HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

ロウアーラインの安直さ。

2017-06-21 05:31:31 | Weblog
 ニューヨークでいちばん勉強になったことは何か。それはファッションやアート領域のクリエーションを商品として流通ルートに乗せ、市場を開拓していかにビジネスを拡大するか、である。一方で、NYでは新しい価値観や美意識、それに基づいたライフスタイルから、常に既存の常識を超えた生き方が出現する。そうした革新性をビジネスに取り入れたり、業態開発に生かさないと、ビジネスが成り立たないことも学んだ。

 ところが、インターネット社会の到来すると、洋の東西で多少の差こそあれ、ビジネスは急激な新陳代謝を繰り返していく。何億ドルもの売上げを誇ったブランドやストアですら、翌年には対前年比率で2ケタのダウンなんてこともある。イノベーターと言えど、ニューカマーが登場すると、たちまち古くさくなって相手にされなくなる。

 NY発祥のブランドほど、浮き沈みのレンジが非常に短くなっているし、数年先には世界中に伝播し、同じようになっていく。ブランド消費は景気の影響を受けやすいこともあるが、ITやデジタル機器に支配されるライフスタイルにより、なおさら浸食されているのだ。

 世界的知名度の高級ブランドだろうが、ストリートに出店する無名のショップだろうが、全米規模のチェーン店だろうが、オフプライスストアだろうが、すべてが同じファッションウォーズを展開し、弱者は淘汰されていく。ラルフ・ローレンの凋落ぶりは世界規模での売上げ不振が原因だが、まずNYにおける陳腐化がその最たるものだろう。



 FIT(ニューヨークファッション工科大学)で学び、デザイナーとして百貨店向けのレディスのウエアを売り出した「マイケル・コース」も、売上げ不振で今後2年間に100〜125店舗を閉鎖するという。筆者がNYを訪れ始めた80年代以降、ブルーミングデールズやサックスフィフスアベニューなどでは、インショップが堂々と誕生していた。

 90年代に入ると、マイケル・コースの売上げは1億ドル(100億円)規模に拡大し、その実績はヨーロッパにも伝わり、老舗メゾンがファッションコングロマリットに吸収される中、97年にはセリーヌでは初となるクリエイティブディレクターに就任する。米国人が欧州ラグジュアリーブランドのデザインに携わる傾向は、マークジェイコブスがルイ・ヴィトン、トム・フォードがグッチのディレクターに就くなど、この頃から潮流になっていった。

 同じ頃、ファッション専門学校の担当者から請われて「なぜ、英米系のデザイナーが老舗メゾンのデザイナーに就任するのか」というテーマで講義を行ったことがある。それまでのフランスやイタリアなどのデザイナーにはなかったマーケティングやマーチャンダイジングの知識をもち、クリエイティビティに加えコミュニケーション、ビジネスに長け、トータルでブランド戦略を組立てられる手腕を買われたこと。そして、老舗メゾンと言えどビジネスの軸に据えるのは、世界戦略と資金調達、株式上場、ブランドの被買収と巨大グループ傘下入り、活性化等々により、新しい感性を持ち込むことは避けて通れなくなったのである。


 
 マイケル・コースが特別に成功の道を歩んで来たわけではない。それより先にはカルバン・クラインやアン・クラインもNYでブランドビジネスを成功させている。筆者はそのサクセススタイルには共通したセオリーがあるとみる。フローは以下のようなものだ。

 ①レディスウエアをコレクションで発表し、百貨店の売場を確保する。

 ②ブランドバリュを上げて、メンズ、カジュアル(スポーツやジーンズ)を開発する。

 ③ブランドが浸透すると、セカンドライン、ディフュージョンラインにも進出する。

 ④バッグ、眼鏡、時計、アクセサリー、香水など、カテゴリーで販路を拡大する。

 こうして多くのお客がブランドを知り、自分の収入の範囲内で商品を購入できるようになることで、ブランド企業として収益は格段に増えていく。カルバン・クラインはCKカルバンクラインや雑貨、アンダーウエア、アン・クラインはアンクラインⅡまでを持ち、ブランドの知名度アップと収益拡大を実現させたのがそうだ。

 あのジョルジオ・アルマーニでさえ、1991年にはアルマーニ・ジーンズのディフュージョンライン、アルマーニ・エクスチェンジを「100ドル以下で買えるアルマーニ」をコンセプトにNYデビューさせたくらいだ。貧富の差が激しく、幅広い階層の中にあらゆる人種や民族が混在するNYゆえに求められたブランド戦略とも言えるだろう。

 ところが、カルバン・クラインは2000年代以降はブランドが陳腐化。企業自体が身売りし、デザイナーが交替するもテコ入れできず、昨年8月には今度は逆にベルギー人のラフ・シモンズがクリエイティブ・オフィサーに就任した。アン・クラインはデザイナー本人の死後、ダナ・キャランの運営会社がブランドを引き継いだものの、度重なるデザイナー交替で、ついにコレクションから撤退。今ではセカンドラインのみの販売というNYブランドとしての体を成していない。

 筆者は80年代にNYでカルバン・クラインジーンズやアン・クラインⅡの時計を購入している。当時はカジュアルや雑貨でもデザインや作りは秀逸で、デザイナーの感性やファーストラインの威光がしっかり及んでいた。

 ところが、ビジネスが拡大すればするほど、セカンドラインや雑貨などのロウアーラインでは、デザイナーのマネジメントや監修という体のいい言葉だけが強調され、本人は企画やデザインに携わることなく、黒子のスタッフやOEM業者任せ、商標権販売といった手法に流れていき、安直なもの作りしかしていないように感じられた。もちろん、筆者だけでなく、多くのお客が同じように感じ、ブランド離れを引き起こしたのではないだろうか。

 繊研新聞の報道によると、マイケル・コース社の年商は12年13億ドル、13年21億8200万ドル、14年33億1100万ドル、15年43億7100万ドル、16年は47億1200万ドルと順調に伸びたが、17年は44億9400万ドルと2億ドル以上減少する見通しで、18年度はさらに42億5000万ドルまで下降するとのことだ。

 不振の主な要因は以下になる。

 ①オンラインリセール(中古品販売)ビジネスの影響

 ②スマートウォッチの影響による時計の売り上げの減少

 ③ハンドバッグ市場が世界的に成熟し、成長が鈍化

 ④ラグジュアリーハンドバッグの競争の激化

 ⑤値下げが多い環境

 ⑥ドル高の影響


 ①はブランド品だから大枚をはたいて買ったけど、飽きが来ればネットオークションやユーズドサイトで売り捌くのが世界の潮流になった。当然、セコハンが売れると、プロパー市場が奪われていく。②時計はコンサバでエレガンスなデザイン。それがシンプル&機能性のスマートウォッチに食われるとは意外だが、スマホさえ持てば腕時計が要らないという時世をよく現している。

 ③④は確かにNYのブランドなら、影響は避けられないと思う。マイケル・コースにはルイ・ヴィトンやエルメスのような絶対的な意匠性はなく、売れる要素はシンプルでお洒落で買いやすい価格帯くらいだ。しかし、そこには競合ブランドがあまたあるし、ファストファッションの隆盛はバッグの世界でも凄まじい。ルイ・ヴィトンとてSupremeとコラボするくらいだから、トップブランドを脅かす前に自分が下級ブランドに攻められているということである。

 そして⑤は米国ブランドの特徴として大量生産、大量販売がある。売れなければセール、アウトレット、オフプライスストアとバーチカルな消化ルートで現金化する。売上げが伸びているときは良いが、安売りに頼る収益確保はブランドバリュを下げ、企業体力を消耗させる。⑥はドル高では海外製品の方が安く買えるので米国製品は競争力が落ち、海外生産をすればなおさら米国内の製造業者が疲弊する。




 個人的には、マイケル・コースのクリエイティビティは、セリーヌのディレクターの時がピークだったのではないかと思う。バッグや時計、眼鏡などブランドのカテゴリーを増やした時点でビジネスが重視され、クリエイティビティがおざなりにされたようにも感じる。商品のテイストはコンサバエレガンスで、価格も300ドル以下と手頃だ。バッグや財布ではそれほど余分な装飾が施されてない。時計はローズゴールドやピンクを基調に貴石をあしらったもので、こちらもエレガンステイストだ。しかし、アイテムは総じてデザイン的な特徴がそれほどない。

 ラグジュアリーブランドのシャネルやクリスチャン・ディオールをややモダンにした感覚だが、女性が好きなエレガンステイストは共通する。日本でもそれらが好きだけど手が出ない客層は、コーチやマイケルコースで妥協しているのではないか。というか、バックやウォレットのデザインについては、グッチの時代からの系譜とも言える。どちらが真似したかどうかはわからないが、時計ではセイコーも若い女性向けに似たデザインを売り出しているから、世界的なトレンドに乗った売れ線のデザインであるのは確かと思う。

 ただ、この客層は移ろいやすい。トレンドが変われば、ブランド離れも顕著だ。売上げ不振はそうした傾向も影響していると思うが、どこかで見たようなデザイン、テイスト、カラーに、自社のロゴマークを付けただけではやはり限界がある。時計の文字盤に大胆なMKのロゴをあしらったり、そのアイコンをチャームにしてバッグにつり下げる手法が本当にブランドデザインなのかは甚だ疑問である。MK自体はカルバン・クライン、アン・クラインがCKやAKでとった記号化と同じで、すっかり陳腐化した手法だからだ。

 結局、安直なもの作りをお客が見透かすようになり、他と同じようにブランド離れを引き起こしているのだ。NYブランドの凋落ぶりを見ると、ウエアのコレクションで知名度を上げ、カジュアル、バッグ、時計などに進出する戦略に対し、再考すべきことは間違いないと思う。カテゴリーを広げることは間違っていないが、ブランドの裾野を広げるためにロウアーラインを強化することは、もはや成功の方程式ではなくなっているのではないか。

 これはアルマーニエクスチェンジにも通じる。デビュー当初、SOHOの旗艦店でジャケットを100ドル程度で購入したが、色はサンドベージュ、ショルダーラインがナチュラルで、ジョルジオ・アルマーニの感性を見事に再現していた。一方で、胸ポケットをカットするなど低価格を実現するためのダウンスペック、ローコスト企画にも目を見張った。ところが、今はこちらもAXのロゴマークを強調するだけのヤンキー、いかもといクラブ系テイストに成り下がってしまっている。

