ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

診察日

2017年09月06日 | 日記
○5時50分起床、起床時室温24℃。
71.2
120 69 48
○お出かけ前のショート・・・
雨の日の診察。心も陰鬱。
今日は、採血、レントゲン、心電図の後でそれらの結果を受けて、脳神経外科の診察。
それが終わると眼科。白内障の進行状況の診察と、なにやらややこしい名前の不治の眼病の進行状況の診察。
オレって、こんな診察のためにだけ、生きているって訳?と、つくづく思ってしまう朝。
○9時~14時 脳神経外科及び眼科診察
*血圧が異常に高い。朝の測定では正常なのだけどな。「様子を見ましょう。きちんと記録を取って次回持参すること、運動をしましょう」とのご指導。
*眼科は変化無し。
*次回、10月4日
○今日のお昼はメガランチ。もちろん、今夜から、いつも通りの節制食事。

○「ルソーはとても人見知りをし、その一方で非常に奇行癖があった」(セガンによる評) へー。ぺらぺらぺらぺら、よう、しゃべる人だと思っていたな、ぼく。
 ルソーのアパートに仕事に行ったガラス職人メネトラがルソーと仲良くなり、話しをしたり、遊んだり、ワインを飲んだりしている記述がある。メネトラとルソーが出かけていく先々に人の輪ができたことも綴られている。「ルソーさんだ!」「あれがルソーか、じゃ、隣にいるのは弟か」などという記述によって、ぼくは、ルソーがパリの民衆の間での「名士」(というより人気者)であったことを知った次第である。迫害、逃亡がルソーの人生史のメインだとインプットされていたぼくにとって、彼が人々の輪の中に入り、あるレストランでは人々がルソーを一目見ようと大理石でできたテーブルの上に乗ったためにそれが壊れてしまった、それ以降、ルソー様入店お断り、ということもあったらしい。(パリでルソーとかなり親交のあったガラス職人メネトラ談を元に)
 ーテレビやラジオ、週刊誌などがない時代でも、「追っかけさん」という現象は誕生していたんだな。
☆ ジャン・ジャック・ルソー像。パリの人々は、彼の同棲(非婚)をどう見ていたのか、彼夫婦の「子捨て」をどう見ていたのか、彼の日常生活ぶり(立ち居振る舞い)をどう見ていたのか、そもそもその時代の結婚制度―婚姻の届出を含む―はどのようなものでありルソーにとってそのことがどのような障害となったのか、などなど。
 このような「同時代性」にますます興味を覚えた朝。あ、ちょっとは元気が出たな。
○2006年10月、順天堂大学病院に入院し全身麻酔による手術を受けた。その際、完全禁煙を決意し、禁煙は今日まで続いている。喫煙要求は全くない。2006年10月1日は禁煙記念日。
 この入院で、かなり精密な検査を受け、両肺気腫に罹病していることを告げられた。改善は望めない。症状を受け入れながら、食事、身体ケアなどをすることによって、症状の悪化を防ぐしかない、と。禁煙だけは続けたが、他の治療や保守に気を配ることを忘れ、夢中になって研究・教育に携わった。以前は体を動かすとすぐ息が切れたり、ゼーゼーと息をしたりする症状に見舞われたが、いつしかそれも気にしなくなっていた。
 肺気腫はすっかり忘れてしまったが、代わりに?脳梗塞を罹病した。治療生活が今日まで続く。レントゲンは数回撮影されたが、医師が肺気腫に言及することは一度も無い。ぼくの方から訴えたことがないからだろうか。不治の病である肺気腫、症状が現在どうなっているのか、医師に尋ねた方がいいのだろうか。そんなことが気になる今。
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全日休息

