中国西安で奮闘する大学教師Mの日々

日本人教員として中国の陝西省西安市の大学生・大学院生に対し、「日本文化・社会」や「卒業論文」などを教えています。

中国で初の“野球”

2011年11月29日 18時41分17秒 | 中国の大学、大学生
<今日は夕方から二年生達、野球クラブの面々と野球をしてきました。ただ、この写真は今日のではなく、他の日に撮ったものですが…>

私は好きなスポーツは、特にサッカー、それに野球、水泳です。
いずれも学生時代に学んだ経験があり、それらに関心が深いからでしょう。


中国に来て以来、主にサッカーのみで他はする機会はほぼ皆無でした。
というのも、水泳をやる場所は大変少なく、野球場などは見たこともありませんでした。
(なお、この話は安徽省時代の話です…今の上海ではなく)

しかし、上海に来てからはこれらのスポーツをする機会にも恵まれています。
こういう点は、さすが国際都市上海という感じがします。
一般的に「中国に無い」とされるものが、上海にはあります。


ところで毎週火曜日15時半より、二年生達との日本語コーナーを実施しています。
そこでは主に、日本語での交流をしているのですが今日は違いました。

…何故か、今日は会話ではなく野球をすることになっていたのです。
(私が皆に提案したのかもしれませんが、覚えていません…)

ともかくそんなことで、学生達と新校舎のグラウンドへ向かいました。
そこには、大学の野球クラブの面々もいて、すでにキャッチボールが始まっていました。

その光景を見た瞬間、私は一気にテンションがマックスになりました(笑)
中国で本格的な野球に出会えたこと、自分もそれが出来ること、そして素晴らしい野球をする環境があること…
 
どれもがその理由ですが、何より好きなスポーツが出来ることが最高の喜びでした。


聞くと、この野球クラブチームはかなりの強豪だそうで、上海の大会で優勝を果たしたそうです。
そうした彼らの様子を見ていたのですが、確かに野球の動きは慣れている感じでした。

…が、日本では決して上手な方ではなく、平均よりも少し上という印象でした。
そうした点から、やはり日本における野球のレベルは高いのだと実感しました。


私は野球が相当久しぶりでしたが、最近運動を続けているせいで体は軽く感じました。
そして、

・キャッチボール
・遠投(60メートル程度)のキャッチボール
・バッティング
・ピッチング

などを時間を忘れて二時間程楽しみました。
高校時代、毎日のように遅くまで練習していた時代を懐かしく感じました。


日本語科の学生達は野球の素人だったらしく、グラウンドの隅で仲良くミニキャッチボールをしていました。
何故か日本語科の男子学生よりも、女子学生の方が関心をもっていた感じがしました。
(二年の男子学生は比較的おとなしめというのも関係あるのでしょうが…)

野球クラブの面々は、何故か私に関心を持ってくれたらしく、

「M先生」 「すごいね!」 「大丈夫、大丈夫」 「もっともっと」

など、片言の日本語で私に色々と話しかけてくれました。
そんな友好的なムードだった為、久々の野球を満喫することができました。

帰り際、クラブの学生達から、

「先生、毎週末野球をやりましょう!いいですか?」

と言われたので、

「もし時間があれば参加するよ。でも次回も必ず来るから」

と言い残し、グラウンドを後にしました。
何でも彼らは毎日のように、この活動があるそうです…(凄い元気)

私自身は仕事の合間の気分転換として、また参加できれば良いと思っています。
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ドキッとした言葉

2011年11月26日 22時16分56秒 | とりあえず日記
<せっかく上海にいるので上海の観光スポットを一枚。夜の外灘(Wàitān)あるいは、バンド(The Bund)で撮ったものです。>

唐突な書き出しですが、私は修士課程を終える時期、博士課程に進むかどうか迷ったことがありました。
その理由は様々あったのですが、一番の理由は自分の自信がそこまでなかった為でした。
が、自信がないのにも関わらず、何故か「挑戦してみたい」という思いが勝っていました。

それは一度の人生だから、せっかくなら本当にやりたいことをやりたい、と考えたからでした。

「その後の見通しは若干厳しめでも、とりあえず一歩を踏み出し、行けるところまでやろう!」

そんな思いだけで博士課程の進学を決めたように思います。
周りにそれを反対する人がいなかったのも幸いでした。
(指導教官、副指導教官、他の教官の方々、両親など)
むしろ、何故か応援してくれる方々が多かったのです。

