裏日記「B面」

工房しはんが日々、ふと感じたり、しみじみとふけったり、ぴんとひらめいたり、つくづくと考えたりしてること。

生命の誕生、その思考実験・6

2020年12月09日 07時48分00秒 | 生命の誕生
実際、太古から現代まで生きのびている「メタン生成菌」ってのが、深海の熱水噴出口に酷似したメカニズムを体内に内蔵しているらしい。
意識による誘導なしに、純粋に自然現象のみ(熱力学の法則による粒子の受け渡しと、それにともなう化学変化、その循環)を使ってエネルギー代謝システムが、「大地を離れて」駆動してくれているとは、ちょっと頼もしい話ではないの。
この事実を、次のように言いまわせば、どれほど奇跡的なことが起きているのかが理解してもらえるだろうか。
「鉱物と無機物による地球環境の地質学的物理現象と、生命の体内における生理学的化学現象とが、途切れることなくつながっていた!」
地球環境とは、生命そのものだったんだよ!
要するに、前駆体である深海底のダイナミックなエネルギー循環装置をコンパクトにまとめ、一個体の内部で完結できるポータブルな形にしたものこそが、生命なのだとは言えまいか。

つづく

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生命の誕生、その思考実験・5

2020年11月27日 09時39分44秒 | 生命の誕生
開かれた系において、有機物がたまたまぶつかり合ってアミノ酸の構造に結んだり、アミノ酸がたまたま絡み合ってタンパク質を形成したり、という確率は、ほぼないらしい。
それが偶然に起きるには、パズルのピースが多すぎ、構造規模が大きすぎるのだ。
ところが、物質がギュウギュウ詰めに凝集し、そこに高いエネルギーが介入すると、複雑な構造の生成は不可能とは言えなくなるようだ。
「有機物のスープに雷が落ちて生命が誕生」するわけだ(この言い回しはかなり粗雑だが)。
さて、場面は振り出しに戻って、深海の熱水噴出口なのだ。
前述した通り、生命におけるエネルギーは、電子のやり取り・・・最も単純な例では、水素と二酸化炭素間での受け渡し・・・の際に発生するようだ。
こいつが熱水噴出口の周囲で起こってる、という話なんだった。
生命が存在しなかった昔々、大気中や海洋内に酸素はほぼ皆無だった(光合成をしてくれる植物がいないため)。
海の中は、二酸化炭素で満たされてたわけだ。
現代のような酸素たっぷりの海の中に水素が飛び込むと、両者は安定を求めて水(H2O)になるが、地球誕生当時の二酸化炭素の海に飛び込むと、メタン(CH4)になる。
メタンで生命が創造できればいいのだが、その後に誕生したわれわれの肉体は、極めて雑な言い方をして、「メタンになりきる前の中間物質」であるホルムアルデヒドからメタノールあたりの「雰囲気」でできている。
つまり初期生命は、安定した水素と二酸化炭素の壁は化学変化で飛び越えたが、メタンに到達してしまうほどには変化しすぎなかったわけだ。
その中間の不安定な物質に留まって、生命は創造されたのだ。
こんな難しい作業を、魔法で実現させてくれるのが、深海の熱水噴出口の周囲というわけだ。
