HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

米国ブランドの限界点。

2016-05-25 07:35:58 | Weblog
 ギャップ社は4月19日、海外市場で展開するオールド・ネイビー、バナナ・リパブリックを閉鎖すると発表した。うち日本国内のオールド・ネイビー53店舗を、2017年1月末までにすべてを閉鎖するという。2012年7月の日本上陸から5年を待たずに完全撤退となるのだから、ギャップ社としては日本での多面的な展開は容易ではないと、改めて認識したのではないだろうか。

 バナナ・リパブリックについては、全世界で76店舗を閉鎖する。こちらはクロージングを含めたビジカジ系のブランドだが、価格はギャップよりさらに上のゾーンとなる。価格はブラウスで7,000〜8,000円程度。創業が1978年と比較的若いブランドだから、イヴ・サンローランやクリスチャン・ディオールといった欧州ブランドほどのバリュー、価格帯ではない。それでも日本市場の現状からすれば、あの程度のクオリティでは決して安くないと言える。

 筆者の事務所近く、バーニーズ福岡の裏手にも、数年前にオープンした。しかし、いつ見てもそれほど集客があるように見えず、採算は取れていないと思う。ギャップ本社のアート・ペックCEOは、「バナナリパブリックにとって日本は重要な位置づけにあることは変わりない」としているが、76店舗の中に日本における不採算店も何店舗かは含まれているのかもしれない。

 オールド・ネイビーは、言うなればギャップの廉価版だ。米国市場はざっくり言うと、一部の富裕層と大多数の低所得者で構成されるが、ギャップのようなジーンズで70ドル、Tシャツで20ドル以上する商品は中流層以上でないと買えない。だから、ビジネスとしては中流以下を捕捉するマーケティングを行い、格下のブランドも開発する。そうして生まれたのが、コストを下げて価格を安くしたオールド・ネイビーというわけだ。

 米国では11月の大統領選本選挙に向け、中流層から支持を集めた共和党のドナルド・トランプが同候補内定を確実にした。背景には中流層が没落する格差社会が日本より深刻なところがある。穿った言い方をすれば、「オールド・ネイビーまで落としたくない」「アバクロとは言わないまでも、せめてギャップは着ていたい」気持ちの表れなのかもしれない。

 日本でも中流層の没落は確実に始まっている。なのにオールド・ネイビーが全店閉鎖されるのは、全く皮肉な話である。振り返れば、2006年、ファーストリテイリングが「g.u.」を発売した時の記者会見では、メディアの中に「ギャップで言うオールド・ネイビーの位置づけですか」と、 ユニクロとの対比で質問するところがあった。これに対し、柳井正社長は不快な表情を浮かべて、否定したと記憶している。

 その後、g.u.は日本流のマーケティングでユニクロとは違った市場を掘り起こし、ロゴマークGUに替えるなど独自のブランドポジションを確立した。一方で、オールド・ネイビーは日本市場には通用しなかった。この違いが何を意味するのか。

 言ってみれば、ギャップグループのような同じテイスト軸、感度軸で、グレードだけ変えるマーケティングは、バーチカルで効率はいい。しかし、それが米国市場には通用しても、日本には通用しないということである。

 では、なぜ、オールド・ネイビーは日本で求められなかったのか。日本でもバブル崩壊後にデフレが続き、ディスカウントストアからファストファッションまで低価格業態が一定の市場をつかんだことは、確かだ。

 しかし、一方で低所得者層が全く高額なブランドを買わなかったかというと、そんなことはない。フリーターの中には健康保険料や国民年金は払えなくても、セレクトショップのTシャツは買っていたものがいるはず。また100円ショップで代金を出す財布は、百貨店で購入したコーチやグッチという女性も一定数は存在するだろう。

 そうでなければ、平成不況の直中にあって、ユナイテッドアローズやビームスがあれほど業績を伸ばすはずはないし、欧米ブランドが日本市場からぞろ撤退したというニュースも聞かない。つまり、社会保障や食事にかける費用は我慢しても、浮いたお金で高額なブランド品は購入する。それが日本におけるファッション市場の一端でもあるのだ。

 2002年には同じく米国のウォルマートがスーパーの西友を傘下に収め、日本市場に参入した。03年、佐賀市に開業したSC、モラージュ佐賀の店舗は、EDLP、Rollbackを打ち出すなど本家ウォルートを彷彿させるもので、経済紙誌、ビジネス系メディアはこぞって「黒船上陸」と煽り、その脅威を大々的に報道した。

 しかし、佐賀という全国的にみると所得が低い地域にも関わらず、2010年西友モラージュ佐賀店は撤退した。西友傘下のスーパー、サニーもウォルマート流の販売スタイルをとってきたが、2015年には11店舗を閉鎖している。これには08年に鳴りもの入りで開店した南熊本店も含まれる。オールド・ネイビー然り、ウォルマート然り、米国流のマーケティングによる低価格業態は、日本市場では中々受け入れられにくいということだ。

 思い起こせば、ギャップが日本で本格展開を始めたのは1995年だった。東京・銀座の数寄屋橋阪急に店舗がオープンした時は、業界人が大挙して押し寄せ、チェックする光景がそこかしこに見られた。また、業界系メディアでも商品から展開方法、販売スタイル、プロモーションまでを褒めちぎった提灯記事が少なくなかった。

 ギャップはオールド・ネイビーより格上のブランドであり、日本人には品質を含めてモデレート級として認識されている。しかも、シーズン途中のマークダウン、セールでの50%OFF、商品によってはさらに値引きされることから、ブランド品を安く買いたい消費者にとってこれほど好都合なものはない。消費者心理としては同じテイストなら最初から安いオールド・ネイビーより、ディスカウントされたギャップの方を買いたくなるからだ。そこがギャップが日本で継続される理由だと思う。

 一方、オールド・ネイビーが日本に上陸する時も、業界メディアでは日本社会に格差が広がっていたことから、ある程度は受け入れられるとの論調が多かった。しかし、5年を待たずに完全撤退である。原因はいったい何なのか。

 一つは消費者のブランド=高級高額品志向。裏を返せば、安かろう=悪かろうという認識が根強いこと。現にオールド・ネイビーの商品を見ると、日本人の感覚からすればとても質が良いとは思えない。これならディスカウントストアのノンブランドの方がよほどいい物がある。

 ニつ目はデフレで低価格品が市場に浸透し、安さだけを売りにするものはすでにいくつもあること。だが、クオリティへの一定の要求は当たり前で、同じ価格なら消費者は質のいい方を購入する。こうした市場特性にコスト削減とブランド戦略による米国の低価格商品は通用しないのである。

 三つ目はまさにこうした市場特性に合致した商品に修正できなかったこと。母体はギャップだから、ビジネスも同じやり方になる。とにかく大量に作ってコストダウンし、売場に大量に投入して売り捌いていくだけ。売れなければ、マークダウンやセールにかけるしかない。端から日本で売れる商品を作ろうなんて発想はない。

 出店先はSCを主体にしており、歩率家賃が取られてしまう。 低価格商品といっても、日本企業が手掛けるものはシーズンを細かく分けて、適確に投入していくから売れ行きも違う。そんなMDの遺伝子が大ざっぱな米国ブランドにあるはずもない。売上げが上がらない、坪生効率が悪いとなると、採算は取れないというわけだ。

 四つめは前出の通り、若者を中心に健康保険料や年金は払えないけど、プレステージ性のあるブランドを着たいとの欲求が強いこと。日本におけるブランド品を取り巻く蘊蓄は凄まじい。「オールド・ネイビーって、米国では貧乏人が対象だって」「俺はそこまで落としたくないよな」という会話が繰り広げられているのは、想像に難くない。

 ただ、日本でも格差社会は確実に進行している。皆がどこかで生活費を切り詰めていることに変わりないのだが、ことファッションブランドとなると、「あまりに低価格商品は着たくない」というのが大半の消費者心理なのではないか。

 ネットでは撤退を惜しむ主婦層の書き込みが多いようだ。あの胸元のロゴプリントがいかにもアメリカっぽく他のブランドにはない感性だから、わからないでもない。しかし、如何せん質が良くないのだから、子供たちに着せるにはコストパフォーマンスが悪すぎるはずだ。ブランドは他にいくらもあるわけで、すぐに慣れていくのではないかと思う。
 
 これからまだまだアジアのSPAが日本に上陸する話もあるし、日本企業がM&Aで低価格ブランドを傘下に収め、展開を狙う計画も進んでいるだろう。しかし、オールド・ネイビーのケースを見る限りでは、アメカジ系のテイスト&感性軸で切った価格訴求型を一律に日本市場に持って来ただけでは、市場攻略は難しいと思う。

 これまで日本のファッションビジネスを引っ張って来た方々は、60年代の米国ファッションに影響を受けた人たちが多かった。自分たちがそうだったから、多くの消費者にも肩肘張らずに着こなせるアメカジを受け入れやすいと思ったはずだ。実際、マーケットではその通りに反応し、多くのアメカジ系ブランド、それを日本流に解釈した業態が成立した。

 しかし、オールド・ネイビーの完全撤退を見ると、潮目が変わったようだ。もはやアメカジ系であっても、単なるマスプロブランドでは、日本のマーケットは攻略できないということである。というか、マス市場自体が完全に飽和状態ではないか。それでも量を売って売上げを稼ぎたい企業や商業者は後を絶たず、次から次にブランドを仕掛けていくと思う。

 それに再開発を含めて商業開発はこれからも続くし、デベロッパーから「スペースを埋めてほしい」との要求は、ファッション事業者以外まで取り込む状態が際立っていく。

 だからこそ、マーケティングの論理からすれば、既存の市場、そこにあるパイを捨てたところに新たなビジネスがあるのではないかと思う。現状ではマスではないかもしれないが、点を拾い集めて面にしていくことは可能だ。ECから出発してアフィリエイトやフェイスブックといったSNS活用でブランディングし、じっくり市場を切り拓いた後に店舗展開をすればいいからだ。

 そう考えると、市場開拓のキーワードはいくつかある。飽和度を考えるとイノベーションという大それたことではないにしても、ビジネス構想を立てる価値はあると思う。
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個店の勇気ある撤退。

2016-05-18 07:53:10 | Weblog
 先日、JR東日本の駅ビル、ルミネが2016年3月期の全15施設の決算を発表した。同月開業のニュウマンを除いて、「店舗」の売上高は3255億400万円(前期比1.3%増)となり、14年度に続いて過去最高額を達成したという。

 同社の稼ぎ頭である新宿店やルミネエスト、池袋店、有楽町店など都心部施設を中心に、テナントの入れ替えや既存店で「感度と独自性を高める」MDを強めたほか、積極的な販促や「ハウスカード顧客拡大策」などが功を奏したそうである。

 「販促策が奏功」と言えば、いかにも高尚に聞こえるが、要は「せっかく買うなら少しでもポイントを貯めたい」「1000円でも安く買った方がお得だ」との顧客心理をくすぐるポイント還元の方が効果的ということだ。言い換えれば、デベロッパーがそれくらいの販促策しか打つ手がないと言うこともできる。

 ファッションマーケット全体では売上げが伸び悩み、あるいは少しずつ縮小に動いている。つまり、どこかのショップなり、業態なりが競争に負けて市場から撤退し、その分のお客を駅ビルがすくいとっていると言うこともできる。

 一つは百貨店にハコ出店しているブランドだ。レナウンやオンワード樫山などの百貨店系アパレルの直営店がセレクトショップなどとの競争で勝てなくなってしまった。ワールドなどの専門店系アパレルもSPA化して百貨店出店を加速化したが、同質化競争に飲み込まれ、退店やブランド休止を余儀なくされている。

 もう一つは100%仕入れの個店、いわゆる中小の専門店と長らく地域一番店に君臨して来た百貨店だろう。地方都市では商店街が疲弊する中で、中小零細のファッション専門店の廃業が進み、百貨店も市場の変化に合わず閉店に追い込まれている。自県に駅ビルがあればもちろん、隣県であっても持ち出しがあり、競争は県境を超えても起きている。

 中小専門店の中にはネットのショッピングモールに出店するところもあるが、駅ビル出店のブランドもネット通販は積極化しているので、競争に晒されている点では変わりない。

 地方の駅ビルを見ると、館内競争はさらに深刻だ。大手との競争に勝てずに撤退する地元専門店もある。筆者が住む福岡市では、JR博多シティが駅ビルのアミュプラザ博多を運営しているが、ここでは地場アパレルのボストンナインが展開する直営店「パビリオン」が今年の1月末で撤退した。

