中国西安で奮闘する大学教師Mの日々

日本人教員として中国の山東省済南市の大学生・大学院生に対し、「日本文化・社会」や「小論文・論文」などを教えています。

日中関係の悪化の余波  上海市のスピーチコンテスト延期へ

2012年10月29日 02時18分26秒 | 日中関係のあれこれ
本日で抱えていた一つの論文を無事提出しました。
次は、また別のテーマの論文に取り掛かれるので正直ほっとしています。

さて、ここずっと3年の学生Z君と一緒に上海市の日本語スピーチコンテストの準備をしていました。
当初、この大会は11月3日(土)に上海市の上海理工大学にて実施される予定でした。
ですから、一か月以上前から原稿作成、その暗記、そして質疑応答の練習などをしていたのです。
最近は忙しさに拍車がかかっているMにとっては、このマンツーマンの作業は楽ではありません。
しかし、

「よし、来週が本番だ!そこまでは気合でいこう!!」

などと思っていた昨日、突然、「延期」の連絡を事務局から受けました。
どうも昨今の日中関係の悪化を心配し、主催者の一つでもある日本の某大学が「延期」を強く申し出たようです。
(ただ、これは上海市の知り合いの日本人教員から聞いた話なので事の真相は分かりません)
ともかく、これにより今年の上海市のスピーチコンテストは「延期」となってしまいました。

「延期」と言ってもいつになるかは示されておらず、正直開催されるか自体が微妙のようです。

真剣に、この大会に向けて練習してきた学生、そして指導する先生方の思いは一体…。
そして、主催者側がこの大会のテーマに掲げた「日中友好」って一体…。

こんな時だからこそ、何とか大会が安全に実施される環境を設け、実施すべきであると私は思います。
実際、私は上海にいる立場として、スピーチコンテストに危害を加えるような雰囲気は皆無であると言いきれます。
昨今の両国間の悪化によって、中国国内で実施予定だったスピーチコンテストはほぼ中止、延期されています。
もちろん、「安全面」を考慮してそうした結論になったと主催者側は言うでしょう。

ですが、そもそも「友好」は交流の数、それによりお互いの理解を深めていくところから始まるものです。
ですから、お互いの関係がぎくしゃくしてきたから、「延期」なんていう結論にすべての大会主催者が至るとは正直残念です。
むしろ、「こうした時こそ何とか会場を設置して、大会を行おう!」という主催者が出てこないものかと私は思ってしまいます。

実際、政府間ではなく民間レベルでの対話や、その頻度を高めることの重要性を主張する識者は数多いと思います。
例えば、工藤泰志(認定NPO法人 言論NPO代表)のブログ記事もそうでした。
http://www.wochikochi.jp/special/2012/09/tokyo-beijingforum.php

現状を見ていると、「日中友好」をテーマに掲げることの多いスピーチコンテストの主催者がどこまで本気でそれを考えていたのか疑わしい…
と、私などは思ってしまうのです。
逆に、今こそこうした大会の意義が問われているように思えて仕方ないのです。

現時点では「延期」ということなので、私と学生Z君、そして勤務する大学の先生方は大会に参加する準備を続けていくつもりです。
別に「延期」は構いませんが、実施日がどんなに遅れても本年の大会が無事に実施されることをただ祈ります。


下の写真は、スピーチコンテストと対照的に上海図書館の中庭にてほぼ毎週行われている結婚式の様子。
勝手に私も幸せ気分をもらってきました。
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上海市の日本語教育研究会へ

2012年10月28日 01時29分05秒 | 中国での外教職に関わること
本日土曜日はゆっくり起床し、午後から外出しました。
今日は上海市の日本人教師たちによる研究会が五角場にて予定されていたからです。

時間 13時〜16時
場所 株式会社日中文化交流センター内
  <楊浦区国賓路18号 五角場万達広場A座20階>






  
今回の研究会の主な内容は、発表二人とそれに対する質疑応答でした。
発表者は、上海市内の別々の大学で教える二人の男性日本人教師でした。
参加者は主に上海市やその周辺で日本語教育に関わる教師達で、計20人ほどが集いました。 