そして、幸い、大学院側から等の支援で経済問題も解決でき、研究費にも一度も困ることがありませんでした。
(短期間ですが、自宅で小中学生相手に塾を開き、そこでも若干費用を賄っていましたが…)

その後、偶々、博士課程1年後半の時、現在の仕事の話を紹介頂き、中国へ渡る機会を頂きました。
そして、そこでも仕事環境や周囲の人々に恵まれたお蔭で、相変わらず充実した日々を過ごしています。

さらに、この中国生活の間、活字として研究成果も徐々に出てきています。
今年は、それらの成果をまとめ上げ、博論にまとめるため毎日頭を絞っています。

…しかし、やはり仕事もあるため、なかなかそれが早く進まないのが玉に傷でした。
それが理由なのでしょうが、若干焦る気持ちも生まれていたのが最近の自分でした。


「自分の好きなことだけをやって生活し、それで人々から感謝される。」


それが今の私の生活のはずで、その生活自体は本当に有難いもののはずです。
しかし、そうしたことへの有難さを最近は忘れかけていたのでしょう。


そんな僕に対して、核心をつく言葉をかけた学生がいました。
それは学生と私が話している時の一言でした。

確か、私が自分の大学院時代から今に至る自分の経緯を学生に話していた時だったと思います。
恐らく、私が何か愚痴じみたことを言ったのだと思います。
その学生は突然、私にこう言ったのです。

「先生は自分の好きなことを出来ていることへの素晴らしさが分かっていませんね。」

と。
その言葉を言った後の、学生の顔を私は忘れることができません。
恐らく、自分の「苦い」経験から出た言葉だったのでしょう。
だからこそ、学生のこの言葉には相当な重みがありました。

この学生の言葉から、今、自分が置かれている環境に感謝足りないのだと心から思えました。

突然、

「人には様々な人生があるけど、実は自分の本当に好きなことをして生きていける人は少ないんだ。だから、そういう人は幸せ者だ。」

と幼い時、父から聞かされたのを思い出しました。
思えば、この言葉を一度でなく何度も父から聞かされたものです。
(何で父がそういう言葉を私に言ったのかは分からないのですが)

そして、博士課程の進学が無事決まった時、日頃お世話になっているある方にも同じ言葉をかけられました。

「Mさまは自分の御興味が、自身の仕事になっているのですから素晴らしいですね。でも、それは当たり前のことではないのですよ。」

こういう言葉だったと思います。
やはり、この言葉も記憶に深く刻まれています。


学生からの一言で、何かこれらの記憶が一気に私の頭によみがえってきました。
そして、自分の今の恵まれた環境に本当に有難い気持ちでいっぱいになりました。
何より、もっともっと頑張ろう、いや頑張れる!と思えました。


学生といっても、大学生の彼らはやはり立派な大人です。
この学生の言葉から、感謝が出来ていなかった駄目教師Mは大切なものを教えてもらったのでした。
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経済協定をめぐる今後の日本の立場

2011年11月23日 19時20分10秒 | 現代の中国社会
<昨夜、仕事の関係で新校舎内にある教員専用ホテルに泊まりました。やや狭めですが、この大学教員であれば宿泊は無料!>

※今夜は少し長め…

ここずっと日本ではTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の話題に注目が集まっています。
周知の通り、これは貿易自由化を目指す枠組みである、関税をほぼ例外なく撤廃する取り決めを指します。

この経済協定に日本はどのように関わっていくかに日本国内だけでなく、世界も注目しています。
日本では参加を決定するまでかなり時間をかけ、参加を決めた今も、どのように関わっていくかが曖昧な状態です。
国内の反対派の識者は「結果的に国益にならない」と主張し、被害を受けると予想される農業に関わる人々も強く反対しています。

野田首相の支持率が下がったのは、そうした背景が関係しているのは間違いありません。
要するに、この協定に参加することは決まったものの、まだ先行き不透明な状態が続いているのです。