 JR博多シティ側は定期借家法によるテナント契約を結んでいるため、売上げが芳しくないところは入れ替える措置をとるのは言うまでもない。一方で、中小専門店にとってJR博多シティが売り上げ効率から大手の出店を強化する狙いと受け取れるなら、不毛な戦いを避けて退店するのは、勇気ある決断として評価したい。

 ただ、ルミネが3月期決算が好調だったのに対し、2011年の開業から増収増益を続けて来たJR博多シティは、16年は穏やかならぬ年になるのかもしれない。何せ、4月の14日と16日に発生した熊本地震で、九州の大動脈である新幹線や高速道路が寸断され、福岡への集客には影響が出たのは間違いないからだ。

 JR九州は今年中の上場を目指しているため、できる限り子会社の売上げダウンは避けたいのが本音だろう。それでも無くても鉄道事業本体は赤字である。「お客様にご不便をかけられない」との大義で、突貫工事による新幹線の復旧を進め、余震による災害リスクを覚悟の上で、何とかゴールデンウィークに間に合わせる形で運行を再開した。

 JR九州にとって駅ビルの売上げまで下がると、稼ぎ頭の不動産部門にも影響が出て連結決算に現れ、上場要件に黄色信号が灯りかねない。だから、交通網の早期復旧は至上命題だったのである。改めて公共交通に頼る駅ビルは、自然災害でインフラが影響を受けると、もろに売上げ損出を出してしまう。というか、今回の地震は経営者心理にそうした危惧があることを露呈した。

 だからのリスクヘッジではないだろうが、JR九州は地下鉄七隈線六本松駅前、元九州大学六本松キャンパス跡地でも再開発事業を進めている。土地は九州大学がUR都市機構に売却したもので、そこではURのマンションが建設される他に、福岡地方・高等裁判所の移転、商業施設の集積で、新たなコミュニティ、生活圏が形成される。

 六本松キャンパスは中心部の天神まで15分程度のアクセスの良さ、けやき通りや大濠公園といったロケーションにも恵まれ、福岡市中央区では住みたい場所の一つにも挙げられる。なおさら、地下鉄の駅と直結するのだから、JR九州が主要駅とは違う形での商業開発を目論むのは当然だろう。

 一体どんなテナントが集められるのか。天神までわずか15分だから、駅ビルのようなテナントが出店することはないし、それほど郊外でもないからSC向けテナントも展開しにくい。デベロッパーとしては西新ビブレが失敗した前例があるし、URのマンションに住む人々のライフステージや生活スタイルにも左右される。無難な路線で言えば、食品スーパーやドラッグストア、雑貨や子供服、酒販店、生鮮のカテゴリーキラーなどの食品&日用品と、法律事務所向けのオフィスコンビニ、ウルトラCがあるとしてミスターマックスなどのディスカウントストアだろうか。

 ただ、新規開発という状況を見れば、出店投資は決して低額ではなく、中小のファッション専門店が気軽に店を出せるような環境でもない。

 でも、周辺の路面に中小の専門店が全くないかといえば、そんなことはない。再開発エリア前を通る国道202号線を西に600mほど行った地下鉄別府駅入口前には、天神にもショップを構える「トリップ」が1998年からセレクトショップを営業している。また再開発エリアから400mほど天神方面に戻った護国神社前には、「マックアビー」福岡店が昨年5月に同じくセレクトショップを出店した。

 トリップはヤングやヤングミセスをメーンターゲットにするが、いちばん新陳代謝が激しい客層を相手にしながらも16年間にも渡って個店を維持し続けている。これは同店のMD、販売力が何よりも秀逸であることの証しだろう。

 同店は博多駅エリアにも出店していたが、JR博多シティや博多マルイの開業によるボリューム化を察知していち早く撤退した。やはり駅ビルエリアでは大手を中心にした競争が激しくなるため、個店レベルで商売するのは難しくなると判断したようだ。先見の明があったということである。

 マックアビーは北九州市黒崎に本店を構え、地元の他に福岡でもマツヤレディス時代のサボティーノに店舗を展開していた。そこも今から18年前、天神中心商圏が南下したのを機に撤退。その後は地元黒崎や小倉の駅ビルにセレクトショップを出店していたが、そちらをクローズして天神を飛び越える形で、六本松の住宅街に路面出店をはたしたのである。

 マックアビー福岡店が出店する前には、タスクフォースというレディスの仲卸が事務所を構えていた。筆者もよく前を通っていたので知っていたが、ウィンドウの向こうにディスプレイされた商品は国産でありながらインポートライクで、いかにもセレクトショップのバイヤーが好みそうだった。

 マックアビーも取り引きしており、その縁で同社が移転した後に出店する形になったようである。それでも、なぜ福岡の中心部を避け、あえてこの場所を選んだのか。やはり大手がひしめく駅ビルなどで中小の専門店が営業するのは、相当に厳しくなったと身をもって感じたからである。

 それはルミネの昨期決算が好調だった裏返しとも言える。100%仕入れで構成する中小の専門店にとって、ハウスカード顧客拡大策では、デベロッパーが一方的にポイント還元を打ち出すため、決して負担は少なくない。そのまま自店の利益を減らすことにつながるのだ。

 それでなくても、中小専門店は大手との競争に晒されている。ほとんどの大手が店売りと並行してネット通販にも参入している。SPA系では大手セレクトがさらなる原価率の引き下げを公言したところを見ると、デベロッパーがポイント還元を強制されたところで、利益を生み出せる素地は十分にあるようだ。まあ、原価率を引き下げて商品力を強化?すると言えるのは、大量在庫を店売りと同時にネット通販で捌けるからだろう。

 しかし、中小の専門店はそうはいかない。駅ビルがハウスカードによる顧客拡大策に走れば走るほど、中小専門店にとってはますます営業しづらくなるということである。それも撤退する理由の一つかもしれない。

 ならば、競争がない路面環境でゆったり商売するというのも、懸命な判断と言える。幸い、けやき通りから六本松、桜坂、別府にかけては瀟酒なマンションが立ち並び、目の前の舗道は天神界隈に自転車通勤するトレンドセッターの走路にもなっている。九大六本松キャンパス跡地にもマンションが立つと、アクセスやロケーションの良さから天神周辺ので暮らしていた住民がリロケートする可能性もある。

 SPA化する大手セレクトは原価率を引き下げながら商品力を強化したところで、接客で売る商品もネットで売り捌く商品も変わりない。だから、お客としては所詮、ブランド力を背景に大量に売りたいだけと思わざるを得ない。それがセレクトなのかと一抹の寂しささえ感じてしまう。

 ならば、質が良く感度が高い商品をじっくり時間をかけた接客で売っていくという中小の専門店らしい手法で対抗すれば良いのである。そうなると、今度は中小の専門店がJR九州から収奪する番になるかもしれない。
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改革の意思はあるのか。

2016-05-11 08:35:22 | Weblog
 セブン&アイHDの鈴木敏文会長の辞任は、内外に大きな波紋を広げた。仕事で顔を合わせるファッション業界人でさえ、「メディアが書いている辞任理由は本当なのか」と、疑う人間が少なくない。

 そんなやり取りから何日か過ぎた5月はじめ、日経ビジネスが9日号で以下のような記事を掲載した。「ヨーカ堂100億円在庫買い取り要請が頓挫 セブン鈴木会長、伊藤家との確執に新事実」。読者の眼を引くタイトル付けは経済誌の十八番だが、問題はその内容である。ファッション業界からすれば、「それはないだろう」と思えるからだ。

 記事は、「…業績悪化の要因は衣料品などの過剰在庫だ。損失を抑えながら大量の売れ残りを処理できないか。ヨーカ堂の会長兼CEOも兼務する鈴木会長は「奇策」に打って出る」と、あまりに虫の良すぎる要請を取り上げた。

 続けて「100億円規模の在庫を伊藤名誉会長らの私財で買い取ってもらい、その衣料を海外などへ寄付する──。関係者によると、鈴木会長から支援を依頼する書簡を、同氏側近が伊藤家へと持って行った。だが反応は鈴木会長側の想定外のものだった。伊藤家の資産管理を担う伊藤名誉会長の長女、山本尚子氏などが怒り、拒否されたという」と、奇策の意図とその顛末まで書いている。

 さらに「この在庫処理案の結末と会見での発言はぴったりと平仄が合う」と、続ける。つまり、記事は辻褄が合うとまで断言しているのだ。

 結局、在庫買い取りが実現しなかったわけだから、辞任の真相がどうなのかはよくわからない。でも、ファッション業界的に見れば、そこまでの衣料品在庫を抱えたことの方が問題と言わざるを得ない。

 というか、セブン&アイのGMS改革の一つには、「量販店の衣料品をどうするか」も含まれていたはず。この課題は会長退任のはるか前から懸案事項になっていたわけで、それに道筋を付けられなかった経営陣の責任は重い。鈴木元会長ですらコンビニでは次々と新機軸を打ち出し軌道に乗せたが、GMS改革では道半ばだったのだから、創業家に頼るというのはどうなのか。自らの経営力の無さを露呈するようなものだ。

 そもそも、量販店の衣料品については、いろんな課題が山積だった。一般に売れない要因はバブル崩壊以降、ユニクロなどの低価格帯の業態が幅を利かせ、量販系の衣料品は求められなくなってきたと言われるが、それが主たる要因ではない。

 それよりはるか前から、GMSの並ぶ衣料品には黄色信号が灯っていたのだ。量販のビジネスモデルは大量仕入れやセルフサービスによるコスト圧縮で、商品価格を下げて販売するもの。だから、NBのグロサリーなどが安く買えると、お客は店に足を運ぶのだ。

 ところが、衣料品は下着や靴下などの一部を除き、NBと言っても百貨店などに並ぶ物とは明らかに異なる。ブランド衣料もあることはあるが、すでに旬を過ぎたものやファッションに敏感な層は受け付けないものばかりだ。

 レディスではトレンドを意識した商品も扱っているが、全体的に後追い企画でしかない。どこかの人気ブランドを適当にパクってはみたものの、原価率を照らし合わせると、素材やティテールを削ぎ落とさざるを得ないから、完成度は下がってしまう。

 それにローコストオペレーションでVMDがワンボディ、ハンギング&畳みが主体になるため、商品を訴求する力が無く、お客の購買意欲をかき立てない。つまり、ビジネスモデル上でトレンド商品はそぐわないのに、扱っていること自体が問題なのだ。

 メンズのスーツやジャケット&パンツ、シャツもPBを加えて販売してはいるものの、何が売りなのかわからない。「このクオリティでこの価格です」と、POPには書かれているが、紳士服量販店やツープライスストアと、比べると明らかに見劣りする。エスカレーター脇では、商社などと共同で開発した価格訴求の商品を催事的に販売するが、これとて誰に向って何を訴えたいのかがハッキリしない。

 シンプルなベーシックアイテムや日常衣料に特化して、ユニクロや無印良品を超えるようなクオリティを提供すれば、少しは市場の掘り起こしができたのかもしれない。しかし、それには全く挑戦しようとはしない。商社ともども社内に本気になれる人材がいないということか。どうしても商品を値引きして売る発想から抜けきれないのだから、どうしようもない。

 フロア全体を見渡しても、商品はだだっ広い売場に並べられ、期末が近づくと20%OFFのマークダウン、セールになると50%OFF、クリアランスではさらにレジで◯%オフと割引して売り減らそうというだけ。バイヤーは在庫の消化というより、キャッシュフローに貢献すればくらいの考えでしかないのかと、呆れてしまう。

 もともと比較的値ごろ感のある商品を揃えられるのだから、プロパーで売るための価値を高めないことが非常に問題なわけだ。今のお客は衣料品を購入する場合、価格、デザイン、素材(色柄)、機能のどれか一つが揃うだけでは、決して商品を購入しない。買う目的とそれらいくつかの条件が合致して始めて、買い物スイッチが入るのだ。それはGMSで衣料品を買う場合も変わらないはず。 購入する価値が大して無い商品に対し、割引だけに反応するお客がどれほどいるのかを、経営サイドは全くわかっていないのではないか。
 

 鈴木元会長はセブン&アイの経営を司る中で、経営理念に「変化対応と絶対的価値の追求」を掲げて来た。その薫陶を受けた各事業会社のトップはそれぞれPDCAという教科書通りにやってきたはずだろうが、GMS、こと衣料品については、改革どころか、何も手を付けられなかったと言うことである。

 イトーヨーカ堂の衣料品はまず、お客や市場の変化に対応できていないのは明らかだ。そして、「量販店の衣料品はここまで商品を提供できるんです」と、胸を張って絶対的な価値を追求するようなこともできていない。

