HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

店長は経営者なのか。

2016-12-07 08:00:26 | Weblog
 先週発売の週刊文春に「ユニクロ潜入1年」と題した記事が掲載された。ジャーナリストの横田増生氏がアルバイト勤務してまとめた渾身ルポの第1弾である。ユニクロは同記者の著書「ユニクロ帝国の光と影」を名誉毀損だと、出版社の文藝春秋を訴えたが、1審、控訴審はそれを認めず、最高裁は上告を棄却した。

 敗訴したユニクロの柳井正社長はブラック企業批判について、雑誌プレジデント(2015年3月2日号)で「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。…社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」と、反論している。ならばと、横田記者は名前を変えて実際に1年間、店舗で働いて書いたのが今回のルポである。

 ユニクロがブラック企業と言われ始めた背景には、社員のサービス残業や人手不足の実態があると言われる。ただ、横田氏も書いているようにユニクロには柳井社長を筆頭に形成されるヒエラルキーからはドライで上意下達の企業風土が生まれ、生え抜き社員のキャリアパスには限界があるように思う。

 幹部候補であるグローバルリーダーの募集要項(https://www.fastretailing.com/employment/ja/uniqlo/jp/graduate/global/environment.html)を見ると、社員の職階はJ、S、M、Kまであり、新入社員はグレードJ-1からスタートする(パートアルバイトはPN1から)。そこで店舗社員が課される当面の目標は、S-1のショップマネージャー、いわゆる店長だ。

 店長は、業務をこなしながら数センチにも及ぶ分厚い業務マニュアルを習得し、数段階の昇格試験を経て到達した優秀な面々でもある。まさに柳井社長が語る「店長とは経営者」にふさわしい人材のはずだが、自由に商品を仕入れられる権限はなく、本部が造る範囲内で商品を発注し消化していくしかない。

 もう10数年も前のことだが、 雑誌の企画で最高ランク、SS店長に1日密着したことがある。店舗はショッピングセンターのインストアで、朝8時からバックルームで待っていると、同30分過ぎに出勤。翌日の店長会議出席のため、夕方の飛行機に乗るとキャリーケースを持参していた。同35分には店舗社員とミーティングを行い、45分にはマニュアルに添い自ら考案した模擬テストを実施。テスト中は昨日の閉店後に行われた下位品番の品出しをチェックする。

 9時からは勉強会。次週実施予定の試験について傾向と対策をレクチャーする。各自に学習度合いを確認し、答えられないスタッフ、不正解のスタッフには容赦なく檄を飛ばすが、フォローも欠かさない。同45分からは全体朝礼。20名弱ものスタッフを前にハキハキ語る姿は壮観だ。終日のスケジュールを確認し、業務内容を指示する。その日が日曜日だったため、平日との商品体制、時間帯別の人員態勢の違いを明確に示す。

 10時開店。テスト中にチェックした下位品番の品出しで気づいた点を担当者に指示する。密着して印象的だったのが「言われたことができるのは当たり前。自分で考えて行動しろ。作業を仕事に変えろ」を連発したこと。その場で答えを問い質すなど社員教育にも熱が入る。発注する商品のバランスをスタッフとやり合う「日曜バトル」なんて、他のチェーン、専門店では聞いたことのないような仕組みにも触れることができた。

 ユニクロにとって店舗は営業の最前線であり、店長は売上げ目標と市場拡大を達成する鬼軍曹であるように感じた。半人前の兵士を一人前に鍛え上げて、次の最前線に送り込むのと同時に自分の陣地も守りながら、売上げ目標という勝利を収めないといけない。

 本丸にどかっと腰を据える柳井社長は、直属の部下を通じて前線に命令を出すだけ。売上げが芳しくなければその反省を求めるが、内容が不適格なら参謀という執行役員とて容赦はしない。店長と言っても、柳井社長にすれば売上げを生み出す道具程度。「経営するんだ」のスローガンも、店長を叱咤するフレーズに過ぎないと、記事を読んで痛感した。


叩き上げが経営参画できない

 他社はどうなのだろうか。筆者が業界に入って目にしたのは、取引先の小売店がいかにしてスタッフにキャリアパスを得ようとさせているかだった。アパレルを扱う小売業の場合、新入社員の多くが当面の目標を「バイヤー」に置いて入社してくる。展示会を回って商談を重ね、頭の中に売場編集やVMDを描きながら、商品を仕入れていく。

 新たなブランドを開拓するなら、東京の店舗であっても関西のメーカー、はては海外コレクションやトレードショーにも足しげく通う。ファッションビジネスを志す多くがそんなカッコいい姿に憧れるのは、ごく自然なことだった。

 大手百貨店や全国チェーンになると、募集職種はバイヤーにとどまらず販促や広報、外商などもある。ただ、どんな希望職種でも経営陣は、新入社員に対し目標達成のために「まずは現場(接客販売)で頑張れ!」と、叱咤激励するのがお決まりだ。売場で接客販売をすることが小売業の原点とばかりに社員を鼓舞するのは、組織を一つにまとめる手段として不可欠だからである。

 そうして優秀な中間管理職が育てられ、さらに本人の実績と野望、多少の人望が加わり、経営幹部に上りつめていくのが定石だった。それがアパレル業界の売上げ拡大を支えていたのである。

 創業当時のユニクロも、小売業ということでは募集職種や社員の目標設定について他社とそれほど変わらなかったと思う。ところが、ある時からユニクロは激変したように感じる。業界で勝ち残るには世界のトップを目指さなくてはならない。そのためには現場はあくまで現場、経営は経営と別個に考え始めたような気がする。
 
 グレード一覧表には各職階の年収が記されている。完全実力主義で、会社は成長する機会を与えるのだから、それを生かすのは本人次第ということだ。新卒は営業の最前線である店舗で鍛えられ、実績と昇格試験でキャリパスを手にする。店長の先には部長やリーダー、本部社員という職階もあるがヒエラルキーがある以上、そこまで登りつめる現場経験者がどれほどいるのかと、つい考えてしまう。

 一覧表にはグレードE-4、年齢41歳以上のSS店長クラスは、平均年収が3400万円を超えている。金額だけみると、凄い額だが、実力主義を標榜している以上、実力=売上げが下がったとなれば、年収も下がるわけだ。仮に実力、実績が上がったとして、その上のグレードK-1、平均年収9000万円の執行役員になれるのだろうか。こちらとて実力主義は変わらないのだから、年俸が維持されて待遇と仕事が継続する保証はない。

 この理屈で考えると、K-4に君臨し年収2億4000万円の柳井社長でさえ、収益が下がれば役員報酬はカットされることになるはず。でも、そんな責任の取り方を耳にしたことはない。

 過去には経営幹部に求められる人間は同業異業、国籍出自を問わず、自薦他薦もしくはヘッドハンティングのような形で採用されることもあった。必要とされる条件は、「会社をどうしたいのか」というヴィジョンと、それに対する「政策実行能力」の有無だけ。現場で学んだ知識やトーク、技術などはあまり必要ないようで、優秀な現場経験者がどこまで経営に参画できるかどうかが非常に見えづらい。

 柳井社長は自分がスカウトした幹部でも期待通りの働きを見せないと、バッサリ切ったことがある。原因は経営陣がいくら優秀な頭脳で考えた政策でも、社員やアルバイトが簡単に実践できるとは限らないところにもあった。しかし、すぐに態勢を立て直している。店長という中間管理職の成長が反転攻勢に出る原動力になった側面もあると思う。それとてエリート幹部と現場との溝が埋められたかと言えば、決してそうではないだろう。


業務効率化は経営の使命

 記事にあるように、柳井社長は経営幹部に対し「売上げが悪い」と、仕事の目標設定まで変えさせるようで、売上げに対するプレッシャーは相当なもののようだ。上場企業だから四半期ごとに発表される短信が好結果でないといけないわけだが、部長会議ではおそらく「寸鉄人を刺す」ような叱責や皮肉が繰り広げられているのではないか。

 ただ、トップや幹部は四六時中現場にいないし、接客や商品整理するわけでもない。自分たちが与えた業務命令とそれを処理する店舗社員とで、仕事に対する認識の乖離が簡単に埋められるはずもない。ブラック企業と言われる遠因は、その辺にもあるはずだ。

 横田氏が携わったのはあくまでアルバイト。今日のユニクロが作り上げた商品企画から素材開発、縫製、物流までにおける卓越したノウハウを検証するものではない。ユニクロUに見られる利益度外視の商品開発力に切り込んでもいない。だから、ユニクロがもつもう一つの側面、あるいは本質を探ることにはならないとの意見もあるだろう。

 まあ、ビジネス社会は戦略を立てる経営者と、戦術を考え指揮管理する部長クラスと、優秀な統率力を備えた次長と、勇猛果敢にチャレンジする課長と、兵隊となる平社員で構成される。週刊誌の読者も大企業のトップから末端のブルーカラーまで、ピラミッド状態で構成されている。圧倒的な読者数で言えば、ゴシップ好き一般庶民となるだろう。

 そうした読者の琴線に触れる記事は、「社員たちのサービス残業」「人手不足」「創業感謝祭の過酷な勤務の実態」にならざるを得ない。横田記者だってそれを承知での潜入ルポだったと思う。業界紙誌ではないのだから、SPAとしての卓越したノウハウを紹介したところで、一般庶民の心は打たない。本社社員ではなく、その辺の課題に切り込むことは容易ではないから、別の機会に期待するしかない。

 でも、ユニクロがブラック企業のレッテルを貼られたのは事実だ。だから、いくら正社員を増やそうが、残業を減らし手当てを付けようが、汚名挽回は容易ではない。2017年卒大学生の人気企業の総合ランキング200を見ても、三越伊勢丹(80位)、ニトリ(85位)、高島屋(174位)がランクインしているのとは対照的に、人気は下降している。

 それは「ユニクロではいくら現場で頑張っても、やりがいのある仕事が見通せない」と、大学生の多くが感じている証左なのだろうか。なおさら社員にとって店長の先のポストが見えづらいとなれば、これから中間管理職の大量退職も現実味を帯びてくるのではないのかと思う。

 あの店づくりと商品展開を見る限り、閉店後の残業が簡単に削減できるとは思えない。店舗業務をもっと効率化しないといけないはずである。奴隷の仕事と揶揄される荷受け、膨大な商品量を品出しする作業、閉店後に待つ商品の畳みや整理然りだ。

 ユニクロの販売手法はお客が勝手に商品をとり、姿見で確認したり試着してレジカウンターに向かうセルフサービス。ならば、店舗には最低限の在庫とサンプルを置き、カラーや客注対応はVRでシミュレーションするなどをもっと進めてもいいのではないか。購入品は物流倉庫から自宅に配送すれば十分だ。そうすれば、現状の売場面積は必要ないし、面積が同じなら品揃えを増やせる。現状の品種でもカラーバリエーションが増やせれば、ずっと言われ続けてきた色音痴を解消できるかもしれない。何より労働生産性の低い作業は、どんどんカットできると思う。

 店舗社員はオペレーションとコントロールのみを担当し、IT化によるMDバランスと在庫変動、売上げ、商品投入をチェックしながら、店舗のマネジメントを学習していけばいい。そうすることで、サービス残業や人手不足はかなり解消できると思う。もしかしたら、売上げさえ伸ばせていれば、「経営幹部に睨まれる本社勤務より、お客さんに対しスマートに応対する店の方が楽しい」ってことになるかもしれない。もちろん、その先のキャリアパスが用意されての前提だが。

 柳井社長は敗訴した後、正社員化、残業手当の支給を進め、ブラックイメージの脱却をはかったと言われる。でも、店舗業務の効率化の方がコスト増大を抑え、生産性を向上させる点で好都合ではないだろうか。決め手は労働コストと物流コストを両天秤にかけたときに、どちらが利益を向上させるかだろうが。

 もちろん、ユニクロのことだから、兵隊や課長といった社員のコマ不足についても、次なる施策を考えていると思う。それがユニクロのユニクロたる所以だろう。しかし、業界にはこんな格言もある。「店では社長より店長の方が偉い」。だからこそ、現場叩き上げの人間がどんどん経営にも参画するようになってもらいたい。

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数値のみの事業実績。

2016-11-30 07:19:01 | Weblog
 地下鉄工事の陥没事故で、その危機対応に全国的な注目が集まった福岡市。このシーズンになると、市役所の各部局からは昨年度の予算執行(決算)の資料が発表される。かわいい区以来、メディア受けする派手な事業がお得意の高島宗一郎市政だが、経済観光文化局が所管する事業報告では、予算を生み出す魔法の言葉、「クリエイティブ」が踊る。

 過去2年の決算発表(http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/50945/1/26kessan-keizai-shiryo.pdf)(http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/55443/1/281014kkb1.pdf)を比べると、コンテンツを核とした国際ビジネスの振興におけるクリエイティブ関連産業の振興の決算総額は、平成26年度が1億9,526万円になのに対し、27年度は2億3,562万円と、20%以上増えている。



 中でも、事業名がそのまま取り組みとなるクリエイティブ関連産業の振興は、「ア:福岡ゲーム産業振興機構において人材育成事業等を実施」と、「イ:福岡アジアファッション拠点推進会議により事業展開」が柱。この2事業は決算総額のうち、平成26年度分が約3,373万円に対し、27年度は2,909万円と、こちらは14%程度削減されている。

 内容は両年ともほぼ同じで、アは福岡にゲーム関連企業の集積を促すためにゲーム産業振興機構を運営するインターンシップやコンテストだ。

 このコラムが注目するのは、イの福岡商工会議所が主体となって活動する福岡アジアファッション拠点推進会議による事業展開である。内容は福岡アジアコレクション(FACo)、ファッションウィーク福岡、人材育成(インターンシップ)、交流連携(セミナー)の4つになっている。福岡市はそうした事業に税金で資金を提供するかたちだ。

 実績は、「福岡アジアコレクション(FACo)」の入場者数が26年実績の7,546名に対し、27年度は7,571名。データを解釈すると横ばいというか、微増である。ただ、会場である国際センターのキャパ(通常の収容人員は1万人)があるを考えると、端から大幅増できないのはわかりきっている。

 ファッションウィーク福岡(FWF)は、平成27年からは一般の参加希望者・団体から様々な企画を公募し、「採用されたもの」や「協賛金を徴収するもの」に、セミナーなどを抱き合わせる内容となった。こちらは主催者企画が中心だった26年度実績(参加企業260店・社)を受けて、27年は目標を300店・社と設定し、一応は302店・社とクリアしている。


目標300で実績302の不思議?