 一方、グッチやコムデギャルソンは、拡大カテゴリーでもファーストラインのクオリティ、価格帯を堅持している。だから、ブランドバリュは落ちないし、一定の客層をしっかりつかんで放さない。NY、いや米国のファッション、ブランドにはそうした遺伝子はないようだ。トランプ大統領の発言なんかを見ても、ファッションビジネスに対するクリエイティビティの限界が垣間見える。まあ、そうした反省から新たなチャンスをつかむのが米国の良さでもあり、NYのスピリットでもあるのだが。

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誰かが作ると思ってた。

2017-06-14 05:13:14 | Weblog
 小売店ほどではないが、中小のアパレルメーカーでも、少なからずマネキン会社や空間デザイン業者のお世話になる。在庫をストックするハンガーラック、商品をプレゼンする什器をリースしたり、合同展示会を仕込んだりするからだ。

 単品ではアルス、七彩工芸、吉忠マネキン、合同展では乃村工藝社や丹青社が御用達だった。ただ、メーカーは小売店のように販売演出のVMDやVPにはそれほど関心がない。工場から上がって来た商品は目視で検品すれば、布帛はビニールカバーを付けたまま一時的にハンガーラックに架けておく。それらを取引先店舗からの注文に応じパッキン詰めにして発送するだけだ。

 しかし、ショップでは自社の商品が他社のアイテムと一緒にディスプレイされ、畳んで什器に展開されている。当然、商品を購入したお客さんはいろんなブランドとコーディネートする。だから、レディスの商品であれ、翌シーズンの企画のため「なぜ、商品化できなかったか」「バイヤーの反応が今イチだったか」の原因をチェックし、トップとボトムのバランス、配色、素材合わせなどの再考が欠かせない。そのため、筆者は中古の9号ボディ(トルソー)をマネキン屋さんから譲ってもらい、VOID商品やサンプルを自室でも眺めながら、考えていたこともある。

 そんな経験をしてきたので、今でも自服の収納は業務用ラックを使い、事務所での上着のハンギングも払下げのコーディネートスタンドを愛用している。事務所と言っても都市部のマンションだからスペースは限られるし、それでもなくても資料が増えていく。家賃負担はバカにならず、なるべく省スペースを心がけてはいるが、訪ねてくる人からはいつも「生活感がないよね」と言われる。そのため、オブジェ代わりにまたボディを置いてみようかと考えていた…。



 デザイナーのアトリエにあるような、ピン打ちできる芯地布のトルソーでは面白くない。海外通販を見渡すと、「fil métal」(金属線)を使ったものが目に止まったが、こちらはレディス向けでフェミニンだ。決断できないまま過ごしていた矢先、繊研PLUSに「マネキンを救え! 廃棄トルソーがスピーカーに」という記事が掲載されて、ハッとした。https://senken.co.jp/posts/mannequin-torso-speaker-kaon

 だいぶ前になるが、七彩工芸のスタッフと思いつきで、「トルソーがスピーカーなら、お店に置いてBGMを流せるから、一石二鳥じゃん」と話したことがあったからだ。当時、ショップのBGMは大半が有線放送だった。雑誌アンアンには有名ブランドのプレスルームやコレクションで流す楽曲の紹介コーナーがあり、取引先の中には昼間、夕方、セール時など、お客さんのテンションに合わせて、楽曲を編集したオリジナルテープを制作するこだわり派もいた。

 当時はアナログのステレオが全盛で、居抜きで借りているようなショップには天井にスピーカーが付いていた。BOSEのスピーカーなんかを備え付けているのはわずかで、コンポステレオのものを代用しているところも少なくなかった。中には観葉植物を置いて目立たないようにするなど、涙ぐましい努力をしているお店もあった。

 繊研PLUSの記事では、ブランディングチームThink・Cinq・Lab/シンク・シンク・ラボのアートディレクター、星野孝司氏が「破損や塗装のはがれ、型が古くなったなどの理由で数多くのマネキンが廃棄されている。廃棄にもコストや環境負荷がかかる。再利用して何か新しい提案ができないかと考え、廃棄マネキンをインテリアやエクステリアとして生まれ変わらせようとアイデアを練ってきた」という。



 古くなったトルソーを再活用し、ボディーに穴をあけてバイブレーションスピーカーを内蔵したようだ。外側は生地や革で覆うことで、ショップにも溶け込むようになっている。ボディのフォルムがそのまま生かせるので、お店に置けばオブジェ感覚のスピーカーになるわけだ。

 シンク・シンク・ラボは新しい循環型のライフスタイルを提案しており、これは「マネキンレスキュー」と題したプロジェクトだそうだ。トルソー型スピーカーは量産ではなくて受注販売されるというから、1点ものに近く個性派のショップには演出ツールとしても機能すると思う。かつてマネキン会社と思いつきで語っていたことが、かなりの時を経てカタチになったことが実にうれしい。

 振り返ると、ボディの形状を利用するアートは、昔から多くの芸術家が創作していた。初めてニューヨークを訪れた1980年ごろ、画家の篠原有司男氏のアトリエにおじゃました時、同氏の代名詞となったボクシングペインティングの流れから、ボディ風のオブジェにも触れることができた。今年は絵師、三戒堂水宝氏の福岡展でボディの前半分をカットしてキャンバスに貼付け、カラリングした立体アートを拝見した。水宝氏によると、ボディは東急ハンズで画材として購入できるという。

 美術大学ではトルソーのデッサンが必修になっている。そのフォルムはヌードサイズの原型であるだけでなく、中世、ルネッサンスから続く不変のビーナスラインには高い芸術性が宿っているということだろう。

 そこで、筆者もトルソー型のスピーカーを作れないかと思い始めた。ネットでピックアップしていた金属線のボディ「BUSTE FIL ACIER Buste de présentation en fil acier」を使用するもので、閃いたのは枠線の中にアクリル板を使った透明のスピーカーを内蔵するアイデアである。最近、趣味の家具づくりやインテリア制作がご無沙汰なので、一気に創作意欲が湧いて来たのだ。

 スピーカーのキットは、無線屋さんに行けば売っている。後はアクリル板を箱形に組立てて据え置けばいいし、それをボディーの下から入れて支柱に固定すればでき上がる。 胴体の奥行きに合わせると市販の小型しか入らないかもしれないが、それでも十分だ。まあ、頭の中で考えると簡単に作れるのだが、金属線の間から部品や部材を入れて組立てるとなると、まるでボトルシップ作りのように根気がいるかもしれない。まあ、それはぞれで楽しいのではないかと思う。

 これに自ら企画した服のサンプルを飾って、アートとして楽しむのもいいかもしれない。ただ、事務所でジャズをガンガンかけると、ご近所に迷惑だろうし、自室では家族からクレームが来る可能性はある。だから、ハイアーオクターブ系のヒーリングになるだろうか。それでも、ボリュームは絞らないと行けないだろう。事務所ではセールをやるわけではないから。

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試着なしは趨勢か。

2017-06-07 05:48:45 | Weblog
 福岡久留米発祥のシューズメーカー、月星。現在の社名は英語読みした「ムーンスター」に変更されている。月星と言えば70代以上は地下足袋、50代以上は学校の上履きの方が親しみがある。筆者が小学生の時、海外ドラマの影響から親にねだって買ってもらったのも、同社のハイカット(レースアップ)の“バッシュー”だった。

 母校の奈良屋小学校(現:博多小学校)の正門を出て数分歩くと、月星の営業所があった。事務所の硝子越しに飾ってあったシューズは、学校の帰りに他校の生徒までが見にくるほどの人気だった。

 当然、眺めると欲しくなる。営業所の人に「売ってよ」と告げると、「うちは小売りはやってないのよ」との答え。流通のことなど知らない小学生に理解できるはずもない。でも、あまりに子供たちが見に来るので業を煮やしたのか、年に数度、売り出しをやってくれたような記憶がある。

 中学時代にはロンドンブーツ影響から、レースアップを上げ底にしたものが、原宿を中心に出回っていた。くるぶしのところに付いたロゴマークが「べンチャー」っぽかったので、月星の特注品ではなかったかと思う。それから、大学に入るとナイキのコルテッツやトップサイダーのデッキシューズが流行ったこともあり、月星ブランドからは遠ざかっていた。

 昨今はセレクトショップがスニーカーの別注に力を入れていることから、ムーンスターも量販ルートに乗せないブランドを開発している。昨年、ネットで見かけた「シューズ ライク ポタリー」や「ライフ イズ ジャーニー」もそうだ。

 もっとも、実際に購入するとなると、サイズ感や履き心地は試着しないとわからない。だから、取扱い店を探すのだが、この検索が難しい。セレクトショップ向けの卸は、一部の個店に限られており、片っ端から連絡するも近隣では中々取扱店が見つからない。すると、コムデギャルソン福岡店が入るビルの2階にある雑貨店「ディアンドデパートメント フクオカ」が期間限定で展示するという情報を得た。

 早速、出かけていくと、そこにあったのはムーンスターでも、定番のローバスケットやデッキスポーツ、ジムクラシックだった。試着はでき、サイズ感はつかめたが、ライフ イズ ジャーニーは置いてなかった。結局、その時は購入を諦め、翌シーズンに期待することにした。

 2017年はどんなタイプが発売されるのか。春先からムーンスターのホームページをチェックし目にとまったのが、「ダイレクトインジェクション製法」の「RALY」だ。キャンバス地のアッパーに直接ソールが成形されたシンプルなデザインで、中敷きがなく足にしっかりフィットするという。愛用のアディダスよりやや横広で、日本人の足には馴染むと思うし、汗かきの筆者には足がグリップされるのがなりよりだ。

 ロゴマークなども一切入っておらず、一見、無印良品が作りそうにも思う。ただ、ムースターのホームページで「CHIC INJECTION」のタイトルの動画を見ると圧倒された。 http://moonstar-manufacturing.jp/chic-injection/ 人気のない工場でアルミ製の型を作るシーンから始まる映像からは、MADE IN KURUMEの高い技術力が伝わり、蘊蓄無しで製品を買う気にさせられる。

 ところが、これも取扱い店は近隣では見つからない。久留米市内のコンセプトギャラリーまで出かければ、サンプル試着ができるかもしれないが、それもかなり面倒だ。 手っ取り早く購入するには、ムーンスターのオンラインショップか、ゾゾタウンに出店するビームスのサイトになる。ムーンスターでは「返品は受け付けない」との決まり。結局、ビームスの実店舗を当たるも取扱いがなく、ゾゾタウンを選択するしかなかった。