こうした状況を、日本でなく中国から見ていると、別の視点にも注目しています。
それは、こうした経済協定をめぐる国際政治の動向です。

具体的に言えばこういうことです。
TPPの先導役は言うまでもなくアメリカであり、彼らはそこに日本を巻き込もうとしているわけです。
それは日本を巻き込むことが国益になると考えているのは勿論ですが、それ以上にアジア経済に自ら影響力を持ちたいという意図があります。

これは中国の目覚ましい経済成長と共に、その影響力を拡大させている状況に対する警戒があるとされています。
こうしたことは中国政府も意識しているようで、中国側はTPPよりも、ASEAN(東南アジア諸国連合)への歩み寄りを強めています。
※http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111118/k10014061341000.html

要するに、アメリカ主導の経済協定(TPP)には消極的で、自らの影響力を行使しやすいASEAN構想に積極的というわけです。

環太平洋地域においてアメリカと中国が自らの「覇権」を争う構図がそこにはあるわけです。
そして、そうした流れの中で日本はどういう立場を示すかが今は問われているのです。

こうしたことに対する日本のメディアの反応は様々なようです。
特に、各新聞社の「意見」として社説からそれを整理してみたいと思います。


ネットニュースではちょうどそのことを紹介していました。

「TPP交渉参加 日米連携に軸足置く産読日 産経新聞 11月21日(月)7時55分配信」記事より紹介します。


「【社説検証】

 ■朝毎は中国重視にじませる

 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に参加するか否かは、貿易立国を掲げる日本の国益に直結する問題だ。その交渉参加について、野田佳彦首相がようやく「関係国との協議に入る」と表明した。

 6紙は首相の国内記者会見と、米ハワイ州でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を受けての2度、そろって社説で取り上げている。

 産経は「最終的に国益に合致する判断を下したのは当然」とし、「アジアと米、豪などを含むTPPに参加しない選択肢はあり得ない」と言い切った。読売も「『開国』に踏み出す野田首相の政治決断を支持したい」とするなど、「大局的な判断」(日経)を評価する論調が目立った。

 ただ、首相の決断が1日遅れたことについては厳しい論調ばかりだ。特に東京は「強い決意を示せぬようでは、今後の厳しい交渉や国内対策は乗り切れまい」と先行きを悲観した。

 各紙の論調に違いがみられるのは、TPPに関しての対米姿勢と、現在はTPPの蚊帳の外にいる中国に対する日本の戦略についてである。

 産経は首相に対し、価値観を共有する米国との交渉では「日米で中国に対抗していく戦略的連携を踏まえた認識が必要だ」と明確に提言した。

 交渉が食品安全、医療、金融、知的財産権など21分野に及ぶTPPはいずれ中国を含むアジア太平洋全体の地域経済統合の枠組みに発展する可能性がある。それゆえに産経はTPPを安全保障の観点でもとらえ、「経済、軍事両面で規範無視の行動が目立つ中国を国際ルールに取り込むなどのパワーゲームも考えなくてはならない」と踏み込んでいる。

 読売もTPP参加が日米同盟を深化させるとし、「経済・軍事大国として存在感を強める中国への牽制(けんせい)という点でも重要だ」と論じた。ただし、アジア太平洋地域での米中の主導権争いの先行きは不透明とみて、「それだけに、米国寄りに立つ日本は、中国とも戦略的な通商政策を展開することが欠かせない」とやや歯切れが悪い。

 日経は「米国とも渡り合いながら、アジア・太平洋の通商ルールづくりを主導していくのが日本の責務」と指摘する。しかし、地域の安定が経済活動の大前提との観点から、「肝心なことは日米同盟を強め、アジア太平洋の安全保障の礎である米軍の関与を支えていく努力だ」と日本の役割を強調している。

 朝日と毎日は、日本外交の基軸は日米同盟だとの認識を示しつつ、論調は産経など3紙とは異なる。

 朝日は「地球規模で経済の相互依存が深まったいま、中国抜きの経済体制はあり得ない。ここは米国一辺倒に陥らずに、中国やアジア各国との関係改善、強化も急ぐ必要がある」と論じ、日中韓やASEAN(東南アジア諸国連合)+3(日中韓)の自由貿易協定の進展を「対米カード」に挙げた。

 毎日は「対米警戒感はTPP参加国に共通している」「(TPPは多国間協議なので)米国も勝手なことはできない」との分析を示したうえで、「中国が呼びかけている日中韓の自由貿易協定構想にも積極的に参加すればよい」と提言している。