最初の発表者は、読解講義の一つの形として「協働学習 ― ジグソー・リーディング」を紹介下さいました。
学生が主体的に参加し、そして自由に発想させることに、この講義形式の最大の特徴があるとのことでした。
ドイツに留学し、第二言語習得の方法を専門的に学んで来たというK先生の発表は確かな専門的理解が背景にあると感じました。
ただ、今回紹介された読解文のレベルは正直容易であり、私の勤務する大学で用いるとなると二年生が妥当という印象でした。
(K先生の大学では3、4年生を対象に実施しているとのこと)
同じ大学でも、学習者によりその習得レベルに相当の差があることを今回改めて感じた次第です。

なお、今回の発表を聞いている限り、こうした形は会話の授業にも応用可能であると個人的には感じました。

    
続いての発表は「作文授業の添削における指針をめぐって」ということで、作文や小論文添削のあり方についてでした。
上海でも著名な上海外国語大学で教鞭をとるI先生の報告も、私が日頃抱えている疑問や課題に示唆を与えるものでした。
作文添削は最終的に学習者の「セルフチェック力」をつけさせるものでありたい、との主張には全く同感でした。
ただ同時に、今回の報告を聞く限りでは、その具体的な方法論に課題があり、今後よく検討されるべきであると思いました。

あっという間のお二人の報告が終わり、質疑応答も充分に時間が足らないまま時間となってしまいました。
本会最後に次回の研究会は12月1日(土)と決まり、報告者は中国人の日本語教師と私Mとなりました。
その翌週は学会報告で一時帰国するということで多忙を極めますが、こうした機会が得られたので上手に活用したいものです。
私は歴史学専門という立場から、日本と文化の講義に関する報告をすることだけ伝え、具体的内容は追って伝えることとなりました。
丁度、ある共同論文に取り掛かろうという時期でもあり、この報告と論文をうまくリンクさせていこうと考えています。


さて、最後に下の写真は週末に作ったカレーと肉野菜炒め。
今回の肉野菜炒めには梅肉をいれ、味をさっぱりとさせてみました。

皆様、いかがでしょうか!?
…て、見た目だけで味分かりませんね(笑)
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外国人に日本語、並びに「日本」を教えるということ

2012年10月25日 11時00分22秒 | 中国での外教職に関わること
※今日はちょっと長め…

私の仕事は、中国の大学で日本語専攻の学生に日本語に関する科目、或いは、日本文化や歴史などを教える教員です。
担当科目は主に、日本作文(小論文も)・卒業論文・日本の文化と歴史、最後に日本語の会話です。

2009年の当時、この仕事を始めた時は正直軽い気持ちで仕事に向かい合っていたように思います。
今考えるとかなり恐ろしいことですが、大学院で歴史学専攻であった私は、

「日本人だから日本語関係の科目はもちろん、歴史学専攻だから日本の文化と歴史の講義も大丈夫だろう。」

などと考えていたのです。
そして、多少は専門家の方や日本語教育専攻の院生から助言を得られたものの、準備不足のまますぐ現場に赴きました。
現在は安徽省で2年半、上海では2年目を迎えていますが、もし最初の勤務地が安徽省のあの大学でなければ、
もしかすると私はこの仕事を続けていられなかったかもしれません。

安徽省の大学のあった町は全く日本人が住んでいない場所で、当然、大学での日本人も私だけでした。
そのような場所であったせいか、日本人の教員が来たというだけで「大歓迎」を受けました。
その為か初心者マークで担当した授業も何故か学生からは受け、授業は毎回活気のある雰囲気でした。
安徽省特有?の学生の素朴さや純粋さ、そして勉学への一途な姿勢が大きな背景にあったと思います。
また、同僚となった学科の中国人教師達も皆、優しく寛容に私の仕事を受け入れてくれたことも有難かったです。

ですから、当時の授業を振り返ってみると「学生と教師の双方向のやり取り」は確かにあったものの、
教授方法や教授内容に関しては幾つもの課題を抱えていたことのです。
その課題はゆっくりと少しづつ克服していったつもりですが、思うようには出来ないまま時間が過ぎました。
ただ、それでも“勢い”で何とか勤め上げた二年半だったように感じています。


