HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

垂直連携のバリエーションを増やそう。

2016-06-25 15:22:30 | Weblog
 「ファッション業界の再建のカギは、産地?クリエーター?それとも若者?」について、コメントしてみたい。

 先日、経産省の施策についてのコラムでも多少触れたが、筆者はファッション業界再建のカギは産地、クリエーター、若者といった断片的なものではないと考える。

 業界は川上の産地から川中のアパレル、川下の小売りまでが上手く機能して成り立って来た。ところが、景気低迷による消費不振やグローバル競争の影響を最初に受けるのは小売りだ。そんな小売りが売上げ不振で喘げば、仕入れ先であるアパレル卸にも波及する。さらに卸が利益をとれなくなると、影響は製造現場にまで及んでいく。このようなバーチカルなビジネス構図を考えると、どこか一端だけが革新し覚醒すれば、ことは解決するものでもなさそうだ。

 そもそも、ファッション業界がここまで衰退したのは、景気低迷や競争激化もあるが、それを根本原因にして皆がリスクを取らなくなったこともあるのではないか。例えば、小売りの代表格である百貨店は、デフレで低価格な商品が売れなくなっても、粗利益だけは確保したいからアパレルに歩率の積み上げを要求した。

 もともと、委託販売や消化仕入れでリスクを取らない商売を長年やって来ておきながら、売上げが低迷すれば取引業者に高圧的な態度で臨む。また販売管理費を下げるために人時配置を見直すLSP(レイバー・スケジューリング・プログラム)などを取り入れたものの、結局、売上げはメーカー派遣社員の販売力に左右される。収益回復はそんな簡単ではないとわかると、数字の論理に走らざるをえないのだ。あまりに虫が良すぎると言わざるを得ない。

 取引するアパレルとて、百貨店に要求されると、業者の立場から飲まざるを得ない。だが、今度はそのしわ寄せが素資材メーカーや下請けの縫製業者にかかっていく。大元が作った大きなツケを末端の弱い事業者が背負わされているだけで、誰かが責任を放棄しているだけに過ぎない。こんな不条理なことはないだろう。

 元来、日本のファッション業界は各事業者がもつ専門性のもとで仕事をし、それ以外のカテゴリーには乗り出さずにやってきた。皆があまりに良い時代を知っているだけに、良く言えば餅屋は餅屋に徹する、悪く言えばガラパゴス化していたのである。ところが、時代が移ろい、環境が変われば、嫌が上でも皆に自己変革を求められる。ただ、各自がバラバラのベクトルで変わろうとしても、実効性はないと思う。

 だから、川上から川下までの事業者が変革について一つの方向性を共有化し、パートナーシップを組んで(膝を突き合わせて)取り組まなければならないのではないか。そのヒントはマーケットにあると思う。業界が衰退し始めた根本原因は、皆が右に倣えしたことだ。同じシステムのもとで、同じようなテイスト、同じ価格帯の商品を販売すれば、競争は激しくなるし、価格は下がっていく。何より商品が同質化、陳腐化すれば、客離れが進む。

 であれば、今の市場にないような商品、お客を惹き付ける商品とは何かを考え、皆で作り出し、マーケットを開拓しなければならないということである。テイストや価格帯が似通ってきたことの反省に立てば、解決の糸口はテキスタイルなのか。素材感なのか。それともデザインなのか。それらすべてが関係する企画なのか、である。

 デザイン感性が若くても価格が高いと若者には手が出ない。でも、お金に余裕がある大人からずれば、デザインが若すぎると買うのに二の足を踏む。かといって野暮ったい従来のデザインでは物足りない。つまり、企画によって生み出される商品価値と価格とのバランスを見直すことではないか。考えられるケースをパズルのように組み合わせて検討してみる。それが企画であり、出て来た答えを具現化するのがクリエイティビティであるはずだ。

 筆者はDC世代の人間だが、当時から奇抜なデザインを好んだわけではない。テキスタイルがもつ可能性を最大限に生かしたデザイン。素材の持ち味を最大限に引き出すパターンが良かったから、というか店頭で見た時にそれらを瞬時に感じられたからこそ、好んで着て来たのである。ところが、今のマーケットを見ると、往年のデザインや素材感で培われた大人の感性にフィットする商品がほとんどない。あれだけ百貨店がブランドを入れ替え、SCが開発され、駅ビルがリニューアルしようともだ。これだけ客離れが起きていることを考えると、筆者だけが特別なのではないと思う。
 
 別に毎日、毎月、服を買うわけではない。1シーズンにコレってアイテムを1着買えば良い方だ。それだけなのに、そうしたウォンツにさえ応えてくれるアイテムがほとんど見当たらない。特にメンズファッションを見ていると、彼女や奥さん、娘さんはお洒落でいてほしいのだろうが、それを演出するアイテムのバリエーションがあまりに少なすぎる。もう少しテイスト、価格帯、そしてグレードを広げてもいいのではないか。その辺に閉塞した業界が再建するヒントがあるのではないかと思う。

 ファッション全体にも言えることだが、マーケットを冷静に分析して、どんなテイスト、どんな価格、どんな素材、どんなデザイン、どんなグレードが必要なのか。それに基づいて、川下から川上までがひとつのサプライチェーンを構成し同じ企画軸でもの作りを考えていく。同じベクトルの企画軸により川下のターゲット設定、川中にある与信力、川上がもつ技術や特性で垂直連携を組めば、いくつかのサプライチェーンが生まれるはずだ。それがバリエーションになっていくし、個性になるのではないか。そうすることで、お互いが自らの仕事の範囲内で、「責任」と「リスク」を分け合う。自らのカテゴリーで生じたツケは決して他社に負わせない。互いが切磋琢磨することで、業界全体に抵抗力がついていくと思う。真の意味の「協業」であって、強いと思い込むところが無理強いする「強要」ではない。

 少なくとも、こうしたビジネスモデルがよりブラッシュアップされることで、中間業者が入る余地がなくなるかもしれない。無駄なコストがカットされれば、仕事量にそった利益が責任とリスクをもつところに配分されていく。 個人的には原価率を45%程度までにあげていけば、今の市場にないクオリティと感度の量産服が生まれるのではないかと考える。体力がつけば、最初は点でしかない市場でも、それを線にし、さらに面へと広げることができるかもしれない。

 当然、資金力に限界があるだろうから、どこをセーブし、どこでリスクを取るのか。派手なイベント仕掛ける。広告に金をかける。展示会や地道な営業にマンパワーを割く。とにかく実店舗を出す。店はビルインか、路面にする。キャリーバックや包装資材の質は落とさない。これらは原材料や縫製、企画デザイン以外では当たり前のことだったが、どこかを削ぎ落として服づくりそのものの、素材や縫製、仕様にコストをさかなければ、変革はないと思う。すっかり陳腐化してしまった言葉だが、真の意味で選択と集中で個性を際出させないと「変わったな」と思えないのではないか。

 今までは一人で一つの仕事で済んだだろうが、特殊性がない部分では2つ3つは掛け持ちしないといけないかもしれない。例えば、企画担当者ができる範囲で営業に参画するとか。労務管理の問題も絡んでくるので難しいことは十分承知だ。

 最近、ファクトリーダイレクトSPAというシステムに注目が集まっている。アパレルメーカーを抜きにしてダイレクトに卸、小売りに取り組むものだ。一見すれば、産地や職人の技に注目する画期的な仕組みとしてメディアも礼賛しているが、それはアパレルメーカー分の利益がカットされるだけで、営業費や配送、売れ残りロスを考えると、工場出荷の原価は小売価格の33〜35%に抑える必要があるとの意見もある。確かに地方発を謳っても、銀座にショールームを設けてたんでは相当なコストがかかるのは当たり前だ。

 つまり、どこかをセーブし、カットし、リスクを取らないと、原価率は上がらないし、商品の魅力もアップしない。最初はキツいかもしれないし、我慢もしなけれなならない。となると体力とやる気がある若手(若者という意味ではない)がチャレンジする価値はあるだろう。ただ、経験がある大人が人任せにしていいわけがない。従来のビジネスフローにメスを入れ、コスト管理というか精査を行って、クオリティの高い商品づくりに取り組まなければならない。キツいことは十分承知だが、「いい商品だね」と言われるためにもやらないと変わらないのだ。
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製造卸の福音となるか。

2016-06-22 07:27:18 | Weblog
 先週の金曜日、読売新聞のネット版が「アパレル業界の不合理な商慣習、改善を」との見出しで、経済産業省の「業界救済策」?について報道した。

 「衣料品の国内市場が縮小する中で過剰な供給と安売りが続き、産業が衰退する懸念がある」ため、「アパレル業界に見られる不合理な商慣習を批判し、経営の改善を促す」もので、6月17日には報告書で課題を示し、(業界に)対処するよう注文をつけるという。

 6月も後半に入り、夏のバーゲン開始を見計らったようなタイミングだ。セールの後ろ倒しも定着したのか、意味をなさないのか、今年は話題にも上がらない。ただ、実店舗にWEBサイトが加わる商品の供給過剰で、安売り(低価格)は常態化している。それが更なるコスト削減の圧力を生み、アパレルの設備投資や人材育成への投資を停滞させ、商品の陳腐化による客離れを引き起こしているのは、紛れもない事実だ。
 
 単純に日本の市場規模を考えても、オーバーストア、在庫過多は否めない。そこでは経済原理が働くから、価格は下がっていく。加えて海外生産や流通の効率化、情報整備などのイノベーションが進み、中間コストは削減されて値ごろな商品が次々と生まれている。消費者とってそこそこお洒落な商品が低価格で出回れば、飛びつくのはいうまでもない。そこまでは良かったのである。

 ところが、ビジネスの宿命として、収益があがるモデルには皆が「右へ倣え」する。結果、競合が増えて競争が激化。川下の小売りが利益確保に走るあまりに、その分のしわ寄せはアパレルの原価圧縮、さらに製造業者の工賃値下げを強いていったのだ。

 とどのつまり、こうした不毛なビジネス競争を変えていかなければ、産地もメーカーも小売りも消耗していくばかりである。ただ、霞ヶ関という中央省庁の「声明」に対し、業界からは「ここまで衰退すれば、カンフル剤にもならない」「百貨店は委託販売の是正が求められると潰れるところも出てくるのでは」と、冷めた意見も聞かれる。

 でも、医学界ですら、カンフル剤の効果を求める対症療法では、根本治療にはなりえないのは承知の上だ。また病気の症状は自分を守るために体自身が発しているもの。人の体は一部の治療して済むものではなく、食生活、生活習慣、環境、 メンタルヘルスまでの総合ケアがあって健康を維持できるのである。

 ファッション業界も然り。「産地や職人を救う」「百貨店の委託販売を無くす」「コスト管理を明確にする」などの断片的なものではなく、業界構造を俯瞰で見て、川下から川上までのすべての段階にある問題点に切り込み、どこから手を付けていくか。こうしたことは我々のような利害が関係してミクロでしか考えられない人間より、業界をマクロで捉える能力をもつ東大出の官僚さんの方が適任かもしれないと、筆者は思う。

 ただ、経済産業省が公権力の行使として、ファッション産業に携わる企業、団体に対し、委託販売や消化仕入れ、発注商品の買い取り拒否などの商慣習について是正するには、「法令」に基づかなければならない。つまり、それらを現実のものとするには、法に明らかに抵触していることが条件で、グレーゾーンなら新たな法整備や法改正、それを補う省令が必要になる。

 衰退の歯止めが待ったなしという点では、法律や省令に基づかない行政指導という手段もあるが、これとてどこまで実効性があるか懐疑的だ。ここからは少し専門的な話になる。筆者が大学時代に学んだ行政法、行政手続きの解釈、フローとして、どのケースが何に該当するのかを考えてみたい。

 現状、ファッション業界が取引上で関係する行政法規は、独占禁止法の「私的独占」や「不当な取引制限」「不公正な取引方法」の「禁止」である。また「不当表示防止法」だろうか。私的独占とはまさにマーケットを独占的に支配して他を排除する行為だ。不当廉売はその代表的なものではないか。商品を著しく安く販売することを指すが、これだけデフレが浸透すると、どこからが不当廉売に当たるのかの判断は難しい。

 例えば、大阪のバッタ屋のように元値がわかるブランドをタグを切り取ったとは言え、90%オフと認識できるような価格で売れば「廉売」には当てはまるだろう。だが、価格設定は小売りが自由に決められるわけで、私的独占として違法となるのは同じエリア内でかたやプロパーで販売している店舗の営業の継続を困難させるような場合だ。つまり、地域に溶け込んでいるバッタ屋なら、「不当」には当たらないのである。

