tyakoの茶の湯往来

日常生活の中から茶道の事を中心に、花の事、旅の事、そして、本や写真の事など、気ままに書いて見ようと思ってます。

蒲原宿から興津宿まで・・・

2017-04-18 10:26:40 | 東海道五十三次の旅
4月18日(火)
先日の東海道五十三次散歩の備忘録になります。
前回のゴール地点蒲原宿の公共施設の駐車場でバスを降りて、全員で軽く準備運動をして出発です。

   
   蒲原宿

蒲原宿を再び歩き始めると、蒲原駅が見えて来ました。

   
   蒲原駅

今回の散歩は、蒲原宿〰由比宿~興津宿と歩きますが、鉄道の距離では9.4キロですが、実際に歩くのは14キロくらいでした。


   
   由比一里塚跡

日本橋から39番目になります。
大きな松が植えられていたそうですが、今は枯れてしまい道標が建っているだけです。

   
   由比宿本陣跡

本陣跡が公園として整備されて「由比本陣公園」になっており、この日は、バスを連ねて大勢の外人さんで大賑わいでした。
余りの多さに、お茶室が有り呈茶をしているというので行って見るとこちらも満員でした。

それでも片隅に入れて頂き一服頂き、英気を養いました。
本陣向いには、由比正雪の生家と云われている「紺屋」があり、ここも外人さんでいっぱい、その隣には、脇本陣「饂飩屋平野家」があり、往時の面影を残しております。

   
   由比川越え

当時の川幅は72mあったそうで、水の少ない時は仮板橋を渡り、水かさが増すと徒渡しになったそうです。

   
   現役

由比宿では今も赤いポストが現役で置かれておりました。
ここ由比は、桜えびの水揚げが盛んなところで、旧東海道は「由比サクラエビ通り」といわれております。

   
   由比宿

由比宿の通りはひっそりとしており、人通りも無く静かな宿場町でした。喉の渇きを癒すための水も、皆さん余り持ち歩かずに、自販機で買う人が多くおりますが、その自販機が全く見当たらないのには驚きでした。もちろんコンビニなんてありません。

   
   藤屋望嶽亭

薩埵峠の控えた登り口を控えた西倉沢村は、由比宿と興津宿の「間の宿」と呼ばれ、峠を越える人馬の休息するための茶屋が10軒ほど並んでいたそうです。

中でも「藤屋」は、室町時代から続く家で、網元であったため、採れたアワビやサザエをつぼ焼きにして旅人に食べさせたのが有名で、多くの文人墨客が訪れていたといいます。

幕末の山岡鉄舟の逸話など、藤家のご主人が詳しく話してくれました。
この茶店からの眺めが素晴らしく、誰云うと無しに「望嶽亭」と云われるようになったそうです。

この家一番の宝は、白隠禅師が書き残してくれた「望嶽」という墨跡だと言っておりました。
潮風で痛みも激しくなっておりますが、部屋に掲げてありました。

   
   西倉沢一里塚

藤屋望嶽亭の前、薩埵峠登り口に道標が建っておりました。
日本橋から40番目の一里塚です。

   
   親知らず子知らず

親知らず子知らず、北陸にもありますが、東海道にもありました。薩埵峠に街道が切り開かれるまでは、この辺りは、切り立った崖と波打ち際の僅かな平地を、波間をぬって通り抜けるという難所だったそうです。

写真の道を下って行くと昔のまま道に出るそうですが、今回は行きませんでした。

   
   薩埵峠

薩埵峠は、昔は岩城山と呼ばれておりましたが、漁師が海から引き揚げた地蔵菩薩を祀ったところから、今の名前で呼ばれるようになったそうです。
親知らず子知らずと呼ばれた街道では、不便ですので薩埵山の中腹に道を切り開き街道としたといわれております。

   
   広重の絵

広重はこの位置から描いたといわれております。

   
   現代の写真

薄っすらと富士山も見えると思いますが、今回の散歩で一番興奮したところです。
誰もが歓声を上げ、いつもは記念写真など撮らないのですが、今回は皆さん代わる代わる撮っておりました。

   
   峠から

薩埵峠から望遠すると、東海道線、国道1号線、そして高速道路が通っているのが分かると思います。
これらの大動脈は、安政の大地震(1854)で海岸が隆起して陸地となった場所に建設されております。怖い話です・・・

   
   薩埵峠

かぼそい道を歩いていますが、峠の道になります。人が一列ならないと通れないほどの広さです。

   
   道しるべ

峠を下りきったところにある道しるべで、後は興津宿を目指して歩くだけです。

   
   国道1号線

国道に出ました。興津宿ももう直ぐです。

     
   見延道標と興津一里塚

興津宿に入ると直ぐに、見延道標と興津一里塚があります。
江戸時代には日蓮宗のお寺がありましたが、明治になって廃寺となり、「髭題目碑」と「見延道標」の身になっております。

ここの一里塚は、日本橋から41番目となります。
今回の東海道五十三次散歩はここでゴールで、家を出てからおよそ20キロ、25,000歩、16時40分に到着しました。


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4 コメント

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Unknown (福の神)
2017-04-18 14:09:55
今日は
日増しに春も深まりますね、昨日は春の嵐でした、今朝は辺りは桜吹雪のピンクの絨毯でっした、
蒲原宿から旅は良いですね、特にお馴染みの薩埵峠は感動!でしたね、一度訪ねたいです、
赤いポストや道しるべは好いですね。
2500歩でしたか・・お疲れ様(^。^)
歩きました (tyako)
2017-04-18 17:32:16
福の神様
こんにちは。
桜散らしの雨と風です。
この風ではひとたまりもありません。

東海道五十三次散歩もやっと静岡市に入りました。
薩埵峠では、参加者全員が歓声を上げておりました。
広重の絵の通りでした。

きつい峠越えも、全く気にもならず、富士山と海を眺めながらの散歩になりました。
疲れましたが、行ってよかった・・・

ありがとうございました。
今回もお疲れ様でした (上毛三さん)
2017-04-18 23:12:22
今回もお疲れ様でした。

鉄道マニア、地図マニアとしては、「薩埵峠」は憧れの場所の一つですが、今回の日記を拝見して、ますますその思いが強くなりました。

コンビニも自販機もないという「由比宿」も興味深かったです。やはり地元の人たちの「東海道」への思いの表れなのでしょうね。
薩埵峠 (tyako)
2017-04-19 17:40:34
上毛三さん様
こんばんは。
今回の散歩は、薩埵峠に着きます。
峠から見る、富士山、高速道路、国道1号線、そして、JR東海道線が一望できました。

台風が来ると高速道路の通行止めは、ここが水を被ってしまうと言っておりました。

広重の絵と全く同じ構図なんて、誰もが興奮してしまいます。
疲れましたが、楽しさが勝っております。
ありがとうございました。

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