その後、縁あって各大学で経験豊富な日本語教育専門家が集まる上海へと移ってきました。
上海の大学では、教師の数も安徽省と比べて随分と多く、大部分の教師が留学経験を持っていました。
また、文学や古典、文化なども専門的に話せる教師も多くおり、操る日本語のレベルは高かったです。
授業のカリキュラムも安徽省時代とは異なり、到達レベルは高めに設定されていました。
そして、その到達度レベルに具体的(試験の合格率、または、その点数)に達するような授業内容を行うよう指示も出されました。
さらに、教師の評価についても大学側から厳正な審査が学期ごとに行われ、自由な範囲が広かった安徽省とは大きく違いました。

ですから、最初はあまりの大学間の違いに驚き、以前の状態を懐かしんだ時期もありました。
ただ、一年を上海の大学で過ごしてみると、そうした評価の厳しめな環境に身を置いたことで課題がはっきりとみえ、
それだけでなく自身の日本語、或いは、日本文化と社会に関する授業の成長が鮮明に感じられるようになっていきました。
特に、1年を過ぎた今、このことをはっきりと感じることが出来ます。
プレッシャーというものは、概して「マイナス」と捉えられがちですが、実は「プラス」の面も兼ね備えています。
いや、もっと正確な言い方をすれば、物事を「プラス」にするか「マイナス」にするかはその人自身ということだと思います。


ともかく、こうした環境で働かせてもらう中で日本語、並びに、「日本」を教えることの難しさとやりがいを感じ始めています。
具体的には以下の通りです。

◆難しさ
・自分でなく学習者(私の場合、中国人)の立場から、日本語習得過程の課題や難しさを理解し、それに合わせて教授すること。
・日本人として自然に身につけてしまった日本語を、「言語システム」として系統立てて捉え直し、その規則性を把握し、
 それらの理解をきちんとしたうえで、外国人の学習者に日本語を教えていくこと。
・教科書に書いてある日本語表現などに誤りや違和感があると感じた場合、自身の理解だけで判断せず、きちんと下調べをしたうえで訂正すること。
 (自身の理解が誤っている場合や、或いは、教科書も自身の理解も双方正しい場合もある)
・どのように教えたら、どのような成果に結びつくのかをきちんと意識化し、その達成を目指して毎回の授業を組み立てること。
・「教師側の論理」と「学習者側の論理」が離れると教育成果があがらない為、その論理の差をなくすように授業を組み立てる。
 ※その為、学生とのコミュニケーションは非常に重要で、学生達が何を望み、何を考えているのかを把握しておかないとダメ
・授業の際は「今回、僕は○○を皆に伝えたい」という確たる思いを持って望む。
・授業中、学生と“交流”しながら一方通行の授業をしない。
・大学の要求などにより、授業科目によって「興味が持ちにくい」場合がある。その場合、どこで折り合いをつけてより興味を持たせるか思案すること。
 ※教師が一方的に話し、学生の反応が消えた場合は要注意。同時に、どこまで妥協するかも難しい点
・学生と自身の関係を近くしておくのは大切だが、近すぎてもケジメがつかないなどの逆効果になるので、その距離間の取り方。
・日本文化や歴史の授業を通して、一方的な日本、日本人イメージを強制しないようにし、必ず学生自身にも考えさせる余地を与えること。
・もし、自説を授業で話す際は、下調べを入念にしてそう考えた根拠をきちんと話すこと。
・最後に「学生に対して日本語、日本を教えたい!そして、もっと深く理解してほしい!」という気持ちを忘れないこと。


◆やりがい
・学生と一体となった授業が出来た時
・学生の主体的な日本語や日本への興味を引き出せた時
・教師の日頃の学生に対する思いが、学生達に確かに届いた時
・学生が卒業しても、その縁がずっと続いた時
・学生や同僚の先生などから「M先生、いつもありがとう。」と感謝された時

なお、これは先日行われた新入生歓迎会の様子。
私も一曲歌わせてもらいました。

曲名は、大橋卓弥「ありがとう」でした。

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中国の大学における卒業論文

2012年10月20日 05時45分05秒 | 中国の大学、大学生
私たちの大学では、毎年10月中旬以降になると学部四年生に卒論題目を提出させます。
そして、その提出された題目表を基に、教師側が自分の指導したい題目を選びます。
(なお、ここに学生の氏名は記載されていません)
選ぶ題目数は職位によって異なり、教授や副教授は5つ(つまり、5人の学生)を選び、
その他は2-3つテーマを選ぶことになっています。