 バッタ屋はどこからか商品を仕入れているわけで、間に卸業者が介在する場合もある。倒産したメーカーや問屋が在庫処分に窮している時、バッタ屋や卸業者が買値を叩いて安くさせる場合があるかもしれない。この場合もバッタ屋や卸業者が優越的地位(在庫処分の事業者より強い立場)にないと法規制には抵触しない。売る方と買う方がフィフティフィフティ、ウインウインの関係なら何ら問題はないのだ。第一、大阪のオバちゃんは「安く買えるから、ええやないか」と、公正な取引なんて眼中にないはずである。

 不公正な取引は低価格業態に限ってではなく、プロパー販売の現場でも行われているかもしれない。これが百貨店のケースだ。バブル崩壊以降、売上げダウンに直面した百貨店は、減少分を荒利益をかさ上げして埋めようと、取引先の百貨店系アパレルに歩率の積み上げを要求した。そこでは歩率が1994年から2002年まで8%程度も高騰したと聞く。こうしたケースが不公正な取引(公正な取引とは価格、品質による競争を意味するから、それを阻害する行為はグレーゾーン)とは言えないまでも、今回の是正の対象にはなるかもしれない。

 現に百貨店系アパレルはそのコストを吸収するため、この間には原価率を平均で33%から25%まで低下させたと言われている。当然、アパレルは自社の利益を確保しなければやっていけないので、下請けには素資材のコストダウン、工賃値下げの圧力がかかったわけだ。百貨店が自店の利益を確保するために、その影響が下請けにまで波及したのだから、お役所が法律に基づく是正や行政指導に動くのは当然と言えば当然と言える。

 アウトレット場合はどうだろうか。施設数が増えたことで、売れ残り在庫や廃番商品、B級品が確保できずに「アウトレット専用品」が堂々と売られている。だが、POPなどでその旨を告知していれば、レアなブランドのオフプライスと誤認させるような「不当表示」には当たらない。

 でも、問題はそこではない。リテイルアウトレットを展開するような大手セレクトショップがアウトレット専用品の販売で粗利益を確保するがために、アパレルや商社に商品の卸値を下げさせるケースだ。それが縫製工場にまで遡って値下げ圧力となっているのなら問題だろう。アパレル、産地、工場に負担を強いているのなら百貨店のケースと同じく、是正しなければならない。経済産業省にとっては、これらが法改正や省令、行政指導で取り組むべき要諦と言えそうだ。

 一方、メーカーが展開するファクトリーアウトレットについても、そのメーカーのブランドを売っているFC店やセレクトショップ(仕入れ専門店)、いわゆるプロパー業態の営業の継続を困難にさせるようでは問題だ。

 アウトレットとは安売りが目的ではなく、在庫品をいかに消化して現金化、いわゆるキャッシュフローを進めるかのものだ。だから、アパレルメーカーがファクトリーアウトレットをプロパー店と近接させれば、直営店はもとより、仕入れて販売する小売店といった正価販売に影響が出ないとも限らない。そこで、欧米では50マイルや70マイル規制(80km〜100km圏)を設けてきて、両業態を近接させず競争を防止する施策を打ってきた。今でも最大50kmは距離を置くのが成立のカギと言われる。

 米国ならマンハッタンからバスで1時間以上の郊外、イタリアならミラノから遠く離れたアルプス山中というような場所にアウトレットは存在する。でも、国土が狭い日本だと東京からアウトレットを遠ざけても、今度は静岡や長野にあるプロパー業態がじわりと影響を受けてしまう。カニバリゼーションにならないとも限らないわけだ。

 そもそも、なぜ日本でアウトレットモール、そしてショッピングセンターが増えていったのか。それは円高是正=外圧による内需拡大、国内市場の開放がある。また規制緩和に端を発した定期借家契約導入で出店の初期投資が下落したこと。さらに大規模小売店改正に伴い郊外店が開発ラッシュとなったことだ。

 アウトレットに限って言えば、「独占禁止法の運用強化」がある。これによりメーカーは小売店に小売価格の統制ができなくなった(販売価格は小売りが自由に決めて良い)。 独禁法ガイドラインは、メーカーの価格規制のすべてを禁じており、小売店の不当返品も禁止している。だから、在庫が思うようにはけずダブつけば、メーカーも小売りもそれを消化せざるをえなくなるのだ。

 デベロッパーも器を作れば、テナントを埋めなければならない。アパレルメーカーにはとっては出店依頼を受けても、都市部のプロパー店と競合できないことから、低価格、低付加価値の業態の開発、出店に行きつく。専用品を販売するアウトレットもその一つだ。それでも、器が増えると当然業者間の競争に陥るわけで、結果的に自ら収益構造を狂わせしまったのではないかということである。

 またアパレル商社が輸入し、大手セレクトショップが販売したパンツが「ルーマニア製」だったにも関わらず、「イタリア製」と表示したことが「原産国の不当表示」に当たるとして、商社1社並びにセレクトショップ5社に公正取引委員会から「排除命令」が出された。公正取引委員会は日本繊維輸入組合に対しても、傘下組合員が同様な行為を行わないように「表示の適性化」について要望を出したことは記憶に新しい。

 しかし、その後もセレクトショップの1社は「ウール製」のマウラーを「カシミア」と偽って販売している。この手の「虚偽」「偽装」が続いているわけで、行政庁の命令や指導程度で本当に効果があるのかと疑いたくなる。もしかしたら、売場ではスタッフが「この商品はバイヤーがロンドンで作られたものを買い付けてきました」と言いながら、本当は商社丸投げのアジア生産だったりするのかもしれない。

 あくまで行政法の範疇だから、強行法規のような処罰とまではいかない。しかし、価格競争が激化しているからこそ、「自店の商品をいかにも価値があるように見せかける」わけだ。そこでは安売りだけでなく、不正行為が堂々と行われていたということになる。お役所の実態調査だけでは限界があるし、内部告発をしやすい環境づくりも不可欠と思う。やはりきちんと強行法規を法制化するなり、現行の刑事罰を適用するなどの対応に踏み出さないと、事業者には堪えないのかもしれない。

 しかしながら、法整備に踏み出せば、規制緩和や族議員と衝突することになる。「価格を下げて販売する」ことが常態化した一つの要因は、大店法の改正という規制緩和によって低価格業態の出店が容易になり、オーバストアで競争が激化したことがある。つまり、それを是正するには、アウトレットモールやショッピングセンターといった大型店の出店を抑えることも必要になってくる。

 となると、デベロッパーや建設会社を票田とする建設族の国会議員さんが黙っていないだろう。「規制緩和というアベノミクスに逆行する行為だ」「何のための大店法改正だったのか」と、経済産業省を吊るし上げるかもしれない。御殿場、鳥栖などプレミアアウトレットを運営する三菱地所・サイモン(旧チェルシー)には、米国資本が入っているので、「市場開放に逆行する」と再び外圧がかかることも予測される。
 
 そもそも大型店の出店を規制する「大規模小売店法」が制定されたのは、中小零細の個人商店や商店街を守るためだ。1960年代、米国では郊外で次々と大型店が開発され始めた。日本でもダイエーが安売りのスーパーを出店した。これらが日本に上陸したり、多店舗化したりするのを予測した当時の通産(通商産業省、今の経済産業省)官僚は、個人商店や駅前の商店街はひとたまりもないと、思ったはずである。そして、自民党の「商工族」に働きかけて、大規模小売店法を成立させ、規制を強化したのである。

 つまり、法律とは何か、規制とはどうして生まれるか、である。それはその時々の「弱者」を保護するためだ。独占禁止法は弱い立場の小売業者、競争力に乏しい問屋、メーカーを保護し、大規模小売店法は個人商店や商店街を守ったのだ。でも、そうした事業構図は時代とともに変わっていく。一方で、日本は米国のようにメーカーと小売りというシンプルな流通構造にはなってない。地方ごとに産地があり、産地卸があり、仲買人がいて、小売りがいるという具合に複雑だ。また、商品を購入しても、すべて現金払いというわけではなく、掛け売りというシステムも存在した。

 そうした中で百貨店が商品を買い取らず委託で販売する「商慣習」も醸成されたいったのである。良く言えばそうした不文律の中で、メーカーも問屋も小売りも儲かる共存共栄が育まれていったのだ。

 景気が良い時代には、アパレルメーカーが卸先の商店主や百貨店関係者を海外旅行に招待したり、ゴルフ接待でもてなしていた。それだけ経費をかけても有り余る収益が上がったからだ。受ける側もそれが規制による保護であることを忘れ、自店の力だと錯覚していた。駅前商店街や百貨店はじっとしていてもお客さんが買い物に来てくれ、自ら商売に注力しなくてもフランチャイズや歩率家賃でも、十分に食べていけたのである。

 しかし、時代が移れば、環境も変化する。グローバル化で競争が国境を超えて進み、大型店や新業態、画期的な流通システムが登場すれば、お客の購買意識や消費行動に現れる。そうして中小零細の商店や商店街はジリ貧になり、百貨店は低迷するようになって行った。言ってみれば、商業という川下の低迷、不振が川中のアパレル、川上の産地、工場にまで波及し、日本のファッション産業全体が空洞化し、構造不況に陥ったとも言えるのだ。

 こうした業界の光と陰を見れば、必ずしも自由競争が良いとは思えない。また海外旅行にもゴルフにも全く縁のなかった製造業者や匠の技を持つ職人さんといった弱者が疲弊していくのを見過ごしていいとも思わない。ただ、現行の法規制ではとても効力を発揮できないのは確かだ。かといって、あまりおカネにならない業界を考えれば、商工族の国会議員さんが立法に一生懸命になることもないだろう。第一、今の自民党や民進党を見渡した時、霞ヶ関の官僚を超えるようなファッション産業の政策通は見当たらない。

 ともあれ、現行の法律では最小限の規制しかできないから、業界が疲弊している状況では、新たな規制を設けなければならないのである。そこで経済産業省も重い腰を上げ、ようやく省令という法規範、法規命令、行政指導に取り組もうということなのだろう。

 お役所仕事、省益優先、族議員の台頭、省令の乱発など、とかく官僚主義に対する批判は少なくない。だが、誰か、どこかが手を付けなければ、業界がますます衰退していくのは間違いない。「業界内部から変革していく」。言うは易しであるが、固定観念や利害をもつ人間たちが蠢く中で、簡単にできることではない。

 まずは行政庁が声を上げるというのは=構造改革に乗り出すということで順当ではないだろうか。経済産業省はファッションという繊維産業を所管することに代わりがないし、ここが現状の問題点を冷静に分析し、改善の方向に変えていくと表明したのだ。筆者は業界が健全な方向に向かい、製造卸への福音になればと、好意的に受け止めたい。

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教える側の意識変化は。

2016-06-15 07:31:44 | Weblog
 先日、服飾系専門学校の2016年度の入学者が「増加した」との報道があった。少子化で高卒後に進学する学校は、学生確保に窮している。そのような状況下に服飾専門学校の入学者が増えたのは、学校側の募集策はもちろん、学生側の「しょうもない大学に行くくらいなら、手に職をつける方がいい」との期待もあるのではないか。

 と言っても、専門学校を目指すくらいの若者?だ。将来の目標や展望、産業や社会の変化に対し、明確な知見や判断力を持ち合わせて決断したとは言い難い。高校生の場合、在籍した学校で偏差値や学力が向上していれば別だ。そうでなければ、進学先は一様に落ち着くわけで、その中で学生を奪い合う構図が揺れ動いてだけに過ぎないと思う。

 服飾専門学校を目指す若者は、自分のテリトリー内で得た情報をもとに「自分で服をつ作りたい」「将来、自分のブランドをもちたい」など、多くがデザイナーやクリエーターへの夢をもっている。しかし、学校側にすればそれだけでは学生の確保はままならないから、「ビジネス学科」を併用するところが少なくない。ただ、仕事で専門学校の卒業生に接する人間からすれば、ビジネス学科に進学する学生の「意思」「意識」がデザイン学科に比べると、いたって曖昧でないかとの印象をもつ。