 ゾゾタウンでは過去、何度か靴を注文している。しかし、サイズ表記やレビューを参考にしただけでは自分の足には合わず、止むなくすべて返品せざるを得なかった。今回もそのトラウマがあるので、購入にはかなり躊躇した。またアディダスで自分のジャストサイズに当たる26cmが、RALYでは完売していることも焦りを生んだ。

 まあ、そうそう好みのスニーカーには巡り会えないので、26cmが入荷と同時に25cmと2タイプを注文した。レビューに「通常は25cmを履いているが、今回は26cmの方がフィットした」と書かれていたので、なおさら惑わされてしまったのだ。サイズが0.5cm刻みではないので、それほど選択の幅はないが、届いて試着して見ると自分には25cmで良かった。

 同社では久々の購入、返品なので、改めて電話で要領を確認した。すると、担当者はきめ細かく商品の「状態」をたずねて来た。「商品に汚れはないか」「タグは付いているか」「箱は破れていないか」「付属品は無くしていないか」等々。以前はそこまで詳しく念押しされたことはなかった。

 言い換えると、ECの伸びと並行して返品も増え、お客の中には「商品をぞんざいに扱っている」ケースが増えているのではないか。メーカーならECにおいて、ある程度の返品ロスは織り込み済みだろう。でも、小売り業者は商品が売れることなく返品され、なおかつ再販できないのなら、収益にもろ響いてくる。

 これから夏にかけて素肌に着ける商品は、汗染みが付かないとも限らない。外履きのスニーカーではフットカバーを付けるにしても、試着するのにわざわざ新品や洗濯したそれに履き替えるお客はいないだろう。店舗でも履いている靴を脱いで試着するから、自宅に届いた商品に対しても同じはずだ。しかし、足の臭いには個人差があるし、通販では店の様にスタッフが接客対応をしない。当然、返品された状態もケースバイケースだと思う。

 筆者はRALYを2足注文する時点で1足は返品する前提だった。だから、届いたその日にサイズを確認するつもりで、新しいソックスを履いて試着した。そして、事務所のフローリングの上に敷いた洗濯したてのバスタオルの上で試し履きした。担当者にも返品商品に「瑕疵がない」ことを自信を持って告げた。返送には運送事故のリスクを考え、履歴がわかるゆうパックで使ったので、送料が1300円近くかかったが、これも最初から覚悟の上だ。ただ、ここまでやるのは、何度もできることではない。

 ECで販売される国内ブランドは、せめて店舗でも試着ができないかと思うが、ブランドの中には店舗商品=EC商品ではないケースも多々ある。店舗商品の方が気に入れば、接客を受けたり、試着して購入するかを決めればいいが、EC商品を購入したい場合、店舗では取り扱っていないというのがいちばん困る。まあ、返品すればいいのだろうが、いろんな規定もあるし、発送の手間や輸送事故などのリスクもある。

 店舗によってはネットで注文し、店舗で受け取るような仕組みを整えているところもあるが、それは店舗とECの商品がほぼ共通だから、メリットはそれほど感じない。ここまで来ると、ECビジネスはお客の側に主導権を渡さないよう購買に誘う戦略なのかとさえ思えてくる。

 アパレルや小売り各社の決算発表をみると、一様に昨年対比では店舗売上げが鈍化またはマイナスで、ECは伸びている。分母が違うので一概には比較はできないが、実店舗での接客や試着をカバーする仕組みが完全にECビジネスを支えているのは、確かだろう。

 もはや、お客が現物を試着をしないで購入するのは、すっかりトレンドとして定着したようだ。業績が絶好調なメルカリの経営者に言わせると、「お客は1万円のドレスを購入しても5000円で売れれば、半額でシェアした感覚になる」のだとか。だから、返品が面倒なら、しばらく身につけて「売ればいい」という意識なのだろう。

 しかし、靴は難しい。足の形は人種や民族で異なる。大きく分けてエジプト型、ギリシャ型、スクエア型と3種ある。エジプト型は母趾が一番長いタイプで、日本人の7〜8割がこのタイプだ。だから、先細の靴を履くと、外反母趾になりやすい。欧米人はギリシャ型で第2趾が一番長いタイプ。スクエア型は母趾と第2趾が同じくらいの長さだ。

 当然、革靴はもちろん、スニーカーもブランド母国の民族に合わせた木型で、作られているから、足に合う合わないは出てくる。それを考えると、日本人には日本のメーカーがいちばん合うはずだ。それに足には「ツボ」が集中しているから、なおさらフィットしない靴を履くと健康にも影響する。スニーカーはそこまでないにしても、足が滑ったり、靴擦れを起こすと、履くのを躊躇ってしまう。

 だから、購入時には試着が絶対に必要になる。EC先進国の米国でも靴の通販では30%が返品されるというから、試着しないことがいかに販売を難しくさせているのかとも言える。こうした問題をどう解決していくか。「合わなければ、ユーズドサイトで売ればいい」という効率重視のビジネス観だけで見過ごせるとは思えない。

 筆者は商品購入でも素材からインスピレーションし、スイッチが入る。直感で好きと感じた商品が試着できないと、買う気も削がれてしまう。数%しかいない層だからECのマーケットからは外れて当然なのだが、ECシステムだけで捉えられない=取り逃がしたところにもマーケットは出現するのではないか。ビジネスの趨勢、トレンドを捨てたところにも、新たなチャンスがあると思う。

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施設効果は期待薄。

2017-05-31 05:37:11 | Weblog
 先週末、熊本市に出張した。地震から1年1ヵ月。街は震災前とそれほど変わった様には見えない。ただ、熊本城は天守閣の屋根に足場が組まれ、遠目に見ても再建はこれから。
 住民でも被災者でもない筆者にはわからない爪痕があるだろうし、仮設住宅などでの生活を余儀なくされている方もいらっしゃる。1日も早く平穏な暮しを取り戻せるように願うばかりである。

 ちょうど、地震発生直後に鉄骨が組まれた状態だった下通商店街のNSビル。同ビルの1〜4階を占める都市型SC「COCOSA」がオープンして1ヵ月を経過したので、帰りにチェックしてみることにした。ここでは1985年からダイエーがGMSを営業していたが、店舗の老朽化と陳腐化で撤退。その跡地を地元のデベロッパーの南栄開発とオーナーの櫻井總本店が共同で開発したものである。


 SCの運営管理は天神ヴィオロと同じく東京建物グループの「プライムプレイス」が当たり、テナント誘致も担当している。メーンターゲットを「30代女性」に設定し、コンセプトは「DESIGN OUR LIFESTYLE」。アーバンリサーチやジャーナルスタンダード、無印良品、XLARGE、ザ・スーツカンパニーなど44店舗が入るコンパクトなファッションビルだ。メディアが好きな「熊本初出店」は30店舗あり、うち3店舗が「九州初上陸」という。

 ここは1973年に死者100名以上の大火災を起こした大洋デパートがあった場所だ。百貨店の経営陣は業務上過失致死罪で起訴され、最高裁で逆転無罪となったが、百貨店自体は倒産、廃業に追い込まれた。そんな曰く付きの店舗が過去を清算するように新ビルに生まれ変わったのは、震災復興を願う地元にとっても象徴的存在となるだろう。

 だが、ビジネスのポテンシャルどうなのか。テナントの顔ぶれはターゲットに合わせたというより、既存店とのバッティングから予想通りに落ち着いたという感じだ。セレクトショップの御三家、ビームス、ユナイテッドアローズ、シップスは通町筋界隈、エディフィス(ルームド エ イエナのメンズ&レディス)は鶴屋東館に出店済みだし、ナノユニバースも熊本パルコに入る。

 残るはジャーナルスタンダード、アーバンリサーチ(UR)くらいしかなく、 URのDOORSと抱き合わせでリーシングされている。(URのメイクストアはすでに鶴屋東館に出店)

 アダストリアのBAYFLOWとHAREもセットで誘致されたようだ。他のショップはフリークスストアやチャンピオン、リーとアメカジテイストになる。目を引くのは4階フロアすべてを占める無印良品くらいだろうか。衣料品はメンズ、レディス、キッズが揃い、雑貨も充実。郊外店にはない書籍コーナーやカフェレストランが併設されている。キャナルシティ博多のメガ業態やビルごと無印の天神店に比べると、家具や家電がないくらいで、日常の買い物には十分だろう。

 ただ、見方を変えると、目新しいテナントが誘致できていないとみることもできる。BAYFLOWや UR DOORSはメンズレディスのフルアイテム展開だが、他にスペースを稼げるのは無印良品はじめ、インテリア雑貨のunicoやザ・スーツカンパニーしかなかったと、言われてもしかたない。


 COCOSAはターゲットを30代女性向けにしたものの、ファッションテナントの大半は独身や感性年齢が若い層を考慮したようで、カジュアル主体でMDに奥行きがない。テナントに取り立てて個性的な業態がないので、多様化する30代を呼び寄せるとはいかないと思う。まあ、建物の延床面積はわずか19,000㎡弱しかないこともあるが、運営にあたるプライムプレイスの力からすれば、これが精一杯だったのではないか。

 オープンから1ヵ月。地震の影響で客足が遠のいていた下通の通行量は、対前年の150%、震災前と比較しても145%と、商店街組合はほくほく顔のようだ。それならCOCOSAも売上げも目標額に相当オンしてもいいはずなのに、こちらは予算対比でわずか5%上回る程度と、通行量に比べると見劣りする数字である。開業がゴールデンウィーク突入前だったため、連休に物見遊山のお客が多数訪れただけで、実際の買い物に結びついていないのだ。でも、この数字について筆者はある程度予測していたから、別に驚かない。

 理由はいろいろある。まず計画段階からSCゾーンが4フロアしかなく、ロケットスタートを切るほどのパワーを感じなかったこと。次にテナント発表の時点で、テイストが既存店とほとんど被っており、目新しさが少しもないこと。さらに2年後には交通センターがある桜町一帯にも約140店が入る大型商業施設が開業するため、テナント各社が様子見の状態であること。そして、入居テナントのほとんどがネット通販を行っており、お客にとって別に初めてではないため、現物の試着にやってきた程度であること等々だ。

