この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

あなたのことなんて大嫌い!顔も見たくない!と言ったからといって嫌いだとは限らない。

2024-03-23 20:23:15 | 戯言
 ここだけの話、当ブログは10年以上毎日記事を更新しています。
 もしかしたら日本一長く毎日記事を更新しているブログかもしれない、なんて思うこともあります。
 まぁ世の中には「ふっふっふ、ワシは50年以上毎日ブログを更新しているがのう」なんていう妖怪じみたブロガーさんもいるかもしれませんが。笑。

 それとは別にまず間違いなく日本一だろうと思っているのが映画『ガタカ』の考察記事数の多さです。
 どれぐらいあるのか、書いた本人もわからないぐらいです。
 なぜそんなに『ガタカ』の考察記事数が多いのか?
 理由は簡単、自分の考察を支持してくれる、もしくは認めてくれる人がいないからです。
 だからあれこれ手を変え、品を変え、考察しているというわけですね。

 世の中の多くの人は『ガタカ』という映画を「翼を持たぬ主人公が努力の末に翼を得て、本来翼を持つ者しか立つことを許される高みから飛び立ち、大空を自由に飛び回るお話」だと捉えている節があります。
 それだとなぜ主人公を送り出した友人が焼身自殺をしたのか、理由がわかりません。
 焼身自殺をしたのはDNAを採取されないようにするためだとまことしやかに言っている人がいますが、まず焼身自殺をしたからといって必ずしもDNAが採取されないわけではありません。
 焼死体からDNAが採取されることはままあります。
 それを目的として自殺するのであれば、より適した方法がいくらでもあるはずです。
 何より誰に対してDNAを採取されないようにしたというんでしょうか。
 主人公が地球から去った時点で主人公と友人の関係を追及する者は誰もいません。
 存在しない追及者の手から逃れるために命を絶ったとすればこんな馬鹿な話はありません。

 自分は『ガタカ』のことを「翼を持たぬ主人公が翼を持つ者しか立つことを許されぬ高みから飛び立った話」だと思っています。
 翼を持たぬ者が高みから飛び立てばどうなるか、自明ですよね。
 友人が命を絶ったのは、生涯たった一人の親友を死地に送り出したから、そして親友に二度と会うことがないということを知っていたからです。
 自殺の動機としてはお釣りが出るほど充分じゃないでしょうか。

 自分は自分の考察に間違いはないと確信しています。
 支持してくれる人は皆無なのですが…。

 先日久しぶりに『ガタカ』の考察記事の一つにコメントがつきました。
 要約すると「主人公の弟が主人公に対して「不適正者に自分が負けるわけがない」的なことを言っているのだからあなたの考察は間違っているのではないか」というものでした。
 自分はそのコメントを読んで、う~~~んと唸ってしまいました。
 鋭いところを突かれた、と思ったのではありません。
 そこから説明しなくちゃいけないのかと思ったのです。
 確かに主人公の弟は主人公に対してそのような発言をしています。
 自分にとってそのことは主人公の弟がそういった発言をしたというだけであって、それ以上でもそれ以下でもありません。
 しかしコメントされた方は主人公の弟はそういう発言をしたのだから、そう思っているのだ、と捉えているようです。
 いや、それは違うんじゃないかなぁ。
 自分の考察が正しいかどうかはさておき、『ガタカ』に限らず、登場人物がそう言っているのだから、そう思っているのだ、という捉え方はしない方がいいと思います。
 なぜなら言葉と思いは必ずしもイコールではないからです(イコールの場合ももちろんあります)。
 ヒロインが主人公に対して「あなたのことなんて大嫌い!顔も見たくない!」と言ったからといってヒロインが主人公のことを嫌いだとは限らないですよね(『ガタカ』のことではないです)。
 自分にとっては当たり前のことですが、世の中すべての人がそういうわけじゃないということを改めて知らされました。

 今自分が述べたことはこちらのネット記事の方がわかりやすいかもしれません(こちら)。
 わかりやすいのと同時に辛辣な口調で書かれていますが…。
コメント
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