中国西安で奮闘する大学教師Mの日々

日本人教員として中国の陝西省西安市の大学生・大学院生に対し、「日本文化・社会」や「卒業論文」などを教えています。

入江昭著『歴史を学ぶということ』を読む

2012年02月05日 05時27分22秒 | とりあえず日記
〈おふざけ画像ですみません!ま、色々とあっても何とか元気にやっております〉


今日は、去年からずっと放っていた髪の毛をさっぱりさせる為、行きつけの美容室へ。
ま、中国へ行ってからここ数年は半年に1回通うというペースですが・・・

電車で行く場所の為、買ってまだ読んでいなかった本を一冊持って出かけました。
それが、

入江昭『歴史を学ぶということ』(2005年、講談社)

でした。
実は、入江さんの本はこれまでしっかり読んだことがありません。
(岩波の『東アジア近現代通史 11巻』の文章は読みましたが・・・)
この本は全体的に読みやすく、電車の往復と帰宅後少しの時間で一気に読み切りました。

中でも、彼が歴史学者になる経緯(体験、出会い)が書かれた部分は面白かったです。
その部分にこそ、歴史学者入江昭が歴史をどうとらえているか、そのものが表れていると感じました。

また、入江さんが大学時代に出会ったマッキャフリー教授との話は印象的でした。
高校卒業後、すぐアメリカの大学に入学した入江青年には英語での発言は困難でした。
その為、深夜一時すぎまで予習をして講義に望んでも、発言は皆無だったそうです。
そうした入江青年に対して、マッキャフリー教授は次のように語ったといいます。

「これから君が学ばなければならないのは、クラスで発言することだ。君が書物の内容をよく理解していることは明らかなのだから、恐れずに発言するようにしなさい。」

学生にとって、どのような先生と出会うかは重要です。
ですが、それは小・中・高だけでなく、大学でも同じなのだと改めて思いました。

本の中では、この他にもマッキャフリー教授から受けた教育的影響が何度か語られます。
それは後にハーバード大学の歴史学の教授になる入江さんに多大な影響を与えました。
(ハーバード大学・・・中国語:哈佛大學、英語:Harvard University)


電車の中でつい時間を忘れて没頭する位、集中して読みました。
その位、面白い本でした。