電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

宮城谷昌光『草原の風』(下巻)を読む

2013年09月03日 06時03分21秒 | -宮城谷昌光
新聞小説として連載されていたものが単行本化された、宮城谷昌光著『草原の風』の下巻を読みました。奥付を見ると、2011年の12月に中央公論新社から刊行された初刷ですので、もう二年近く経つことになります。早いものです。この間、たしか三読くらいにはなるはず。記事にするには時間がかかりましたが、面白さと読後の後味の良さが、とくに印象的です。



劉秀が河北を平定するためには、真定王の劉楊と同盟を結び、偽帝の王郎を倒さなければなりません。ところが劉楊は、姪の郭聖通を劉秀の後宮に入れて姻戚となることを条件とします。陰麗華を悲しませたくないという思いは強いけれど、同盟をせずに単独で戦う場合の兵の命と時間の損害を考慮すれば、最善とは言わないまでも、仕方のない判断と言えるのでしょうか。このあたりの、政略結婚に対する考え方が、庶民と貴人の立場の違いに由来するのでしょう。

劉秀の名が高くなるにつれて、味方が増えていきます。とくに、上谷の騎兵が加わったのは大きく、ついに王郎の籠もる邯鄲城を包囲します。徳のない僭称者・王郎には全く援軍が来ません。ついに城は陥落し、王郎は討たれてしまいます。そして邯鄲城の広場に文書や書簡の類を山のように積み上げた劉秀は、これに火を付けてすべて焼き払い、報復を予想した諸将の不安を一掃するとともに、人心を掌握してしまいます。このあたり、陰惨な粛清を常とする中国古代の歴史小説の中で、光武帝劉秀の物語が、清々しさを感じさせる理由の一つでしょう。

王郎の勢力を一掃した劉秀に対して、更始帝の側は疑いの目を向け、なんとかして彼を呼び戻して無力化しようと計画します。しかし劉秀は、使者に対して、蕭王の称号は受命するが河北の平定は終わっていないことを理由に帰還は断り、大量の贈り物を持たせて返してしまいます。蕭王となった劉秀らはさらに従わぬ者たちを平定しながら軍を進めて南下し、洛陽に迫る位置に達しますが、そこから直接に洛陽を攻めることはせず、再び北に向かいます。このあたりは、更始帝と赤眉の軍が対戦すれば赤眉が勝つことを予想し、その後にこれを討つ、という形をとりたいという戦略的判断でしょう。ストレートに都に王手をかけるのはカッコ悪いのです。



物語の最後の二章は、あまりあからさまにせず、割愛したほうが味わいが残るでしょう。光武帝の物語の後味の良さは、故郷で庶人を招待した最後のエピソードでも発揮されています。終わりは駆け足になりやすい著者にしては、しゃれた余韻の残る閉幕です。


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