 伊勢丹のカリスマバイヤーと呼ばれた故藤巻幸夫氏を取締役兼セブン&アイ生活デザイン研究所社長に迎え衣料品改革に取り組んだ時期もあった。しかし、百貨店出身者にとって量販店の商品づくり、ターゲット、マーケットはかなり違ったようで、軌道に載せるとまでは行かなかった。

 そもそも、藤巻氏はすでにある商品を見極めたり、メーカーと一緒に商品の付加価値の高めるプラス志向のものづくりのはできても、量販店のように最初に原価率、コスト、荒利益率で判断する引き算の商品づくりには馴染まなかったのかもしれない。

 業態では無店舗のネット通販が人気を博し、価格ではカテゴリーキラーやファストファッションが台頭し、システムではSPAやAMSが高消化、高回転に貢献している。こうした業態や仕組みは衣料品のマーケットを大きく変えてしまった。なのに、イトーヨーカ堂はそうした変化に全く対応できていないのである。

 売場を見れば、中途半端なトレンド商品、デザインもクオリティも今一のPB、先行企業の二番煎じに過ぎない機能性衣料、不良在庫を値引きで売り減らすしかない旧態依然とした販売スタイル等々。絶対的な価値の追求なんてほど遠い有り様だ。

 鈴木元会長は衣料品の過剰在庫について「マーケティングもできていないのに、大量に作ったからだ」と、他人事のように説明している。また、イートーヨーカ堂とそごう・西武の共同開発衣料「リミテッドエディション IYコラボ」のワイシャツも、 初年度で数万枚の販売を担当者らは想定していたが、「機会ロス撲滅」という方針が強まり、計画は60万枚に膨れ上がったという。

 そもそもスーパーと百貨店とではお客が求めるニーズが違うわけで、共同開発の意図がわからないし、機会ロスを云々する前に売れる商品をどこまで開発できたのかは疑わしい。大量の売れ残りが何よりの証拠だ。それらに対応できる人材がいないとイトーヨーカ堂の関係者は話しているようだが、人材育成ができないのはトップの責任でもあるのだ。

 こうした結果、ますます不良在庫を抱える状況に陥ったのは当然だろう。それを創業家の奉仕精神に頼って買い取ってもらおうなど、耳を疑うばかりの愚策としか言いようがない。これが会長辞任の理由かどうかはさておき、GMS、衣料品改革に手が付けられなかったことは、経営陣の無能さの一端を示すのは間違いだろう。

 新任の井坂隆一社長は、「各事業会社のトップがそれぞれの会社をどのようにしていきたいか、対話の中で計画を立て、執行できるか確認しながら経営を進めていく…」「イトーヨーカ堂の立て直しには鈴木流を踏襲し、仮説検証しながら再定義していく…」と、表明している。

 ただ、期待したコラボ商品もそれほど売れてはいないと聞く。ファッション業界ではこれまでの経緯から、「誰がやってもGMSの衣料品は変わらんよ」と言われている。生え抜きの経営陣にとっては、悔しくはないだろうか。

 筆者はイトーヨーカ堂にはネガティブなイメージは持っていない。シンプルなデザインのシャツやパンツで、白、生成り、黒、紺のような色目の商品が、ユニクロや無印良品を超えるようなクオリティで提供してくれるなら、購入する。価格は1〜2割程度高くても全然構わない。そもそも量販店にブランドは求めないから、PBで十分だ。

 そんな商品が今の市場にはない。セブン&アイほどのグループ規模があれば十分開発できると思うのだが、いかがだろうか。いい加減、商社丸投げの商品開発から脱却し、マーケットとマーチャンダイジングの基本に立ち返ることが改革の第一歩ではないかと思う。ぜひとも改革の意思を見せていただきたい。
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陶器を売る意味。

2016-05-04 06:18:46 | Weblog
 ビームスが4月28日、東京の新宿3丁目にあるビームスジャパンを改装オープンした。地下1階から地上5階までの6フロアで、日本をテーマに匠の技からサブカルチャーまでを発信する。商品は食、銘品、ウエア、コラボレーション、カルチャー、アート、クラフトのカテゴリーで構成し、「日本の様々なコンテンツをキュレーション(評議)」して提案するという。

 ビームスは今年で創業40周年を迎えた。セレクトショップとして磨いた目利きの力を生かし、ウエア以外の商材も大々的に販売していく姿を見せつける。また、東京を訪れる外国人旅行客には日本文化が理解されてきており、匠の技が息づくメイドインジャパンは、インバウンド消費の一部になっている。ビームスジャパンはそんな意思を表明するかのように映る。

 全国から伝統工芸品や日用品、食品が集められ、観光地の御土産物店を彷彿させるような売場。見た瞬間、以前に雑誌のブルータスがよく特集したラインナップにも似ていると感じ取れた。

 このテイストは知る人ぞ知るが、外国人や若者にとっては新鮮に受け取られるはずである。5階のフェニカはなおさらそうだ。ギャラリーと工芸品を主体にした売場で、益子焼などの陶器を見ると、かつてビギグループが東京の広尾に出店していた「陶屋」を思い出した。

 陶屋は、「サイドボードに飾っておくしかないほどに高価な芸術品では困るし、さりとて無表情な器では飽きがくる。使いやすくて美しい日常食器を自分が欲しくなって窯元に作ってもらいました」が、開発意図だったと記憶している。筆者のようなDCブランド世代にとっては、あのコンクリート打ちっぱなしの売場にポツンと置かれた陶器が、今も強く印象に残っている。

 ビームスジャパンのフェニカは、陶屋ほど無機的ではない。だが、欧米の雑貨店のように商品を機械的かつ整然と並べたところは、ギャラリーと言いつつ「売りにいく」姿勢が感じられる。新宿という高コスト立地に構える店だけに発信拠点と謳いながらも、ある程度の収益が見込めなければ、「失敗」となることを覚悟しているのではないか。

 では、洋服全盛時代になぜ、なぜDCアパレルが陶器に進出したのかである。ビームスは小売業だから、陶器は完全仕入れになる。

 しかし、陶屋は仕入れ商品もあったが、オリジナルの陶器が大半だった。これはメイドインジャパンやジャパニーズカルチャーといった日本礼賛で生まれたものではない。確固とした経営戦略の中で考え出された商品政策の一つである。ひと言で言えば、「どんなものを作れば売れるか。カネが儲かるか」だ。

 日本各地に点在する窯元は、伝統技術や様式を駆使する陶芸家を擁し、ある程度の知名度、ブランド力を持っている。佐賀の有田焼や伊万里焼、中国の備前焼、近畿の京焼や信楽焼、関東の益子焼、北陸の九谷焼等々。筆者の地元福岡では高取焼や上野焼が有名だ。そこでの窯元というブランドを下敷きに、全国に販路を拡大するというビジネスは、DCアパレルとも共通する。

 ただ、香蘭社が作り出すような商品、展開するような売場では、若い感覚にはフィットしない。DCアパレルと同じような都会っぽい雰囲気とアーティスティックな感性が必要だった。つまり、ウエアの代わりに置いても、十分に成り立つ。そんな商品やショップが作り出されたのである。

 メディアもウエアと並行して情報を発信してくれた。場所が東京の広尾だったこともあり、瀟洒なショップイメージは研ぎすまされていった。周辺に住むマンション族がマチスやカンディンスキーのアート、マッキントッシュの家具と一緒に陶器を購入していったのではなかったかと思う。

 商品とそれを売るショップがブランド力を持てば、商品が代わっても店舗はそれなりに販売力を維持できる。陶器もそうだろう。今では雑貨店の主力アイテムになっているが、当時は専門店や百貨店の商材で、購入客も中高年だった。だから、DCアパレルとしては新たな市場開拓のために参入する価値はあったということだ。

 当然、そこではビジネスモデルの構築が重要になる。条件の一つがマーチャンダイジングだ。窯元、陶器メーカーが作るような、言ってみれば、親父の骨董趣味、鑑定団ライクな商品では新たなターゲット、市場は開拓できない。

 若者や若い感性をもつ人々に売るには、やはりライフスタイルにマッチしたアイテムやデザインが重要だった。店舗を持ったのは、売場の声やお客の反応が商品づくり=陶製に反映できることもあったのだ。

 ビギグループの場合は、いくつものブランドを企業化する分社経営を主眼とした。これはビギのデザイナーだった菊池武夫氏が独立した時、経営側が危機感を感じてとった対応策である。デザイナーの知名度だけにおぶさっていると、去られた時に痛い目にあうとの教訓からだ。

 だから、デザイナー名を表に出さないキャラクターブランドも持って、リスクを回避する。陶器のブランド化もそれに近い政策だったと言える。

 もう一つの条件が、利益率である。安い原価に高い売値が付けられ、儲けが大きい業種。つまり、陶器は原材料が土であるから、原価は限りなく低い。

 当時のDCアパレルは、ジャケットで4〜5万円くらいはした。今の5倍〜8倍である。メイドインジャパン全盛で素資材も国内産とは言え、原価率は30%程度。いかに儲かったかがよくわかる。オリジナルで作る陶器なら、なおさらだろう。

 翻って、ビームスの場合はどんな本音があるのだろうか。コアなファンへのメッセージ性としては、ビームスのフィルターを通したメイドインジャパン、銘品の集積を謳った方が聞こえは良い。ただ、ビジネスを考えると、収益性を重視するのは当然である。セレクトショップが進化して行く中で、陶器でどれほどの利益をとっていくのか。バイヤーサイドでは重要な事柄であるのはいうまでもない。

 まずはどれほど売れるかを見極めながら、仕入れる商品、はてはオリジナルの企画、発注にも踏み込んで行くのだろうか。

 ビームスというブランド力は絶大だ。「ビームスがセレクトした陶器はこんな感じ」。ファンにとっては商品に対するイメージもだいたい確立している。それらを下敷きにして、いかに新たなターゲット、市場を開拓できるか。メイドインジャパンや日本文化を打ち出しすだけの業態では、為替が円高に振れ始めた状況、そしてインバウンド消費が去った時、ジリ貧になるのは目に見えている。

 フランフランを展開するバルスは、以前に和物の商材を扱う業態「ジェイピリオド」を展開していたが、こちらはSPA化に失敗した。ビームスにとっての反面教師は、いくらでもあるということだ。

 人口減少、マーケットの縮小で、あえて日本礼賛を打ち出しても、それほど市場が反応するとは思えない。だからこそ、ウエアに代わる商材としてのライフスタイル提案の方が重要なのである。

 インテリアやオブジェとしての陶器をどこまで定着できるか。イケアや無印良品といったプチプラのテーブルウエアとはどこが違うのか。セレクトショップでウエアは買っていても、茶碗や湯のみは100円ショップで十分という客層にどうアプローチして行くか。いろんな課題が見えてくる。

 ただ、1店舗くらいではそれほど利益は出ないと思う。軌道に乗れば、フォーマット化して大都市展開の業態に位置付けるのか。既存の陶器売場を活性化したい百貨店などからも、引き合いがあるかもしれない。

 陶器=割れる=消耗品だから、高い物は必要ないというマスマーケットとは対極にある市場。「純粋にアートやオブジェとしてもライフスタイルに取り入れよう」「せっかく美味しい食事をするのだから、テーブルウエアにもこだわりたい」「私の料理ブログの陶器はビームスジャパンで調達したもの」。こんなSNSでの会話がこれから一般的になっていけば、ある程度の市場ができたことになる。

 セレクトショップが若者の服離れで分水嶺にある今、ライフスタイル提案をより鮮明に打ち出して行くことが不可欠なのは言うまでもない。食の部分からアプローチする陶器は、ある意味、食以外にもいろんな可能性をもつと考えられる。売場に並べるウエアが頭打ちになっているだけに、やり方次第では大化けするかもしれない。今後も注目して見ていきたい。
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潰れる前にできること。

2016-04-27 07:45:53 | Weblog
 帝国データバンクから2015年度のアパレル関連企業の倒産件数が発表された。それによると、倒産は前年比6.5%増の311件で、東日本大震災が発生した11年度以来4年ぶりに300件を上回ったとのことだ。

 データは負債額が1000万円以上、法的整理のみで、メンズ&レディス、子供、下着類の卸・小売りが対象になっている。テキスタイルや加工業者、1000万円以下の倒産、私的整理などは含まれていないので、これらを加えると倍以上に達するのではないかと思う。