なお、去年の私は3つテーマを選び、指導をしました。
ですが、今年からは日本語学科の日本人教員として、
教授や副教授と同じ数の5つを指導してほしいと言われました。
送られてきた卒論テーマ表を基に選び、
結果的には4つのテーマを指導することになりました。
日本の文化や歴史に関するものを選択した結果です。


・平安時代における日本女性の社会地位についての考察
・現代のお笑いブームから見る日本社会の人間関係の変化
・日本近世期のキリスト教史をめぐる考察
・日本の文学作品における秋の描写について


まだどの学生のテーマであるか、これから通知がくるので今は分かりません。
ですが、このうち二つは既に上海市内の某大学院へ推薦合格を決めている学生達のものだそうです。
(これを把握しているのは、学科主任がこの二人の学生の指導を私に直接依頼したため)
今後、学生達と連絡を取り合い、来年5月に提出する卒論を指導していくことになります。
去年は主に年明けから毎月一回か二回は指導日を設け、指導をしていたように記憶しています。
それまでは資料収集や分析、先行研究の整理などを主にさせました。

今年は去年の課題点を活かし、さらに充実させた指導を行っていこうと思っています。

ちなみに学生達の卒論は全て日本語で書くということもあり、8000字強と定められています。
ですから、既に提出されたテーマを、さらに具体的に変更させるところから“仕事”は始まります。
仮に四年間日本語をきちんと勉強していたとしても、
日本事情を半年、ないしは一年しか勉強していない学生にとっては、この作業が意外と難しいようです。
今年はどんな学生達が来るのかわかりませんが、また一から誠実にやっていくだけです。



さて、気づくともう夜が明けようとしています。
ダラダラと仕事などをしていて今になってしまいました。
これから少し寝て、その後は上海図書館です。

最後に今週撮った写真を紹介しましょう!
これらは新校舎で行われた外国語学院 対 他学院によるバスケの試合。
残念ながら我々外国語学院は試合には負けてしまいましたが…



          

次回に期待!
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大学院時代の研究仲間達

2012年10月15日 05時08分43秒 | Mの研究活動や成果
本日も夜更かしをしてしまいました。
どうも深夜でないと仕事も研究も集中できないので仕方がありません。
本日月曜日は昼に一件用事があり、あとは夜の講義があるだけです。
ですから、これから昼前まで休もうと思っています。

私の研究生活にコーヒーは欠かせません。



さて、先日久々に大学院時代の仲間と連絡をしました。
仲間と言っても私の先輩にあたる方で、研究分野も異なります。
ですが大学院研究室で良くお会いし、酒も何度も飲み語りあった仲です。

私とは同時期、今年9月大学院を修了し、既に某大学の専任となっています。
というより、大学院在籍中から現在の職にあり、私と同じ社会人学生でした。
だからこそ、先輩であっても比較的身近な存在として話せたのでしょう。

スカイプで一時間程話したのですが、話題は先日行われた大学院修了式に及びました。
一番印象的だったのは、僕らと同時期に博士課程を修了した中国人留学生Yさんの話でした。

元々、中国の著名な銀行で銀行員をしていたYさんは一念発起、日本へ留学。
そこから日本語を学び、大学院の修士、博士と6年間を千葉大で学びました。
日本へ来る以前から既に家族もおり、家族とは離ればなれになりつつも、ただ博士号取得を目指しました。
その間、中国へ帰ることはほぼなく、博士課程在籍時は一度も帰っていなかったと聞いたことがあります。
私は研究室でYさんと会うと、よく近所の中国料理店へ誘い、食事や酒を飲み、研究の話をしました。

そして、いよいよ博士論文を書き上げ提出しようとしていた矢先、Yさんのお父様が亡くなりました。
私は当時、中国から日本へ戻り、大学院の研究室でYさんのすぐ近くの席で論文を書いていました。
ですが、Yさんは何も話さずにただ黙々と自身の博士論文を書いていました。
その集中力と執念のようなものに当時は全く気づけませんでしたが、その事実を知りすぐに言葉が出ませんでした。