2017年09月05日 | 日記
○7時起床、起床時室温24℃。2度目ざめ。
*危ない夢見ばかり。タクシーにバッグ置き忘れ、中にパスポート、健康保険証。その上料金ぼったくられ、上野界隈数分で1万数千円。上野での会合終了後の歩行中腹を刺される。何だってこんな夢見?
71.3
139 76 45
○10時~11時10分 買い物等外出 左脚の調子はやはり思わしくないが、断念することなく、目的を果たした。
*郵便局に寄り当面の工面
*東武ストアにて買い物 ひげそり、シェービングローション? ゴミ袋 
*薬局にて、衣類虫除け
○今日のお昼は、懐かしの、お弁当・・・スタイル。

 ちょっとした趣向の変化で、あまり食が進まないのを乗り越えられるかもしれない、と考え、懐かしの「弁当」製作。何十年ぶりか?
 使用食材には変化無し。日曜日購入した魚ナマモノは今日が限度と思い、マグロ血合いとエビを鰹だし、醤油、みりんに漬けた。野菜は椎茸、ニガウリを切り刻んだ。ニンニク一かけをフライパンで熱し、漬け汁を流し込み、野菜を煮る。そして魚系を投げ込み、鷹の爪をパラパラと降りかけ、鍋ぶたをして、火を通す。
 あとは盛り付け。色合いと臭み抜きに梅干しを添えてできあがり。
 一人弁当、ぺろりと平らげました。また、お弁当作ろ。今度は肉類で。
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通所リハビリ

2017年09月04日 | 日記
○6時30分起床、起床時室温24℃。2度寝。
71.1
120 73 50
○左脚不調。力が充分に入らず。
○粋生倶楽部増尾通所リハビリ
*目がかすみがちでめまいを覚えながら訓練に入った。スタッフさんにはその旨を告げる。無理な運動を避けるようにとの指示。
*ハードル歩行訓練。ゆっくりと意識して膝を上げて足を運ぶ。
*ステップ。左脚に力を加える意識と動き。
*レッグマジック。やはり左脚の「閉じ」の力が弱い。これは無理をしないで済ませた。
*マットを使った歩行訓練:足裏着地、つま先立ち静止などなど。
*自転車。体力測定の一環。
*平行棒体操に参加。スタッフKさんのリードの元に。左足が良く動くようになったとしきりに褒められた。「私と初めてあった時は全然動かなかったのよ。」と他の利用者さんたちに紹介。ぼくの方から、「ここにお世話になって3年目ですから、機能回復しなかったら、それこそ『金返せ』ですよね。ただ、自分から回復しようと思わず、そして動かなかったら、回復しないのは当たり前です。」と、皆さんに申し上げた。余計な言葉だったかもしれないが、人をうらやましがるだけではなんともならないのが、現実なのだ。
*スタッフさんがなかなか目が届かなかったこともあり、Tさんからの願いもあり、Tさんのフットマッサージ施療のセットのお手伝い。その他、何人かの方と、会話をすることが出来た。
○お昼は玉子丼。中に入れた具は昨日の残り野菜。タマネギ、ニンジン、ニガウリ、椎茸。添え物は厚揚げカマボコ。初めての挑戦作品。いい味でした。

○午後、ディスク整理、続行。面白い内容ファイルを見つけた。以下のごとし。「総合講義 愛と性」のぼくの担当時内容レジメ

「知的障害者、愛と性 教職課程 川口幸宏

まえがき
 本時の講義は研究的成果の報告ではなく、人間形成論を指向する為の問題提起であることをあらかじめお断りしておく。

 知的障害者は、程度の差さえあれ、「考えることも行動することもできない」と「健常社会」からみなされ続けてきた。いわば社会的に「孤立」された状況に置かれている。
ギリシャ語のιδιōς(イディオス)→idiot 「孤立者」「異邦人」。
我が国では、漢語表記で白痴、精神薄弱(精薄)など、和語表記で「たわけ」「うつけ」など。現在の俗称では「ちえ遅れ」。
社会的処遇 : 精神病棟の監獄内に監禁・拘禁、自宅に監禁・拘禁、遺棄、殺害。(社会的・教育的)放置。
つまり、「社会的交わりの遮断」。このことが、「相互理解」を妨げている。