 震災など大規模な災害で経済活動が沈滞すると、自己防衛による買い控えなどが影響して、卸も小売りも売上げ不振に陥る。ただ、東日本大震災から4年を経過し、売上げ回復が叫ばれていた中での倒産増加は、アパレル業界の需給バランスが完全に崩れていることも指し示す。売れないのに商品や店ばかりが多過ぎるのである。

 帝国データバンクはアパレルメーカーや問屋といった卸の倒産理由に「円高によるコスト上昇」と「消費低迷」を挙げている。しかし、消費が低迷するのは、コストを吸収できず、売れる商品が生み出せていないこともあるのではないか。

 確かに構造的不況によるデフレで、1着数万円もするような服はなかなか売れない。商品が売れないと、価格は下がっていくが、卸としては利益を確保しなければならないからコスト下げて原価率を圧縮する。当然、円高でコストが上がれば、粗利益が減って儲けが少なくなる。

 でも、こうしたビジネスはどこでも考えつくから、1着数千円の商品を作るところが次々と登場し、市場には同じような商品が出回ってしまう。その中で、儲けが少なくても耐えうる体力をもつところは生き残れるが、競争力がないところは受注不振に陥って、次第に体力を奪われていくのである。

 思いきって卸としての方向性を変えることもありかと思う。でも、企画スタッフから入れ替えてガラッと変えてしまえば、既存の取引先は迷うだろうし、営業サイドも売りにくくなる。だから、経営者にはどうしても迷いが生じ、決断のタイミングを逸してしまう。言うは易しだが、行動は難しである。気づいた時はもう手遅れなのだ。

 卸の自己責任だけとも限らない。取引先の小売店の経営悪化もある。手形のサイトを先延ばしされたり、買い取りをやめて委託に変えてきたり。次々と系列店を閉鎖し、スタッフも削減したり。経営が厳しくなると、様々な手を取らずにはいられない。それをいち早く察知した卸が取り引きをやめて商品を卸さなくなると、インターネット問屋を使って商品を探しまくる。こうなると、すでに末期症状だ。

 それでも、「長年のお付き合いがあるから」との温情で取り引きを継続するところは、売掛金を回収できず、連鎖倒産の憂き目にあうところもある。ドライになれない卸は、影響をもろに被ってしまうわけだ。

 一方、小売りの倒産は消費低迷が一番の理由かもしれない。だが、こちらも商品が売れないのは、卸が同じような商品ばかり企画するため、仕入れる商品が似通って来てどの売場も同質化してしまうこともある。似たような商品なら、お客は価格が安いお買得な方を選ぶか、買い控えるかのどちらかだ。同質化による埋没を避け、積極的に商品を手当てしたり、既存の品揃えでも販売や見せ方などで工夫するところは勝ち残り、そうでないところは潰れていく。小売りの宿命なのである。

 私事だが、昨年5月、叔母が経営していたレディス専門店の倒産した。創業50年の老舗だった。負債額1000万円以上で、弁護士を立てて法的整理を行った。帝国データバンクの倒産情報でも公開されており、311件中の1件に入る。

 負債総額は数億円だった。メーカーへの売掛金、賃貸店舗の家賃、従業員の給料、出店投資の借り入れ残等々があったと思う。バブル崩壊とマーケットの変化で、売上げはどんどん下がり、シャッター商店街を訪れるお客はまばら。一見客はほとんど来ない。来たところで専門店系アパレルの高額な商品など買う由もない。

 地域専門店にとって創業の地への思い入れは人一倍強い。経営が厳しくなれば、リストラが必要なのだが、中々踏み出せない。お客が来ないことはスタッフが何よりわかっている。「系列店を閉店して、本店のみに絞ってはどうですか」。スタッフの方から提案された意見に、経営者は「それはできない」とあっさり拒否したという。

 商栄会からは商店街の火を消さないでと、懇願されていたこともあるだろう。地域との柵があればあるほど、リストラは遅々として進まない。結果、負債は積もり積もって、億単位に及ぶ。その時はもう遅いのである。倒産のニュースを見る度に、いつも思うのだが、もっと早く手を打てなかったのかと。やるべきことはいくらもあったはずだと。卸にも、小売りにも言えることだ。

 卸が経営不振に陥らないためには、計画と販売後の2段階できめ細かく対策をとらなければならない。計画段階では、情報収集が何よりも重要になる。卸先の小売店をはじめ、業界全体、ライバルメーカーの動向や分析を行うことだ。計画とはシーズンの計画作成と服種や構成比率である。利益がとれる売り筋商品を作り、価格やプライスラインを明確にする。自社の中心価格は◯◯◯◯円と設定することがとても重要になる。しかも、いつまでその商品を引っ張るのか、である。

 卸営業の段階になると、バイヤー側は価格を重視する。あまりに高いと仕入れを迷うが、安過ぎても売上げ、利益とも取れないと二の足を踏む。大まかな予算枠があるだろうから、ごり押しはできない。筆者が勤めていたアパレルでは、「企画の段階で、この商品なら◯◯◯◯円はとれるはずと自信が持てるなら、その8掛けくらいで作る努力をして価格に反映する」と、 社長が常々言っていた。そうすると、バイヤーも感じてくれるはずで、仕入れ枚数が増えていきやすいからだ。

 もちろん、商品力は下げられない。潰れた卸の多くが経営体力を失っており、それが商品に現れていく。しかし、卸にとってもの作りは生命線だ。色、柄、デザイン、素材、サイズの劣化が商品力を下げていく元凶に他ならない。

 筆者が勤めていたアパレルも、商品が売れているときはこのような計画をさほぞ気にも止めず、独立独歩でもの作りを進めていた。しかし、経営が傾いて改めて「もっと緻密な計画が必要だった」との社長談を、辞めた後に人伝に聞いた。

 小売り店側の対策はどうだろうか。基本は卸とは逆の立場になるから、ここではあえてふれない。倒産理由である消費低迷は景気や増税の影響によるものだが、お客が求める商品がないこともある。だから、この際、仕入ればかりに頼るのではなく、商品づくりも考えていかなければならないと思う。
 
 小売りにとっての商品づくりは、ものづくりから処理に至るまでの仕組みが重要だ。仕入れオンリーでは損益分岐点が高いから、SPAでない成り立ちにくいとの意見もある。だが、まずは中小の小売りは卸から仕入れという形をとる中で、どんな商品が作り出せるかを考えることだと思う。そのためには販売期間、単品管理、最終処分、ロスの責任などあらかじめ決めておかなければならない。
 
 当然、取り組むメーカーや卸を絞り込み、アイテム別、ゾーン別で設定する。深く取り組めば組むほど、相手も小売りの意図を理解してくれるし、クオリティもさらに上がっていくはずだ。ある程度のシェアをとれば、生産の面で融通が利くだろうし、小売りにとっても安定したデリバリーにつながると思う。

 作る商品は自店が強いアイテムに絞り込んだ方が良いと思う。それに加え、素材、デザイン、価格、色も限定し、量を売りながら、確実に売り切って粗利益を確保する。カギになるにはメーカーや卸と綿密なコミュニケーションをとること。ネットでのやり取りするだけではなく、卸と一緒に工場にまで入り込んでスペックを詰める覚悟もいるだろう。

 小売店が倒産するのは、他と差別化できずに埋没するケースが多い。だからこそ、同質化を早めに察知することが重要で、危機感をもちそこから脱することが、倒産を回帰することにつながる。商品づくりは決して大手にしかできないわけではない。小売り側からの提案、取り組むスタンス、買い取る量がしっかりしているなら、対応してくれるメーカーや卸はいくらもあるはずだ。お客さんに一番近いのは店頭なのだからである。
 
 セオリー通りに商品を企画し、展示会、ルート営業で卸販売する。売れれば期中にフォローし、不振在庫を抱えれば粗利を削って叩き売るだけの卸。展示会に出かけて、商品を見つけて仕入れ、売場で編集して販売するだけの小売り。それでは立ちいか無くなっているところが倒産に突き進んでいく。その結果が昨年は300件以上もあったということだ。
 
 プロモーションの仕事をしたあるアパレルメーカーの社長がこんなことを言っていた。「キミたちは服を売るのに『表現』にこだわるけど、『売れる表現』はちゃんとあるんだよ」。売上げは全てを物語るということだ。このメーカーは業界が厳しい中で、倒産などどこ吹く風と頑張っている。

 卸も小売りも潰れる前にもっとできることが、いくらもあるのではないか。それに取り組むか、取り組まないかが存続できるか否かの分岐点になると思う。
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天災に優るものはなし。

2016-04-20 14:26:43 | Weblog
 熊本市を地震が襲った。4月14日に午後9時26分頃にマグニチュード6.5、最大震度7、16日1時25分頃にはM7.3、同6強の地震が発生。現在も余震は続き、死傷者、建物倒壊などの被害は増えるばかりだ。今回のコラムは、現地の状況をルポしながら、地元ファッション業界、九州全体への影響を考えてみたい。

 筆者が現地に入ったのは、4月19日。原稿の締切や夏場の企画に追われ、余震も続いていたので見合わせていた。おそらく熊本の人々がこれまでに経験したことのない未曾有の大震災だと思う。マスメディアは被害が深刻な益城町や南阿蘇を主体に報道するため、毎度のことながら被災格差が生じてしまう。だからこそ、現地に行けば、中心商店街、ファッションストリートが受けた被害が決して少なくないことがよくわかった。

 被災の状況がよりわかりやすいように、熊本のファッションマーケットやエリア構造を簡単に解説しておこう。

 熊本市の中心市街地は、熊本城が見下ろす通町筋を中心に形成されている。上通、下通という2つの商店街を分けるように電車が走り、軌道の北側に上通のアーケード、鶴屋百貨店が運営するファッションビルNew-Sがセレクトショップやブランド店をリーシング。西側にはB&Yユナイテッドアローズやビームスが路面展開している。

 南側に鶴屋百貨店本館、東に東急ハンズなどを擁する鶴屋新館、下通り入口脇にはパルコがある。下通は南に数百メートル続き、ザラなどの海外ブランドも出店、大火災を起こした大洋デパート〜旧ダイエー城屋の跡では、天神ヴィオロの熊本版が建設中だ。 通りの東側には破綻したスーパーの寿屋から派生した不動産会社が旧店舗を活用して運営するカリーノがある。

 アーケードが切れる先は、30年前にファッションストリートとして一世を風靡したシャワー通り。L字に曲がった新市街を抜けて電車通りを渡ると、旧熊本岩田屋〜県民百貨店は更地になって再開発を待つばかりである。

 一方、上通は商店街に老舗専門店が軒を連ね、アーケードが切れる並木坂、東側の上乃通りの路地裏、横町には若手経営者のショップや飲食店が数多く立ち並んでいる。

 ただ、中心商店街に買い物に来るお客は、周辺に住む高齢者や通勤するビジネスマンやOLと20代前半の若者。経済の中心は郵政省などの出先機関など官公庁が主体、民間企業は少ないことから、マーケットとしての規模はそれほど大きくない。

 それでいて、郊外の住宅ラッシュで、SCやロードサイドショップは増えている。熊本第2の都市,八代市近郊には旧ダイヤモンドシティ(現在はイオンモール宇城バリュー)が九州で初めて出店。現在は市内にイオン八代ショッピングセンター、ゆめタウン八代も出店する。この他に地震で被害を出した上益城郡嘉島町にはイオンモール熊本、宇土市に宇土シティ、北部の菊陽町にゆめタウン光の森と、SCが乱立する。

 これらにディスカウントストアやドラッグストアが加わってマーケットを捕食。さらに福岡まで高速バスで2時間の距離から持ち出しは、年間で100億円以上とも言われている。行政の再開発事業も大した効果はなく、市内に大型客船が着ける港がないため、訪日外国人の爆買いもほとんど見られない。中心商店街はかつての賑わいを取り戻すどころか、高齢者の日常の買い物と一部の若者によるファッション消費しか集められない構造に陥っている。

 ところが、ファッション傾向については、福岡に対する対抗意識が強い。それゆえ、福岡のトラッド志向に対して、熊本はレアなブランド志向が顕著だ。裏原よりも先にストリートにスポットを当てたシャワー通りをはじめ、最近の並木坂や上乃裏通の隆盛もそうした意識からだろうか。業界紙誌に堂々と「熊本はセレクトショップ生誕の地」とまことしやかに書かせるのは、それだけファッションでは他に負けたくないという「肥後もっこす」「わさもん」の現れかもしれない。