 問題は実績数値の信憑性と効果である。 福岡アジアコレクションのような客寄せ興行は、チケットの販売枚数がはっきりカウントされるから、入場者数はほぼ集客力とイコールになる。ただ、それ以外の実績数値には、いろんな手が加えられていることも考えられ、鵜呑みにするわけにはいかない。

 注目するのは、今年3月に実施された ファッションウィーク福岡2016(事業年度は2015年)の参加者の実績数値である302店・社である。これについての具体名を福岡市の担当部局コンテンツ振興課に訊ねると、「福岡アジアファッション拠点推進会議が提出した資料から報告書にまとめた。一応、チェックはしたが、詳細は主催する福岡商工会議所の方で把握している」とのことだった。

 「福岡市では内容を精査し、確認していないのですか」と再度訊ねると、担当者は「参加店・社のリストのようなものは市では公開していない」「福岡商工会議所内にファッションウィークの事務局があり、そこが参加申込書を提出した店舗や企業を積み上げてカウントしたのではないか」「商工会議所でも具体的な店舗、企業名まで公開しないと思う」との回答だった。つまり、この302店・社がどんな店舗、企業なのかは、福岡市は把握していないし、詳細は全くわからないということだ。

 高島福岡市政下における経済観光文化局の事務事業は、「中小企業・小規模事業者向け」から「国際戦略特区関連」「国際ビジネス」「観光集客戦略」「文化芸術&文化財」までと膨大だ。それぞれの予算枠もあり、「事業案件の俎上に乗せる」=「予算をもらう」にもいろんな利害関係者の思惑が絡んでいると想像される。担当部局の決算報告書には細かなことまでは記載されず、市議会もいちいちメスを入れることはないようで、シャンシャンで決算報告は了承されていると言える。

 もっとも、ファッションウィーク福岡2016の公式サイトには、「参加ショップ」というページがあり、FWFが対象とするエリアごとに店舗名と住所、HPアドレスといった簡単な情報が掲載されている。これらすべてを合算しても、「139店舗」にしかならなかった。決算報告書にある推進会議が出したという参加店・企業数の302とは160以上もの開きがある。

 仮に公式サイトが広告枠扱いで、媒体料を支払わないと掲載されないなら、しかたない。しかし、税金を投入する公共事業でありながら、160もの参加店・社が実績報告の頭数だけにカウントされ、ほとんど「公に」告知されることがないのはいかがなものか。事務局がファッションウィークに参加申し込みをしただけで、実際には参加実態がなくてもファッションウィークに賛同したと看做し、合計に加えているとも考えられるからだ。

 行政の決算報告書のみでイベント事業の実績数値として上げるのは、どうなのか。目標が300店・社なの対し、実績が302店・社というのも、いかにも出来過ぎな数値と見受けられる。何より実際の事業効果については、疑念を抱かざるを得ない。サイト掲載の参加ショップだけを見ても、ファッションウィークがイメージする「糸へん」=衣料品店以外にもいろんな業種が参加している。純然たる衣料品店は、大手商業施設の14店を加えても、139店舗中「62店舗」と半分以下だ。

 百歩譲って、雑貨やアクセサリー、靴、美容関係を含めたにしても、72店舗にしかならない。それ以外はほとんどが「飲食店」である。商工会議所としては、カフェもバーもレストランもマクロ的にはファッションだとでも言いたいのだろうか。しかし、そうなら、キャッチコピーの「シゲ着テキ!」とは、大きくズレてしまう。まして、市の経済担当部局が外食産業と衣料品産業を一律に見るかと言えば、決してそんなことはしない。

 またファッションウィークでは、対象エリアが天神、博多駅とその周辺の大名、今泉、警固、薬院と設定されている。ところが、参加ショップには「その他」があり、例外的にエリア外の店舗情報も掲載されている。西区や東区、南区から参加した店舗があるが、対象エリアから距離的に相当離れている。中心部の行われたイベント効果なんてほとんどないに等しいだろう。実際にはどうだったのか。なんらかのメリットを享受できたのか。参加したショップの声さえ取り上げあげられていないのから、どうしようもない。

 この辺をみても、参加店・社の数値には何でもかんでも加えることで、数値をより大きく見せ、実績づくりの口実、予算の確保、事業の正当性のために利用されているとしか思えない。参加店・社が302もあるのだから、事業は成功したとでも言いたいのか。否、事業が成功していると見せるための302ではないのかと、思えてしまう。

 参加店の頭数だけ揃えて、「ファッションウィークにはこんなに参加してます」「盛り上がっています」「多くの人々の賛同を得ています」と、言うのはおかしい。では、参加店・社のレスポンスがどうなのか。資金を出してまで参加する企業のメリットは何なのか。客観的で詳細な指標を出さないと、事業の意義も正当性も説明できないと思う。

 まあ、福岡商工会議所が一人でも多くの若手経営者を「会員」に獲得したいから、業種を問わず名簿を取るために参加者を集めたい気持ちはわからないではない。ただ、まがりなりもファッションウィーク福岡とのタイトルがついている以上、まずメーンである衣料事業者と関連産業を優先しないと、経済団体としてのフォローにはならない。イベントは手段であっても目的ではない。参加者も事業をするために寄せ集められるのでは、何のための参加なのかわからなくなってしまう。

 ファッションウィーク福岡の目的というか大義は、「福岡に来て、買い物してもらう(食事も含まれるだろうが)」であり、だから税金が投入されたのではなかったのか。しかし、そこから年毎に参加型イベントの色合いを濃くして来ており、大部分の事業費を拠出する福岡市とすれば、効果は参加店・社数で推し量るしかない。であるからこそ、いつの間にかクリエイティブという言葉は形骸化し、参加型のイベントの様相を色濃くして、大義をベールに包もうとする主催者側の意図が見え隠れする。


客寄せ興行で旅行客誘致?

 コンテンツを核とする事業としては、他に「クリエイティブプロモーション福岡」という事業がある。「英国テックシティとのビジネス交流」と「福岡アジアコレクションの海外開催」に予算が使われている。こちらの予算内訳は平成26年度が約2,640万円で、27年度が約1,809万円と31.4%ほど削減されている。福岡アジアコレクションについては開催地が26年度がシンガポール、バンコク、プサンの3か所で来場者は約3,300名、27年度がバンコク、タイペイの2か所で同約3,800名となっている。

 TGCに代表されるこうした客寄せ興行の「ガールズコレクション」は、アジア各地で催されるようになり、今や珍しくも何ともない。コレクションのフォーマットは日本のメジャーなブランド(NB)の衣装を提供し、現地のモデルたちが纏ってランウェイショーを行うもの。福岡アジアコレクションの海外事業もほぼ同じで、福岡という冠が付くので地元ブランドを参加させなくてはいけないわけだが、4〜5社に過ぎない。それに福岡県が主導する合同展示会、セミナーが添えもの程度に行われている。

 そこで福岡市の知名度を上げ、「買い物に来てもらう」「海外展開の布石にする」という大義は果たせるかもしれないが、買い物が地元ブランドになるとは限らない。人気ブランドのNBでも間接的に小売り業界が潤うことになり、そのために税金を拠出することは吝かではないだろう。ただ、ファッション業態の海外展開はリスクが多大にあるし、集客効果という点でもこれも来場客数でしか示すことはできない。

 プロモーション福岡と言っても外国人旅行客の誘致なら、どちらかというと「観光・集客戦略の推進」という事業色の方が強い。だったら観光事業に組み込めばいいわけだが、そちらは項目がいっぱいだから、新たに事業を作らざるを得ないようである。

 それゆえ、プロモーション福岡に「クリエイティブ」という実態とはかけ離れた冠を付け、無理矢理事業化しているのではとも思えてくる。報告書の冒頭では、「民間主導」としか書かれていないが、福岡アジアコレクションをプロデュースするのはRKB毎日放送である。つまり、放送局の「事業」になっている。市の決算報告から類推すると、27年度も2,000万円弱が流れていると思われる。

 イベントそのものは、MBS大阪毎日放送が主催する神戸コレクションをそのまま完コピしたもの。海外で開催するショーイベントも神戸コレクションが先駆けで、RKBがそれをそのまま踏襲しているに過ぎない。どこがクリエイティブなのか理解に苦しむ。

 例年、福岡アジアファッション拠点推進会議は、例年7月末に「福岡ファッションフォーラム」を開催しており、ここで企画運営委員長が前年度の事業報告をちらっと行ってきた。それが今年は開催されていない。こちらはフォーラムといっても内容は「講演会」やセミナーだ。

 ファッションウィーク2016では、「グローバリゼーションとデジタル革命から読み解く~Fashion Business 創造する未来」の著者、尾原蓉子氏が講演したことを考えると、今年からフォーラムを中止し、ファッションウィークの方に合体させたということになる。フォーラムの予算も「交流連携(セミナー)」の方にスライドされたわけだ。セミナーでは例年、企画運営委員長による事業報告はなされていたが、今年はそれもない。事業とその効果の説明責任が曖昧なまま、年度は終わってしまう。


場所と資金を提供する利点は?

 すでにファッションウィーク福岡2017のサイト( http://fwf.jp/ )がアップされており、イベント協賛の公募が始まっている。参加概要は、以下のようになっている。





 これだけでは、企画の趣旨がわかりにくい。じっくり読むと、主催者側はイベントをしたい個人や法人、学校などの「コミュニティ」に対して、スペースを提供しなおかつ協賛金も出してくれる「奇特な方々」を募集しているようである。「ギャラは出ませんが、カネは出してほしいんです」というマネーの虎を彷彿させるような企画だ。まあ、集客やアクセスを考えると、そんな企画に応じられるのは、対象エリア内に立地する商業施設か、せいぜいオープンスペースをもっているところに限られると思う。

 問題はイベントを行うコミュニティ側だ。通常、ファッションアイテムなどを企画製造したり販売している企業なら、新商品のプロモーションや展示即売などにイベントを利用できる。スペースや資金を提供する商業施設も、商品のマーケティングや集客のカギとしてみることは可能だ。しかし、主催者側がいくら「オンリーワンコンテンツ」とお題目を唱えたところで、手作りの服やアクセサリーを作っている学生や個人になると、商品レベルはたかが知れている。スペース提供側へのリターンなどもゼロに近いと思われる。

 そもそもオンリーワンコンテンツになるものは、企画に企画を重ね何度も試作を繰り返し、テスト販売で市場の反応を見て、さらに作り直した末にでき上がるもの。「イベントがあるから作る」なんて簡単な考えでは、換価価値をもつ商品にはなり得ないし、売れる可能性すら探れない。

 コミュニティの参加料を無償にしているところをみると、おそらく趣旨は「ファッション専門学校で学ぶ学生、卒業生、個人のクリーターへのスペース提供とスポンサード」ということだろうが、それにしても企業側からすれば「基礎も出来ておらず、技術も見えない。むやみやたらに個性的な作品ばかりを打ち出されても、オンリーワンコンテンツなんかになるはずがない」というのが、3分程度のプレゼンでは見え透いてしまうと思う。