1.「性」に関しては「陵辱」という処遇に見舞われやすい
 *歴史の中の話
  フランス・インターンの間の伝統的な「歌」の中
 *学校・施設の中での話(表に出ないことが圧倒的)
 *当人に「証言能力が希薄」とのレッテルが貼られる。
2.知的障害者の置かれてきた環境=「性から遮断されている」
   *社会的風潮としての性の商品-排他・排斥 *性の暴力 *性の無知
   *男女の「共同生活」の強い固定観念 (偏狭な「遺伝」説) *性=子孫作り
   *知的障害者「純潔」論(「性的欲求がない」)
    -男子青年が女子施設に収容されていた(つまり混合収容)という俗説を支持する言説:「知的障害者なんだから」
   *知的障害者「危険」論(「性的欲求が際限ない」「危害を加える」)
    ―自慰や性交に対し厳しい体罰で接する立場がある。
  ①一般的風潮=「性」について「選択権」「教育を受ける権利」「学習する権利」などからの阻害(今もなお、「寝た子を起こすな」「いやらしい」「臍から下には人格が無い」)
  ②知的障害者に対する現状=適切な教育・学習環境(ハード、ソフト共)の欠如
    I 生育環境の中での「自然な学び」(同世代間の遊び・会話等)の弱さ
     「閉じ込め」「排除」「隔離」などが根強く残る問題
   II 学校教育における教材・教具の欠如(「学習指導要領」準拠至上主義)
     東京都内某養護学校の性教育に対する政治的干渉(2003年)
      ―「ポルノ」発言と「弾圧」
3.「愛」の問題
知的障害者の「愛」は、「結末は「悲劇」」?
    *ウージェーヌ・シューの短篇「イディオ」(別配布)
  19世紀初頭の話「アヴェロンの野生児」から学ぶこと。
    *知的障害者と思われる子どもへの人類史上初めての教育的関わり
    *感覚訓練、運動訓練、知的訓練、社会性訓練、「感情」へ
   参考:フランソワ・トリュフォー主演監督「野性の少年」 原題:enfant sauvage
 
おわりに
 今日では、他の人たち、家族、あるいは/また、施設職員/教員に非常に多くの支援・援助を受けることによって生活している。それをさらに進めていく為には、性、愛についても、否、性、愛についてこそ、知的障害者の変化/成長を受け入れる必要がある。つまり、一般と同じく、知的障害者の性を肯定的に認める必要がある。「人間の基本的な欲求は障害の有無にかかわらない。」


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ディスク整理

2017年09月03日 | 日記
○7時10分起床、起床時室温22℃。家族3人揃って旅館に宿泊の夢。それぞれの個性がそのまま出ていて笑ってしまう。
70.9
119 68 50。
○左脚がきわめて不調。どうしたのかな。腰痛とは違う。力が十分に入らない。筋力の低下、という実感。
○9時~9時30分 コーヒー豆挽き

*ハンドルを約1000回転した(右手)。コーヒーミルをしっかり押さえ続ける左手の上腕に疲れ感と痺れ感。麻痺がまだまだあることを知る。
*ハワイココ種はもう一回挽くことになる。
*次の豆は珍しくアフリカ・ブルンジのムミルワ農場産。いろんなキャッチコピーがあるが、その中から・・・「青リンゴのような酸味、クリーミーなマウスフィール。オレンジ、レモンといったキャラクターから、冷めてくるとピーチのような余韻」 楽しみですね。
○10時25分~11時50分 新柏東武ストアへ買い物リハビリ
*行きは15分余で行けたから大分と足の機能は回復しているのかな?しかし、帰りは・・・・・。
*朝食用のライ麦パン、昼食用の乾麺、おやつ用のピーナッツせんべい。これは予定通り。
*ニンニク(中国産。たんに安いから)、ニンジン、タマネギ、ニガウリ、生椎茸。最後の2者は衝動買い。ただし、ピーマン、長ネギの代替。
*頭落としの天然エビ、マグロの切りはし。これらは迷いに迷って購入。やはり、魚ものがほしいなあ、と。
*こんなのを作りました。パンとお菓子を除いて、買い物の品を素材にして。おいしくいただきました。味なポイントは、ごま油、昆布だし、煎酒が隠してあることです。