この穴は、鉄と硫黄でつくられた(要するに、これらの金属まじりの熱水が噴出する)煙突とワンセットになっており、そのスポンジのように多孔質な壁面は、微細な迷路が稠密に入り組んだ構造になっている。
煙突の外には二酸化炭素の海があり、一方で内側からは、水素をたっぷりと含んだ熱水が噴出してくる。
水素の熱水と、二酸化炭素の外海との間が、硬いスポンジの煙突によって隔てられているわけだ。
煙突を形成する素材である鉄と硫黄の化合物は半導体で、電子が都合よく通過できるようになっている。
水素と二酸化炭素が壁なしに混じり合った場合、両者は安定を求めてそのままでいつづけるか、メタンとして一体に組み合うかの二択となるが、この「スポンジ質な半導体の壁で隔てられた環境」は、不安定な物質を化学生成させるのんびり反応に非常に都合がいい。
しかも熱水噴出口では、水素を噴出させる煙突内と、外界である海との間に、前にも言ったプロトン勾配(「陽子=+」と「電子=-」の濃度による電荷の差)がある。
内と外とで陽子(プロトン)の数が違うために、浸透圧により、陽子も電子も多い方から少ない方に流れたがるのだ。
これが勾配(理論上の坂の角度)となり、海底深くから噴出してくる水素まじりの熱水から、二酸化炭素の海に向かって、半導体である煙突の迷路を電子がほとばしる。
エネルギー、すなわち電気の発生だ。
スポンジの中で眠っていた無機物が有機化され、多孔質な煙突の小部屋に、生命の素とも言うべき初期物質(単純なアミノ酸など)が濃縮されてたまっていく。
「開かれた系において」と、この文章の最初に示唆しておいたが、閉じた系においてこうした物質がギュウギュウ詰めにせめぎ合えば、アミノ酸が結びついてタンパク質になってくれたりもするかもしれない。
プロトン勾配による電子や陽子の移動(系への出入り)を経験し、学習した小部屋の壁(リン脂質かそれに近い機能のもの)は、前回に説明したATP生成システムのような構造を発達させるかもしれない。
自分でエネルギーを使いまわせる機構の誕生だ。
こうしてついに、生命のタネができる。
もう一度まとめると、こうだ。
ゴツゴツとした熱水噴出口の周囲に、岩の微細な孔を利用した小部屋ができる。
その中に、有機物の前物質が閉じ込められる。
海底から噴出する金属の作用により、小部屋の内外で電子や陽子の移動が起きて電気が発生し、エネルギーが充填される。
小部屋内で化学反応が起き、有機物が生成され、それらがつながってアミノ酸になる。
稠密に入り組んだ穴の中では、化学反応もゆっくりだ。
せまく暗い迷宮には逃げ場もなく、生成された物質の密度も高くなっていく。
アミノ酸同士が押し合いへし合い状態となり、凝集が起き、ぶつかり合い、つながり合って、タンパク質になる。
こうして、多様なタンパク質が一箇所にそろったとしようではないか。
それらが連動して機能をしはじめ、自発的なエネルギー発生システムが備わった、ともしよう。
岩の穴の中に閉じ込められていたそれら一連の機構だが、ついに脂質によって完全に閉じた、つまり移動可能なマイルームを手に入れる。
活動サイクルが行き届く支配地域を囲む区画壁ごと自分の素材でつくり上げ、代謝活動に組み込んだ「肉体」に丸まったわけだ。
ついにこのあぶくを「彼」と言おう。
彼は、熱水噴出口という外部環境から切り離され、海の中で完全な独立を果たす!