 今から10数年前、日本社会ではリストラの嵐が吹き荒れ、学生にも就職氷河期が訪れていた。だからではないが、専門学校生の間でも「会社勤めしているとヤバいようだから、独立して自分のブランドやショップを持とう」という意識が浸透していた。学校にとっても「セレクトショップを経営しよう」「バイヤーになって世界を巡ろう」と若者を煽れば、ビジネス学科の学生を募集しやすかったはずである。

 ちょうど裏原ファッションのブームと重なり、次々とストリートブランドが登場していたため、専門学校に通う若者がそれを扱いたいと思うのは、ごく自然の流れだった。しかし、ブームが去った昨今、専門学校生が「自分のショップをもちたい」「ブランドを立ち上げたい」と声高に叫ぶ姿は影を潜めたように感じる。それは学校教育の成果というより、学生が身を置くファッション環境が大きく変化したからではないかと思う。

 学生の多くがアルバイトをして小金がたまると服を買うだろうが、すでに大半が気軽にネット通販を利用しているのではないか。クレジットカードを持っていなくても、代引きや先払いを利用すればお目当てのブランドは買えなくはない。ショップで買うより安い場合もあり、ポイントが貯まるなどのメリットもある。購買環境として実店舗が減り、WEBサイトが増えつつあるのは、自らも実感としてあるだろう。だからと言って、学生が買う側としてWEBを理解できても、売る側として理解できるほど簡単なものではない。

 デジタル社会は服飾専門学校生の意識はもちろん、進路までも大きく左右している。しかし、こうした環境変化の中で、ビジネス学科への進学目的がハッキリしているとは言い難い。それ以上に学校側が学生に対し進路、その先にある仕事のポジションを明確に伝えられ、指導できているか。意識を変化させているのかと言えば、大いに疑問である。

 アパレルメーカー、小売りともにデジタルシフトを明確に打ち出した今、服飾専門学校こそデジタル、WEBの知識、技術の習得に真剣に取り組まなければならないのではないか。それはビジネス学科に止まらず、デザイン学科然りである。筆者が知るパリやニューヨークの学校ではデジタルデザインには積極的だし、東京の服飾専門学校でも強化され始めている。ところが、地方では未だに洋裁学校の延長線で教える学校やおばさん先生により、アナログどっぷりの授業が延々と続いている。

 もっとも、ファッション教育だけでに止まらず、すべてのジャンルでデジタル化は浸透している。言い換えれば、あらゆる専門職のスキルとして、デジタル、WEBの知識、技術は不可欠なのだ。ヘアメイクも、ネイリストも、グラフィックデザイナーも、カメラマンも、イラストレーターも、スポーツトレーナーも、声優も、タレントも、マンガ家も、将来の独立を考えると程度の差こそあれ、インターネットを活用したWEBサイトを運営し情報を発信していかなければ、取り引きのきっかけにはないからである。

 料金を徴収する課金システムまで整備すれば、プログラムの知識、技術まで身につけなければならない。それはプロ、ビジネスを行う点では共通だからである。特にファッションビジネスにおいて、ショップを経営する上でWEBサイトの制作・運営はどんな個店でも不可欠だ。それを制作するにしても、まずはIllustrator、Photoshopの基礎から学ばんでおかなければならない。時空を超えて商品が動いていることを考えれば、いちいちWEBデザイナーに外注しているほど、ビジネスは悠長ではない。

 ところが、デジタル、WEBの知識、技術を重要視すれば、専門学校の全学科の授業が似通ったカリキュラムにならざるを得なくなる。だから、教える講師の認識は、「デジタル、WEBは専門学科で学ぶもの」なのだ。しかし、それは言い訳に過ぎない。

 というか、化石化している講師たちが食い扶持を守るため、既得権=自分たちのコマを死守しようとの意識が露骨だからだ。本当は自分たちこそ専門学校に通ってデジタルデザインなり、WEBなりを勉強しなければならないのに、そうした投資をせずに手っ取り早く昔取った杵柄で、ギャラを稼ごうという思惑が随所に見えている。

 その割に2年の修学期間でアパレルの企画職につけなかった学生には、「あなたならできるわよ、頑張りなさい」と、無責任極まりない言葉を平気でかけていく。すべては自分たちのパフォーマンスと保身であって、そのツケを学生と業界に回しているに過ぎないのである。

 服飾専門学校では、その名称から感じられるスペシャリズムが一人歩きしすぎて、あまりに崇高なものと誤解されている。多くの卒業生に接してきた人間からすれば、決して彼らの専門的な能力が高いとは思えない。

 特にビジネス学科の授業実態は、コレクション発信のトレンドや専門用語を教え、スキル醸成の欠片も感じない接客技術をレクチャーし、誰でも受かるビジネス検定資格を取得させ、とどのつまりが雑誌の切り抜き帳のようなアナログマップか、それをスキャニングしただけのパワポのプレゼン。借りて来た服によるファッションショーでジ・エンド。せいぜい良いところ、担当者のコネでメーカーや小売りのインターンシップにさせてもらえるか、三文ファッションイベントのフィッターくらいが関の山だ。

 そんな授業内容で、専門的な知識、スキルが身につくわけがないし、今のファッションビジネスにはとても通用しない。だから、就職先はデザイン学科を卒業生でさえ、駅ビルやSCに出店するSPAの販売スタッフが良いところだ。

 就職しても業務は品出しや商品整理、売れた商品の補充、ストックからのピッキング、棚卸し、レジ打ち、袋詰めになる。1日のうちに純然たる「接客」は賞味1時間もあるのか。その程度の「作業」なら、専門学校を出てなくても十分できる。結局、親にとって投資分の教育コストは回収できないわけで、当の本人はオーバーストアで四苦八苦する企業側に使い捨てられるだけである。

 ファッション業界がデジタル時代に突入した中、専門学校生をあえて採用するならデジタルデザインのスキルをもつ若者の方がいいのかもしれない。ビジネス学科の卒業生を売場に配属しても、初任給応分の生産性がないのだから、その選択の方が賢明な選択と言える。というか、マーケットが縮小する中でオーバーストアも限界に来ており、これ以上人を配置しても人件費が嵩むばかりで、売上げは上がらないだろう。売場要員なら新卒ではなく、既卒のパートでも十分こと足りるはずである。

 前にも書いたが、今のファッションビジネスで食べていく=高額な商品を売り切るには、優れた接客技術と確かな販売力が欠かせない。それは三ツ星ホテルマン並みの会話術やホスピタリティ精神がないと務まらない。それが服飾専門学校、ビジネス学科の中途半端な授業内容で培われるわけがないのである。

 まあ、デザイン学科にしても、旧態依然としたスタイル画やドローイングの「アナログ技術」がどこまで実際の企画現場で必要とされているか。服作りのファスト化、ローコスト化を考えると、ペンタブレットやペイントツールといったデジタル技術の方がが即応性があるし、それを使いこなせることで、その先の作業フローまで一環してシステム化されていく。それがファッションビジネスの最前線というものだ。

 デザイナーにとっても独立すれば、売上げや利益、経費といった数字の知識が欠かせないと言われるが、まずは仕事を覚えていく前提としてデジタルの知識、技術はもっていても有り余るものではない。営業職なら企業勤務、独立を問わず、ネット通販のノウハウ取得は言うまでもないことである。だったら、デジタルやWEBの教育を積極化した方がはるかに実効性、就職にも結びつくというものだ。

 筆者はかつて業界向けにデジタル技術を駆使した「バーチャルコレクション」「模擬バイイング」のシステムツールを企画したことがあるが、こうした教材による授業こそ今のビジネス教育には必要ではないかと思う。

 さて、服飾専門学校の入学者が増えたからと言って、業界が期待してるかと言えば、本音は「否」ではないのか。相手は専門学校生。特別な知識や技術、技能がなければ高校生と同じで、教育研修を施さなければならない。再教育?に膨大なコストがかけられるほど、今の業界、企業に余裕はないだろう。

 一方で、デジタルに対応する知識や技術を持てば、大学、専門学校を問わず企業に必要とされるのも事実だ。それが真の「手に職」ではないのか。大事なことは実店舗からWEBサイトに切り替わっていく中で、本当に必要なヒューマンスキルとは何か。デジタル化が浸透したファッションビジネスにおいて通用する人材とは何か、なのである。

 それらを考えれば、専門学校に必要とされるビジネス教育の答えは、誰も持たない高度な接客、ホスピタリティ能力をもつ人間を育てるか、デジタルの最前線を陰で支える技術スタッフの育成かに大きく二極化されていく。新しい技術はすぐに古くなるとの反論もあるが、今必要な技術無くして就職もクソもない。講師は「学生を育てたい」なんてモラトリアムな戯言を吐く前に、現実に即した指導を行い、結果を出すべきなのである。

 服飾専門学校がいつまでも中途半端なビジネス教育を行っているのでは、業界はもちろん、社会からも必要とされなくなるのは時間の問題かもしれない。
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被災商品は売れるのか。

2016-06-08 07:21:48 | Weblog
 4月14日、16日の熊本地震から間もなく2ヵ月が過ぎようとしている。全国的な報道は、罹災証明の申請から仮設住宅への入居と、被災から復興へと変化しつつある。

 地元ファッション業界では、震災直後からすぐに営業を再開する店舗がある一方、ショッピングセンターなどの器が甚大な損害を受けて、営業再開までにまだまだ時間がかかるテナントも少なくない。

 深刻なのはイオンモール熊本(旧イオンモールクレア)とゆめタウンのはません、サンピアンの両店。イオンモールは16日の震央にほど近い嘉島町にあり、被害は甚大だ。約22万4000平方メートルに立つ2層の店舗は、直営部門の2階フロア(衣料・雑貨、アミューズメント)と西側のテナント棟が天井落下などで再開の目処がたっていない。

 テナント棟には1階に無印良品やザラ、2階にはユニクロ、スポーツオーソリティなどの大型店が入っており、店舗当たりの損失はバカにならないと思われる。もちろん、GMSが苦戦を続けるイオンにとっても、衣料品コーナーが再開できないのは遅々として進まない改革にも水を差す。泣き面に蜂とはまさにこのことだ。

 ゆめタウンはませんは全館を閉鎖。サンピアンも全館、全テナントが休業している。サンピアンからほど近い菊陽町のゆめタウン光の森は、4月28日にいち早く再開。両店に代わって顧客の受け皿になっているようで、平日でも休日と遜色ない集客がある。

 もっとも、はません、サンピアンの両店がニコニコドーの経営破綻に伴い、イズミに譲渡された居抜き店舗なのに対し、光の森はイズミが独自で開発したフォーマットだ。施設は本館が4階建、南館が3階建の多層構造で、本館は3階以上、南館は1階が駐車場で、建築基準でもそれなりの地震対策は取られていたと思う。

 今回の地震は余震、本震とも夜間に発生し、人的な被害はなかったようだ。しかし、ここでも天井や柱の一部に落下や亀裂が生じており、その部分を応急処置した上での営業再開となっている。

 店舗中央の吹き抜け、エスカレーターを囲む2階部分の柱は、6月に入ってもシートで覆われたままで亀裂や破損が生じた箇所はわからない。もし週末の営業中に地震が発生し、階上の駐車場が満杯だったらどうなっただろうか。おそらく1500台以上の過重が2階部分に一気にかかるわけで、想像を絶する被害になったかもしれない。

 イズミ本社では、はませんとサンピアン両店について11月を目処に営業再開したいと発表した。だが、今回の地震でスーパー各店は天井に設置した防煙壁のガラス板が割れて落下したり、スプリンクラーが破損して流れ出した大量の水で売場が冠水したことが、長期休業を余儀なくされた要因と言われている。

 SCとは店舗の規模が違うので、一律で耐震基準を論じることはできないが、イオンやイズミはスーパー以上に営業再開に向けた耐震補強には破格の投資が必要であり、それらを含めて本年度業績における減損は、相当になると覚悟しなければならないだろう。

 テナント各社についても損害は程度の差こそあれ、半年以上も休業すれば売上げの減少はかなりにおよぶはずだ。イオンモールの場合はほどんどが全国展開のテナントで、全社的な損失率は分母が大きい分(店舗数が多い)だけ低くなる。スタッフについても緊急避難的に近隣店舗に異動させ、シフトを調整して業務に従事させられるし、店長は転勤や部署の配置転換ができなくはない。各社の人事はすでに対応していると思われる。

 ところが、規模が大きくないチェーンやFC店にとって休業は、1店舗でも堪えるはずだ。売上げ減少はもちろん、固定客が減っていく可能性もある。それでもなくてもECが急激伸びていることを考えると、長期休業は実店舗の存在価値をますます薄れさせる。

