HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

流行はボトムから浸透?

2017-01-25 07:41:29 | Weblog
 今年のトレンドはどうなるのか。さらに売れるアイテムとなると、予測は難しい。アパレル業界が厳しい環境に置かれている中で、何とか抜け出そうという仕掛けがうまくトレンドになってくれると、儲けものと言った感じだろうか。

 デザイン面の傾向と言えば、一昨年にこのコラムで「太めが復活しそうな予感」と題して書いたが、昨年あたりからメンズでは、ヤングのトップスでワイドシルエットを取り入れる動きが出始めている。

 昨年の春夏はSPAを中心にビッグシルエットのTシャツが売り出され、秋物ではセレクトが打ち出したワッフルにも、リラックス系のシルエットが加えられた。MA-1の進化型としてパッデッドでドロップショルダーのジップアップジャケットも出てきている。ワイドなトップスなら、今年はヤングアダルトくらいまで広がる予感がする。

 細身一辺倒だったボトムでも、すでに「oversized」が散見されるようになっており、なおかつクロップドやロールアップしたものが登場している。雑誌メディアはスタイリング提案をし始めているが、実需レベルでいきなり上下とも太めにすると、上背があってよほどスタイルが良くない限り野暮ったく見えてしまう。まして一大トレンドになるかは別問題だ。今年のマーケットがゴロっと変わるかは、秋以降の商戦になるのではないか。

 戦略的、先行提案で考えると、商品にバリエーションを増やせるSPAなら、1アイテムが10型くらいあれば半分程度を太めにして様子をみることができるだろう。昨年のMDでその動きを見せたところもあった。おそらく今年はさらに顕著になるかもしれない。

 セレクトはどうだろうか。派生業態を持っているところなら、思いきって挑戦できなくはない。でも、オンリー業態がフェイスをいきなり変えてしまうのは、反動が大きさから二の足を踏むだろう。なおさら、仕入れオンリーの店舗になると、個々のメーカーがこぞって打ち出さない限り、打ち出しは難しい。

 そもそも日本セレクトは、根底にアングロアメリカンスタイルがある。それを日本人の体型に合わせて焼き直して売れたわけで、モード感漂うリラックススタイルとは相容れないはずだ。御三家にとっては太めのシルエットと言っても古き良きクラシックが本筋だろう。なおさらカジュアルに取り入れるのは容易ではないから、アメリカンスタイル本来のシルエットに回帰する方が妥当ではないのかとも思う。

 だが、後発、新興勢力のセレクトとなると、思いきってトレンドを仕掛けないと、市場もなかなか反応しないわけで、その辺の塩梅が今年の勝負所かもしれない。トップスは比較的受け入れやすく、ユニクロでもできるが、ガラっと変えて行くには、いかにカッコよく穿きこなすボトムを提案できるかだろう。

 平均的日本人の脚の長さ、ヒップラインという永遠のテーマに対して、スタイル良く見せるシルエット&着丈&裾幅の黄金比率があるかどうか、また導き出せるかどうかである。試着をしたお客に対し、ショップスタッフが「シルエット、きれいでしょう」なんて聞き飽きたフレーズではなく、姿見を見た瞬間に「いいじゃん」と思わせるような商品企画がカギになるのではないか。

 それを実現するには、コットンのギャバやツイル、麻といったワンパターン素材では「落ち感」がハッキリして、裾にかけてのストレートなラインはブルースリーのカンフーパンツのように見えてしまう。モード感を出すにはフラットな生地では難しそうだ。あまりに厚手だと春夏ものは熱さがネックだし、コストを考えると妙な小細工も難しい。デニムをはじめ、コードレーンやシアサッカー、ピケなどの定番生地で新鮮さを出せるか。リラックス過ぎずにタウンに堪えられる素材使いがどうなるのか楽しみだ。

 秋冬になるとツイードやホームスパンなどで、トラディッショナルなテイストの方が打ち出しやすい。さすがに70年代のバギーやパンタロンは難しいが、太めでも裾を細めにしたり、ロールアップしたりするクラシカルな穿きこなしだと、トップスとの相性も良くなるはずだ。

 思いっきりモードに振るなら、ジョッパーズを今風にアレンジしたり、ドローコードを使って脇や裾に脚にフィットさせるようにしたり、下にレギンスを穿くレイヤードスタイルとかの変化がほしい。それだとロングブーツやレースアップスニーカーと合わせられる。同じテイストのトップスとコーディネート次第では、近未来的でスポーティな着こなしになるのではないか。



 一方、レディスはトレンドだからではなく、痩せて見える方がスタイルがいいとの固定観念から、タイトシルエットは鉄板だ。それがトレンドとして定着し、ストレッチ素材の浸透もあって、ここ20年ほどは細身全盛だった。しかし、ファッションは体型をカバーしながらいかに自己を主張するかも大事で、シルエット変化がトレンドのカギを握る部分はある。バルーンやコクーンといったラインの登場がそうであり、ドメコンやモードエレガンスへの反転も後押しした。

 アワーグラスラインという女性服の基本形から脱却しつつ、決して太って見えない、ウエスト回りがダボッとしないという条件を克服できれば、太めは新鮮に見え売れていくだろう。ただ、ワイドでボクシーになると、メンズよりもなおさらトップスとボトムのバランスが重要になる。その答えとしては、シャツではヨークと切り替えで前身頃にしっかりドレープを入れたり、ウエストから下を異素材でフレアやフリル処理も考えられる。逆に後身頃の分量を多めにしてボリュームを出すのも手だ。スタイリングは何も正面から見られるとは限らないからである。

 ニットでは袖口や裾にかけて緩やかに広がるライズステッチ、ウォーベン切り替えなどを取り入れるとスッキリ見える。身幅はそれほど太めにしなくても、袖を思いっきりoversizedにするとか、ドロップドショルダーにすれば、かなり変化がつく。

 ボトムはワイドシルエットがずっと存在していたので、メンズほどの抵抗はないと思う。今年のトレンド感とすれば、レングスだろうか。くるぶし上ほどのクロップドパンツで、これをデニムやキャンバス地で仕掛けても行けるのではないか。ヒップラインから裾に広がるワイドラインで丈は短め、メンズテーラーのようなトラウサーズ、ウエストにプリーツを入れたもの、大胆に入れたサイドスリット等々は、タウンのみならずオフィスでも十分通用する。ワイドパンツは穿くと颯爽として見えるので、キャリア層の女性にはぜひ挑戦してほしい。

 モード感を出すなら、裾を極端に広げたカットソーのワイドレッグもありだ。鳶職の兄ちゃんみたいだけど、海外では暴走族スタイルもクールなのだから、穿きこなし次第だと思う。裾を絞らないからロングスカート風にも見えるし。これならSPAのジョガーパンツやガウチョパンツに飽き足りない層を開拓できるかもしれない。ボトムのワイドラインは、レディスの方がメンズより抵抗がないはず。どんどん打ち出して行けば、トレンドになっていく可能性は高い。細身は飽きたと感じている層にいかにアプローチできるかがカギになるはずだ。

 メンズ、レディスに共通することは、全体を完全に太めにするのではなく、パーツやディテールで変化を付けると、だいぶ変わったように見えて来ると思う。SPAなら無地が中心だから、1アイテムでいろいろと打ち出せるのではないか。NBや専門店系アパレルが単品でどう変化を付けるかだが、上下、フルアイテムではかなりのリスクがあるので、挑むには腹をくくらないと難しい。

 メタボが気になるおじさん、おばさんはタイトは着づらいし、ワイドは太ってみえるからさらに抵抗感があるかもしれない。でも、メンズスーツではアルマーニスタイルで一世を風靡したソフトスーツがリバイバルするとの見方もある。当然、パンツもプリーツが復活するだろう。これならおじさんだってゆったり穿けるし、自分が20代の時の流行に戻ったと考えれば、決して気後れしないと思う。

 メーカー側にとっては、用尺が増えてのコストアップが頭の痛い問題だが、ヒットトレンドになれば売上げもつく。筆者はレディス専門畑で来たので、今年は昨年とはガラッと変わって、ワイドなシルエットの女性が街を闊歩する光景を見てみたい。

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買い得を考え直す。

2017-01-18 07:12:40 | Weblog
 2017年が始まって2週間が過ぎた。1月2日、初詣に出かけたついでに、中心部天神の初売りを見て回ったが、メディアの報道ほど服袋を買った人とはすれ違わない。店外に出ると購買客の密度が落ちて目立たなくなるのだろう。

 それとも中身がメーカーの売れ残り在庫やコストダウン製造した専用品であるのを消費者が見透かし始めたということか。福袋商戦を煽るのは年末年始に飯のタネがなく、営業企画としてタイアップ番組を作りたいテレビ局くらいでは。服袋も商品詰め込み型から、コト消費の体験型にならざるを得ないということである。

 それにしても、初売りからセールへの流れは、皮膚感覚で年々賑わいを失っていると感じる。人手は2年前の15年がピークだったのではないか。その時でさえセール用に確保していた在庫を投入したようなショップもあった。お客側は「お値打ち品がないなあ」との印象から、集客の割に購買には結びつかなかったところが多かったと思う。

 日常から十分に値ごろな商品が出回っている。それを買えば、セールでまた同じような商品を買う必要はない。一部のブランド品では、「狙い目はバーゲンまで待とう」「お買得品を1円でも安く買おう」という消費者心理も働く。伊勢丹のように長蛇の列ができるのはわからないでもない。言い換えれば、昨年のセールが惨敗したところ、17年のセールも不発だったところは、明らかにプロパー商品に魅力がないのである。

 消費者の立場から言えば、今の市場には大枚をはたいても買いたくなるような商品がなかなかない。SPAを中心に値ごろな商品はいくらでもあるが、それが買いたくなるかというと別問題。値ごろ感、安さはあくまで選択肢の一つであって、絶対的な価値ではない。なおさら仕入れのみで勝負するセレクトショップとなると、商品1点1点はバイヤー垂涎の品かもしれないが、必ずしもお客の感性にフィットするとは限らない。

 今は高級セレクトショップを訪れるお客でも、SPAやネット通販もチェックしている。バリエーションに富んだMDに飼いならされてきているせいか、選択肢が少ない品揃えではどうしても購入に二の足を踏んでしまうだろう。購入条件が素材感やデザインであるなら、それらを提供するブランドを買えばいい。しかし、仕入れ中心のセレクトショップとなれば、そうは行かないのである。売り方の問題ばかりがクローズアップされているが、今年は商品そのものの課題にもスポットを当てるべきだと思う。

 それはアパレルも小売りも十分にわかっているはずだ。ところが、「消費がモノからコトに変わった」からとか、さも問題がないように商品から目を逸らし、責任転嫁や言い訳をするようでは製版の使命を放棄したことに他ならない。やはり抜本的に商品づくりから品揃えまで考え直さないとどうしようもないだろう。初売りはその年の商売に勢いを付けるイベントでしかない。作りすぎた不良在庫をだらだらと消化していくのが良いわけではない。その後はあくまでプロパーで売る日々が続くのである。

 一方で、ファッションは気分消費的な面もある。陽射しが明るく春に向かって行くのに重たい冬素材、ダークな色合いが着たいはずもない。だから、冬本場と春に向かう中で商品をどうしていくのか、考えなければならないのである。

 福岡は先週末から今週火曜日まで、「日本中をこの冬一番の寒波が襲う」と報道される中でも、陽射しは暮れとは比べ物のはならないほど明るかった。マンション内の事務所では、暖房が必要ない時間帯もあるくらいだ。肌寒い日々はまだまだ続くが、陽射しが日に日に春めいていく中では、なおさらプロパーで売れるMDがカギを握るのは言うまでもない。

 どこかのグローバルSPAは、毎年のように1〜3月の四半期決算では、「天候不順で春物の動きが鈍く、売上げが低迷した」と言っている。まだまだ肌寒いのだから、Tシャツや薄手のコットンが売れるはずはない。かといって、重たい冬物でも買う気にはならない。何年も経験しているのなら、もう少し企画をじっくり練ってもいいのではないか。

 具体例を挙げれば、スプリングコートは厚手のコットンギャバで、生地をコーティングするとか、取り外し可能なフリースのライナーを付けるとか。薄手になめしたレザージャケットを押し出すとか。目が詰まった肉厚のコットンニット、綿素材のスエードやフランネル、同素材のピケなんかを使ったジャケットやパンツがあれば、防寒を発揮しつつ4月まで引っ張れると思う。

 色目はブライトカラー、パステルやグレイッシュトーンが主体になるが、ポイントは逆差し色としてダーク系を入れてもいいんじゃないかということだ。黒、紺はもちろん、モスグリーンやカーキなどである。例年のように暖冬が続いて9月、10月はなかなか気温が下がらない。ウールのアウターやニットが立ち上がりから実半期に入っても売れないのは、寒くないから要らないのである。

 だからと言って、着るものが不必要かと言えばそんなことはない。コットン素材を主体とした「春物」の黒、紺、モスグリーンはこのシーズンにも十分に着てもらえると思う。つまり、年明けの商品の中には、秋の立ち上がりにも着回せるようなものを加えることで、購入の選択肢を拡げることもできるということである。価格はそこそこ高くなるが、売れると売上げは確実につく。

 グローバルSPAなら同じ素材で色のバリエーションは10種程度まで増やせる。だから、十分対応できる思うし、現に行っているヨーロッパのメーカーもある。仕入れのみのセレクトショップでも1年を通したMDの中で、メーカーに別注企画などを持ちかけてもいいのではないか。毎年、暖冬、寒春で失敗したと嘆いてばかりでは何も始まらない。もっと暖冬を前提とした着こなし、寒春に即応できる商品に目を向けるべきなのである。