 TPP参加にからみ、国内では農業問題などが論議される。しかし、外に目を向ければ、TPP問題の行き着く先に中国が浮上している。」


要するに、各新聞社とも「意見」は違いあり、中国とアメリカとの両国との関係を日本がどう選択していくかが重要な問題だと書いています。
(もっとも、私自身は産経・読売の意見には賛同出来ませんが…。産経は特に。)

私はこの記事を読んだ後、そもそもどうして日米か日中かという二項対立的な意見が主流を占めるのか理解できません。
こうした「覇権」を争う構図が国際政治の中にあるのは仕方ないですが、その中で日本はどちらと仲良くするかだけを新聞社は主張します。

それだけでなく、そうした構図の中で日本がどういう役割を担い、どう国際政治の舞台で働くべきかも論じてほしいと思いました。
記事を読んでいるだけでは、日本は国際政治の舞台でただ日和見主義的に動いているようにも見えます。

私は国際政治の舞台でもっと積極的な姿勢を日本も見せていくべきだと思います。
そのためには、まずは国内情勢を安定させないといけません。
(今はまだこの段階)
そして、次は国際社会での日本にしかできないような働き場所・役割をみつけることです。

それが結果的に、環太平洋地域の「覇権」争いというつまらんことを止めさせる原動力となれば最高です。
また、そうした成果につながることを私自身は期待します。

中国、そして中国人に常にお世話になりながら、そこで暮らす一日本人としては…
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本日、日本からのお客様が来ました。

2011年11月21日 21時46分17秒 | とりあえず日記
<中国ではコーヒーはブラックよりも、砂糖・ミルク入りが好まれます。一杯のマックコーヒーに砂糖・ミルクが二つづつ付きます。>

今日は四年生の講義が午後一コマ入っていました。
15時すぎに講義を終えて、自宅に着くとすぐに携帯が鳴りました。

でも、その相手は見知らぬ番号…
恐る恐る出てみると、

『どうもこんにちは。日本のNです。』

という声。
そして、続けて、

『実は今仕事で上海に来ています。今夜はMさんは忙しいの?良ければ会社の皆と一緒にちゃんこでも食べにいかない?』

というのです。
このNさんというのは、両親の知人で日本の某製薬会社で重役をされている年配の男性です。
ここ数年、Nさんの会社が中国にも工場や事業所を構えているため、その関係で出張されて来たそうです。

それは知っていましたが、あまりにも急な話でした。
が、会社員の方達との食事も楽しそうなので、夕方の学生との約束をキャンセルして出かけることにしました。
上海事業所の場所は、長宁区遵義路にある高層ビル内にありました。

この場所は、以前も知人等と日本料理を食べに来た際に訪れた場所です。
要するに、ビジネス街で、高層ビルが林立している場所でした。

普段は大学という割と時間がゆっくりとした空間に身を置いているので、何か身がしまる感じでした。

上海の事業所につくと、Nさんが待ってくれていました。
軽い挨拶をした後、事業所の駐在員の方達と一緒に近所のちゃんこ料理店で食事をしました。
店の名前は「玉海力」といい、日本の本店は広尾にあります。

店の客は大半が日本人で、人気店らしくかなり混んでいました。


思えば、私はこれまでちゃんこという料理を店で食べたことがありません。
(自宅では家族と一緒に食べたことはあったのですが…)
塩ベースのちゃんこの味は、あっさりして、野菜や肉の味が染みだしていて美味でした。
しかし、中国暮らしが長いせいか若干味は薄く感じられ、物足りない感覚もありました。

それを話すと駐在員の方はもちろん、Nさんも

『中国の味覚に慣れてしまったんだね。まあ、Mさんは若いし。ははは』

というコメントが返ってきました。
確かに、私の味覚は完全に日本人のそれとは違ってしまったように感じます。
正直、中華料理のドスッとくる味が一番しっくりくるのですから…(苦笑)


食事中の話題は、仕事に関するものも多く、大学の中では味わえない経験談も聞けて面白かったです。

・一から苦労して事業所を中国で立ち上げた話
・中国人との「信頼関係」の築き方
・中国での子育ての方法(中国に家族と一緒に来た駐在員の方の話)

