最近、役員にシステムの話をするとき、クラウドを話題にすると
「そんな最先端のことに気を取られずに、もっと足元のことに注力しろ。」
と言われたり、クラウドの話をしなかったらしなかったで、
「クラウド・サービスとの比較をしたのか。」
と言われたりで、正にクラウドは『トホホ』のトレンドだよ。
と嘆いたり、ぼやいたりしているシステム担当者も多いのではないでしょうか。
クラウド・コンピューティングは今、トレンドであり、IT界ではどこでも話題に上ってくるし、“クラウドを導入しなければ時代遅れだ”と言わんばかりにセールス攻勢が激しさを増してきています。
このような状況の中、自社ではクラウドをどう捉え、どう考えているかを固めておけば、IT素人の上役の発言に振り回されることもなくなるのではないでしょうか。
クラウド・コンピューティング(cloud computing)とは、サービス提供会社がインターネットを介して提供する情報システム機能を、それらが格納されるサーバを意識することなしに利用できる形態を表す言葉です。
インターネットでのネットワークを図示するのに雲状の絵を使うことからきた表現です。雲の中にはハードウェアやソフトウェアの実体がありますが、その中身は『気にしなくてよい』というイメージです。
過去から在るグリッド(grid)、SaaS(Software as a Service)、オンデマンド(on-demand)、ユビキタス(ubiquitous)などとどう違うのでしょうか。全てクラウド・コンピューティングの範疇に含まれると言って良いでしょう。
それではなぜ今クラウド・コンピューティングに注目が集まっているのでしょう。
クラウド・コンピューティングの普及を推進する要素は以下のようです。
①テクノロジーの高度化
ネットワーク速度が遅く、利用料が高額だった時代には、サーバをできるだけ利用者の近くに置くことで応答性を向上し、ネットワーク・コストを削減することが重要でした。
しかし、今では、ネットワーク回線が高速化され安価になったことから、サーバを社外・遠隔地のデータセンターに置いても十分な性能が確保できるようになっています。
②人件費の削減
情報システムのコスト面における最大の課題は運用面での人件費です。
人件費を削減するためにはサーバをできるだけ集中して、少人数で運用・管理することです。運用管理すべきサーバを多く持っている企業にとって、複数の企業から集めた多数のサーバを集中管理し、サービスとして提供してくれるクラウド・コンピューティングの在り方はコスト的に有利になると考えられます。
ただし、保有サーバ数が一定以上の数量に達していない企業にとっては、コスト高となります。
③情報システムの柔軟性、俊敏性の確保
自前でシステムを構築するよりも、求める機能次第では、他社が提供する既存Applicationをサービスとして利用する方が安価で即時性があるなど有利な場合があります。
ただし、カスタマイズの範囲が少なくて済む既成のApplicationをライセンス購入し、自前のサーバで運用する方が安く付く場合もありますので、要注意です。
ユーザーが雲の中身を気にせずにサービスを利用できるのがクラウド・コンピューティングのポイントですが、それでも雲の中身が少し気になります。
最下層は、クラウド基盤層で、サーバやストレージのハードウェア機能を提供する層です。仮想化テクノロジーによる柔軟な構成変更、データセンターによる堅牢な運用などが求められます。
その上の階層はクラウド・サービス提供層です。クラウド上のアプリケーションを提供するための基本的サービスを提供する層です。この層に対するインターフェイスはWeb APIと呼ばれることがあります。
最上位階層はクラウド・アプリケーション層です。エンドユーザーが利用できるアプリケーションを提供する層です。SaaSはこの階層に属します。ここでのアプリケーションは、企業向けの業務アプリケーションの他、ワープロやスプレッドシートなどのオフィス系アプリケーションやコラボレーション系のアプリケーションなど多くのアプリケーションがあります。
特定の階層(例えば、基盤層)をサービスの対象とするインターネット・データセンター事業者もあれば、GoogleやAmazonなどのように全階層を提供サービスの対象とする会社もあります。
一般事業会社向け市場では、 SaaSに代表されるようにクラウドは着実に普及しています。
しかし、大企業や中堅企業においては、特に、業務の根幹を支える基幹系システムでは依然としてシステムを社内に導入して利用する形態が一般的です。
基幹系システムでは、高い信頼性が要求され、障害の早期回復や関係者が集って、発生した問題の再発防止策の検討・構築などが求められます。
残念ながら、現在のクラウド・サービスではこのような運用要件に応じる業者はありません。障害が発生すれば、できるだけ早く回復できるよう努力するが、もし回復できなければ、
只ただ「御免なさい」
謝ってもユーザーが治まらなければ、ペナルティとして利用料金を返金するというレベルの契約になります。
本題に戻りましょう。クラウドの説明を延々としましたが、クラウドを勧める側の前提・理論は以下のような内容ではないでしょうか。
○運用管理の負荷の軽減や管理業務の最適化は、あらゆる企業にとって重要な命題
○十分な予算や人員が確保しにくい中堅・中小企業にとって、運用管理の質を向上させる負荷に耐えられない。
○内部統制のために現状の情報セキュリティレベルを向上させなければならず、管理業務が増え続けている。
○このような状況の中、SEやCEといった情報システム技術者ではない“PCに少し詳しいだけの人”が運用管理者になっている場合が多い。
○支店や営業所では運用管理者が不在で、十分な管理ができていない。
○こんな体制では、十分な運用効果が得られず、トラブルが発生すると、問題を切り分けて原因を突き止めるのが非常に難しくなる。復旧までに長い時間と工数が掛かる。
○更に、サーバのダウンやネットワークの停止など、業務全体に関わる深刻なトラブルが発生すると、対応できない。損失の拡大に繋がる。
○そこで、このような問題解決には、システムやネットワーク全体の“見える化”と優れた管理ツールが必要であり、専門的な運用管理者も必要となる。
しかし、これらを実現するには多額の費用が必要となる他、運用管理者の負荷も膨大になる。
この運用負荷を軽減し、或いは運用管理者そのものを不要とし、安価に問題解決を実現するには、社内のリソースを運用管理サービス会社に預けて統合的に管理してもらうクラウド・サービスを選択すればよい。
果たしてそうなのでしょうか。
企業におけるクラウドは、システム要件が緩やかで、且つ、導入を迅速に実現することを最優先と要求された、一時的なApplication利用に限られるのではないでしょうか。
自前主義が全く不要になることは無いと思います。
企業はどんなApplication、機能をクラウドで賄えるか、逆にクラウドを利用できないシステムはどれかを明確に切り分け、この両者の組み合わせで上手に情報システムを構築・運用していくことが肝要だと思います。
結果として、クラウドを利用しないという選択もあると思います。
情報システム部門がなく、専門的技術者を擁していない会社にとってクラウドは有効です。
しかし、トラブル対応、特に復旧や再発防止策について、契約範囲内での金銭的賠償以外の保証は期待できません。
情報システム部門があり、技術者を配置し、開発・運用・管理を行っている企業にとっては、クラウド・コンピューティングをメインに置き換えるのは非常にリスキーだと思います。冒険しても構わないような機能について部分的に導入する程度だと考えられます。
恰も全ての情報システムが瞬く間にクラウドになるというような、無責任な巷の予測は無視すればいいのであって、IT素人の上役には情報システム部門の揺るがざる方針・理由を丁寧に説明すればいいと思います。