 しかし、今回の地震では、そうした反骨精神は何の役にも立たず、新しいもの好きも地震対策には生かされてはいなかった。というより、ハード面での整備が立ち遅れていた点がもろに出た格好だ。中心市街地に立つビルや建物の多くが阪神大震災前に建設されたもので、基礎、柱脚や筋交いの強度、耐力壁のバランス配置が新耐震基準に達していなかったと思われる。

 今回、そうした施設や店舗がかなりの影響を受けている。アーケード天井板の落下や湾曲、民家を改築した店の壁や屋根瓦の破損、道路の亀裂や陥没、シャッターや窓ガラスの大破など、ほとんどが大なり小なりの被害を受けている。上通と並木坂、上乃裏通は被害が酷く、下通の店舗もほとんどが休業している。被害を受けなかったところも建物が立つ位置や地盤との角度から免れたわけで、たまたま良かったというのが正解だろう。



 では、代表的な店舗の被害状況を見ていこう。セレクトショップの代表格、「ベイブルック」は上林町にある本社ビルは仮囲いがついたままで外観さえわからない。上通の旗艦店はシャッターが降りたままだが、外から見ただけではそれほどの災害は感じられないが、春竹町のアルファ東などは店舗自体に破損が見られた。しばらくは全店で休業のようである。(20日から路面店8店で、時間限定で営業再開)


 
 同じ上通にあるインポートセレクトの「モーヴドゥーエ」。こちらもシャッターが閉じられ店舗は休業。商店街のアーケードや通路が所々で被災しているため、単独での再開は難しそうである。鶴屋百貨店が運営するNew-Sも休館。店頭の公開空地では訪れる度に何かしらのイベントが開催されているが、その中止を告知する手描きの紙が空しく柱に貼られていた。




 ただ、電車通りに面するビームスは地震の影響ははとんどなかったようだ。19日は営業していたが、こんな状況で洋服を買いにくるお客はいるはずもないから、スタッフが暇そうに話している姿だけが見られた。その手前のB&Yユナイテッドアローズは店舗自体の被害はないようだが、ビルのアウネがエレベーター、エスカレーターとも機能が停止、復旧工事業者のスケジュールも調整がつかない状態という。




 鶴屋百貨店は本館、東館、ウイング館のすべてで休業。さすがに今回ばかりは、電通のコピーライターに頼んだ社員の意識改革、自己革新を続ける組織づくりは、柱の突っ張りにもならなかったようである。通りの入口脇にある熊本パルコも休館。ビルと接合するアーケードの天井が折れ曲がるほどだからかなりの衝撃だったと推察できる。もし、開館中だったらお客さんにも相当の被害が出たのかもしれない。パルコがどれほどの危機管理をしているのかは知らないが、今回は不幸中の幸いだったと言えるだろう。



 下通を入ってすぐの右手には「マルタ號」のビルがある。メディア露出がやたら増えている「ファクトリエ」の母体である専門店だ。こちらも1階のテナント共々休業していた。 ファクトリエ自体は商社、卸系だから物販ほどの影響はないと思う。その先、左手にあるザラも、当然のことながら休業。斜向いにあるダイエー城屋跡の再開発ビルも鉄骨が組み上げられているが、まだまだ余震が続いているだけに工事が計画通りに進むかは予断を許さない。





 下通、新市街を抜け、電車通りを渡った先の産業文化会館跡地は、広場として開放されていたが、それが今回の地震で避難場所に様変わり。西側の県民百貨店で進む大型商業施設の計画にも影響が出るのは間違いない。耐震構造など地震に強いハードづくり、被災時の避難誘導などのソフト面などが改めて浮き彫りにされた。こうした課題を克服しない限り、テナントリーシングも進まないのではないかと思う。

 その他、知り合いのアパレル会社が展開する雑貨店も休業に追い込まれていた。出店するイズミのゆめマートが被災し、まだまだ余震が続くため、デベロッパー側からの要請があったのかもしれない。

 電車通りを健軍方面に向い、県庁通りから自衛隊西部方面隊基地横を抜けると、遠くに益城インターやグランメッセが見えてくる。今回の震災でいちばん被害が大きかった益城町に近づくに連れて、幹線道路に面するビルの被害は酷い。安普請なのか、老朽化なのかはわからないが、壊れたままでは営業の再開は無理かもしれない。

 インターに近いさくらの森ショッピングモールは、核テナントにスーパーのハローデイやホームセンターのフタバが出店する。ハローデイは入口のドアが折れ曲がり、ガラスは大破。まだまだ震度3以上の余震が続き、益城町の住民は買い物どころではないだろうから、当分営業再開はできないと思う。



 その他、ショッピングモールではゆめタウンが全館休業。イオンモールも変則営業を余儀なくされている。これらにはユニクロやグローバルワーク、無印良品といった全国チェーンの大型店が出店しているので、売上げへの影響は少なくない。客数、売上げともに減少しているユニクロにとっては、泣き面に蜂となるのだろうか。

 筆者が熊本市内から郊外にかけて見て回った被災の状況はざっとこんなものである。ただ、影響は熊本に限ったことではない。筆者が住む福岡市も21日には博多マルイが開業するし、月末からはゴールデンウィークに入る。大型休暇の間にはどんたくも開催されるので、福岡は県外からの集客に弾みがつくはずだった。

 しかし、交通手段では九州自動車道が熊本の植木インター以南が通行止めで、福岡熊本間の高速バスは全便運休。新幹線も車両の脱線、橋脚の破損、線路の隆起などで、博多から新水俣までは運行停止で、再開の目処は立っていない。おそらく新幹線はゴールデンウィークには間に合わないかもしれない。

 JR博多シティはこの春にテナントを入れ替え、今年も増収増益させる計画だったはず。それがいきなり躓いた形だ。出店するブランドのほとんどはネット通販に対応しているため、実店舗の集客が厳しければ何らかの対応は取れる。しかし、デベロッパーにとっては店舗の売上げが上がらなければ、歩率家賃が入って来ない。それだけでなく、旅行客が買って帰るお土産需要が減少することも避けられないだろう。鉄道が麻痺すれば、駅ビルへの影響は必至ということである。



 JR九州にとっても、ゴールデンウィークは書き入れ時で、新幹線はドル箱でもある。それを見越して、この春にはタレントのローラを起用し、鹿児島旅行のキャンペーンを張っていた。博多行きには大した販促をしなくても乗客はあるが、観光が主体の鹿児島にはある程度力を入れないと乗客は伸びない。それでなくても鉄道事業単体は赤字だ。それに輪をかけるように今回の震災。物販や不動産が好調なために収益は上がって来たが、いい事は長続きしないというのが神の摂理でもある。この辺が潮目なのかもしれない。ともあれ、広大なマーケット設定、広域商圏、広域集客は非常にリスクが高いということがわかったのではないか。

 そうは言っても、鹿児島キャンペーンでは代理店に多額の広告費を払っているはず。それが今回の震災で全く当てが外れてしまったわけだ。広告業界は大災害に見舞われると、CMの放送を自粛する。ローラのCMも地震以来流れていない。ローラ自身もため口、父親の犯罪、今回の震災と、ネガティブな話題には事欠かない疫病神キャラになってしまった。クライアントには今回のケースで起用リスクというより、 ジンクスとして受け止められたのではないだろうか。

 こうした悪夢を払拭するため、九州新幹線開業時に制作費を格安であげ、広告賞をとったあのCMを復活させようなんて話も聞かれる。それをJR九州が言い出したかどうかはわからない。ローラのCMが放送中止でお蔵入りになったから、代理店が媒体料を稼ぐために苦肉の策で提案したとも考えられる。それをパブリシティで九州のテレビ、ラジオ各局に振れまわさせているのではないかとさえ思えてくる。

 筆者は2005年3月20日の福岡西方沖地震で被災した。その日は休日だったにも関わらず、天神コアのショップスタッフの撮影があり、8階にある管理事務所に入った瞬間だった。 打ち上げ花火があがるような「シュルシュル」という音とともに、「ドン」と突き上げる衝撃でビル全体が大きく揺れた。とても立っておれず、事務所のカウンターにしがみついたのをはっきり憶えている。

 当然、大名にある当事務所も惨憺たる有り様だった。パソコンや液晶テレビの画面が破損し、シェルフやチェストは倒れてデザイン本や資料が散乱。撮影用の小道具にストックしていたカップやグラスもほとんどが割れ、足の踏み場もないほどだった。だから、10年以上が経過した今でも、震災は他人事とは思えない。

 今回の震災は交通網が寸断されているので、アパレル工場や材料の供給でもかなりの影響が出ている。でも、起きてしまったことは仕方ないし、天災に対して人間は何と無力なのかもわかっている。復興の兆しは少しずつ見えているが、まだまだ時間はかかりそうだ。個人的にも東日本大震災の時と同様に、何らかの業界支援をしていきたいと思う。
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経営者は服が好きなのか。

2016-04-13 05:13:16 | Weblog
 先日、流通業界を揺るがすニュースが駆け巡った。セブン&アイHD鈴木敏文会長の突然の辞任である。メディアの論調は概ね、快進撃が続く子会社トップの退任論に造反者が出て、威信を傷つけられた会長が自ら身を引く事態に追い込まれたというものだ。また、後継の人事を巡っての創業家との対立やもの言う株主、ヘッジファンドの影もちらついたと、報道するところもあった。

 ただ、鈴木会長はセブイレブンという日本一の小売業を育てた人物である。それに対し、第三者が評論家的に「晩節を汚した」「老害以外の何でもない」と言うのは簡単だ。ただ、辞任は経営者たるものが引き際を迎えるにあたり、何を成しておくべきか、どこまで責任を持つべきかという課題も露呈した。

 「人を残すは上なり」との名言があるが、セブン&アイでは後任がコンビニの好調を維持できる確証はないし、不採算のスーパーについて好転させた経営者も出ていない。持ち株会社によるコントロールが一般的になり、サラリーマン経営者としては従業員、お客、取引先、株主といったステークホールダーの利害も絡むことから、舵取りは容易ではなくなっている。

 こうした経営のゴタゴタは、何もセブンイレブンに限ったことではなく、昨今のファッション業界でも当たり前のことである。先日、繊研新聞にこんな記事が載った。あるレディスブランドは、アパレルメーカーの子会社が運営していた。親会社とは異なる独自の生産背景を活用し、トレンドを程よく取り入れた「上質な商品」を販売、主に30代の女性に支持され、売上げも順調だったという。

 店舗数は10店に達し、新規出店も決定していた。ところが、経営再建中の「親会社」が不採算ブランドと店舗整理に乗り出したため、このブランドの廃止が決まったのである。売上げは順調だったが、出店コストや販促費が嵩み、赤字だったことが理由だ。

 企業が経営不振に陥ると、経営者が交替する。そして、新しい経営者は定石通りに不採算事業から撤退し、収益が望める事業に経営資源を集中させる。ファッション業界の場合、経営の立て直しに派遣されるのは、大企業ほど業界出身者ではないケースが増えて来ている。少しでも柵や温情、甘さが出ると、再建が進まないからだろう。

 しかし、やっていることは、教科書通りでしかない。目先の数字しか見ず、売れている商品でも最終赤字ならバッサリ切り捨てる。ドライに徹しないと、企業の経営は立て直せないからである。

 経営者として、親会社のルートに乗らない商品、マスマーケットで売れないデザイン、 高い収益が望めないブランドは、再建シナリオの俎上には乗せない判断からだろう。しかし、それに変わるブランドを構築し、売上げを伸ばしている経営者がいるかと言えば、まずいない。

 規模は小さくても、お客の心をつかんで販路とマーケットを開拓。出店先の評価を得ているのなら、経営者の一存で何とか残せないのかと、いつも思う。 今のファッション業界を見ると、似たような商品、安さだけの追求、能書きのみのブランディング等々。服好きにはどうでも良い商品ばかりだ。ならば、希少なブランドをもっと大きくしたり、違うマーケットを開拓したりすることも、再建の範疇に加えてもいいのではないか。

 ファッション企業の再建には、銀行やファンド、再生屋などから、実績をもつ経営者が送り込まれる。それに異論を唱えるつもりはない。ただ、多くはブランドや店舗のリストラばかりで、リプロダクトやリエンジニアリング、インキュベーションには踏み込まず、目立った経営改革が見えて来ない。

 この中に、「私がこのブランドをもっと大きく育てて見せる」と言える責任感と気概をもつ人がどれほどいるのだろうか。「いくらいい物を作ったところで、売れなければ意味がない」「売れたものがいい物なのだ」と、躊躇や保身ばかりが多過ぎやしないか。「責任は俺が取るから、どんどん新しい企画を出してほしい」と、部下のモチベーションをあげるような人はほとんどいない。