つづく

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生命の誕生、その思考実験・4

2020年10月11日 09時16分53秒 | 生命の誕生
化学式は誰もが頭痛とあくびを禁じ得ないシロモノだが、少しだけつき合ってほしい。
こいつは退屈に見えて、中学校を出たひとなら誰にでも理解でき、しかもとても単純で美しいやつだから。
C6H12O6(数字はちっちゃく右下につく)という化合物があって、これは「グルコース」という炭水化物、つまりご飯の中の栄養分(エネルギーの元)だ。
こいつを人間は体内でつくっておいて、酸素を吸う。
すると、
C6H12O6+6O2→6CO2+6H2O+エネルギー(言語訳→炭水化物を食べて酸素・O2を吸うと、二酸化炭素・CO2と、水・H2Oの老廃物が出るのと引きかえに、エネルギーが発生する)
となる。
植物は逆行程で、
6CO2+6H2O+日光→C6H12O6+6O2(二酸化炭素を吸い、根っこから水を取り込んで、葉っぱに日光を浴びると、体内で炭水化物ができる)
だ。
この過程で、分子が解体される際に剥がされた電子が、細胞内の物質間を移動していく。
電子は供与側から放り出され、受容側に渡り、その受容体がさらに強い受容体へ電子を供与し、それが次々とリレーされていく。
その受け渡しの都度、電子はエネルギーを放出する。
そして細胞は、そのエネルギーをため込むと同時に、細胞内から陽子を追い出す、というのだな。
陽子は電子の相方で、要するにプラス・マイナスで結ばれるべき両者が同数いると好ましいのだが、陽子が追い出されたせいで、細胞の内外に不釣り合いが起きる。
つまり、陽子数の勾配が。
そこで、外に追い出された陽子は、浸透圧における透過等圧の原則から細胞内に戻ろうとするわけだが、内外を隔てる細胞膜には巧妙な仕掛けがあって、陽子が中に戻る際に「水車を回す」ようなメカニズムを用意してるのだ。
こいつが陽子の通り抜け際にくるくると回り、エネルギーカプセル(ATP)がコロリと組み上がる。
あぶくの幕をへだてたイオンの出し入れだけで、エネルギーが発生するわけ。
おっと、これって、どこかで耳にした話では・・・?
なんと、このくどくどと長い連載ものの最初の回に出てきた、海底の熱水噴出口の電気発生におけるイオン勾配の話と瓜二つではないの。
あのときすでにあぶくは、このエネルギー獲得の方法を思いついてたのかもね。
このエネルギー生成システムは、数種類のタンパク質と複雑な構造を必要とするとは言え、おそらくは誰もが最初に思いつくような簡潔なメカニズムだ。
川が流れていれば、そこからエネルギーを取り出したいと考える者は、まず水車の構造を思いつくだろう。
それほど普遍的なものなのだ。
細胞のような極小の世界では、前述したように、電子が流れている。
そこに電子の流れがあるのなら、その抵抗と振る舞いから、この構造が立ち上がるのは自明、とまで思える。
それがつまり、深海の熱水噴出口ではじめてつくり上げられた・・・いや、自然に組み上がったんではなかろうか?
電子と陽子の量子的振る舞いと、イオンや浸透圧の勾配さえあれば、この機構は必ず稼働してくれるため、そこに「生命意思」は必要なさそうだ。
つまり、鉱物と無機物が転げ転げて、自然にこうなった、と考えることはできる。
さて、生物群が進化を見た現在、細胞内でエネルギーをつくるという重要な役目を担うのが、動物の体内においてはミトコンドリアで、植物においては葉緑体だ。
ところが実は、このミトコンドリアという小器官は、動物の細胞の中に巣食う「別の生物」なのだ。
なにしろ、動物本体(宿主)とはDNAが違う。
なのに、生まれたときからすでに宿主の細胞内にいるという、えげつないパラサイトなのだ。
同様に葉緑体も、植物の中に居候する別のひと(別だったひと)だ。
おそらくはむかしむかしに、助け合う関係のふたつの生物がいて、あるときどちらかがどちらかに取り込まれ、そのまま一緒に進化してしまったわけだ。
内外でふたつのパーソナリティを持ちながらも、「これは居心地がいいわ」「役割分担すれば一緒に生きていけるね」となったにちがいない。
こうしてやがて、宿主が外界から栄養素を持ち帰り、内側の居候に渡して内職でエネルギーをつくってもらい、それをまた受け取ってパワーを得た宿主が活発な外交活動を展開するという、ウィンウィン物語が成就したわけなんだった。
この「くっつき」「共存」「役割分担」という考え方は、初期生命発生のプロセスにおいても重要なヒントになりそうだ。
すなわち、ミトコンドリアや葉緑素のご先祖さまである初期バクテリア(未生物とする)は、とりあえずこの「エネルギー抽出機構」を身につけたわけだ。
そして、有機物がたまたま大規模に組み上がった構造を持つあぶくに、これまたたまたま飲み込まれた!