そういう深い“思い”や“期待”を背負って博論を書いている仲間がいたことを今回初めて知ることが出来ました。

ちなみに修了式にはYさんのご家族がわざわざ日本までいらしたそうで、式の後は皆で食事会を開いたそうです。
一生忘れられない食事会であっただろうと推察します。


なお、大学院の場合、論文提出時期が年に二回設けられており、どちらで出すかで修了時期が異なります。
私と先輩の場合、論文を今年2月に出した関係で修了は今年9月となりましたが、3月修了もあります。
通常は3月修了する学生が多く、9月修了は比較的少数になります。
今回もそうで、特に博士課程の修了生となるとその数は本当にわずかとなります。
9月28日にあった大学院修了式では、式に参加した所属研究科の博士課程院生は4人だけ。
もっとも、私のように参加できなかった院生が何人いるかは把握していませんが…

そしてこれは先輩から送られてきた写真。
大学院の全研究科の修了式後、各研究科の修了院生と教員だけで撮ったもの。

        

皆、長い博論との格闘を終え、一区切りをつけたせいか顔が晴れ晴れとしています。
本来は私もここに入っているはずでしたが、それが叶わなかったのは少々残念です。
ですが、有難いことに?大学院から修了生のコメントを依頼をされ、それが最近大学院のHPに載せられました。
集合写真は撮れませんでしたが、その代わりと考えようと思っているところです。

http://www.shd.chiba-u.jp/message-mimura
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私の上海での食生活

2012年10月13日 05時21分52秒 | 食日記(中国)
・・・気づけばもう夜が明けようとしています。
昨夜(11)から今までずっと、今週末に提出予定の「書類」などに追われていました。
まだ終わっていませんが、とりあえず目途が立ちました。
少し寝てから、今度は大学の授業準備をしようと思っています。

さて私が8月下旬に上海へ戻って以来、どんどん外食が増えています。
それは「忙しい」ことと、「自炊が面倒」という単純な理由です(苦笑)
でも、なるべく自炊をしようと意気込んでいた夏休みを振り返ると情けない。

これは一週間程前に自分で作ったハンバーグとコンソメスープ、ライス


上海へ戻ってから、何故か少し辛い物を欲するようになりました。
通常、上海料理は辛いものは少なく、甘目のものが多いのですが…。
とにかくここ数日は辛めのものを食べて満足しているMです。

特に最近、はまっているのが小肥羊(ショウフェイヤン)の火鍋です。

       

小肥羊は所謂、火鍋のチェーン店で、火鍋とは中国で良く食べられている鍋料理です。
真っ赤な辛いスープ、或いは、辛くない白いスープに肉や野菜などを入れて食べます。
今夜もそんな火鍋が食べたくなり、タクシーで小肥羊へ学生と一緒に行ってきました。



       

私は中国に来て以来、辛い料理はほぼ問題なく食べられるようになりました。
元々は全く食べられず、正直苦手な位だったのですが。
驚くべき適応能力?だと自分自身では感じています。


ただ体の内面は正直で、辛い物を食べすぎたりすると、すぐに「副作用」が出来ます。
辛い物を食べた翌日の朝は変に体が疲れたり、皮膚が少し荒れたり…という具合に。
やはり、日本で辛い料理や刺激が比較的少ない日本料理を長く食してきた私にとっては無理があるようです。
ですから、一週間に一度が二度に抑えようと最近では考えているところです。
そして、週末の時間がある時には自炊もしたいと思います。

研究や仕事を頑張っていくには、健康が何より重要ですから。
その為に日々の食事をもう少し体に優しくしたいと思うこの頃です。
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君は中国で自分好みの美容室を見つけたか!?

2012年10月08日 02時26分02秒 | 現代の中国社会
私が中国に来てから、もう3年半強。

結構長い中国での生活を送っていますが、数少ない一つの不満が美容室でした。
私は髪が伸びるのが比較的早く、一か月で一回程度美容室へ行きます。
それだと1年で12回、3年なら36回は美容室へ行っている計算になります。

そして当然、中国に来て以来、何度も美容室へ行ってます。
・・・ですが、私の要望通りに髪型が完成したことは皆無でした(涙)

言葉の問題もあるのでしょうが、微妙な感性の違いをそこに感じました。
それから日本の美容室の「くつろげる」空間が少なく、音量が大き目の音楽が流れるのも気になっていました。
店員さんは中国も皆良い方なのですが、細やかな気配りはやはり日本の美容室に軍配が上がるようにも感じます。