 消費者は賢くなっている。必要でないものは買わないと言われる。ならば、消費者の合理的なワードローブ計画に添うような商品企画、売り方をすれば良いということだ。あくまで判断は消費者がするのだから、買いたい商品があれば売れるはずである。

 店頭で在庫を持ちこせないなら、通販サイトなどに「お値打ちコーナー」を設けていいと思う。店頭で売れない在庫ばかりをサイトに置いたところで、ネットの向こうの消費者が反応するはずもない。そうではなく、「春素材だけど、ダーク系だから秋口にも着回し」「ブライトカラーの薄手ニットは九州の方におすすめ」なんて括りを作ってもいいのかもしれない。安売りを打ち出すのではなく、真のお買得、お値打ち感を訴えるのである。

 筆者がニューヨークで仕事をした90年代半ば、百貨店のブルーミングデールズには12月なのに麻のジャケットやパンツ、コットンのシャツが値ごろな価格で売られていた。最初は「ええ、もう春夏物なの」と思ったが、よくよく考えるとニューヨーカーの中には、クリスマスホリデーを避寒地のバハマやプエルトリコで過ごす人もいる。旅行着(トランク)として夏用のクロージングが必要になるのだ。

 日本でも水着が一年中売れると言われるが、欧米ではホテルにおけるドレスコードからジャケットが不可欠になる。新規に商品を仕入れるというより、夏場の在庫を確保して投入していたのではないか。米国の百貨店は商品を買い取るからこそ、できることだが。

 こうした売り方の発想転換は決算や課税の問題があるのでアイデアの域を超えず、どこでも一律にできることではない。それは十分承知の上だが、商品が売れないと断じるだけでなく、もう少し商品の作り方や売り方で融通を利かせてもいいと思う。ECがここまで発達しているのだから、消費者は店頭で必要な商品が見つからなければ、通販サイトにお目当ての商品を探しに行く。

 しかし、ECが目先を変えただけの単なる流通ルートにとどまり、店頭の商品と同じものしか売ってなければ、現物を見て試着して買うか、しないで買うか、コスト分だけ多少安いかの違いなだけで、購入の選択肢は広がらない。そうではなくて店頭ではできない、いろんな商品展開、売り方ができるところがECの良さ。だからこそ、商品の着回しをサイトと連動して商品開発から提案まで行っていく。消費者にお買得感=賢い買い物を訴えて行くことも重要だと思う。

 ここ数年はECやオムニチャンネルなど、販売手法さえ新たなものにすれば、活路が見出せるようなビジネス論も多い。しかし、いくら売り方を近代化したところで、売れないものは売れないのである。これはいたって単純明快なことだ。

 ネットビジネスが隆盛を極めれば極めるほど、まやかし、詐欺まがい、食わせ者の業者も登場してきており、星印ではわからないところで悪徳商法があとを立たないのも事実だ。いくら「イタリア製生地」「コードバーン使用、日本製」と謳われたところで、ネットの先にあるものを消費者が確認できるはずもないからである。

 昨年暮れにはDeNAのキュレーションサイトの問題が噴出した。その多くが読者を増やして広告の収入源を上げようとするあまりに、運営者は執筆を自分で行うことなく、一記事数百円から二千円程度の安価で外注したり、裏ワザを使って検索上位表示させたりしていた。

 結果、ネット上では信憑性や根拠のない事実がまかり通り、読者が間違った情報を鵜呑みにする危険性が非常に高いことがはっきりした。そうなると、通販サイトの世界で消費者を欺くような商品の流通が絶対にありえないと、誰が言い切れるのだろうか。今年はECの世界でも蓋をされて来たこうした問題点がどんどん噴出するかもしれない。

 せっかくの利便性と購買チャンスがまやかしや詐欺まがいといったイリーガルな行為で悪用されることがあってはならない。消費者がますます期待はずれ、まがいものを購入させるケースが増えて行けば、ECには未来はない。これには売る側だけでなく、商品を作る側にも責任があるわけで、ネット時代のもの作り、売り方がますます問われる1年になると思う。

 いいくらい言われているが、要は価値あるものを作りだし、賢いお客の理にかなった商品提案だと思う。「今は着れないかもしれないけど、秋口の方がいいかもね」。店頭での接点がネットでも管理、継続されるような仕組みづくり。単に実店舗とネットを融合させるスローガンではなく、その中にどんな商品を作って投入し、レスポンスとヒット率を高めて行くか。メーカー、小売り双方の挑戦にかかっていると思う。
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アリバイ作りの予感。

2017-01-11 06:57:01 | Weblog
 昨年暮れに業界の知人から「東京ガールズコレクション(TGC)が熊本で開催されるかもしれない」との情報が入って来た。昨年10月のTGCイン北九州では、熊本地震の復興応援ステージが設けられ、大西一史熊本市長はビデオメッセージで1万人以上の観客に復興支援を呼びかけるとともに、「(TGCを)いつかは熊本市でも」と語っていた。

 その報道を耳にした時、TGCをプロデュースするW TOKYOから熊本にもイベント開催の打診があっているなと、直感した。その時期が震災以前か以後かわからないが、復興アピールは開催の大義になるし、桜町地区で進む再開発事業が完了し、新しい商業施設がオープンする2019年は、絶好のタイミングとも言える。

 福岡市で開催される同系の福岡アジアコレクション(FACo)も、商業施設の柿落しとしとなった年があった。2010年には福岡パルコ、2011年には博多阪急がそれぞれオープニングイベントとして協賛したのだ。そう考えると、数年先の熊本が同じ流れになるのは想像に難くない。

 北九州市は、福岡県が2009年から福岡アジアコレクションを支援していることで、自治体間の対抗意識や予算拠出の公平性からTGCイン北九州への福岡県の支援を取り付け、二度の開催にこぎつけた。市側は昨年開催分の経済波及効果を14億5000万円とみており、こうしたデータは熊本市にとっても追い風になる。TGCの九州開催は他に宮崎の例があるだけで、W TOKYOが他都市をリストアップしていたすれば、熊本市が候補となる条件は揃っている。

 ただ、熊本市がTGCをプロモートするには、自治体としての支援や予算的な裏付け、熊本商工会議所ほか関係団体の連携、企業スポンサーの確保などが必要だ。要は開催資金をいかに捻出するかであり、W TOKYOとしても資金面の「担保」が絶対条件のはずだ。そう考えると、「復興支援」は行政が税金から資金を拠出するには十分な大義と言えるし、商工会議所がスポンサー企業を連携させ、残りの資金確保に動くことの説明もつく。宮崎のように単発なら、開催は不可能ではないだろう。

 加えて熊本の中心市街地を取り巻くファッション環境が依然として厳しいことがある。福岡市への年間100億円とも言われる持ち出ちの大半はファッション消費だし、周辺市町村ではゆめタウンやイオンモールの攻勢があり、郊外なりのファッションステージが形成されつつある。実際、ひかりの森周辺は新興住宅地としての発展は著しく、おしゃれをして歩くにも遜色ない街並になりつつある。

 それに対し、中心市街地は上通、下通のアーケードに店舗が並ぶ典型的な地方都市の商業構造だ。ご多分に漏れずここでも家主が高額な家賃を請求するため、出店は大手資本が中心で、2階部分には空き店舗も散見される。長引くデフレでファッション業態の顔ぶれは決まっており、大小ある再開発も面による計画ではないため、おしゃれをして歩く街路にはなりきれていない。そうした環境が中心市街地の活性化、ファッションタウン化の妨げになっている。

 個別の商業施設では、鶴屋百貨店が福岡への持ち出し阻止を旗印に有名ブランドの集積、東急ハンズ、ユザワヤなどのリーシングに注力したものの、所詮は対症療法に過ぎず、地域百貨店として抜本的な戦略は見い出せていない。しかも、百貨店系アパレルの売上げ不振は、鶴屋とて例外ではないはずだ。

 一方、熊本パルコは昨年3〜8月の売上げが震災前年比で2.9%増となっている。秋物の需要期に入った9月は微減だったが、10月は気温が高めだったにも関わらず15.4%増。気温が低下した11月は45%増と、復興需要と9月の30周年改装を上手く取り入れた形だ。しかし、これからは競争激化の波に飲み込まれるのは言うまでもない。

 4月には下通のダイエー城屋跡にNSビルがオープンする。1階〜4階の商業ゾーン「COCOSA」は、天神VIOROのデベロッパーが運営に当たる。テナントはすでに決定済みで、セレクトショップ中心のリーシングになると思われる。同じテイストのテナントをもち、ターゲットが競合する鶴屋東館、同New-S館、熊本パルコへの影響は免れない。さらに2019年には大型商業施設が開業するわけで、市場規模、購買力が限られる熊本の中心市街地では、ファッションタウンより同質化競合の不安が先に立つ。

 もっともファッション業界では、「熊本は進歩的」と言われてきた。デザイナーズブランドやインポートファッションをいち早く取り入れる気質が全国でも群を抜いていたからだ。80年代の初め、上通のアーケード入口ではコムデ・ギャルソンがすごく似合うお姉さんが闊歩しているとの評判だった。



 80年代半ばからはバブル景気の後押しもあり、下通商店街が切れた「シャワー通り」が注目を浴びた。英国のマーガレット・ハウエルがダイレクトに開店すると瞬く間にビルが建ち、その1階には同国のポール・スミスが本人の協力もあって登場する。仕掛人のA氏は後にセレクトショップの草分けと言われる「パーマネントモダン」を誕生させ、2015年にはそれを東京青山に逆上陸させた実績をもつ。

 A氏の後に続いたS氏はシャワー通りに立て続けに出店し、立志伝中の人物として業界誌にも登場した。しかし、そうした栄光もつかの間、バブル崩壊の影響で一転倒産に追い込まれてしまう。結局、1社による多店舗化で体裁を整えただけのシャワー通りは歯抜け状態となり、完全に輝きを失った。

 2000年代に入ると、呉服商から転身したM氏が高級服を売ろうとミセス向けのセレクトショップなどを出店し、通りの整備にも尽力した。しかし、後に続く経営者が登場することはなく、バブル期の威光を取り戻すまでにはいたっていない。

 若手経営者は初期投資がかからない上通商店街を抜けた並木坂、上乃裏通りに出店した。熊本で受けそうなレアなブランドや値ごろなカジュアルは、民家を改造した店舗の方が似合い、県内外から多くの若者を集めた。ただ、中小零細、個人経営の店舗が中心で、経営力の乏しさから出退店が繰り返される状況に変わりはない。それでも路地裏にはカフェや居酒屋が立ち並び、下通の歓楽街にない小洒落た雰囲気がビジネスマンやOLを惹き付けるのも事実だ。

 「熊本は全国的に見てもファッション感度が高い」。80年代のファッション業界では公然と言われていたことなので、今さら否定するつもりはない。ただ、高級ブランドの売上げ不振、百貨店や地域専門店の苦戦、郊外SCの攻勢、グローバルSPAとファストファッションの快進撃は、熊本も例外ではないだろう。唯一の救いは他の地方都市に比べファッションに興味がある若者が比較的多いことだろうか。それもECに取り込まれており、地元店にどれだけカネが落ちているかは懐疑的である。

 レアなブランドを仕入れるのが上手いと言ったところで、ナイキの限定スニーカーなんかになれば、直営店でしか購入できない。高速バス代に4000円以上を使っても、福岡まで買いに行くのが昨今の若者意識だ。その意味では熊本も他の地方都市と変わらない消費環境になっている。そんな状況下において、三文タレントによる一過性の客寄せ興行で、80年代のようなファッションタウンのロイヤルティが取り戻せるのだろうか。

自治体と商工会議所のアリバイ作り

 TGCのような客寄せ興行は「神戸コレクション」が先駆けと言われる。神戸にはワールドを筆頭にアパレルメーカーが数多く存在するため、一般向けにもファッションイベントを開催する土壌があった。神戸商工会議所が中心となって神戸市を動かし、芸能界にパイプをもつMBS毎日放送がプロデューサー、イベント会社のアイグリッツが企画に当たった。こうしてタレントが地元ブランドを着てランウエイを歩くガールズコレクションのプロトタイプができ上がったのである。

 しかし、行政課題だった地元ファッション産業の活性化は、 結果的に見ると神戸市と神戸商工会議所のアリバイ作りに過ぎなかった。結局、税金からカネが転がり込んだのは、企画制作にあたるMBSとアイグリッツ、東京他の芸能事務所に他ならないからだ。

 福岡の場合は神戸コレクションのフォーマットを踏襲し、自治体からの公金支援を受けるために「福岡アジア」という冠を付けたのが実のところだ。大義には地元ファッション産業の振興、情報発信が謳われているが、福岡は小売りの街でアパレルメーカーなど数えるくらいしかない。だから、ショーに登場するのもNB主体で、地場ブランドは申し訳なさそうに盛り込まれているだけ。こちらもアリバイ作りなのは火を見るより明らかだ。行政は事業を「民間主導」とボカしているが、イベントの実行者はMBSと同系列のRKB毎日放送。つまり、公共事業が民放テレビ局の「事業」になっているのである。

 熊本市がTGCを開催する場合、事業主体がどこになるのか。単発であれば市の経済観光局あたりだろう。2回、3回と継続させていくなら、福岡市と同じように商工会議所が中心となり、民間主導で事業化させるしかない。その時はテレビ局が名乗りを上げるのか、それとも代理店が飛びつくのか。だいたいのところは想像がつく。