つづく

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生命の誕生、その思考実験・3

2020年10月10日 04時45分46秒 | 生命の誕生
卵が先か、ニワトリが先か、という結論の出ない問答がある。
生命体における自己複製とは、突き詰めて言えば、タンパク質を各種合成して適切な箇所に配置する、という作業だ。
ここで問題になるのが、タンパク質が先か、それをつくる機械が先か、という点だ。
機械(生命のメカニズム)は、多種のタンパク質が組み上がってできている。
そのタンパク質は、機械によって生み出されている。
その機械はタンパク質からできており、そのタンパク質は機械からできていて・・・と、一体どちらが先だったのか?
いずれにしても、双方とも「あるときポンと」できるのは難しそうだ。
なんと難しい問題が、この最初の段階で出てくるのだろう。
あまつさえ、最初の生命体である「彼」がつくらなければなないのは、ただのタンパク質の構成体としての自分(の肉体)ではなく、「自分をもう一体つくることのできる自分」でなければならないのだ。
話が理解できているだろうか?
ここで、ある想像上の機械をつくることを考えてみる。
「自立式かつ自己完結式に自己複製ができる機械」を。
・・・よくわかるまいから、思考実験でそいつを実際につくってみよう。
その機械は、外からなんの干渉も受けずに、自ら動いてすべてをやってのける賢いものでなければならない。
その最終目的は、「自分のコピーをつくる」ことだ。
さて、まずは機械にエネルギー機構を取りつけ、自立的に動けるように配線をする(生命の獲得だ)。
そのエネルギーを使って工作活動ができるように、手、足をつけ、自在に動かせるようにする(運動能力の獲得)。
さらに、故障しても、機械自身が壊れた箇所を直せるような自己判断能力と修復機能を取りつける(機械は新陳代謝が可能になった)。
機械が自分を修理するには材料がいるので、それを外界から取り込み、部品として加工する機能も取りつける(補食と消化機能も手に入れたぞ)。
この「新材料獲得機能」は重要だ。
なにせ、機械が自分をもう一体つくる際には、材料がふんだんに必要になるのだから。
さあ、いよいよ機械に、もう一体の自分をつくらせる機能を盛り込まなければならない。
自分を複製するのだから、機械は自身の設計図をつくれなければならない。
この設計図が、やたらと複雑になってくる。
機械は設計図に、自分を構成する部品とその配置という「ハード」面を記した上に、自分に詰め込まれた上記の・・・つまり、運動機能、新陳代謝機能、補食と消化機能などの性能と、その使い方という「ソフト」面をすべて書き込まなければならない。
機械は、われわれがした作業をそっくりそのまま、自分で再現することを要求されるわけだ。
こうして機械は自分の複製をつくるが、もうひとつ、機械にさせるべき仕事で忘れてはならないものがある。
それは、複製にも次の複製をつくらせる、という伝言作業だ。
機械は、われわれがしたことをそっくり真似し、そして次の世代にそっくり真似させなくてはならないのだ。
こうしてはじめて、機械は未来永劫、自分のコピーを増やし続けることができる。
なんという複雑さだろう!
もうおわかりだろうが、機械に例えたこの一連の工程は、驚くべきことに、最初期の生命体が・・・鉱物に毛の生えたような(毛が生えるのはまだまだ先の話だが)原形質のごとき単純な物体が発明し、獲得した、生命として最も基本的な営みなのだ。
これらをコードスクリプト化して伝えていくことこそが、自己複製、つまり生物の増殖のコアの部分なのだが、本当にあの細菌や一個の細胞にも劣る心細い装備しか持ちえなかった原初の生命体が、こんな作業をやり遂げたというのか?
きみはできるだろうか?自分の姿かたちと体内の構造、それをどう使ってどう振る舞い、どう生きていくか、なんてことまでを事細かに言語化してメモに書き起こし、子供に正確に伝える、なんてことが。
ところが、そいつをやり遂げたのだ。
たった一個の、最初のご先祖さまは。

