ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

通所リハビリ

2017年07月31日 | 日記
○6時起床、起床時室温27℃。
72.1
122 71 51
○燃えるゴミ出し 左脚、不自由感一杯。
○粋生倶楽部増尾通所リハビリ
*番長さんに、「体がスリムになってきている」と言われた。腹の辺り。脂肪に代わって筋肉が付いてきたのだろう、と。この調子でいきましょう。
*整体師の伊藤さんに、関節が随分と柔らかくなり、動くようになってきている、この調子で頑張りましょう、と。やはり運動が可動域を広めているのだなあ。
*何週間ぶりかにお会いしたスタッフのNさん、「川口さん、しばらく逢わないうちに、訓練メニューが随分増えているのね。」との声かけ。そういや、あれこれ、あまり休みを入れずに、取り組んでいるな。息抜きで入れているメニューもあるけれど、それが何かは、内緒。
*利用者のKさんに、(ジョギングが出来るようになった、というぼくの番長さんへの報告を聞いていて)、「杖突かないで歩けるんだ、いいなあ。」と言われた。「道路を歩くときは危険防止のためもあり杖突ですが、外で運動するようなときに使う広い公園の時は杖を突きません。」と応じた。「みんな、川口さんを観てるのよ。」とおっしゃったので、「ぼくも皆さんの訓練のご様子を拝見しております。皆さんがそれぞれをご覧になり、自分の訓練の参考になさっていますよね。」と答えた。にっこりと笑みを返して下さった。
*ハードル歩行、今日は念入りに。踏み台、同じく。マットを使って足裏着地訓練(歩行矯正)、今日は何度か繰り返した。スキップ、レッグマジック、自転車、平行棒を使っての脚上げ、足踏み等の機能訓練、その他。
○今日のお昼は豪華三点セット(要は作りすぎ)
*汁物は、ニガウリ、ニンジン、茄子。カツオだし、黒胡椒多めに塩はごくわずかに。
*主菜は、マグロの血合い(希釈煎酒)、イカゲソ(ショウガ醤油)
*添え物は、トマト(熟れすぎ)、アボガド(若すぎ) 添え物をご飯代わりにした。


○ぼくは某女から「オランちゃん」という愛称をいただいている。いや、ぼくだけでは無く、親族の男性は「オランちゃん一族」なのだ。
 あごを突き出し、両手をだらんと垂らし、肩をすぼめ背中を丸め、両膝を外に開いて歩く。・・・そう、あのオランウータンだ。某女と並び歩くと、時として、「ほら、背中伸ばして!」とか「膝を伸ばして!」と叱責が飛ぶ。
 通所するデイの所長さんから「脚が伸びている」といわれて以降、両膝を合わせて立つ、いわゆる直立姿勢を保っているのではないか、と思うようになった。O脚から脱却しつつあるということで、ディの記録ファイルに写真保存がされた。これは先週。
 今日は、管理者さんから「川口さん、背筋がシャンとして来ていますね。」と言われ、続けて「歩行姿勢もとてもよくなっています。もう少し意識して、胸を張って前方を見るようにして、訓練を続けて下さい。」とも。
 「猫背やがに股などは、いわば個性的体質だと思い込んできたのですが、訓練で矯正されるのですね。ゆがんだ骨がよもやまっすぐになるとは思えないんだけど。」(ぼく)
 「筋肉の付き方働き方を訓練によって正しくすることで、矯正されるのですよ。川口さんはしっかり訓練に取り組んでこられたから、表に現れてきたのですね。これからも頑張っていきましょう!」(管理者)
 帰宅後、某女にこの話をしたら、「ふーん」という返しがあった。「なにをいまさら、もうおそいわよ!」というところなのだろうか。連れだって歩くなんざ、もう10年を遙か超える年月、やってないものなぁ。
 めげないで、オランちゃん、卒業するのだ!
 