 ショーに出展する商品についても、福岡と同じくNB主体になると思う。それでは地場ファッションの振興や活性化つながらないと、鶴屋百貨店はじめ、パーマネントモダン、地元発祥のベイブルックなどにも商品提供の声がかかるだろう。しかし、火事場のような忙しさのバックステージでは、商品という「売り物」がファンデーションやリップで汚されるリスクが伴う。プレス用の商品を持たない中、それを承知で小売店がすんなり貸し出しに応じるのか。スタイリスト経由で情報番組のコメンテーターに着てもらうのとはわけが違うのである。

 あとは熊本のファッション協会が地元ファッション事業の意識をどう統一するかだが、そこには一にも二にもイベント開催の大義が重要になる。資金の大部分を自治体やスポンサー企業が拠出するため、ファッション事業者は何も言えずことが進んでいく。熊本を飛び越え全国区の知名度をもつファクトリエやシタテルがスポンサーとなるのことも、事業目的が違うので考えにくい。

 熊本市では地震で全壊、半壊となった住宅が1900軒以上ある。それに対する支援は遅々として進まず、住宅再建の目処が立たない市民が少なくない。果たして3年後にそんな状況から脱却し、完全復興を遂げられるのか。大部分の市民やファッション事業者は納税者であり、税の再配分を受ける資格を有する。しかし、血税が表向きだけの復興支援のもと、イベント会社と芸能界に流れるのを見過ごせるだろうか。

 それをチェックするのはメディアの役割のはずだが、福岡の事例をみる限り期待薄だ。福岡ではRKB毎日放送が関わることもあり、他局が取り立ててパブリシティすることはなく、事業の問題点を検証するような報道もない。開催から数年を経過しても産業振興や情報発信に実効性がないため、最近では当の大義すらその集客力に合わせ、「賑わい創出」や「観光」にすり替えられている。

 それでも、タレントの肖像権がW TOKYOや芸能事務所に厳重に管理されているため、情報発信の名のもとでの写真の二次使用やYouTubeによる動画配信はできない。結局、TGCイン熊本は1日限りの客寄せ興行で終わってしまう可能性が高く、ファッションタウンとしてのロイヤルティを取り戻すことは不可能に近い。

 熊本では行政主導のイベントになればスポンサー企業はまとまるはずで、地元メディアとしてスポット収入や広告出稿が期待される。そうした利害が絡んでいるため、メディアがこうした問題点に真摯に向き合い、批判するとは思えない。

 もし、地銀団までもがスポンサーに名前を連ねると、どうだろうか。シャワー通りを発展させた立役者のS氏は、バブル崩壊で貸し剥がしに会い倒産に追い込まれたと、業界では語られている。「ファッションタウンの礎は俺がつくったのに、今さら復権かよ」。S氏の恨み節が聞こえてきそうである。

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右に倣えはいい事か。

2017-01-04 07:55:59 | Weblog
 2017年が開けた。業界は昨年にも増して厳しい1年になると思うが、新たなビジネスを展開できれば活路が開ける可能性は残っている。

 ここ数年のアパレルビジネスは、インターネットを利用したECに軸足が移り、さらにネットと実店舗を融合したオムニチャンネル化が叫ばれた。これにはメーカー幹部はもとより、大手小売業の経営陣までが「重要な戦略に位置付ける」と異口同音に宣い、台頭する若手コンサルタントは悉くポテンシャルの高さを強調した。

 確かに個人消費が低迷する中で、「服が売れない」理由の一つに「買いたい服が見つからない」があり、既存のリアルマーケットではターゲットと商品の間でミスマッチが起こっているのも事実だ。だから、店舗の販売テリトリーを越境してマーケットを広げれば、商品を求めるお客さんにヒットするのは無きにしもあらず。ECはこうしたテーマを見事に解決し、確実に市場規模を拡大した。

 ところが、商品づくりの課題は残されたままである。国内外で製造される数量こそ無尽蔵だが、商品はブランドやデザイン、グレード、テイスト、オケージョンなどの掛け合わせで、売れるかどうかの価値が決まってくる。ただ、ひと度、売れる商品となればたちまち競合が現れ、似たような商品がネット市場に溢れていく。

 そもそもバーチャル店舗のデジタル写真では、触覚が決め手となる素材や縫製といった商品の優位性を訴求するには限界があり、結局、競争が激化すればECも送料無料や返品自由など、サービス面で差別化するしかない。さらにSNSやO2Oアプリを導入すれば、販売管理に関わる費用がかかり、リアル店舗に比べたコスト優位性は薄れている。

 当然、小売りレベルでは、お客は1円でも安い方に流れていく。事業者間では厳しい消耗戦が繰り広げられ、あれほど威勢の良かった楽天市場でさえ、売上げの鈍化に見舞われている。ネットコンサルはサイトのブランド力向上を盛んに訴えるが、Webデザインや写真撮影には注力する一方、IT投資のために商品の原価率を圧縮するようでは全く意味がない。

 本来、ブランド力とはそれが持つ理念や世界観、活動の目的、表現力によって顧客のマインドにすり込まれていくものだ。その如何を決する商品づくりがおざなりになっているのに、サイトのブランド力もクソもない。所詮、情弱なお客を捕捉するだけに終わってしまう部分もあるだろう。抜本的な解決にはならないはずである。

 ECはリアル店舗や販売スタッフの人件費を抑制しながら、テリトリーの越境でマーケットを拡大できることがメリットだった。しかし、猫も杓子もECに参入した結果、優位性はなくなって来ている。そこで今度はリアル店舗とネットとの融合であるオムニチャンネル戦略がカギになると言われるが、商品づくりの課題がクリアできないまま、販売手法のみを喧伝したところで、個人的には解決策にはならないと思う。

 アパレル業界が闇雲に商品を作り続けた結果、お客にとって買いたい商品が市場にはほとんどなく、在庫の山が築かれるばかり。ビジネスという意味では日本での商品づくりそのものが終焉を迎えたとも言われ、アパレルビジネスはすでにITや金融といった次元で語られるようになっている。しかし、糸へん出身の人間としては、それでは片手落ちのような気がしてならない。

 人口の減少、若者の服離れ、労働力不足、同一労働同一賃金などなど、業界環境はますます厳しさを増している。識者の中には、そうした中での売上げ拡大は、海外戦略に活路を見出すしかないというお方もいる。大手セレクトショップのようにある程度のブランド力を持てば、頭打ちの国内市場よりも海外の方が開拓の余地があるということだろう。

 本当にそうなのだろうか。大手セレクトとは言え、原価率が30%を切るようなお値打ち感もない商品を販売しているのだ。売上げの鈍化は、何も人口減少や若者の服離れによるマーケットの縮小、インバウンド商品の減退だけとは限らないはずだ。アパレルビジネスがマーケティングのフレームワークである4P(製品、価格、流通、販促)では解決できなくなって以降、顧客価値や利便性、コミュニケーションといった「C」がカギを握ると言われたが、これもネット時代においてもはや陳腐化している。

 やはり、原点は一つだ。マーケットを細分化し、ターゲットをしっかりセグメントして、それにあった商品を開発しなければ、売れないものは売れないのである。それが基本の基だと思う。セレクトショップにしても日本では20年という長いスパンで成熟していったが、海外のセレクト市場は成熟度はそれよりも速い。海外戦略なんぞ言っている先から、成熟は始まっているのではないか。そこでは日本国内おけるブランド価値なんて何の武器にもならない。むしろ、潤沢な資金力によって簡単に逆に買収されてしまうリスクがつきまとう。それがグローバルマーケットなのである。

 筆者が知るあるショップは数年前からオリジナル化を進め、ECに注力して海外市場の開拓に乗り出した。商品づくりでは自社で企画から仕様まで行うため、こうした決して手を抜かない姿勢が、海外のお客からも高い評価を得ていた。ところが、海外戦略を初めてちょうど1年たった昨年、某国の購入分300万円全額がカードの不正使用で、売上げ取り消しとなった。クレジット会社は「unfortunately」とだけ答え、泣き寝入りするしかなかったという。

 Amazonが一人勝ちする中で、海外戦略はいともビジネスの救世主のように語られるが、一方でこうしたリスクが増大しているのである。おそらく今年は国際的なネット詐欺がますます横行していくかもしれない。それに対する日本のアパレル、小売りの対策は決して万全ではないし、むしろ脆弱ではないのか。まして個店レベルの海外戦略なんて管理コストの方がかかってしまい、そう簡単に利益が出るはずもない。

 海外事業に乗り出すには現地における商標の申請、カレンシー(通貨)の設定、原産国証明の取得、Shipping(国際配送)の手続き、サイト翻訳の精度アップ(某通販サイトの翻訳機能はグチャグチャ)、通販システムの改修などやることは少なくない。筆者が懇意にするフランスのメーカーも海外戦略を展開した当初は、こうした「条件でかなり困惑した」と言っていた。

 当然、それ以上に不正リスクは増大している。2017年の新年早々、地元メディアをかけめぐったのは中国本土を狙ったと特殊詐欺集団が福岡県内を拠点に活動しているということだった。所謂、外国人によるオレオレ詐欺のグループが日本を隠れ蓑してインターネット電話を利用して、中国の居住者から現金をだまし取っているのである。犯罪はどこまでも巧妙化しているわけで、オレオレ詐欺がEC詐欺にならないと誰が断じることができるだろうか。

 昨年の暮れには、佐川急便の配送スタッフが届けるはずの荷物を投げたり蹴ったり、叩き付けたりという動画が公開され、事件となった。ネット通販の人気もあり、12月には荷物の量が増大し、スタッフは過度の負担に耐えきれずイライラを重ねた末での「犯行」だったようだ。しかし、こうした問題は通販業者が競争優位に立つために「送料無料」を打ち出したことで、その分のしわ寄せが配送事業者にかかっているという構図も浮き彫りにする。

 ネットコンサルタントは、即日や短時間による配送がECの次なる一手と言うが、結果的に物流業者の負担が増すという新たな課題をどう解決するおつもりだろうか。ユニクロの潜入ルポについてのコラムでも書いたが、オムニチャンネル化における商品流通には「店まで商品を配送し在庫」「お客が来店して商品を購入」「ネット通販で倉庫から商品を配送」「お客が店やサイトで在庫を確認し倉庫で購入」の4つが考えられる。

 店内の業務が増えて疲弊するなら、ECを活用するなどで業務を効率化すればいいという理屈になる。でも、今度は物流業者に負担がかかっているわけで、お客側も何らかのデメリットも享受しなければ解決する問題ではない。

 かつてユニクロの柳井正社長は「お客様は神様ではない。王様くらいで十分だ」と言い切った。何でも言うことを聞いていたら、ビジネスにはならないとの意味だ。メリットがあれば、デメリットも生じるし、リスクないビジネスなど考えられない。特に海外戦略を考えればなおさらである。

 行政が税金で資金を拠出し、地域活性化、ファッション拠点化をスローガンにしたガールズコレクション。その代表格TGCが昨年の2回目の実施で経済波及効果が高いとうそぶく北九州市に次いで、熊本市でも開催されることが決定した。しかし、ファッションをメディアコンテンツと捉え、原価率を抑えたチープな服を三流モデルが来た客寄せ興行ごときで、アパレル産業が活性化するはずもないのは確かなことだ。

 今年は数年来続いた好調ビジネスのどれもが踊り場を迎え、難しい局面を迎えることが想像される。それに対して、大手から中小零細までの事業者はどう立ち向かうのか。何でも「右に倣え」をしてもいい事はないと思う。昨年の成功事例を捨てたところにもマーケットはあり、ビジネスチャンスが生まれるかもしれない。
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立場と環境が人を育む。

2016-12-28 07:22:15 | Weblog
 今年もあと4日となった。個人的に注目した業界ニュースは企業倒産が300件を超え、百貨店の閉店が相次いだこと。だからでもないだろうが、若者が業界を志望するケースが減っており、各方面から人材の確保が容易ではないとの話を聞いた。

 暮れにビジネスを終了した某コミュニティサイトは、折りに触れて「若者がなぜ業界を目指さなくなったのか」というテーマを取り上げた。大学生にインタビューして生の声を拾ったものだが、学生がファッションをメディアコンテンツの一つとして捉えてはいるものの、「糸へん」への理解にはほど遠いと感じた。

 ゼミでビジネス研究を始めている大学もあるが、こればかりは外から学ぶのと中に入って知るのとでは大きなギャップがある。まして専門学校生となれば、デザイン中心の技術教育をスローガンにするだけで、業界が抱える課題にほとんど与しておらず、若者の考える能力を刺激し、真のプロに育てられるとは思えない。

 企業に目を向けると、従業員の頭数を揃えるために給料や待遇といった見せかけの情報を流布したところで、ほしい人材が確保できるのだろうか。人手不足の問題は何も昨年や今年に始まったことではない。バブルが崩壊して以降、コストダウンがまかり通るようになり、構造的な問題になるのはわかりきっていた。

 きれい事かもしれないが、 企業側はどうすれば、業界のことを好きになってもらい、長く働いてもらえるのか。働く側もこの仕事に携わることで、いかに自分が成長していけるのか。「パートアルバイトで何とか回していけばいい」とのモラトリアムな風潮が人材の育成や技術技能の習得を蔑ろにしてきたのではないか。両者がそれらに真摯に取り組まなかったことのツケは、決して小さくないということだ。