 なおさら、スタッフは雇用の確保もままならない。おそらく自宅待機を命じられているはずで、社員ならハローワークで失業給付の申請をする時期ではないだろうか。営業再開の目処が立ったにしても、再投資が厳しければ閉店、撤退になる可能性は高い。スタッフは転職せざるをえないことになる。

 過去20年間、5年周期で都市部を地震が襲っている。この間、有店舗から無店舗販売、さらにオムニチャンネルと、販売スタイルが大きく変わった。そんな中で、各店舗は震災リスクとどう対峙して来たのか。ハード面は耐震基準にそってデベロッパーなどに整備してもらえる。でも、店頭における震災対策になると、そうそう野暮ったい器具を取り付けられるはずもない。

 一旦被災すると店舗の営業再開までにはタイムラグがあるわけで、今回のように器であるSCが長期休業に追い込まれると、いかんともしがたい。そうした有事に際して、ソフト面でどう対応していくか。

 テナント出店している場合に店舗に立ち入れず、商品を持ち出せない時はどうするのか。仮に持ち出せても什器転倒によるキズ、天井の落下による汚れが生じているとどうするか。仕入れた在庫はどう処理するのか。SCのような器が閉館した場合、どこかで営業を続けることはできないか等々。デベロッパーとの出店契約の中に規定されている部分もあるだろうが、商品の所有権はあくまで店側にあるのだから、考えておかなければならないことはたくさんある。

 念のために説明しておけば、一般住宅が地震保険に加入していれば、衣服がハンガーごと床に倒れたとか、衣服にコップの水が少しかかったなどの場合、見た目にはほとんど損害が無くても保険金は支払われる(被害程度で区分はあるが)。店舗の場合は地震保険の対象にはならないが、保険の観点からすれば商品が地震でちょっと埃を被ったり、ハンガーからフロアに落下しても、「災害による損失」と解釈できるのである。つまり、被災商品となるのだ。

 一方で、これだけユーズド市場が確立していることを考えると、商品に多少の「瑕疵」が生じても、商品自体にブランド価値があったり、販売するショップにロイヤリティがあれば、お客にとって購入は吝かではないと思う。

 震災が発生する度に、「ご当地の商材を購入して支援してほしい」とのキャンペーンが持ち上がる。確かに食材などではそれが可能だ。衣料品については本社や経営者の判断に委ねられると思うが、被災したB級の衣料品の後処理をどうするかについても、業界全体で議論してもいいのではないか。

 1996年の阪神大震災時には、被災したブランド店の商品を目当てに火事場泥棒が横行し、自警団が結成されたという報道があった。そうした状況を考えると、合法だろうが非合法だろうが、ブランド価値があるものは瑕疵が生じても売れるし、買いたい。これがマーケットの共通認識とみて間違いない。だからこそ、被災した商品を買ってもらうことで、被災地の店舗を応援するということにもつながるはずである。

 今回、被災した鶴屋百貨店は、2~6階を占める衣料品フロアの再開に1ヵ月以上を擁している。報道には、「古い建物で増築してきており、つなぎ目部分の壁が剥がれたり、天井が崩落したり。エレベーター塔も被災し使用不能で、補修や点検に時間がかかった」とあった。

 ただ、肝心な商品の状態については、全く公表されていない。百貨店だから商品は買い取っておらず、売場に並んでいる時点ではメーカーや問屋の所有である。また、被災した商品を仕分けし棚卸しを行わないと、損害額を算定することはできない。だから、詳細は公表できないとの理屈も成り立つ。

 しかし、信用を大事にする百貨店が被災した商品を全てチェックし、見た目に瑕疵がないからといって営業再開後にそのまま販売するだろうか。クレームなど万一のリスクも考えるはずである。被災した、被災していない商品を声高に叫ぶことなく、メーカーにこっそり引き取らせるのは容易に想像できることだ。

 今回のケースでは地震発生が4月半ばだから、売場に並ぶ商品の大半は春物である。現在は6月なので通常ならほとんど夏物に切り替わる。長期休業したことで、逆に商品の入れ替えには好都合だったということもできる。

 だから、営業再開に時間がかかったのは、こうした問題でメーカー各社との調整に手間取ったと考えられなくもない。それが結果的には時間稼ぎになったわけだが。メーカーにすればそうした商品をファミリーセールで販売したり、まさにアウトレットで現金化するなどの後処理は、当然のこととして考えるだろう。

 しかし、その時点まで来ると、お客は被災した商品とはわからない。ならば、1ヵ月以上の休業期間に何らかの対応をしてもよかったのではないかと思う。これはビルインで被災したテナントの方が切実に考えなければならない問題である。

 余談だが、今回の地震で被災したあるディスカウントストアでは、棚や什器から落下したり転倒したりで一部が損傷した商品を「半額」で販売していた。これがよく売れていたから、やはりお客は価格には敏感ということである。

 業界系メディアには、「新品と古着、消える境目」「2次流通の可能性とは」なんて見出しが踊っている。古着に対するネガティブな考えが変化し、堂々とマーケットができ上がっていることを暗示させる。穿った言い方をすれば、多少の汚れ、キズ、煙草の臭い、体臭があろうと、売る側はノークレーム、ノーリターンを堂々と掲げて販売し、買う側は自分の好きなアイテム、ブランドなら気にしないことが常識化したとも言えるだろう。

 それについては「若者の認識だから可能」という意見もあるだろう。しかし、被災地を支援する気持ちは大人も変わりない。多少の瑕疵があっても、着ることに十分足りるなら、購入は吝かではないはずである。大事なことは、被災した商品をいかに現金化して、キャッシュフローを増やし、復興への道筋をつけることではないのか。

 現在ではアウトレット用に製造した有名ブランドがあからさまに流通している。プロパー店に並ぶ商品の中には被災したと言っても、真性のレアブランドもあるだろう。震災が起きなければ堂々と正価で売られていた商品である。震災が頻繁に発生していることを考えると、古着云々だけでなく、こうした商品をどう処理していくかについて、業界での議論があってもいいのではないかと思う。
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コートが売れないわけ。

2016-06-01 08:57:37 | Weblog
 秋冬の展示会がラストになっている。昨年は暖冬でアウター、特にコートが非常に苦戦した。でも、専門店系アパレルは目新しいデザインなら売れると踏んだのか。各社とも「秋冬のアウターはコートよ」と、ばかりにいろんな商品を打ち出している。

 アパレル側が企画に力を入れると、この時期よりさらに前に生地を調達し、そこからイメージを仕上げ、サンプルを作って展示会に臨むことになる。だから、季節変動に対応しにくいアイテムだ。小売りのバイヤーにしてみると、この時期に自分は「これ、イイね」と思っても、オンシーズンになって売場に展開するとなると、いろんな外部要因が影響して思い通りにお客が動くかどうかはわからない。売れると数字は伸びるが、外すと在庫になって非常に売りにくい商品だ。

 そして、アパレルも小売りも、翌シーズンを迎えると、一応前年のデータに触れるものの、前年のことは忘れたかのようにまた企画に打ち込み、展示会に出かけていく。一昨年も昨年も今年も、そして来年も再来年も、ずっとその繰り返しを続けるだけ。皆が成功も失敗もいろいろ経験してはいるんだけど、秋冬アウターが一番リスキーなことに変わりはないのである。

 そんなことを思いながら、各社のアウターを巡って見てみた。今シーズンのイチ押しといっても、全く新しいデザインを起こしたものは少ない。過去にヒットしたいろんなアイテムのディテールを上手く取り入れて、今年風にアレンジしたものが目立った。

 昨年にリバイバルしたボンバージャケットを長めにしたものを発表したところもあった。果たして売れるのだろうか。昨年、ボンバージャケットについて書いた時、一家言をもつミリオタやボンバー心酔の諸兄が書き込みをしてきた。自分のカテゴリーだから意見したいというメンタリティは、やはりメンズ特有なものだろう。

 しかし、レディスに関しては単なる一過性のトレンドにしかなりえない。他社が全く発表していないシーズンなら毛色が変わって面白かっただろうが、今年はどうだろうか。中高生の街着って言われないとも限らない。

 今年風ではシルエットで見せるというより、テキスタイルで変化をつけようと言う企画が見られた。昨年は太めやトラペーズラインのシルエットで、ポンチョを押し出すメーカーもあった。今年は幾何学模様やブランケット柄を使って大胆に主張するアイテムが登場していた。



 アウターは防寒アイテムだから、長時間の外にいるということを前提にする。それなら、地方の車社会ではそれほど必要とされない。だから、ちょっとコンビニに出かける時に羽織ってほしいという打ち出し。その点は昨年同様かもしれない。

 一方で、かちっとしたテーラー風の仕立てで行くにしても、もともとアウターは無地が主体だから変わり目がしない。そこで、フラットにならないように同素材で色違いのパーツを接いだもの、グラデーションダイの素材を用いて変化を出すなどの工夫も見られた。やはり色柄、素材が変わると新鮮に感じるから、バイヤーもじっくり検討しているように感じた。



 あとは、ここ数年のコンテンポラリーテイストに見られたエフォートレスやミニマルも健在のようだ。若干、後追い企画のような感じでもないが、SPAのようなコストダウンしたコピーではなく、質感をキープした素材使いで差別化したアイテムもある。レディスのトレンドはヤングから浸透し、やがてミセスに波及する。

 とすれば、今年は中高年にバルーンっぽいコートが受けてもいいはずだが、太って見えるという抵抗感をいかに打ち消す着こなしやコーディネートがカギになると思う。



 専門店系アパレルがつくるアウターは、SPAのような知名度、ブランド力はないため、企画力や素材感で勝負するしかない。ただ、価格的にこなれていないと、市場に出た時になかなか勝負できない。世界的なコスト上昇で、原材料費は高騰している。アパレル側は合繊混紡や新素材を投入できるような素材調達力も持ち得ない。

 テキスタイルメーカーやコンバーターが提案するものの中から、選んで企画するしかないのである。それがオンシーズンの1年前なのだから、企画スタッフにはリスキー以上の辛さがあるだろう。アウターのサンプルを見ていると、そんな葛藤のもとに商品が生み出されているのではないかと、感じられた。そこがアパレルの正念場でもあるのだが。

 コートになると、暖冬がもろ売れ行きに関わってくるから、薄手の素材を使うところも少なくない。ところが、そうなると「落ち感」が関係する。昨年も書いたが、この落ち感をどうクリエーションにするかが企画の妙だし、デザイナーのセンスでもある。日本人が外国人に比べると体型が平板なので、アウターにはボリュームを出したくなる。

 でも、それが引力の法則で落ちでしまえば、着物のようにストンとしてしまう。切り替えや接ぎをどうするか、どこにダーツを入れるか、ウエストマークなどをどう駆使するか。その塩梅がアウターの企画には現れてくる。決してテキスタイルだけでは解決できない課題でもあると思う。

 しかし、気候だけにはアパレルも小売りも勝てない。今年も暖冬になれば、羽織系を除いてはなかなかお客の心をつかむとまでは行かない。 いい加減、ライトなダウンジャケットは陳腐化しているはずで、今さら新規に買う人も少ないだろう。 その辺の暖冬対策を考えた結果、コットンギャバなどの厚手の生地に加工を施したもので、冬を飛び越え春先まで引っ張るほうが無難になる。

 ただ、そうなると、フラットで定番的なデザインになってしまう。やはり、コートが売れない理由を暖冬のせいするだけでなくて、固定観念の洗い出しをすることが不可欠なのではないか。サンプルを見て考えたキーワードを挙げるとすれば、

●暖冬→合繊

●オーバー→ライト

●無地→柄、組織変化

●生地ありき→生地開発

●足し算→引き算

など、だろうか。

 コート=上質という考えはあるが、繊維の質が上がっていること。数年で買い足しを考えると合繊もありかなと思う。柄や組織変化を考えるなら、ポリエステルジャカードなんかの柄出しも面白い。ライトなコートならボリとビスコース、アクリルの混紡、ウールポリの混紡など。染めや柄で遊ぶなら生地開発から取り組む必要もありだ。

 ヘビーにならないデザインもある。袖無し、襟無しのジレだ。ジレはベストのような前開きを想像するが、プルオーバーにしてスリットを入れるなど工夫すれば、変化がでると思う。ここまで来ると、アウターというよりルームウエアの延長線だろうか。
 