 地元の人々が公言してはばからない「ファッションの街、熊本」にしては、それをリードするような店舗、業態が登場していないこともあるだろう。商業施設に出店するには、保証金や内装費などの初期投資に加え、歩率家賃が取られる。地元ファッションをリードしてきた商業者やショップオーナーからすれば、すでに顧客を捉まえ商売を成立させている。わざわざ多額の投資負担をしてまで出店する理由はないのだ。

 それ以上に地方都市のマーケットが完全に成熟しており、衣料品が個人消費を喚起する時代ではない。熊本のような地方都市は典型的で、周辺の一部がベッドタウン化する一方、中心部は人口減少に襲われている。いくらファッションの街と宣ったところで、マーケットはそこで生活する人々の身の丈以上に拡大しない。伸びシロがないのに商業施設を開業しても、起爆剤にはなりにくいということだ。

 大分市に2015年に開業にした「JRおおいたシティ」も、商業施設「アミュプラザおおいた」の初年度売上げは目標200億円に対し、224億円と予対112%となった。開業1年目は嫌が上でも集客はあるわけで、それを考えると10%程度のオンでは好業績を生んだ部類には入らない。COCOSAは開業してまだ一月しか経過していないが、おそらく予算対比では似たような数字に落ち着くのではないかと思う。

 もはや「箱ものの商業施設が地域を活性化する」というのは、自治体やメディアの勝手な願望や期待値に過ぎない。言い換えれば、地方都市のマーケットは急速に縮小しているのだから、それに対しどのような開発が必要なのか。テナントリーシングの前に業態開発から考えていかなければならない。でないと、ファッションの街、熊本も手前味噌なスローガンで終わってしまう。


 COCOSAの話とは関係ないが、取引先が地元紙の新聞広告を見せてくれた。新聞社の業務推進局が制作したカラー4連版で、My Jeans Storyをタイトルにした「企画枠」だ。ジーンズの起源や歴史を簡単に解説しつつ、熊本ファッションをリードして来たセレクトショップのオーナー夫人を始め、尾道デニムプロジェクトの熊本開催に参加する有志たちが登場している。


 年表からは70年代に流行した「カットオフ」や「継ぎ接ぎ(パッチワーク)」、ディナージーンズの「サスーン」が抜け落ちているものの、有志たちはみなテーパードの定番やヴィンテージ風を愛用しているところが熊本らしい。この広告をデニムやジーンズに詳しいファッションライターの南充浩さんがご覧になると、どう評価されるだろうか。そっちの方も気になった。

 個人的にはせっかく熊本に出張したのだから、復興応援のつもりで何か一つでも商品を買って帰りたかったが、COCOSAはもとよりストリートのショップでも、欲しい物は全く見つからない。事前にチェックしておいたムーンスターのMade in Kurume「RALY」も、ビームスの通販では取り扱われているものの、実店舗の熊本店に在庫は無し。試着ができないので、またもや購入を控えざるを得ない。

 結局、お土産はローカル紙の新聞広告のみになってしまった。まあ、次の熊本出張に期待するしかないだろう。

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ストックフォトの限界。

2017-05-26 16:06:27 | Weblog
 仕事柄、ずっと写真撮影に携わって来た。昭和の時代はロケやスタジオ撮りなどで、コンテ作りからディレクションまで行っていた。当時はカメラマンに撮ってもらうだけでなく、レンタルフォトを選択することもあった。

 ライブラリーでレンタルできる写真は、プロが物から人物、風景までとあらゆるテーマで撮りだめたポジフィルム(リバーサルフィルム)のデュープがストックされていた。35mm、6×7、4×5とサイズ別で使用料金は違うが、安い物で1万円、高いと3万〜5万円くらいで借りることできた。

 海外ロケ、ヘアメイクやスタイリストの起用など、あまりに撮影費がかかる場合は、コンテイメージに合致した写真があるのであれば、レンタルする方が安上がりだった。ただ、スチルライフによるイメージカットは、撮影した方が楽なケースもあった。必ずしも予算がないから、レンタルフォトを選ぶわけではなかったのだ。

 レンタルフォトには厳格な契約条項があり、申請した目的以外での使用はもちろん禁止。また、フィルムを毀損、滅失すれば、1枚単価の20倍以上を賠償しなければならなかった。実際、とある代理店の営業が借りたレンタルポジを、酒を飲んだ帰りにタクシーに置き忘れて紛失し、相当額の賠償金を支払わうはめになったという話もあったくらいだ。

 ところが、デジタル化が進むとフィルムは無くなり、写真はデータ化された。さらにネット環境の充実で、ストックフォトがそのままダウンロードで入手できるようになった。ライブラリーはストックのスペースが必要でなくなり、パソコンに大容量のハードディスクを付ければ容易に管理できる。反面、ボーダレス化で競争が激化し、レンタル料は格段に下がってしまった。使用する写真のピクセル数にもよるが、35mmリバーサルと比べると、レンタル料は3分の1から5分の1くらいではないだろうか。

 さらに今ではロイヤルティフリーで、しかも無償で使える写真がネットに溢れている。制作料金をかけられず、画素数が低くても十分なWebデザインでは使われるケースが多い。カメラ自体も家電化し、性能が高まっているので、構図さえ整えられると、プロが撮ったような写真が撮影できる。プロとアマチュアの差は明らかに縮まっているのだが、これも時代の趨勢だからどうしようもない。

 しかし、昨年、DeNAのキュレーションサイトが原稿の無断転載を行っていたことは、ネット業界が著作権問題に曖昧なことを露呈した。写真についてもネットの世界では画面から簡単にドラッグ&ドロップできるため、知らないうちに自分が撮影しアップした写真が勝手に使用されているケースがあるのだ。



 このコラムで一昨年の10月25日に投稿した「アパレルにも革新起業が望まれる。」http://blog.goo.ne.jp/souhaits225/e/9502177fb5dd9b218bd236da1e3a56d4
というテーマがある。


 このタイトル写真は当方が自らオリジナルで撮影したのだが、先日、「アパレル展示会&サンプルsale業界情報交換コミュニティ(アパレル関係者&その周りのクリエイティブ関係者Only)」という非公開グループのFacebook(カバー写真)で、トリミングを一部変えただけでそのまま勝手に使用されていたのを偶然に発見した。(タイトル写真)

 最近はファッションというか、アパレルイメージの写真もネットで検索すれば、いくらでもフリー素材が見つかる。でも、このFacebookの管理者にとってドンピシャの写真がなかったのだろうか。それとも、当方のコラムを見て良さそうだから、短絡的に拝借されたのだろうか。当方もファッション業界で長年仕事をして来ているが、かと言ってオリジナル写真が無断で勝手に使用されるとなると、話は別である。


 理由はどうあれ、当方は写真の被写体を事務所で蔵書するアートブックからピックアップし、コラムのテーマとすり合わせながら、表紙ビジュアル、サイズや色、タイトルをうまく組み合わせてマルチでレイアウトしたシチュエーションを組んだ。そうしたデザイン作業はディレクターとしての本業だから、コラムでも同じスタンスで試みたのだ。仕事のオファーを受けたのなら、当然、ギャラが発生する。

 ストックフォトグラフィのGetty Imagesでは、「写真の利用料を払うから、出版社や広告社に写真を使わせて欲しい」と、撮影者に連絡してくるのは業界では有名な話だ。使用料はケースバイケースだが、家族で食事をするに十分なほどを払ってくれるというから、それが世界の趨勢ではないかと思う。

 当方が書いたコラムの内容は、現在は終了してしまった「The Flagのイッシュー」で寄稿を求められたものだ。だから、The Flagでの転載ならまだしも、Facebookのような全く別の媒体に使用されるのはいかがかと思う。
 
 元来、レンタルフォトはわざわざ撮影するほどにない写真には向いている。例えば、ご来迎や雲海、 葉っぱから落ちそうな滴、 ハワイの青い海やニューヨークの自由の女神など、被写体そのものが不変ならレンタルの方がバリエーションが多い。ストック数も膨大だから好きなカットを選べばいいのだ。反面、ディレクターの立場から言わせてもらうと、「いかにもありそうな写真」「どこかで見たようなカット」で、オリジナリティは感じない。だから、撮影することになるのだ。当然、経費はかかるわけだが。

 それがフリー素材になると、なおさらありがちなカットで、オリジナリティもクリエイティビティも全くない。少しでもビジュアルデザインに携わった関係者なら、同じように感じると思う。Webデザインのように制作費がとれないものは、フリー素材を使わないとしかたないのは理解できる。FacebookのようなSNSのプラットフォームはテンプレートがあり、個人で簡単にアップすれば出来上がるからこそ、カバー写真のようなメーンビジュアルは重要になるのは、百も承知だ。でも、当方はネットだからと手を抜きたくないので、写真も自分で撮影したり、加工したりするのである。

 アパレル展示会&サンプルsale業界情報交換コミュニティは、管理者の方々こそ全く存じ上げないが、メンバーに名を連ねるのは実際に面識のある方、FBで友達申請をいただいた方など、業界で活躍されている面々がいらっしゃる。活動の拠点も東京の渋谷というファッションビジネスのコアだ。

 そのようなステージで、当方の写真が使用されたのは光栄である反面、ファッション最前線で光り輝く方々の活動が霞んでしまうのではないだろうか。某有名ファッションライターさんのように「だから、アパレル業界はパクリエーターばかりなんだよ」とまでは言わないが、たかがコラムのタイトル写真ですら手を抜かず考えて撮影している人間がいることもご理解いただきたい。

 念のためにオリジナル写真と無断使用の写真をアップしておく。 今回のコラムも通常通りFBにリンクするので、もし管理者の方に届いたのなら、カバー写真は差し替えていただくよう切にお願いする。

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NOジャケの仕事着って?