 話はズレるが、ちょうど1年前に電通の女性社員が長時間労働の末に自殺した。入社するために一生懸命で、内部事情をそれほど知っていたとは思えない。一般学部の女性だから、志望先はコンテンツ制作で、職種ではコピーライターか、CMプランナーか。ならば入社試験とは別にクリエイティブテストもあったと思う。彼女がそれを受けたかどうかはわからないが、東大出の能力を買われて配属されたのは、電通が最も注力するネット関連の部局だった。

 入社後、研修が終わり、直属の上司からは「まずは与えられた仕事を頑張れ。そこで結果を出せば希望は叶う」的な言葉をかけられ、鼓舞されたのだろう。だから、当初は長時間の勤務も夢を叶えるためには厭わなかったのかもしれない。しかし、この言葉は社員を都合よく使うための魔法の言葉になることもある。真面目でそれを強く信じる社員がいればいるほど、組織は機能し強固になるからだ。

 結果的に長時間労働が肉体を疲労させ、さらに上司のパワハラが重なって精神ストレスを蔓延させ、将来を嘱望された若手社員は死に追いやられてしまった。電通側はマスメディアを支配するだけにすぐに片が付くと思ったのかもしれない。ところが、ネットを中心にブラック企業のレッテルが貼られ、企業力を誇示する象徴の「鬼十則」さえ、電ノートから削除するはめになった。

 その影響が多方面に出始めている。長時間労働の問題は大企業はもとより、地方の有力企業にまで飛び火し、増え過ぎる労働時間をセーブする動きが強まっている。とある地銀の営業マンがうちの事務所に来て、来年3月から夜7時以降は残業ができなくなると言う。広告屋である電通が自らの醜態をアピールしたことで、クライアント企業の残業抑制を啓蒙する結果になるとは、何とも皮肉な話である。

 アパレル業界ではまだ残業カットの動きは見られないが、長らく労働集約型産業と言われ、まだまだ長時間労働が根強く残る。ただ、IT化の進展で電通ほど高度な属人的産業ではなくなった中、人手不足にも取り組みながら、落としどころをどう見つけていくか。答えは教育機関まで遡って見いださなければならない問題でもある。

 専門学校、大学を含めて就職に際しては「人間が行う仕事とは何か」「作業と仕事の違いは何か」の基本を押さえさせ、活動をさせることだと思う。技術も技能も持たないとルーチンワークの中に組み込まれていかざるを得ない。そこを深く考えずに作業に従事するまま歳だけとっていけば、人間の方が技術革新に追い抜かれてしまうのだ。

 業界は大きく変わっている。単純に販売、購買するだけならネットでも十分となった。必要な物流機能もどんどん機械化されている。人的な労働でも生産性の低いものは、ますますロボットなどに置き換えられていくだろう。国内のサービス業では日本人の労働者が集まらないから、外国人で賄うなんて言うこと自体がすでに時代遅れなのかもしれない。だからこそ、作業とか、労働力とか単純なことではなく、業界で携わる仕事の質を高めることに力を入れていなかければならないと思う。

 商品そのものを見直し、それを作って売るフロー、人間が従事することにイノベーションをもたらす取り組み、つまり仕事の質を高めることが必要なのである。どこに物的コストをかけ、人的な技術、能力を割くのか。生産性の低い労働は人間以外に任せられないのか。仕事内容を変えるためにITをいかに有効に活用するか等々である。

 上質な糸や生地を懇切丁寧に作る。これは人にの手や目が関わることが多い。そんな素材を生かして形と色のバランスを整えるべく時間をかけて商品のアウトラインを作るのは人間の仕事だ。複雑なディテールの縫製、高度で秀逸な加工も人の手間や技が必要になる。そうした商品をじっくりスタイリングしてホスピタリティをもって提案し、着る人のストーリーを演出するのも人間にしかできないだろう。

 一方で、コストダウンのために上記条件のどれかをセーブすることで成り立たせようというビジネスもあるだろう。しかし、市場は敏感に反応する。「ケチった」ところはすぐに見透かされてしまい、元の木阿弥になる。ベーシックなアイテムやプレーンなデザインにして手間と時間を抑えるが、質はどこまでキープしていくのか。素材や縫製をギリギリまでコストダウンして短サイクルで回していく商品を生み出すか。

 コストパフォーマンスを求められる商品はITの力を借りて省力化、システム化して製造し、物流の合理化や販売のネット化をどんどん進めていけばいい。コモディティ化で低価格を売りにする商品が存在価値を増す中で、生き残るにはどれかの条件を削るだけではなく、どれかの条件を際立たせないと競争力にはならない気がする。今年はこうしたビジネスフローの差異が現れた年であり、来年はもっと明確に分かれていくと思う。


与えられた仕事で頑張れは空手形

 人間が行う仕事はどうなるのか。正規と非正規、同一労働同一賃金の議論があるが、同じ仕事内容なら正規、非正規の分け隔ては全くないという企業も出始めている。リタイア組でも技術や経験を持つ人なら非正規でも時間を有効に活用してもらい、それなりの報酬を与えることでやり甲斐を感じてもらおうという企業もある。「午前中だけ仕事をすれば十分」という自適な人がいるからだ。

 逆に新卒の若年労働者に対しては、能力とモチベーションをじっくり見極め、適正な配置、配属が必要になる。筆者が就職した頃は、与えられた仕事を頑張って結果を出せば希望は叶う的な言葉をかけられ、やる気を起こそうとされた。しかし、 仕事をすればするほど、企業は個人の希望より組織を優先することが薄々わかって来る。

 今振り返ってみると、それは空手形に過ぎなかったと思うし、適当な時に見切りを付け、やりたい仕事に向けて転職したことに後悔はない。やりたい仕事をさせてくれそうな企業でないと、人は集まってこない。それを前提にいかに魅力ある仕事を創造し、働く環境を整えるかが大きなテーマになっていくと思う。

 社員のモチベーションを上げていく施策も必要だ。業界は中小零細企業が多く、斜陽産業のイメージが強いだけに社員は給料や待遇だけでなく、会社や自分の立場の弱さに辟易している面もある。ある小物メーカーはそうしたネガティブさを打破しようと取り組み始めた。中部地方で創業して130年、ずっとファッション小物を作り続けており、プレーンなデザインで日常で長く使える上質なものづくりと高い技術を特徴とする。

 そうした製品の良さを世界に訴えることで社員に誇りを持ってもらおうと、モード最先端の欧州での勝負に出た。自社技術を生かして製造したストールをブランド化してパリのトレードショーに出品したところ、欧米はもちろん日本のセレクトショップからも高い評価を得た。日本のバイヤーが海外で見る商品となると、オーバースペック気味に感じる性格を読んだ戦略とすれば、なおさら経営者は天晴ということだ。

 もちろん、タグにはブランド名の他に同社の社名が堂々と刻み込んである。社内的にはそれが社員の達成感を生み、プライドをくすぐるともにモチベーションアップにもつながった。こちらの施策の方が重要なのである。ファクトリーブランドをビジネス化するのは難しいと言われる中で、数少ない成功事例だと思う。

 また別の小規模アパレル企業は販売職が敬遠されている中、専門学校や大学に若干名の求人を出しただけなのに、必ず100名ほどの応募がある。こちらは社長自ら学校に出向いて学生を相手に企業理念から自社のビジネスの仕組み、必要とされる社員像や能力を説いて回っている。決まりきったフォーマットに形式的な企業情報を書き込んで、待ちの姿勢で応募者を集めるようでは、求める人材には出会えないと考えからだ。
 
 しかも、販売職は決して非正規雇用にはせず、リスペクトするために職種名には「コンシェルジュ」と付けている。肩書きは会社にとって重要な役割であると本人に自覚させ、会社で働く意義をきちんと理解させていくのだ。昨今、販売職のようなサービス業は完全に売り手市場になっている。募集してもなかなか人材が集まらないと嘆く声も聞くが、そんな企業に限って「働く意義」を示せていないような気もする。

 このアパレル企業では若いスタッフが仕事をしていく中で、別の目標を見いだすようになると応援する。独立して途中でビジネスに躓くようなことがあれば、企業にいた頃に見つけた技術や能力をきちんと評価して、再び雇用するような仕組みも作っている。

 これから業界に入ろうという若者をどれだけ尊重して、持てる能力と技術と人間力を発揮させるようにできるか。ポジションが人を作り、環境が人を育てるのである。来年はそんなこだわりがビジネスの雌雄を決する一年になっていくように思う。

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減らすべきムダがある。

2016-12-21 07:52:14 | Weblog
 先週、先々週とジャーナリストの横田増生氏による週刊文春ユニクロ潜入ルポについて書いた。第3弾が掲載された12月22日号はトップ記事が「電通の真実 激震ドキュメント」だった。電通の内情はグラフィックデザインに携わることからよく知っている。これについても書けなくはないが、別の媒体で機会があれば論評してみたい。

 ところで、ユニクロ潜入ルポの第3弾は、「黒字のため“ロボット化”する従業員」のテーマで、横田氏が店舗の従業員と人件費の問題に触れている。どの企業でも売上げが伸び悩む中、労務管理と賃金コストは二律背反する問題だ。政府は同一労働なら正規、非正規と同一賃金にするように政策目標に掲げて議論を進めているが、企業としてもそう簡単に答えが出せる問題ではないだろう。

 当たり前のことだが、人件費は減額すると従業員からは不満が噴出して士気が下がり、生産性が落ちるリスクをもつ。また法律上は減額に見合う正当な理由がないと、下げることはできない。それでも、ユニクロでは人件費の調整について、現場は上層部から「口酸っぱく」言われているようである。

 それを如実に示すのが、昨年の創業祭惨敗を受けての異変だ。売上げ不振を招いた原因が「値上げ」だったとの反省から、柳井正社長は低価格路線へ回帰し、併せて経費削減を厳命した。さらに低価格のままでは売上げが下がるため、並行して「客数を増やせ」との条件までつけている。だが、2016年8月期決算をみると、客数は対前年比で5%も落ち込み、一度遠のいたお客を呼び戻すのはそう簡単ではないことを示す。

 一方、経費削減の目標は1000億円に及ぶ莫大な規模だ。2016年3月〜8月の下期にはパートアルバイトの出勤調整を行って人件費を削減し、営業利益は前年同期比の38.0%の増益と、早速効果をもたらした。しかし、横田記者が勤務するイオンモール幕張新都心店では、創業祭が不振だったことから「会社が倒産してしまう危機状況になる」との大義のもと、従業員の頭数が必要な11月でさえ出勤調整を行ったほどだ。

 親会社ファーストリテイリングは内部留保が3400億円あり、自己資本比率は安定した40%台で、株主への年間配当金は約360億円といたって優良企業である。にもかかわらず店舗では人件費を抑えて、利益を上げることが堂々と行われていることに横田氏は疑問を投げかける。結果的に店長クラスはサービス残業せざるを得ず、収益目標の達成という「手柄」のために、自ら身を削っているのだ。

 店舗をエリア毎に管理するリーダーやスーパーバイザーは、「販売管理費が非常に高くなっています。…原因は人件費を超過させているからです。粗利と人件費の関係に十分な注意を払ってください」(記事から引用)と、バランスシートを見て指示するだけ。店舗の責任者とは違い直接パートアルバイトには接しないからか、実にドライな物言いに聞こえる。上場企業、グローバルSPAとしてはこれがスタンダードなかもしれないが、コストは人件費だけではない。もっとムダなものがいくらもあるように思う。

 販売管理費には荷造りや運搬に関わる経費があげられる。 ユニクロの場合、この中にもムダなものがあるのではないか。工場から日本に送り届ける輸送費は別にして、国内の物流センターから各店舗への運搬費はどうなのかである。店舗にあれだけ膨大な在庫を積み上げているが、それがセールを含め100%消化することはありえない。仮に50%しか消化していないのなら、残る50%の在庫運搬費は、ムダと考えることもできる。

 また、その分の荷受けから品出し、畳みや整理に携わる従業員の人件費、その分の在庫を展開するスペースの不動産賃貸料も、コスト増の要因ではないのか。今やユニクロの顧客の何割かは店に行かずにネットで購入していると思う。その分の在庫も店舗に置かなければ、まだまだコスト削減ができるはずである。

 ECはお客が送料負担を嫌がるケースや一定額以上の購入で送料無料のコスト負担も生じるが、店舗販売にしてもトラックで商品を配送していることに変わりはない。店舗向けにまとめた大口配送と家庭向けの小口配送とのコストバランスになるわけだが、店舗に在庫を積むことでムダな作業コストが発生しているのは間違いない。

 ベーシックなデザインで、単品コーディネートで完結。お客が自由に着こなせば良いを標榜するユニクロだからこそ、店舗は小規模にして全国数カ所に物流センター兼ストックルームを作り、そこから配送するような仕組みを整えてもいいのではないか。そもそも論として人件費を削りたいなら、店舗における省力化をもっと進めるのが先ではないのか。システムで成長したきたユニクロだからこそ、思いきってショールーミングを選択することも、経費削減に向けた重要な経営判断ではないかと思う。

 販売管理費には広告宣伝費もある。メーンはテレビCMと新聞の折込みチラシだ。CMではシーズン毎のトレンド商品のキャンペーン、企業イメージの訴求などを行っている。不定期のスポットだが、全国ネットで放映本数は多くなるため、毎回のCM投下費用は数億円規模になると思われる。