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児童公園で運動リハビリ

2017年07月30日 | 研究余話
○6時30分起床、起床時室温28℃。暁さんとぼくとで研究科の課程設計、暁さんが博士課程、ぼくが修士課程。専攻がなんだかややこしい。夢だからそれでいいのだけれど、今言葉化できない。目覚め直前には、数人の学生たちと、新学期カリキュラム申請の話。ぼくは授業料を払う必要があるのかと焦っていた。この場面はどうやら、ぼく自身が大学院生か大学院聴講生かの身分を得ようとしているようだ。
72.1
126 72 47
○8時~9時 太陽が照り出す前にと、近在の児童公園で運動リハビリ。
*竹棒とボールをツールとしたノック⇒ボール拾い 歩行ではなくジョギングスタイルで
*ジョギングもどき、広い方の児童公園、計5周。間に軽い休みを入れて。
*膝を高く上げ手を大きめに振るスタイルで歩行、計3周。
(以上のあいだ、相変わらず、左脚を引きずる音が絶えない)
*砂場で左足裏着地練習 その近辺で両脚屈伸。などなど。 
*ちょっぴりジョギングもどきが出来るようになり、さてその次の段階を、どう見定め、どう進めようか、と、指導助言を受けない単独運動リハビリであるため、知的障害教育の開拓者エデュワール・セガンの理論・実践を思い浮かべる。「歩く際には、逞しい兵士の行進のごとく、手は大きくリズム正しく振り、脚は膝を高く上げ、足先を伸ばす。」・・・やってみるのもおっかなびっくり。だって、体がふらふら不安定になるのだから。しかし、膝上げは強く意識した今日の運動リハビリだった。
*「本当にジョギングか?ジョギングスタイルで満足しているだけではないのか?」そんな疑問を抱き、念のため計時した。歩行5分、ジョギングもどき3分弱。おお!速いやんけ。
 この児童公園で運動を始めた頃は有杖だった。比較的早く無杖に挑戦を始め、安定歩行が可能になった昨年夏では7分掛かっていた。その時から1年で2分の歩行時間短縮が出来ている。無意識のうちに、歩行が安定し、かつスピードが加わってきていたのだな。そして、今、新しい段階に入ったわけだ。左脚引きずりの音が聞こえなくなりますように。
*また、手脚の関節部の可動性を広げる運動リハビリでは、セガンがモデルとして採り入れた、近代体育の始祖アモロスの「(用具利用の)体育」を思い浮かべる。児童公園には、その流れを汲む遊具が豊かにある。今日は思い切って、写真の「網」上りに挑戦。左半身麻痺がかなり残るこの身では、おそるおそるで、たった「一段」が関の山だった。しかし、大地から両脚が離れ、両手が「網」をしっかり掴んだことは、まったく新しい経験である。


○11時~12時30分
*朝食用のパンが切れていたので、新柏東武ストアに買い物。
*ニガウリを売っていたので、併せて、豚バラ、マイタケなどを購入。
*アボガドの小玉が安い。
○今日のお昼
*肉野菜炒めアボガド添え
*豚肉、ニガウリ、ニンジン、茄子、タマネギ、マイタケ、オクラ。
*有機白ワイン、醤油少々。隠し味に、ニンニク、唐辛子、土佐酢。
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通所リハビリ