2017-05-24 07:01:19 | Weblog
  先日、繊研PLUSが書いたメンズの記事に目が止まった。(https://senken.co.jp/posts/joseph-homme-springsummer17-ingoodshape)オンワード樫山の「ジョセフ・オム」が春夏企画で実需型MDにしたところ、成果が上がっているという内容だ。

 オンワード樫山は百貨店系アパレルを牽引して来た。ブランドライセンスにも強く、カルバン・クラインやジャンポール・ゴルチェをヒットブランドに育てた実績をもつ。同社のメンズで、その系譜を引き継ぐのがジョゼフ・オムだと思う。

 昨今はライセンスそのものが陳腐化し、本家のインポートにはかなわなくなっているが、百貨店のメンズはそもそも1フロアと層が薄く、ブランド数は限られている。ライセンスと言えど、企画次第で需要はあるのだ。

 メンズの場合、百貨店を一歩出ると、商品はファッションビルのヤング向けか、ロードサイドの量販店か、ショッピングモールの度・カジュアルくらいだ。路面のセレクトショップもあるにはあるが、顧客重視のMDで一見客には敷居が高い。ブランドやデザインにはこだわらないが、質がいいものを身につけたいという30代〜50代は、百貨店御用達になっていく。

 中でもジョゼフ・オムは、デザイナーブランドのテイストで作られており、企画には毎シーズンかなりの力が入っているように感じる。記事にも書かれているが、今シーズンは「季節の変わり目の気温変化に対応できる『ブルゾン』やニットトップなどの中間的なアイテムがヒットした」という。

 メンズのスタイリングは、オン対応のテーラードスーツ、オンオフ兼用のジャケット&パンツ。布帛のシャツやカットソーにパンツ(ジーンズ含む)。カジュアルアイテムで上着が必要な時はアメカジライクなジャンパーやユーロスタイルのブルゾンしかない。冬場はそれにウールや綿のコート、レザーやダウンが加わるくらいだ。企画すると言っても、限られたアイテムの中で、いかにスタイリングの「単品」を作れるかなのだ。

 ジョセフ・オムは、「コートからジャケットへ需要がシフトする時期の中間アイテムとして、今年はブルゾンが前年の1.5倍の売れ行き、ジャケットからシャツの中間として、半袖ニットが1.7倍となった」(記事より)というから、メンズでも端境期にいかに需要を生み出すかが売上げを平準化するカギということである。

 このブルゾンについては、土日のスタイリング提案が好評だったようで、「IT(情報技術)系やクリエイター系など職種によっては、カジュアルアイテムを仕事着として購入する客層も多い」(記事より)とか。この行には筆者もうなづける反面、まだまだと思える部分もある。

 ITという言葉がいつから流行したか。20年くらい前だろうか。IT関係者はオフィス内で終日仕事ができることから、米国では外回りのビジネスマンとは違い、Tシャツやポロシャツにパンツでも構わないと言われていた。ドレスコードについては、それほど厳格化しない業界なのだ。

 日本でもホリエモンこと、堀江貴文氏が登場した十数年前、Tシャツ&パンツ姿でメディア露出したが、同氏は日本的なドレスコードを無視したのではなく、ファッションそのものにあまり関心がないように感じた。もっとも、この頃はインターネットバブルが弾け、生き残った連中でも着るものにまでカネをかける余裕はなかったと思う。

 今はビジネスの軸が完全にIT主導に移っており、収益を上げている企業は少なくない。スーツ姿が様になる経営者も登場しているが、技術系ではまだまだファッションに無頓着な人間がかなりいるのではないか。ただ、Webを含めクリエイティブワークに従事するスタッフになるとスーツでは堅苦しいし、ノーネクタイでは逆に収まりが悪い。だから、通勤のアウターでブルゾンへのニーズはあると思う。

 マスマーケットではMA-1がトレンドで、ファストファッションからセレクト系まで、どこもかしこも企画している。もともとパイロットの防寒着のため、ビジネスカジュアルに持って来るには無理がある。だから、どうすればビジネス対応できるのか。その辺の微妙なニュアンスをジョセフ・オムはうまく企画に落とし込んだということだ。

 また、ブルゾンのような丈の短い上着を着ると、どうしてもブルーカラーっぽく見えてしまう。襟がシャツカラー、袖がカフス、比翼でジップフライ、あるいはリブによる裾絞りで脇や胴回りが脹らむと、もろ◯◯メーカーの工員や物流会社の仕分けスタッフだ。だから、いかにシルエットをスマートにして機能性を排除したデザインにするか。

 ジョセフ・オムはブルゾンという名称からユーロテイストを醸し出すため、企画では生地から手配して吟味し採用したはずだ。春夏の実需にそわせるため、インナーに綿のシャツやカットソーを着る前提で表素材や裏地を選んのではないか。その分、質感はグンと上がり、ポリ製のMA-1のように安っぽくは見えない。これがファッション知識はなくても、見た目で判断するクリエーター系にも受け入れられたのだろう。

 メンズではミリタリーなど企画の原型が揃うが、デザイナーズブランドではここからいかに引き算で形を作り上げるかになっていく。デスクワークばかりで体型が崩れてきた人間で、そこそこの可処分所得をもつIT関係者をいかにスマートにかつ洗練させるか。それはある意味、売れるファッションの答えでもある。

 そこで、筆者が懇意にするレディスメーカーの企画を参考に、メンズに応用できるような処理や始末を挙げ、「売れるブルゾン」のディテールを考えてみたい。



 ①襟先は始末に変化を付ける。

 スタジャンやMA-1はリブの丸襟なので、襟先の身頃との合わせをまっすぐカットして変化をつけるのもいいと思う。




 ②ジップで遊んでみる。

 ジップ仕様の場合、いろんな素材やカラー、引き手の形状で遊んでみる。表地が黒なら思いきってジップの色を赤やオレンジにするのも手だ。レザージャケットのフロントはダブルジップも少なくないので、薄手のブルゾンでも採用して、インナーに着るカットソーやシャツとの色合わせを楽しむ着こなしができる。


 ③袖は口に向けてテーパードも。

 ブルーカラーの作業ジャンパーに見えないようにする。袖は口に向けて捕捉すれば野暮ったくは見えない。始末もステッチ無しの裏接着でシンプルな加工もいい。腕がもたもたしないとフィット感が増し、シルエットもシャープに見える。


 ④縫い目ポケットで出っ腹に見せない。

 カンガルーポケットのパーカーのを見れば一目瞭然。前合わせがジップ仕様になると、フロントが弛んで見えてしまう。身頃と細腹の間に縫い目ポケットをつけ、スナップ留めにして弛みを緩和することができる。


 ⑤切り替えで変化を付ける。

 ライダーズジャケットの肩や上腕は転倒した場合に衝撃を吸収する目的で、中綿を入れた「パット」仕様になっている。こうした切り替えをディテール処理として生かす。機能性のディテールを対照的なデザイン処理を施すことで変化を付ける。


 ⑥裏地はカットソー仕様で。

 春や秋の端境期に着ることを想定すれば、裏にはカットソーの総貼りでもいい。多少の肌寒さを緩和できるし、汗も吸ってくれる。かつてレディスのブルゾン企画では、カットソーの色を赤やオレンジにして表地の黒とコントラストを効かせたこともある。メンズにも裏地も色で楽しむ企画が欲しい。

 レディスキャリア畑を歩んで来た筆者からすれば、メンズのビジカジ企画は「まだまだ」だと思う。ジャンパーやブルゾンが変わったと見えるには、表地から変えていかないと、ウエアとしての存在感も出せない。ファストファッションではフェイクレザーなどの登場しているが、やはり安っぽい。メンズはレディスほど素材もデザインもバリエーションがないこともあるが、どうしても売るためには実需対応しかないところに企画の貧困さが現れる。色柄、混紡など素材からセレクトして企画することが必要だろう。

 特に百貨店系のメンズアパレルでは、ベーシックな既製パターンを利用しているのか、ブルゾンやジャケットのサイジングが古くさい。おじさんたちが着ているのを見ると、一様に肩幅や身幅、襟の寸法が同様で、ブランド名だけ変えて焼き直したのではと思わざるを得ない。この辺も百貨店離れの要因ではないだろうか。別にデザインに拘れという意味ではない。サイジングや基本パターンにも「今」が必要だと思うのだ。

 メンズ畑の諸兄からはそんな単純ではないとのご意見もあるだろう。あくまでレディスという門外漢の発想だが、IT化や非正規雇用が進んだことで、通勤着にはNOジャケスタイルが浸透している。とすれば、その辺のアイテムを何とかしないと、百貨店系メンズは生き残れないかもしれない。現状のマーケットに飽き足りない大人のファッションを掘り起こすためにも、一考する価値は大いにありそうだ。
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お客に見える改革。

2017-05-17 04:48:14 | Weblog
 三越伊勢丹ホールディングスは、杉江俊彦新新体制となって1ヵ月が過ぎた。大西洋前社長が取り組んだ中長期戦略にブレはない一方で、百貨店事業では伊勢丹新宿本店、三越日本橋店、三越銀座店にも大ナタが振られることになった。

 この基幹3店については、2017年3月決算で255億円の黒字を見込んでいたが、経費やコストの上昇を招いて、営業利益は96億円減の159億円止り。そのため、要員や販促といった経費の削減にも手を付けざるを得なくなったのである。

 構造改革と言ってもリストラばかりを進めると、社員のモチベーションは上がらない。大西体制の改革路線では社員を鼓舞するために、社内プロジェクトに頼りきったようである。それで社内の意識改革が進めば良いのだが、イベントに注力するばかりで経費が嵩んでいったのだ。

 百貨店にとって売上げを上げるには「いかに多くのお客さんを呼ぶか」。「◯◯展」「◯◯フェア」といった集客イベントは基本の基になる。そうしたプロジェクは、若手社員になるほど前のめりで打ち込むだろう。

 しかし、それぞれに売上げ目標があるわけで、適正な利益を上げられなければ、実施する意味は無い。それでなくてもイベントは催事場作りからチラシの制作や折込み、テレビスポットまでと経費がかかる。莫大な投資をして収益が上がっているイベントは、むしろ少ないのではないのか。

 例えば、北海道物産展を実施するに当たって、より魅力的な目玉商品を揃えるために、担当バイヤーが期間中に「獲れたての食材」を現地まで仕入れにいくケースがある。しかし、高々1週間程度のイベントでは、出張旅費などを考えると採算が取れるはずはない。関係者によると、三越伊勢丹ホールディングスでは1億円もの経費をかけて、1円の利益も出ないイベントがあったいうから、驚く限りだ。

 目玉企画では「顧客満足度アップ」「お得意さんへの感謝」「利益度外視のサービス」などの大義名分が挙げられ、実施へのハードルが下げられる。しかし、それらの理由で有り余る収益につながっていないのではあれば、経営者がメスを入れるのは当然だろう。杉江新体制ではイベントにもメリハリを付け、コストカットも厳格にするということである。

 もっとも、経営サイドが行おうとしている構造改革は、数字には表れるかもしれないが、あくまで内向きである。お客にとって「三越や伊勢丹は変わったね」と思える外向きの変化は、やはり商品や品揃え、サービスでしかない。