 チラシについては、週末に行ってきた値引きセールが縮小され、EDLP(エブリデーロープライス)戦略にシフトしたため、毎週金曜日の新聞折り込みもかつてのB3サイズ一辺倒から変わってきている。それでも直近に折り込まれたクリスマスセール向けは、B2サイズでユニクロとしては最大だ。これらが全国の新聞(2015年一般紙の発行部数は約4000万部だが、購読部数はそれより少ないと思われる)の朝刊配達分に入るのだから制作・印刷費、折込み料を合計すると、こちらも1回で数億円の規模になるだろう。

 テレビCMは代理店に言わせれば、「ブランドロイヤルティを維持するために不可欠なもの」かもしれない。だが、販促効果を考えるとネット浸透によるテレビ離れは深刻だし、番組視聴率が必ずしもCMの認知度を示すものではなくなってきている。

 目下のテレビ視聴者は圧倒的に60代以上が多いが、いくらユニクロのターゲットが老弱男女と言っても、限られた視聴者の中で効果を十分に発揮しているかには疑問が残る。映像の必要性はあると思うが、40代以下ならネット動画で十分ではないのか。経費削減の面でCMを見直すというのではなく、マス媒体における費用対効果という点で一考の余地はあるのかもしれない。

 チラシは新聞購読者との関係性があるため、テレビCMよりもピンポイントで販促情報を提供できる。だが、新聞を購読しない層が確実に増えているのは、人口が最も多い東京23の区新聞折込み総部数が約240万部しかないことを見てもわかる(2015年6月29日 オリコミのデータ)(http://www.orikomi.co.jp/wp-content/themes/default/img/orikomi/maps/cir/cir_tokyo.pdf)。

 あるポスティング会社によると、平均的な新聞投函率は戸建で60%、分譲マンションで50%、ワンルームマンションで5%程度まで下がっているとの情報もある。新聞を購読しなければ折り込みチラシも見られないわけで、折り込み広告社に新聞購読者層やレスポンス率を精査させながら、徐々にネットチラシに切り替えていくなど、経費として見直す部分はまだまだあると思う。

 ユニクロは米国における新規出店に際しトラフィック媒体、ローリングビルボードなどのオープン広告と併用して、出店後にはデジタルマーケティングにも注力している。例えば、ユニクロUSAはネット向けのファッションマガジンにユニクロの商品を着たお客の写真がアップされると、自前のFacebookですかさずシェアしている。

 またFacebookを使ったスタイリングコンテストやユニクロのPinterestをハックするキャンペーンなど、デジタルマーケティングは旧来メディアが幅を利かす日本より進んでいる。というか、日本でもマス媒体が以前のような力を持たなくなっていることを考えると、もっとSNSを活用することで媒体コストを削減できるのではないか。

 売上げの半分を日本で稼いでいるから、国内事業における販売管理費を削減する意図はわからないではない。しかし、いくら柳井社長が「プライスリーダーを取り戻す」「経費の削減」を訴えたところで、価格を下げても客数は戻っていないし、人件費を削ることで現場が確実に疲弊しているのも事実だ。

 ファーストリテイリングの2016年8月期の連結売上高は1兆7,864億円だが、前期比伸び率をみると6%と前年の22%を大幅に下回っている。10月に2020年度売上げ目標を5兆円から3兆円に下方修正したのは、紛れもない国内市場の縮小、客数の減少を受けてのことである。

 だからこそ、低価格や経費削減といった単純な政策ではなく、ビジネス全体の枠組みを見直さなければならないと思う。低価格戦略を続ける以上、海外の生産態勢、為替などからコスト変動とは切っても切れない。原価率の圧縮で商品の質が低下すれば、さらにお客は離れていく。SPAシステムを構築し、どこよりも磨きをかけてきたからこそ成長できたのだ。それゆえ新たなシステム構築がカギになるのは言うまでもない。

 横田氏はルポで「私自身、一年働いてみて、従業員は非人間化されたマシーンになることが求められているのではないかと感じることがあった。人間というより黒字を生み出すロボット、調整弁として都合のいいように使われている気がしてくるのだ」(記事より引用)と、徹底した人件費抑制の背景にも切り込んでいる。

 ユニクロの業務は高度にマニュアル化されているため、さらなる人件費削減が厳命されればスタッフの出勤調整も堂々と行われ、限られた人数で対応せざるを得ない。ゆえに生身の人間、感情をもつ人間にとっては、受け入れ難い面もあるだろう。

 しかし、収益の拡大を最優先する柳井社長がそうしたメンタリティに与するはずもない。だからこそ、ユニクロは小手先に施策ではなく、ビジネス戦略自体を変革していかなければならないのだ。そこでは感情をもつ生身の人間をロボットのように使うのではなく、現実にロボットを活用すべき段階に来ているのでないのかと思う。

 Amazonはすでに川崎市の物流倉庫で、国内で初めて自走式ロボットを導入した。ロボットを活用することで、人間が棚に置いた商品を探して歩き回るのではなく、人間が仕分け作業をしている場所に棚が自動的に運ばれてくるのだ。これで作業の負担を低減するほか、商品を探す手間が減り、受注から発送までの時間短縮にもつながるという。

 ベーシックな商品をセルフサービスで売っているユニクロこそ、店舗はショールーム化して在庫量と人海戦術的な作業を極力減らし、ECとロボットなどによるオートメーション化を連動させるシステムの構築に取り組むべきではないか。当然、ロボットが作業をこなすようになると、人間による単純労働は必要でなくなり、人件費削減とは別次元のレイオフが始まることも想定される。

 これはユニクロに限ったことではなく、ファッション業界、全サービス業に通じることだ。ロボット化のような仕事が嫌なら、人間らしい仕事とは何かを考えなければならないし、そのための能力開発が求められる。これからのファッション業界で、人間はどんな仕事ができるのか。ユニクロ潜入ルポの深層に潜む課題からも目が離せない。

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店は疲弊している。

2016-12-14 07:48:48 | Weblog
 疲弊とは肉体や精神が疲れることを指す。また不況や出費が続いて自力で立ち上がる力を無くしていることを意味する。通常は人間か、企業に当てはまるが、今回はあえて店舗を対象にしてみたい。疲弊している店とは、ユニクロ。先週に続き、ジャーナリスト横田増生氏の潜入ルポからの考察である。

 第2弾は週刊文春の12月15日号に掲載された。今回は前回よりはるかに生々しいドキュメントで、冒頭には以下のような本社人事部長と横田氏とのやりとりがある。

 「この記事を書かれたのは●●さんですよね」「そうです」「わかりました。ならば、当社のアルバイト就業規則に抵触しているということで、解雇通知させていただきたい、と思っています」

 「(この記事の)どこが、就業規則に抵触しているのでしょう」「まず、週間文春の十二月八日号を書かれたということは、当社の信用を著しく傷つけたということですね」「記事のどこが就業規則に違反するんですか」「アルバイトの就業規則の第七十五条の十四項と、第十六条一項に当社は該当すると判断しました」

 「この記事を寄稿されたこと自体が該当すると思っています。中身云々は別として、当社にとってまったくプラスになるような内容ではない」

 「懲戒解雇ですか?」「懲戒解雇ではありません。解雇通知です」


 私がいちばん聞きたかったのは、記事に事実と違う点があるのか否かだった。事実でないことを書いたというなら重大な損害を与えたと言うのも理解できる。しかし、何度も「記事に間違いがあるのか」と尋ねた末に、返ったきたのは、「間違っている云々の中身の吟味はしておりません」という一言だけだった。

 「記事は間違っていないということですか」と食い下がったが「お答えできませんし、お答えする必要もありません」(本文より、引用)

 横田氏のユニクロ潜入取材は、柳井正社長が雑誌プレジデント(2015年3月2日号)で「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。…社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」と、反論したことに端を発した。

 実際にアルバイトとしてユニクロの3店舗に勤務し、1年以上にわたって店舗業務を経験しながら取材を重ねている。その第1弾が12月1日発売の週刊文春に掲載され、一般にはわからない店舗業務の内幕が白日の下に晒された。

 ルポ第2弾は横田氏の「諭旨解雇」という形で始まり、潜入取材は終わりを迎えるが、1年以上業務に携わったことから記事は続く。目を引くのは柳井社長の号令のもと、今年10月に下方修正したとは言え、2020年に年商3兆円企業に向けた「売上げ至上主義」に少しも狂いがないこと。そのために店舗では依然としてサービス残業が続き、人手不足が慢性化していること。そこには肉体的にも精神的にも疲れきったスタッフが大勢いる。まさに「店は疲弊しきっている」のである。

 ユニクロの売上げ追求の是非はひとまず置くとして、問題の本質はそのための手段である。ルポには、横田氏が勤務したビックロが創業祭を乗り切るにあたり、圧倒的に人手不足であることが記されている。横田氏はその状況を以下のように克明に記している。

「私がビックロに一番驚いたのは、夜になると派遣社員が働き始めること」
「派遣社員はほとんどがユニクロで働くのが初めてのため、客対応は荷が重すぎる」
「…今度は見かけたことのない女性従業員が客対応に手間取っている」
「…先ほどの女性従業員に声をかけられた。『助かりました。本部社長室の■■です』」「前日付の『部長会議ニュース』の冒頭で柳井社長が、感謝祭の応援に行っていない社員は必ず行くように、と指示…」
「気持ちはありがたいが、現場からすれば、修羅場の感謝祭で売り場を知らない本部社員は足手まといになることも多かった」
(以上、記事から引用)


人材の効率運用よりコストカット

 記事を一括りで解釈するとすれば、ユニクロのような強力なSPAですら、現場のレイバーコントロール(人的資源の効率運用)は脆弱であるということだ。派遣社員を雇うのはパートアルバイトを募集しても、人員が揃わないからだろう。派遣社員でもきちんと教育して戦力にすれば良いのだが、大型店ではスタッフの頭数が圧倒的に足りないため、じっくり時間をかけて教育する余裕すらないようだ。本来なら店舗社員やパートアルバイトで回していくべき店舗運営。そこにコスト高の派遣社員まで借り出さなければならない。まさに出費が続いて自力で立ち上がれず、店は疲弊している状態と言える。

 一方、ユニクロの本部スタッフはキャリア採用の中途入社やヘッドハンティング組になる。前職の経験や実績が重視されて採用されるため、現場の業務を知り得るはずもない。組織が肥大化すればするほど、現場と本部との乖離は顕著になり、結果的に社員のモチベーションに温度差が生じる。全員がそうとは限らないが、本部採用という特権意識もあり、現場に対しどこか上から目線で見ている部分もあるだろう。

 だからこそ、現場と本部との壁を取り除き、コミュニケーションを円滑にしていく上で、スタッフセクションの人間が店舗業務を応援するのは重要で、セールや創業祭は格好の場となる。ただ、それ以前に現場は深刻な人手不足に陥っており、同じ人件費を払うなら本部スタッフさえ活用せざるを得ない窮状も窺えさせる。

 前回のルポにも準社員の女性が勤務中に体の不調を訴えたり、男性社員がアルバイトに「そんなスピードじゃ、間に合わないんだよ」と叱責したり、派遣の中国人女性に「ちゃんと俺に言ったこと、分っている? いや分ってないね」となじったりと、現場の混乱ぶりが綴られていた。

 四半期ごとに発表される短信レポートには記されていない疲弊した店舗の状況が潜入ルポからはひしひしと伝わって来る。こうした状況が続くユニクロがはたして2020年に年商3兆円を達成できるのか。また、柳井社長は企業経営者として、求心力をもつのだろうか。疑問を呈さざるをえない。

 筆者がアパレル勤務の時代には派遣社員こそいなかったが、取引先のセールや創業祭では店舗に本部から応援に駆り出される人員は同様にいた。実際に総務部長のおじさんがレジ打ちしているのを見たことがあるし、部長級がエプロンを付けてぎこちなく接客する姿もあった。こちらは社外の人間なので傍観するだけだが、会社として売上げ目標を達成するには、全社一丸となって乗り切る態勢はどこも変わらないような気がする。

 レディスショップになると通常、男性はバイヤーや店長(候補)などバックアップやマネジメントが主な仕事で、お客さんに販売することはあまりない。だから、セールや創業祭の応援では店頭で活気出しのために声を張り上げたり、お客さんをフィッティングルームに誘導したり、スタッフが手一杯の時に対応したりと、補助的管理的業務になる。女性客はどうしても男性の視線を意識する。混雑する店内に男性がいることで、万引きなどの防犯担当の役割も担うのだ。

 ところが、ユニクロはターゲットが老弱男女になるから、接客は男女が同等に当たる。しかも大型店が多いから、多忙さは一般のショップとは比べ物にならない。商品の展開方法こそ簡素化されているが、万人向けのデザインでかえって客層は広く、購買機会も格段に増える。そのため繁忙時の接客対応にかかる人的負担は、尋常でないと思われる。

 単純に客対応がそのまま売上げにつながるのであれば、粗利益が50%程度と言われるユニクロの人時生産性(粗利益÷総労働時間)は相当に高い。だが、莫大な商品量の荷受け、その商品の品出し作業、客注のストック確認、閉店後の商品の畳みや整理など、生産性の低い作業もある。現状の業務のままでは営業効率が良いとは決して言えないだろう。

 記事では、昨年の感謝祭が惨敗だったため、ビックロの店長代行はその後の朝礼で「感謝祭は全社的に不振に終わっています。結果として経費を削っていかないと、下手したら会社が倒産してしまうという危機的状況です。今やらなければならないことは二つ。一つは、売上を取る。二つ目は経費を抑える。そのため、今週はスタッフの皆さんの出勤日数を削らさせていただきます」(記事から引用)と、言っている。