 個人的には今年はガツンと寒くなって、颯爽とコートを着たカッコいい女性が街を闊歩する姿を見たいものである。それはアパレル、バイヤーにとってはなおさらではないか。ただ、数を売ろうとか、高い商品を売ろうとすれば、失敗するのは目に見えている。あのお客さんなら着てくれると、具体的に顔と人数が浮かべば、それを適性規模として品揃えに反映すればいい。

 さて、アパレル各社はどれほどの発注を受けたのだろうか。答えは冬の街が教えてくれる。
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米国ブランドの限界点。

2016-05-25 07:35:58 | Weblog
 ギャップ社は4月19日、海外市場で展開するオールド・ネイビー、バナナ・リパブリックを閉鎖すると発表した。うち日本国内のオールド・ネイビー53店舗を、2017年1月末までにすべてを閉鎖するという。2012年7月の日本上陸から5年を待たずに完全撤退となるのだから、ギャップ社としては日本での多面的な展開は容易ではないと、改めて認識したのではないだろうか。

 バナナ・リパブリックについては、全世界で76店舗を閉鎖する。こちらはクロージングを含めたビジカジ系のブランドだが、価格はギャップよりさらに上のゾーンとなる。価格はブラウスで7,000~8,000円程度。創業が1978年と比較的若いブランドだから、イヴ・サンローランやクリスチャン・ディオールといった欧州ブランドほどのバリュー、価格帯ではない。それでも日本市場の現状からすれば、あの程度のクオリティでは決して安くないと言える。

 筆者の事務所近く、バーニーズ福岡の裏手にも、数年前にオープンした。しかし、いつ見てもそれほど集客があるように見えず、採算は取れていないと思う。ギャップ本社のアート・ペックCEOは、「バナナリパブリックにとって日本は重要な位置づけにあることは変わりない」としているが、76店舗の中に日本における不採算店も何店舗かは含まれているのかもしれない。

 オールド・ネイビーは、言うなればギャップの廉価版だ。米国市場はざっくり言うと、一部の富裕層と大多数の低所得者で構成されるが、ギャップのようなジーンズで70ドル、Tシャツで20ドル以上する商品は中流層以上でないと買えない。だから、ビジネスとしては中流以下を捕捉するマーケティングを行い、格下のブランドも開発する。そうして生まれたのが、コストを下げて価格を安くしたオールド・ネイビーというわけだ。

 米国では11月の大統領選本選挙に向け、中流層から支持を集めた共和党のドナルド・トランプが同候補内定を確実にした。背景には中流層が没落する格差社会が日本より深刻なところがある。穿った言い方をすれば、「オールド・ネイビーまで落としたくない」「アバクロとは言わないまでも、せめてギャップは着ていたい」気持ちの表れなのかもしれない。

 日本でも中流層の没落は確実に始まっている。なのにオールド・ネイビーが全店閉鎖されるのは、全く皮肉な話である。振り返れば、2006年、ファーストリテイリングが「g.u.」を発売した時の記者会見では、メディアの中に「ギャップで言うオールド・ネイビーの位置づけですか」と、 ユニクロとの対比で質問するところがあった。これに対し、柳井正社長は不快な表情を浮かべて、否定したと記憶している。

 その後、g.u.は日本流のマーケティングでユニクロとは違った市場を掘り起こし、ロゴマークGUに替えるなど独自のブランドポジションを確立した。一方で、オールド・ネイビーは日本市場には通用しなかった。この違いが何を意味するのか。

 言ってみれば、ギャップグループのような同じテイスト軸、感度軸で、グレードだけ変えるマーケティングは、バーチカルで効率はいい。しかし、それが米国市場には通用しても、日本には通用しないということである。

 では、なぜ、オールド・ネイビーは日本で求められなかったのか。日本でもバブル崩壊後にデフレが続き、ディスカウントストアからファストファッションまで低価格業態が一定の市場をつかんだことは、確かだ。

 しかし、一方で低所得者層が全く高額なブランドを買わなかったかというと、そんなことはない。フリーターの中には健康保険料や国民年金は払えなくても、セレクトショップのTシャツは買っていたものがいるはず。また100円ショップで代金を出す財布は、百貨店で購入したコーチやグッチという女性も一定数は存在するだろう。

 そうでなければ、平成不況の直中にあって、ユナイテッドアローズやビームスがあれほど業績を伸ばすはずはないし、欧米ブランドが日本市場からぞろ撤退したというニュースも聞かない。つまり、社会保障や食事にかける費用は我慢しても、浮いたお金で高額なブランド品は購入する。それが日本におけるファッション市場の一端でもあるのだ。

 2002年には同じく米国のウォルマートがスーパーの西友を傘下に収め、日本市場に参入した。03年、佐賀市に開業したSC、モラージュ佐賀の店舗は、EDLP、Rollbackを打ち出すなど本家ウォルートを彷彿させるもので、経済紙誌、ビジネス系メディアはこぞって「黒船上陸」と煽り、その脅威を大々的に報道した。

 しかし、佐賀という全国的にみると所得が低い地域にも関わらず、2010年西友モラージュ佐賀店は撤退した。西友傘下のスーパー、サニーもウォルマート流の販売スタイルをとってきたが、2015年には11店舗を閉鎖している。これには08年に鳴りもの入りで開店した南熊本店も含まれる。オールド・ネイビー然り、ウォルマート然り、米国流のマーケティングによる低価格業態は、日本市場では中々受け入れられにくいということだ。

 思い起こせば、ギャップが日本で本格展開を始めたのは1995年だった。東京・銀座の数寄屋橋阪急に店舗がオープンした時は、業界人が大挙して押し寄せ、チェックする光景がそこかしこに見られた。また、業界系メディアでも商品から展開方法、販売スタイル、プロモーションまでを褒めちぎった提灯記事が少なくなかった。

 ギャップはオールド・ネイビーより格上のブランドであり、日本人には品質を含めてモデレート級として認識されている。しかも、シーズン途中のマークダウン、セールでの50%OFF、商品によってはさらに値引きされることから、ブランド品を安く買いたい消費者にとってこれほど好都合なものはない。消費者心理としては同じテイストなら最初から安いオールド・ネイビーより、ディスカウントされたギャップの方を買いたくなるからだ。そこがギャップが日本で継続される理由だと思う。

 一方、オールド・ネイビーが日本に上陸する時も、業界メディアでは日本社会に格差が広がっていたことから、ある程度は受け入れられるとの論調が多かった。しかし、5年を待たずに完全撤退である。原因はいったい何なのか。

 一つは消費者のブランド=高級高額品志向。裏を返せば、安かろう=悪かろうという認識が根強いこと。現にオールド・ネイビーの商品を見ると、日本人の感覚からすればとても質が良いとは思えない。これならディスカウントストアのノンブランドの方がよほどいい物がある。

 ニつ目はデフレで低価格品が市場に浸透し、安さだけを売りにするものはすでにいくつもあること。だが、クオリティへの一定の要求は当たり前で、同じ価格なら消費者は質のいい方を購入する。こうした市場特性にコスト削減とブランド戦略による米国の低価格商品は通用しないのである。

 三つ目はまさにこうした市場特性に合致した商品に修正できなかったこと。母体はギャップだから、ビジネスも同じやり方になる。とにかく大量に作ってコストダウンし、売場に大量に投入して売り捌いていくだけ。売れなければ、マークダウンやセールにかけるしかない。端から日本で売れる商品を作ろうなんて発想はない。

 出店先はSCを主体にしており、歩率家賃が取られてしまう。 低価格商品といっても、日本企業が手掛けるものはシーズンを細かく分けて、適確に投入していくから売れ行きも違う。そんなMDの遺伝子が大ざっぱな米国ブランドにあるはずもない。売上げが上がらない、坪生効率が悪いとなると、採算は取れないというわけだ。

 四つめは前出の通り、若者を中心に健康保険料や年金は払えないけど、プレステージ性のあるブランドを着たいとの欲求が強いこと。日本におけるブランド品を取り巻く蘊蓄は凄まじい。「オールド・ネイビーって、米国では貧乏人が対象だって」「俺はそこまで落としたくないよな」という会話が繰り広げられているのは、想像に難くない。

 ただ、日本でも格差社会は確実に進行している。皆がどこかで生活費を切り詰めていることに変わりないのだが、ことファッションブランドとなると、「あまりに低価格商品は着たくない」というのが大半の消費者心理なのではないか。

 ネットでは撤退を惜しむ主婦層の書き込みが多いようだ。あの胸元のロゴプリントがいかにもアメリカっぽく他のブランドにはない感性だから、わからないでもない。しかし、如何せん質が良くないのだから、子供たちに着せるにはコストパフォーマンスが悪すぎるはずだ。ブランドは他にいくらもあるわけで、すぐに慣れていくのではないかと思う。
 
 これからまだまだアジアのSPAが日本に上陸する話もあるし、日本企業がM&Aで低価格ブランドを傘下に収め、展開を狙う計画も進んでいるだろう。しかし、オールド・ネイビーのケースを見る限りでは、アメカジ系のテイスト&感性軸で切った価格訴求型を一律に日本市場に持って来ただけでは、市場攻略は難しいと思う。

 これまで日本のファッションビジネスを引っ張って来た方々は、60年代の米国ファッションに影響を受けた人たちが多かった。自分たちがそうだったから、多くの消費者にも肩肘張らずに着こなせるアメカジを受け入れやすいと思ったはずだ。実際、マーケットではその通りに反応し、多くのアメカジ系ブランド、それを日本流に解釈した業態が成立した。

 しかし、オールド・ネイビーの完全撤退を見ると、潮目が変わったようだ。もはやアメカジ系であっても、単なるマスプロブランドでは、日本のマーケットは攻略できないということである。というか、マス市場自体が完全に飽和状態ではないか。それでも量を売って売上げを稼ぎたい企業や商業者は後を絶たず、次から次にブランドを仕掛けていくと思う。

 それに再開発を含めて商業開発はこれからも続くし、デベロッパーから「スペースを埋めてほしい」との要求は、ファッション事業者以外まで取り込む状態が際立っていく。

 だからこそ、マーケティングの論理からすれば、既存の市場、そこにあるパイを捨てたところに新たなビジネスがあるのではないかと思う。現状ではマスではないかもしれないが、点を拾い集めて面にしていくことは可能だ。ECから出発してアフィリエイトやフェイスブックといったSNS活用でブランディングし、じっくり市場を切り拓いた後に店舗展開をすればいいからだ。

 そう考えると、市場開拓のキーワードはいくつかある。飽和度を考えるとイノベーションという大それたことではないにしても、ビジネス構想を立てる価値はあると思う。
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個店の勇気ある撤退。

2016-05-18 07:53:10 | Weblog
 先日、JR東日本の駅ビル、ルミネが2016年3月期の全15施設の決算を発表した。同月開業のニュウマンを除いて、「店舗」の売上高は3255億400万円(前期比1.3%増)となり、14年度に続いて過去最高額を達成したという。

 同社の稼ぎ頭である新宿店やルミネエスト、池袋店、有楽町店など都心部施設を中心に、テナントの入れ替えや既存店で「感度と独自性を高める」MDを強めたほか、積極的な販促や「ハウスカード顧客拡大策」などが功を奏したそうである。

 「販促策が奏功」と言えば、いかにも高尚に聞こえるが、要は「せっかく買うなら少しでもポイントを貯めたい」「1000円でも安く買った方がお得だ」との顧客心理をくすぐるポイント還元の方が効果的ということだ。言い換えれば、デベロッパーがそれくらいの販促策しか打つ手がないと言うこともできる。

 ファッションマーケット全体では売上げが伸び悩み、あるいは少しずつ縮小に動いている。つまり、どこかのショップなり、業態なりが競争に負けて市場から撤退し、その分のお客を駅ビルがすくいとっていると言うこともできる。

 一つは百貨店にハコ出店しているブランドだ。レナウンやオンワード樫山などの百貨店系アパレルの直営店がセレクトショップなどとの競争で勝てなくなってしまった。ワールドなどの専門店系アパレルもSPA化して百貨店出店を加速化したが、同質化競争に飲み込まれ、退店やブランド休止を余儀なくされている。

 もう一つは100%仕入れの個店、いわゆる中小の専門店と長らく地域一番店に君臨して来た百貨店だろう。地方都市では商店街が疲弊する中で、中小零細のファッション専門店の廃業が進み、百貨店も市場の変化に合わず閉店に追い込まれている。自県に駅ビルがあればもちろん、隣県であっても持ち出しがあり、競争は県境を超えても起きている。

