長岡京エイリアン

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巻き込まれ型サスペンスのお手本、早くも登場!! ~映画『三十九夜』~

2024年01月29日 21時34分16秒 | ふつうじゃない映画
映画『三十九夜』(1935年6月 88分 イギリス)
 映画『三十九夜(さんじゅうきゅうや The 39 Steps)』はイギリスのサスペンス映画。イギリス・スコットランドの小説家ジョン=バカン(1875~1940年)のスパイ小説『三十九階段』(1915年発表)を原作とする。製作費5万ポンド。
 本作は、同小説を映像化した複数の作品の中では最も有名なバージョンで(他に1959年版、78年版、2008年版がある)、イギリス映画協会が1999年にイギリスの映画・TV業界の関係者1,000人に対してアンケート調査した「20世紀のイギリス映画トップ100」では第4位にランクされている。

 ヒッチコック監督は、本編の開始後約7分のロバート=ドーナットとルーシー=マンハイムが劇場から駆け出すシーンで、ゴミを放げ捨てる通行人の役で出演している。


あらすじ
 ミュージックホールで「ミスター・メモリー」という卓越した記憶力を持つ男の芸を見ていた青年ハネイは、銃声で騒動になったホールから、謎の女性アナベラとともに自分のアパートに戻る。彼女は軍の重要な機密が奪われそうになっていると語るが、未明にスコットランドの「アルナシェラ」という地名に印がついた地図を持って刺し殺されてしまう。見張りの男たちをまいて汽車に乗り込んだハネイは、新聞で自分が殺人容疑者になっていることを知り、警察の追跡をかわしながらアルナシェラに向かう。その土地に住む農夫の妻の手助けで「ジョーダン教授」と名乗る地元の名士のところに行くが、実は教授が陰謀の黒幕で、ハネイは銃で撃たれるものの、農夫の妻が貸し与えたコートの胸ポケットに入っていた聖書に弾が当たったために助かる。この経緯を警察に訴えるハネイだったが、警察は話を信じてくれず、地元の裁判所の判事も教授と知り合いだという。ハネイは警察に見切りをつけ、殺された女性が遺した「39階段」という言葉だけを手がかりに、教授の陰謀に立ち向かうのだった。

おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(35歳)
脚本 …… チャールズ=ベネット(36歳)、アルマ=レヴィル(35歳)、イアン=ヘイ(?歳)
製作 …… マイケル=バルコン(39歳)、イヴォール=モンタギュー(?歳)
音楽 …… ルイス=レヴィ(40歳)、ジャック=ビーヴァー(35歳)、ハバート=バス(?歳)、チャールズ=ウィリアムズ(?歳)
撮影 …… バーナード=ノウルズ(35歳)
編集 …… デレク・ノーマン=トゥイスト(30歳)
製作・配給 …… ゴーモン・ブリティッシュ映画社

おもなキャスティング
リチャード=ハネイ    …… ロバート=ドーナット(30歳)
謎の女性アナベラ=スミス …… ルーシー=マンハイム(36歳)
パメラ          …… マデリーン=キャロル(29歳)
小作人ジョン       …… ジョン=ローリー(38歳)
小作人の若妻マーガレット …… ペギー=アシュクロフト(27歳)
ジョーダン教授      …… ゴッドフリー=タール(50歳)
ルイーザ=ジョーダン   …… ヘレン=ヘイ(61歳)
ワトソン判事       …… フランク=セリアー(51歳)
芸人ミスター・メモリー  …… ワイリー=ワトソン(46歳)