 つまり、店舗が利益を上げるには粗利益に占める人件費の削減は止むなしなのだ。先週のコラムはタイトルを「店長は経営者なのか」としたが、ユニクロではスタッフ雇用や経費削減が店長の裁量に任せられており、この行だけ読むと経営者たるのかもしれない。

 ただ、ルポにもあるようにビックロは、人手不足で夜間に派遣社員を雇用している。こちらは派遣会社を通すので直接雇用より人件費がかかるが、そうでもしないと人が揃わないのだ。そのためにパートアルバイトの出勤日数を削るのは本末転倒も甚だしいが、それほどレイバーコントロールが正常に機能してないとも言える。

 何より売上げの追求と利益の最大化を至上命題とする柳井社長が店舗に対し、コストカットを厳命しているのは間違いない。だから、店長他責任者としては手っ取り早く人件費に手を付けざるを得ないのである。しかし、業務を効率化し、職場環境を改善するのも経営者の役割のはずだ。店長がショップマネジメントを任されているのなら、従業員のことも優先的に考えていくべきなのだが、ユニクロからはそれがなかなか見えて来ない。

 潜入ルポ第2弾には「ユニクロにとって従業員とは何か、人件費とは何かを目の当たりにすることになった」とまでしか書かれず、後は前出の店長代行のコメントで、記事は終わっている。第3弾では従業員や人件費に関する横田氏の隠し玉が出てくるのかどうかはわかならいが、期待はしたい。

 横田氏も書いているように昨年ユニクロが値上げをしたことで、売上げが下がったのは事実である。当然、利益を確保するには人件費カットに踏み切らざるをえないわけで、そのツケはそのまま現場の負担となっていく。感謝祭のような繁忙期が終わると、店舗は通常営業に戻る。その分、売上げも落ち着くことになるから、利益を上げるにはなおさら経費を削らなければならない。

 ただ、本部からは次々と商品が送り込まれてくるわけで荷受け、品出し、畳み、商品整理といった作業は変わらない。こちらの無駄とも思える業務を削減せずに人件費だけを削るのでは、現場はますます疲弊していく。経営者ならまず社員が働き易い職場環境を整え、福利に資することも不可欠なのだ。

 ユニクロは日本のSPAとして国内では向かうところ敵無しと言える。しかし、店舗が疲弊したままではいくら決算が増収増益でも、卓越したシステムのどこかに綻びが生じ、成長に黄色信号が灯るかもしれない。疲弊している店の上で成立するマイダスタッチなんてあるはずもないのだ。

 多くのお客さんは思っているはずだ。あんなに大量の在庫を売り場におく必要があるのか。また在庫が全部捌けるのだろうかと。確かにヒットアイテムになると欠品する商品もあるだろう。それがどの商品になるのかはわからないから、機会ロスを無くすめに大量の在庫を置かなければならないという理屈はわかる。

 12月2日に発表されたユニクロの11月の国内既存店売上高は、気温が低下し冬物衣料の販売が好調だったため、前年同月比7.3%増と、4カ月ぶりに前年実績を上回った。比較的単価が高いカシミヤセーターやコート、ブルゾンといった商品がよく売れたようである。短信レポートにはそこまでしか書かれていない。しかし、数字は操作できるのだ。

 もし利益も上がっているとすれば、コストカットを徹底したからかもしれない。あれだけの大量な商品を抱えていれば、値下げや廃棄のロスも相当に及ぶ。なのに増益になるのはどこかにからくりがあるはずだ。取材するジャーナリスト、決算報告から分析するエコノミストやアナリストの多くが「増益」を単なる「コスト削減が要因」とまとめるが、その背景で店が疲弊している状況をどれほどが認識しているのだろうか。

 小売業である以上、売上げの拡大は当然の企業目標である。しかし、そのためには手段を選ばないのが企業にとって本当に理想的なことなのか。小売業は人(スタッフ)、物(商品)、器(店舗)のどれが欠けても成り立たない。だからこそ、店舗環境が良好であってこそ、目標が達成できることも忘れてはならないと思う。

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店長は経営者なのか。

2016-12-07 08:00:26 | Weblog
 先週発売の週刊文春に「ユニクロ潜入1年」と題した記事が掲載された。ジャーナリストの横田増生氏がアルバイト勤務してまとめた渾身ルポの第1弾である。ユニクロは同記者の著書「ユニクロ帝国の光と影」を名誉毀損だと、出版社の文藝春秋を訴えたが、1審、控訴審はそれを認めず、最高裁は上告を棄却した。

 敗訴したユニクロの柳井正社長はブラック企業批判について、雑誌プレジデント(2015年3月2日号)で「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。…社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」と、反論している。ならばと、横田記者は名前を変えて実際に1年間、店舗で働いて書いたのが今回のルポである。

 ユニクロがブラック企業と言われ始めた背景には、社員のサービス残業や人手不足の実態があると言われる。ただ、横田氏も書いているようにユニクロには柳井社長を筆頭に形成されるヒエラルキーからはドライで上意下達の企業風土が生まれ、生え抜き社員のキャリアパスには限界があるように思う。

 幹部候補であるグローバルリーダーの募集要項(https://www.fastretailing.com/employment/ja/uniqlo/jp/graduate/global/environment.html)を見ると、社員の職階はJ、S、M、Kまであり、新入社員はグレードJ-1からスタートする(パートアルバイトはPN1から)。そこで店舗社員が課される当面の目標は、S-1のショップマネージャー、いわゆる店長だ。

 店長は、業務をこなしながら数センチにも及ぶ分厚い業務マニュアルを習得し、数段階の昇格試験を経て到達した優秀な面々でもある。まさに柳井社長が語る「店長とは経営者」にふさわしい人材のはずだが、自由に商品を仕入れられる権限はなく、本部が造る範囲内で商品を発注し消化していくしかない。

 もう10数年も前のことだが、 雑誌の企画で最高ランク、SS店長に1日密着したことがある。店舗はショッピングセンターのインストアで、朝8時からバックルームで待っていると、同30分過ぎに出勤。翌日の店長会議出席のため、夕方の飛行機に乗るとキャリーケースを持参していた。同35分には店舗社員とミーティングを行い、45分にはマニュアルに添い自ら考案した模擬テストを実施。テスト中は昨日の閉店後に行われた下位品番の品出しをチェックする。

 9時からは勉強会。次週実施予定の試験について傾向と対策をレクチャーする。各自に学習度合いを確認し、答えられないスタッフ、不正解のスタッフには容赦なく檄を飛ばすが、フォローも欠かさない。同45分からは全体朝礼。20名弱ものスタッフを前にハキハキ語る姿は壮観だ。終日のスケジュールを確認し、業務内容を指示する。その日が日曜日だったため、平日との商品体制、時間帯別の人員態勢の違いを明確に示す。

 10時開店。テスト中にチェックした下位品番の品出しで気づいた点を担当者に指示する。密着して印象的だったのが「言われたことができるのは当たり前。自分で考えて行動しろ。作業を仕事に変えろ」を連発したこと。その場で答えを問い質すなど社員教育にも熱が入る。発注する商品のバランスをスタッフとやり合う「日曜バトル」なんて、他のチェーン、専門店では聞いたことのないような仕組みにも触れることができた。

 ユニクロにとって店舗は営業の最前線であり、店長は売上げ目標と市場拡大を達成する鬼軍曹であるように感じた。半人前の兵士を一人前に鍛え上げて、次の最前線に送り込むのと同時に自分の陣地も守りながら、売上げ目標という勝利を収めないといけない。

 本丸にどかっと腰を据える柳井社長は、直属の部下を通じて前線に命令を出すだけ。売上げが芳しくなければその反省を求めるが、内容が不適格なら参謀という執行役員とて容赦はしない。店長と言っても、柳井社長にすれば売上げを生み出す道具程度。「経営するんだ」のスローガンも、店長を叱咤するフレーズに過ぎないと、記事を読んで痛感した。


叩き上げが経営参画できない

 他社はどうなのだろうか。筆者が業界に入って目にしたのは、取引先の小売店がいかにしてスタッフにキャリアパスを得ようとさせているかだった。アパレルを扱う小売業の場合、新入社員の多くが当面の目標を「バイヤー」に置いて入社してくる。展示会を回って商談を重ね、頭の中に売場編集やVMDを描きながら、商品を仕入れていく。

 新たなブランドを開拓するなら、東京の店舗であっても関西のメーカー、はては海外コレクションやトレードショーにも足しげく通う。ファッションビジネスを志す多くがそんなカッコいい姿に憧れるのは、ごく自然なことだった。

 大手百貨店や全国チェーンになると、募集職種はバイヤーにとどまらず販促や広報、外商などもある。ただ、どんな希望職種でも経営陣は、新入社員に対し目標達成のために「まずは現場(接客販売)で頑張れ!」と、叱咤激励するのがお決まりだ。売場で接客販売をすることが小売業の原点とばかりに社員を鼓舞するのは、組織を一つにまとめる手段として不可欠だからである。

 そうして優秀な中間管理職が育てられ、さらに本人の実績と野望、多少の人望が加わり、経営幹部に上りつめていくのが定石だった。それがアパレル業界の売上げ拡大を支えていたのである。

 創業当時のユニクロも、小売業ということでは募集職種や社員の目標設定について他社とそれほど変わらなかったと思う。ところが、ある時からユニクロは激変したように感じる。業界で勝ち残るには世界のトップを目指さなくてはならない。そのためには現場はあくまで現場、経営は経営と別個に考え始めたような気がする。
 
 グレード一覧表には各職階の年収が記されている。完全実力主義で、会社は成長する機会を与えるのだから、それを生かすのは本人次第ということだ。新卒は営業の最前線である店舗で鍛えられ、実績と昇格試験でキャリパスを手にする。店長の先には部長やリーダー、本部社員という職階もあるがヒエラルキーがある以上、そこまで登りつめる現場経験者がどれほどいるのかと、つい考えてしまう。

 一覧表にはグレードE-4、年齢41歳以上のSS店長クラスは、平均年収が3400万円を超えている。金額だけみると、凄い額だが、実力主義を標榜している以上、実力=売上げが下がったとなれば、年収も下がるわけだ。仮に実力、実績が上がったとして、その上のグレードK-1、平均年収9000万円の執行役員になれるのだろうか。こちらとて実力主義は変わらないのだから、年俸が維持されて待遇と仕事が継続する保証はない。

 この理屈で考えると、K-4に君臨し年収2億4000万円の柳井社長でさえ、収益が下がれば役員報酬はカットされることになるはず。でも、そんな責任の取り方を耳にしたことはない。

 過去には経営幹部に求められる人間は同業異業、国籍出自を問わず、自薦他薦もしくはヘッドハンティングのような形で採用されることもあった。必要とされる条件は、「会社をどうしたいのか」というヴィジョンと、それに対する「政策実行能力」の有無だけ。現場で学んだ知識やトーク、技術などはあまり必要ないようで、優秀な現場経験者がどこまで経営に参画できるかどうかが非常に見えづらい。

 柳井社長は自分がスカウトした幹部でも期待通りの働きを見せないと、バッサリ切ったことがある。原因は経営陣がいくら優秀な頭脳で考えた政策でも、社員やアルバイトが簡単に実践できるとは限らないところにもあった。しかし、すぐに態勢を立て直している。店長という中間管理職の成長が反転攻勢に出る原動力になった側面もあると思う。それとてエリート幹部と現場との溝が埋められたかと言えば、決してそうではないだろう。


業務効率化は経営の使命

 記事にあるように、柳井社長は経営幹部に対し「売上げが悪い」と、仕事の目標設定まで変えさせるようで、売上げに対するプレッシャーは相当なもののようだ。上場企業だから四半期ごとに発表される短信が好結果でないといけないわけだが、部長会議ではおそらく「寸鉄人を刺す」ような叱責や皮肉が繰り広げられているのではないか。

 ただ、トップや幹部は四六時中現場にいないし、接客や商品整理するわけでもない。自分たちが与えた業務命令とそれを処理する店舗社員とで、仕事に対する認識の乖離が簡単に埋められるはずもない。ブラック企業と言われる遠因は、その辺にもあるはずだ。

 横田氏が携わったのはあくまでアルバイト。今日のユニクロが作り上げた商品企画から素材開発、縫製、物流までにおける卓越したノウハウを検証するものではない。ユニクロUに見られる利益度外視の商品開発力に切り込んでもいない。だから、ユニクロがもつもう一つの側面、あるいは本質を探ることにはならないとの意見もあるだろう。

 まあ、ビジネス社会は戦略を立てる経営者と、戦術を考え指揮管理する部長クラスと、優秀な統率力を備えた次長と、勇猛果敢にチャレンジする課長と、兵隊となる平社員で構成される。週刊誌の読者も大企業のトップから末端のブルーカラーまで、ピラミッド状態で構成されている。圧倒的な読者数で言えば、ゴシップ好き一般庶民となるだろう。

 そうした読者の琴線に触れる記事は、「社員たちのサービス残業」「人手不足」「創業感謝祭の過酷な勤務の実態」にならざるを得ない。横田記者だってそれを承知での潜入ルポだったと思う。業界紙誌ではないのだから、SPAとしての卓越したノウハウを紹介したところで、一般庶民の心は打たない。本社社員ではなく、その辺の課題に切り込むことは容易ではないから、別の機会に期待するしかない。

