中国西安で奮闘する大学教師Mの日々

日本人教員として中国の山東省済南市の大学生・大学院生に対し、「日本文化・社会」や「小論文・論文」などを教えています。

2015年、私の国慶節(in中国)

2015年09月25日 05時53分43秒 | 現代の中国社会
今年、中国は中秋節と国慶節(建国記念日)が近いこともあり、連休を長めにとる大学もあるようです。
ちなみに、私の大学では9月26日-10月4日まで9連休です。
ただ、幸か不幸か別の大学でも授業をさせていただいている関係で、連休期間が10月1日-7日と絶妙にずれている出講先の大学では、9月29日、30日にも当然、授業が入ることに。

お陰で連休という感じは今年はあまりないのですが、明日から28日まで安徽省の省都合肥へ行ってきます。
中国生活も長くなったせいか、中国各地の方と知り合う機会ができたので、今回は合肥在住の研究者(日本人、中国人)たちと会い、あちらの大学も訪問予定です。
合肥へ行くのは三回目ですが、2010年以来、約5年ぶりの再訪です。

中国の方は親族・友人・知人を訪れる際、お土産を山ほど抱えていくケースが多いので、私もそれに習って買っておきました。
こちらではお土産の質ももちろん大事なのですが、何より大きさが重視されます(笑)。
ですから、持ち運ぶだけでも一苦労なのですが、私もこちらの慣習に従い、とにかく大きめのものを選びました。

私が買ったお土産の写真(一人で一つ)


デパートでは私と同じく、いや私の何倍になる、抱えきれないお土産を買い込み、連休に友人・知人や家族に渡そうとしている中国の方が沢山いました。
その一方、習近平さんの「倹約政策」の影響で、毎年中秋節には大学からかなり大きな月餅の詰め合わせを頂くのですが、ここ数年はもらえないか、もらえても可愛いサイズに変わりました。
今年頂いた月餅は、中国では「相当可愛い」サイズでした。
(文句ではありません。一人暮らしにはあれで十分)

個人同士の私的なお土産、プレゼントは相変わらず派手な中国ですが、公的な贈り物はかなり地味になっており、その対照性が見事です。
さて明日からは安徽省合肥、李鴻章の旧家は是非とも再訪したいと思っています。
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山東省の農村を旅する(調査半分、休暇半分)

2015年04月07日 12時28分34秒 | 現代の中国社会
4月4日から6日まで、中国は清明節で三連休でした。
私はこの間、自身の関心もあって山東省済南市の大学を離れ、同じ山東省にある農村を訪れてきました。

その理由は二つ。
一つは、研究課題の一つで戦時中に中国に設置された華北産業科学研究所に関する現地調査でした。
もう一つは、この休暇を使って農村出身の学生宅を訪問し、その様子を見聞するということでした。

華北産業科学研究所は、戦時中に日本政府が中国国内の農業や畜産面の研究、並びに、その生産量向上を目指して設置した研究機関です。
よって、帝国日本の侵略政策の一環として建設された研究機関なのですが、そこには当時、日本の農業研究者や技術者のトップエリート達が派遣されていたことは見逃せない史実です。
それはすなわち、同研究所での研究成果が少なくない影響を持った可能性が高く、戦後への連続性としての側面も検討する余地が大いに残されていると考えられるからです。

具体的な問題関心はここでは省きますが、それらの問題を総合的に検討し、戦中戦後の日中間の農業技術交流をめぐる連続性を解明していこうと考えています。
その調査の第一弾として、実際に研究所支場があったとされる近隣農村の畑作状況を、実際に自分の目で見てこようと思って出かけてきたというわけです。
というのも、日本で収集した資料より、研究所に派遣された日本人研究者の一人が、当時の中国山東省済南市の畑作のあり方を調査した結果、

「日本は稲作に関しては進んでいるが、畑作に関しては未熟な点が多く、この点は中国から学ぶことは大いにある」

と認識し、実際に戦後日本に戻って、中国で得た畑作に関する知見を基に、東北に農事試験場を設計した史実を得ていたからです。
長い歴史の中で経験的に蓄積されてきた、中国の畑作(特に小麦)の実態を、自分もこの目で見てみたいと思ったのです。


山東省の枣庄のある農村1(麦畑)


山東省の枣庄のある農村2(麦畑)


泊めて頂いた学生の親戚宅


学生のお母さんが我々が来る前日に町まで買い物に出かけて、準備してくれた昼ごはん


小高い丘から見た農村と集落


一緒に行った学生たち(二列目のもっとも左が招いてくれた学生)



色々と見学して一番思ったことは、中国山東省の農村に関しては、農業を行う際、かなり農業用水の問題が厳しい環境にあるということでした。
これは日本で収集した資料(産業科学研究所の研究者の回顧録)の中にも出てきていましたが、やはりそうなのだと実感しました。
現に、シャワーが当たり前にあるという生活環境でないため、近所には公共浴場があったり、ここの地域では生活用水もかなり大切に使っていました。
よって、農業用水は川から引く以外は、自然の雨にまかせるということで、そうした環境でも農作物がきちんと育つような工夫、しかけがあることも分かりました。

これは長い経験からの知恵が結集したたまものだと言えるでしょう。
こうした中国の農民たちの畑作の知恵・技術を戦時中の日本の農業研究者や技術者達は学び、或いは、強い影響を受けた者もいたというわけです。

そう考えると、現在の歴史研究では、特に近代以降、日本から中国への農業技術の移入ばかりが強調されがちですが、このような流れを見直すことも必要であることに気づきます。
戦時中から戦後の日中関係において、農業技術を軸にしてみた時、色々な切り口で新しい知見を生み出すことが可能であると、今回の旅行を通じて再認識しました。



最後になりますが、今回出かけた山東省枣庄は台児荘の戦いがあった場所でもあり、立派な抗日戦争記念館や史跡が複数立てられていました。
徐州作戦のきっかけになったともされるこの戦いは、中国側の「抗日戦争以来の初の大勝利」とされ、歴史教科書には欠かせない歴史事実の一つとなっています。
一方、日本の歴史教科書では、恐らくこの戦いが出てくることはありません。

実際、夜学生の自宅で妹さん(中学生)が学ぶ歴史教科書を見せてもらいましたが、そこにはこの戦いがかなり詳しく紹介されていました。
近代以降の日中両国が関わる歴史をどの側面から見るのか、歴史叙述の多様さと難しさを再確認した次第です。
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中国で日本語文献・資料を読むなら北京、上海はダントツ

2014年11月30日 00時52分06秒 | 現代の中国社会
先日、大学院生達と一緒に山東省図書館へ行ってきました。

山東省図書館
http://www.sdlib.com/

事前にネットで色々と調べていったのですが、ネット情報では日本語文献は「日文图书1万余册」と出ていました。
また、「山东省图书馆(略)是中国十大图书馆之一」と出ていて、なかなか期待出来ると意気込んで向かいました。

済南大学からはバスを乗り継がないといけないので、私の大学からは所要時間は1時間半ほど。
山東師範大の院生達と待ち合わせ、そこからだとバスで約30分で着きました。

構えはいかにも「中国十大图书馆之一」という感じで立派な建築でした。


中に入ると、まずは荷物をロッカーに預け、それから筆記用具などだけ持って各図書室に入室できます。
中国人は身分証、外国人の場合はパスポートを持っていくことを忘れずに。
館内は暖房が入っているので、冬もそれほど済南の寒さを気にせずに読書ができます。

ネットから頂いた館内の写真。



さて、肝心の所蔵文献・資料についてです。
ブログタイトルからもお分かりのとおり、結果は散々でした(涙)
まず、日本語文献は確かに「1万余册」あるのでしょうが古いものばかり。
どれも10-20年以前の本ばかりで、最新の研究成果を知るのはまず無理でしょう。
また、辞典類もありますが、同じく古いものばかりでした。

次に、日本語の新聞ですが、これは司書さんに聞くと「没有(ありません)」との返事でした。

そして、日本の学術雑誌に関しても全くないに等しく、その中でなぜか『東洋経済』だけが揃っていました。
しかし、歴史系の『歴史学研究』、『歴史評論』、『日本史研究』、『史学雑誌』などといったものは皆無でした。
(歴史に関係するものといえば、『東洋学報』のみが所蔵)
なお、日本の雑誌より、韓国系の学術雑誌と思われるものは比較的数が多いようにも感じられました。

時間の関係でほんの数時間しか滞在していないので、完全に状況を把握できたわけではありません。
ただ、以上のような状況でしたので、正直、今後、わざわざ日本語の文献や資料を求めて、山東省図書館へ行く機会はないでしょう。


今後は、あそこの中国語文献・資料で研究に使えそうなものを探していこうと思っています。
恐らく、中国語のものなら、研究に関係する相当な数の文献・資料が読めるはずですので。
何しろ、「中国十大图书馆之一」ですから(苦笑)

