教育史研究と邦楽作曲の生活

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子ども・子育て新システムについての一考察―「幼稚園と0~2歳児保育」という問題

2012年03月02日 23時55分55秒 | 教育研究メモ

 本日3月2日、政府の少子化社会対策会議で子ども・子育て新システムの関連法案の骨子が決定したそうです。この問題は、現代日本における乳幼児の保育をどうするか、幼稚園と保育所とをどうするか、という問題です。
 どうも、新システムの成立を急ぐあまり、この問題に対する幼稚園側の消極的動向をいぶかしがる傾向が一部にあるようです。ただ、幼児教育・保育の実際について理解しないで制度・政策レベルで形式的に考えるだけでは、この問題を本当に解決することはできません。ましてや、幼児教育・保育の実際を無視して「大局的視点から賛成を!」などと言うのは、「決めたら後は現場で何とかしろ」と言っているのと同じであり、あまりに無責任です。
 この新システムのキーポイントの一つは、幼稚園が0~2歳児を受け入れるか否か、というところにあります。幼稚園が今受け入れていない0~2歳児を受けいれれば、待機児童の問題が一挙に解消できる、という考え方があるため、重要な問題となっています。今日は、この問題について少し考えてみたいと思います。

 まず、0~2歳児を受け入れるには、適切な量と質の人員・施設・設備などを揃えなければなりません。幼稚園が0~2歳児を受け入れるには、これらの増員・増設が必要です。そのための費用はかなりかかります。この費用を捻出するには、公的な補助金が不可欠ですが、現実的な財源確保の目処は実質たっていません。増税によって財源確保するといっても、増税が税収減につながる可能性が高く、仕分けなどの歳出削減が積極的に行われている現在、実際にやってみて難しければ、「はしご」を外されかねないのです。そうなっては、幼稚園は立ちゆかなくなってしまいます。幼稚園が立ちゆかなくなって困るのは、幼稚園だけでなくて、子どもであり、その保護者です。
 以上のように見てくれば、「財源はまだ確保してないが、とにかく幼稚園に0~2歳を!」と求めるのは、「0~2歳児をきちんと保育する用意がなくても、とにかく預かってくれればそれでよい」と言っているのと同じことだとわかります。0~2歳児の保育の留意点は、3~5歳児保育とはかなり異なっており、ものによってはより難しい点もあります。0~2歳児の保育は、ちょっとやそっとの研修や設備補修では対応し切れない、難しい仕事なのです。現幼稚園に人員・施設・設備投資の補助をしっかりしないで受入を要求するのは、0~2歳児の保育について何もしらないで言っているか、「0~2歳児の保育は3~5歳児よりも簡単だ」と勘違いして言っていると思われても仕方ありません。
 3~5歳児の保育については、幼稚園側も自信をもっているはずですが、経験のない0~2歳児の保育となるとそうはいきません。0~2歳児保育に躊躇する幼稚園は、むしろ幼児教育・保育について誠実に考えているところとも言えます。

 なにより、「とにかく幼稚園に0~2歳児を!」という要求は、現行制度で保育者(とくに保育士)が足りない実情に目を向けていないと思われます。今必要なのは、子どもの安全を確保できなかったり、過度の早期教育に走って発達をゆがめたりするような、カギ括弧付きの「保育者」ではありません。今必要なのは、子どもの養護と教育にきちんと責任もって保育をできる、良質の力量ある保育者です。受験免除制度を活用して保育士試験を合格しやすくしたり、保育ママを増やすことでは、そのような良質の保育者を確保することはできません。本当の意味での0~2歳児保育が可能なのは保育士ですが、良質の力量ある保育士は、一定の素質を必要とする専門職であるため、長期的観点から養成・研修されなければ生まれませんし、誰でも簡単になれるわけではありません。
 幼稚園で0~2歳児を受け入れるならば、今よりももっと低年齢保育ができる保育者、とくに保育士が必要になります。今でさえ保育士が足りないのに、これ以上増やすというのは、実際の制度運用を考えた上では言えないはずです。当たり前のことですが、「保育士を増やす」と言うだけでは保育士は増えません。また、幼稚園教諭は0~2歳児保育については本来専門外ですので(保育士資格を持っている先生は別ですが、幼稚園教諭全員が持っているわけではありません)、幼稚園で0~2歳児保育をすると決めたら幼稚園教諭が即、保育士の仕事ができるわけでもありません。
 現行制度では保育士は2年程度で養成されます。骨子案で「2015年から本格実施」といっているのは、そのあたりも考えての移行措置だと思いたいわけですが、養成校の現状から言えば、例えば急に募集定員を数十人増やせと言われても容易ではありません。養成校教員1人あたりの学生数をあまりに増やされると、保育者養成の質を維持することは不可能です。養成校の過度な定員増加は、「質は問わないからとにかく保育士の数を増やせ」と言われていることと同じことです。養成する保育士の質は養成校の信用にもかかわることであり、真剣に考えれば考えるほど、とても丸呑みできる要求ではありません。
 また、幼保総合施設であるこども園で働くには、幼稚園教諭免許状が必要です。養成校に幼稚園教諭免許状取得者を増やせと求めるのであれば、もう一つの問題が発生します。現状では、幼稚園が減少し、幼稚園実習の実施が年々難しくなっているのです。定員をただ増やされても、現制度のままでは、実習先の幼稚園を確保できません。
 実習制度は免許・資格制度の一部です。新システムの懸案の一つである、幼稚園教諭免許状と保育士資格の位置づけ直しを後回しにしては、保育者養成の拡張は不可能です。

 現状のままでは、新たに制度だけ作ったとしても、幼保一体化の完全実施はまず難しいと思われます。完全実施には、こども園移行の費用補助の確実な目処が立つこと、一定の質を維持した0~2歳児保育ができる保育士を養成すること、一定の質の教育能力を有する保育者養成校の増設・拡張、幼稚園教諭免許状と保育士資格の位置づけ直し、などを優先しなければなりません。完全実施を焦っても、まともに制度運用することができないのは目に見えています。幼保一体化そのものは、良かれ悪しかれ、現行制度でも着実に進んでいます。認定こども園は、少しずつですが間違いなく増えてきています。今すぐ財源確保できないのであれば、今は現行制度を活用し、自ら幼保一体化を進めることのできる各園や自治体が増えるように、さらに支援を尽くすの方がむしろ現実的です。
 待機児童の解消は、幼稚園に0~2歳児保育をさせれば解決すると思われるかもしれませんが、事はそれほど簡単なことではないのです。財源確保ができない以上、今は、他の方法(保育所の自然増設や保育ママの活用など)によって補填するしかないのではないでしょうか。

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