化学式は誰もが頭痛とあくびを禁じ得ないシロモノだが、少しだけつき合ってほしい。
こいつは退屈に見えて、中学校を出たひとなら誰にでも理解でき、しかもとても単純で美しいやつだから。
C6H12O6(数字はちっちゃく右下につく)という化合物があって、これは「グルコース」という炭水化物、つまりご飯の中の栄養分(エネルギーの元)だ。
こいつを人間は体内でつくっておいて、酸素を吸う。
すると、
C6H12O6+6O2→6CO2+6H2O+エネルギー(言語訳→炭水化物を食べて酸素・O2を吸うと、二酸化炭素・CO2と、水・H2Oの老廃物が出るのと引きかえに、エネルギーが発生する)
となる。
植物は逆行程で、
6CO2+6H2O+日光→C6H12O6+6O2(二酸化炭素を吸い、根っこから水を取り込んで、葉っぱに日光を浴びると、体内で炭水化物ができる)
だ。
この過程で、分子が解体される際に剥がされた電子が、細胞内の物質間を移動していく。
電子は供与側から放り出され、受容側に渡り、その受容体がさらに強い受容体へ電子を供与し、それが次々とリレーされていく。
その受け渡しの都度、電子はエネルギーを放出する。
そして細胞は、そのエネルギーをため込むと同時に、細胞内から陽子を追い出す、というのだな。
陽子は電子の相方で、要するにプラス・マイナスで結ばれるべき両者が同数いると好ましいのだが、陽子が追い出されたせいで、細胞の内外に不釣り合いが起きる。
つまり、陽子数の勾配が。
そこで、外に追い出された陽子は、浸透圧における透過等圧の原則から細胞内に戻ろうとするわけだが、内外を隔てる細胞膜には巧妙な仕掛けがあって、陽子が中に戻る際に「水車を回す」ようなメカニズムを用意してるのだ。
こいつが陽子の通り抜け際にくるくると回り、エネルギーカプセル(ATP)がコロリと組み上がる。
あぶくの幕をへだてたイオンの出し入れだけで、エネルギーが発生するわけ。
おっと、これって、どこかで耳にした話では・・・?
なんと、このくどくどと長い連載ものの最初の回に出てきた、海底の熱水噴出口の電気発生におけるイオン勾配の話と瓜二つではないの。
あのときすでにあぶくは、このエネルギー獲得の方法を思いついてたのかもね。
このエネルギー生成システムは、数種類のタンパク質と複雑な構造を必要とするとは言え、おそらくは誰もが最初に思いつくような簡潔なメカニズムだ。
川が流れていれば、そこからエネルギーを取り出したいと考える者は、まず水車の構造を思いつくだろう。
それほど普遍的なものなのだ。
細胞のような極小の世界では、前述したように、電子が流れている。
そこに電子の流れがあるのなら、その抵抗と振る舞いから、この構造が立ち上がるのは自明、とまで思える。
それがつまり、深海の熱水噴出口ではじめてつくり上げられた・・・いや、自然に組み上がったんではなかろうか?
電子と陽子の量子的振る舞いと、イオンや浸透圧の勾配さえあれば、この機構は必ず稼働してくれるため、そこに「生命意思」は必要なさそうだ。
つまり、鉱物と無機物が転げ転げて、自然にこうなった、と考えることはできる。
さて、生物群が進化を見た現在、細胞内でエネルギーをつくるという重要な役目を担うのが、動物の体内においてはミトコンドリアで、植物においては葉緑体だ。
ところが実は、このミトコンドリアという小器官は、動物の細胞の中に巣食う「別の生物」なのだ。
なにしろ、動物本体(宿主)とはDNAが違う。
なのに、生まれたときからすでに宿主の細胞内にいるという、えげつないパラサイトなのだ。
同様に葉緑体も、植物の中に居候する別のひと(別だったひと)だ。
おそらくはむかしむかしに、助け合う関係のふたつの生物がいて、あるときどちらかがどちらかに取り込まれ、そのまま一緒に進化してしまったわけだ。
内外でふたつのパーソナリティを持ちながらも、「これは居心地がいいわ」「役割分担すれば一緒に生きていけるね」となったにちがいない。
こうしてやがて、宿主が外界から栄養素を持ち帰り、内側の居候に渡して内職でエネルギーをつくってもらい、それをまた受け取ってパワーを得た宿主が活発な外交活動を展開するという、ウィンウィン物語が成就したわけなんだった。
この「くっつき」「共存」「役割分担」という考え方は、初期生命発生のプロセスにおいても重要なヒントになりそうだ。
すなわち、ミトコンドリアや葉緑素のご先祖さまである初期バクテリア(未生物とする)は、とりあえずこの「エネルギー抽出機構」を身につけたわけだ。
そして、有機物がたまたま大規模に組み上がった構造を持つあぶくに、これまたたまたま飲み込まれた!
