この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

不愉快にもほどがある!

2024-03-25 22:32:56 | 戯言
 先日の記事で、当ブログは日本一長い間毎日記事を更新しているブログであり、日本一映画『ガタカ』の考察記事を掲載しているブログかもしれないと書きました。

 ついでだからもう一つ日本一を挙げておくと、当ブログは日本一荒らしに寛容であるブログかもしれません。
 何しろブログ開設以来、荒らしコメントを一度も削除したことがないですからね。
 いや、一度も削除したことがないというのは言い過ぎでした。
 一つの記事に50ぐらい荒らしコメントがついた時は一般のコメントがあまりにも後ろに追いやられるので、仕方なく重複したコメントや、意味のないコメントは削除しました。
 それぐらいかな。

 荒らしに寛容であるという言い方にも語弊がありました。
 自分は荒らしコメントに対してフツーに言い返してますからね。
 世の中には荒らしは徹底的に無視すべし、という指針のブログもあるようですが、自分は某テレビドラマよろしく荒らしコメントには三倍返しで言い返しています。
 例えば「死ね」というコメントがついた時には、「見ず知らずの人間に「死ね」というからにはあなた自身が生きる価値がある人間だと証明する必要があるかと思います。どうせあなたなんてバイトから帰ってきて他にやることもなく、ネットサーフィンをして、匿名であることをいいことに気に入らないブログに言いたいことを言っているだけでしょう?そんな人間に果たして生きる価値があると思いますか?」などとレスしています。
 やべぇ、言い過ぎた、と反省することもしばしばです。
 加減をするのが難しいです。

 ともかく自分は荒らしコメントで傷ついたり、落ち込んだり、腹が立ったりしたことがありません。
 なぜ自分が荒らしコメントを受け流せるかというと、理由は主に二つあります。
 一つは自分は言葉には正しいか正しくないかとは別に、重いか、軽いかがあると考えています。
 自分にとって荒らしの言葉は限りなく軽いのです。
 心に届かないんですよね。
 だから、荒らしの言葉に心が傷つくこともないのです。

 そしてもう一つは、荒らしの言葉がどれほど不愉快だったとしても、現実世界の不愉快さに比べたら全然大したことがないからです。
 自分は会社の倉庫の管理責任者をしています。
 管理責任者というと聞こえはいいですが、要は雑用係です。
 そして倉庫の清掃も自分の仕事の一つです。
 それでですね、倉庫でゴミをポイ捨てする奴がいるんですよ。
 自分が何度注意してもそいつは聞く耳は持ちません。
 堪忍袋の緒が切れて、そいつがポイ捨てしたゴミをそいつの商品棚と壁との隙間に捨て直すことにしました。
 最初のうちは目立たなかったゴミも次第と溜まっていき、そのうち隙間から溢れんばかりになりました。
 フツー、そこまでなったら、ポイ捨てするのを止めますよね?
 でもそいつはポイ捨てを止めないんですよ。
 正直、怖くなりました。
 最終的に上司に見つかり、どういうことなのかと質され、正直に答えました。
 自分は上司から注意されましたが、そいつも注意されました。
 そいつはポイ捨てを止めたのか。
 止めないんですよ、やっぱり。
 自分がそいつのことを不愉快に思ったら、自分の器が小さいんですかね?
 そいつの存在の不愉快さに比べたら、ネットで見ず知らずの人間から「死ね」と言われることなんて本当に全然大したことがないです。
 自分もネットの荒らしコメントに落ち込んだり、傷ついたりできるぐらいに、現実世界の不愉快さが無くなればいいなと思わずにはいられません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする