中国西安で奮闘する大学教師Mの日々

日本人教員として中国の山東省済南市の大学生・大学院生に対し、「日本文化・社会」や「小論文・論文」などを教えています。

上海の大学へ笈川幸司先生が来校

2012年11月07日 00時50分52秒 | 中国で活躍する日本人
11月5日(月)のことを書きたいと思います。
実は、その前日の日曜日の時点で学生を通じて、

「明日は笈川さんという日本人が私たちの大学に来て、何か講演をされるそうです。」

という情報を聞いていました。
学生の話した「笈川さん」、笈川幸司さんとは中国で10年以上も期間、中国人学生達に日本語教育を行っている専門家です。
私は2009年に中国に来て以来、日本語や「日本」に関する教育に携わっているので、以前からお名前は聞いていました。
北京大学や清華大学で外教として勤務した後、現在は日本語教育に携わりつつも、日中の架け橋となり日々勢力的に活動しています。

笈川先生は、特に、発音の指導やスピーチの指導、そして会話の指導に定評があり、高い評価を受け注目されています。
恐らく、中国で日本人の外教ならばほとんどの方が御存知ではないでしょうか。
そして、日本語を学ぶ学生達にも非常に支持されている先生であり、日本人だと思います。

ともかく、突然の笈川先生の来校を知り、是非一度お会いしたいと思い、出かけた次第です。
残念ながら講演には自身の仕事の関係で参加できなかったのですが、その後、一緒に夕食をとる機会に恵まれました。
大学近くの海鮮レストランで笈川先生、主任のH先生らと一緒に食事をしました。

話してみると、非常に腰は低く、口にする言葉が全てポジティブな方で、なんだか気持ちがよくなっていく、そんな先生でした。
自身の外教としての経験を含め、若い頃と今の違いや、現在どういう思いでこの仕事に取り組んでいるのかなどが話題にのぼりました。
聞くと、笈川先生が外教として中国に来た当時の年齢は31歳。
奇しくも(?)、現在の私と同じ年齢でした。

そこから、どうやって先生が今の立場になったのかを自身の経験を含め、話して下さったせいか何か妙に聞き入ってしまったMです。
一番印象的だったのは、以下の話でした。

「私は北京大や清華大勤務時代、自身の授業が終わると自分の大学の学生達との交流時間もとるのさえも大変だったんです。」

どうしてか、その理由を尋ねると、

「放課後になると、毎日、北京市の他の大学から日本語を学ぶ学生達が私を訪問してきて、色々と質問を受けたからなんです。」

「とにかく毎日そうなので、6人一緒で二時間づつなどと区切って当時は交流をしたんですよ。」

という返事が返ってきたのです。
もちろん、こうした交流はボランティアで給与は出ません。
ですが、無償でも「とにかく他人の為に」と先生はやり続けたそうです。

そこまでの学生が先生に会いに来るのも想像できませんが、何よりそれを対応し続けた先生の姿勢を本当に学びたいと思いました。
恐らく、そんな外教が指導した学生だからこそ、中国の各スピーチコンテストで賞を総なめに出来たのだろうと感じました。

そして、このような熱い情熱だけでなく、日本語を指導する能力も日々研究会や授業見学を繰り返して身につけていったそうです。
特に、30代の頃は「この人だ!」と決めた日本人教師の授業を毎日見学し、そこから日本語教育のイロハを学んでいったという経験もお話下さいました。
とにかく、やってこられたことが規格外でめちゃくちゃ参考になり、刺激も頂きました。

今後もまた上海に来る機会が多いそうなので、互いに名刺交換をし、今後も「色々と関わっていきましょう」との話になりました。
楽しみです!


なお、最近は疲れがたまっていて、少し甘いものを欲することが多いです。
このところ、近所の85°でケーキなどを買い、その疲れをとっています。
皆さんはどのように疲れを解消していますか??
良い方法があれば教えて下さい。

コメント (5)
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