つづく
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
こいつは退屈に見えて、中学校を出たひとなら誰にでも理解でき、しかもとても単純で美しいやつだから。
C6H12O6(数字はちっちゃく右下につく)という化合物があって、これは「グルコース」という炭水化物、つまりご飯の中の栄養分(エネルギーの元)だ。
こいつを人間は体内でつくっておいて、酸素を吸う。
すると、
C6H12O6+6O2→6CO2+6H2O+エネルギー(言語訳→炭水化物を食べて酸素・O2を吸うと、二酸化炭素・CO2と、水・H2Oの老廃物が出るのと引きかえに、エネルギーが発生する)
となる。
植物は逆行程で、
6CO2+6H2O+日光→C6H12O6+6O2(二酸化炭素を吸い、根っこから水を取り込んで、葉っぱに日光を浴びると、体内で炭水化物ができる)
だ。
この過程で、分子が解体される際に剥がされた電子が、細胞内の物質間を移動していく。
電子は供与側から放り出され、受容側に渡り、その受容体がさらに強い受容体へ電子を供与し、それが次々とリレーされていく。
その受け渡しの都度、電子はエネルギーを放出する。
そして細胞は、そのエネルギーをため込むと同時に、細胞内から陽子を追い出す、というのだな。
陽子は電子の相方で、要するにプラス・マイナスで結ばれるべき両者が同数いると好ましいのだが、陽子が追い出されたせいで、細胞の内外に不釣り合いが起きる。
つまり、陽子数の勾配が。
そこで、外に追い出された陽子は、浸透圧における透過等圧の原則から細胞内に戻ろうとするわけだが、内外を隔てる細胞膜には巧妙な仕掛けがあって、陽子が中に戻る際に「水車を回す」ようなメカニズムを用意してるのだ。
こいつが陽子の通り抜け際にくるくると回り、エネルギーカプセル(ATP)がコロリと組み上がる。
あぶくの幕をへだてたイオンの出し入れだけで、エネルギーが発生するわけ。
おっと、これって、どこかで耳にした話では・・・?
なんと、このくどくどと長い連載ものの最初の回に出てきた、海底の熱水噴出口の電気発生におけるイオン勾配の話と瓜二つではないの。
あのときすでにあぶくは、このエネルギー獲得の方法を思いついてたのかもね。
このエネルギー生成システムは、数種類のタンパク質と複雑な構造を必要とするとは言え、おそらくは誰もが最初に思いつくような簡潔なメカニズムだ。
川が流れていれば、そこからエネルギーを取り出したいと考える者は、まず水車の構造を思いつくだろう。
それほど普遍的なものなのだ。
細胞のような極小の世界では、前述したように、電子が流れている。
そこに電子の流れがあるのなら、その抵抗と振る舞いから、この構造が立ち上がるのは自明、とまで思える。
それがつまり、深海の熱水噴出口ではじめてつくり上げられた・・・いや、自然に組み上がったんではなかろうか?
電子と陽子の量子的振る舞いと、イオンや浸透圧の勾配さえあれば、この機構は必ず稼働してくれるため、そこに「生命意思」は必要なさそうだ。
つまり、鉱物と無機物が転げ転げて、自然にこうなった、と考えることはできる。
さて、生物群が進化を見た現在、細胞内でエネルギーをつくるという重要な役目を担うのが、動物の体内においてはミトコンドリアで、植物においては葉緑体だ。
ところが実は、このミトコンドリアという小器官は、動物の細胞の中に巣食う「別の生物」なのだ。
なにしろ、動物本体(宿主)とはDNAが違う。
なのに、生まれたときからすでに宿主の細胞内にいるという、えげつないパラサイトなのだ。
同様に葉緑体も、植物の中に居候する別のひと(別だったひと)だ。
おそらくはむかしむかしに、助け合う関係のふたつの生物がいて、あるときどちらかがどちらかに取り込まれ、そのまま一緒に進化してしまったわけだ。
内外でふたつのパーソナリティを持ちながらも、「これは居心地がいいわ」「役割分担すれば一緒に生きていけるね」となったにちがいない。
こうしてやがて、宿主が外界から栄養素を持ち帰り、内側の居候に渡して内職でエネルギーをつくってもらい、それをまた受け取ってパワーを得た宿主が活発な外交活動を展開するという、ウィンウィン物語が成就したわけなんだった。
この「くっつき」「共存」「役割分担」という考え方は、初期生命発生のプロセスにおいても重要なヒントになりそうだ。
すなわち、ミトコンドリアや葉緑素のご先祖さまである初期バクテリア(未生物とする)は、とりあえずこの「エネルギー抽出機構」を身につけたわけだ。
そして、有機物がたまたま大規模に組み上がった構造を持つあぶくに、これまたたまたま飲み込まれた!
つづく
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園