なお、美容室店内の内装にも日中間で好みの違いがあります。
個人的には日本の美容室のお洒落でありながら、落ち着いた雰囲気の内装が気にいっていました。
ただ、そうした内装の店は中国には少なく、それも少々残念に感じていました。

そんなわけで、日本にいれば「毎月一回の楽しみ」だった美容室が、「毎月ドキドキする」美容室へと変わりました(苦笑)
もちろん上海は多種多様な美容室があるので、高い金額を払えば良い質のサービスを受けることは可能です。
ですが、私が通常、日本で通う美容室はカット3500円にも関わらず、かなりの質の高い技術を持っており、
その為にわざわざ遠くから来る客も多い個人経営の店です。


ですから、上海でもそうした比較的低価格で良い質の美容室を探したいとずっと思っていました。
そう思っているうちに、結局上海の一年目が終わってしました・・・。

そこで今回の国慶節の休暇中、何とか自分が満足のいく美容室へ行きたいと考えていました。

・・・そして、学生達に情報を聞いたり、自分でもネットや雑誌で調べたりしながら、ある一つの店を探し当てました。
10月6日(土)の夕方、上海図書館での作業を終えて96番のバスで中山公園近くにある、その店を訪れました。
なお、この店は事前に予約が必要なので電話予約をし、図書館からの行き方も聞いておきました。

武夷路付近にある美容室は、まず外観から非常に良い雰囲気を醸し出していました。
内装も非常に落ち着いていて、木を主体としたもので、店内には落ち着いた音楽が控えめな音量でかかっていました。
それだけでなく、店員は皆あまり大きな声では話さず、店の雰囲気に同調するように丁寧で控えめでした。

私を担当してくれた若い美容師は、きちんと要望を聞き、それに合わせながら、丁寧にカットしてくれ、
シャンプーをしてくれた店員の方も非常に慣れた手つきで髪を洗ってくれました。
(その後の頭皮マッサージもなかなか気持よかったです)

要望を細かく伝えた割にはカットの時間もさほど長くかからず、丁度良い時間帯で終わってくれました。
そして髪を切り終わった後は、いつも日本の美容室で味わうの同様の「満足感」がありました。
肝心の値段も78元と特別高い値段ではなく、あれなら払う価値はあると私は思います。
今回お邪魔した美容室は、

和良形象会社(私が行ったのは中山公園店)
http://www.heliangsalon.com/default.html


ともかく、ようやく(?)念願の行きつけの美容室を上海で見つけることが出来たように思います。
次回は、美容室へ「毎月一回の楽しみ」として行けそうで何よりです。
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2012年の国慶節のこと

2012年10月05日 22時10分44秒 | とりあえず日記
今年の国慶節は上海を出ることなく、ほぼ自宅周辺で過ごしました。
本日を除いてあと二日で国慶節休暇も終わりますが、私は今後は基本的に仕事の準備が待っています。
2012年国慶節の生活について記すことで、中国の国慶節休暇の雰囲気を伝えられたらと思っています。


10月1日(月)
11時に自宅を出て、自転車でH先生宅へ。
そこで四年生学生達(7人)と落ち合い、H先生宅を訪問。
後から、彼女たちの先輩にあたる卒業生が一人加わる。
一緒にH先生と御主人手作りの料理を食べ、その後、学生が買ってきたケーキを食べる。





後は、ほぼ中国語で談笑。
何となくだが、四年生の学生達はやや緊張気味だったかも?
夜18時近くにH先生のお宅を出て帰宅。

夜、突然、日本へ留学している元教え子のS君から国際電話。
以前私が依頼していた調査に協力してくれ、数多くのアンケートを集めてくれる。
S君は安徽省時代から本当に私のことを色々と助けてくれる有難い存在。


10月2日(火)
ゆっくり起床し、ひたすら投稿予定の論文執筆。
大学構内は学生の数が少なく、朝・昼・夜とどの時間帯もひっそり。
皆帰省したり、旅行をしたりと思い思いの時間を過ごしている模様。


10月3日(水)
火曜日と同じような生活で、論文執筆。
この日、日本へ提出しなければならない書類を送る為に郵便局へ。
だが、現在EMSなどの業務は扱っていないと言われる。
その理由を問うと、「日中関係悪化が原因」と言われ衝撃を受ける。
だが、なぜか「8日以降は郵送可」と言われ肩すかしを受ける。
こうした日本から中国へ、或いは、中国から日本へ荷物を送るのに、
通常以上に日数がかかっているのは間違いないようだ。