 でも、ユニクロがブラック企業のレッテルを貼られたのは事実だ。だから、いくら正社員を増やそうが、残業を減らし手当てを付けようが、汚名挽回は容易ではない。2017年卒大学生の人気企業の総合ランキング200を見ても、三越伊勢丹(80位)、ニトリ(85位)、高島屋(174位)がランクインしているのとは対照的に、人気は下降している。

 それは「ユニクロではいくら現場で頑張っても、やりがいのある仕事が見通せない」と、大学生の多くが感じている証左なのだろうか。なおさら社員にとって店長の先のポストが見えづらいとなれば、これから中間管理職の大量退職も現実味を帯びてくるのではないのかと思う。

 あの店づくりと商品展開を見る限り、閉店後の残業が簡単に削減できるとは思えない。店舗業務をもっと効率化しないといけないはずである。奴隷の仕事と揶揄される荷受け、膨大な商品量を品出しする作業、閉店後に待つ商品の畳みや整理然りだ。

 ユニクロの販売手法はお客が勝手に商品をとり、姿見で確認したり試着してレジカウンターに向かうセルフサービス。ならば、店舗には最低限の在庫とサンプルを置き、カラーや客注対応はVRでシミュレーションするなどをもっと進めてもいいのではないか。購入品は物流倉庫から自宅に配送すれば十分だ。そうすれば、現状の売場面積は必要ないし、面積が同じなら品揃えを増やせる。現状の品種でもカラーバリエーションが増やせれば、ずっと言われ続けてきた色音痴を解消できるかもしれない。何より労働生産性の低い作業は、どんどんカットできると思う。

 店舗社員はオペレーションとコントロールのみを担当し、IT化によるMDバランスと在庫変動、売上げ、商品投入をチェックしながら、店舗のマネジメントを学習していけばいい。そうすることで、サービス残業や人手不足はかなり解消できると思う。もしかしたら、売上げさえ伸ばせていれば、「経営幹部に睨まれる本社勤務より、お客さんに対しスマートに応対する店の方が楽しい」ってことになるかもしれない。もちろん、その先のキャリアパスが用意されての前提だが。

 柳井社長は敗訴した後、正社員化、残業手当の支給を進め、ブラックイメージの脱却をはかったと言われる。でも、店舗業務の効率化の方がコスト増大を抑え、生産性を向上させる点で好都合ではないだろうか。決め手は労働コストと物流コストを両天秤にかけたときに、どちらが利益を向上させるかだろうが。

 もちろん、ユニクロのことだから、兵隊や課長といった社員のコマ不足についても、次なる施策を考えていると思う。それがユニクロのユニクロたる所以だろう。しかし、業界にはこんな格言もある。「店では社長より店長の方が偉い」。だからこそ、現場叩き上げの人間がどんどん経営にも参画するようになってもらいたい。

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数値のみの事業実績。

2016-11-30 07:19:01 | Weblog
 地下鉄工事の陥没事故で、その危機対応に全国的な注目が集まった福岡市。このシーズンになると、市役所の各部局からは昨年度の予算執行(決算)の資料が発表される。かわいい区以来、メディア受けする派手な事業がお得意の高島宗一郎市政だが、経済観光文化局が所管する事業報告では、予算を生み出す魔法の言葉、「クリエイティブ」が踊る。

 過去2年の決算発表(http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/50945/1/26kessan-keizai-shiryo.pdf)(http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/55443/1/281014kkb1.pdf)を比べると、コンテンツを核とした国際ビジネスの振興におけるクリエイティブ関連産業の振興の決算総額は、平成26年度が1億9,526万円になのに対し、27年度は2億3,562万円と、20%以上増えている。



 中でも、事業名がそのまま取り組みとなるクリエイティブ関連産業の振興は、「ア:福岡ゲーム産業振興機構において人材育成事業等を実施」と、「イ:福岡アジアファッション拠点推進会議により事業展開」が柱。この2事業は決算総額のうち、平成26年度分が約3,373万円に対し、27年度は2,909万円と、こちらは14%程度削減されている。

 内容は両年ともほぼ同じで、アは福岡にゲーム関連企業の集積を促すためにゲーム産業振興機構を運営するインターンシップやコンテストだ。

 このコラムが注目するのは、イの福岡商工会議所が主体となって活動する福岡アジアファッション拠点推進会議による事業展開である。内容は福岡アジアコレクション(FACo)、ファッションウィーク福岡、人材育成(インターンシップ)、交流連携(セミナー)の4つになっている。福岡市はそうした事業に税金で資金を提供するかたちだ。

 実績は、「福岡アジアコレクション(FACo)」の入場者数が26年実績の7,546名に対し、27年度は7,571名。データを解釈すると横ばいというか、微増である。ただ、会場である国際センターのキャパ(通常の収容人員は1万人)があるを考えると、端から大幅増できないのはわかりきっている。

 ファッションウィーク福岡(FWF)は、平成27年からは一般の参加希望者・団体から様々な企画を公募し、「採用されたもの」や「協賛金を徴収するもの」に、セミナーなどを抱き合わせる内容となった。こちらは主催者企画が中心だった26年度実績(参加企業260店・社)を受けて、27年は目標を300店・社と設定し、一応は302店・社とクリアしている。


目標300で実績302の不思議?

 問題は実績数値の信憑性と効果である。 福岡アジアコレクションのような客寄せ興行は、チケットの販売枚数がはっきりカウントされるから、入場者数はほぼ集客力とイコールになる。ただ、それ以外の実績数値には、いろんな手が加えられていることも考えられ、鵜呑みにするわけにはいかない。

 注目するのは、今年3月に実施された ファッションウィーク福岡2016(事業年度は2015年)の参加者の実績数値である302店・社である。これについての具体名を福岡市の担当部局コンテンツ振興課に訊ねると、「福岡アジアファッション拠点推進会議が提出した資料から報告書にまとめた。一応、チェックはしたが、詳細は主催する福岡商工会議所の方で把握している」とのことだった。

 「福岡市では内容を精査し、確認していないのですか」と再度訊ねると、担当者は「参加店・社のリストのようなものは市では公開していない」「福岡商工会議所内にファッションウィークの事務局があり、そこが参加申込書を提出した店舗や企業を積み上げてカウントしたのではないか」「商工会議所でも具体的な店舗、企業名まで公開しないと思う」との回答だった。つまり、この302店・社がどんな店舗、企業なのかは、福岡市は把握していないし、詳細は全くわからないということだ。

 高島福岡市政下における経済観光文化局の事務事業は、「中小企業・小規模事業者向け」から「国際戦略特区関連」「国際ビジネス」「観光集客戦略」「文化芸術&文化財」までと膨大だ。それぞれの予算枠もあり、「事業案件の俎上に乗せる」=「予算をもらう」にもいろんな利害関係者の思惑が絡んでいると想像される。担当部局の決算報告書には細かなことまでは記載されず、市議会もいちいちメスを入れることはないようで、シャンシャンで決算報告は了承されていると言える。

 もっとも、ファッションウィーク福岡2016の公式サイトには、「参加ショップ」というページがあり、FWFが対象とするエリアごとに店舗名と住所、HPアドレスといった簡単な情報が掲載されている。これらすべてを合算しても、「139店舗」にしかならなかった。決算報告書にある推進会議が出したという参加店・企業数の302とは160以上もの開きがある。

 仮に公式サイトが広告枠扱いで、媒体料を支払わないと掲載されないなら、しかたない。しかし、税金を投入する公共事業でありながら、160もの参加店・社が実績報告の頭数だけにカウントされ、ほとんど「公に」告知されることがないのはいかがなものか。事務局がファッションウィークに参加申し込みをしただけで、実際には参加実態がなくてもファッションウィークに賛同したと看做し、合計に加えているとも考えられるからだ。

 行政の決算報告書のみでイベント事業の実績数値として上げるのは、どうなのか。目標が300店・社なの対し、実績が302店・社というのも、いかにも出来過ぎな数値と見受けられる。何より実際の事業効果については、疑念を抱かざるを得ない。サイト掲載の参加ショップだけを見ても、ファッションウィークがイメージする「糸へん」=衣料品店以外にもいろんな業種が参加している。純然たる衣料品店は、大手商業施設の14店を加えても、139店舗中「62店舗」と半分以下だ。

 百歩譲って、雑貨やアクセサリー、靴、美容関係を含めたにしても、72店舗にしかならない。それ以外はほとんどが「飲食店」である。商工会議所としては、カフェもバーもレストランもマクロ的にはファッションだとでも言いたいのだろうか。しかし、そうなら、キャッチコピーの「シゲ着テキ!」とは、大きくズレてしまう。まして、市の経済担当部局が外食産業と衣料品産業を一律に見るかと言えば、決してそんなことはしない。

 またファッションウィークでは、対象エリアが天神、博多駅とその周辺の大名、今泉、警固、薬院と設定されている。ところが、参加ショップには「その他」があり、例外的にエリア外の店舗情報も掲載されている。西区や東区、南区から参加した店舗があるが、対象エリアから距離的に相当離れている。中心部の行われたイベント効果なんてほとんどないに等しいだろう。実際にはどうだったのか。なんらかのメリットを享受できたのか。参加したショップの声さえ取り上げあげられていないのから、どうしようもない。

 この辺をみても、参加店・社の数値には何でもかんでも加えることで、数値をより大きく見せ、実績づくりの口実、予算の確保、事業の正当性のために利用されているとしか思えない。参加店・社が302もあるのだから、事業は成功したとでも言いたいのか。否、事業が成功していると見せるための302ではないのかと、思えてしまう。

 参加店の頭数だけ揃えて、「ファッションウィークにはこんなに参加してます」「盛り上がっています」「多くの人々の賛同を得ています」と、言うのはおかしい。では、参加店・社のレスポンスがどうなのか。資金を出してまで参加する企業のメリットは何なのか。客観的で詳細な指標を出さないと、事業の意義も正当性も説明できないと思う。

 まあ、福岡商工会議所が一人でも多くの若手経営者を「会員」に獲得したいから、業種を問わず名簿を取るために参加者を集めたい気持ちはわからないではない。ただ、まがりなりもファッションウィーク福岡とのタイトルがついている以上、まずメーンである衣料事業者と関連産業を優先しないと、経済団体としてのフォローにはならない。イベントは手段であっても目的ではない。参加者も事業をするために寄せ集められるのでは、何のための参加なのかわからなくなってしまう。

 ファッションウィーク福岡の目的というか大義は、「福岡に来て、買い物してもらう(食事も含まれるだろうが)」であり、だから税金が投入されたのではなかったのか。しかし、そこから年毎に参加型イベントの色合いを濃くして来ており、大部分の事業費を拠出する福岡市とすれば、効果は参加店・社数で推し量るしかない。であるからこそ、いつの間にかクリエイティブという言葉は形骸化し、参加型のイベントの様相を色濃くして、大義をベールに包もうとする主催者側の意図が見え隠れする。


客寄せ興行で旅行客誘致?

 コンテンツを核とする事業としては、他に「クリエイティブプロモーション福岡」という事業がある。「英国テックシティとのビジネス交流」と「福岡アジアコレクションの海外開催」に予算が使われている。こちらの予算内訳は平成26年度が約2,640万円で、27年度が約1,809万円と31.4%ほど削減されている。福岡アジアコレクションについては開催地が26年度がシンガポール、バンコク、プサンの3か所で来場者は約3,300名、27年度がバンコク、タイペイの2か所で同約3,800名となっている。

 TGCに代表されるこうした客寄せ興行の「ガールズコレクション」は、アジア各地で催されるようになり、今や珍しくも何ともない。コレクションのフォーマットは日本のメジャーなブランド(NB)の衣装を提供し、現地のモデルたちが纏ってランウェイショーを行うもの。福岡アジアコレクションの海外事業もほぼ同じで、福岡という冠が付くので地元ブランドを参加させなくてはいけないわけだが、4〜5社に過ぎない。それに福岡県が主導する合同展示会、セミナーが添えもの程度に行われている。

 そこで福岡市の知名度を上げ、「買い物に来てもらう」「海外展開の布石にする」という大義は果たせるかもしれないが、買い物が地元ブランドになるとは限らない。人気ブランドのNBでも間接的に小売り業界が潤うことになり、そのために税金を拠出することは吝かではないだろう。ただ、ファッション業態の海外展開はリスクが多大にあるし、集客効果という点でもこれも来場客数でしか示すことはできない。

 プロモーション福岡と言っても外国人旅行客の誘致なら、どちらかというと「観光・集客戦略の推進」という事業色の方が強い。だったら観光事業に組み込めばいいわけだが、そちらは項目がいっぱいだから、新たに事業を作らざるを得ないようである。

 それゆえ、プロモーション福岡に「クリエイティブ」という実態とはかけ離れた冠を付け、無理矢理事業化しているのではとも思えてくる。報告書の冒頭では、「民間主導」としか書かれていないが、福岡アジアコレクションをプロデュースするのはRKB毎日放送である。つまり、放送局の「事業」になっている。市の決算報告から類推すると、27年度も2,000万円弱が流れていると思われる。

 イベントそのものは、MBS大阪毎日放送が主催する神戸コレクションをそのまま完コピしたもの。海外で開催するショーイベントも神戸コレクションが先駆けで、RKBがそれをそのまま踏襲しているに過ぎない。どこがクリエイティブなのか理解に苦しむ。

 例年、福岡アジアファッション拠点推進会議は、例年7月末に「福岡ファッションフォーラム」を開催しており、ここで企画運営委員長が前年度の事業報告をちらっと行ってきた。それが今年は開催されていない。こちらはフォーラムといっても内容は「講演会」やセミナーだ。

 ファッションウィーク2016では、「グローバリゼーションとデジタル革命から読み解く~Fashion Business 創造する未来」の著者、尾原蓉子氏が講演したことを考えると、今年からフォーラムを中止し、ファッションウィークの方に合体させたということになる。フォーラムの予算も「交流連携(セミナー)」の方にスライドされたわけだ。セミナーでは例年、企画運営委員長による事業報告はなされていたが、今年はそれもない。事業とその効果の説明責任が曖昧なまま、年度は終わってしまう。


場所と資金を提供する利点は?