 また、スペースのみを提供するならまだしも、協賛金まで取られるのはどうなのか。もし、参加コミュニティの中で有力企業が登場し、「キラーコンテンツ」を提供するとなると、学生とのレベルの差は歴然だ。スペース&協賛金提供側とでコンテンツが取りあいになれば、くじ引きで決めるのか。その辺のリスクと15万円ものコストまで考えると、自社でイベントを仕掛けた方が良いのではないか。それでなくても、各商業施設とも商品が売れていないのだから、当然である。

 結局、参加コミュニティはイベントのステージを得たい専門学校や学生の団体などに落ち着くと思われる。スペースを提供する商業施設側がマッチングでどう判断するかだが、主催者側のバックには福岡商工会議所や福岡市が控えているわけで、それなりの「要請」が来ているのは想像に難くない。福岡には「どんたく」という恒例があり、行政からコミュニティや地域活性を大義にされると、商業施設側が首を横には振れないのも確かだ。

 ファッションウィーク福岡は「クリエイティブ関連産業の振興」事業として、福岡アジアコレクションやインターンシップ、セミナーと抱き合わせで福岡市から拠出される税金が1500万円程度(事業費の半額として)が使われている計算になる。純然たるファッションウィークにどれほどの金額が使われているかの記載は決算資料にはない。半分としても800万円程度だろう。

 昨年度の事業全体はファッションウィークの企画ごと丸投げされた代理店がHPやポスターなどを制作しているし、尾原のおばさまへの講演のギャラもある。インターンシップはあまり表に出ていないので経費はほとんどかかっていないだろう。残る福岡アジアコレクションにはそのまま800万円程度が流れ、クリエイティブ福岡プロモーションと合わせると、RKB毎日放送には黙っていてもまるまる2000万円弱が転がり込んでいる計算になる。確かに予算は削減されているが、これでは事業費の使われ方があまりに不公平、不透明と言わざるを得ない。

 高島福岡市政がクリエティブプロモーション福岡と位置づける福岡アジアコレクションの海外開催。今年も11月12日には台湾の台北で「福岡アジアコレクションタイペイインスタイル」が開催されている。高島宗一郎市長が現地でオープニングセレモニーに出席する予定だったどうかはわからないが、だったとしたら9日に発生した博多駅前の陥没事故でキャンセルせざるを得なかったと思う。

 高島市長は1期目の反省から、陥没事故復旧の模様を市民への市政アピールとばかりに定点観測してブログにも上げる念の入れようだ。しかし、市長の肝いりでも行われている数々の事業を見ると、とてもクリエイティブと言えるようなものではない。福岡市はクリエティブを標榜して、何をどうしたいのか、全く見えて来ない。それは市長の政策能力の限界を暗示する。クリエイティブという言葉は、むしろ利害関係者にとって「ほしい物」を事業化し、予算化してくれる打ち出の小槌になっている。

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歳をとるのは皆同じ。

2016-11-23 07:15:59 | Weblog
 年末が近づくと、今年の流行語が話題に上る。その年々の世相を表す言葉が選ばれるが、市場やトレンドにも関わることから、後々まで使われる言葉も少なくない。

 流行語ではないが1980年代から使われ始め、電通がプロジェクトチームまで作って研究を始めた「熟年」。今ではそれ自体が歳をとったのか、やや色褪せた感がある。人間はみな共通に歳をとるが、自分だけは少しでも若くありたいと考える。高齢社会と言われるからこそ、その範疇からはどこか外れたいとの思いがあるのだろう。

 ファッション業界では一時、熟年を「マチュア」と言い換えた記事も見かけた。小売り側がアソートメントを明確化した展開にしたいから、少しでも新鮮さを感じる言葉を使おうとしたのだろうが、定着したとは言えない。ここでも使い慣れたミセスやミドルの方がわかりやすいし、すんなり受け入れられたようである。

 ただ、百貨店経営者の中には、売上げ不振の対策としてエージで区切るのではなく、マインド編集にしていきたいと言う人もいた。でも、アパレル側が年齢軸で切った商品開発やMDを行っているのだから、全館セレクティングにでもしない限りと無理だと思った。やりたい気持ちはわからないでもないが、結局はブランドのハコばかりのフロア構成に変わりはない。案の定、現状は惨憺たる有り様だ。

 ところで、このところ安定していると言われたミセスでさえ、世界的に苦戦しているという。ファッションの本場欧州ではブランド品を買うのは若者ではなく、中高年と言われてきた。それが底堅い市場を作ってきたわけだが、その中高年も成熟したのか、それとも可処分所得が減ったのか。値ごろなSPAが台頭してきて、有名デザイナーとのコラボも人気を集めている。いずれにせよ高級ブランドやリッチ感を押すだけでは、厳しくなったのは間違いないようだ。

 世界中でファッションに投資して来た中高年が価格にシビアになり、百貨店や専門店では高額の商品がなかなか売れない。お金持ちであってもeBayやAmazonほか、いろんなサイトで賢い買い物をするようになっている。

 単に館を作り、フロアを区切り、エージで分け、価格設定したブランドを展開したところで、中高年が心ときめかすような商品でない限り、捉まえるのは容易ではないということだ。なおさら10年前の50代と今の50代では、明らかにライフステージも感性も嗜好も違うわけで、年齢やサイズのみを切り口にしたのではとても捉えきれないと思う。

 通常、レディスではキッズ、ティーンズ、ヤング、ヤングアダルト(ミッシー)、ミセス、ミドル、シニアと区切っている。マインドエージという区分もあり、キャリアやヤングミセス(コンサバ)といったカテゴリーも存在する。

 ただ、 女性は移り気だからと考えるからだろうか。一人の女性が1本のテイスト軸を一生貫くわけはないとの考えが支配的だ。でも、こうした分類で洋服を捉え、固定化された市場の中で販売効率を追いかけるから、服を買おうというお客の感性にフィットせず、捉まえきれないのではないのでないのだろうか。

 それでは厳しくなっているからこそ、狭いレンジでターゲットを狙うのではなく、ノンエージを切り口にするブランド開発にチャレンジしても良いのではないか。テイストや感度軸のみを固定して、子供から大人までを顧客にするブランドの開発である。かなり長いスパンになるが、子供とか大人とかと限定せずに「三つ子のセンス、死ぬまで」って感じで、顧客化を考えていいのではないかと思う。

 当然、サイズやパターンは各ゾーンで違うので調整が必要である。またアイテムや品番を絞り込み、生地や色柄、生産態勢を共通化して、テイストがブレないようにしなければならない。子供服ではベビーやトドラーはデザインでは特徴を出しにくく、ローティーンくらいから好みがはっきり出てくるので親とのコーディネートはカギになる。

 そうすることで、子供からブランドの世界観をすり込んでいく。ブランド側が子供からファッション感性を磨き、おしゃれ心を醸成していくのである。であれば、ずっと顧客として存続できる可能性は高いかもしれない。

 アパレルがエージでセグメントし、さらにメンズ、レディスでも分ける旧態依然とした手法が通用しなくなっているからこそ、誰もやらないことにチャレンジしなければ、この閉塞感は打破できないのではないかと思う。

 一例をあげると、ヴィヴィアン・ウエストウッドがそうだろう。デザイナー本人は1941年の生まれだから、すでに75歳を迎えている。70年代にセックスピストルズのプロデューサーマルコム・マクラーレンとブティックを創業する傍ら、自らパンクファッションの旗手として多大な影響を与えた。服を通じてトレンドに逆らい、モードへのアンチテーゼに、ファンは堪らなく刺激される。そうしたテイストをティーンの時にリアルタイムで経験し、今でも好む中高年は確実にいるから、ブランドは安定しているのだと思う。

 日本でいうならコムデ・ギャルソンだろうか。若い時に着ると、ずっと着続けたいと思わせる独特のテイストと質感。流行に左右されそうで、10年前のアイテムを着ても何の違和感もない。もちろん、素材にも縫製にも職人の技が生きづいている。シャツステッチ一つをとっても、運針は3cmで24針ほどかけるなど、コストダウンが当たり前の今でも創業時からの縫製思想は揺るがない。モードを超えたところにあるもの作りに、50代になろうがファンは惹き付けられるのだ。

 今年の夏、とある食品スーパーで鮮魚を選んでいる中高年の夫婦を見かけた。旦那さんはよく見かけるチェックのシャツにジーンズ姿だったが、調理を待つ奥さんは白地にPLAYのハートが大胆に配置されたTシャツを着ていた。出立ちの雰囲気を見ると、50歳を過ぎてファンになったとは思えない。逆に言えば、それだけブレないファンが確実にいるということである。

 「ヒステリックグラマー」もその領域に達している。1980年代半ばに原宿で産声を上げ、ワークやミリタリーがベースで、ロックやアート、ポルノグラフィティなどのカルチャーからもインスパイアされている。そのため、デビュー当時から惹かれ続ける40代、50代のファンは少なくないと思う。

 こちらも素材や縫製、加工には力が入っており、大人になるほど着心地や風合いに関心がいく顧客心理も見事に捉えている。デビュー当時に発表されたジャケットなんかはヴィンテージもので、大人が着た方がしっくりくるはずだ。ファッションには若さもキーワードと言われるが、若者だからロックを好むわけではない。若々しいロックテイストは50〜60代のミドルこそ、度・ストライクなのである。

 そう考えると、日本にはまだまだ1本のテイスト軸を貫くライフタイムブランドが少ないと思う。経営陣は口を開けば、「顧客の高齢化」を口にし、ブランドの再編や活性化に動き出す。しかし、結果的に中途半端なデザインで終わってしまい、世界観が固まったブランドはほとんどない。そんな紋切り型の商品ばかりが並ぶ売場は、少しも魅力を感じないのである。

 人は皆歳をとる。であるからこそ、ずっと着続けられるようなブランドがあってもいいのではないか。メンズではアメカジが老弱で着られるテイストだが、彼女や奥さんもアメカジ好きでないと、カップリングでは男の方がどこか間抜けに見える。この先のシーズンで良く見かけるシーンがそうだ。ギフト用のジュエリーを見るカップルのスタイリングが男女不釣り合いなのは、傍から見えても興ざめする。

 その意味では「ライフウエア」を標榜するユニクロは、メンズ、レディス、キッズをもち、テイストはベーシックで今や完全に老弱男女を捕捉している。レディスやキッズのアイテムでは流行を追うものもあるが、テイストが極端にブレることはない。

 ファッションの玄人、専門家が絶賛するユニクロUは、細部にわたってきめ細やかな仕様になっているようで、商品の普遍性と不変のブランド価値を同時に浸透させていくとの思いを窺えさせる。まだ子供服は登場していない。でも、利益度外視で売っていくとの考えなら、子供たちに受けるかは別に服づくりの良さを啓蒙していくためデビューさせても面白いのではないか。

 人は必ず歳をとる。であるからこそ、50代、60代は若々しく、20代はクールに、30代は年一度のご褒美で、さらに子供たちは良い服への入門編として、ずっと着ていけるようにする。そんなブランドがもう少し増えてもいいのではないかと思う。

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値下げ=競争力か。

2016-11-16 07:26:09 | Weblog
 今やライフスタイルブランドとしての地位を確立した無印良品。それが現在、米国ウォルマート傘下のスーパー、西友の「PB(プライベートブランド)だったと知る人」は、少ないと思う。

 1970年代、ダサ池袋のラーメンデパートと言われた西武百貨店がその知名度とブランド力を上げるために多角化を推進。生活文化産業に深く入り込んでいく中で、関連会社の西友に下された「PBにも力を入れろ」のもとで生まれたのが無印良品だ。

 しかも、77年の開発元年、メーンで企画を託されたのは西友のバイヤーでもなければ、商社の調達担当者でもない。西武セゾングループの広告戦略を一手に担っていたグラフィックデザイナーの故・田中一光、そして、商品デビューのコピー「わけあって安い」を書いた小池一子である。

 当時、スーパー、量販店は関東圏にイトーヨーカドー、全国区ではダイエーが勢力を拡大しており、各社ともPBに力を入れていた。西武セゾングループとしても、それを承知の上で開発に乗り出したわけだ。そのため、従来にない発想の商品を作ろうと、田中一光や小池一子といった気鋭のクリエーターに白羽の矢を立てたのである。

 と言っても、彼らは所詮、「針を棒に見せる」広告屋に過ぎない。携わるのはロゴマークを作り、商品タイトルのタイプフェイスを整え、「ほんとうに、おしゃれだ」「愛は飾らない」などといったキャッチコピーにイラスト、写真を付けた新聞広告の制作くらいだ。当時、商品を取り巻く条件について改めて振り返ると、原材料や製法、製造委託先、コストや利益、パッケージ、物流、そして価格やクオリティといったPBの必要条件は、後回しにされていたような気がする。発売された「味噌」や「醤油」を料理に使い、「インスタントラーメン」を食べてみたが、NBを超えるほどのレベルではなかったからだ。