2017年07月29日 | 日記
○6時起床、起床時室温28℃。3度起き、2度寝。
72.1
127 72 50
○粋生倶楽部増尾通所リハビリ
*訓練開始前に、所長さんのご厚意で、「ひまわり畑」の見学。曇り空のせいだろう、全体的に頭を垂れる花姿だった。花顔をこちらに向けているのも少なくなく、車窓からの見学を、一時、楽しむことが出来た。
*昨日の「ジョギングできた」を喜んで下さった。ひまわり畑訪問は、その(機能回復の)記念、ということだと、所長さんのご案合い言葉を理解した。嬉しいことです。
*O脚が改善しつつあることの確認。写真撮り。O脚やがに股は「個性的資質」だと思い込んできたが、そうではないことを感じた。機能改善の運動・リハビリはこういう所にも働くのだな。
*訓練はいつも通り(自転車は出来なかったが)。
*髭話題で複数のご婦人と会話。「似合っている」といわれ、やに下がっております。
○目の不具合を理由にして、しばらくフランス語の読みから「逃げて」いたが、逃げていても始まらず、終わらずであることは事実。少しはフランス語の読みにチャレンジしようと、目の不具合の程度を探ることもかねて、内容理解というより、とにかくフランス語、フランス文化、19世紀に感覚的に触れてみようと、午後からチャレンジ。テキストに選んだのは、挿絵からも理解できるようにと、『19世紀フランス人の自画像』より、「地方」編の中から。見出し単語を追うだけの作業。問題は、辞書引きにあることに気づいた。辞書が読みにくい。辞書は引くものではなく読むもの、という心得の実践はむなしい。しかし、拡大鏡を使えば読み理解することが不能ではないことが分かった。ぼちぼち、目の命のある限り、進めていこうと、改めて決意。ただし、セガンに入り込むのはもう少し時間が必要。
○貼り付けた図版は、とある地方都市に掛けられた(サーカス等)見世物小屋と見学者の列を描いたもの。19世紀前半のフランス。娯楽文化の少ない地方では、見世物小屋が建つと、かなり遠方からも、人々が見学に訪れ、長蛇の列をなした。
 ぼくがこの社会現象に強い関心を抱くようになったのは、一つには「国際博覧会」(「人間博覧会」でもあった)が何故にああも盛況を為したのか、ということにあり、あと一つは、パリの巨大な精神病院の中庭で日光浴をしてこもごもに群れ戯れている精神病者を、まるでお花見をするように、市民が見学する(遠望する)、その「見学料」によって、病院経営の一助としていた、という史実を知ったことにある。
 つまり、「日常」にとって「非日常」とはお金を払ってでも観たい存在だという心理行動の対象でもあった(ある)。人間の「非日常」とは、ずばり、精神障害者、身体障害者など。ここに書くことがはばかれる悲惨かつ非道な方法によって、彼らは「見世物」に仕立てあげられたのである。
 「日常」にある人々は、我先にと、臨時の見世物小屋に押しかけた、添付図版のように。この現象は古今東西の区別なく存在すること。ひょっとしたら、今の我々の心の中にもある、「非日常」への憧憬と同じなのかもしれない。
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快挙!ジョギングが出来るようになった。

2017年07月28日 | 日記
○5時30分起床、起床時室温26℃。1度の目覚め。
*左足首から先の冷えが強いので、足を締め付けることの無い和紙制の上履きを履いて寝た。
72.0
127 70 48
○9時~9時30分
*短い時間だが、満足のいく児童公園での訓練
*竹棒とボールが今日の運動ツール。左手でノック。ボールの転がり度合いが左手力の度合いとなる。広い児童公園の長辺ほぼ一杯にボールは転がる。70メートルほどか。左脚を引きずりながらヤンレコンレと歩いてボールの行き先まで行くのだが、4度目の時に、ちょっと走ってみようかな、出来るかな、と走るスタイルで移動を始めた。これまでも試みたこと故、数メートルも進まないうちに、倒れることの予防のために、停止してしまうだろう、と思いながらの走行スタイル、いわゆるジョギングスタイルを保持していた。短辺⇒長辺⇒短辺⇒長辺と、足は止まることはなく(しかし、スピード感は落ちていくのだが)体は進む。1周した辺りで息が切れる感覚が襲ってきたので、そこでストップ。短く見積もって、200メートルはジョギングが出来た。
 さっそく、支援者のトドちゃんに電話で報告。「柏パラリンピック開かなきゃ!」と冷やかしの言葉を添えて、大いに称えてくれた。左膝辺りの筋力が増してきたのだろう。今後のことも期待が持てそうだと、自信もわいてきた。諦めるな、自分!
 1周ジョギングのあと少し体を休め、ふたたびノック、ボール拾い運動。ただし、ボール拾いは「走って」ボールの所まで。途中で断念することなく、走り続けることを繰り返した。
*仰向けに寝て両脚を折りたたみ、尻を上げる運動。右片脚だけでも可能。しかし、左脚だけだと足裏が滑り力が入らない。左脚の折りたたみ幅をいろいろ変えてみて、深く折りたたんだ場合には尻上げが可能。その後徐々に左脚折りたたみ幅を浅くしていく中で、尻上げが可能となった。こうして、脚の踏ん張り力を強めていこう。
*今日は、あれこれ、「可能性」へのチャレンジ試行。いいことですね。
○ぼくの「お守り」