10月4日(木)
3日から4日の朝まで寝ないで朝を迎え、朝マックをしてみる。
大型連休でマックはガラガラだったが、来ていた客は家族連れが大半。
それにしても、マフィンの味は最高!
朝食後、少し仮眠をとって、論文執筆。
ここでようやく2日から書いていた論文がほぼ書きあがる。
自分で何度も読み返した後、客観的意見を求めるべく大学の先生へ送る。
また、10月中に提出が迫っている書類を執筆、ほぼ書き上げる。
それを推敲してもらう為、知り合いの方へ送って意見を求める。

夜は両親とスカイプで連絡し、近況の報告など。


10月5日(金)
10時上海図書館で四年生の学生Lさんと落ち合う。
その後、知合いの歴史研究者の方から依頼を受けていた史資料コピーを行う。
なお、Lさんはそれを手伝ってくれ、お蔭で作業は今日中に終わる。
私も何度もここで史資料収集を行っているが、今回は自身の研究とは異なる史資料にあたり、
これもまた勉強になった。
時間はかなりかかり結局夕方17時頃まで作業に費やすことになる。
なお、偶然図書館内で四年生学生二人に別々に会う。
今月16日に大学に提出が義務づけられている卒論題目を決める為に作業している様子。
こうした頑張っている学生達から私も刺激を受けた。

なお、9月中旬以降から今の時期はちょうど上海蟹の旬の時期。
上海図書館周辺にも上海蟹を売る店が沢山みられた。





史資料収集後、Lさんへのお礼もかねて図書館近くのしゃぶしゃぶの店で食事。
この店は結構な人気店で、今日も予約客で満席だった。
Lさんと分れた後、一人で衡上路や复兴路のぶらぶらと歩いてみる。
ここは元フランスの租界となっていた場所でもあり、建築だけをみていても面白い。
そして、大使館もある地域で外国人向けの飲食店やバーも多い。
そうした店はどこもオープンテラスまで人があふれ、活気にあふれていた。


以上、今までの休暇はこんな感じ。
上海へ戻って集中して論文執筆、そして完成させられたことはかなり嬉しいです。
そして、明日もまた午前は上海図書館へ、午後は私用で幾つかの場所へ行く予定。
あと二日の休暇を有意義に過ごしたいと思います。
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中国は中秋節、国慶節の連休突入!

2012年10月01日 03時14分23秒 | とりあえず日記
9月30日(日)は中国では中秋節。
そして、10月1日(月)は国慶節。
その節日を挟んで、中国では大型連休が始まっています。

私の勤務する大学は上海南駅の近くにあるのですが、その周辺はいつもの数倍のにぎわいを見せています。
いや、人だらけで車も人も動くのに一苦労…正直そんな感じです。

写真は9月29日(土)の上海南駅周辺の渋滞の様子。




街には国旗が取り付けられ、大学構内にも国慶節を祝うのぼりが掲げられていました。
去年の連休では外出し小旅行をしたのですが、今回の連休では基本的には自宅とその周辺で過ごすことにしました。
一番の理由は、現在書くべき書類が複数あるのと、研究論文も書かないといけない為です。
また今学期は講義科目数が多い(6科目)のでその準備が必要ですし、加えて中国語試験の準備も待っています。

なかでも9月は満足に研究活動が出来ていなかったので、この連休は研究を最優先して進める予定です。


また3年以上の中国生活の経験から言えば、こんな連休中に出かけるとどこも人人人で、逆に疲れるだけということがあります。
せっかくの休暇でわざわざ疲れをもらうというのでは、何か損した気分になりますから。
それに私は上海で暮らしている為、わざわざ出かけなくても近場で充分楽しむことも出来るのも有難いことです。

とにかく、今回の連休をMは上海から出ずに連休を謳歌することにします。


さて、明日は大学四年生達(約10人)と一緒に学科主任のH先生宅へお邪魔することになりました。
H先生にはよく食事に誘って頂くのですが、ほぼ何も手伝うことが出来ない私は何か有難いやら申し訳ないやら。。。
明日の食事会は午前から始まるようなので、とにかく寝坊だけしないように気をつけたいと思っています(苦笑)
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