つづく

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生命の誕生、その思考実験・2

2020年10月08日 17時54分01秒 | 生命の誕生
あぶくの中で、アミノ酸という一単位が偶然にできたとしても、そいつがいくつかつながり合わなければタンパク質にはならない。
各種アミノ酸が何個も何個もくっついて、タンパク質はようやく構築され、生命のパーツとして有用になる。
そして、生命活動に使えるというだけあって、それは非常に大きく、複雑な構造なのだ。
アミノ酸をピーマンに例えるなら、タンパク質は「チンジャオロースー」みたいなものだ。
まったく偶然に、あぶくの中でそんな生成が起きるものだろうか?
何個かがぶつかりざまにくっつく・・・という程度の合体なら可能かもしれない。
ただ、数知れないそんな偶然が積み重なって、アミノ酸が延々と連なって(タンパク質という)求める形に行き着き、機能をしはじめる・・・なんて確率はそうそうなく、現実的とは思えない。
やはり、タンパク質の生成が自然に起きたと考えるのは難しそうだ。
この世界の掟に「エントロピーの法則」というのがあって、自然界はこれに従わなきゃならない。
ものの本によると、科学界で、原理、法則、理論・・・数あれど、本当に真理と確認されてるのは、このエントロピーの法則ただひとつ!ということらしい。
法則の内容はシンプルで、要約すると「世界は整然とした状態から雑然と散らかる方向へと不可逆的に進む」というものだ。
部屋の中を散らかしたら、自然現象(例えば、重力や磁力)のみで元に戻ることはあり得ない。
家が倒壊したら、ひとりでに(例えば、嵐や竜巻で)元通りに建ち直ることもあり得ない。
例えばそこに人間の意思が介入し、建て直そうという意図と、自発的な運動を加えないことには、再び家が建設されることはない。
別の言い方をすれば、自然に反した秩序をつくり出すのが、生命の意思の働きなんであって、それなしには、自然界は秩序立ったものの破壊のみを行う(素粒子の量子的振る舞いや、圧力、熱、電磁気力などで、天体を形づくったり、鉱物の中に美しい結晶を生むようなことはあっても)。
整ったものを崩していく自然のこの振る舞いの過程を、「エントロピーの増大」と言い、エントロピーが最大値になると、宇宙はまったくなにもない、エネルギーすらゼロという、沈黙の世界に丸められる。
でこぼこが一切ない真っ平らにならされる、というか。
散らかり方も極まると、整頓と清潔の境地に至るわけだ。
だとしたら、生命活動が構築するこのきれいに整った、いやらしい言い方をすれば「人工的」で「作為的」な僕らの世界とは、エントロピーに抵抗しようという試みなのだろうか?
いやいや、エントロピーの法則は絶対的なもののはず。
シュレディンガーが「負のエントロピー」と呼んだ生命活動だけど、その因果応報はエネルギーの保存則に反せず、概念上の根本世界はちゃんと乱雑に荒らされてカオスに向かうため、エントロピーは無事着々と増大していく、ということのようだ。
・・・説明が長くなったが、つまりなにが言いたいのかというと、アミノ酸が集まって、自然にタンパク質ができるものなのか?ということだった。
仮に、驚くべき確率の話だが、各種のタンパク質ができたとして、そいつが偶然にも「われわれが求める機能」に必要な部品としてすべてそろったとして、それが「われわれが求める形」に正確に並んだとして、そいつを自然の現象のみで稼働させることができるものだろうか?
つまり、「生命による意思」抜きで。
素晴らしい奇跡が続きに続き、無事に機械(久しく触れなかったが、自己複製の話をしていることを思い出してほしい)が組み上がったとして、一体誰がスタートボタンを押すというのか?
そこだけは、自然の力ではできそうにないのだ・・・