など、普段はなかなか聞けない経験がそこには詰まっていました。


話を聞きながら、こうした異業種の交流も大変面白いものだと実感しました。
せっかく日本人の多く暮らす上海に居るのですから、今後、こうした人達との交流も大切にしていきたいものです。

何か今夜は久々に全く違う世界で頑張る方々と出会えて、良い気分転換となりました。
Nさん、今夜はどうも御馳走様でした!
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恵まれた上海生活への感謝を忘れずに・・・

2011年11月20日 01時23分31秒 | Mの研究活動や成果
<土曜日に行った上海図書館で、中庭を撮影してきました。なかなか綺麗な庭園です。>

最近、研究の関係で頻繁に行っている上海図書館へ、今日は午後から行ってきました。
私の中国でのアパートからは、大体タクシーで15分ほど、地下鉄だと徒歩を含めて40分ほどです。

ここは論文の資料・文献を収集するだけでなく、授業で使用する資料集めにも重宝します。
日本語文献や、雑誌(学術雑誌、一般雑誌)も結構充実しています。

また、図書館には日本語堪能な職員もいて、詳しく図書館を案内してくれたりもします。


上海に来てからはもちろんのこと、安徽省にいる時期も二か月~三か月に一度位のペースで通っていました。
今日、上海図書館で一人で資料収集をしている時、突然、当時の記憶が走馬灯のようによみがえってきました。

当時は、安徽省から夜行汽車で片道10時間で上海へ着き、そのままホテルに二泊ほどして上海図書館へ通ったものです。
夜行は揺れが強いのでなかなか眠れず、かつシートも硬くて体も痛くなったので、帰りの時には常にグッタリでした。

それでも上海図書館へ行って資料を探したりしている時間は、非常に充実していました。
そして、辛かった思いでというよりも、楽しかったという思い出が圧倒的に多いです。

当時は、担当する授業数も多く、ほとんど休日はありませんでした。
だから、やっと空いた時間を使って何とか上海に来ていたのです。
でも、辛い思い出と感じないのは不思議です。


ともかく、そんな安徽省時代の思い出を振り返り、今の自分の状況が恵まれていることを実感した次第です。
そして、

「果たして、あの時と同じような気持ちで必死に研究に向かえているのだろうか」

と自分自身に問わずにはいられませんでした。
恵まれた環境を得ると、逆にそこに慢心のような気持ちが生じることがあります。
または、そうでなくても徐々にそうした恵まれていることへの感謝を忘れがちです。


あの当時のことを忘れず上海でも研究を続けていくことが、着実に研究成果を積み重ねる一つのポイントにも思えました。
ともかく何だかそんな感じがしました。

私の最初の中国生活は、上海のような恵まれた場所でなく、逆に研究環境が劣悪であった場所から始まりました。
そして、二年半の安徽省での生活を経て、今の上海生活へと拠点を移してきたのです。
客観的にみれば、最初から上海のような場所で生活を始めた方が良かったという方もいるでしょう。

でも、私はやはりそうするべきではなかったと今は思います。
劣悪な研究環境の場所へ行った経験が、自分の研究が出来るという環境に対しての有難さを肌で教えてくれたからです。

何でも最初から順調に行くのも良いことですが、そうでなく、色々と苦労する経験も大切のようです。


最も大切なことは、ただ苦労を経験するということではなく、その経験をその後に活かすことなのだと思います。
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H老師宅での食事会

2011年11月15日 23時10分11秒 | 中国の大学、大学生
<先日の日曜日、日本語科主任のH先生宅で学生達と一緒に餃子パーティをしました。>

日本語科主任のH先生は、いつも明るく、人に親切で、情のある先生です。
そんなH先生から、「今度私の家に来て食事をしましょう!」とお誘いを受けました。

そんなことで、四年の学生達と一緒にH先生宅を先日の日曜に訪問してきました。
ちょうど大学のキャンパス(旧校舎の方)から、バスで20分ほど行った住宅地でした。
そこには高層住宅が立ち並び、その一部屋がH先生宅でした。


我々が着くと、H先生と二匹の愛犬が出迎えてくれました。
聞くと、午前中から食事の下ごしらえなどをして下さっていたそうです。
そして、もう一人の学生も朝からH先生宅で色々と手伝っていたとか。