 新宿、日本橋、銀座の基幹3店で国内外のラグジュアリーブランド、百貨店系アパレルやミセス系のインショップ、オーダーサロンやギフト、宝飾品といった旧来の品揃えを主体に営業を続けているようでは、変化はもとより活性化にはほど遠い気がする。これらの店舗がターゲットに想定する可処分所得があり、消費意欲をもつ大人のお客にとって、それらは「今すぐにでも買いたくなるような商品ではない」からだ。

 杉江社長は、これら3店のMDに切り込むという具体性は挙げずに、店舗コンセプトの修正という抽象論を言及した。そこではまず新宿本店の『ファッションミュージアム』という方向性が見えづらいことから、「本当のファッションの伊勢丹への回帰」を合言葉に掲げている。

 では、「本当のファッション」とはいったい何なのか。国内外の高感度ファッション=ブランドを並べただけでそうなのか。あまりに漠然としていて、変化の具体性が見えねえよと突っ込みたくなる。

 新宿本店はこれまでの売上げ実績とアパレルメーカーの信頼により、日本のファッションをリードしてきたという自信に溢れていただけだと思う。売上げが下降しているのは、何より顧客の信頼を得なくなっている証拠だ。「伊勢丹の新宿本店に行けば、最新トレンド、旬のアイテムで、必ず欲しい物が見つかる」とは、多くのお客が思えなくなっているのではないか。

 確かに後倒しでもセールになれば、新宿本店は開店前から長蛇の列ができる。でも、それはブランドが安く買えるから、お客が来ているだけではないのか。言い換えれば、プロパーでコンスタントに売れている=お客がカネを出しても買いたくなる商品がどれほどあるのかということである。

 J.フロントリテイリング傘下のギンザシックスは、ブランドテナントを誘致することで「ファッションスペシャリティモール」を目指そうとしている。それがどういう成果を生み出すのか。オープン直後の今、結論を出すのはまだ早い。伊勢丹が本当のファッションに回帰するのなら、仕入れにしてもテナント誘致にしても、ギンザシックスとは別次元の方向性を打ち出さなければならないはずだ。

 すぐにでも買いたくなるようなファッションは、もはやワールドワイドである。お客はネットを使って国内外のブランドから通販サイトまでに目を凝らし、価格と価値のバランス、自分の感性やライフスタイルに照らし合わせて、ほしい商品を探している。こうした現状をどう捉え、即応するのか。百貨店だけの次元で考えても、去っていったお客は呼び戻せない。当然、新宿本店にファッションリーダーとしての復権などあるはずも無い。

 日本橋店は「富裕層とエグゼクティブに特化した店づくり」として、ラグジュアリーブランドや宝飾・時計などを強化するという。これについてもターゲットを確実に押さえ、売上げを維持、拡大できるかには疑問符がつく。店舗が設定する商圏はせいぜい関東一円だろう。そこに住むお客は可処分所得は多いが、並行して高齢になっている。先が見ている人間がそれほど浪費するとは思えない。

 売上高は客単価×客数、客単価は商品単価×買上点数で決まる。確かにラグジュアリーブランドや宝飾・時計は単価は高いが、買い上げ点数は多くなく、商品の回転率は落ちる。また高額商品を販売するには、高い販売力が不可欠になる。販売力はヒューマンスキルだけでなく、売場づくりや売り方などの仕掛けも必要で、売上げに弾みを付けるのは、そんなに簡単なことではない。

 商圏が決まっている店舗販売だけでは、どうしても限界があるだろう。暖簾や信用を生かし外商など営業開拓を積極化するにしても、コスト面との兼ね合いとなる。高額商品を扱う以上、商圏の拡大(地方の富裕層にも照準)は不可欠だし、成熟したマーケットでは品揃えのバリエーション(デザインや感度)を広げないと、ジリ貧になる。三越のバイイングパワーが発揮できるかにもかかっているのだ。

 銀座店は「街のフラッグシップとしての店作りをしていく」というが、数年前の改装効果すら出せていないのに何をか言わんやである。有楽町そごうは家電量販店が後を受け継ぎ、有楽町西武は駅ビルのルミネに代わった。「郊外にしか店がないので、仕事帰りに寄ってみたい」との丸の内OLのニーズからプランタン銀座にはニトリが出店した。でも、それらは売れ筋対応で、決して提案型ではない。

 ギンザシックスは国内外のラグジュアリーを集積したが、インバウンドへの過度な期待は禁物だ。他にも銀座にはラグジュアリーから、コムサのアルチザン、ファストリのGUまでピンキリある。そう考えると、銀座店で化粧品や雑貨をエントリープライスで販売したところで、競争から抜け出せるとは思えない。

 アパレルについて言うなら、松屋銀座が展開していた「ソーホーズルーム」くらい尖った売場を作らない限り、メンズ、レディスともマーケットの穴は埋められないと思う。「世界で一番人が集まる場所」であるからこそ、捕捉できてないお客はまだまだいるはずだ。それに照準を当てていかない無いと、新たなマーケットは掘り起こせない。

 化粧品は海外を含めて新たなブランドを開拓する必要があるだろうし、雑貨は機能や感度に照準を当てて、価格を上げないと、銀座にはそぐわない。コスメは国内外で次々と新商品が開発され、日本の制度の枠内で販売代理先を求めている。肌に合う合わないがあるので、誘致には慎重を期す必要があるが、総じて利益率は高いので狙い目になるし、すでにセレクトショップなどが販売に乗り出している。如何せん、百貨店は有名ブランドに拘り過ぎるあまりに、出遅れ感が否めない。

 雑貨は参入障壁が低いために猫も杓子も扱って値崩れし、マーケットは荒れている。だからこそ、銀座店は企画力や専門性が高く、確かな品質の商品をどこまで開拓できるかだ。インテリア寄りに振るのも一つの手かもしれない。ニトリがあるわけだが、それでは満足しない層が一定数はいるはずだ。




 かといって銀座に店舗を構える大塚家具が好調なわけではない。ならば、 いっそのこと、三越伊勢丹と共同で新業態をリーシングしてはどうか。提携は大西前体制からビームスや旅行、ブライダルと積極的だった。両社とも業態開発は無理だろうから、個人的には米国の「クレート&バレル(https://www.crateandbarrel.com/)」くらい誘致できれば、面白いと思う。

 イッタラやトンフィスク・デザインなどの北欧系雑貨はすでに珍しくなくっている。そんな雑貨を取り扱う専門店を誘致したところで、お客は飛びつかない。大ナタを振るうだけでなく、その後にどんな芽を出すことができるのか。お客が「三越も伊勢丹も変わったから、行ってみよう」と思えなければ、収益の回復にはほど遠いと思う。

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コンサバ反抗のうねり。

2017-05-10 07:05:13 | Weblog
 5月4日、米国ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)で、コムデギャルソンのデザイナー、川久保玲氏による「Rei Kawakubo/Comme des Garçons: Art of the In-Between」(コムデギャルソン 間の技)の一般公開が始まった。

  METと言えば、ニューヨークを代表する美術館である。筆者は過去に何度も訪れているが、とてもすべての展示を見きれていない。セクションは1階2階あわせて20近くに分かれ、創設当初のエジプトコレクションから中世ヨーロッパ、中近東、アジア、中央アメリカまで膨大な収蔵品が置かれている。

 ただ、METにはモナリザやロゼッタストーンのような歴史遺産があるわけではなく、19世紀後半に起こった市民運動により、美術館として全くゼロから収集し始めたものだ。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、経済的に疲弊したヨーロッパ諸国がオークションに出した比較的小物が収蔵されているに過ぎない。

 とは言っても、中世ヨーロッパの絵画や美術品の充実度は群を抜いており、それだけアート収集への執着心の強さをうかがわせる。それらは著名な富豪たちの寄贈やチャリティがあってのもので、「いいものは次代に残す」というコレクターズ・スピリッツがMETの基礎を支えていると言っても過言ではないだろう。

 そんなMETがエキジビジョンとは言え、川久保氏のクリエーションを扱うのは異例のことだ。存命のデザイナーとしては1983年のイブ・サンローラン以来で、5月1日のプレスプレビューでは、これまでにない長蛇の列ができたのも、過去には例がないようである。 

 MoMAやゲッケンハイムに比べると、METには20世紀以前の歴史的アートが多い。キュレーターは新陳代謝しているとは言っても、川久保氏のクリエーションのように美しく詩的で彫刻のような造型にも、時代的な価値を感じざるを得ないのだと思う。

 今ではインターネットで著名な絵画や彫刻から前衛芸術家のオブジェ、気鋭の新人アーチストまでの作品を鑑賞することができる。ただ、それはパソコンの画面を通しての鑑賞に止まり、ライブ感というか、作品が放つソウルフルな熱を感じない。やはり美術館やギャラリーで展示されるアートこそ、生で観る価値がある。

 今回のエキジビジョンでは、パリコレで披露されて来た数々のクリエーションを時系列に関係なく、接することができる。川久保氏が常に語っている飢餓状態から生まれる新しい発見や前進、心の躍動を目の当たりにすれば、作品の完成度や創造性は年を経ても朽ちないことがわかると思う。コムデギャルソンはいつもア・ラ・モードなのだ。

 それらは白バックの壁でオープン展示され、コレクションより静止した状態で見ることができるのだから、筆者のように素材からファッションに入る人間にとっては、色や組織を研究するまたとないチャンスになる。

 こうしたエキジビジョンをMET側が提案したのが、川久保氏の意向なのかはわからないが、川久保氏はこれまでにも色んなキュレーターと展示会を協創してきただけに、こうしたカタチになるのは順当なところだろう。



 今回の展示で目を引くのは、まずデザインとしてセンセーションを巻き起こした「こぶドレス」に見られる立体造型だろうか。「ボディミーツドレス、ドレスミーツボディ」をテーマに、90年代後半のコレクションで登場した。

 ストレッチのきいた生地を生身の身体に貼り付かせたドレスである一方、肩や背中、腰などにある「こぶ」の部分には羽毛を入れることで、立体をより際立たせ新しいフォルムを表現している。ファッションデザインの可能性を広げるために体型にあえて逆らうという逆説の創作と言える。



 もう一つは、コムデギャルソンの功績でもある「黒」と穴空きセーターに代表される「ボロルック」だ。 ヨーロッパで黒は禁欲的な色と言われ、モードでは採用されなかったことに挑戦したもので、パリコレがずっと提案して来たエレガンスできらびやかな衣装へのプロテストとでも言おうか。