 ファッション企業の経営者に就任するなら、バランスシートを見るだけでなく、商品を見極めて可能性を見つけ出すことも必要ではないか。商品のどこに問題があるのか。企画やデザインか、素材か、縫製か、販売方法か。率先して現場目線まで下り、原点に切り込むべきではないか。それをやるか、やらないかは、服が好きか、否かで変わってくるのではないかと、筆者は思う。

 セブン&アイの内紛劇に話を戻すと、今年の年明け早々、イトーヨーカ堂の戸井社長が辞任したことが端緒になっている。鈴木会長は自身の大学の後輩である戸井氏に期待したが、結果を出せなかったことで、亀井元社長を復帰させた。スーパーの改革方針をいちばんわかっているからというのが理由のようだ。

 会長が方針を出し、実務は社長がやるのだから、それをわかった人間が経営に当たるのが一番なのだと。

 社内に人材が居ようがいまいが、人材を育てられようが育てられまいが、外部からスカウトされて来ようが、すべては結果次第。ならば、スーパーの商品をどこまで突き詰められるか。売上げ回復はお客が買うようになることが前提だから、そんな商品をどこまで提供できるかにかかっている。

 それができるのは、コンサルタントでもなければ、評論家でもない。この商品なら、お客さんは絶対買ってくれると、自信を持って言える経営者なのだ。ファッション業界はなおさらそうだろう。

 かつてファッション業界には、いろんな経営者がいた。成功したトップはバラエティに富んでいた。例えば、ある経営者は事業部の部長やマネージャーに対し、現場を任せ各自の能力を発揮させた。そして彼らの動きを掌握していた。組織内で信頼関係を構築し、権限を委譲して評価を公平かつ厳しくしたのである。

 ワールドやイトキンの例を出すまでもなく、大企業は組織が硬直化するため、新しいマーケットに対応できなくなる。当然、経営者は新ブランドや業態開発が必要なことはわかっているが、社内の古い体質や規定が足かせとなって中々挑戦できない。

 しかし、アウトロー的でバイタリティをもつ人が子会社の経営に当たると、本社にいるときとは違ってのびのびと仕事をするようになる。本社の保守的な考え方を批判する形で、ハングリーに何でもチャレンジする意欲を絶やさない。新しい体制を作り出し、プロジェクトを成功へと導いていくのである。

 経営者には野望を抱く人が多い。儲けたい。サクセスしたい。それに到達すると、もっとビッグビジネスをしたい、もっとカネ儲けがしたい人と、土地や建物に投資して自分の資産を守ろうとする人とに分かれていく。

 前者は企業は社会の公器だからと、社員教育や福祉にお金を使う。つまり、組織や会社の仕組み、合理化などに投資を惜しまないのだ。それが最終的に企業の利益を生むことにつながるケースもある。

 ファッションビジネスでは、ブランドごとに企画や販売手法、マーチャンダイジングが違ってくる。経営者はブランドをくまなく見ることはできないから、それぞれの部門担当に任さざるを得ない。

 しかし、担当者は自分に責任があるとなると、どうしても冒険ができず、無難な路線を歩んでいく。サラリーマンだからしょうがないと言ってしまえばそこまでだが、だからこそトップの責任で思いきったことをやらせることが必要になるのだ。「俺は服が好きだから、お前たちが好きなようにやれ。責任は俺がとる」と。 企業内起業家を育成する経営者とでもいうべきだろうか。

 ファッション業界はほとんど中小零細の企業が占めている。昔なら、中学を卒業して繊維問屋の丁稚奉公から結果を出してのし上がっていった人、営業からスタートし、どうしたら取引先が喜んでくれるかと自ら店頭で売って認められた人など、様々な立志伝の経営者がいた。

 独立して小さい会社を設立し、自分の営業力で5億円、10億円までは簡単に伸ばせる。だが、その先が中々続かない。システムやオペレーション、部下の教育などが追いついていないからだ。そこで、少しずつ仕組みを整えて会社をつくり、それぞれにリーダーを添えて軌道に乗せていく。俳優や監督の力量を見抜いて起用するプロデューサーのような人。それは企業が大きくないからこそできるのである。

 決して大きなパイは追わず、会社は小さくなければならない。一つの大ヒットブランドより、いくつかの小ヒットアイテムをもつ。いろんな業種を手掛けるが、安い原価に高い売値がつけられる業種に限定する。そしてお互いのリーダーを切磋琢磨させて競い合わせる。全盛期のビギグループを率いた大楠祐二社長がそうだったような気がする。

 他にも、山本耀司氏のようなクリエーター型。もてる創造力とカリスマ性で、部下を惹き付け、組織を引っ張っていくタイプだ。そのビジネスがいつまでも通用するかどうかは周知の通りだから、ここでは省略する。

 ファッションビジネス黎明期に多かった体力、知力に優れたエリートリーダー型。リスクを恐れず、新しいことにもどんどんチャレンジする。バイタリティがあって、成長力もある。しかし、孤独だ。時にはリスクを追うことも厭わず、鋭い洞察力や自信過剰なことから失敗もするが、大きな成功を手にすることもある。

 ただ、いつまでもトップ自ら行動するため、組織が構築できず部下も育って行かない。だから、孤高のリーダーとして数人のスタッフを引き連れ、ビジネスチャンスを求めて事業を展開する。ブローカーであったり、商社であったり。外食や雑貨の企画プロデュースであったり。会社を大きくするまでの下敷きを作るのがうまい経営者である。

 ざっと見ても、いろんなタイプの経営者がファッション業界を動かして来た。ちなみにセブン&アイの鈴木会長は、企業内起業家もしくはエリートリーダー型か。少なくともすべてに一旦は共通することは、いい商品を作っていい仕事をして、お客さんに喜んでもらおうということだろう。時代がそうだったから、それができたと言ってしまえばそこまでだが。

 しかし、どうせ売れないから、作っても仕方ない。ではなく、今こそ、いい物を作って売っていこうという経営者が必要ではないか。「俺は服が大好きだから首をかけて、経営に当たる」と言わしめる魅力ある経営者。そんな人たちが表にどんどん出てくれば、業界で働こうという若者も増えてくるのかもしれない。業界は再びそんな経営者の登場を待っている。



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売る側の都合で形骸化。

2016-04-06 07:19:17 | Weblog
 今回は「セレクトショップはどこへ向かっているのか?」について論じてみたい。この受けとして、一部では「セレクト商品の販売が落ち、オリジナル商品主力に変化してきた」と言われる。だが、筆者は「オリジナル商品主力」の時点で、「すでにセレクトショップじゃないんじゃないの」と、提議したい。


セレクトの定義とは何なのか

 そもそも、セレクトショップとはどんなものか。それが出現するまでの「ブティック」「品揃え専門店」「チェーン店」といった業態と、どう違うのか。その辺から再度、整理してみないと、定義もつかめず、提議も理解されないのかもしれない。

 筆者が30年近く執筆に携わってきたファッション業界誌では、 セレクトショップとは「編集型品揃え専門店」と、訳していたと記憶している。

 本来、専門店とは店のコンセプトを明確に定め、仕入れ商品によるエディトリアルやコーディネート提案で、個性を主張してきたはずだ。しかし、チェーンストア化で売上げ規模や効率を追うようになると、売れ筋ばかりを追求し、没個性に陥ってしまった。

 一方、大手のアパレルメーカーは激しいトレンド変化に対応するため、また卸先専門店の経営力の低下から、短サイクルで商品を生産し、自ら販売までコントロールする製造小売業(SPA)にシフトして行った。

 もっとも、バイイングパワーと販売力を持つ一部の有力専門店は、大手アパレルから商品を卸してもらえなくなったことで、その対策として仕入れを国内から海外に求めることで、生き残りを図っていった。

 こうした規模、効率の追求や同質化への反抗、国内アパレルに頼らず仕入れをワールワイドに求める発想転換などから生まれたのが、セレクトショップだったと思う。それらは真の品揃え専門店として、顧客の顔を見ながら一歩先のファッションを独自の感性で探し出し、絞り込まれたターゲットに対し、こだわりのある商品を選別、アソートメントし提案していった。

 じゃあ、どんなフォーマットがあるのかと言えば、まずFBに携わる多くの諸兄が知るところだ。また、「ブティック」と呼ばれた地域の高級専門店では上得意の顧客がいたため、インポートセレクトに転換したところもある。でも、メジャーになりにくいことから、全国的な知名度をもつところは多くない。

セレクトには5つのフォーマットがある

 厳密に分析すれば、セレクトショップには5つくらいのフォーマットがあると思う。まず、「欧米のコレクションブランドからバイヤーの目利きでバイイングし編集した業態」(フォーマット1)。パリのコレット、ニューヨークのオープニングセレモニーといったインターナショナルのセレクトショップがこれに当てはまる。

 次に「オリジナリティをもつ国内外の主にクリエーター系ブランドをセレクトした業態」(フォーマット2)。仕入れとは別に一部のコラボレーションやプライベートのブランドを持つことも特徴だ。2012年にクローズしたディエチェ・コルソ・コモ コム デ ギャルソン、現役ではパリのレクレールやマリア・ルイザなどだ。

 続いて「店舗でブランドのコーナーをストレートに見せる陳列スタイルの業態」(フォーマット3)。最近は少し変わって来たが、エストネーション、そしてストラスブルゴが代表的だろうか。さらに規模を拡大したストア業態では、バーニーズ ニューヨークがある。

 そして「仕入れ商品にショップオリジナルをミックスしたSPAセレクト業態」(フォーマット4)。日本でセレクトショップと言うと、まず最初にこれを思い浮かべるはずだ。小売り発ではビームス、ユナイテッド・アルーズ、アーバンリサーチ、メーカー発ではアクアガール、エポカ、アダム エ ロペが代表的だ。

 最後に「構成を雑貨や飲食まで広げたライフスタイル型業態」(フォーマット5)。米国の20Twelve、同じくロサンゼルスのロンハーマン、パリのメルシー、日本でもワールドのオペークは以前からあるが、最近はナノユニバースのザ オーク フロアなど、既存のショップからの派生が増えている。

 番外として、パリのギャラリーラファイエットが展開するル・ラボラトワール・クリエーターやル・ラボラトワール・リュクス、同じくボンマルシェ、日本では伊勢丹のTOKYO解放区、リ・スタイルなど百貨店が自主編集する売場を加えると、6つになる。

 意外だが、地方ではブティックやレディス専門店の二代目、三代目が100%仕入れで運営し軌道に乗せているし、独自でフォーマットを開発している地域一番店もある。

 店舗が自社の物件であるとか、数店規模に絞っているところなら、一人のバイヤーでもコントロールができて収益が上げられる。仕入れも商社やインポーターと一緒になってブランドを開拓したり、新進クリエーターのトランクショーなどから商品を見つけたりしている。それらもフォーマット1〜3と5をミックスしたセレクトショップに該当する。


拡大でセレクトの意義が薄れる

 セレクトショップにブランド力がつけば、企業としては拡大路線を進む。いわゆる多店舗化である。 フォーマット4が歩んでいる路線だ。規模を拡大するには市場が大きく、パイがつかみやすいゾーン向けを増やしていった方が効率がいい。

 仕入れはメーカーの掛け率で、粗利益が決まってくる。また、インポートブランドはアパレル側が掛け率を決めるし、間に商社やインポーターが介在するとさらに掛け率が上がり、ショップ側の利益が薄くなる。つまり、儲けが少なくなるわけだ。

 しかも、ショップの顔として見せるブランドほど「お客の好き嫌いが激しい」から、消化率を悪化させる場合もある。どんなに優秀な=カリスマバイヤーでも高感度、高価格帯のブランドで、買い上げ率100%になる商品を仕入れることは不可能だ。

 だから、ショップとしては「確実に売れる」「売りやすい」「粗利益がとれる」といった商品も必要になり、オリジナル商品の企画にも走っていく。そこで「見せる部分」と「売っていく部分」のバランスが大事になってくる。

 見せる部分は高感度、高価格帯、クリーター系ブランド、インポートなどで、売っていくのは定番デザインや定番ブランド、値ごろ感のあるもの、利幅が大きいもの。定番的な売れ筋で、しかも粗利益を取ることを重視するなら、やはり仕入れよりオリジナルを作った方が確実だ。

 当然、オリジナルを作るにはある程度のロットが必要になるから、それを捌くルートが不可欠だ。結果として、多店舗化、多チャンネルシフトの中で、ショップMDのバランスは仕入れ4割、オリジナル6割とか、同3割、同7割とかになっている。

