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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

11月2日・ルキノ・ヴィスコンティの伝統

2013-11-02 | 個性と生き方
11月2日は、仏国王妃、マリー・アントワネット(1755年)が生まれた日だが、イタリアの映画監督、ルキノ・ヴィスコンティの誕生日でもある。
昔からヨーロッパのことを知らない自分にとって、もっとも「ヨーロッパ」というものを感じさせる人は、このヴィスコンティ監督だった。「山猫」「イノセント」といった彼の作品を観ると、独特な、ある歴史の重みといったものがフィルムにしみこんでいるようだ。氏より育ちとは言うけれど、ヴィスコンティに限っては、氏が決定的に大きく影響していると思う。

ルキノ・ヴィスコンティ・ディ・モドローネは、1906年、イタリアのミラノで生まれた。彼の家は、北イタリア有数の貴族であるモドローネ公爵家で、系図は8世紀ごろまでさかのぼれるらしい。ルキノは7人きょうだいの4番目の三男だった。四百年前に建てられた城で育った彼は、学校を出た後、20歳のころから約2年間、兵役についた。また、父親が興した劇場の小道具係などをした。
20代の終わりごろから、映画のための脚本を書きはじめたが、なかなか採用されなかった。30歳のころ、失意のなかにいた彼を励ましたのが、デザイナーのココ・シャネルで、彼女の紹介で、映画監督、ジャン・ルノワールと知り合い、ヴィスコンティはルノワールの助監督となった。
36歳のとき、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」で監督デビュー。
第二次大戦後、ヴィスコンティは、舞台の演出も数多く手がけていて、ジャン・コクトーの「恐るべき親たち」、サルトルの「出口なし」、ヘミングウェイの「第五列」などを演出した。
そして1960年代から、映画家督として「若者のすべて」「山猫」「熊座の淡き星影」「地獄に堕ちた勇者ども」「ベニスに死す」「ルートヴィヒ」「家族の肖像」「イノセント」など、貴族階層出身である自身の美意識、苦悩、人間観が反映された名作を数多く世に送りだした。
1976年3月、ローマで脳卒中により没した。69歳だった。

これはイタリア通の友人に聞いた話だけれど、ミラノへ行くと、あれはヴィスコンティのおじいさんが建てた教会だとか、あれはひいおじいさんが建てた聖堂だとかいった、彼の先祖たちが建てた古い建物があちこちにあるそうだ。彼の映画「山猫」に出てくる貴族の舞踏会の場面は、ヴィスコンティが自分の家の衣裳部屋からもちだしたものを、ほんとうの貴族の末裔たちをエキストラとして使って撮影したらしい。「山猫」の舞踏シーンは貴重なもので、人類はもう二度とあんな豪華絢爛なシークエンスは撮れないだろうと言われている。

インターネット社会の現代は便利なもので、YouTubeで、歌姫マリア・カラスとヴィスコンティが話す映像を見られる。自分は見て、彼の話し方、しぐさにあらためて驚いた。
ヴィスコンティくらい由緒正しい貴族の子息となると、物腰も落ち着いて、静かにゆったりと話しそうな気がする。けれど、そこはイタリア人のことで、まったくそうではなく、ヴィスコンティは話すとき、休まず身ぶり手ぶりを交えながら、しゃべりまくるのである。これを見て自分は、
「うーむ、さすが、イタリア、歴史の重み」
とうなったのだった。
(2013年11月2日)






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