 洋裁の経験者なら「破れ、ほつれはそのままにしておくと、どんどん酷くなる」と感じる。しかし、コムデギャルソンは素材にあえて負荷をかけて粗野に加工し、劣化した状態にすることで形を作り上げていく。当然、新品なのだからこれ以上、破れやほつれが進むと困るわけで、目に見えない部分での防止処理が施されている。ボロルックには見えないところで手間隙がかかっているのだ。



 他にもジャケットやスーツの上着部分に太めの料袖や花飾りを接着したものもある。こちらはずらしや置き換え、反転といった技法を施したもので、服の身頃につくのは2つ袖だけではない、装飾は袖口にあるとの固定観念を真っ向から覆した作品である。

 アートに昇華するクリエーションとでも言おうか。服の構造を完全に崩すことで新しい造型を生み出し、デザインを素材やシルエット、ディテール、サイズといったお決まりの条件、旧態依然としたルール、固定した美意識を解き放してみせる。

 こうした服作りを振り返ると、当初からコムデギャルソンに否定的なメディアは少なくなかった。筆者が記憶しているだけでも、散々な評価をしたところがある。

 「みすぼらしい崇拝主義」「これは不吉な未来を予告する醜悪のスノビズム」等々。

 筆者が初めてパリコレを見た90年代終わり頃も、「精神病患者の服」なんて酷評したメディアもあった。ヨーロッパ人の美意識や規範からすれば、ルイ王朝の時代から続くエレガンスで美しいファッションを作り育てて来たのに、黒やボロルックというコムデギャルソンが生み出す鋭いカウンターパンチで、自分たちが築き上げた価値観を崩されてしまったからだ。

 しかしである。ファッションの世界では、新しい概念の服作りがうねりとなって以前の服作りを「過去の物」「古さ」の次元にはね飛ばしていくのも事実だ。川久保氏はパリコレにおいて常にア・ラ・モードを提案し、バイヤーやファンに独自の美意識を植え付け、アバンギャルドな感性を育むことで、ヨーロッパの伝統こそすでに「コンサバ」でしかないと、気づかせたようなものである。

 そうした姿勢と行動のもとで繰り広げられる川久保氏のエキジビジョンは、これまでにニューヨークでは開催されていない(筆者の記憶ではたぶん)。ニューヨークのファッションは、ビジネスを意識=売れることを前提するため、デザインは比較的トラディッショナル(コンサバ)だ。イヴァンカ・トランプのようなレディスファッションを見ると、その系譜は一目瞭然だろう。

 ただ、コムデギャルソンのボロルックを商品として見れば、ワーキングウーマンが着こなすマニッシュなスーツとは対照的で、他社よりアップトゥデートを行きたいヘンリ・ベンデルやバーニーズには支持されてきている。マーケットではいたってコンサバなファッションが主流だから、むしろ新しいものをどんどん取り入れていくのだ。当然、メディアも川久保氏のクリエーションには、一定の評価を与えている。

 特にニューヨークはアートというジャンルでは、絵画からグラフィックデザイン、オブジェ、建築に至るまでで新しいものを生み出す土壌があり、よそからの才能も積極的に受け入れる懐の深さをもつ。アートは自由であることが基本スタンスなのである。

 その意味では、アバンギャルドの極みを集めた今回の展示会は、大半のニューヨーカーやメディアには好感を持って受け入れられるはずだ。さらにパトロンを探しながら、キュレーターやギャラリーの目に止まることを夢見て、創作活動にあたっている無名のアーチストたちにも刺激を与えると思う。

 もちろん、メディアや評論家の一部からは、酷評されるかもしれない。しかし、そもそもニューヨーク、METで展示会を開催したのは、そうした受難さえも「無視されるよりも、まだまし」と、川久保氏が創作意欲の糧にしているからなのだ。モードの価値観を変えれば変えるほどに反感を買うことが、逆にコムデギャルソンの評価を上げる。逆風に立ち向かうエネルギーが次の創作へを駆り立てていくのである。

 次代のモードをアートとしても創造しつづける川久保玲氏。コムデギャルソンがラファエロやルーベンスと肩を並べ、METの収蔵品になる日はそう遠くないのかもしれない。22世紀に生まれ変われるなら、ぜひ見てみたいものである。
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ネット通販が握る金融。

2017-05-03 07:30:46 | Weblog
 前々回、 ZOZOTOWNが商品購入代金を最大で2ヵ月遅らせる「ツケ払い」について書いた。 ツケ払いはビジネス系のネットメディアも注目しているようで、スタートトゥデイの前澤友作社長が決算発表で語ったコメントを取り上げている記事もある。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170428-00000102-zdn_mkt-bus_all

 それらによると、今回のツケ払いについて前澤社長は、

「テレビCMはツケ払いを訴求した。その結果、認知度、利用率が上がった。この成果が、17年4月以降の業績にも好影響を与える」

「利用率についてはお答えできない。未払いがどれくらいなのかは把握していない」

「GMO(ペイメントサービス)とは共同でやっているサービスなので、不測の事態があればお互いに話し合って解決していく」

「建設的に取引をしているし、危惧するところはない。このまま継続サービスとしてやっていきたい」


と説明したと、なっている。

 決算発表では、新規ユーザーがどれほど獲得できたかは語られていないが、PR効果は抜群で、売上げに上積みされたのは間違いないようだ。ただ、 ZOZOTOWNの既存客は、基本的にクレジットカードや代引きを選択すると思う。ツケ払いにしたところで、2ヵ月先には支払わないといけない。端から支払いを先延ばしするなら、ボーナス一括払いを選択するのではないか。

 そう考えると、新規ユーザーの8割程度は、カードを持たない学生や未成年ではないかと思われる。そこで懸念されるのが、2ヵ月先の「未払い率」である。前澤社長は未払い率について把握していない、また不測の事態があれば、お互いに話し合って解決していくと説明した。

 これは「あまりに未支払いが増えた時、ツケ払いへの与信審査にも影響が及ぶから、対策を講じなければならない」ということではないか。言い換えれば、スタートトゥデイにとっては、未払い率がGMOペイメントサービスのレッドラインに達しない限り、それほど心配することではないとも、受け取れる。


 一般のクレジットカードでは、かつては「毎月の未払い率が10%程度ある」と言われた。今では非正規雇用や自己破産が増えているため、さらに増加しているのではないかと思うが、詳細のところはよくわからない。

 決済はあくまで代行会社のGMOペイメントサービスの仕事だ。筆者が以前に書いたように「ZOZOTOWNはGMOペイメントサービスに決済を代行してもらい、同社がユーザーから代金を回収する」のだから、未支払いはスタートトゥデイに直接は関係ないのである。

 前澤社長は本年度もサービスを継続するというから、ツケ払いという売上げ刺激策で、当面の業績アップに弾みをつける狙いと思われる。もっとも、利用率や未払い率が公表されてない点は、未成年者が支払いに窮することや金銭感覚を麻痺させる危険性に触れられたくないためとも考えられる。あまりにそこを突っ込まれたり、対応策に追われるようでは、せっかくの売上げ刺激策に水を差すからだ。

 ただ、一方で収入が少ない若者が支払えないケースが生じることへの懸念が払拭されたわけではない。

 ネットでの報告では、
 
「ツケ払いの支払い通知を放置していて、気が付いたら督促状が来ていた」

というから、認知度、利用率は上がったものの、「2ヵ月後に支払う」という「約定」は十分に浸透していないと解釈することもできる。というか、やはり購入時点でお金がなく、「2ヵ月経てばなんとかなるだろう」という意識のユーザーもいるのではないのか。実に驚くことだ。

 ネット通販事業者は、今やツケ払いを導入し決済代行会社に手数料を支払ってまでしないと、売上げを確保せざるを得ないところまで行きついてしまったと言える。そう考えると今後、スタートトゥデイがこうした施策でどこまで売上げを伸ばせるか。はたまた、単なるファッション通販事業の枠に止まるだけなのか。ネット通販の行きつく将来はどう展望するかである。

 ZOZOTOWNは単なるファッション通販で、ツケ払いで2ヵ月先に支払いを先延ばしする与信判断に乗り出した。これはある意味、金融に乗り出したと言えなくもない。ただ、銀行のような金融機関では、個人向けのカードローンまで行っている。前々回も書いたが、法律で規制されている「年収の3分の1」を超える貸し付けもあるようで、自己破産増加の原因にもなっていると言われる。

 ただ、IT技術の進歩により、フィンテックという新しい金融のあり方が登場している点で、「カネの出し入れを把握する」ネット通販事業が金融に絡むのはあり得ることだ。カギを握るのはamazon.comと見て、間違いないだろう。

 amazonは店舗も販売スタッフも抱えないことで、莫大な収益を上げることを実現した。当然、生活に必要なあるゆる商品の取扱い量からすれば、莫大な現金を持っていると考えられる。これを金融ビジネスに落とし込む仕組みとしては、サイトにアップされた商品が何日で売れ、現金化されていくか。この日数が短いほど、手にするキャッシュは早くなる。当然、在庫の回転率や商品の品揃えなども把握でき、データは蓄積されていく。

 amazonビジネスの理想型は、売掛金の回収は早く、在庫は少なめで、買掛金は先延ばしして、いかに手元に現金をもっておくこと。まさに究極の小売りビジネスに突き進んでいるのである。ジャパネットたかたが「30回金利手数料を負担」にするのは、お客の与信情報を蓄積するのと同時に少しでも現金を回収することで、手元にできるだけ多くのキャッシュをもち、仕入れに有利にすると聞いたことがある。amazonはそれより扱う商品が多いことで、途轍もなく有利になるのだ。

 しかも、商品の物流を押さえ、取引データを蓄積しているため、取引先にどこまで融資できるかの与信の判断にまでつなげられる。常に消費の動向に目を光らせることは経済の動きをつかんでいるのと同じで、それについて金融機関より一日の長があるamazonは、優位に立てるかもしれないのだ。

 すでにamazonは「amazonレンディング」という金融サービスを始めている。(https://www.amazon.co.jp/gp/press/pr/20140220)これはマーケットプレイスの取引実績がある法人向けの短期運転資金ローンで、 出店する小売業者のビジネス成長を支援するために、必要な資金を必要とする時期に簡単に融資するものだ。amazonがネット通販と物流、データ蓄積で培った取引先事業者の与信はここまで来たということだ。

 その点で、スタートトゥデイはどうだろうか。 業績はZOZOTOWNが683億円で、前年比42.4%増と絶好調だ。取引する店舗は1000近くに及ぶ。まだまだ資金的には潤沢でないかもしれないが、商品が確保できないとビジネスの先もないわけだから、将来的には取引先に対する、何らかの支援策が必要なのは言うまでもない。

 amazonが東コレのスポンサーになっているのは、単に衣料品を品揃えを充実させるためというより、金融面でのアパレル支援も将来的にはあるかもしれないのだ。

 スタートトゥデイは顧客サービスとしてのツケ払いを単に自社の売上げ確保のために利用するのではなく、手元の残るキャッシュとITインフラを最大限に活用して、アパレル業界やデザイナーのサポートにも踏み出してはどうだろうか。これからのアパレルビジネスはITや金融がカギを握ると言われるのはそういうことである。

 でき上がったものをとにかく売ればいいだけでは、少子化で市場が縮小する中でやがて頭打ちになる。それより新たな芽を育てていくことも社会の公器、上場企業の役割であるように思う。

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最速は価値になるのか?