御多忙にも関わらず、精一杯もてなそうというH先生の姿勢が強く感じられました。
と同時に、なんだかお疲れのところ邪魔をしたようで申し訳ない感じもしました。


ちなみに、日本語科の先生方は一週間に10コマ~12コマ程度講義があります。
(一コマ45分、その二コマ分が一つ分の講義)
しかし、H先生は大学院の講義も含め、週20コマの講義を担当しています。
加えて、学科会議や、その他の大学の仕事もかなり多い立場です。

ですので、正式な休みは週に一日、つまり日曜日しかないとのことでした。
本来なら、自分の講義を他の先生にもっと回してもいいはずなのですが。
色々と事情があるのでしょうが、かなり多忙なのは間違いありません。


そういう中で空いた時間を使い、招待して下さったのは大変有難かったです。
そして学生達も一緒に招いて、彼らとも交流をしようという姿勢も素晴らしいと思いました。

通常、中国で、こういう立場のある大学教員はあまり学生達と交流をしません。
いや、正確には忙しくて出来ないのだと思います。

しかし、H先生はそうした交流をとても大切にしているようでした。
私自身もこの仕事をして以来、学生との交流は不可欠だと思っています。
ですので、こうしたH先生の姿勢には学ぶことが多かったです。


さて、食事会では皆で餃子をつくり、それをメインにワイワイ楽しく過ごせました。
そして、その食事会後、H先生よりパソコンに一通のメールが届いていました。

そこには、

「昨日は高級なケーキをいただきまして、ありがとうございました。

このような気を使っていただいて、恐縮いたしております。

おかげさまで昨日は楽しかったです。

みんなが机を囲んで楽しく餃子を作る光景を見て、何だかお正月を迎えたような気分になりました。」

と書かれていました。

まるで家族が集って、正月の餃子を一緒に仲良く作るような光景であったというのです。
もし、本当にそうであったとすれば、私もその「家族」の一人に加われて嬉しく思えました。

上海での生活は一人暮らしなのですが、だからこそ、こうしたつながりは大切にしていきたいものです。
ともかく、先日の日曜日は心温まる日となりました。
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2011年11月11日は中国は「独身の日」

2011年11月12日 01時37分36秒 | 現代の中国社会
<「独身の日」に四年の女子学生達に誘われ、上海で著名な新疆料理の店へ行ってきました。客で一杯でした>

毎年、11月11日は中国では「独身の日」とされます。
この日は独身者や恋人のない者同士が集まったりして食事をしたりするようです。

ただ、今年の2011年11月11日は「1」の数字が6つも続く日です。
本来、毎年の11月11日は「1」が4つか、多くても5つです。

ですが、6つ続くという年は100年に一回だけ。
そんなわけで、この日を特別な日として祝おうという雰囲気は例年以上に中国では強かったようです(笑)


ネットニュースでは、この日に籍を入れるという中国人が多いということが書かれていて笑いました。
本当にそんなことで結婚する日を決めていいのかと私などは考えてしまうので…
もちろん、当人同士は真剣に考えて決めたと思いますが。


今日を迎えるにあたって、この日を祝う学生同士の集まりの話を何度か耳にしました。
その様子を聞いていると、どうもそれぞれ思い思いの友人同士が集って、楽しく過ごそうというのが一番の目的のようです。

要するに、「独身の日」は皆が集まる為の手段になっているだけという印象でした(笑)


私は昨日の風邪の影響で今日も自宅で休もうかと考えていましたが、学生達の誘いだったので出かけることに。
実際に外に出てみると気分が変わり、なかなかの気分転換になりました。

風邪を心配して多くの学生がメールをくれたのも嬉しかったです。
学生の皆、本当にありがとうございました。。。


食事の後は、徐家汇で学生達と一緒に冬服を買いに出かけました。
ずっと買おうと思って買うことができていなかったので、やっと購入で来て一安心です。
四年生達とはなかなか交流する時間がとれていなかったので、今日は本当に嬉しかったです。

彼らの就職試験や院生試験が落ち着いたら、また一緒に出掛ける機会を私からも作りたいです。


最後に…

独身者の皆さんおめでとう~
(そういう自分にも(苦笑))
やっぱり自由が一番ですよね!?
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気づけば上海での初学期も…

