鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

メイ・ストームの午後

2022-04-29 22:50:00 | Weblog

朝方は、少し晴れる気配があったのだけれど、だんだん雲が厚くなって来て、夕刻前から、本降りの雨に。

雨が降って、急激に気温が低下してきたようで、1枚余計に着こんで、そういえば、今年は、メイ・ストームは、まだだったかな・・・なんて思ったり。

春から初夏にかけて、暴風雨になることもよくあるけれど、一昨日が、真夏日直前で、現在は、気温10度に満たない・・・季節が進んだり、戻ったりと忙しい大型連休の始まりの日。

連休のお昼には、よくビールなんか飲んだりして、ゆっくり、まったり・・・というか、のんびりした気分を味わうには、良い時期で、気候も爽やかな時期だから、外(拙宅の庭)で、食事をするのもいいかな・・・と思って、毎年、外で食べられるようなメニューを考えたりしたけれど、結局は、実行することなく現在に至っていて、だったら、母の居たサンルームで、気分だけでも・・・と思っていたのだけれど、実際に行うには、母は、小食になりすぎて、(去年は、もう現存していなかったけれど)一昨年は、サンドイッチをひとつつまんで、昼食もおしまい・・・なんてことも。

ファースト・フードでは、モス・バーガーが、母のお気に入りだったけれど、これも、あの円形のバンズ1/4くらい食べれば、お腹が一杯だというし、それに、ポテト3~5本とサラダもほんの少しとビール100ml弱・・・デザートの甘い物。

そんなランチだったなんてことを思い出した。

昨日、久々に菩提寺側のベッカライ(オーストリア・パン屋)で、ヴァイセアベッケン(フランスパンのような形状で、味も塩味で、外皮がカリカリ硬くて、中は軟らか)を2本購入して、焼立ては、包丁で、分割しようとすると中身が潰れてしまうので、一晩置いて、翌日である本日、切り分けた。

1本は、6等分して、ラップに包んで、冷凍しておく。残り1本の半分は、昨日の夕食に食べた。

本日は、残りの半分を、ポテトをマッシュして、鶏肉のペースト、香辛料などで味をつけたホットサンド用の缶詰のフィリングをのせて、オーブンで、数分焼いて、夕食にした。

作り置きしておいたキャロット・ラペ、茹玉子、茹アスパラガス、酢漬胡瓜。

爽やかな初夏の風の中、ビールと一緒だったら、もっと良かったんだけれど。

 

今日は、強風と強い雨。

 

今年も、爽やかな季節の訪れだけれど、相変わらず、世の中は、荒んでいるものよ・・・とニュースなど眺めながら。

 

最近は、食事をするとすぐに、眠たくなってしまうので、少しうとうとして、目が覚めた。

 

母の着ていた(・・・といっても、たぶん、気に入らず、箪笥の中に仕舞っておいたのであろう防寒下着用のベストを、この冬、私が借用して着ていたのだけれど、高額だったわりに、少し着ただけで、数か所、穴が開いている・・・化繊素材だから、虫ではないだろうなぁ・・・と思って、刺繍で、ダーニング。

こういうチマチマした針仕事は、下手なんだけれど、嫌いじゃないので、図案があるわけじゃなくて、穴塞ぎだし、どうせ、アンダーウエアなんで、適当に、穴の開いた箇所を花の刺繍してみた。

暫く、刺繍(・・・と言うほど、立派なもんじゃないけれど)は、やっていなかったので、ステッチなんか、殆ど忘れてしまった。

・・・母の亡くなったとき(去年の今頃)に、整理した手芸用品の中から、沢山の刺繍糸が見つかって、使っていないものも多くて、綺麗な光沢の糸が、随分残っていたから、使ってみた。

やはり(百円均一のお店の者とは違って)メーカー品の糸は、色彩が凄く綺麗で、ひと枷、150円くらいするのだろう。

百均は、10枷くらいで、100円だから、比べるのも酷というもだろうけれど、やはり、綺麗な糸を見てしまうと、百均のものは、使いたくないし、絡んだり切れたりしないメーカー品は、流石だな・・・と思ったり。

単なる穴塞ぎなのに、いろいろと面倒なことよ・・・。

刺繍糸ひとつにしても、母は、贅沢していたね・・・というより、百均に刺繍糸があるなんて、母は、知らなかったコトだろう。

 

 


疲れ果てていた子供

2022-04-26 23:32:23 | Weblog

夕刻前より、激しい雨。

肌寒いような?蒸し暑いような・・・???

