学びのプラスあるふぁ:日常の気付き

人の人生、それぞれが皆オリジナル。街を歩き人に話しかけることから「なるほど」と納得できる発見がある。

「物忘れ」は嫌なことを忘れる練習

2023-01-31 17:02:09 | 日記
 歳をとると老眼鏡を探し回る人が多いと聞くが僕の場合はそこらじゅうに置いているのでその点は大丈夫。僕といえば家に居る時に何の気なく置いたスマホを探すことが頻繁になってきた。いやいやスマホだけじゃない。漢字が思い出せない、人の名前が出てこない。ここ二、三日の問題は断捨離をした後のシュレッダーするはずの古い不要書類がいつまでも別の部屋に残っている。ついでの時に、と考えたらもうおしまい。何故か思い出せなくて残ってしまうのである。「物忘れ」はよく半ば冗談で「認知症だ」とからかわれる。年寄りには恐ろしい一言だ。
 「物忘れ」は何かに関する単発の忘れ症状だ。それは老化によるものが多いという。一方、「認知症」はある事象の全体を忘れてしまうこと。何かをしたこと自体の全体を忘れているというか、それに関わった意識がない。ご飯を食べたのに食べていない、と主張する老人の症状が認知症だ。…ということで少しは安心したものの、いずれは認知症につながるのではないかと不安は拭えない。僕の脳みそが穴だらけになったスイスチーズを思い描いてしまうのだ。
 物忘れとは次元が違うかも知れないが、人生という時間の流れの中では年齢とは無関係に、不思議とあまり面白くなかった事、嬉しくなかったこと、いやいやむしろ苦しんだ事はいつまで経っても忘れられない。夢にさえ出てくるほどだ。過去のことはどんなにあがいても変えられない、終わったこと。今、現在やこれからの未来は自分の意志で何とでも変えることができる。「物忘れ」は脳が忘れることの重要性を老化と共に教えようとしているのかも知れない。

自分の道を創れ(Create Your Own Path.)

2023-01-27 16:56:20 | 日記
 最強寒波と言われる寒気が日本列島をすっぽりと包んで、冷たい風が吹きつけて温度が低いものだからゴミ出しや家の周りの掃除などで外にいると手足の指が痛くなってくる。気づけばつっかけを履いた左足の中指が痛いというか痒いというか何年振りかの霜焼けである。とにかく冷たくて寒い。こんな低気温は本当に久しぶりだ。家に籠ってTVを見ていて、雪のカーペットに覆われた平原をサクサクと雪に足跡を残して歩く山岳愛好家の様子を見ていて思い出した。
 アメリカ留学時代に住んでいたのは学生結婚をした人達の住む大学施設の夫婦寮であった。幼稚園児ほどの子供を持つ学生夫婦からまだ赤ちゃんを育てている段階の夫婦までいろんな学生夫婦が住んでいた。僕もその住人の内のひと組なのだが、御多分に漏れず、僕の長女はここで生まれた。僕がまだ20代前半の頃だったが大雪がアメリカ北東部を襲ったことがあった。この夫婦寮の前の丘の平地が真っ白い雪で覆われて本当に美しい景色であった。男の子と若い大学生お父さんが雪の上に足跡をつけて遊んでいた。僕が忘れない風景だ。理由は父親の足跡をピョンピョンと飛びながら踏んで遊ぶ男の子に父親が多分深い意味ではないと思うのだが言った言葉が長い間僕の耳に残っている。父親の足跡を辿る子供に「それはダディの足跡だ。お前のを作ったら。(They are daddy’s footprints. Make your own.) という会話である。この会話が痛く気に入った僕は以来 “自分の足跡を自分で作る” ということにこだわることになったのだ。何とか子供達も独立して、仕事も終えて、曲がりなりにも自分の道を歩けたかな…などと時々思うことがある。