2011年11月11日 01時35分25秒 | とりあえず日記
<大学内にある夜の教員食堂の様子。客が少なくなると、コックもテレビに夢中です(笑)>

昨日から突然、冷え込んだこともあって完全に風邪をひきました…。
今日は授業がない日だったので、水分をとりつつ、とにかくベットで休みました。
朝から夕方までずっと寝ていたので、夜には体調も戻ってきました。

そして、寝すぎたせいで今は目がぱっちりとしています…(苦笑)
ある学生から教えてもらった蜂蜜湯を飲んでいるので、のども比較的調子がいいです。

今夜の日本語コーナーを休んでしまい、三年の学生の皆にはゴメンなさい。
来週は体調を万全にして必ず参加しますから。


さて、そんな体調不良で寝ていた時、自宅の電話がなりました。
相手は日本語科のS先生でした。

要件は今学期の試験日程に関してでした。
それによると、四年生は後、三週で講義は終わるそうです。
そして、二年と三年の講義も、五週で終わるとのことでした。

その後、試験が終わって学生の成績を出せば、帰国できます。
それは新年を迎えてすぐになる予定です。

これには少しほっとさせられた思いでした。。。
というのも、上海に来てからは毎週の講義準備に追われていたからです。
正直、研究にはあまり時間をさけないまま、仕事が中心の生活でした。

私は仕事ばかりの生活になってくると、どうも生活の調子が乱れます。
研究を生活の軸においていないと、深い充実感が得られない為です。

それに若干の焦りを感じ、仕事のスピードを速めようと取り組んでいた最中でした。
徐々に仕事にも慣れ、仕事を進めるスピードは上がっていますが、まだまだ遅い感じがします。

大学に籍を置く、一教員としては全く研究していないのでは笑いものです。
というか、別に外の人が笑わないにしても、私は物足りないのです。
ですから、もうひと頑張りで研究期間に入れるということが嬉しかったです。


当面の課題は博論執筆ですが、上海の仕事と平衡してなるべく進めておこうと思っています。
帰国後の二か月弱の期間で、博論を完成させられるところまで進めておく必要があるからです。

もちろん仕事が第一優先ですが、あとは気力根性でやるだけですね。
ですので、ゆっくり風邪などもひいていられません…

外の気候は寒くなっても、気持ちは熱く熱く燃やして頑張っていきたいと思います!


ところで、明日は四年生達が僕を御馳走してくれるとか。
上海市内の新疆料理の店だということですが、とりあえず楽しみです。
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バカ正直な学生S君の話

2011年11月08日 23時29分16秒 | 「面白」中国(ユニークな部分)
<運動を大学内のジムでコンスタントに続けています。会員カードも作りました。>

この面白話を公表しようか少し迷いました…。
しかし、名前を特定することは絶対に不可能なように書くということで紹介させて頂きます。

月曜日の夜、私の携帯にあるメール(日本語)が届きました。
それは私が講義を担当する学生S君からのものでした。
その文面は要するに欠席を伝える内容でしたが、その内容が「秀逸」でした。

まず断っておきますが、この学生S君は非常に誠実でまっすぐな学生です。

その文面には、

「先生、すみません。明日の授業は私は欠席するつもりです。
明日は彼女の20歳の誕生日のお祝いなので、私はどうしてもそれを大切にしてあげたいです。
班長としての私がそんなむちゃくちゃなことをするのは全くの無責任です。
先生の許しをもらえなくても仕方ないと思っています。
本当に申し訳ございません。」

と書いてありました(笑)

これを読んだ時、おもわず噴出してしまいました。
欠席を伝えるメールで、これほど面白メールはありませんでした。

もちろん、この理由で欠席が認められるはずはありませんが…


しかし、これほどバカ正直な学生は今まで会ったことがありません。
普通、もっと上手に「言い訳」をして授業を休むものですから。

同じ学年の他の学生に話を聞くと、

「M先生の授業だから、S君はウソをつかないで正直に理由を話したんですよ。」

と言っていました。
思えば、S君は風邪をひいた時も全く休まずに授業に出続けていて、休んだのはこれが初めてです(苦笑)

ですので、私の講義は彼の風邪には勝ったのかもしれませんが、愛の力には負けてしまいました…
ま、この愛の前にはどんな私が努力しても無謀なだけかもしれませんが。

とりあえず、私に真正面から向かい合い、ズルい方法を取ろうとしなかったS君の態度は認めようと思います。
ですので、S君は人間としてはかなり素晴らしいことは間違いないでしょう。