梅雨時のような空模様。

流石に、まだ4月だから、あの梅雨時のようなベッタリした蒸し暑さとは、また違った蒸し暑さ?なのだけれども。

 

本日も県央へ。

私は、体力がなくて、2日連続で、外出・・・というのが、凄く疲れる・・・勤め人だった頃は、1週間5日は、定時に起きて、会社に行く・・・なんて

コトが、出来たのが不思議なくらいで。

夕方、雨が激しく降ってきて、そんな中帰宅し、湯あみをして、食事をして、やれやれ・・・と横になっていたら、まだ19時なのに、ねむくて、ねむくて、30分くらいうとうとしてしまった。

髪を洗って、乾かしていないまま、居眠りをしてしまって、余程、疲れ果てているのかな・・・と思う・・・。

体力には、皆目、自信がなくて・・・いやいや、体力だけでなく、全てにおいて、自信という文字が、私に辞書?には、ないような気がする。

モトモト無いのだから、探しようがない。

 

疲れた疲れた・・・。

考えてみれば、私は、子供の頃から、『疲れた子供』というか、『疲れ果てている子供』で、その『疲れ果てている子供』は、そのまま『疲れ果て過ぎた大人』になってしまったようで(もっとも、きちんとした大人になることができなかったので、大人と言っていいのかどうか・・・???)。

もう少し、体力があったら、『疲れ』を感じないですむのだろうけれども。

 

私の母は、疲労感や怠さなどを表現するのに、『コワイ』という方言を使っていた。

『コワイ』は、所謂、恐ろしい、恐怖・・・という意味ではなくて、『だるい』、『疲れた』系の意味で、身体の不調があるときに、よく使ってた県北の方言だった。

母の『コワイ』を聞くと、またか・・・と思い、食材で、なんとかならぬものかな・・・と考えた。

蜂蜜や黒にんにくを常食し、いつも

『美味しくはないけれど、薬だと思って(食べている)。』

そんなことを言っていた。

『薬』を神の如く・・・身体の不調を治してくれるのは、『薬』であると頑なに信望し、とにかく1カ月の漢方薬その他、薬や栄養補助食品と言われるものをひと月に十数万円以上購入し、少しだけ飲んで、あとは、押入れに仕舞ってしまい、数年・・・。

消費されずに廃棄した商品は、どのくらいあっただろうか???

 

そんなひとの子供として生まれ、その弱い身体を受け継ぎ、更に悪いことに、並外れて臆病で、神経質で、心配性・・・という私は、よくぞ、ここまで、生きてきた・・・と自画自賛???してもよいのではと思っているくらいで。

それにつけても・・・。

この身体とメンタルの脆弱性が、修正出来ない限り、この先、生きていくのは、かなり厳しい・・・(と思っている)。

それなので、毎日毎晩、亡母に対して、

『早く迎えに来い!』

といいながら、仏壇に線香をあげているかつての疲れ果てていた子供の私がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


瑠璃唐草(ネモフィラ)~天上の蒼/国営ひたち海浜公園

2022-04-25 22:04:25 | Weblog

佳く晴れた初夏日和。

 

早朝、県央へ。

『明日の予定でしたが、明日は、天気が悪いようなので、本日は、ネモフィラを見に行きましょう。』

・・・ということで、急遽、ひたち海浜公園へ。

県央の大型ホームセンター隣接のインターチェンジから北関東自動車道で、ひたちなか市へ。

・・・1時間掛からんかった・・・(国道だと2時間以上かかるのでした)。

 

平日月曜日なのに・・・高速道路・ひたち海浜公園IC 出口付近は、渋滞。

平日なのに・・・。

インター出口、そして、駐車場、入場券購入場・・・どこもかしこも渋滞と行列。

 

今週は、ネモフィラ満開(見頃ピーク)のようでした。

 

随分並んで、やっとこ入場。

まずは、観覧車で、公園全体を把握しましょう・・・ってコトで、観覧車へ。

 

観覧車からみえるのは、ネモフィラ満開、ブルーに染まった丘。

海も見えて、航行する白い船。

観覧車を降りて、ネモフィラ満開の丘迄、歩きます・・・。

季節によって、様々な草花が色を変えて咲き競う公園のようでした。

 

圧巻は、ネモフィラの丘。

 

一面ネモフィラの瑠璃色に染まるそして、ネモフィラの中の歩道には、人・ひと・ヒト・・・の渋滞。

 

・・・それでも、初夏の爽やかなブルー、空のブルーと繋がって、どこまでも美しい憂いのある青。

 