≪例によっての、視聴メモ≫
・まだTV もなかった時代の一般大衆の娯楽の場として、舞台上で芸人が生演奏をバックにさまざまな芸を披露するミュージック・ホールが登場する。物語の舞台となる1930年代のイギリスにおける入場料1シリングの価値は、現在の日本でいうとおよそ500円くらいなので、仕事帰りのおっちゃんでも子連れのお母さんでも気軽に楽しめたエンタメであったようである。会場で赤ちゃんのぐずる声をちゃんと入れるあたり、やはり今作も音響効果の芸がこまかい。
・10年前の競馬の結果やボクシングの試合結果、都市間の距離などといった既存の情報を、その場で急に客から聞かれても全く動じることなく答える記憶芸人ミスター・メモリー。主人公のハネイも含めた客席の反応を観るだに、確かに正解を答えているようなのだが、今の日本で言うと寄席で客からのなぞかけに即興で応じるねずっちさんみたいな演芸なのだろうか。それにしても、カナダから来たお客さんがいるというだけで客席から拍手が起こる雰囲気が非常におおらかでよろしい。さすがは、大英帝国。
・ミスター・メモリーにヤジを飛ばす酔客と、それを注意した警備員との間で乱闘騒ぎが起こり、にわかに大混乱に陥るミュージック・ホール。なんでもないくだりなのだが、殴り合いの殺陣が、互いの攻撃と反撃にためらいの間が無く当時のフィルムで映せないスピードになっているので、やけにリアルで生々しい。そこらへんは、さすが生粋のロンドンっ子のヒッチコック監督ですな。街中でガチンコをいっぱい見たんだろうなぁ。
・ホール内全体を巻き込む大乱闘になった上に銃声まで轟き、演芸どころじゃなくなって会場から逃げ出す観客たち。ミスター・メモリーは事態の収拾を図って、舞台下のバンドに演奏させるが、阿鼻叫喚の客席の映像に、いかにものんきな演芸出ばやしがのっかるアンバランスぶりが、ヒッチコック一流の皮肉が効いていて面白い。ブラックユーモア、冴えてますね!
・大混乱のどさくさにまぎれて、口ひげにトレンチコート(もちろん襟立て)のいでたちもダンディな主人公ハネイに、唐突に「家に泊めてちょうだい」と頼み込む謎の美女アナベラ。ふつうの男性ならば「すわ、つつもたせか!?」と警戒して逃げの一手なのだろうが、カナダから世界都市ロンドンにやってきて気ままなマンション暮らしを楽しんでいるハネイに、そんな保守的な選択肢はなかったのだ。いやいや、無警戒すぎるだろ……
・ハネイのマンションに来たアナベラは、「私がいいと言うまで部屋の電気をつけるな」とか「反射して見えるから部屋の鏡を裏返せ」とか真顔で言い出し、しまいにはハネイの部屋にかかってきた電話にも「たぶん私にかかってきてるから取るな!」とのたまう。これ、たいていの人は彼女が命の危険にさらされてるんだろうなとは解釈しないよね。「やばい、き〇がいだ……」でしょ。
・「朝から何も食べてないの」と言うアナベラのために、くわえ煙草でタラの調理を始めるハネイ。マッチの火でガスコンロに点火した時の「ボンッ」という音にも過敏におびえるアナベラなのだが、この自動点火装置の無いガスコンロという小道具も、今では意味の伝わりづらい物になってますよね。そのうち、「ジリリン、ジリリン」と鳴る電話も何だか分からなくなる時代になるのかなぁ。どうでもいいが、煙草の火でなくわざわざ別にマッチを使って点火するところに、ハネイの紳士っぷりを感じる。でも、21世紀ならくわえ煙草で料理の時点で問答無用の大炎上である。
・「ホールで銃を撃ったのは私よ」、「2人の男に命を狙われている」、「私はイギリスの防空圏に関わる国家的機密情報の漏洩を阻止するために金で雇われた無国籍エージェントなの」と、立て続けにものすごいことを言い放つアナベラだが、本当に彼女の言うとおりにハネイの部屋を外から監視している2人の男の姿と、深夜に背中を刺されて死んでしまうアナベラという衝撃の事実に直面して、ハネイは自分が取り返しのつかない陰謀に巻き込まれていることに気づく。この急転直下の展開のスピード感もとんでもないのだが、それに加えて「39階段」や「小指の先の無い男」、「アルナシェラという地名に印がつけられたスコットランドの地図」と、いかにも観客の興味をそそる謎のワードがポンポン設定されるテンポが実に小気味よい。RPG ゲーム的な、現代にも余裕で通用するジェットコースター感覚ですよね。
・ところで、アナベラを殺したとおぼしき2人の男が、何回もハネイの部屋に電話をかけるのは、どうしてなのだろうか。マンションの入口にハネイの表札は出ているし、ホールから部屋までハネイがアナベラに同行していることは丸わかりなのはずなのに……電話をしてハネイが在室していることを確認したい理由がさっぱりわからない。たぶんこれは、行動の整合性よりも「鳴り続ける電話」というアイテムの不気味さを優先するという、「理屈よりも感覚」なヒッチコック演出の好例なのではないだろうか。そんな迂遠なことしてないで、アナベラと一緒に寝ているハネイも殺っちゃえばよかったのにねぇ。