 中小専門店の中にはネットのショッピングモールに出店するところもあるが、駅ビル出店のブランドもネット通販は積極化しているので、競争に晒されている点では変わりない。

 地方の駅ビルを見ると、館内競争はさらに深刻だ。大手との競争に勝てずに撤退する地元専門店もある。筆者が住む福岡市では、JR博多シティが駅ビルのアミュプラザ博多を運営しているが、ここでは地場アパレルのボストンナインが展開する直営店「パビリオン」が今年の1月末で撤退した。

 JR博多シティ側は定期借家法によるテナント契約を結んでいるため、売上げが芳しくないところは入れ替える措置をとるのは言うまでもない。一方で、中小専門店にとってJR博多シティが売り上げ効率から大手の出店を強化する狙いと受け取れるなら、不毛な戦いを避けて退店するのは、勇気ある決断として評価したい。

 ただ、ルミネが3月期決算が好調だったのに対し、2011年の開業から増収増益を続けて来たJR博多シティは、16年は穏やかならぬ年になるのかもしれない。何せ、4月の14日と16日に発生した熊本地震で、九州の大動脈である新幹線や高速道路が寸断され、福岡への集客には影響が出たのは間違いないからだ。

 JR九州は今年中の上場を目指しているため、できる限り子会社の売上げダウンは避けたいのが本音だろう。それでも無くても鉄道事業本体は赤字である。「お客様にご不便をかけられない」との大義で、突貫工事による新幹線の復旧を進め、余震による災害リスクを覚悟の上で、何とかゴールデンウィークに間に合わせる形で運行を再開した。

 JR九州にとって駅ビルの売上げまで下がると、稼ぎ頭の不動産部門にも影響が出て連結決算に現れ、上場要件に黄色信号が灯りかねない。だから、交通網の早期復旧は至上命題だったのである。改めて公共交通に頼る駅ビルは、自然災害でインフラが影響を受けると、もろに売上げ損出を出してしまう。というか、今回の地震は経営者心理にそうした危惧があることを露呈した。

 だからのリスクヘッジではないだろうが、JR九州は地下鉄七隈線六本松駅前、元九州大学六本松キャンパス跡地でも再開発事業を進めている。土地は九州大学がUR都市機構に売却したもので、そこではURのマンションが建設される他に、福岡地方・高等裁判所の移転、商業施設の集積で、新たなコミュニティ、生活圏が形成される。

 六本松キャンパスは中心部の天神まで15分程度のアクセスの良さ、けやき通りや大濠公園といったロケーションにも恵まれ、福岡市中央区では住みたい場所の一つにも挙げられる。なおさら、地下鉄の駅と直結するのだから、JR九州が主要駅とは違う形での商業開発を目論むのは当然だろう。

 一体どんなテナントが集められるのか。天神までわずか15分だから、駅ビルのようなテナントが出店することはないし、それほど郊外でもないからSC向けテナントも展開しにくい。デベロッパーとしては西新ビブレが失敗した前例があるし、URのマンションに住む人々のライフステージや生活スタイルにも左右される。無難な路線で言えば、食品スーパーやドラッグストア、雑貨や子供服、酒販店、生鮮のカテゴリーキラーなどの食品&日用品と、法律事務所向けのオフィスコンビニ、ウルトラCがあるとしてミスターマックスなどのディスカウントストアだろうか。

 ただ、新規開発という状況を見れば、出店投資は決して低額ではなく、中小のファッション専門店が気軽に店を出せるような環境でもない。

 でも、周辺の路面に中小の専門店が全くないかといえば、そんなことはない。再開発エリア前を通る国道202号線を西に600mほど行った地下鉄別府駅入口前には、天神にもショップを構える「トリップ」が1998年からセレクトショップを営業している。また再開発エリアから400mほど天神方面に戻った護国神社前には、「マックアビー」福岡店が昨年5月に同じくセレクトショップを出店した。

 トリップはヤングやヤングミセスをメーンターゲットにするが、いちばん新陳代謝が激しい客層を相手にしながらも16年間にも渡って個店を維持し続けている。これは同店のMD、販売力が何よりも秀逸であることの証しだろう。

 同店は博多駅エリアにも出店していたが、JR博多シティや博多マルイの開業によるボリューム化を察知していち早く撤退した。やはり駅ビルエリアでは大手を中心にした競争が激しくなるため、個店レベルで商売するのは難しくなると判断したようだ。先見の明があったということである。

 マックアビーは北九州市黒崎に本店を構え、地元の他に福岡でもマツヤレディス時代のサボティーノに店舗を展開していた。そこも今から18年前、天神中心商圏が南下したのを機に撤退。その後は地元黒崎や小倉の駅ビルにセレクトショップを出店していたが、そちらをクローズして天神を飛び越える形で、六本松の住宅街に路面出店をはたしたのである。

 マックアビー福岡店が出店する前には、タスクフォースというレディスの仲卸が事務所を構えていた。筆者もよく前を通っていたので知っていたが、ウィンドウの向こうにディスプレイされた商品は国産でありながらインポートライクで、いかにもセレクトショップのバイヤーが好みそうだった。

 マックアビーも取り引きしており、その縁で同社が移転した後に出店する形になったようである。それでも、なぜ福岡の中心部を避け、あえてこの場所を選んだのか。やはり大手がひしめく駅ビルなどで中小の専門店が営業するのは、相当に厳しくなったと身をもって感じたからである。

 それはルミネの昨期決算が好調だった裏返しとも言える。100%仕入れで構成する中小の専門店にとって、ハウスカード顧客拡大策では、デベロッパーが一方的にポイント還元を打ち出すため、決して負担は少なくない。そのまま自店の利益を減らすことにつながるのだ。

 それでなくても、中小専門店は大手との競争に晒されている。ほとんどの大手が店売りと並行してネット通販にも参入している。SPA系では大手セレクトがさらなる原価率の引き下げを公言したところを見ると、デベロッパーがポイント還元を強制されたところで、利益を生み出せる素地は十分にあるようだ。まあ、原価率を引き下げて商品力を強化?すると言えるのは、大量在庫を店売りと同時にネット通販で捌けるからだろう。

 しかし、中小の専門店はそうはいかない。駅ビルがハウスカードによる顧客拡大策に走れば走るほど、中小専門店にとってはますます営業しづらくなるということである。それも撤退する理由の一つかもしれない。

 ならば、競争がない路面環境でゆったり商売するというのも、懸命な判断と言える。幸い、けやき通りから六本松、桜坂、別府にかけては瀟酒なマンションが立ち並び、目の前の舗道は天神界隈に自転車通勤するトレンドセッターの走路にもなっている。九大六本松キャンパス跡地にもマンションが立つと、アクセスやロケーションの良さから天神周辺ので暮らしていた住民がリロケートする可能性もある。

 SPA化する大手セレクトは原価率を引き下げながら商品力を強化したところで、接客で売る商品もネットで売り捌く商品も変わりない。だから、お客としては所詮、ブランド力を背景に大量に売りたいだけと思わざるを得ない。それがセレクトなのかと一抹の寂しささえ感じてしまう。

 ならば、質が良く感度が高い商品をじっくり時間をかけた接客で売っていくという中小の専門店らしい手法で対抗すれば良いのである。そうなると、今度は中小の専門店がJR九州から収奪する番になるかもしれない。
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陶器を売る意味。

2016-05-04 06:18:46 | Weblog
 ビームスが4月28日、東京の新宿3丁目にあるビームスジャパンを改装オープンした。地下1階から地上5階までの6フロアで、日本をテーマに匠の技からサブカルチャーまでを発信する。商品は食、銘品、ウエア、コラボレーション、カルチャー、アート、クラフトのカテゴリーで構成し、「日本の様々なコンテンツをキュレーション(評議)」して提案するという。

 ビームスは今年で創業40周年を迎えた。セレクトショップとして磨いた目利きの力を生かし、ウエア以外の商材も大々的に販売していく姿を見せつける。また、東京を訪れる外国人旅行客には日本文化が理解されてきており、匠の技が息づくメイドインジャパンは、インバウンド消費の一部になっている。ビームスジャパンはそんな意思を表明するかのように映る。

 全国から伝統工芸品や日用品、食品が集められ、観光地の御土産物店を彷彿させるような売場。見た瞬間、以前に雑誌のブルータスがよく特集したラインナップにも似ていると感じ取れた。

 このテイストは知る人ぞ知るが、外国人や若者にとっては新鮮に受け取られるはずである。5階のフェニカはなおさらそうだ。ギャラリーと工芸品を主体にした売場で、益子焼などの陶器を見ると、かつてビギグループが東京の広尾に出店していた「陶屋」を思い出した。

 陶屋は、「サイドボードに飾っておくしかないほどに高価な芸術品では困るし、さりとて無表情な器では飽きがくる。使いやすくて美しい日常食器を自分が欲しくなって窯元に作ってもらいました」が、開発意図だったと記憶している。筆者のようなDCブランド世代にとっては、あのコンクリート打ちっぱなしの売場にポツンと置かれた陶器が、今も強く印象に残っている。

 ビームスジャパンのフェニカは、陶屋ほど無機的ではない。だが、欧米の雑貨店のように商品を機械的かつ整然と並べたところは、ギャラリーと言いつつ「売りにいく」姿勢が感じられる。新宿という高コスト立地に構える店だけに発信拠点と謳いながらも、ある程度の収益が見込めなければ、「失敗」となることを覚悟しているのではないか。

 では、洋服全盛時代になぜ、なぜDCアパレルが陶器に進出したのかである。ビームスは小売業だから、陶器は完全仕入れになる。

 しかし、陶屋は仕入れ商品もあったが、オリジナルの陶器が大半だった。これはメイドインジャパンやジャパニーズカルチャーといった日本礼賛で生まれたものではない。確固とした経営戦略の中で考え出された商品政策の一つである。ひと言で言えば、「どんなものを作れば売れるか。カネが儲かるか」だ。

 日本各地に点在する窯元は、伝統技術や様式を駆使する陶芸家を擁し、ある程度の知名度、ブランド力を持っている。佐賀の有田焼や伊万里焼、中国の備前焼、近畿の京焼や信楽焼、関東の益子焼、北陸の九谷焼等々。筆者の地元福岡では高取焼や上野焼が有名だ。そこでの窯元というブランドを下敷きに、全国に販路を拡大するというビジネスは、DCアパレルとも共通する。

 ただ、香蘭社が作り出すような商品、展開するような売場では、若い感覚にはフィットしない。DCアパレルと同じような都会っぽい雰囲気とアーティスティックな感性が必要だった。つまり、ウエアの代わりに置いても、十分に成り立つ。そんな商品やショップが作り出されたのである。

 メディアもウエアと並行して情報を発信してくれた。場所が東京の広尾だったこともあり、瀟洒なショップイメージは研ぎすまされていった。周辺に住むマンション族がマチスやカンディンスキーのアート、マッキントッシュの家具と一緒に陶器を購入していったのではなかったかと思う。

 商品とそれを売るショップがブランド力を持てば、商品が代わっても店舗はそれなりに販売力を維持できる。陶器もそうだろう。今では雑貨店の主力アイテムになっているが、当時は専門店や百貨店の商材で、購入客も中高年だった。だから、DCアパレルとしては新たな市場開拓のために参入する価値はあったということだ。

 当然、そこではビジネスモデルの構築が重要になる。条件の一つがマーチャンダイジングだ。窯元、陶器メーカーが作るような、言ってみれば、親父の骨董趣味、鑑定団ライクな商品では新たなターゲット、市場は開拓できない。

 若者や若い感性をもつ人々に売るには、やはりライフスタイルにマッチしたアイテムやデザインが重要だった。店舗を持ったのは、売場の声やお客の反応が商品づくり=陶製に反映できることもあったのだ。

 ビギグループの場合は、いくつものブランドを企業化する分社経営を主眼とした。これはビギのデザイナーだった菊池武夫氏が独立した時、経営側が危機感を感じてとった対応策である。デザイナーの知名度だけにおぶさっていると、去られた時に痛い目にあうとの教訓からだ。

 だから、デザイナー名を表に出さないキャラクターブランドも持って、リスクを回避する。陶器のブランド化もそれに近い政策だったと言える。

 もう一つの条件が、利益率である。安い原価に高い売値が付けられ、儲けが大きい業種。つまり、陶器は原材料が土であるから、原価は限りなく低い。

 当時のDCアパレルは、ジャケットで4~5万円くらいはした。今の5倍~8倍である。メイドインジャパン全盛で素資材も国内産とは言え、原価率は30%程度。いかに儲かったかがよくわかる。オリジナルで作る陶器なら、なおさらだろう。

