。以下、アインHD)がインテリア&生活雑貨の「フランフラン」を買収するとの話を聞いた。買収額は約500億円で、8月20日に全株式を取得し、完全子会社化するという。アインHDは「アインズ&トルぺ」というドラッグストアを運営しており、その客層が主に20~30代でフランフランと共通するため、店舗を共同で出店するなど相乗効果を考えているらしい。



 フランフランはともかくとして、アパレル関係者の多くはアインHDをご存知の方は少ないと思うので、「えっ」って感じではないか。筆者もアインHDの社名を初めて聞いたのは2008年。同社がセブン&アイホールディングス(以下、セブン&アイHD)と資本・業務提携をしたとの報道がきっかけだった。当時はスイッチOTCの推進、セルフメディケーションの普及、医薬分業の実施が叫ばれており、ドラッグストアに追い風が吹いていた。当然、北海道のローカル薬局がセブンイレブンと手を組めば、ツルハやマツモトキヨシと伍すだけの全国チェーンになれると考えたのかもしれない。そんな印象を受けた。



 それからしばらくは気にすることもなかったが、再びアインHDに触れるのはこれまたセブンイレブン絡みだった。2020年12月、セブンイレブン・ジャパンは、ANAホールディングス他3社および福岡市と共同で5日間に渡り、ドローンによる離島への商品配送の実証実験を行った。それに参加した1社がアインHD傘下で調剤薬局を運営するアインファーマシーだった。福岡市の博多湾に浮かぶ能古島に、島民が実際に注文した処方箋薬品を調剤したアイン薬局がドローンを使って配送。その模様がメディアに公開され、筆者も立ち会った。




 同薬は島民がかかりつけ医から処方され、アイン薬局の生の松原店が調剤(対面での服薬指導済み)したもの。ドローンが100gの薬を搭載して、福岡市西区の小戸ヨットハーバーに設置されたドローンポートから離陸後、約10分で能古島公民館のグランドに着陸。薬はANAのスタッフが回収して、公民館に設置されたロッカーに一時保管し、島民はスマートフォンに送信された確認番号をロッカーに入力して取り出した。医療機関の門前に薬局を構えて待ちの姿勢で臨むだけでなく、配送まで行って患者の信頼を得ようという狙いが窺える。

 ドラッグ業界は大手同士が合従連衡しながら都市部、郊外を問わずに勢力を伸ばす一方、2023年の売上げランキングで業界4位のコスモス薬品は、食品や日配品まで充実させて後を追う構図だ。イオン系のウエルシアホールディングスを筆頭に群雄割拠の状態が続いているが、規模の拡大だけでなく各社の独自性にも注目が集まる。その意味で、アインHDは調剤薬局の部門では業界第1位にある。離島などへの処方箋薬品の配送サービスに目をつけた点も、競争激化の中で勝負するより、差別化路線で生き抜こうという戦略が見て取れる。セブン&アイとの提携があるのだから、処方箋薬品の24時間受け取りサービスにも踏み出せる。

 そんなアインHDが今度はフランフランの運営にも乗り出す。同社傘下のアインズ&トルぺはコスメを充実させており、フランフランと中心ターゲットが共通するため、互いのPB商品を相互に展開すれば、顧客の選択肢が広がって集客効果を発揮できる。また、店舗に競争力を持たせるには生活雑貨を充実させるなど店舗スタイルを変化させ、差別化していくことが不可欠だ。両社はターゲットが共通することで、共同でマーケティング、商品開発を行うこともできる。つまり、アインHDとしては小売り事業を新たな成長の軸にする上で、M&Aによる拡大が手っ取り早いと考えたとすれば頷ける。

 アインファーマシーはアマゾンによる処方薬のネット販売にも参入する。調剤薬局は報酬改定による利益率の悪化、店舗過剰、アクティビスト(物言う株主)による再編圧力にさらされている。処方薬がオンラインで販売できれば、調剤薬局のビジネスモデルは大きく変わり、中小零細は淘汰される可能性がある。だが、調剤第1位のアインHDも決して安泰ではない。香港の投資ファンドは同社の株式を買い増し、取締役解任などの株主提案を行なっており、今後、どう転ぶかはわからない。さらにアマゾンに高い手数料を取られてしまえば、報酬引き下げによる利益率がさらに悪化することもあり得る。

 もちろん、小売事業を強化するといっても、懸念がないわけではない。アインHDがフランフランを完全子会社化するとのニュースが発表された翌日、東京プライム市場では同社の株が一時前日比660円(11%)安の5460円と、急落。終値は567円(9%)安の5553円で、同市場の値下がりランキングでは第1位という有様だった。同社がフランフランの買収に約500億円を投じたことに対し、マーケットは財務負担が重荷になると嫌気したようだ。というか、アインHDが小売り事業を新たな成長の軸にするにしても、投資家はそれが利益貢献に繋がるとは期待していないことになる。


一時の勢いを失ったフランフラン

 では、フランフランについても見ていこう。1991年のバブル崩壊でアパレル業界が勢いをなくす一方、非アパレルの商材に価値を求め、高感度なライフスタイルを志向する消費者を惹きつける業態が台頭し始めた。中でも、1990年に創業したバルス(当時)が運営するフランフランは、インテリア&生活雑貨のショップを全国のショッピングセンターを中心にチェーン展開。2000年には年商75億円(対前年比40%増)を稼ぎ出し、市場を席巻する中核企業に躍り出た。