ネモフィラの和名は、瑠璃唐草(ルリカラクサ)。

私は、和名の方が好きです・・・。

(白いネモフィラもありました・・・↓)

 

 


『私にできるすべてのこと:池辺葵・著』

2022-04-24 22:24:24 | Weblog

たけのこ梅雨に突入?なのか・・・昨日よりも、最高気温10度近く低下。

日中は、どんよりとした曇り空で、夕刻より雨。

20℃前後が、一番過ごしやすい・・・とは思うのだけれども、昨日の蒸し暑さを体感してしまうと、何やら肌寒いような日曜日。

 

暫く、新しく読む本などご無沙汰状態で。

再読などは、していたのだけれど、ほんの少しのつまみ読みをしても、集中が難しくて、すぐページを閉じてしまう。

以前は、本を読むために生きていた?ようなところもあったのに、変われば、変わるもの・・・と思っています。

 

漫画家・池辺葵。

不思議な物語と不思議な画力。

画力は、上手いのか下手なのか・・・で言えば、そう画力のあるほうだとは、思えない・・・(違うのかもしれないが・・・)。

最初は、よくわからない・・・のだけれど、物語が進むにつれて、登場人物の名前、役割、関連が、繋がって来る。

20年前に大量破棄されたヒト型AIロボット達と、それらに関わる人物の物語。

喫茶店の老女主人、その友達、コールセンタークレーム部で働くリリィとショウとその上司・田岡。ガンを患うゲート管理の林田さん。旧ヒト型AI開発を担ってきた科学者兼社長と官僚。

 

数十年前・・・某・SONYから、ロボット犬AIBOが、発売されて、そして、生産を終了。

長年、ペット?として飼い続け、部品の寿命が来ても、修理できる体制がなくなった・・・。

AIBO開発に関わった社員のおひとりが、AIOBの修理会社を立ち上げて、修理は、数か月から数年待ち・・・とのことで、余命宣告をされたお年寄りなどが、修理されて戻って来るAIBOを待っているのだという・・・。

 

使い捨ての機械、心を持たない機械たち。

 

そのヒトと同じ形状の目のなかの監視カメラと、CPUから取り出された過去の記憶。

記憶に感情をのせない・・・というAI。

 

ジャンルは、SFということだけれど、今迄の人間のドロ臭さ・・・みたいなものを描き続けた池辺葵で、記憶とそれに伴う感情が全て・・・みたいな作品が多かったような気がしているけれど。

 

その記憶に感情をのせないAIには、破棄される悲しみも痛みも、なにもないハズなんですけどね・・・。

そこは、やはり池辺葵・・・なんだろうな・・・と自分でもよくわからない読後感であったりします。

 

 


サクラのあとは、ハナミズキ・・・明日からは、筍梅雨

2022-04-23 22:20:02 | 自然・気象

昨日より、やや気温が低いけれど、蒸し暑い感じのするくもりがちな土曜日。

 

午後、居室北側の窓を開け放して、床の上にひっくり返っていると、気持ち良い風が通り抜けて、やはりこの夏の始まりのような時期が、一番、好きだと思いました。

季節が、前倒しで、早くやってきて、まだ4月なのに、既に、初夏日和なので、本来なら、5月頃の感じなのじゃないか・・・と思ってみたりで。

そろそろ、来週に控えた大型連休で、とにかく、会社へ行かなくていい・・・とソレだけが、楽しみだった勤め人時代は、やはり、1年中で、今頃の時期が、一番楽しかったような気がします。

最近・・・というか、ここ十数年???街路樹に、『ハナミズキ』を植えることが多くなったような気がします。

昨日、走行した隣市の新興住宅地沿いの県道などにも、『ハナミズキ』が、沢山植えこまれておりました。

 

居住地近隣の県道は、街路樹が桜のトンネルで、花の時期は、とても綺麗ですが、桜が終わると、桜並木の終わりの地点から、その続き(西へ伸びる道路)は、ハナミズキの並木になります。

花のリレーです。

いま、まっさかり。

一番目を引くのが、白い花の大木ですが、赤やピンクも綺麗で、その花の形状から、宙に浮いている感じが、初夏らしい風情だな・・・というか、風を連想する花なのでしょうかね。

 

夕刻になると、カエル達が、大合唱を始めます。

ゲコゲコゲコ・・・。

これも初夏の訪れを告げる季節の音。

 