・ともあれ、男たちにビッタリ張られているマンションからひそかに脱出するために、早朝にマンションにエントランスに入ってきた牛乳配達夫のお兄ちゃんと上着を交換して、まんまと男たちを出し抜くことに成功するハネイ。今まで異常な言動ばっかりのアナベラに押されっぱなしだったハネイが、初めてサスペンス映画の主人公らしい機転の利いた行動に出る大事なシーンである。また、ハネイが言う「人殺しに監視されている」という本当のことを全く信じないのに、「浮気相手のダンナに監視されている」というウソは一も二もなく信じて脱出の加勢を買って出る牛乳配達のあんちゃんというキャラクターが非常にロンドンっ子らしく、脚本の非凡な腕も垣間見える面白い場面になっている。本作はほんと、演出のセンスとお話の面白さがどっちも冴えわたってる!
・ハネイの部屋でアナベラの遺体を発見して絶叫するマンションの掃除婦の表情に、ハネイが乗るスコットランド行き列車のけたたましい汽笛がオーバーラップする映像演出も、ブラックユーモアたっぷりである。非常にマンガ的なんだけど、最近こんな手塚治虫的な直喩テクニックを使うマンガって、見ないような気がする。センスがもろに出るから気恥ずかしいんですかね。ダジャレを「おやじギャグ」と言って忌避する現代価値観の功罪、かも!?
・列車で逃亡するハネイと同じ個室の乗客が買った夕刊の新聞記事に、自分のマンションで発生したアナベラ殺人事件の記事が出ていて、しかもその重要容疑者として自分自身が捜索されているという事実を知って愕然とするハネイ。いやがおうにもサスペンスが高まる展開だが、前作『暗殺者の家』では危機に陥る主人公サイドが夫婦だったのに対して、今作は完全に孤立無援な「異国の地でひとり」になっているのがキツすぎる。巻き込まれ型のいちばん難易度高いやつ~!! 言語がおんなじだからだいぶ助かってますけどね。
・ストーリー上、ハネイの向かいで新聞を読んでいる客がどういう職業かなんぞはどうでもいいことのはずなのだが、その客が真面目な顔をして女性ものの下着を手にしている下着メーカーのサラリーマンで、しかもそれを見て牧師の老人が顔をしかめるというくだりをけっこうたっぷり描写するヒッチコック監督。一見すると本筋から外れた意味の無いやり取りのような気がするのだが、これによって、周囲の人々はいつも通りにのんきで冗談交じりの生活を送っているのに、ハネイただ一人が無実の罪で警察に追われる緊急事態におちいっているという孤独感がさらに強調されている。非常にブラックと言うか、底意地が悪い!
・底意地が悪いと言えば、夕刊をエディンバラ駅の新聞売りから買う時に、ロンドンから乗って来ているサラリーマンが「きみ、英語わかる?」と聞くのも性格最悪である。なんでスコットランド人に必要のないケンカをふっかけんの!? ロンドンっ子、こわすぎ!
・ついに列車の車内にも刑事の捜索の手が及んできたことを知り、困った挙句、知らない女性の一人客パメラの唇をいきなり奪って親しいカップル客を装おうとするハネイ。これによって、実はハネイもアナベラ以上に異常な人物であったことが判明する。こんなの女性からしたら恐怖でしかないと思うのだが……公開当時、女性の観客はこれを見て「ハネイがカッコいいからいいわ~♡」なんて許してくれたのだろうか。ヒッチコック監督って、わりと平気でこういうヤバいロマンスはき違え展開を入れてくるから油断がならない。奥さんのアルマさん、なんか言わなかったの!?
・当然の如く、パメラに秒で「おまわりさんこいつです。」とバラされて刑事に追いかけられるハネイ。優雅なティールームやシェパードがギャンギャンほえる動物輸送室などを駆け抜け派手な追跡劇が展開されるのだが、殺人逃亡犯を発見したと息巻いた刑事たちが列車を緊急停止させたのがたまたま橋の上だったため、「危ねぇだろ! こんなとこで停めんじゃねぇ!!」と車掌がブチギレて列車はすぐに再発進し、すんでのところで橋に下りて隠れたハネイは逃亡に成功する。息つく間もないハラハラドキドキの展開なのだが、警察を頭ごなしに怒鳴り散らす車掌さんのプロ意識がおもしろすぎる。ここらへん、国家権力になにかと弱い日本人の感覚とは違うなぁ。
・アナベラが遺した地図をたよりに、荒涼としたスコットランドの田舎にたどり着くハネイ。




≪完成マダヨ≫

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