しかし、最新の日本語で書かれた研究書、或いは、関係資料がほぼ読めない環境にまた戻ってきたのは認めないといけません。
ここは以前暮らしていた上海とは大きく違う環境であることを改めて実感しました。

やはり、中国でまずは北京、次に上海の図書館はダントツの本の所蔵量を誇っています。
山東省図書館になると、確かに中国ではよい図書館なのですが、北京国家図書館と比べると三分の一、上海図書館の半分程度しか本がありません。
加えて、最新の研究書などは北京、上海の順で流れているので、やはり北京か上海でないと日本の研究状況を正確に把握することは無理でしょう。

ですから、現在の私にとっては日本への帰国期間がこれまで以上に重要になってきました。
よく考えれば、上海にいたときよりも、日本では日本の研究書、資料購読や分析、中国では中国語文献、資料の分析に専念というように、研究のターゲットが絞りやすくなったとも言えます。

ま、そのようにプラスに考えて研究を進めていこうと思います。
実際、上海の時より、トータルで見ればプラスとなっている面が多いのも事実ですし。
どこへ行っても良い面を見ていけばいい、そう考えていれば何とかなるもんです。
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現代中国における日本アニメの人気ぶり(in 山東)

2014年09月29日 00時55分07秒 | 現代の中国社会
明日の授業を終えると、私の大学は国慶節の8連休へ入ります。

国慶節は普段大学の仕事で追われていてできない、研究論文・大学院関係の業務、中国語文献の翻訳などをするつもりです。
先日連休の作業計画を立ててみたのですが、午前・午後もびっちりと埋まりました(涙)

連休中、上海時代の学生(済南出身)が来てくれるそうなので、一緒に食事・買い物をし、そこで気分転換する予定です。


さて、今日は現代中国の日本アニメの人気ぶりについて少し紹介します。
既に自明のこととして日本でも認識されつつありますが、中国では確かに日本アニメの人気が高いです。
先日、大学の外国語学部の学生会主催の新入生歓迎会があったのですが、そこの出し物の中に二つ日本アニメのコスプレ+踊り+演奏がありました。

まず、司会の二人(共に大学生)


こちらはコスプレをした学生達が、日本のアニメソングに合わせて踊るという出し物


こちらは、電子ピアノで上手にアニメソングを引くという出し物(こちらもコスプレ)。


演目の後、彼らに聞いてみると、彼らは一様に日本語科の学生ではありませんでした。
日本語科に入学してから日本アニメに関心を持ったのではなく、それと関係なく日本アニメに関心を持っていたわけです。
(ちなみに、国慶節連休中も済南市内の泉城広場という場でコスプレのイベントが開催されるとのこと)

こうした学生の多くは日本語にも関心を持っているケースも珍しくなく、自分で独学して日本語を身につけていく場合も多いようです。

なお、これは先週から顕著な傾向なのですが、私のクラスの後ろのほうで座ってじっと授業を聞いている学生達が出てきました。
彼らが授業後話しかけてくれて分かったのですが、彼らはまさに上記のパターンで日本語に関心を持つようになった学生達でした。
そして、彼らの授業がない時、私の授業を聴講したいといってきたので、快く受け入れることにしました。

ちなみに、かれらの日本語レベルですが既に日本語能力二級試験(N2)に合格したものもいて、中上級レベルの会話能力を有している学生もいました。
また、わざわざ聴講に来るという学生の多くは一様に日本語の日常会話が出来るレベルにあるため、二年生の会話授業などには十分対応できます。
自分でここまで勉強し、さらに自分の専門がない時にもっと日本語を上達させたいとして学んでいる、こうした学生達に私は励まされました。
単純に自分の母語を好き、関心を持ってくれているという学生に出会えば、誰でも嬉しくなるものではないでしょうか。
今回の経験で、私も素直にそう感じました。


それにしても、日本アニメが現代中国の若者に与えている影響の強さ、あなどれません。
正直に言えば私は人並みに見た程度で、アニメにどっぷりとはまった人間ではありません。
しかし、このような現代中国の若者がアニメに熱狂している様子を客観的に見ると、その背景にあるものが一体何なのか考えずにはいられません。
まだ、その答えは出ていませんが、私にとって今後じっくりと考えていきたい問題の一つです。



最後に、この歓迎会で日本語科の学生+日本人留学生が「未来へ(キロロ)」合唱をしてくれました。
その写真もここで紹介しておきます。


留学生の皆さんが学生と色々と仲良くしてくれるので、学生達は皆、喜んでいます。
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