気分的には、イマイチで、相変わらず、ウツウツです・・・明日から、少し先迄、また雨の予報が出ておりました。

4月上旬頃の長雨は、菜種(なたね)梅雨、そして、5月の走り梅雨などと言いますが、今頃の雨は、何というだろう?と思っていたら、某・国営テレビのローカル番組で、

4月下旬から5月上旬にかけての長雨を、

『筍(たけのこ)梅雨』

と呼ぶそうです。

 

 


知らない街を・・・。

2022-04-22 22:33:43 | Weblog

久々に朝から快晴。

そして、春から一気に夏日に。

あとわずかで、30℃越えの真夏日だった・・・と夕刻のニュースは、伝えていた。

 

洗濯などして、発注していた品物の荷受に。

ここの運送会社は、時間指定しても時間通りに来たことがないので(来たことはあるけれど、5回連続で、無視された)、営業所に留め置いて、まとめて取りに行くことにしている。

でも、片道車で、30分・・・ガソリン高騰の折、どうしたもんかな・・・。

その荷物を、県央迄。代理で発注した分を、お届けに。

地図ルートでみれば、北上した方が早いんだけれど・・・知らない道で、交差点を前に、赤信号でストップばかり。

途中から、いつものルートに乗れるように、国道バイパスを目指す。

結局のところ、やはり、慣れたルートで行くに限るのかも・・・ということで、都合5時間近く、車を運転することに。

 

知らないルートも、約束の時間制限がなければ、楽しい。

 

だって、今は、初夏の花が一杯咲いている。

初夏の花は、木に咲く花。

ハナミズキ、フジ、ハリエンジュ、躑躅(つつじ・・・どうしても、この漢字を『ドクロ』と読んでしまう)などなど。

香りも初夏の花の香り。

 

夕刻前に、食糧を調達して、戻って来る。

拙宅周辺では、カエルが、大合唱を始めた。

 

・・・来週は、もう大型連休。

 

夏も近づく・・・。

 

 


ね・む・い・・・。

2022-04-21 22:50:50 | 睡眠

曇りがち。

夜から、本降りの雨。

 

この頃、眠くて仕方がない。

起床も遅く、夕食後は、すぐに眠たくなって、昨日の睡眠時間は、合計で10時間を超えてしまい、もうヒトとして成り立たないような気がしてきた。

うとうとと眠っているのは、心地よい。

 

ずっとずっと不眠だったから。

 

一晩中、眠れず、外が薄っすらと明るくなって来て、そしてまた一日が始まる・・・と思うとウンザリだ。

ヒトとして成り立たないのなら、このまま、眠り続けて、ずっとずっと眠り続けて、眠り続けたまま死んでしまっても、いいかもしれないな。

 

雨が本降りになってきた深夜。

雨の音を聞きながら、うとうと・・・。

 

・・・たぶん。

私は、許して貰えるなら、ずっと眠り続けていたい・・・っていうか。

もう、眠らなくてもいい世界へ。

 

考えるコトが、なんだか、逆流している・・・本降りの雨の夜。

 

 

 

 

 


重たい曇り空。

2022-04-20 21:06:56 | Weblog

くもりがち、時折、雨の降る寒い一日。

 

このところ、終日、すっきり晴れる日が無くて、季節的には、菜種梅雨・・・には、遅く、走り梅雨には、早い・・・。

二十四節季では、『穀雨』か・・・などと思いながら。

 

朝も暗いので、一度起きて、二度寝したら、午前9時をゆうに過ぎていて、ありゃりゃ、寝過ごしたと思ったのだけれど、母生存時分は、だいたいこのくらいの時間に起床していたし、元に戻った感もあり・・・。

 

母が、亡くなってから、眠りが、浅くて、すぐに目が覚めてしまって、なかなか寝てもいられなかったのだけれど。

なんだか、妙に、神経が張りつめていて、ここへきて、精神的疲労が、限界・・・に来たのかも。

 

自分自身が、終日、ロクなことを考えておらず、相変わらずの『恐怖・不安・焦燥』に捕らわれていて、自分自身に

『一体、何がそんなに怖いんだい???』

と問うてみても、やはり、死ぬことが怖い・・・ような感じだけれど、だったら、いっそ、死んでしまえ!と言う声が聞こえてきた。

そうだね。もう生きていても仕方が無い(世話をする母も、もういない)し、世の中は、戦争だ、食糧危機だ、ロックダウンだ、ガンだ、脳梗塞だ、認知症だ、寝たきりだ・・・と恐怖を煽り続ける。

 

でもなぁ・・・。

死んでラクになれる保証ってないのよね。

なんだか、死後の世界に、大変なコトになるとか、ならぬとかで・・・。

現世で生きるより酷いコトになる・・・なんてことを言ってるヒトもいる。

 

輪廻の輪から、ハズれるには、どうしたらいいんでしょうかね???