 また、オリジナルと言っても、小売りスタートのセレクトショップに商品企画のノウハウはない。だから、間にODMやODMの業者を介在させてオリジナル商品を企画していく。しかも、こうした業者を入れても自店は出来る限り粗利益を稼ぎたいから、当然、原価率は圧縮される。

 それが折からのアジア生産シフトとシンクロして、「中国生産」を当たり前にしていった。それでもセレクトショップとしてのロイヤルティ、最低限の商品クオリティは失われてはいないから、お客にとっては原産国はどこでも構わないということもはっきりしたのである。

 言い換えれば、こうしたお客の安心感が、日本の「SPAバイイングセレクト業態」を売る側の都合=粗利益が取れる業態へと変化させていったと言ってもいいだろう。この傾向はこれからもいっそう高まっていくと思う。

 根本的に言えるのは、オリジナル商品がどこまで増えていくかである。それがOEMでもODMでも業者から仕入れるのだから、セレクトの内だとのへ理屈は成り立つ。極論すれば、オリジナル99%、仕入れ1%でもセレクトショップと言えばそうかもしれない。


仕入れ、個性というコンセプト維持

 ここからは筆者独自の見解である。セレクトショップと呼ぶならやはり100%仕入れで、一部の別注オリジナルを含む程度が正解ではないかと思う。筆者はバイヤーが日本を含め世界中のアパレルや小物のメーカーを巡り、ショップコンセプトとターゲットに沿った商品を買い付け、編集して提案することが「セレクト」と考えるからである。

 店舗体制、売上げ目標に沿って、メーカーが企画したショップオリジナルやメーカーに依頼したオリジナルの中から吟味して買い付け、売場に並べるフォーマットなら、それはしまむらやフォーエバー21と何ら変わらない。でも、それらをセレクトショップとは呼ばないだろう。メディアを含めて、ご都合主義だ。

 ビジネス的に見ると、100%仕入れではお客の好き嫌いに左右され、消化率が悪く、粗利益が高くないなどのデメリットがある。でも、オリジナル商品が増え、ショップがSPA化すればするほど、セレクトショップのロイヤルティは失われていくような気がする。

 考えてみればセレクトショップとは、「店のコンセプトを明確に定め、仕入れ商品によるエディトリアルやコーディネート提案で個性を主張する」「顧客の顔を見ながらその一歩先を独自の感性で提案し、結果絞り込まれたターゲットに、こだわりのある商品を選別し、アソートメントしていく」「真のスペシャリティストア」のはずだ。

 それから外れれば、外れるほどセレクトショップ然とはしなくなる。現に駅ビルやファッションビルに溢れるSPAバイイングセレクト業態を見ると、どこもかしこも同じテイストのアイテムばかりで、逆にオリジナリティさえ感じない。

 アーバンリサーチのラシックなどスピンオフで毛色を変えて来ているところもある。ただ、総じて一歩先を独自の感性で提案すること、絞り込まれたターゲット、こだわり、キレのある上質な商品といったキーワードが店から見えづらくなっているも事実だ。

 SPAバイイングセレクト業態が限りなくSPAに近づくとどうなるか。結局、チェーン専門店が辿ったのと同じ轍を踏むような気がする。どこも売れ筋ばかりを追求していき、同じターゲット層のベクトルに合わせてしまうと、ODMやOEMの商品では差別化はされなくなっていく。

 本来、オリジナル商品はショップの個性を主張するためのものだが、粗利益をとるための売れ筋商品と化し、味が薄く面白みを無くしてしまっている。店舗規模も全国30店を超え、さらにネット通販まで増えると、それはセレクトショップではなく、売り上げ効率を追求した単なるチェーン店と変わらない。

 とすれば、人口減少の中でマーケットは縮小しているのだから、そんなショップが何店もいるわけがない。いずれどこかが撤退していかざるを得ないと思う。


個店も淘汰される時代に

 一方、フォーマット1から3にも、課題は山積する。まず、1〜3に共通することでは、ターゲットのお金持ち顧客が年齢を重ねていけば、店には定着しなくなっていく。ファッションよりも他にお金をかける必要が生じるからだ。高齢層が多い日本ではこの傾向は顕著だ。

 現状でもインポートのラグジュアリーブランドを扱うと、エクスクルーシブやミニマムロットという取決めから、予算よりはるかに高い仕入れ額を要求されている。また、インポートは総じて掛け率が高いし、完全に買い取りである。プロパーで7割以上の消化率でないと、まず利益は出ていないだろう。

 かといって、インポートに代わる感度の国内ブランドがあるかと言えばそれもない。売れなければ、キャッシュが入って来ないわけだから、ますます資金繰りは苦しくなる。

 すでにインポートセレクトは大都市周辺で一定の富裕層がいないところでないと成り立たないと思う。日本は今後、高齢社会がますます進み、客離れが激しくなるわけだから、この業態がいちばん厳しいのではないかと思う。

 フォーマット2は、クリエーター系ブランドが安定供給されないという構造的な問題を抱えている。ショップ側が勢いがあるときは、次々と新ブランドを開拓できるからまだいい。ただ、あまりにクリエーターがころころ変わると、店のコンセプトとズレが生じてしまう。今後はこうした課題がジワリと響いていくだろう。

 特にクリエーター系ブランドを好むお客さんほど感性が鋭く、目が肥えている。商品では簡単に妥協しないし、財布の紐も堅くなっている。それをクリエーターとのコラボレーションで解決できればいいのだが、ロットの問題もあり、クリエーター側も譲れないだろうから、商品づくりは簡単でない。

 感度、生地、縫製のすべてでこだわりをもつ大人のお客をいかにクリエーターとともに捉まえていけるか。若者の服離れが激しいだけに、若者に訴えるようなテイスト、デザインのままでは、今後は顧客が定着せず、経営は立ち行かなくなると思う。

 フォーマット3は、現状でもそれほどブランドのアイテム数が豊富ないので、コーディネートする場合のタマ不足は否めない。というか、売れ残りのリスクを恐れて、どうしても絞り込んで仕入れている。表向きはセレクトを謳っているが、裏面では在庫を残すことで利益率が下がるのが怖いのである。

 また、提案力やVMDの点でもお客に対する訴求力を感じない。売り切れご免の商売では、ブランド好きのお客にとって、品切れの場合に他の商品になびくとは思えない。

 結局、つまり、ヒットアイテムが出ると、売り逃しも避けられず、逆に販売ロスを生んでいるのではないかと思う。セレクションもさることながら、他にも全く売りを感じないので、ストア規模でないショップは1に取り込まれていくか、淘汰されていくのではないかと思う。


セレクトではなくなっていく

 セレクトショップと言ってもビジネスである以上、市場ニーズに合わなければ必要とされなくなる。ショップのロイヤルティをもつところは、大なり小なり、都市地方を問わず、経営力次第で生き残ることはできるだろう。しかし、それがセレクトの概念かと言えば、必ずしもそうとは言えないと思う。

 特に大手セレクトの実態は「ショップブランドショップ(SPA)」となり、企画力をもつバイヤーを抱えているところは、その意思をダイレクトに反映させてオリジナリティを出しやすい「工場直発注系SPA」となって、差別化していくのではないか。

 つまり、大手ではセレクトショップという名前は完全に形骸化していくということだ。それでもSPAになれば、商品の味が薄く面白みを無くしていくのは避けられないから、どちらにしても生き残るところは限られる。

 逆に地方のセレクトショップは、自社の土地で家賃が不要、経営者が店長とバイヤーを兼ねるなどの条件付き=ローコスト経営なら、100%仕入れでも存続はできると思う。ただ、こちらも厳密にセレクトショップというカテゴリーで生き残るところは、限られてくるというのが筆者の見解である。

 大手は生き残りをかけてSPAに向っているが、それもこれからは頭打ちになっていく。中小はセレクトショップのフォーマットは残せるが、顧客の高齢化や服離れで生き残るところはこちらも少数派になる。生き残るためには、大手同様に商品やサービスのバリエーションを広げるなどの経営手法はとっていくはずだ。

 売る側の都合で真の意味とはほど遠く、形骸化してしまったセレクトショップ。周辺では「モノを売るな、体験を売れ」だの、「お客さまが欲しいのは体験」だのと、言われているが、じゃあそれでどれほどの売上げがあがるのか、損益分岐点をクリアしてペイするのか。

 筆者が知っている大手セレクトショップでカフェを担当していた人は、その後のポストは無く飼い殺しの状態と聞く。セレクトショップは小売業であって、文化事業ではない。売れなければ、多くのスタッフや業者が路頭に迷うし、これから潰れていくショップも枚挙に暇がないだろう。

 さらに現在では商品仕入れて売るという商業発生の時代から続く仕組みさえ変わっている。セレクトショップの行く末は、前途多難であることだけは確かである。
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打ち上げ花火は要らない。

2016-03-30 08:27:32 | Weblog
 ファッションウィーク福岡も、主催者側も穿った見方とは対照的に、大した盛り上がりも見せずに先週末で終了した。的外れのポスター、むなしく旗めくフラッグ、賛同をでっち上げるための門外漢の参加店、ミーハー好みで中身がないイベント…。

 ファッション業界がますます疲弊していく中で、常套句の「服を買ってもらう」「活性化」を口実にしたところで、潤うのは利害関係者だけというのが、よくわかるイベント週間だった。

 行政はこの事業に多額の税金を投入しているが、行きつく先はメディア、芸能界、業者であって、地場業界が活性化する糸口すら全く見えない。参加した大手商業施設も所詮、主催者側の事業費を出してくれるスポンサーにでしかないことがよくわかる。

 ファッション業界が今、どんな状況なのか。ノー天気なイベント事業に隠れて実態はほとんど浮かび上がっていないのが、実情である。

 そんなことを考えながら、立ち寄った博多駅で、4月21日に開業する博多マルイが、「つながるプロジェクト」と題して、下取りキャンペーン&リユースマーケットを実施していた。オープンすれば、「競合」いや「共生」することになる博多阪急の目の前でである。

 博多駅前広場は所有するJR九州が「賑わい交流空間」として、観光PRや物産展、演奏会や発表会、行政や企業の社会貢献活動などに貸し出している。使用要領によると、朝の9時から夜の9時までのフル借用で、料金は全面使用が平日324,000円、土日祝が540,000円、2分の1使用が平日194,000円、土日祝32,4000円と、高額だ。

 マルイの場合は小規模なスペースだから、料金は平日、土日祝共通の54,000円の枠ではないかと思う。ただ、経費の問題ではない。マルイがオープン前から地元に密着しようという姿勢がとても感じられるのだ。

 下取り対象品は、衣料品、婦人靴(1回につき最大15点まで)。持ち込んだ下取り品1点につき、博多マルイで利用できる200円割引券と交換される。この割引券は同日1ショップの買い物合計税込2000円ごとに1枚使用できるようになっている。

 この開催にあたっては、地元の西南学院大学商学部の佐藤ゼミとタイアップしている。1人でも多くの人々に衣料品や靴を持ち込んでもらうために、ゼミの学生がリーフレットを作成し、さらに「マスクを使って、家内を掃除をして」との学生のアイデアで、大学と丸井のロゴが入った1000個のマスクも駅前で一緒に配布した。

 また、学生の声かけで50名以上の人々が賛同し、ゼミのツイッターではイベントを告知する動画を発信している。

 マルイにとっては、200円の割引券がそれほど販促、実売に結びつくとは思っていないだろう。むしろ、地元密着の中で資源保護やリサイクルといった社会的活動を先行させる一方、リユースを促進させることで市場の活性化につなげる狙いもみられる。マルイが経費をかけてそこまでやっている点は見習うべきだと思う。

 業界では下取りやリユースはどんどん広がっている。一時は紳士服量販店が実施していたが、ECの浸透で個人が新古や中古の商品を堂々と販売できるようになった。これまでリサイクルショップに買いたたかれていたが、時空を超えて「買いたい人」がいれば、相応の値段で取引される。それがプロパーの販売に影響を及ぼせば、好循環となるはずだ。

 リユースはまだまだヤング人気のブランドが主体だが、「大人向けの上質なブランド」も踏み出してもいいのではないか。中高年でも着ていない服はかなりあると聞く。それをタンス在庫にしておくのはもったいないし、リユース市場に乗せることが新たな販売機会を呼び起こせるかもしれない。

 大人向けブランドはヤングのように知名度はないが、専門店で販売しているような商品は高価格、ハイクオリティな商品が少なくない。であれば、リユース市場は十分にあると思う。それをどうして喚起していくかなのである。