 フランフランの誕生は1992年。東京・天王洲アイルに1号店を出店した後、2000年には全国37店舗まで拡大した。当時の商品コンセプトはカジュアルスタイリッシュ。ターゲットは都会で一人暮らしをする女性。モノ作りの主流になりかけていた開発輸入をいち早く取り入れ、高感度で低価格の商品を提案することで、女性だけでなく独身男性や若い主婦層まで捉えていった。商品構成はテーブル&キッチン、カルチャー&ホビー、ヘルス&ビューティ、インテリアファブリック&小物、家具で、PB比率は売上げベースで6割を超えた。



 特に目を見張ったのはカラーMDだ。メーン商材である雑貨の大半がカジュアルスタイリッシュらしくオレンジやイエロー、ブルーなどのキャンディカラーで統一され、それらを打ち出しに使って明るくポップなVPを作り上げた。商材の7割程度が自社企画したPBで、商品面での差別化と安定供給、低価格化を図る上ではカギとなった。従来のインテリアショップ、雑貨店にはない独自のVMDを可能にしたのも、PB商品に他ならない。




 そんな商品群は筆者の目も惹き、フランフランでは事務所用のカーブシェルフやカーテン、サーキュレーター、自宅用にはカトラリーやキッチンタイマー、グラスを調達。カトラリーは撮影の小道具に使ったこともあった。高島郁夫社長の著書「フランフランを経営しながら考えたこと」も読ませていただいた。

 2000年3月には、東京の自由が丘とお台場に展開した和モダンをコンセプトにした「ジェイピリオド」、2001年にはアジアンテーストの「アジト」を出店。並行して原宿の新築ビルの3階、4階に3業態を合わせた複合型旗艦店をオープンした。ところが、後の2業態は出だしからフランフランほどの勢いはなく、業績の低迷が続いた。2016年には、東京発のインテリアや家具などを展開する「バルストウキョウ」とともに事業を終了している。

 バルスは2000年代後半、拡大路線に歪みが出てきたようで、同社を引っ張ってきた髙島郁夫社長のカリスマ性やトップダウン経営の限界が露呈する。おそらく社員自ら意見を出し合い、方向性を決めるボトムアップの経営スタイルに変えなければ、難局を乗り切れない状態に陥っていたと言える。売上高も2017年8月期には純利益は4億円だったが、18年同期には純損失が8億円。19年は純利益は1000万円を確保したが、20年は純損失が12億円と、業績はジェットコースターのように乱高下した。

 2017年、バルスは社名をフランフランに変更。21年には髙島郁夫社長が退任し、ファイナンス面を担当してきた佐野一幸氏が社長に就任した。高島前社長の時代から人員削減、オフィスの縮小、不採算ブランドの閉鎖、役員報酬の減額を実施。そうした痛みを伴う経営改革が奏功し、21年8月期は売上高361億円、営業利益40億円、純利益22億円と黒字に転換した。22年同期は売上高354億円、営業利益33億円、純利益26億円。23年同期は売上高394億円、営業利益25億円、純利益11億円で増収減益ではあるが、3期連続で黒字を維持している。アインHDはこうした業績の好転を考慮し、今が買い時と見たのではないか。

 ただ、2010年代に入ると、フランフランのコンセプトはエレガンスやフェミニン、ロマンティックなテイストに変わった。経営改革の一環で女性が好むテイストに絞り込み、コアイメージをより明確にしたと思うが、だからと言って業態として突失したわけではない。現状、インテリア・雑貨にはいろんなテイストやグレードがある。アッパークラスのコンランショップやHP.FRANCEからアクタス、ダブルデイやタイムレスコンフォート、アフタヌーンティー、無印良品、バジェットのスタンダードプロダクツまでが、ひしめき合っている。



 デベロッパー側はアパレルに代わるテナントとして誘致しやすいと考えるようだが、一定のスペースを必要とするため都市型では家賃負担が重荷になる。だから、前出のように実店舗を展開しているところでも、コストを回収するために店舗をショールームにしながら、ECで稼ぐところが少なくない。フランフランも東京・南青山3丁目交差点に旗艦店を構えるものの、系列のモダンワークス青山店は閉店している。アパレル以上に店舗コストとどう向き合っていくかが問われるわけだが、栄枯盛衰の激しい業界であるのは間違いない。

 そうした中で、フランフランが現状のテイストで収益を伸長していくには、顧客がエージアップしても売れ続ける商品開発とヒット商品の創出がカギになる。ケースに収納するとクッションになる寝具に続くような商材を生み出さなくてはならない。だが、20代から30代の女性という狭いレンジをターゲットにして、果たしてそれが可能なのか。少なくともコンスタントに売れ続ける核になるアイテムを持たなければ、買収で発生した約400億円ののれん代を償却する費用を賄えないのは確かだろう。

 それでも、アインHDの大谷喜一社長は約500億円にのぼる買収費用についても、「増資による調達の必要はない」と、現預金や借入れで賄う考えを示す。小売り事業関連の売上高を1000億円規模にする目標についても、3年後の「2027年4月期に達成できる」と語るなど強気だ。さらに投資を何年で回収できるかを示すEV/EBITDA倍率についても、フランフランとの協業効果を加味すると、「25年8月期には7倍を下回る」と心配する様子はない。

 だが、フランフランの2023年8月期の純利益は11億円で、前年よりも44%も減少している。アインHDはのれん代の償却期間を20年と見積もっているというから、昨年度より倍以上の利益を出さないとHDの預貯金は目減りし、借入金の返済計画も狂ってしまう。今回の買収では「ドブに金を捨てるような投資」との厳しい声が出ており、シナジー効果が発揮できなければ虻蜂取らずの可能性もあるのではないか。
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