そもそも・・・死んだあとのことなんて、死んでみなくては、わからない。

一発で、終わりなのか、転生ってあるのか・・・。

 

或る意味、死んだら終わりって方が、楽なのではないか?

 

生きるも苦しく、死んでもダメ・・・って。

救いようのない世界に生きてんのね???

 

・・・なんてコトを曇り空を見ながら、考えていて、

『バッカじゃね~~~の?』

とか、やっぱ・・・おまえ(私)は、キチガイなんじゃね?・・・という別の自分???がそう思う。

 

並外れた心配性の・・・基地外。

思考がループして、また最初に戻る・・・そんな繰り返し。

 

 

 


母の歩いた散歩道~気違いじみた心配性

2022-04-19 21:05:03 | Weblog

朝方は、くもっていたけれど、日中は晴れ間も。

山桜も散り始めて、地面は、はなびらが一杯。

 

母は、亡くなる1年くらい前迄は、ひとりで、外出できていて、脊柱管狭窄症で、脚に痺れなどが出ていても、歩行を欠かさなかった。

母が、外出すると、ちょっとほっとしたりした。

暫くは、用事を言いつけられることも無くて、ゆっくり眠ったりできたから・・・。

でも、そんなことも、3時間も過ぎれば、今度は、外出先で、なにかあったのかも・・・という不安に変わった。

 

近所のドラッグストアの常連で、自転車で行って、転んで、パトカーに送られて帰ってきたこともあったりした(ソレ以来、母は、自転車には、乗らなくなったけれど、ソレまでは、1年に2回?くらいは、転んで、怪我をしたりしていたし、一度、車にぶつかったこともあった)。

母が外出して、数時間経つと、私は、ベランダから、母の戻りを待っていた。

 

(↓自宅への入り口に至る木立の路。ベランダから、この道を歩いて戻る母の姿をみつけるとほっとしたものでした)

 

夕方になっても戻ってこないと、不安は、心配を通り越して、絶対、事故にあったんだ!

もうすぐ電話がかかって来る!!!

そんな恐怖に、脅えていた・・・(幸いにも、そんな恐怖は、現実にはならなったけれど)。

心配だから、車で送るよ・・・と言っても、毎回、そういう訳にも行かない。

 

家に居れば、面倒だし、出かけてしまうと心配だし。

母って、一体何だったんだろう???

 

ベランダから母の姿を確認できたとき・・・或いは、玄関の戸の開く音を聞いたとき。

私は、本当に安心して、やっとほっとして、

『遅いから心配したよ。』

って声をかけたけれど、耳の殆ど聞こえない母には、届かなかったことだろう。

 

そして、今度は、母が眠った深夜。

呼吸が止まっていないかどうか、毎晩、確認していた。

 

私は、キチガイの心配性だったんだ。

今も、別の心配で、いつもいつも、心配のタネを探して歩いていて、本当に、キチガイになってしまった。

 


去年の今日は・・・②

2022-04-18 23:46:23 | Weblog

午後から本降りの雨。

 

宵のうち、雨が激しくなって来て、雨音を聞きながら、うとうと眠ってしまった。

 

去年の今日は、母のお骨を納骨した四十九日。

去年の今日も、朝は、大雨で、寒くて、日中は、晴れてきたものの、強風。地震もあった。

母の法事の日は、いつも風が吹く・・・今日も、夕刻から風雨が強くなった。

 

午前中、墓参しようかと思ったけれど、雨降りそうだったので、止めた。

仏壇の菊花は、49日以上、その姿を保ってくれた。

夏場などは、2~3日で、枯れてしまったりするのに。

流石に、枯れてきたので、ありがとうと御礼を言って、捨てた。

 

母が、お墓の下に移転?して、1年経っても、まだ母が生きているような気がしている。

まだ、認めたくないんだろうな。母の死を。

毎日、悲しいわけでも、辛いわけでもない。

けれども、夕暮れ時や、雨、風の日には、やはり寂しくなったりする。

 

現在・・・もし生きていたら、どうなんだろうか?

ディ・サービスとか施設とか・・・日中だけとか・・・そんな感じになっていたかもしれないし、まだ自宅で、頑張っていたかもしれないな。

 

そんなことを思った週明けの四十九日から1年たった今日。