ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

「セガン」その他

2016年10月02日 | 日記
○7時45分起床、起床時室温22℃。二度寝。
○起き抜けに硬式テニスボールで遊ぶ。左手の平に乗せ上へできるだけ高く放り上げ、左手で受け止める。10回繰り返し。ニギニギも。左手の自由性が高まってきているのを感じ、嬉しい限り。
*立ち上がりの時の補助棒兼転倒防止棒につかまり、脚の運動。なるべく爪先を使って、速歩、駆け足。すぐ疲れが出るのは太りすぎ!・・やはり、左に左にからだが流れます。左脚、まだまだ弱いなあ。うんと弱いなあ。
*上記棒を使って、膝の屈伸運動。しっかり腰を落として。繰り返し繰り返し。
*サッカーボールを使って左手指の訓練。写真のようにボールがつかめるようになっているのは確か。で、今日は、その次どんなことをしてみようかなあ、と考えた。持ったままゆっくり、やや早くと、いろんなバリエーションで、振り回す、これは腕の訓練にもなる。持ったまま手首だけをグルグル回す。調子に乗って無茶しなければ確実に成功。その次!写真の状態から指を離し指でボールを摑む!!至難の業であることを十分に思い知ったが、まったく不可能ではないという一瞬を感じることもできた。まあ、そういうことで、自分の可能性を発見して喜んだり、次こそ!というチャレンジ精神を磨いたり。

○夕刻からFVD映画鑑賞。Jeanne ofArc ジャンヌ・ダルクものはいくつも見ているが、この作品は原題が示しているようにアメリカ映画。1848年上映。フランス名「ジャンヌ・ダルク」は宗教裁判により魔女と宣告され火あぶりの刑に処せられるが(15世紀)、500年後、ローマ教会が聖女に列せられると宣言している。宗教裁判の最終局面におけるジャンヌの葛藤の様子に引きつけられる。教会を欺いたと確認させられ署名するところなど、いずれの作品にもあるが(山場だもんなあ)、署名の結果を見るぼくたちは、映画制作者が、ジャンヌが読み書き能力があるとみているかどうかを知ることができるという意味において、15世紀の農村のただの乙女であった者の歴史的な捉え方(リアリズム)に関わってくるので、引きつけられて目を凝らす。フランス映画の最新版では無識字者として扱っており従ってサインはただの○、今回の映画はたどたどしい文字を綴り、最後に十字を記している。ぼくだったらどんな画面に創るかなあ。
○「セガン」は新しいPCの入力(キーボード、ならびにAtokの最新バージョン)に馴染むのに一苦労。何とかフランス語入力ができるようになってきた。