 ただ、広告の力とは恐ろしいもので、無印良品は西武セゾングループのクリエイティブ戦略に乗って、ブランド力という絶対条件を先につけ、マーケットに浸透していったのも事実である。商品のレベルアップはファッションや文具への進出を契機に、後から注力されていったように思う。

 ちょうど85年頃、時はDCブランドの全盛期。無印良品の衣料品はDCのデイリーカジュアルを補完するような企画で、ファッションマーケットの中で少しずつポジションを確立していた。そう思うのは、店舗で会った知り合いの女性がみなファッション業界の人間だったからだ。彼女たちの多くがシンプルなデザインで、自然素材の風合いをもつ無印良品をDCブランドの廉価版のように感じて購入していたのだと思う。

 ブランド力をつけ商品開発力を高めた無印良品は、89年に西友の100%子会社ながら(株)良品計画として独立。これ以降、バブル崩壊で西武セゾングループが凋落する一方、良品計画は独自の路線を突き進む。決してデフレの影響から求められたのではなく、ブランドが放つナチュラルでラフな生活提案、ボリュームゾーンをキープした価格帯が、肩肘張らない生き方を模索し始めたファミリーやOLに受け入れられたのだ。

 さらに郊外ショッピングセンターの開発も追い風になり、日用雑貨や化粧品、食材や食品、旅行グッズ、家具やインテリア小物までに広がるMDは、デベロッパーにとっても集客のカギになると判断され、キーテナントの定番になっていった。店舗は国内に留まらず、欧州、米国、アジアにも進出。現在、「MUJI」ブランドはグローバルSPAとしての地位を築いたと言っても良いだろう。

 先日、その良品計画が「来年1月から順次、商品の約300点を価格改定する」ことを発表した。対象となるのは衣服や雑貨、食品などで、レディスのTシャツが1,500円から990円、チノパンが3,980円から2,990円、羽毛掛け布団シングルが2万4,000円から1万9,900円に値下げされる。値引率は商品によっても違うが、だいたい3割程度は下げられるようだ。

 同社ではこれまで手頃な価格の日用品を「ずっと良い値。」、高価格帯で素材やディテールを重視する「こだわりたいね」の2面戦略で商品を企画してきた。来年の春夏からはこの区分をなくして、各商品にあった適正な価格設定にシフトするという。

 無印良品が誕生して40年近く、筆者は誕生からその盛衰を見て来た。同時にファッションからステーショナリー、食材や食品、雑貨まで数々の商品を購入した。特に衣料品では虚飾を排したシンプルなパターン、ロゴマークが一切入らないデザイン、自然素材をふんだんに取り入れた質感が気に入って、まとめ買いすることが多かった。

 ところが、2000年以降、衣料品についてはパタッと買わなくなった。個々のアイテムがそれまでに比べてデザインは大味になり、パターンはよりフラットで、質感も低下したように見受けられ、商品に魅力を感じなくなったからだ。一時、デザイン監修にはヨウジヤマモトの事務所やデザイナーの深澤直人も参画したと言われるが、昨今の商品企画にはそうした手練たちの感性やエッセンスが十分に発揮されているとは思えない。多店舗化で都心、郊外と購入の利便性は増す一方、クオリティはボリュームラインより下がってしまったように感じる。

 今回の値下げについて良品計画としては、キラーコンテンツとの競争から、価格勝負は避けられないとの判断があったのかもしれない。しかし、確固としたブランド力をもつ無印良品がこれ以上、価格を下げる必要があるのだろうか。むしろ、筆者は衣料品については価格は据え置きのままで、1段階いや2段階ほどクオリティを上げる方が良いのではないかと思う。それは実質的に値下げと一緒のことである。

 無印良品の顧客は30代から60代と幅広い。中心は40代から50代のミドルエイジだろうか。確かにこの層は可処分所得が下がり、生活は決して楽ではないが、ファッションを見つめる目はとても肥えている。今の価格のままでクオリティを上げた方が彼らの感性にはよりフィットするのではないかと思う。

 もっとも、価格を下げるには条件が伴う。一番は原価率の圧縮だろう。原材料や製造においてコストを下げてしまうと、今以上に素材の品質低下や縫製レベルの劣化を招くのかもしれない。だから、コストダウンは顧客の離反を招くリスクを伴う。

 もちろん、世界的な景気の低迷で、中国などの資材メーカーでは原材料がダブつき、在庫を捌くため、材料を値下げするので買ってほしいと良品計画に打診があったことも想像される。ただ、無印良品は広告では盛んに原料訴求をしているものの、そもそもそれほどクオリティの高い素材ではない。現状の原材料で商品化しているだけでは、売場に並んぶものが最高限度だろうし、これ以上クオリティが上がるとは思えない。

 いま、アパレル業界は原価率が30%を切り、生地代はだいたい5%程度まで下がっていると言われる。そこまで下がると、「おもちゃのような品質の商品になってしまう」との指摘もある。無印良品の生地代がそこまで低いとは思わないが、あの価格帯は百貨店アパレルのように返品や派遣販売員の経費がかからず、色柄や型の絞り込みなどで中間コストがカットされるから実現できている面もあるだろう。ならばこそ、現状の価格帯でクオリティを上げた方が競争力をもつとの考え方もあるはずだ。

 第一、価格を下げてしまうと、昨対同等の売上げを維持するには、購入客数や購買点数を増やさないといけない。良品計画としてはブランド力があるのだから、値下げをすれば購入客は増やせるとの読みなのだろうが、今のクオリティならいくら安いとは言え、購買点数が増えるとは思えない。今のお客は必要でないものは、安くても買わないからだ。つまり、購入客数が伸びなければ、売上げは下がってしまう。

 それでなくても、良品計画が発表したレディスのTシャツ990円、チノパン2,990円、羽毛掛け布団シングルが1万9,900円といった価格帯には、強豪がひしめき合っている。ユニクロやニトリはこのクラスのプライスリーダーだし、品揃えの奥行きも無印良品をはるかに超えている。

 一方、価格を下げれば、無印良品がこれまで狙え切れていなかった20代前半の若者を捕捉できるとの狙いもあるだろう。しかし、こちらをターゲットにする業態にもジーユーを始め、国内外のファストファッションがずらりと並んでいる。20代前半の若者は高いコーディネートセンスをもっており、バジェットラインのチープなファッションでも上手に着こなす。

 彼らはデザインさえ気に入れば、クオリティはそれほど気にしない。小池一子がいくら広告のディレクションに注力したところで、現状の無印良品が放つ素材、色柄、デザインがどれほど若者の感性にフィットするかは懐疑的だ。多分、Tシャツが1000円だろうと、チノパンが2000円だろうと、そもそもの無印良品に若者がそれほど心が惹かれることはないと思う。

 値下げのニュースとほぼ並行して、衣料品カテゴリーのMUJI Laboでは、2017年春夏シーズンから新しいディレクターの起用も発表された。MUJI Laboはマーガレットハウエルを運営するアングローバル社との共同開発で12年に生まれた新ラインである。だが、価格帯はデザイナーブランド級なのに対し、感度面は今イチでそれほど惹き付けられるものがなかった。マーガレットハウエルのようなテイストは、デザイナー名がついてこそ、お客は買う気になるのではないかと思う。

 良品計画としてもそれは感じていたのではないか。だから、「N.HOOLYWOOD」の尾花大輔と「タロウ ホリウチ」の堀内太郎をディレクター起用することで、カテゴリーのデザイン、感度において多少の特徴を出す狙いと思われる。無印良品というブランドの世界観から大きく外れることなく、どこまで新しさを醸し出すことができるのか、期待を込めて見ていきたい。

 アパレル不振が表すように今の市場には50代が満足できるような商品がほとんどない。この年代は無印良品のデビューから現在までを知る客層ともリンクする。筆者の周辺でも無印良品に期待する声は少なくない。その多くがクオリティのアップに望んでいるだけに価格訴求のみの戦略では納得できないはずだ。もし、今よりクオリティが下がるようなことがあれば、裏切られた思いになるのではないだろうか。

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需要や気候は読めないか。

2016-11-09 07:17:46 | Weblog
 11月も半ばにさしかかった。九州博多でも朝夕は冷え込む日もあるが、日中に陽が射すとまだまだコートなんか必要ない。今月中に何とか寒くなってくれれば、冬物を買い込もうという気分にもなるのだが、果たして期待通りにいくのかどうか。

 季節はさておき、11月も半ばとなれば、冬物の実売期であるはず?だ。小売店にとっては、立ち上がりで提案したアイテムにバリエーションを付け、ボリューム展開する頃合いでもある。お客さんの購買動向は単品買いが主流で、このシーズンには顕著になる。立ち上がりから売れて完売近いアイテムに見切りをつけるか、それともフォローが利くならバーゲンまで引っ張るか、勘どころ、見極めが重要になる。

 アパレルのMDバランスは、昔も今もそれほど変わりないと思う。基本的に「提案する部分」(企画デザイン重視、見せる商品)、「売上げを取る部分」(売れ筋、トレンド商品)、「稼ぐ部分」(ベーシック、定番商品)で構成される。

 かつてはざっくり言って提案する部分は「少なめ」、売上げを取る部分は「適量」、稼ぐ部分は「やや多め」に生産し、一定の在庫を抱えていた。実売期に入り、トレンドや定番の商品が売れ始めると、販売力をもつ小売店に対して「売上げを取る」や「稼ぐ」目的で生産した商品ついて「下代を下げてでも、引き取ってもらう」よう営業をかけていた。

 当然、バイヤーさんも店頭の状況を見ながら売れると踏めば、立ち上がりより荒利が取れるので、フォローをかけてくれた。しかし、中には提案する商品は次々と追っかけるが、売上げを取る部分は売り切りで留め、稼ぐ部分はほとんど扱わない人もいた。ビジネスの基本すら教科書通りではつまらない。そんなことをやっていたら他店と同質化してしまうからだ。そんなバイヤーは社内会議で経営陣と対立することもあったようだが、我々からするとすごく頼もしく思えたのも事実である。

 クリエーションを創り出すアパレル、とくにマンション・専門店系メーカーである以上、マーケットの実需傾向とは正反対のゾーンを攻めることを意識していた。無地が売れるなら、良い柄や組織の生地を徹底して使い、世の中がコンサバ路線一色でもエッジの利いた商品を仕掛ける。意外だが、そんな商品は個店のバイヤーには受けがよく、展示会だけで完売したことがある。

 バイヤーさんは自店のお得意さんをよく知っているから、展示会で売れると踏んで付けてくれた。もちろん、店頭では売れ残ることはなく、ほとんどプロパーで完売していた。ボリュームになる商品なんて手掛けたくない企画側の思いは、販売力をつけ顧客を育てていくバイヤーさんの狙いの裏返しでもあったと言える。

 生産、仕入れ、販売がそれぞれ状況に応じ、最高のパフォーマンスを目指していたから、当たる時はウィンウィンの関係、外れる時もリスク分散(実際には小売店の方が優遇されるケースが多いのだが)する方向で考えることも、できたのだろう。

 ところで、先日、ユナイテッドアローズが2017年3月期の第2四半期決算を発表した。(http://www.united-arrows.co.jp/uploads/_archives/ir/pdf/kessan_2903_2.pdf)こちらはセレクトショップと言っても、完全小売りからSPA化しているので、仕入れ(調達)から自社で責任を負わなければならない。決算書によると、全体売上げは前年同期比99.9%とほぼ横ばい。ただ、小売り部門は同96.2%とダウンしており、その分をネット通販の22.6%増がカバーした格好だ。

 同社では売上げ計画が未達となった背景について、「天候不順などに対し、MD進行に柔軟性が足りなかった」「ファッショントレンドの変化が小幅な中、新たな提案が不足した」などと分析。その上で「例年以上に天候、消費マインドなどのマイナス要因があったものの、それらに対し柔軟な対応ができなかったこと=内部要因」と、総括している。

 当然、投資家やメディアの追及が想定されることから、対策もきちんと示している。「初回投入の抑制、期中でのより柔軟な修正を実施する」「売れ筋の追加投入の強化とともに、スローセラーの可能性のある商品は早期に生産抑制も検討する」というもの。つまり、シーズンはじめの商品投入について、何が売れるかつかめないので、出来る限り抑えるということか。

 ユナイテッドアローズはSPA化で規模が拡大した分、でき上がった商品から「セレクト」して「チョイス」するわけにはいかない。商品の開発・調達は自社でできるが、あらかじめ計画した型、バリエーションで発注することになる。しかし、決算が物語るようにSPA化でMDが硬直化しており、初期投入した商品が売れずに期中まで持ち越したりしてしまっているのだ。だから、期初に投入する商品をセーブし、売れ筋やトレンドを見極めながら、売れるものを追加投入する手法に変えていくのだろう。