家族の約束事

2023-01-24 16:50:36 | 日記
 強烈な寒波が日本列島の上空に居座り、全国的に厳しい寒さに襲われるという。もちろん僕の住む大阪も寒気に包まれて、完全な巣篭もり状態だ。コロナの初期の巣篭もりとは全く違って、暖房をつけている部屋以外は冷気に占領されて僕の行動は完全に制限されている。寒いものだから何かをしようという気も起こらない。新聞やテレビではヒートショックに要注意、と年寄りを怯えさせる。屋内外の気温差が体調不良を起こすのだという。仕方がないので、2、30年前にアメリカで買ったお土産の収納ボックスを開けて少しでも断捨離を、と考えて取り組んでみた。懐かしいものがたくさんあって、なかなか捨てられるものではない。自分以外の人には不要なものになるかも知れないけれど、ま、とりあえずは娘達に大半を残しておくこととする。
 目に留まったものが一つある。ハウスルール(House Rule)と書かれた縦20㎝、横10㎝弱、厚さ5㎜のスレート(石板)だ。17ドル58セントと中途半端な値段が裏面にスタンプされているだけで場所も何も書かれていない。ニューメキシコ州か何処かの乾燥地帯で買った事しか覚えていない。内容はというと、「開いていたら閉めなさい(If it’s open - Close it.)、 床に何かを見つけたら拾いなさい (If it’s on the floor - Pick it up.)、 汚れていたら洗いなさい(If it’s dirty - clean it.)などと続き、飢えているものには食べ物を、悲しそうなものを見つけたら愛してあげなさい…」と続いて終わりである。当たり前のことをしっかりやろうという家族の生活の約束事が的確に表現されているようで、巣篭もりしている家の中で何か温かみを発見したように感じた。

子育てに右往左往はいつの世も

2023-01-20 16:25:48 | 日記
 “静岡女性刺殺事件”、13歳の娘が就寝中の母親を刺殺の可能性が高いとの報道。また起こった惨劇に日本社会は、一体どうなってしまったのかと頭の中がクエスチョンマークでいっぱいだ。今回は時代背景を写し出すかのようにスマホ問題が絡んでいるという。スマホにとり憑かれたように友達との交信をはじめとして多くの時間をスマホいじりに費やす子供達は巷に溢れている。スマホは親の頭を悩ます心配の種であるとよく耳にする。スマホに支配されたいわゆる「スマホ脳」が生み出す不安定な精神状態が問題となっている。
 友達との連帯感はコロナで阻害されて、スマホでしか友達との接触ができなくなったこの時期の産物である。教育や子育ては非常に難しい時代になっている。子育て中の親にとっては自分の育ってきた時代の価値観に従って子供に忠告をしたり家庭教育をするしか他に方法を知らない。僕も親から教えられた方法(That is the only way I know how.)でしか自分の子供の教育ができなかったのではないかと今でも時々考えることがある。核家族が主となる以前は、家庭での教育は年寄りや親への敬意を自然に身につけることができたように思う。それが基となって他人への敬意なども身についた。人間は自分一人で生きているわけではないことを意識することがなければ自分という人間の肯定感を覚えることもない。他人への敬意を学ぶ方法は“他人の靴を履いてみようTry to put yourself in other people’s shoes.”ということを教えることだ。各家庭の事情はある。しかし大人、親は子供の日常の中にスマホ以外に、何か心を動かされるものを見つける手助けを一緒にすることで親子の一体感を生みだす“子育て法”が見つかるかもしれない。

教師の誇りとは

2023-01-17 16:34:36 | 日記
 長い付き合いになった大学の教え子のゼミ生達がいる。先日、そんな彼らと会う機会があった。驚いたことに僕の80歳の誕生日を祝ってくれた。大学の教師になったゼミ生の(孫)ゼミ生と共にだからこれは滅多にないイベントだと思う。夜にベットに入ってからも興奮冷めやらず、その日の出来事をひとつひとつ振り返りながら教師になるとはどういうことなのか、いい先生とはどのような人なのか、一体何を教えようとしていたのか、などを整理しながらメモを取ってみた。もう現場を離れて何年もなることを忘れたかのようにペンが動く。
 まず最初に浮かんだ考えは、学ぶこと、知ること、は素晴らしいということを学生に伝えることだ。知識の種はいつかは芽を出す。格好の良いことを言っているようだが、当時は真剣にそんなことを考えていた。大学生は大人だ。自分の将来をイメージできるような学びを教えたいと…
 次に頭に浮かんだことは思い立ったことは取り組んでみる、挑戦の心だ。名前を聞けば誰もが知っている名優、トム・クルーズさんの名言は有名だ。“私は自分のしていることが好きだ。何かをするのなら全力で。私は中途半端を好まない I love what I do. If I’m going to do something, I go all the way. I can’t do something half-way.” 彼の映画の魅力は出来る限りスタントマンを使わずに、自ら飛んだり跳ねたりの大アクションに挑戦することだ。若者が挑戦する姿は素晴らしい。僕もアメリカ留学をはじめとして、いろんなことに挑戦して青春を過ごした。「やってみよう」の精神で明日を見据える若者は素晴らしい。僕が教えたことでトライする心を学生達が感じとってくれたら大喜びだ。教師の誇りとはかつての学生達からもらう物かも…。