○午後、ディスクのファイルを整理。同時にファイル内容からぼくが歩んできた道の総括。ぼくがあてにされていろいろと協力、資料提供などを大いに求められることに対する苦悩は、やはり、「生活綴方」研究に対するそれだ。2005年の秋から始まったそれは2009年まで続く。その後続かないのはぼくの方から絶ちきったからだ。そのきっかけとなる書簡内容の一部は以下。要は、「生活綴方」とはなんぞや、という哲学など何もないし、歴史観も見られない、ということのいらだちからだ。人が持っていない史料をどれだけ持っているか、ということでしかないお方だったし、その史料も「おまえが集めてこい。もちろん自腹を切って。その成果の社会的評価は自分のものだ。」という傲慢的人格の持ち主だ。ぼくだけが被害者ではないことは、いろいろと怨嗟こもる情報が寄せられてきていることで、被害者意識が綴らせているのではない。
*【某偉大なる、自称「生活綴方研究者」に対する、反乱的書簡の一節】
(前略)生活綴方で言う「生活」とは一体何なのか、先生はどのようにとらえられているのか、つまり、「近代学校を通じて国民支配を進めていくための生活ネットワーク作りのための知」なのか、「時には近代学校の求める知と(鋭く)対立しながらも、人々が歴史的に作り上げてきた生活ネットワークの継承と発展のための知」なのか、そのあたりを明確になさらないとならないのではないかと思っております。先生が対象として惚れ込んでおられる教師KE氏は、さしずめ、前者の立場で、子どもや親、あるいは同僚に向かっていた、それを作文・綴方教育に求めていた、というべきでしょう。そのことを論証する史料は山ほどにあります。そういう史料を一切お持ちでなく、私に提供せよと、命じられる・・・。(後略)
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通所リハビリ

2017年09月02日 | 日記
○6時20分起床、起床時室温23℃。2度、目覚め。
71.0
131 74 47
○粋生倶楽部増尾通所リハビリ
*女性の他に、男性が5人という数は初めての大人数。
*Sサンが一生懸命、ぼくの真似をすることから訓練を始める。機能の回復に繋がってほしいと切に願う。
*体力検査。座った状態での握力は左右とも3キロ減。他は機能向上か?
*ハードル歩行、大股も採り入れてみた。今日は左脚が比較的スムーズ。スキップ、レッグマジック、踏み台。ストレッチングボード、足裏着地訓練、つま先立ち訓練、屈伸など。マッサージ、あったか姫。今日は棒体操、少しだけ平行棒体操に参加しました。
*つま先立ち(踵上げ)がここまでできるようになりました、という記念写真を撮ってもらいました。

○午後は体の休養とパソコンのディスク・ファイルの整理作業。とりわけ「***」関係ファイルをディレクトリーにまとめる作業。「ながら」の作業で、やはり心を強く動かさざるを得なかった関係だったなと思う。こんな言葉が端的に綴られている。「歴史研究をなさっている先生が史料の扱いについて、あまりにも自我意識のみに従って語られたことに、驚愕し、悲しみを覚えた、ということは申し上げたく存じます。」 史料は大切に扱え、と教訓を何度も垂れ、「***」のための作業をするにあたっては「***」所有の史料類は、万が一の事故を避けるため郵送ではなく受け取りに来い、と言う一方で、川口が持っている史料をすぐに郵送せよ、と命じることがたびたびあったことで、最近年では、ぼくがとうとう「切れて」しまった、ということだ。
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