教師をしていると、実に色々な学生と出会いがあるので面白いです。
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上海の地下鉄、バスでの読書は・・・

2011年11月06日 16時34分10秒 | 現代の中国社会
<先日の土曜日、学生と一緒に大学近くの上海植物園へ行って散歩してきました。最近、運動が私の日課です。>

土曜日昼過ぎからずっと生憎の空模様で、自宅にいるしかありませんでした。
時には台風のような雨にもなり、雨音が自宅内にいても良く聞こえました。

そんな時、自宅でゆっくりと映画などを見て過ごすのも私は好きです。
ですが、夕方から用事があって外出しないといけなかった為、仕事をしていました。


仕事にある程度きりが付き、約束場所の浦東地区まで行く為、上海南駅から一号線の地下鉄に乗りました。
地下鉄で大体一時間弱かかる予定だったので、絶好の読書タイムと決め込み、新書を鞄に入れていました。

そしていざ地下鉄に乗ると、その楽しみにしていた読書がなかなか出来ないのです…
その理由は幾つかありました。

・乗客の話声が日本よりもかなり大きい。時には喧嘩のように感じられる程。

・携帯電話で話す乗客も多く、その声もやはり大き目

・乗り降りするドアの近くでは、駅ごとに人がかなりごった返す

・そして時間帯は関係なく、日本よりも乗客数が明らかに多い(通勤時間はもっと多い)

・独特の地下鉄の熱気(少し蒸す暑さ)

これらが関係して、日本の電車移動時のように集中して読書が出来なかったのが原因だったのです。
一言でいえば、静かで落ち着いた雰囲気が中国の地下鉄やバスには少なく、珍しいです。

ですから、日本のように電車で読書をするというのはなかなか難しいのです。


こうした状況は、カフェでも似ています。
日本にいる時、よくカフェで読書をすることがあり、それが落ち着く息抜きの時間でした。

しかし、先日金曜日に上海体育館地近くのスタバで読書をした際は日本と対照的な雰囲気でした。
まず何よりもお客の数が多くて、席は占有されているような感じでした。

それは日本でもありうる状況ですが、話声の大きさは比になりません。
とにかく中国人の皆さんはどこでも声が大きめなのです。

そして、服装はとてもラフな人が多く、スタバの独特のおしゃれ感は薄まっている印象でした。

お客の中には自信のPCを持ち込み、仕事をする様子もみられました。
そうしたお客が多ければ、落ち着いた雰囲気にもなるのでしょう。
ですが、そうした客は一部で、全体的に何となく落ち着かない印象はぬぐえませんでした。


このように書くと、中国人は「ただうるさい」と伝わってしまうかもしれませんね。
恐らく日本人の感覚では、そう感じる人も多いかもしれません。

でも、中国生活三年目の私から見れば、この中国人パワー(元気)には見るところがあると思っています。
最近思うのですが、コミュニケーションはある意味で、「気合」のぶつかり合いだと感じるのです。

「気合」が強くないと、コミュニケーションはどうも上手くいかないように思います。
やはり、ただ相手に合わせるというコミュニケーションの姿勢だけでは生まれないものもあるはずです。
これは別に喧嘩するとか、衝突することを強調したいのではなく、

「如何に相手に自分を理解してもらう姿勢を見せるか」

が重要だと言いたいのです。
中国で暮らし、この国人々の様子を見ていると、私はそうした「気合」の力を強く感じさせられます。
今回例に出した、中国人の自分の声をしっかりと出して、はっきりと相手に伝えようとする姿勢がまさにそうです。

そうした中国人の考え方や立場を理解すれば、私にとって別に苦になるほどのことではありません。
(ま、地下鉄などで落ち着いて読書が出来ないのは多少残念ですが…)

曖昧な表現も時には必要ですが、こうした中国式のコミュニケーションにも学ぶことがあるのではないでしょうか。
常に、中国流とはいかないでしょうが、最近はこうしたコミュニケーションのあり方にも一利あると思い始めている私です。

日本だけ中国だけといわずに、要するに、いいとこ取りでコミュニケーションのスキルを磨いていけばよいのだと思います。
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