 GLR(グリーンレーベルリラクシング)は、上期の既存店売上げが前期比105.1%と計画をクリアしている。8シーズンMDの進化、シューズやバッグなどシーズン端境期の対応が奏功したことで、これを他の部門に活用するという。

 ただ、期中でトレンドや売れ筋に手応えを感じてから追加生産するとなると、納期はどうなのか。結局、 他社も同じことをするのは容易に想像できる。実需ばかりに頼る手法ではかえって同質化を招くのではないか。結局、工場に生産が集中し、納期遅れやデリバリー遅延でかえってロスが生じ、数字が上げられないというリスクもはらむ。

 一例を挙げてみよう。3年ほど前からマーケットに出回っているコートがある。本物をアレンジし、「チェスターコート」という名前で販売されているものだ。アパレル業界では冬場に数字を取るため「ウールコートを売りたい願望」は、何年たっても失せていない。しかし、暖冬、モータリゼーションの発達、カジュアル化により、オーバーコートを捨て、生地自体を薄くしたり、ショート丈にしてみたり、ダウンジャケットに変えたりして何とか需要を生み出して来た。その行きついた先がジャケット代わりに1枚もので着られるというチェスターコートだったと思う。

 それも昨年くらいがトレンドで、今年は完全にボリューム化している。各ブランドともデザイン、素材とも似通ってきており、差別化されなくなっている。店頭のフェイスをどかっとチェスターコートが占め、修正して点や新たな提案などは見られない。結局、今年の実需は、企画が秀逸で価格の安い欧米のファストファッションに流れているのかもしれない。

 1枚もののコートは若者なら、それだけ着ればいい。しかし、都心に電車で通い、寒風吹き荒むホームにたつビジネスマンやOLはそうはいかない。オフィスに着いてコートを脱ぐことを考えれば、ジャケット着用は欠かせない。そうなるとコートを少し大きくしなければならず、デザイン的には1枚もので着るには野暮ったく感じる。細身がトレンドの昨今はなおさらだ。日本人はパリジェンヌのようなセンスも着こなしもできないから、コート企画は非常に難しい。

 ユナイテッドアローズとGLRは、今年もともにチェスターコートを投入している。10月下旬は暖かかったせいか、店頭の動きは鈍いように感じた。ただ、ヤングがターゲットのB&YではWEB限定の2万円台で完売の色がある一方、GLRはメーン対象が30代になるため、ビジネスマン、特にメンズでは1枚もののコートはヤングと同じようには動かないようだ。着用機会が減るカジュアルシーンなら、もっと安いファストファッションがいくらもあるから、それで十分だろう。その辺も動きが鈍い条件かもしれない。

 MDにおいて売上げを取る商品、さらに稼ぐ商品となれば、実需ニーズに左右される。となると、ユナイテッドアローズのような決算、政策の修正を余儀なくされてしまう。UAくらいの規模になれば、提案する商品を次々と追っかけ、売上げを取る部分は売り切り、稼ぐ部分は扱わないことなどできない。しかし、新たな提案もなく、期中の修正もされないことで、この冬のコート売上げが不振の場合、3月決算はどうなるか。上期と同じような反省点になるのではとの心配もよぎる。

 ファッションアイテムがトレンド、さらにボリューム化するのは必至だ。また、天候に売れ上げが左右されることも仕方ない。だからこそ、あらかじめニーズは2年程度のスパンで終焉する(3年目はボリューム)と想定できるだろうし、季節もこれ以上の厳冬にはなり得ないを前提にしてもいいのではないか。

 あまりに稼ぐ商品に注力し過ぎる結果、売りきれずにバーゲン処理せざるをえない。だから、売れ筋を追加投入する政策にシフトする。いい加減にこうした紋切り型のMD政策から、脱却するところが出てきてもいいのではないか。まあ、それを十分に理解しているUAでさえ、アナザーエディション渋谷店の退店は、むしろ逆の意味で深刻さの前触れなのか。

 もっとも、9月〜3月を下期にする企業では、年明けの天候不順を想定した上で、スプリングコート予約販売、春色冬素材、梅春物の企画充実などの仕掛けも必要だと思う。端境期はバッグや靴が売れるというのも、業界神話に成り下がっている。お客さんは提案される商品を待っているのだし、それでマーケットは引っ張られていくのではないか。

 ファッションビジネスは感性ではなく、サイエンスだと言う人もいるくらいだ。ならば、どこかが需要や気候に対する定説を科学的に導き出し、それにそった企画や商品投入に踏み切り、マーケットをリードしていかなければならないのではないかと思う。

 科学的とは言えないが、個店レベルでは確実に売れるという意味での実需、暖冬傾向を想定しながら、提案する商品を追っかけているショップはある。今年の冬バーゲン明け、陽射しが日に日に明るくなっていた日、とあるレディスセレクトショップでは、「オフホワイト」で「98,000円」の「レザージャケット」が投入直後に完売した。そこまで露出はしていないから、目立たないだけだ。大手でもどこかが引っ張っていけば、少しは店頭が品揃えが変わるのではないかと思う。

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答えなき脱・百貨店。

2016-11-02 07:28:51 | Weblog
 Jフロントリテイリングが森ビルなどと共同開発する松坂屋銀座跡地の再開発事業。このほどその詳細が発表された。プロジェクト概要はオフィスと商業施設が一体化した複合ビルということだが、商業機能は百貨店ではなく、SC/ショッピングセンター(ファッションビルという正式な業態名はない)という形をとることになった。

 施設名は銀座6丁目にちなんで「GINZA SIX」と付けられ、241のテナントがリーシングされる。松坂屋は激戦区銀座における百貨店運営の厳しさから、これまでにもForever21やラオックスといったテナントを誘致し、何とか凌いできた。その到達目標が「脱・百貨店」と言えばカッコ良くも聞こえるが、本店以外は成り立たなくなっている業態を脱したところに何があるのか。明確な答えを見いだしたとは思えない。

 なぜかと言えば、銀座は日本の一等地というだけでなく、消費が最も成熟した東京の中心だからである。脱百貨店と言っても、それは委託販売、消化仕入れといった契約形態から、定期借家契約を含めたテナント誘致による歩率家賃収入に変わっただけ。自主運営の売場を充実させたわけでも、 新たな需要を喚起するオリジナル商品を企画するわけでもない。リーシングされるテナントの顔ぶれを見る限りでは、すでにあるブランドばかりで、手当り次第に集めた感は否めない。これらが成熟した日本のマーケットを活性化し、新たな市場を掘り起こせるかについては、疑問符を付けざるを得ないのである。

 では、具体的に見ていこう。まず銀座の中央通りに面して2から5層にわたって海外のラグジュアリーブランドが配置される。一応、各ブランドは「旗艦店」という形が取られ、売場面積は百貨店よりは幾分かは割かれるようである。しかし、たとえ旗艦店であっても、ビルインである以上、百貨店のインショップと大して変わらない。どこまでブランドの世界観を訴えることができるかである。

 銀座は並木通りのサンモトヤマを皮切りにルイ・ヴィトンが店舗を構えるなど、徐々にブランドストリート化した経緯がある。その傾向はグッチやシャネル、カルティエなどの進出で、中央通り、晴海通りまで広がった。90年代に入り、バブルが崩壊した後も、ラグジュアリーブランドは業績不振で閉鎖や移転した金融機関の跡地に路面出店。代表格と言えば、96年に中央通りに出店したティファニーと、2001年に晴海通りにオープンしたエルメスだろう。

 この頃からラグジュアリーブランドはファッションコングロマリットに変貌し、革製品や宝飾品に留まることなく、プレタポルテやアクセサリーまで手掛けるようになった。なおかつ株式上場で調達した莫大な資金を背景にしてそのロイヤルティとイメージを浸透させるため、世界中の一等地での旗艦店展開を加速化した。ブランド消費大国の日本でも銀座を始め、表参道や青山、心斎橋がその候補地になったのは言うまでもない。

 一方、旗艦店の展開にはもう一つ理由があった。それは販売効率の問題だ。通常の百貨店インショップでは売場面積が限られ、どうしても商品点数は絞り込まざるを得ない。しかし、お客が本国の旗艦店で見た商品を望んだ時、「当店では扱っておりません」では、みすみす売り逃すことになる。客注に対応する場合でも物流コストがかかり、その分の粗利益が下がってしまう。百貨店展開では非常に効率が悪くなってきたのである。

 ラグジュアリーブランドが上場企業である以上、短期に収益を上げなくては投資家は黙っていない。百貨店テナントでちまちま商品を売るよりも、都心の旗艦店にフルアイテムでラインナップし、抜群な集客力にかけた方が効率はいい。経営者ならそう判断するはずだ。現にエルメスは銀座に出店し、売上げが格段に伸びたと言われている。

 だからこそ、Jフロントリテイリングとしては受け皿として少しでも旗艦店の様相を整えたかったのではないか。 ハード面で中央通りに面した全長約115メートルに6ブランドを2〜5層のメゾネット型にしたのも、その狙いと思われる。

 ただ、そこに出店するブランドはディオール、セリーヌ、サンローラン、 ヴァン クリーフ&アーペル、 ヴァレンティノ、 フェンディ。ディオールは「ザ ハウス オブ ディオール」は世界最大級というから旗艦店の面目は保てるだろうが、ブランドそのものは他を含め目新しくはない。特に日本ではラグジュアリーブランドを好む客層は、それぞれ御用達がある。回遊して気に入ったものがあれば購入するということにはならないだろう。

 現在、ラグジュアリーブランドが置かれる立場はビジネス優先だ。短期に利益を追求し続けるには量産と拡販のサイクルが不可欠で、創業の精神やクオリティの追求は希薄になっている。いくら資本力をもつ上場企業と言えど、利益の追求と価値やクオリティの維持は両立しない。GINZA SIXに並ぶブランドは、そうした矛盾を抱えているのだ。当然、成熟した顧客はそれには気づいているはずだが、Jフロントリテイリングがこうした課題をどこまで想定しているかである。

 一方、晴海側の1〜2階にはジュエリーや時計、バッグ、靴を主体として、ロレックスやシチズン、ディスコード・ヨウジヤマモト、アニヤ・ハインドマーチ、マノロ・ブラニクなどを集積。3〜5階にウエアをもつアレキサンダー・マックイーン、 3.1フィリップ リム、 アンダーカバーなどクリエーター系、 ビームスハウスウィメン、ドレステリアといったセレクト、エイケイエム、アタッチメントなどのストリート&モード系と、こちらにも国内外のブランドがてんこ盛りされる。



 「ここに来ればラグジュアリーだけでなく、インターナショナルなクリエーターからストリートまでのブランドはすべて手に入りますよ」との思いは感じるが、ここでも成熟した日本人をどこまで惹き付けられるかは懐疑的だ。銀座でコムデギャルソンが売れているのだから、「アタッチメント」や「Nハリウッド」も買いに来てもらえる。果たして本当にそうなのだろうか。GINZA SIXの正面に立つユニクロ銀座店の裏手にはドーバーストリートマーケットがある。ここではレギュラー店にない商品を扱い、コムデギャルソンがキュレーターとなって他ブランドもセレクティングしている。だから、集客力をもつのだ。

 各ブランドの新業態がレギュラー店にはない限定商品を扱うどうかは、現時点ではわからない。ただ、施設面積約4万7,000平方メートルだが、店舗中央部は1階から5階が吹き抜けで中空状態。それ以外には240以上の店舗を詰め込むのだから、1店舗あたりの面積やMDには自ずと限界があると思う。第一、地方の若者が自分が好きな「ジュンハシモト」や「エイケイエム」をわざわざ銀座まで買いに行くだろうか。その分の旅費があれば購入費にまわし、通販サイトで買うはずである。

 確かに委託販売、消化仕入れを止め、テナント誘致による歩率収入に切り替えたことは、脱百貨店に違いない。ただ、海外を主体にブランドを集めるだけ集めただけで、それが百貨店を脱した最良の業態という答えかは、現時点では何とも言えない。でも、本当に国内外の高級ブランドが売れるのなら、百貨店はそれほど苦戦はしていないはずだ。高コスト構造の百貨店から脱したと言っても、賃貸借契約は利幅がそれほど厚くないから、百貨店より収益が好転する保証もない。その意味で脱百貨店は言う易しだが、やるは難しなのである。

 日本の消費者は確実に成熟しているし、商品を通じてもラグジュアリーブランドの利益追求と品質低下を感じとっていると思う。それゆえ、GINZA SIXは計画時点では成熟した日本人より、ブランド消費に旺盛で購買力をもつ中国人旅行客に照準を当てていたような気がしてならない。経営陣としての誤算は、こうも早くインバウンド消費が減退したことではないのか。