2017-04-26 07:26:52 | Weblog
 日本一の商業地、銀座。高校の時に初めて訪れ、社会人になってからもよく出かけた街だ。高級ブランドや老舗専門店には縁がなかったが、伊東屋のステーショナリーやマツヤギンザのデパ地下は御用達だった。だが、バブル景気が弾け、さらにリーマンショックに晒されると、ユニクロやニトリなどの低価格の業態が進出した。それでも、街の雰囲気は変わらず、ここに来て高級店が戻って来ている。その代表格が4月20日にオープンした「GINZA SIX/ギンザシックス」だ。

 国内外のラグジュアリーブランドから有名デザイナーの新業態、アート&カルチャー、飲食までとフルラインの品揃え。ヨウジヤマモトの「グラウンドワイ」、ヘアアクセサリーの「アレクサンドル・ドゥ・パリ」、英国のアウトドアブランドの「バブアー」、アメトラの「フリーマンズ・スポーティング・クラブ」など、注目店にも事欠かない。それだけ銀座という街に期待が集まる証左だろう。

 小売り業界はデフレが解消したとは言い難く、個人消費は依然として低迷が続く。いくらネット通販が伸びていると言っても、実店舗は苦戦を強いられている。差し引きすれば、プラス成長とは言い難い。その意味では、日本一集客力のある街に誕生した新店だから、お客を「行ってみよう」という気持ちにはさせるはずだ。筆者のように地方に住みながらも、銀座への思い入れが強い人間なら、なおさらである。

 今から20年ほど前、米国ニューヨークのあるレストランオーナーはこう言った。「人間は外出したい。だから、お客さんはやって来る。要は工夫次第だ」と。買う買わないは別にしても、ギンザシックスでは実店舗というリアルな空間、接客を受け試着できる環境、肉声と人膚によるふれあいなど、お客は買い物の原点に立ち返ることができる。すっかり死語となった「銀ぶら」を復権させるきっかけに、なってほしいものだ。

 運営するJ.フロントリテイリングにとっても、百貨店がジリ貧状態にあるだけに、ギンザシックは生き残るための最後の砦かもしれない。不動産業として手当り次第にブランドをかき集め、日本初、旗艦店、新業態といった冠をつける陳腐なやり方だが、これ以外に目新しい方法が見つからないからしょうがない。だからこそ、最上級の銀座コンシェルジュという価値提案で、百貨店を超える業態に育てていかなければならない。



 現実に目を向けると、ひとつ気になることがある。ギンザシックス6階に出店する蔦屋書店が取り扱う洋書の価格だ。すっかりネット通販のamazon.comが浸透した中で、内外価格差があり過ぎるのは、競争力としてどうなのだろうか。
 同書店では5月4日、ニューヨークのメトロポリタン美術館で開幕する「Rei Kawakubo/Comme des Garcons Art of the In Between」に合わせて、特別編集した洋書のアートブック(同タイトル)をオープン初日から「世界最速」と銘打ち「先行販売」している。価格は8,424円(税込)だ。



 コムデギャルソンからすれば、Tシャツ1枚程度の価格だが、アートブックの次元からすれば、決して安くはない。たぶん、ブランドファンの若者なら真向かいユニクロ裏のドーバーストリートマーケットで、ウエアや靴を選ぶだろう。アートブックに興味があるのは、筆者のようにデザインに携わる人間か、カメラマンやスタイリスト、ディスプレイとして楽しむギャラリーや店舗のオーナーくらいだと思う。

 でも、どれほどが「世界最速」「先行販売」に惹かれるかである。特に洋書やアートブックに興味がある人間ほど、amazonを利用すると思う。発行部数が限定され、シリアルナンバーがつくような書籍なら、希少価値を想定し転売目的で購入する人間がいるかもしれない。おそらくネットオークションでは倍掛けくらいで出品されるはずだ。ただ、4月25日の時点でamazonのマーケットプレイスも、ヤフーオークションも出品はされてはいなかった。

 筆者もそうだが、多くが買いたいアートブックは、amazon.com、amazonジャパン 、国内の洋書店で、価格を比較するのではないか。amazon.comは送料がかかり、マーケットプレイスに出品されるものは、中古品でもレア価値の載っけられる。それを考慮しながら、このRei Kawakubo/Comme des Garcons Art of the In Betweenの価格を調べてみた。

 まずamazon.comでは5月30日の発売で37ドル54セント。仮に4月25日の為替レート(終値)110.30円/ドルで計算すると、日本円で4140.66円。送料無料となっているが、海外発送で仮に日本まで10ドルかかっても5200円程度だ。amazonジャパンはそれよりやや高い5596円(送料込み)。蔦屋書店代官山店のサイトでは、ギンザシックスの店舗と同じく8424円(税込、送料無料)となっている。



 amazonは本国、ジャパン社とも予約販売になので、現物は5月30日以降にしか手に入らない。それでも、蔦屋書店よりも3000円〜4000円程度は安くなる。つまり、 世界最速、先行販売ということに、どれほどの価値を見いだすかである。逆にamazon他が発売した後、蔦屋書店は値下げするのか。おそらくそれはないと思う(数年後には在庫消化でディスカウントするかもしれないが)。

 コムデギャルソンという世界的なブランドが発行するアートブックが「レア価値」を生むには、「VISIONAIRE」なんかと同様に数年はかかるかもしれない。とすれば、この価格差はかなり厳しいのではないか。

 蔦屋書店を運営するカルチャーコンビニエンスクラブは、自社のコンセプトをライフスタイル提案としている。増田宗昭CEOも今の日本人は何かが足りないと感じている。それは自分らしさとは何かという欲求で、そんな人が自分らしさを探す場がTSUTAYAだと。TSUTAYAにある音楽や映画、本には、様々なライフスタイルのイメージが散りばめられている。その中から、人々は自分らしさを見出していくというニュアンスを語っている。

 だから、コムデギャルソンのアートブックを世界最速、先行販売することも、その一環ということだ。付加価値で3000円〜4000円を割り増ししても、十分通用するという心づもりなのだろう。もっとも、ビジネスを考えると、銀座という一等地に店を構える以上、相当のコストがかかる。同店のプレス写真を見たが、カネのかけ方が違う。そのコストを吸収するためには高めの価格設定にしていると考えられる。では、本当に付加価値だけで書店として競争に勝てるのだろうか。

 子供の頃、「同じ商品でも銀座は値段が高い」という話を聞かされた。立地がそうさせるのだろうと子供心に感じていたが、バブルが崩壊すると銀座にも価格破壊や低価格業態が押し寄せた。今回のケースではギンザシックスという立地、ハード面の充実はあるものの、純然たる付加価値としては世界最速、先行販売でしかない。ただ、amazonの他に丸善や青山ブックセンターが発売した時点で、その価値はなくなる。この1ヵ月が勝負だが、果たしてどこまで書籍は売れるのだろうか。

 2012年、代官山に進出した蔦屋書店は、緑の中のゆったりしたオープンモールで、書籍の他にDVDやCDを作り込まれた什器で展開し、軽食やワインまで楽しめるなど、これまでにないブックストアとして登場した。東京出張の度に必ず訪れるが、一度も書籍、特にアートブックは購入したことはない。重くて荷物になるというより、価格が高いからだ。ここでも相当コストが載っているだろうと思う。銀座店はビルインでスペースも限られるから、なおさら高コスト構造ではないか。



 2014年11月に発売されたアートブック「YAMAMOTO & YOHJI」は、映画「愛の嵐」で一世を風靡した官能女優シャーロット・ランプリングも寄稿しているので、せひ購入したい1冊だった。発売当時、代官山店では16220円(税抜)。だが、amazon.comは71ドル27セント(Free Shipping)だったので、結局こちらで購入した。念のために昨日、代官山店に問い合わせると、まだ在庫は残っていた。価格も発売当時のままだ。現在、amazon.comでInternational Shippingに対応する書店で一番安いところでは、新品で66ドル29セントまで下がっている。送料を入れても9000円もかからない。内外価格差に利益が上乗せされ、なんと7000円以上もの開きがある。一般の商品なら転売やドロップシッピングがあってもおかしくない。

 蔦屋書店はアートブックがメーンではなく、売れ筋は一般書籍やDVDやCDになるは十分承知の上だ。ただ、それとて、どこまで収益を生んでいるのかと思う。店舗作りやロケーションに拘る以上、初期投資は相当なはずだ。さらに店舗を運営していくにはランニングコストもかかるわけで、ペイしているのかは甚だ疑問が残る。

 同社が総務官僚出身の樋渡啓祐元武雄市長と組んだ「武雄市図書館」のリニューアルは話題を呼んだ。しかし、中古のガイドブックなど市立図書館にふさわしくない書籍がリストアップされているのが指摘された。また蔵書費用として1万冊を1958万円で購入すると見積もりながら、実際には756万円分しか購入していなかったのは、市民から提訴されている。穿った言い方をすれば、都市型店舗の高コスト分を地方の書店作りで回収しているのではないかとも、考えられる。
 
 銀座だからショールームで十分。もはやそれは通用しない。ましてギンザシックスにとっても、売れなければ歩率家賃は入って来ない。リアル店舗のブックストアがネット通販と勝負する上で、価格差を超える価値提案は簡単なことではないと思う。
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