つづく

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生命の誕生、その思考実験・1

2020年09月29日 09時48分46秒 | 生命の誕生
結局、行き着くところ(・・・逆か。出立するところ、と言わねば)は、深海の熱水噴出口のようだ。
ここなら、海ができたての頃に宇宙から受けた隕石の重爆撃や、海面の荒波や干上がりからも逃れることができる。
生命がまだ発生してないむかしむかし、誰もいないそんな原始の海に・・・鉱物と無機質な水しかない海の底に、金属が溶け込んだ熱水が噴出してたわけだ。
地中深くから薄い地殻を破って飛び出した金属の水溶液は、海底に煙突のような塔をつくる。
そこには、細かな洞穴が・・・極微細なくぼみがたくさんできる。
そんな穴のひとつにあぶくがコロリと転がり込み、有機物をはらんだわけだ。
ここで何度も書いてる生命の誕生(赤ちゃんが生まれるってことじゃなく、最初の生きものがこの世に生成された話)について、おさらいをしておく。
生命の定義は、突き詰めればたったみっつで、すなわち・・・
1・閉じた系であること(例えば膜に包まれてる)
2・その姿を維持できること(新陳代謝ができる)
3・自分を複製できること(分裂したり、子供を産んだりしないと、命は一代限りで途切れてしまう)
・・・というもの。
閉じた系は、前にも話したっけ?リン脂質みたいな「片方が親水基(水を好む)で、もう片方が疎水基(水を嫌う)」という棒状の物質がたくさん並んで球体をつくれば、泡という形で実現できる。
このタイプの物質は、水に放り込めば自動的に閉じた系になるので、要するに、水の中で油の玉ができる感じだ。
じゃ、リン脂質なる有機物をどうつくるか?という問題だが、これはむかしむかしに実験したひとがいて、無機物の水溶液を閉じ込めた密封ガラスビンを熱したり通電させたりしてるうちに、有機物の生成が確認できた。
つまり自然界においても、熱せられた無機物に雷が落ちれば化学反応で有機物化する、ということだ。
なかなか勇気がもらえる実験結果ではないか。
しかし、生命を発生させるには、ここからが難しいんだった。
そこで海底の熱水噴出口!というわけなんだけど、まずはあぶくができた。
ここでは、高温の金属水溶液がものすごい速度で飛び出してくるために、電気まで起きるようだ。
だとすると、あぶくの中で無機物を有機物化させることもできる。
以前には、海の浅瀬が「有機物のスープ」のような状態になり、そこに雷が落ちて生命が誕生した、というのが半ば定説化してたわけだが、その状況を海底にもつくることができたぞ。
さて、この有機物のあぶくが、周囲に充満した電気を吸収する。
難しい話になるけど、元素から電子を剥ぎ取ってイオン化させ、その勾配を利用してエネルギーを発生させ、自発的に物質を変換する、という作業は、神がわが世界に与えたもうた化学反応のみでできるようだ。
つまり、「生命による意志」なしでも。
いわば、自然界の全自動新陳代謝システムだ。
親水基と疎水基でできた膜が、外から必要な物質を透過させれば、あぶくは体内にため込んだエネルギーを使って、自らを平衡状態に保つことができる、ということだ。
困難に思えた新陳代謝まで、ぼくらのあぶくは実現させたぞ。
そろそろこのあぶくのことを、親しみを込めて「彼」と呼ぼうではないか。
ところが、彼にとって最も高いハードルが最後に待ち受けてるんである。
自分の複製をつくる!
現存する生物における複製のメカニズムは、例のDNAを用いたもので、要するに前の世代から受け継いだ形質をコードスクリプト(暗号、と言えばいいんだけど、シュレディンガーのこの言葉を使ってみたかった)に書き起こし、それを二枚にコピーする。
このコピーの内容は、その生命体のアイデンティティとも言うべきもので、実質、この情報こそが、彼を彼とする概念・・・つまり、彼そのもの、ということになる。
肉体なんてものは、この情報が集めた物質の一時的なかたまりに過ぎないのだから、逆に言えば、「彼自身」とは肉体などではなく、情報そのものなんである。
さて、二枚のコピー紙を一枚ずつ受け取った彼ともうひとりは、それぞれに補食した物質をアミノ酸レベルまで分解し、それらをコードスクリプトのレシピ通りにタンパク質の形に編み上げ、各所に正確に配置して、アイデンティティーの移植を完了させる。
この設計図の具現化によって、ひとりがふたりになる、というわけだ。
どうやらこの難しい作業の実現が、世界最初の生命発生、すなわち「鉱物に魂が宿った瞬間=生命の誕生」ということになりそうだ。

つづく

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