 長年、百貨店経営に与して来たアパレルメーカーは業績不振のどん底にある。Jフロントリテイリングはその責任は自分たちにはないかのように、GINZA SIXではジョゼフ、ポール・スミス、ドレステリアのみ残し、他の百貨店系アパレルはバッサリ切っている。それも脱百貨店と言えばそうなのだが、小売業にとってブランド頼みは諸刃の剣であり、必ず功罪がある。それがかえって脱百貨店の答えを見えにくくするかもしれない。

 どちらにしても、日本でいちばん成熟度が高い銀座だからこそ、マーケットは劇的なスピードで変化していく。MDに完成型などなく、二の手、三の手を考えておかなければならない。百貨店の他にパルコくらいしか持たないJフロントリテイリングに、はたしてそれが出来るかどうかである。

 筆者にとっての銀座は小学生の時に初めて訪れ、大人になるにつれてだんだん好きになった街だ。松屋銀座地下のベーカリーは御用達だったし、伊東屋の会員は継続し、今年もイタリア製のダイアリーを注文した。福岡に住む現在も、年数回の出張では必ず訪れ、街の変化を見届けている。

 GINZA SIXが開業すれば、ディオールの売場で接客を受けながら、窓越しにはユニクロのロゴマークと兵馬俑ばりのマネキンが見えるシーンも想起される。もはやともに消費されるのが目的のブランドで、銀座で買い物する感動は呼び起こさない。それが本当に理想的なことなのだろうか。老舗が集まる銀座だからこそ、収益よりもじっくり高品質なもの作りに向き合う。お客はそうした商品に出会えるからこそ、なんとなく行きたくなる街になる。そんな大人を裏切らない街、銀座であってほしいのだが。
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人を動かす言葉。

2016-10-26 07:22:35 | Weblog
 モードの世界は、十数年周期で流行が繰り返す。素材やデザイン、ディテールなどの専門用語はその度に用いられるが、トレンドを表現するには目新しさを感じない。そこでデザイナーはもちろん、組合や団体、企業は、「鮮度を感じさせる言葉」を採用していく。

 トレンドはオンシーズンの2年前にカラーが決まり、1年前に素材が作られ、半年前にデザインが決まるという流れで来ていた。欧州の16-17秋冬コレクショントレンドでは、「マスキュリン」「80’s」「デコントラクテ」が発信されたが、それが日本のマーケットでそのまま商品化され、流行しているかといえば、それほどでもない。

 一部のブランドが非構築で開放的な意味を込め、太めにシフトしている。ただ、従来からワイドを貫くブランドもあるわけで、それが目に見えるようなトレンド変化とは思えない。多くが変えた時の反動を危惧しているようで、トップスやボトムの一部で多少シルエットを変えているくらい留まっている。

 最近ではコレクションショーと同時に商品が購入できるなど、業界慣習を打破するような画期的なシステムが登場している。ビジネスは常に形を生み出さなくてはならないし、それを広く発信して、浸透させるにはなおさら「言葉の力」は重要になる。ただ、言葉として浸透し定着するまでには、具体的なデザインが市場で露出しないと、マスメディアもなかなか取り上げてはくれない。

 ビジネスは経済性をばかりでなく、社会に与して多くの賛同を得ることも重要だ。10年ほど前に発信された「ロハス」という言葉。これは消費ばかりに気を取られるのではなく、健康や地球環境も意識した高いライフスタイルを目指そうする点に着眼したものだ。この「ス」が意味する「サスティナビリティ(持続可能性)」も、真意が理解されているかは別にして、ビジネス面ではだいぶ浸透したようにと思う。

 一方、「インバウンド」のように経営者サイドは期待を込めて使っているものの、今年に入ると実需は失速してしてしまい、言葉そのものの終焉を感じてしまうものある。

 夏ぐらいからチラホラ取り上げられている新語が「エシカル/ethical(倫理的の)」だ。ファッションビジネスはどうしても効率を追う。それは原料の生産現場にまで及び、できるだけ生産性を高めようとする。天然素材は自然環境の変化に左右されがちだが、ビジネスはそれによる生産性の低下を許さない。

 結果、大量の殺虫剤が使われることで、生産者の人体に影響が出ていると言われる。また、生産にかかるコストを出来る限り削減するため、途上国における賃金が抑えられ、労働環境の低下を招いているとの指摘もある。生産者にしわ寄せが行くのではなく、公正な取引を行う。そんなフェアトレードなファッションにも注目が集まっているのだ。

 ただ、フェアトレード、オーガニック、エコロジーは以前から使われており、特段新しいものではない。だから、トレンド性という感じさせる意味では、エシカルという言葉の方が用いられ始めたのだと思う。

 若者は新しい動きや流れには敏感だ。目的やゴールを同じくする活動を陳腐化させないためには目当たらしい言葉を出せば、それなりに反響は大きくなる。さらにエシカルを追求するブランドで、「プロボノ」する人も登場している。仕事で得た知識や能力を生かしたNPOやボランティア活動をするという意味だ。自分の能力が社会に役に立つかどうかだけではなく、広い視野を育んで人脈を広げていこうとしているようである。

 その根底に感じられるのは、若者の間では自己実現=欲求を満足させるだけでなく、社会性を追求することにも関心が湧き始めているのではないか。「単に好きな服をデザインして、それを好む人に買ってもらって、お金を稼げればいい」。専門学校に入ったばかりの学生ならその次元だろう。何も知らないのだから、それはしかたないことだ。

 しかし、大学生のように在学中から社会との接点を持つと、ビジネス現場を体験するに従い、考え直さなければならないことにも気づく。仕事に追われているとつい忘れてしまいがちだが、自分の仕事は本当に社会のために役立っているのかと、ある時期から自問自答していく若者も少なくないようだ。

 好きな服を作って、それが売れて、お金が儲かり、有名になる。こうした自己実現の追求から、「それが本当に誰かを幸せにしているのか」。そこまで問い始めているのである。

 本来は成り立たないと言われて来た「資本性と社会性の両立」に挑もうとするブランドも登場している。ビジネスとは何も儲けるためにコストを削減し、賃金を抑えることだけではない。十分なコスト確保と正当な賃金払いのためにどんなモデルを構築すればいいか。その辺を自社のシステムに形づくることで取引先の工場が潤い、地域が活性化され、創生する可能性は無きにしもあらずということだ。

 また、そうした成功モデルを別の若者が目の当たりにすることで、継ぐつもりはなかった実家の仕事を「やってみようか」と思い直すかもしれない。それが実現できれば、資本性と経済性は両立するとの解釈もできる。

 ジーンズやTシャツのすべてでオーガニックコットンを使う。ポリシーはカッコ良くても、ビジネスとなると中々実現できない。そもそもオーガニックコットンの定義すら曖昧な部分もある。それほど資本性と社会性は矛盾をはらんでいるのだが、それにあえてチャレンジしていこうという気概や責任感は凄いと思う。

 単に新しいトレンド、ムーブメントを表現する言葉だけではつまらない。その言葉の真意、隠れた意味合いまで掘り起こすことで、トレンドが広がっていくこともあるだろう。

 ユニクロが1兆円に迫る売上げを稼ぐことは素晴らしい。営業利益率の高さを見ても、ロスを抑えているのは理屈としてわかる。反面、本当にあれほどの商品が必要なのか。確実に売れて消化しているのか。期末に売れ残った在庫はどう廃棄されるのか等々。素朴な疑問も抱かざるを得ない。

 DCブランド全盛期は、期末在庫は資産として課税対象になることから、メーカーでは焼却処分していた。ユニクロはそこまではしていないと思う。専門のリサイクル業者に委託して断裁、分別され、再生繊維になっていくのだろう。でも、詳細の仕組みはそれほど多くを語られず、ムーブメントになるような言葉も聞かれない。

 ストライプスインターナショナルは、ブランド名にあるようにエコロジーには前向きで、日経MJなどが度々紙面で取り上げている。レンタル事業の背景には服が売れなくなったこともあるだろうが、顧客がタンス在庫をかなり所有しているとの裏付けも得ているはずだ。いろんな問題点も指摘される同社だが、社会性をもつ事業がもっと認知されれば、受ける印象もずいぶん変わっていく。そのためには1ワード、1フレーズの言葉がカギになると思う。

 ファッション業界では、「共存共栄」という言葉が使われて来た。メーカーにすれば、「小売店さんも儲けて、うちも儲かる」という姿勢を表す。でも、言うは易しだが、現実には難しいと思っていた。実際、今のビジネスを見ると、どこかが儲けるにはどこが儲からなくなっている。そんな構造に若者が気づき始め、自分たちのビジネスに違う価値観を求め始めたのだと思う。

 エシカル、プロノボが一過性のトレンド用語で終わるのではなく、広く浸透し定着していくには、若者たちの弛まぬ行動にかかっている。単なるムーブメントで終わらせることなく、さらに大企業にもできないような実効力をもつ言葉にしてほしい。

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文化の差に戸惑うな。

2016-10-19 07:22:54 | Weblog
 先日、繊研新聞を読んでいて、一つのベタ記事が気になった。

 「バーナー、オールスタイルへ事業譲渡」という見出しである。業界では今どき、事業譲渡なんて珍しくもなんともない。だから、どちらかの企業を知る方でない限り、さして気にも留めないネタと言える。ただ、両方を知る人間としては「えっ」と思ったし、今回の事業譲渡には「あのことがある」と、ピンときた。

 バーナーは2004年にスタートしたカジュアルブランド。少しずつ知名度をつけると、08年には代官山にフラッグシップショップを展開し、翌09年には福岡にも路面出店した。筆者の事務所近くの国体道路沿いで、よく前を通っていたが、B2‘ndなんかに比べるととりたてて印象に残るものではなかった。

 同社のHPによると、「10年には、デザインを削ぎ落としオリジナル生地・パターン・縫製にこだわり抜いたBURNER Basicラインを開始。同ラインは現在まで、シーズンコレクションとは別に展開を続けています」と、ある。同年に旗艦店を原宿に移転したものの、直営展開は抑える一方、卸を主体に販路を全国に拡大させている。ものづくりで日本製に拘る姿勢が個店のセレクト受けしているようだ。

 記事によると、直近ではFC店を除き、販路をゾゾタウンに集約。オールスタイル傘下で、EC事業を拡大しながら、レディスラインの開発や複合店の出店をにらむという。

 オールスタイルは筆者世代より上の方々に馴染みのあるアパレルメーカーだ。神戸発祥、コンサバリッチなテイストで、筆者が業界に入った頃、東京支社が分離独立して「東京オールスタイル」となった。当時、店頭で商品をチェックした印象では、素材のグレードが高く、企画力も秀逸で、南青山あたりのブティック受けしそうと感じた。

 多分、分社化で東京独自の企画がスタートしたのだろう。コンサバブランドにありがち形の決まったデザインではなく、個性的なアイテムが固定客を捉まえていたと思う。1955年の創業だから、すでに60年を超えている。まさに日本を代表する老舗の専門店系アパレルと言っても過言ではない。

 ヤング向けストリートカジュアルが、コンサバリッチなアパレルの傘下に入る。一見、何の関連もなさそうな2つの企業。ただ、理由なしに傘下入りが実現するはずはない。オールスタイルにはちゃんと実績があるからだ。ピンときた「あのことがある」とは、ハナエモリのケースである。

 ハナエモリと言っても、バーナーファンが認識できるとすれば、タレントの森泉の祖母がデザインしたブランドと言った方がわかりやすいだろう。表参道を原宿方面に入って少し行った左手にかつてあったガラス張りのビル。今はオーク表参道に建て変わったが、そこに本社を構えていたことが日本を代表するブランドの証しでもある。
 
 同社は蝶をモチーフにしたエレガンスなファッションで有名になり、グラフィックデザイナーの田中一光がロゴマークをデザインしたことで、ブランド事業を拡大。プレタポルテを販売するブティックひよしやを展開する一方、パリのオートクチュールにも進出した。ただ、オートクチュールと言っても、コレクションに巨額の経費をかけたところで元を取れるはずもなく、プレタポルテも顧客の高齢化で売上げは下降線を辿っていった。

 バブル景気が弾けた後は、ハナエモリで売れるのは「百貨店の洋品売場に並ぶ3枚1000円のハンカチくらい」と揶揄されるほどで、2002年にはプレタポルテ部門を三井物産他に売却。オートクチュール部門も同年、民事再生法を申請して倒産した。

 現在、ハナエモリブランドのライセンス権は三井物産が保有し、アパレルを製造しているのが今回、バーナーが事業譲渡されたオールスタイル(01年に東京オールスタイル(株)をオールスタイル(株)に社名変更)である。商社がブランドのライセンサーになるのは一般的だが、服はアパレルに製造を委託することになる。ハナエモリクラスのブランドイメージを壊さないためには、それなりの製造ノウハウを有するメーカーでないと務まらない。オールスタイルはその条件に合致したということだ。