 すでにファッションウィーク福岡2017のサイト( http://fwf.jp/ )がアップされており、イベント協賛の公募が始まっている。参加概要は、以下のようになっている。





 これだけでは、企画の趣旨がわかりにくい。じっくり読むと、主催者側はイベントをしたい個人や法人、学校などの「コミュニティ」に対して、スペースを提供しなおかつ協賛金も出してくれる「奇特な方々」を募集しているようである。「ギャラは出ませんが、カネは出してほしいんです」というマネーの虎を彷彿させるような企画だ。まあ、集客やアクセスを考えると、そんな企画に応じられるのは、対象エリア内に立地する商業施設か、せいぜいオープンスペースをもっているところに限られると思う。

 問題はイベントを行うコミュニティ側だ。通常、ファッションアイテムなどを企画製造したり販売している企業なら、新商品のプロモーションや展示即売などにイベントを利用できる。スペースや資金を提供する商業施設も、商品のマーケティングや集客のカギとしてみることは可能だ。しかし、主催者側がいくら「オンリーワンコンテンツ」とお題目を唱えたところで、手作りの服やアクセサリーを作っている学生や個人になると、商品レベルはたかが知れている。スペース提供側へのリターンなどもゼロに近いと思われる。

 そもそもオンリーワンコンテンツになるものは、企画に企画を重ね何度も試作を繰り返し、テスト販売で市場の反応を見て、さらに作り直した末にでき上がるもの。「イベントがあるから作る」なんて簡単な考えでは、換価価値をもつ商品にはなり得ないし、売れる可能性すら探れない。

 コミュニティの参加料を無償にしているところをみると、おそらく趣旨は「ファッション専門学校で学ぶ学生、卒業生、個人のクリーターへのスペース提供とスポンサード」ということだろうが、それにしても企業側からすれば「基礎も出来ておらず、技術も見えない。むやみやたらに個性的な作品ばかりを打ち出されても、オンリーワンコンテンツなんかになるはずがない」というのが、3分程度のプレゼンでは見え透いてしまうと思う。

 また、スペースのみを提供するならまだしも、協賛金まで取られるのはどうなのか。もし、参加コミュニティの中で有力企業が登場し、「キラーコンテンツ」を提供するとなると、学生とのレベルの差は歴然だ。スペース&協賛金提供側とでコンテンツが取りあいになれば、くじ引きで決めるのか。その辺のリスクと15万円ものコストまで考えると、自社でイベントを仕掛けた方が良いのではないか。それでなくても、各商業施設とも商品が売れていないのだから、当然である。

 結局、参加コミュニティはイベントのステージを得たい専門学校や学生の団体などに落ち着くと思われる。スペースを提供する商業施設側がマッチングでどう判断するかだが、主催者側のバックには福岡商工会議所や福岡市が控えているわけで、それなりの「要請」が来ているのは想像に難くない。福岡には「どんたく」という恒例があり、行政からコミュニティや地域活性を大義にされると、商業施設側が首を横には振れないのも確かだ。

 ファッションウィーク福岡は「クリエイティブ関連産業の振興」事業として、福岡アジアコレクションやインターンシップ、セミナーと抱き合わせで福岡市から拠出される税金が1500万円程度(事業費の半額として)が使われている計算になる。純然たるファッションウィークにどれほどの金額が使われているかの記載は決算資料にはない。半分としても800万円程度だろう。

 昨年度の事業全体はファッションウィークの企画ごと丸投げされた代理店がHPやポスターなどを制作しているし、尾原のおばさまへの講演のギャラもある。インターンシップはあまり表に出ていないので経費はほとんどかかっていないだろう。残る福岡アジアコレクションにはそのまま800万円程度が流れ、クリエイティブ福岡プロモーションと合わせると、RKB毎日放送には黙っていてもまるまる2000万円弱が転がり込んでいる計算になる。確かに予算は削減されているが、これでは事業費の使われ方があまりに不公平、不透明と言わざるを得ない。

 高島福岡市政がクリエティブプロモーション福岡と位置づける福岡アジアコレクションの海外開催。今年も11月12日には台湾の台北で「福岡アジアコレクションタイペイインスタイル」が開催されている。高島宗一郎市長が現地でオープニングセレモニーに出席する予定だったどうかはわからないが、だったとしたら9日に発生した博多駅前の陥没事故でキャンセルせざるを得なかったと思う。

 高島市長は1期目の反省から、陥没事故復旧の模様を市民への市政アピールとばかりに定点観測してブログにも上げる念の入れようだ。しかし、市長の肝いりでも行われている数々の事業を見ると、とてもクリエイティブと言えるようなものではない。福岡市はクリエティブを標榜して、何をどうしたいのか、全く見えて来ない。それは市長の政策能力の限界を暗示する。クリエイティブという言葉は、むしろ利害関係者にとって「ほしい物」を事業化し、予算化してくれる打ち出の小槌になっている。

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歳をとるのは皆同じ。

2016-11-23 07:15:59 | Weblog
 年末が近づくと、今年の流行語が話題に上る。その年々の世相を表す言葉が選ばれるが、市場やトレンドにも関わることから、後々まで使われる言葉も少なくない。

 流行語ではないが1980年代から使われ始め、電通がプロジェクトチームまで作って研究を始めた「熟年」。今ではそれ自体が歳をとったのか、やや色褪せた感がある。人間はみな共通に歳をとるが、自分だけは少しでも若くありたいと考える。高齢社会と言われるからこそ、その範疇からはどこか外れたいとの思いがあるのだろう。

 ファッション業界では一時、熟年を「マチュア」と言い換えた記事も見かけた。小売り側がアソートメントを明確化した展開にしたいから、少しでも新鮮さを感じる言葉を使おうとしたのだろうが、定着したとは言えない。ここでも使い慣れたミセスやミドルの方がわかりやすいし、すんなり受け入れられたようである。

 ただ、百貨店経営者の中には、売上げ不振の対策としてエージで区切るのではなく、マインド編集にしていきたいと言う人もいた。でも、アパレル側が年齢軸で切った商品開発やMDを行っているのだから、全館セレクティングにでもしない限りと無理だと思った。やりたい気持ちはわからないでもないが、結局はブランドのハコばかりのフロア構成に変わりはない。案の定、現状は惨憺たる有り様だ。

 ところで、このところ安定していると言われたミセスでさえ、世界的に苦戦しているという。ファッションの本場欧州ではブランド品を買うのは若者ではなく、中高年と言われてきた。それが底堅い市場を作ってきたわけだが、その中高年も成熟したのか、それとも可処分所得が減ったのか。値ごろなSPAが台頭してきて、有名デザイナーとのコラボも人気を集めている。いずれにせよ高級ブランドやリッチ感を押すだけでは、厳しくなったのは間違いないようだ。

 世界中でファッションに投資して来た中高年が価格にシビアになり、百貨店や専門店では高額の商品がなかなか売れない。お金持ちであってもeBayやAmazonほか、いろんなサイトで賢い買い物をするようになっている。

 単に館を作り、フロアを区切り、エージで分け、価格設定したブランドを展開したところで、中高年が心ときめかすような商品でない限り、捉まえるのは容易ではないということだ。なおさら10年前の50代と今の50代では、明らかにライフステージも感性も嗜好も違うわけで、年齢やサイズのみを切り口にしたのではとても捉えきれないと思う。

 通常、レディスではキッズ、ティーンズ、ヤング、ヤングアダルト(ミッシー)、ミセス、ミドル、シニアと区切っている。マインドエージという区分もあり、キャリアやヤングミセス(コンサバ)といったカテゴリーも存在する。

 ただ、 女性は移り気だからと考えるからだろうか。一人の女性が1本のテイスト軸を一生貫くわけはないとの考えが支配的だ。でも、こうした分類で洋服を捉え、固定化された市場の中で販売効率を追いかけるから、服を買おうというお客の感性にフィットせず、捉まえきれないのではないのでないのだろうか。

 それでは厳しくなっているからこそ、狭いレンジでターゲットを狙うのではなく、ノンエージを切り口にするブランド開発にチャレンジしても良いのではないか。テイストや感度軸のみを固定して、子供から大人までを顧客にするブランドの開発である。かなり長いスパンになるが、子供とか大人とかと限定せずに「三つ子のセンス、死ぬまで」って感じで、顧客化を考えていいのではないかと思う。

 当然、サイズやパターンは各ゾーンで違うので調整が必要である。またアイテムや品番を絞り込み、生地や色柄、生産態勢を共通化して、テイストがブレないようにしなければならない。子供服ではベビーやトドラーはデザインでは特徴を出しにくく、ローティーンくらいから好みがはっきり出てくるので親とのコーディネートはカギになる。

 そうすることで、子供からブランドの世界観をすり込んでいく。ブランド側が子供からファッション感性を磨き、おしゃれ心を醸成していくのである。であれば、ずっと顧客として存続できる可能性は高いかもしれない。

 アパレルがエージでセグメントし、さらにメンズ、レディスでも分ける旧態依然とした手法が通用しなくなっているからこそ、誰もやらないことにチャレンジしなければ、この閉塞感は打破できないのではないかと思う。

 一例をあげると、ヴィヴィアン・ウエストウッドがそうだろう。デザイナー本人は1941年の生まれだから、すでに75歳を迎えている。70年代にセックスピストルズのプロデューサーマルコム・マクラーレンとブティックを創業する傍ら、自らパンクファッションの旗手として多大な影響を与えた。服を通じてトレンドに逆らい、モードへのアンチテーゼに、ファンは堪らなく刺激される。そうしたテイストをティーンの時にリアルタイムで経験し、今でも好む中高年は確実にいるから、ブランドは安定しているのだと思う。

 日本でいうならコムデ・ギャルソンだろうか。若い時に着ると、ずっと着続けたいと思わせる独特のテイストと質感。流行に左右されそうで、10年前のアイテムを着ても何の違和感もない。もちろん、素材にも縫製にも職人の技が生きづいている。シャツステッチ一つをとっても、運針は3cmで24針ほどかけるなど、コストダウンが当たり前の今でも創業時からの縫製思想は揺るがない。モードを超えたところにあるもの作りに、50代になろうがファンは惹き付けられるのだ。

 今年の夏、とある食品スーパーで鮮魚を選んでいる中高年の夫婦を見かけた。旦那さんはよく見かけるチェックのシャツにジーンズ姿だったが、調理を待つ奥さんは白地にPLAYのハートが大胆に配置されたTシャツを着ていた。出立ちの雰囲気を見ると、50歳を過ぎてファンになったとは思えない。逆に言えば、それだけブレないファンが確実にいるということである。

 「ヒステリックグラマー」もその領域に達している。1980年代半ばに原宿で産声を上げ、ワークやミリタリーがベースで、ロックやアート、ポルノグラフィティなどのカルチャーからもインスパイアされている。そのため、デビュー当時から惹かれ続ける40代、50代のファンは少なくないと思う。

 こちらも素材や縫製、加工には力が入っており、大人になるほど着心地や風合いに関心がいく顧客心理も見事に捉えている。デビュー当時に発表されたジャケットなんかはヴィンテージもので、大人が着た方がしっくりくるはずだ。ファッションには若さもキーワードと言われるが、若者だからロックを好むわけではない。若々しいロックテイストは50〜60代のミドルこそ、度・ストライクなのである。

 そう考えると、日本にはまだまだ1本のテイスト軸を貫くライフタイムブランドが少ないと思う。経営陣は口を開けば、「顧客の高齢化」を口にし、ブランドの再編や活性化に動き出す。しかし、結果的に中途半端なデザインで終わってしまい、世界観が固まったブランドはほとんどない。そんな紋切り型の商品ばかりが並ぶ売場は、少しも魅力を感じないのである。

 人は皆歳をとる。であるからこそ、ずっと着続けられるようなブランドがあってもいいのではないか。メンズではアメカジが老弱で着られるテイストだが、彼女や奥さんもアメカジ好きでないと、カップリングでは男の方がどこか間抜けに見える。この先のシーズンで良く見かけるシーンがそうだ。ギフト用のジュエリーを見るカップルのスタイリングが男女不釣り合いなのは、傍から見えても興ざめする。

 その意味では「ライフウエア」を標榜するユニクロは、メンズ、レディス、キッズをもち、テイストはベーシックで今や完全に老弱男女を捕捉している。レディスやキッズのアイテムでは流行を追うものもあるが、テイストが極端にブレることはない。

 ファッションの玄人、専門家が絶賛するユニクロUは、細部にわたってきめ細やかな仕様になっているようで、商品の普遍性と不変のブランド価値を同時に浸透させていくとの思いを窺えさせる。まだ子供服は登場していない。でも、利益度外視で売っていくとの考えなら、子供たちに受けるかは別に服づくりの良さを啓蒙していくためデビューさせても面白いのではないか。

 人は必ず歳をとる。であるからこそ、50代、60代は若々しく、20代はクールに、30代は年一度のご褒美で、さらに子供たちは良い服への入門編として、ずっと着ていけるようにする。そんなブランドがもう少し増えてもいいのではないかと思う。

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