○過去の記録より2題
*(知的障害者施設における大量殺害等事件1周年にあたって、当時=昨年の記録より)
 私の知る限り、フランスの19世紀(いまから200年ほど前)半ばまでは、知的障害者に対する社会観念は、後の時代に社会主義者あるいは民主主義者として高く評価されることになる文学者ウージェーヌ・シュー曰く「もはや人間でもないかといって動物でもない存在」、同じ世代の文学者ヴィクトル・ユゴー曰く「伝説の生き物」「驚くべき怪獣」「恐ろしい人間」(すべて、同一対象に対する呼称)と書き表した。また、医学博士〔とりわけ、哲学的にはルソー主義者の精神医学者〕たちの共通概念は「動物的人間」である。知的障害教育を切り開いた一人セガンは「動物の最後の仲間」という形容もしている。
 現実社会が求める有用性・有効性を持たず、現実社会とのコミュニケーションが成り立たないとみなされた知的障害者たちは、公権力の手で狩り出され、監獄に生かさず殺さずして閉じ込められ、医療実験の格好の材料とされ、民間の手に掛かっては「見世物」としてさらけ出され、私人の手に掛かっては終生密かに閉じ込められるか、闇にまみれて捨てられるか、殺戮されるか、の処遇を受けていた。すべて「社会の到達尺度(文明)」からの判断のもとである。
 「社会の到達尺度(文明)」観が画一的であり変容性が許されない社会では、間違いなく、上記の19世紀フランス的な「知的障害」観に染まり、人々を、難なく、排除・排斥・抹殺・見世物対象とすることだろう。暴力的にせよ精神的にせよ。私たち身体障害を持つ高齢者に、すでにその気配が押し寄せている・・・・。
*(セガン研究の到達に対する自己評価=1843年論文翻訳作業への動機付けのための振り返り=2014年)
 縁あって、「セガン」という人物に強い興味を持つようになった。
 彼は人生の半分をフランスで送り(~1850年)、後半はアメリカで過ごした。1812年生まれ1880年死去。2012年に彼の生まれ故郷フランス共和国ニエヴル県クラムシー(ニエヴル県の県都ではない)で、生誕200周年記念国際シンポジウムが開催されている。セガンは、その名はフランスでは「忘れられた存在」であり続けたこともあり、その準備を担った地元学芸協会長のご苦労は大きなものであったと思う。
 シンポジウムの前夜、準備を担ってきた関係者と、「セガン伝」で医学博士号を取得しているジャン・マルタン博士と私との総勢10人の「懇談会」が持たれた。世界的に著名人であっても、地元の準備を担う人々にとっては、とってつけたような催しなので、にわか仕込みの「学習」でもって、当日を迎えなければならない。ディナーの中で交わされる会話にも、その成果が披露される(誤解・誤認を含めて)。
1.「セガンは生まれてすぐ親に捨てられたからねぇ。」
 これが日本のセガン研究者の間で交わされることは絶対にない会話内容である。何せ「ルソー主義者の両親の愛情溢れる子育てによって自然の中で育ち、後のセガンの教育実践の土台を作り上げた」というのが、アメリカと日本のセガン研究の「常識」なのだから。ジャン・マルタン博士と私とがこもごもに、セガンの育った時代では、フランス社会は生まれた子どもを乳母に預け、離乳期が過ぎると躾や基礎知識を培うために里親に預けられるのが常態であったから、「捨てた」のではない、と語る。
2.「里親が誰だかはまだ分からないんだよ。」(ジャン・マルタン博士)
 私「セガンの1846年著書の中に、祖母の家に自室を持っていた、旨の記述がありますから、母方のおばあさんが里親だったのだと推測できます。」 ジャン・マルタン博士、翌日のシンポジウム会場でセガンの著書の該当ページを開いて、何度も読み返していた。「プロフェッサー川口、確かに、セガンは、乳母の子守歌、祖母の昔話、家庭教師の古典学習、という子育て過程を書いていますね。あなたのいう通りだ。」
3.「セガンが社会改革を志していたというけど、知的障害教育をはじめてした人だからそう言われるだけでしょ?」「証拠が出ればいいのにね。」
 私、『知的障害教育の開拓者セガン~孤立から社会化への探究』(2010年、新日本出版社)のある頁を開いて、「ここに証拠のポスターを掲載しております」と皆さんにお見せした。それは「労働者の権利クラブ」開催予告のポスター(原版コピー)であり、セガンが呼びかけ人の一人になっている。1848年のこと。ジャン・マルタン博士の第1日目の1時間に及ぶご報告の中に、私の名前が3度登場し、「私たちフランスの関係者が成し遂げられなかったことが、遙か遠いアジア圏の研究者が成し遂げている。これで、セガンは、世界のセガンとなった。」
 私の人生の中で一番生命の炎が高く上がった瞬間であったと思う。なんせ、「何を考えているんだかさっぱり分からない、歩くだけしか能のない教育研究者」なのだから。
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通所リハビリ