 以来、十数年が経過した今も、オールスタイルはハナエモリを主力ブランドとして、製造販売している。ファッションビジネスと言えば、とかくヤングにスポットが当たりやすいが、どっこい大人向けも見逃せない。数はそれほど売れないが、1点あたりの単価は高く、販売すると確実に粗利益が取れる。

 ワールド、イトキンといったかつての専門店系アパレルはSPAとなり、百貨店でハコ展開していく中で原価率を圧縮せざるを得なくなった。それが服の価値までも低下させ、売上げ不振を招いた要因とも言われる。皆が横並びで原価を圧縮し、コストを下げて作った服ばかりを売り出したため、差別化が手詰まりになっていったのだ。

 中堅メーカーのオールスタイルはそうした戦略を避け、コストをかけた服を製造して地道に卸を続けて来た。それが今もハナエモリがこの世に存在する理由だ。売れなければ、ブランドは消滅する運命にあるわけで、売れているからこそ存続できるのである。素材や縫製のクオリティはもとより、コンサバなテイスト、クチュールにも近い着心地が確実に顧客をつかんでいるとも言える。具体的には政治家や官僚、大企業幹部の奥様方で50代以上か。セカンドラインのアルマ・アン・ローズは、その方々の息女がターゲットになる。小池東京都知事がハナエモリを好みがどうかはわからないが、年齢的にはイコールだ。

 そこがバーナーの事業譲渡を受け入れたのである。バーナーはハナエモリと違い、倒産したわけではない。事業譲渡だから、会社の売却でもなく、法人格はそのまま残るはずなのだが、同社のサイトでは社名はすでにオールスタイルとなっている。ただ、同社は競争が激化するヤングカジュアルの中にあって、コストがかかる直営展開をセーブし、ネット中心の販売にシフトチェンジするなど戦略は手堅い。「ものづくりで日本製に拘りつづける姿勢」も、他のヤングブランドと違う価値と言える。

 一方、オールスタイルにとっては、事業譲渡は投資額に節税効果が効かせられるし、株式譲渡より投資額は小さくなる。不要な資産を引き継ぐ必要もなく、負担にもならないなどメリットは多い。何より企業としてこの先を考えると若返りシフトは別にして、ヤングブランドが持つマインドや世界観を吸収しても損はないはずだ。ヤングもいずれは歳をとるが、自分が若かりし頃に肌で感じたファッション感性は引きずる。

 そうした傾向に何らかの法則性を見いだすことができれば、ブランドとして30年以上続くセシオセラ、カジュアル寄りのミキシングブルーと、メーンのマチュアやアダルト向けの新たな商品開発で参考になる。ファッションビジネスを考える上で、もはやヤングだのアダルトだのとエージで区切ったマーケティングは、無意味になっているからだ。譲渡受け入れはそうした状況を見ての判断でもあるのではないか。

 ここで気になるのは、バーガー側が譲渡した理由。一般的に事業譲渡は他の事業も展開している時、そうしたメーン以外の事業を譲渡するとか、会社所有の不動産は保有したままにしたいとか、法人格は継続したいとかの理由がある。税金の面でも株式譲渡より課税額は大きく(30%〜40%程度、株式なら譲渡益に20%)、契約のまき直しなど手間もかかる。まあ、メディアには公開していない裏の事情があるのかもしれないが。

 社員は譲渡先のオールスタイルに転籍するというから、雇用は継続される。移籍先が全くテイストの違うコンサバメーカーということから、最初は戸惑うかもしれないが仕事が続けられることを考えれば、慣れるのも時間の問題だ。ブランドメーカーのM&A、譲渡、売却はますます盛んになっている。そうした激動のファッションビジネスに携わりたいのなら、企業文化の違いなんぞとは言ってられない。梅澤快行社長はオールスタイルの顧問に就くので、オールスタイルの経営には影響はないだろう。

 ヤングブランドと老舗のアパレルがそれぞれの特徴を生かしながら、相乗効果を発揮していくとで、閉塞感が漂う業界で新たなビジネス萌芽のきっかけになることを期待したい。

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スタイリストが変わる。

2016-10-12 07:15:52 | Weblog
 先週のファッション業界はある雑誌のタイトルに注目が集まった。紙媒体の日経ビジネス10月3日号「買いたい服がない アパレル“散弾銃商法”の終焉」である。

 売上げ不振にあえぐ業界を取り上げ、その苦境を招いた病巣を冷静に分析し、解説。またリストラ策しか打ち出せず、浮上のきっかけをつかめないメーカーや百貨店、逆に他社の不振を尻目に新たなビジネスに進出するイノベーターも取り上げている。

 連動するネット版(日経ビジネスオンライン)では、業界にとっての打開策とも言うべき事例を上げている。一つが「ブランドディスラプター」(旧来型のブランドを破壊する者/disruptとは分裂させるの意)、もう一つが「オンライン接客」である。

 ブランドディスラプターという新しいビジネスモデルについては、いろんな方々がコメントされているので、改めて論評するのは控えたい。ただ、オンライン接客については、日経BOLが「誰がアパレルを殺すのか。アパレル「店舗の価値は店員」論のもろい前提」http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/092900020/100300005/の記事中で、新しい販売員像をわざわざ「スタイリスト」と呼んでいるので、このコラムで取り上げることにする。


スタイリストという虚像

 日本ではスタイリストと言えば、ファッションを主体に衣装や小道具を借りて来て、雑誌やCMの撮影セッティング、タレントの支援などを行う仕事と解釈されている。服やアクセサリーが扱え、メディアの仕事にも携われる。若者に人気の職業であるため、ファッション専門学校では販売員教育とごちゃ混ぜにして定員を埋めようとするところも少なくない。

 しかし、実態は外見の華やかさとは大きく乖離するものだ。デザイナーやパタンナーのような技術や資格を必要とするものではなく、正社員という雇用の安定性もない。多くがフリーランスで、法人化されているスタイリスト事務所でも、新人採用は非正規雇用のアシスタントに過ぎない。売上げという収入は、出版社やCM制作会社、タレント事務所などから「撮影費」や「衣装代」の範囲内で支払われるギャラで、アシスタントレベルでは月に数万円なのが実情だ。

 こうした実態を知らない地方の若者は、メディア露出する派手さのみに憧れ、自分にもできると進学や上京に走るが、職業として社会的な信用を得るにはほど遠い。多くの若者が誤解しているが、ファッション業界がギャラを支払うのではない。出版社や広告代理店、子飼いのプロダクションなどから仕事を受けるのだ。一流大学出のエリートがゾロ揃うメディア界の仕事であると、専門学校側がきちんと教育していないこともあり、大半が挫折して転職していかざる得ないのが正直なところだ。

 筆者が仕事をしたマンションアパレルでは、メディア露出のためにリースに応じていたし、プレスプロモーションの仕事では数々のスタイリストに接した。地方出身者の若者では多くがスタイリストをよく理解していない反面、東京出身者になると小さい頃からメディア慣れしているせいか、非常に使いやすかった印象を持っている。

 スタイリストの仕事とは制作予算、発行やオンエアまでのスケジュール期限の中でベストなスタイリングを作り出すもの。自分で自由にコーディネートできる機会はほとんどないと言って良い。あくまで主導権を握るのは出版社の編集者や代理店のディレクターだ。だから、仕事に必要な能力とは感性、センスなどという漠然、抽象的なものではない。

 編集テーマやCMコンセプト、タレントのキャラに沿って、どこのメーカーならこんな色柄、素材、デザインの商品を作っている。どこのショップに行けば、こんなイメージの商品が見つけられ借りられる。見つからなければ、自分で衣装を手配する。有名ブランドのプレスルーム以外も含めてファッションの情報収集の能力に長け、編集者やディレクターに逆提案できるのが、スタイリストの役割なのである。

 この間、東京に出張した時、地下鉄の表参道駅で両肩に商品が詰まった大きなバッグをかけたスタイリストらしき人物とすれ違った。向かった出口が表参道交差点側だったので、南青山あたりのブランドショップに借りた商品を返しに行くのだろう。この光景は筆者が業界に入った頃から30年以上、変わっていない。

 しかし、実際の現場はどうか。メディア界といっても出版社、ファッション雑誌は販売不振で休刊や廃刊が相次ぎ、青息吐息状態だ。CMとて制作費が潤沢でスタイリストに多額のギャラを支払うことができるものは限られている。そんなメディアもネット媒体が主力になり、制作費は下落傾向が続いている。撮影内容は同じでも、雑誌のようなギャラはもらえなくなっている。まあ雑誌の撮影程度ではもともとギャラは安いのだが。

 地方になると、さらに深刻だ。もともとローカルテレビの自主制作番組で、女子アナの衣装を百貨店辺りから借りるくらいの仕事しかなかった。しかも、ご多分に漏れずローカル局も番組制作費は削られている。下請けのスタッフ他、スタイリストのギャラにしわ寄せが来るのは当然だ。福岡の場合、おばさんが居座って、若手に仕事が来ないとの嘆きも聞こえて来る。

 もともと地方にはプレス機能を持つアパレル、高感度なブランドメーカーなどほとんどない。リースに応じるのは小売りをしているショップくらいだ。それも販売する「商品」なので、ファンデーションなどで汚されては困る。だから、どうしても貸りたい商品は自腹で購入するしかない。で、結局、撮影に使わなかったものを返品するとなると、ショップに対する信用もがた落ちになる。

 代理店が制作するローカルCMとて、すべてにトレンドファッションが必要ではない。温泉県おおいたのCMなんかは典型だろう。テーマはシンフロナイズドスイミング。用意するのは頭に巻くタオル、ビスチェとアンダーウエアで十分だ。紙媒体とてファッションビルのフリーペーパーで置撮り写真のセッティングが関の山。それさえ元請けの代理店が取り合いなのだから、スタイリストの仕事どころの騒ぎではない。日本ではスタイリスト受難の時代に入ったと言っても過言ではないだろう。


ファッション専門職として復権

 そこで日経BOLの記事である。スタイリストの概念は日本と大きく違うことを伝えている。というか、本来のスタイリストとは「ファッション業界の仕事」で、米国ではIT、インターネットが関わる革新性をもつ職業として見直されていることを紹介している。それは顧客に求めに応じてあらゆるアイテムを見つけ、商品の仕入れからコーディネート、販売まで行うパーソナルなスタイリスト。最先端のファッションビジネスを担うスペシャリストと言うべきものだ。

 記事のサブタイトル 「オンライン接客」が当たり前の米国EC最前線では、以下のようにスタイリストを伝えている。

 「黒いラムレザーのジャケットがほしい。ラウンドネックで、ジップアップ、予算は5万円程度」。

 なんとなくこんな感じ――。洋服を購入する際に、ある程度のイメージはあるものの、具体的な商品に絞り込むことが難しかったり、時間がなくて探せなかったりすることは誰にでもあるだろう。「Amazon.co.jp(アマゾン)」「楽天市場」「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」といったファッションを扱うサイトは多くある。一方で、情報が多すぎるため、その中で自分の好みのものを見つけるには、時間や検索のコツが必要になってくる。そうした「インターネットの大海」から顧客を救い出すためのサービスが、米国で登場している。

 PSDept(ピーエスデプト)が展開するのは、衣料品や服飾雑貨のパーソナルショッパーサービス。冒頭のような要望をメッセンジャー形式のアプリに入力すると、スタイリストから回答を得られるサービスだ。イメージする商品の写真を送ることでも要望を伝えられる。

 スタイリストは、110の提携企業(ブランド数は数千)から顧客の好みの商品を探し出して提案する。商品は、必ずしもウェブ上ですでに売られているものとは限らない。ラグジュアリーブランドの商品やヴィンテージ商品など、ウェブで販売されていないものは多い。そうした場合でも、メーカーやブランドに直接問い合わせ、自社で仕入れ、提供する。ウェブの在庫情報だけを探して提案するのではなく、直接ブランドに問い合わせるなどして顧客に商品を届けるといった、きめ細かな対応を実施していることも強みの一つだ。

 


 しかも、ピーエスデプトはたった6人のスタイリストで、月間7000人のアクティブユーザーに対応している。AI(人工知能)を生かし、顧客の要望の4割はボットと呼ばれるロボットが相手にする。大まかな要望はボット、細かなものは人間という具合に分けて、顧客は求めるド・ストライクのスタイリングや着こなしを提案していくのだ。まさにスタイリストはファッションの情報収集の能力に長け、データをきめ細かく管理しているからこそ、それができるのである。