 翻って、ビームスの場合はどんな本音があるのだろうか。コアなファンへのメッセージ性としては、ビームスのフィルターを通したメイドインジャパン、銘品の集積を謳った方が聞こえは良い。ただ、ビジネスを考えると、収益性を重視するのは当然である。セレクトショップが進化して行く中で、陶器でどれほどの利益をとっていくのか。バイヤーサイドでは重要な事柄であるのはいうまでもない。

 まずはどれほど売れるかを見極めながら、仕入れる商品、はてはオリジナルの企画、発注にも踏み込んで行くのだろうか。

 ビームスというブランド力は絶大だ。「ビームスがセレクトした陶器はこんな感じ」。ファンにとっては商品に対するイメージもだいたい確立している。それらを下敷きにして、いかに新たなターゲット、市場を開拓できるか。メイドインジャパンや日本文化を打ち出しすだけの業態では、為替が円高に振れ始めた状況、そしてインバウンド消費が去った時、ジリ貧になるのは目に見えている。

 フランフランを展開するバルスは、以前に和物の商材を扱う業態「ジェイピリオド」を展開していたが、こちらはSPA化に失敗した。ビームスにとっての反面教師は、いくらでもあるということだ。

 人口減少、マーケットの縮小で、あえて日本礼賛を打ち出しても、それほど市場が反応するとは思えない。だからこそ、ウエアに代わる商材としてのライフスタイル提案の方が重要なのである。

 インテリアやオブジェとしての陶器をどこまで定着できるか。イケアや無印良品といったプチプラのテーブルウエアとはどこが違うのか。セレクトショップでウエアは買っていても、茶碗や湯のみは100円ショップで十分という客層にどうアプローチして行くか。いろんな課題が見えてくる。

 ただ、1店舗くらいではそれほど利益は出ないと思う。軌道に乗れば、フォーマット化して大都市展開の業態に位置付けるのか。既存の陶器売場を活性化したい百貨店などからも、引き合いがあるかもしれない。

 陶器=割れる=消耗品だから、高い物は必要ないというマスマーケットとは対極にある市場。「純粋にアートやオブジェとしてもライフスタイルに取り入れよう」「せっかく美味しい食事をするのだから、テーブルウエアにもこだわりたい」「私の料理ブログの陶器はビームスジャパンで調達したもの」。こんなSNSでの会話がこれから一般的になっていけば、ある程度の市場ができたことになる。

 セレクトショップが若者の服離れで分水嶺にある今、ライフスタイル提案をより鮮明に打ち出して行くことが不可欠なのは言うまでもない。食の部分からアプローチする陶器は、ある意味、食以外にもいろんな可能性をもつと考えられる。売場に並べるウエアが頭打ちになっているだけに、やり方次第では大化けするかもしれない。今後も注目して見ていきたい。
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潰れる前にできること。

2016-04-27 07:45:53 | Weblog
 帝国データバンクから2015年度のアパレル関連企業の倒産件数が発表された。それによると、倒産は前年比6.5%増の311件で、東日本大震災が発生した11年度以来4年ぶりに300件を上回ったとのことだ。

 データは負債額が1000万円以上、法的整理のみで、メンズ&レディス、子供、下着類の卸・小売りが対象になっている。テキスタイルや加工業者、1000万円以下の倒産、私的整理などは含まれていないので、これらを加えると倍以上に達するのではないかと思う。

 震災など大規模な災害で経済活動が沈滞すると、自己防衛による買い控えなどが影響して、卸も小売りも売上げ不振に陥る。ただ、東日本大震災から4年を経過し、売上げ回復が叫ばれていた中での倒産増加は、アパレル業界の需給バランスが完全に崩れていることも指し示す。売れないのに商品や店ばかりが多過ぎるのである。

 帝国データバンクはアパレルメーカーや問屋といった卸の倒産理由に「円高によるコスト上昇」と「消費低迷」を挙げている。しかし、消費が低迷するのは、コストを吸収できず、売れる商品が生み出せていないこともあるのではないか。

 確かに構造的不況によるデフレで、1着数万円もするような服はなかなか売れない。商品が売れないと、価格は下がっていくが、卸としては利益を確保しなければならないからコスト下げて原価率を圧縮する。当然、円高でコストが上がれば、粗利益が減って儲けが少なくなる。

 でも、こうしたビジネスはどこでも考えつくから、1着数千円の商品を作るところが次々と登場し、市場には同じような商品が出回ってしまう。その中で、儲けが少なくても耐えうる体力をもつところは生き残れるが、競争力がないところは受注不振に陥って、次第に体力を奪われていくのである。

 思いきって卸としての方向性を変えることもありかと思う。でも、企画スタッフから入れ替えてガラッと変えてしまえば、既存の取引先は迷うだろうし、営業サイドも売りにくくなる。だから、経営者にはどうしても迷いが生じ、決断のタイミングを逸してしまう。言うは易しだが、行動は難しである。気づいた時はもう手遅れなのだ。

 卸の自己責任だけとも限らない。取引先の小売店の経営悪化もある。手形のサイトを先延ばしされたり、買い取りをやめて委託に変えてきたり。次々と系列店を閉鎖し、スタッフも削減したり。経営が厳しくなると、様々な手を取らずにはいられない。それをいち早く察知した卸が取り引きをやめて商品を卸さなくなると、インターネット問屋を使って商品を探しまくる。こうなると、すでに末期症状だ。

 それでも、「長年のお付き合いがあるから」との温情で取り引きを継続するところは、売掛金を回収できず、連鎖倒産の憂き目にあうところもある。ドライになれない卸は、影響をもろに被ってしまうわけだ。

 一方、小売りの倒産は消費低迷が一番の理由かもしれない。だが、こちらも商品が売れないのは、卸が同じような商品ばかり企画するため、仕入れる商品が似通って来てどの売場も同質化してしまうこともある。似たような商品なら、お客は価格が安いお買得な方を選ぶか、買い控えるかのどちらかだ。同質化による埋没を避け、積極的に商品を手当てしたり、既存の品揃えでも販売や見せ方などで工夫するところは勝ち残り、そうでないところは潰れていく。小売りの宿命なのである。

 私事だが、昨年5月、叔母が経営していたレディス専門店の倒産した。創業50年の老舗だった。負債額1000万円以上で、弁護士を立てて法的整理を行った。帝国データバンクの倒産情報でも公開されており、311件中の1件に入る。

 負債総額は数億円だった。メーカーへの売掛金、賃貸店舗の家賃、従業員の給料、出店投資の借り入れ残等々があったと思う。バブル崩壊とマーケットの変化で、売上げはどんどん下がり、シャッター商店街を訪れるお客はまばら。一見客はほとんど来ない。来たところで専門店系アパレルの高額な商品など買う由もない。

 地域専門店にとって創業の地への思い入れは人一倍強い。経営が厳しくなれば、リストラが必要なのだが、中々踏み出せない。お客が来ないことはスタッフが何よりわかっている。「系列店を閉店して、本店のみに絞ってはどうですか」。スタッフの方から提案された意見に、経営者は「それはできない」とあっさり拒否したという。

 商栄会からは商店街の火を消さないでと、懇願されていたこともあるだろう。地域との柵があればあるほど、リストラは遅々として進まない。結果、負債は積もり積もって、億単位に及ぶ。その時はもう遅いのである。倒産のニュースを見る度に、いつも思うのだが、もっと早く手を打てなかったのかと。やるべきことはいくらもあったはずだと。卸にも、小売りにも言えることだ。

 卸が経営不振に陥らないためには、計画と販売後の2段階できめ細かく対策をとらなければならない。計画段階では、情報収集が何よりも重要になる。卸先の小売店をはじめ、業界全体、ライバルメーカーの動向や分析を行うことだ。計画とはシーズンの計画作成と服種や構成比率である。利益がとれる売り筋商品を作り、価格やプライスラインを明確にする。自社の中心価格は◯◯◯◯円と設定することがとても重要になる。しかも、いつまでその商品を引っ張るのか、である。

 卸営業の段階になると、バイヤー側は価格を重視する。あまりに高いと仕入れを迷うが、安過ぎても売上げ、利益とも取れないと二の足を踏む。大まかな予算枠があるだろうから、ごり押しはできない。筆者が勤めていたアパレルでは、「企画の段階で、この商品なら◯◯◯◯円はとれるはずと自信が持てるなら、その8掛けくらいで作る努力をして価格に反映する」と、 社長が常々言っていた。そうすると、バイヤーも感じてくれるはずで、仕入れ枚数が増えていきやすいからだ。

 もちろん、商品力は下げられない。潰れた卸の多くが経営体力を失っており、それが商品に現れていく。しかし、卸にとってもの作りは生命線だ。色、柄、デザイン、素材、サイズの劣化が商品力を下げていく元凶に他ならない。

 筆者が勤めていたアパレルも、商品が売れているときはこのような計画をさほぞ気にも止めず、独立独歩でもの作りを進めていた。しかし、経営が傾いて改めて「もっと緻密な計画が必要だった」との社長談を、辞めた後に人伝に聞いた。

 小売り店側の対策はどうだろうか。基本は卸とは逆の立場になるから、ここではあえてふれない。倒産理由である消費低迷は景気や増税の影響によるものだが、お客が求める商品がないこともある。だから、この際、仕入ればかりに頼るのではなく、商品づくりも考えていかなければならないと思う。
 
 小売りにとっての商品づくりは、ものづくりから処理に至るまでの仕組みが重要だ。仕入れオンリーでは損益分岐点が高いから、SPAでない成り立ちにくいとの意見もある。だが、まずは中小の小売りは卸から仕入れという形をとる中で、どんな商品が作り出せるかを考えることだと思う。そのためには販売期間、単品管理、最終処分、ロスの責任などあらかじめ決めておかなければならない。
 
 当然、取り組むメーカーや卸を絞り込み、アイテム別、ゾーン別で設定する。深く取り組めば組むほど、相手も小売りの意図を理解してくれるし、クオリティもさらに上がっていくはずだ。ある程度のシェアをとれば、生産の面で融通が利くだろうし、小売りにとっても安定したデリバリーにつながると思う。

 作る商品は自店が強いアイテムに絞り込んだ方が良いと思う。それに加え、素材、デザイン、価格、色も限定し、量を売りながら、確実に売り切って粗利益を確保する。カギになるにはメーカーや卸と綿密なコミュニケーションをとること。ネットでのやり取りするだけではなく、卸と一緒に工場にまで入り込んでスペックを詰める覚悟もいるだろう。

 小売店が倒産するのは、他と差別化できずに埋没するケースが多い。だからこそ、同質化を早めに察知することが重要で、危機感をもちそこから脱することが、倒産を回帰することにつながる。商品づくりは決して大手にしかできないわけではない。小売り側からの提案、取り組むスタンス、買い取る量がしっかりしているなら、対応してくれるメーカーや卸はいくらもあるはずだ。お客さんに一番近いのは店頭なのだからである。
 
 セオリー通りに商品を企画し、展示会、ルート営業で卸販売する。売れれば期中にフォローし、不振在庫を抱えれば粗利を削って叩き売るだけの卸。展示会に出かけて、商品を見つけて仕入れ、売場で編集して販売するだけの小売り。それでは立ちいか無くなっているところが倒産に突き進んでいく。その結果が昨年は300件以上もあったということだ。
 
 プロモーションの仕事をしたあるアパレルメーカーの社長がこんなことを言っていた。「キミたちは服を売るのに『表現』にこだわるけど、『売れる表現』はちゃんとあるんだよ」。売上げは全てを物語るということだ。このメーカーは業界が厳しい中で、倒産などどこ吹く風と頑張っている。

 卸も小売りも潰れる前にもっとできることが、いくらもあるのではないか。それに取り組むか、取り組まないかが存続できるか否かの分岐点になると思う。
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天災に優るものはなし。

2016-04-20 14:26:43 | Weblog
 熊本市を地震が襲った。4月14日に午後9時26分頃にマグニチュード6.5、最大震度7、16日1時25分頃にはM7.3、同6強の地震が発生。現在も余震は続き、死傷者、建物倒壊などの被害は増えるばかりだ。今回のコラムは、現地の状況をルポしながら、地元ファッション業界、九州全体への影響を考えてみたい。