 話をファッションウィーク福岡に戻そう。それこそ「服を買ってもらう」という大義があるのなら、チンケなイベントよりも購買環境の活性に踏み込むべきではないのか。服はどんどん売れなくなっている。これは紛れもない事実である。だからこそ、売るための施策が必要なのだ。リユースは間違いなくその一つになる。

 例えば、春先にイベントを実施するなら、冬物のセール中から1〜2ヵ月程度リユースキャンペーンを張っても良いと思う。福岡中のショップ、専門店に呼びかけ、顧客から着ない服を集めてもらう、それを揃えてファッションウィークの間に大々的なリユースマーケットを開催するのだ。

 着ない服を持ち込んでくれた顧客には、福岡中の全店共通の買い物割引のチケットを渡せばいい。(将来的には電子ポイントになると思うが)ポスターやビラよりもはるかに経費はかからないで、効果が期待できる。なおさら、全店参加型のキャンペーンとなれば、エリア的な不公平感もない。

 マーケットの場所は、市役所前の広場か、岩田屋前、博多駅前が良いだろう。2年前のファッションマートでは、「クリエーションの発信」「バザールではありません」なんて大上段に宣言していたが、所詮、出店者の程度は知れた。そんなことは端からわかっていたはずだ。ノー無しの企画運営委員長が自分の権威づけに宣っただけで、本人も大方想像はついたはずである。現に自分の学校の学生には古着を売らせたのだから。だったら、最初からリユースマーケットにすれば良かったのである。

 リユース品を回収して、イベント期日までの商品管理は、市役所や商工会議所の空き室を利用すればいい。商品展開に必要な什器は地元メーカーや店舗業者から貸し出し提供してもらう。もちろん、提供スポンサー名は必ず告知し、マーケット開催中はエンドレスで名前を告知する。

 スタッフは大学生や専門学校生にボランティアで協力を願う。同時にリユースマーケットの派手なロゴマークをデザインしてもらい、採用する。もちろん、ロゴはウィンドブレーカーの背中にレイアウトしてユニフォームを作れば良い。

 同時にお客さんにリユース商品を持ち帰ってもらうためにリサイクルバッグも作り有料で販売する。もちろん、派手なロゴ入りだから街中に溢れるとキャンペーン効果は抜群だろう。経費がかかるのでSP衣料やパッケージのメーカーをスポンサーにするという手段もある。

 取引は1人何点までと点数を決めて無料で渡しても良い。おそらく、ストリートパーティなんかの俄イベントよりも、はるかに集客効果はあると思う。どんなリユース品が人気があるか、簡単なデータをとっても良い。それを学生にリポートさせることもできるだろう。そうすれば、福岡のファッションを売るためには何が必要かをショップ、お客さんの両方にアピールすることができるはずである。

 有料の場合は売上げを東日本被災者に支援して良いと思う。処分できない在庫は、リサイクルに回すか、アジアの発展途上国に寄附するという手段もある。とにかく誰かが喜んで着てくれれば服は甦るし、活性化の糸口にもつながる。

 リユース商品の回収にも学生のマンパワーを借りれば良い。地元の大学生がゼミを通じていろんな地域活動をしているのは、筆者もパンフレットを制作したことがあるので、よく承知している。

 むしろ、ファッションを学ぶ専門学校生ほど参加すべきではないのか。イベントショーのために服をデザインしたところで、企画、デザイナーの道が開けるなんて未だに考えているとすれば、業界知らずも甚だしいところだ。

 服離れでファッション業界は売上げ不振、アパレルメーカーはどんどん疲弊している。簡単にデザイナーへの就職があるはずもない。クリエーションや技術教育を否定はしないが、服が売れなければ、そもそもの展望が開けない。だからこそ、服を売るためには、買う側の視点で考えることも必要なのである。

 リユースに持ち込まれた服の回収に当たることで、「なぜ、着なくなったのか」「タンス在庫の理由は何か」「着るとすればどうすればいいか」等々。企画やデザインに当たりたい人間にとって、大事なことが学べるはずなのだ。

 福岡は商業の街である。ファッション業界は小売りが活気づくことで潤うのだ。そんなことさえ考えず、単なる活性化を口実にノー天気なイベントを行い、販促にもつながらない「物」の制作にカネをかけたところで、業界が活気づくはずはない。

 所詮、ファッション業界は、メディアや業者にとって行政から事業費を捻出させる打ち出の小槌にされているのがよくわかる。

 派手な打ち上げ花火を上げることほど無意味なことはない。売れる環境を創造するための地道な取り組みが不可欠なのである。博多マルイの愚直なまでの活動を見て、福岡に何が必要なのかをわかるような気がする。

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後継なら可能性はある。

2016-03-23 08:19:05 | Weblog
 The FLAG ISSUE 「学生はファッション業界に夢を見る?」について。今回はメディアによって作られた虚像が崩れたことが、業界離れという反動につながったこと。また、実像は子供の頃から環境に身を置いていた方が理解しやすいことについて考えてみたい。

 筆者は商業の街、博多の生まれで、小学校の同級生には下川端通り、寿通りに店舗を構えるファッション専門店のご子弟がかなりいた。

 大学を卒業して、一旦アパレルの道に進んだ時、同僚や先輩たちは口々に「店をやりたい」と言っていた。それはオーナーであり、経営者であり、一国一城の主ということで、ファッション業界での成功を意味することだったのかもしれない。

 こうした考え方、価値観は1980年代から90年代初め、いわゆるバブル経済が崩壊するまでは業界ではいたって一般的だったと思う。しかし、平成不況に入ると、価値観が変わったというか、業界構図の変化とともにショップ経営よりも、業態や職種そのものに注目が集まっていった。つまり、雇用される側、賃金労働者ということだ。

 不況で地方の専門店がジリ貧になる中、台頭した中央のセレクトショップは、インポートを中心にバイイングして国産ブランドと編集し、バイヤーという職種は世界中のコレクションや展示会を巡るジェットセッターとしてクローズアップされた。ここで若者には「バイヤーってカッコいい職業」とのイメージが摺り込まれたと思う。

 マスメディアは「コレクションで買い付け」「これはうちの別注です」なんていかにも業界人らしい会話を臆することなく垂れ流した。実際には一介のショップがエクスクルーシブを要求する海外の有名ブランドと簡単に取引できるわけがない。

 1ブランドでシーズン仕入れが数千万円にもなると、それはセレクトではなくブランドショップだ。実際にはブランドメーカーとショップの間に商社や二次卸、インポーターをかませての仕入れで、ショップ側が主導権を握ったバイイングではなかった。

 マスメディアはそうした複雑な構造は伝えず、カッコいい仕事のイメージだけを煽り、若者に対してセレクトショップの「バイヤー」=凄い職業という虚像を作ってしまったと言っても過言ではない。

 ところが、大手のセレクトショップは人気を集めるほどにセレクトSPA(製造小売業)化していった。海外ブランドほど売れないリスクもあり、収益率は悪化する。それより、オリジナルの方が粗利益は高くなるからだ。ショップロイヤルティを持てばなおさらプライベートブランドの方が売りやすい。セレクトSPAではバイヤー職は残っているといってもごく一部で、大半は商社やメーカーと組んだオリジナル商品の開発担当になってしまった。

 本当のバイヤーなら実際に展示会に出向き、商品を自分の目で見て、仕入れるか仕入れないか、どう編集を組立てるかを判断する。しかし、規模が大きくなったセレクトSPAは商社やメーカーが持って来る大量をサンプルを一つ一つ確認することなどできない。スペックが書かれたアイテムの書類、いいとこサンプルの写真を見ながら商談する程度ではないのだろうか。

 結果、ルーマニア製の商品が「メイド・イン・イタリア」、普通のウールなのにカシミア100%というような「嘘」が平気で横行するようになってしまった。現物を見れば、判るはず、いや判らなければならないのにそうする術も時間もない。SPA化しても、イメージはセレクトショップのままでいたい。そんな見栄が産地偽装に走らせてしまった。社内ではわかっていた人間もいただろう。

 しかし、ある程度のキャリアを積んだ社員なら、それを告発すれば自分の立場も危うくなる。まさにサラリーマンとしての保身。そんな空気がまん延していたのも事実だろう。大企業になったがために病理に蝕まれていったのだ。

 一時はジェットセッターとして、世界中の展示会を回っていたバイヤーがいつの間にか、ステイタスもポジションも失ってしまう現実。真のバイヤーを続けるには、自分で個店を出すしか選択肢は無くなったのも否定はできない現実だ。

 大手アパレルも卸先専門店の販売力の低下、売掛金の回収不能リスクからSPA化していった。企画生産の仕組みはシステム化され、OEMやODMを活用してよりスピーディで、利益を残せるような構造に変わっていた。

 企画部でデザイナーがひとつひとつ商品をスケッチし、そこからトワルを作って、修正を重ねてサンプルを上げる。それを展示会でのバイヤーとの商談の末に修正を加え完璧な商品に仕上げ、小売店に卸す。そんな時間をかけた企画生産卸の態勢ではなくなった。

 学生がファッション業界に夢を見なくなったのは、マスメディアが作り出した虚像の化けの皮が剥がれ、こうした業界が抱える構図、病巣がインターネット時代において流布し、少しずつ理解され始めたということだろう。

 いつの時代でも企業は効率を追う。売れると猫も杓子も同じ商品や業態を作り始める。それは競争を激化させ、勝ち負けをハッキリさせ、やがて適正な規模に落ち着いていく。つまり、若者の多くがファッション業界に夢を抱かなくなったのは、業界としてはむしろ適正化した証拠ではないだろうか。

 確かな信念もない若者が夢を煽られ、虚像に騙され、まやかしを鵜呑みにする。そんな業界で真っ当な技術や能力が身につくはずもない。競争激化の中で淘汰されれば、その先のポジションはないのである。そこに優秀な人間が集まるはずもない。

 ただ、ファッション業界もビジネスには変わりない。グローバル化は著しく、有能で希少な人材を求めているのも確かだ。大手アパレルや大手小売業は一見すればコマのような人間の集まりで無駄に思えるような仕事をしているが、そこでは非常に高い付加価値を生み出す力をもつ。

 一方、個人オーナーのショップや叩き上げの実力経営者が仕切るアパレルでは、その人個人の能力やカリスマ性が高い付加価値を生み出していく。それが変化が激しい市場でどこまで通用するかは未知数だが、自らアイデアを形にし、仕組みを整え、営業することが吝かでないなら、若者が挑戦してみる価値はあると思う。

 仕事の面白さややり甲斐は、決してマスを狙い、規模を追求することではないはずだからだ。某スポーツジムのコピーではないが、結果にコミットすれば良いのである。

 ファッション業界はおカネにならない。だから、魅力が無く、一生働くところではない。それはマス化で価格競争が厳しく収入が少ないという一端しか見ていない。本当にカネを儲けたければ、どの業界もやることは一緒だ。儲かっている企業を選ぶか、自ら儲かる仕組みを作るか。それができるかどうかが重要なのである。

 トヨタが最高益を上げたと言っても、円高に振れるとそんなものはあっという間に吹っ飛んでしまう。グローバル化の波に飲まれる企業で働くほど、一生安泰なんてことはありえない。
 
 どうすればビジネスが軌道に乗るかを考えていく。そんな気概とバイタリティがあれば、ファッション業界も見捨てたもんじゃないと思う。大企業=安心、中小零細=危険ではない。ワールド、イトキンの例を出すまでもなく、効率を追いすぎたところはみなありふれた商品在庫の山に埋もれて、自らの方向性を見失っていく。

 ならば、目が行き届く中小零細の方が自分の力でコントロールしやすい。アパレルなら1億円以下、セレクトショップなら5店舗くらいだろうか。そのためには学習が必要である。アパレルやショップでなくてもいいと思う。きちんとしたビジネスシステムが確立した企業なら、勉強できることはいくらでもあるだろう。

 筆者はむしろ世襲が大事だと思う。子供は親の背中を見て育つ。つまり、環境が人を育てるのだ。親が商売をしていたのなら、その環境は大いに大事にすべきだ。店を持っているなら、小売りをやれば良いし、業態を転換させることもできる。工場があるならメーカーだって出来なくはない。要は資産があるなら、それをできるだけ有効に活用してリスクを減らせばいいのである。

 夢を見るだけでなく、自己実現の目標として挑む。野心や野望があれば、なおのこと良いと思う。少しでも可能性があれば、チャレンジする価値はある。ゼロからのスタートより、一歩も二歩もリードできるチャンスはそうそうないのだから。
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