 日本の店頭接客では、自ブランドや自店の在庫商品を把握して、会社側の重点販売アイテムや消化指示などに従って販売を行っている。当然、販売員には予算達成のノルマが課せられるため、最近の若者の販売職離れにつながっていると見る向きもある。ビジネスだから販売職はもちろん、技術職にも数字という目標は課されるのが当然という意見はわかる。

 ピーエスデプトのようにITとオンラインの力を借りて、スタイリスト自らがあらゆるブランド、テイスト、オケージョン、コーディネートを提案し、「自ら仕入れて売りにつなげていく」立場なら、接客販売という概念や価値、仕事の魅力も変わっていく。当然のことながら、売上げは自分の能力の尺度であり、顧客の信頼を勝ち取るほどに「ギャラ」は増えていくことになる。あくまでビジネスは自己責任で行うという米国らしい仕組みと言える。こうしたシステムが日本にも導入されれば、スタイリストという本来の意味をファッション業界が取り戻せるのかもしれない。


情報収集と管理、統計の能力

 大手小売業やアパレル直営店の店頭では、昔から「顧客管理」が行われてきた。お客の氏名や住所、スリーサイズ、生年月日、勤務先などと、商品の購入日、内容、接客時の印象などを書き込む複写式の帳票、またはオリジナルノートがあった。基本的には販売スタッフが管理するものだが、定期的に本部が控えを回収して仕入れや商品開発の参考にしたり、スタッフが退職の折りには後任が引き継ぐ態勢も整えられていた。もちろん、社外秘、持ち出し厳禁だったが、個人情報保護法が施行されて以降は、管理もより厳密になり、ポイントカード化で管理精度も上がったかに見える。

 しかし、実際には「リピーター」「フィードバック」という言葉のみが一人歩きして、顧客情報がどれほど仕入れや開発に生かされてきたかは疑わしい。店頭レベルでもルーティンに商品の入荷やセール案内くらいしか活用されていないように感じる。それ以上にブランドの盛衰やトレンド変化が激しいことからお客は成熟して、固定客として居残る率はかなり減って来ているのではないか。昔はデータ顧客の3割が新陳代謝していくと言われたが、今では半数が固定化するまでにいってないように感じる。

 お客が全く服やアクセサリーを買わないわけではない。買いたいものがなく、あったとしも探しづらく見つけにくいのだ。そのため、ピーエスデプトのようなシステムが構築されると、お客からの色柄、デザイン、価格などの要求に対し即座に対応できる。極論すれば生地見本一つをスキャンしてデータ化しておけば、同じ生地を使った商品をブランドやメーカーがコレクションや展示会で発表した時に顧客に提案することが可能になる。人間の頭脳で記憶できない部分はAIという人工知能がフォローし、「この質感の生地なら、◯◯さんが好むと思うよ」と、指示してくれることになるのだ。

 実店舗のようなバイイング、納品、売場編集といったタイムラグがなく、オンライン上で接客がリアルタイムで行われるのである。販売ロスや機会ロスは格段に下がり、購買率はより上がっていく。そうしたITを駆使する販売スタッフがワールドワイドなスタイリストとして活躍できるフィールドができ上がりつつある。

 筆者がニューヨークで見聞きしたパーソナルスタイリストは、お客さんをいかに魅力的にするかを徹底していた。ドレスコードが厳しい米国だけに着こなし提案はオン、オフといった単純なものではない。ハリウッドのレッドカーペットを歩く時のドレスやブラックタイスタイルから、パーティ開けのリラックス、世界中を飛び回るために衣服をコンパクト化するジェットセット、そして完全なリゾートなどまでと多岐にわたる提案をこなす。

 もちろん、ジーンズがカジュアルウエアの定番だから、アクセサリーといった小物使いも見逃せない。そうした基本的な知識技術をベースにIT、AIを取り入れたのがピーエスデプトということだろうか。



 ファッションビジネスが不振にあえぐ中、「ECやオムニチャンネルが期待される」「若者がなぜファッション業界を目指さなくなったのか」くらいの論調がもてはやされる日本とは、雲泥の差である。

 「このままショップスタイリストを続けていても将来が不安」「予算が削られて仕事がなくなったので、何かないですか」。そんな弱音や寝言を吐いたところで、自らが今のままなら座して死を待つしかない。それが変化の激しいビジネスの常識なのである。米国がここまでになってきたのは、スタイリストとして生き残るには進化しなければならないことの証左とも言える。

 日本でもおそかれ早かれ、販売の現場は大きく変わっていく。教育する専門学校もそれが世界標準となることを伝えて行くべきなのだが、それを理解できる学校、学生は限られるだろう。繰り返すが、これからのスタイリストには高度な情報収集能力に加え、卓越したITの知識が求められる。企業化していくなら顧客データから統計学のノウハウを用い、数値上の性質や規則性を割り出すことも重要になる。

 日経ビジネスのインタビューで、オンワードHDの保元道宣社長は、「極端に言えば、顧客と対話しながら(商品を)作れれば、在庫ロスがなくセールをしなくてもいい。そんなモデルが理想です」と締めくくっている。オンライン接客で、スタイリストと顧客が会話をしていく中で、ほしい商品のアウトラインができ上がれば、それが全ストックデータにない場合にメーカーにフィードバックして、即時に生産する。そうした新しいビジネスにも発展する予感がする。

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超えられない壁。

2016-10-05 07:36:48 | Weblog
 先週末の9月30日、ユニクロの新ライン「ユニクロ・U」が発売された。クリストフ・ルメール氏率いるパリR&Dセンターのグローバルデザインチームが企画するもので、ユニクロがハウスブランドという位置づけで販売していくものだ。昨シーズンに発売したアンドルメールは、ルメール氏とのコラボ第1弾ということもあり、1週間程度で欠品したアイテムが相次ぎ、全体を見ることができなかった。そこで、今年は発売初日に展開するキャナルシティ博多店を覗いてみた。

 今回は新ラインということもあり、イーストビル1階通路に面するウインドウ奥に専用コーナーを開設。本社から「告知を徹底しろ!」とのお達しがあったのだろうか。店舗スタッフが指示されたマニュアルに添ってぎこちないナレーションで精一杯、店内放送していた。だが、そうした力の入れように反して、商品を見ているお客はまばらだった。

 クリストフ・ルメールとのプロジェクトについては、昨年10月にスタートした。同氏はラコステやエルメスのレディスを手掛けた知名度から、初年度はプレス・プロモーションにも力が入り、クリエーションや斬新さに対する注目度は群を抜いていた。デザインに期待感を抱くルメールファンはもちろん、ユニクロの顧客までが何となく触発されて、購買行動に出たのは間違いないだろう。それが一部の欠品を招くほどの人気を生んだのだと思う。

 実際に商品を見てもディテールに遊びを施したジャケット、ケープ風のローゲージニットなど、アイテム、デザインの両面で斬新さな企画が打ち出されていた。その流れに期待したのか、今年の春夏企画でも発売初日にはファンのみならず、業界人らしき人々までもが売場を訪れ、カゴにどんどん商品を入れる光景が見られた。

 ところが、今年は買う側にも昨年ほどの期待は薄れたのか、初日にも関わらず前回ほどの盛況は影を潜めた感じだ。デザイナーズコラボなんて、ファストファッションを中心に世界中で行われており、今や珍しくもなんともない。確かに集客の目玉にはなるが好き嫌いが激しく、ツボを外せば売れないこともある。外部デザイナーとの契約上の問題などリスクもついてまわる。 売れても収益の柱には位置づけにくい。

 ユニクロとしては新ラインで継続的に売上げを取って行くには専門部署を設けて、コンセプトや方向性からデザインテイスト、コーディネートまで確立した方が良いとの判断だったと思う。同社は以前からパリやニューヨークにデザインセンターを開設している。「企業内ブランド」を開発していく上ではそうした手法を選択したようだが、あまりに強すぎる本社の意向からかクリエーション、MDがまとまりすぎた感じがする。

 初日の状況を見たくらいですべてを語ることはできない。それは十分承知の上だ。しかし、ファーストインプレッションが重要であることも確かだ。今回はあえて見た目で抱いた直感的な印象のみで、ユニクロ・Uの課題、待ち構える壁について、筆者なりに思い当たることを考えてみた。

①デザイナー名が全面に打ち出されていないこと。

 有名デザイナー名が前面に打ち出されると、日頃はユニクロに目もくれない層まで惹き付けられてしまう。でも、企画にあたるのが単なるデザインチームだとデザイナーの個性や世界観、クリエーションが薄れ、期待外れに陥る。

②プレス発表の写真を見た時点で、多くがデザイン進化を感じなかった。

 ユニクロはメディア向けのプレス発表と並行して、一般客にもメルマガなどでユニクロ・Uの写真を公開している。メディア、ジャーナリストの評価とは異なり、実際に商品を購入する側のお客はニット、ダウンなどの定番アイテムにおけるデザインでは、新鮮さが薄れたとの印象を受けた。

③カラリングは昨年の配色から大きくは変わっていない。

 お客がアイテムで最初に注目するのは、色だ。ユニクロはベーシックが売りだけにカラー展開で大胆な配色を採用することはほとんどない。16年初夏物のレディスではビビッドな赤が差し色的で目立ったが、秋冬になるとどうしてもトーンは抑え気味。昨年はグリーンのニットのケープ、カーキーのジャケットなど目当たらしさを感じたが、今年はレディスのオレンジ、グレイッシュピンクを除いて色目の新しさは半減した。

④素材はレギュラー商品の企画を流用するだけ。

 新ラインといっても、専用の素材が新たに企画開発されたわけではない。ユニクロ側は「ベーシックにトレンドや時代性を取り入れ、商品を作るということをもっと進化させるためのチャレンジ」と語るが、素材が進化したという印象は受けない。ジル・サンダーとコラボした+Jではレギュラー商品とほぼ同じものが使われていた。お客はアンドルメールでも同系の素材が流用されたと学習している。とすれば、ユニクロ・Uの写真をみて、今回も素材が変わらないと認識したはずだ。

⑤新しく企画されたアイテムの投入がない。

 アイテムはウールのジャケット、チェスターコート、ニット、ダウンが主体。これは昨年とほぼ同様。いくらベーシックを売りにしてもファッションである。せっかくのデザインチームを組織した割に新たに企画デザインされたアイテムがない。MA-1ブルゾンがラインナップされているが、他社も一斉に企画するようなベタなアイテムが必要なのか。デザインが変わり映えしないなら、お客はここで買う必要もなくなる。

⑥一般商品と同じVMD、詰め込み、ハンギングは権威低下

 +Jのときから感じているが、商品の展開方法、VMDがレギュラー商品と同じのため、売場ではコラボブランドのロイヤルティを感じない。在庫の大量展開はお客が商品を見やすい反面、売場は非常に荒れやすい。ハンギングはまだしも、畳のニットはすぐにぐちゃぐちゃになる。もともと素材のクオリティが高くないだけに、少し時間が経つと糸同士が擦れて毛羽立ちも目立ち、ブランドの魅力が半減している。コラボ企画やデザインチームの存在を知らないお客にとっては、少し価格の高い商品としか映らない。

⑦経営効率の追求が透けて見える

 +Jから続く一連のコラボレーションでは、ベーシックというユニクロDNAの延長線から大きく外れる企画ではない。それゆえ、カラー、素材、デザイン、VMDは、現状の製造工場、工場スタッフの技量、展開する売場でこなせる範囲に収められている。つまり、新ラインと言ってもユニクロの店舗で販売する限り、生産や販売の効率を重視して原材料や縫製は集約し、収益を上げるものでしかないことがよくわかる。ユニクロ側は進化やチャレンジを公言しても、お客からすると変化もイノベーションも感じられない。今までそれを認識していなかったお客さんも、今回の商品を見ると何となく気づくはずだ。

 グローバルSPAとして、グループ年商5兆円を目指す同社の方向性としては、ユニクロ部門を常に活性化していかなければならない。その命題をクリアするためにデザイン専門チームを組織するのは間違っていない。ただ、あまりに本社サイドの意向が強すぎるのではクリストフ・ルメールという個性、クリエーションが死んでしまう。

 まだ発売して間もないので結論を出すのは早急だが、ユニクロの営業戦略は初期投入分を売り減らしていくもの。期初に躓けば期中で修正など出来ないし、期末にセールで消化するしかない。その兆候が今回の新ラインの第一弾には感じられるのである。

 この冬が厳冬にでもなれば、別の意味で購買に火がつくこともあり得るが、それも期待薄だ。となると、商品そのもので常に新しく、買いたくなるようなものを生み出していかなければならない。ユニクロが手本にして来たGAPでも数年周期でベーシックとトレンドを交互に追っかけて来たが、そのゴールデンMDには辿り着けていない。ユニクロでも社内プロジェクトの次元では、超えられない壁があるようである。

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