 筆者が現地に入ったのは、4月19日。原稿の締切や夏場の企画に追われ、余震も続いていたので見合わせていた。おそらく熊本の人々がこれまでに経験したことのない未曾有の大震災だと思う。マスメディアは被害が深刻な益城町や南阿蘇を主体に報道するため、毎度のことながら被災格差が生じてしまう。だからこそ、現地に行けば、中心商店街、ファッションストリートが受けた被害が決して少なくないことがよくわかった。

 被災の状況がよりわかりやすいように、熊本のファッションマーケットやエリア構造を簡単に解説しておこう。

 熊本市の中心市街地は、熊本城が見下ろす通町筋を中心に形成されている。上通、下通という2つの商店街を分けるように電車が走り、軌道の北側に上通のアーケード、鶴屋百貨店が運営するファッションビルNew-Sがセレクトショップやブランド店をリーシング。西側にはB&Yユナイテッドアローズやビームスが路面展開している。

 南側に鶴屋百貨店本館、東に東急ハンズなどを擁する鶴屋新館、下通り入口脇にはパルコがある。下通は南に数百メートル続き、ザラなどの海外ブランドも出店、大火災を起こした大洋デパート~旧ダイエー城屋の跡では、天神ヴィオロの熊本版が建設中だ。 通りの東側には破綻したスーパーの寿屋から派生した不動産会社が旧店舗を活用して運営するカリーノがある。

 アーケードが切れる先は、30年前にファッションストリートとして一世を風靡したシャワー通り。L字に曲がった新市街を抜けて電車通りを渡ると、旧熊本岩田屋~県民百貨店は更地になって再開発を待つばかりである。

 一方、上通は商店街に老舗専門店が軒を連ね、アーケードが切れる並木坂、東側の上乃通りの路地裏、横町には若手経営者のショップや飲食店が数多く立ち並んでいる。

 ただ、中心商店街に買い物に来るお客は、周辺に住む高齢者や通勤するビジネスマンやOLと20代前半の若者。経済の中心は郵政省などの出先機関など官公庁が主体、民間企業は少ないことから、マーケットとしての規模はそれほど大きくない。

 それでいて、郊外の住宅ラッシュで、SCやロードサイドショップは増えている。熊本第2の都市,八代市近郊には旧ダイヤモンドシティ(現在はイオンモール宇城バリュー)が九州で初めて出店。現在は市内にイオン八代ショッピングセンター、ゆめタウン八代も出店する。この他に地震で被害を出した上益城郡嘉島町にはイオンモール熊本、宇土市に宇土シティ、北部の菊陽町にゆめタウン光の森と、SCが乱立する。

 これらにディスカウントストアやドラッグストアが加わってマーケットを捕食。さらに福岡まで高速バスで2時間の距離から持ち出しは、年間で100億円以上とも言われている。行政の再開発事業も大した効果はなく、市内に大型客船が着ける港がないため、訪日外国人の爆買いもほとんど見られない。中心商店街はかつての賑わいを取り戻すどころか、高齢者の日常の買い物と一部の若者によるファッション消費しか集められない構造に陥っている。

 ところが、ファッション傾向については、福岡に対する対抗意識が強い。それゆえ、福岡のトラッド志向に対して、熊本はレアなブランド志向が顕著だ。裏原よりも先にストリートにスポットを当てたシャワー通りをはじめ、最近の並木坂や上乃裏通の隆盛もそうした意識からだろうか。業界紙誌に堂々と「熊本はセレクトショップ生誕の地」とまことしやかに書かせるのは、それだけファッションでは他に負けたくないという「肥後もっこす」「わさもん」の現れかもしれない。

 しかし、今回の地震では、そうした反骨精神は何の役にも立たず、新しいもの好きも地震対策には生かされてはいなかった。というより、ハード面での整備が立ち遅れていた点がもろに出た格好だ。中心市街地に立つビルや建物の多くが阪神大震災前に建設されたもので、基礎、柱脚や筋交いの強度、耐力壁のバランス配置が新耐震基準に達していなかったと思われる。

 今回、そうした施設や店舗がかなりの影響を受けている。アーケード天井板の落下や湾曲、民家を改築した店の壁や屋根瓦の破損、道路の亀裂や陥没、シャッターや窓ガラスの大破など、ほとんどが大なり小なりの被害を受けている。上通と並木坂、上乃裏通は被害が酷く、下通の店舗もほとんどが休業している。被害を受けなかったところも建物が立つ位置や地盤との角度から免れたわけで、たまたま良かったというのが正解だろう。



 では、代表的な店舗の被害状況を見ていこう。セレクトショップの代表格、「ベイブルック」は上林町にある本社ビルは仮囲いがついたままで外観さえわからない。上通の旗艦店はシャッターが降りたままだが、外から見ただけではそれほどの災害は感じられないが、春竹町のアルファ東などは店舗自体に破損が見られた。しばらくは全店で休業のようである。(20日から路面店8店で、時間限定で営業再開)


 
 同じ上通にあるインポートセレクトの「モーヴドゥーエ」。こちらもシャッターが閉じられ店舗は休業。商店街のアーケードや通路が所々で被災しているため、単独での再開は難しそうである。鶴屋百貨店が運営するNew-Sも休館。店頭の公開空地では訪れる度に何かしらのイベントが開催されているが、その中止を告知する手描きの紙が空しく柱に貼られていた。




 ただ、電車通りに面するビームスは地震の影響ははとんどなかったようだ。19日は営業していたが、こんな状況で洋服を買いにくるお客はいるはずもないから、スタッフが暇そうに話している姿だけが見られた。その手前のB&Yユナイテッドアローズは店舗自体の被害はないようだが、ビルのアウネがエレベーター、エスカレーターとも機能が停止、復旧工事業者のスケジュールも調整がつかない状態という。




 鶴屋百貨店は本館、東館、ウイング館のすべてで休業。さすがに今回ばかりは、電通のコピーライターに頼んだ社員の意識改革、自己革新を続ける組織づくりは、柱の突っ張りにもならなかったようである。通りの入口脇にある熊本パルコも休館。ビルと接合するアーケードの天井が折れ曲がるほどだからかなりの衝撃だったと推察できる。もし、開館中だったらお客さんにも相当の被害が出たのかもしれない。パルコがどれほどの危機管理をしているのかは知らないが、今回は不幸中の幸いだったと言えるだろう。



 下通を入ってすぐの右手には「マルタ號」のビルがある。メディア露出がやたら増えている「ファクトリエ」の母体である専門店だ。こちらも1階のテナント共々休業していた。 ファクトリエ自体は商社、卸系だから物販ほどの影響はないと思う。その先、左手にあるザラも、当然のことながら休業。斜向いにあるダイエー城屋跡の再開発ビルも鉄骨が組み上げられているが、まだまだ余震が続いているだけに工事が計画通りに進むかは予断を許さない。





 下通、新市街を抜け、電車通りを渡った先の産業文化会館跡地は、広場として開放されていたが、それが今回の地震で避難場所に様変わり。西側の県民百貨店で進む大型商業施設の計画にも影響が出るのは間違いない。耐震構造など地震に強いハードづくり、被災時の避難誘導などのソフト面などが改めて浮き彫りにされた。こうした課題を克服しない限り、テナントリーシングも進まないのではないかと思う。

 その他、知り合いのアパレル会社が展開する雑貨店も休業に追い込まれていた。出店するイズミのゆめマートが被災し、まだまだ余震が続くため、デベロッパー側からの要請があったのかもしれない。

 電車通りを健軍方面に向い、県庁通りから自衛隊西部方面隊基地横を抜けると、遠くに益城インターやグランメッセが見えてくる。今回の震災でいちばん被害が大きかった益城町に近づくに連れて、幹線道路に面するビルの被害は酷い。安普請なのか、老朽化なのかはわからないが、壊れたままでは営業の再開は無理かもしれない。

 インターに近いさくらの森ショッピングモールは、核テナントにスーパーのハローデイやホームセンターのフタバが出店する。ハローデイは入口のドアが折れ曲がり、ガラスは大破。まだまだ震度3以上の余震が続き、益城町の住民は買い物どころではないだろうから、当分営業再開はできないと思う。



 その他、ショッピングモールではゆめタウンが全館休業。イオンモールも変則営業を余儀なくされている。これらにはユニクロやグローバルワーク、無印良品といった全国チェーンの大型店が出店しているので、売上げへの影響は少なくない。客数、売上げともに減少しているユニクロにとっては、泣き面に蜂となるのだろうか。

 筆者が熊本市内から郊外にかけて見て回った被災の状況はざっとこんなものである。ただ、影響は熊本に限ったことではない。筆者が住む福岡市も21日には博多マルイが開業するし、月末からはゴールデンウィークに入る。大型休暇の間にはどんたくも開催されるので、福岡は県外からの集客に弾みがつくはずだった。

 しかし、交通手段では九州自動車道が熊本の植木インター以南が通行止めで、福岡熊本間の高速バスは全便運休。新幹線も車両の脱線、橋脚の破損、線路の隆起などで、博多から新水俣までは運行停止で、再開の目処は立っていない。おそらく新幹線はゴールデンウィークには間に合わないかもしれない。

 JR博多シティはこの春にテナントを入れ替え、今年も増収増益させる計画だったはず。それがいきなり躓いた形だ。出店するブランドのほとんどはネット通販に対応しているため、実店舗の集客が厳しければ何らかの対応は取れる。しかし、デベロッパーにとっては店舗の売上げが上がらなければ、歩率家賃が入って来ない。それだけでなく、旅行客が買って帰るお土産需要が減少することも避けられないだろう。鉄道が麻痺すれば、駅ビルへの影響は必至ということである。



 JR九州にとっても、ゴールデンウィークは書き入れ時で、新幹線はドル箱でもある。それを見越して、この春にはタレントのローラを起用し、鹿児島旅行のキャンペーンを張っていた。博多行きには大した販促をしなくても乗客はあるが、観光が主体の鹿児島にはある程度力を入れないと乗客は伸びない。それでなくても鉄道事業単体は赤字だ。それに輪をかけるように今回の震災。物販や不動産が好調なために収益は上がって来たが、いい事は長続きしないというのが神の摂理でもある。この辺が潮目なのかもしれない。ともあれ、広大なマーケット設定、広域商圏、広域集客は非常にリスクが高いということがわかったのではないか。

 そうは言っても、鹿児島キャンペーンでは代理店に多額の広告費を払っているはず。それが今回の震災で全く当てが外れてしまったわけだ。広告業界は大災害に見舞われると、CMの放送を自粛する。ローラのCMも地震以来流れていない。ローラ自身もため口、父親の犯罪、今回の震災と、ネガティブな話題には事欠かない疫病神キャラになってしまった。クライアントには今回のケースで起用リスクというより、 ジンクスとして受け止められたのではないだろうか。

 こうした悪夢を払拭するため、九州新幹線開業時に制作費を格安であげ、広告賞をとったあのCMを復活させようなんて話も聞かれる。それをJR九州が言い出したかどうかはわからない。ローラのCMが放送中止でお蔵入りになったから、代理店が媒体料を稼ぐために苦肉の策で提案したとも考えられる。それをパブリシティで九州のテレビ、ラジオ各局に振れまわさせているのではないかとさえ思えてくる。

 筆者は2005年3月20日の福岡西方沖地震で被災した。その日は休日だったにも関わらず、天神コアのショップスタッフの撮影があり、8階にある管理事務所に入った瞬間だった。 打ち上げ花火があがるような「シュルシュル」という音とともに、「ドン」と突き上げる衝撃でビル全体が大きく揺れた。とても立っておれず、事務所のカウンターにしがみついたのをはっきり憶えている。

 当然、大名にある当事務所も惨憺たる有り様だった。パソコンや液晶テレビの画面が破損し、シェルフやチェストは倒れてデザイン本や資料が散乱。撮影用の小道具にストックしていたカップやグラスもほとんどが割れ、足の踏み場もないほどだった。だから、10年以上が経過した今でも、震災は他人事とは思えない。

 今回の震災は交通網が寸断されているので、アパレル工場や材料の供給でもかなりの影響が出ている。でも、起きてしまったことは仕方ないし、天災に対して人間は何と無力なのかもわかっている。復興の兆しは少しずつ見えているが、まだまだ時間はかかりそうだ。個人的にも東日本大震災の時と同様に、何らかの業界支援をしていきたいと思う。
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