2017年07月27日 | 日記
○5時起床、起床時室温26℃。2度目ざめ。
72.7
127 69 49
○燃えるゴミ出し。足取りは重く。
○振り替え、粋生倶楽部増尾通所リハビリ
*体の疲れが強いと感じられたので、今日の運動訓練は、文字通り軽く流そうと思って取り組んだ。
*久しぶりにコーヒー淹れ。曜日が違うのでぼくのコーヒー淹れをご存じの方は少なかったようだ。Aさんから、ご丁寧な礼の言葉をかけられた、
*ハードル歩行訓練、踏み台、ステップ、その他足裏着地訓練、つま先立ち訓練、など。マッサージ、あったか姫。
*O脚が少し改善されているのかも。
○今日のお昼は豪華にマグロステーキ。とてもおいしかったです。
*マグロ血合い、ジャガイモ(中)1,ニンジン(小)1.アボガド(小)1。塩は使わず。


○下に添付の絵から、どのような「主題」を思い浮かべよう。
 この絵は Les flotteursというタイトルの小文学に添えられた唯一の挿絵。通常、読者は、この絵に小文学の内意を読み取ろうとする。Les flotteursはフランス語、le flotteurの複数形。仏和辞典によると、1.浮くもの 2.浮き 3.気泡 4.救命ボートのフロート 5.技術関係のフロート 6.筏師・筏乗り とある。挿絵はこれらのどれかを内意しているのだろうか?
 ぼくには、挿絵が人生論的な問い、つまり、我が「うたかた(泡沫)の生」を問うているように思われる。つまり、辞彙そのものではなく、比喩。
 この小文学はエデュアール・セガン29歳の時の作品(1841年発表)。『フランス人の自画像』という19世紀フランスの精神百科に収録されている。セガンが綴った作品主題は、6.の「筏師」である。職人習俗を描いた貴重な歴史証言ともなっている。
 挿絵画家はセガンの綴った内容を読まずして、タイトルだけでこの挿絵を描いたのだろうか?あまりにも綴られている内容とかけ離れた描画であるだけに、そういう疑問さえ持ってしまう。それとも「筏師なんて、所詮、19世紀資本主義社会形成期にあっては、うたかた(泡沫)のような存在なんだよ」とでも、言いたいのだろうか。事実、同世紀後半には、「筏師」は「歴史の遺産」的存在者として、現実からは姿を消す運命にあるのだから。
セガン「筏師たち」の邦訳全文と作品背景については、下記をご参照下さい。
http://eseguin.web.fc2.com/pdf/ikadasi.pdf
(文学的小品セガン作「筏師たち」と生誕の地クラムシー )

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