日暮しの種 

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お勉強いたします

楽天の新ヘルメット 仙台の“玉虫塗”生かして

2020-02-29 07:00:00 | 報道/ニュース

2月10日 NHK「おはよう日本」


楽天イーグルスの新ヘルメット
大きく変えたのは色合いである。
昨シーズンまでのものと比べて輝きと深みが増している。
この光沢は仙台で生まれた伝統的工芸品“玉虫塗”によるものである。
地元に受け継がれてきた伝統を通して
新しい楽天のイメージを発信しようと採用を決めた。
(楽天野球団 マーチャンダイジング部)
「より深い強いクリムゾンレッド
 イーグルスのカラーを作っていこう。
 そこと玉虫塗がマッチした。
 東北の宮城 仙台の伝統工芸でやっているのは自慢になると思った。」
昭和初期に輸出向けに開発された玉虫塗。
光沢が昆虫の玉虫の羽に似ていることから名づけられた。
工房の3代目の佐浦康洋社長。
玉虫塗にとってもこれまでにない新たな挑戦になると考えている。
(東北工芸製作所 佐浦社長)
「玉虫塗を含めて塗り物というのは使用目的がインドアだけれど
 野球場でヘルメットに使われるということは完全にアウトドア仕様なので
 漆器としては今までになかったことだと思う。」
選手やコーチが使うヘルメットは240個。
2か月かけての製作である。
一般的な作品と違いヘルメットはつばや耳あてがある複雑な形のため
均等に塗り上げるのは難しいという。
30年以上の経験を持つベテラン塗師が
塗料を吹きかける時間や回数を微妙に調整し
むらなく塗り上げていく。
(東北工芸製作所 佐浦社長)
「今回の使い方は工業的なものなので
 絶対に均質でないといけなかった。
 時間をたっぷりもらえたので
 今回は全部同じ色に
 完璧な均質に仕上げることができた。」
今回の製作にあたっての一番の懸念は
ヘルメットが受ける“衝撃”。
玉虫塗はもともと美しく見せる観賞用の技術。
デッドボールのような強い衝撃で剥がれ落ちる恐れがある。
そこで協力を求めたのが
仙台市にある国の研究機関 産業技術総合研究所である。
最新の科学技術で
屋外でも使える衝撃に強いものを目指した。
開発したのが
玉虫塗の上に塗る特殊な保護膜である。
乾燥して固まると硬い素材になる。
実験を繰り返して傷のつきにくさを何度も検証。
保護膜のないものと比べると
傷はほとんど目立たない。
強さと美しさを兼ね備えた楽天の新たなヘルメット。
地域とのより強い結びつきを象徴している。
(楽天野球団 マーチャンダイジング部)
「地元の伝統工芸と一緒に作るとなって
 ストーリーやいろいろな思いを持って選手たちが打席に入れるし
 このヘルメットをかぶって
 選手が活躍して
 チームが勝って
 地元が盛り上がって
 コラボレーションしてよかったと
 あとからついてくればいいと思う。」

この取り組みは工房にとってもプラスの効果があったという。
工房では東日本大震災のあと売り上げが大幅減だった。
新しいことへのチャレンジは大きなビジネスチャンス。
売り上げだけでなく全国的な知名度アップなど
効果は絶大ということである。

 

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コミックにハマる

2020-02-28 07:00:00 | 編集手帳

2月9日 読売新聞「編集手帳」


 何年か前、
本紙の人生案内で読んだ相談である。
漫画の登場人物の死から立ち直れない。
涙が止まりません…
精神科医の野村総一郎さんの回答にやられた。
「全巻読みました。
 ハマりました。
 若い感性なら不思議はない。
 現実の出来事でも大いに感情移入を続けていってほしい」

出版不況の中、
コミックスが元気だという。
昨年、
電子はもとより紙の本も販売額が前年を上回った。
ヒット作、
吾(ご)峠(とうげ)呼世晴(こよはる)さんの『鬼滅(きめつ)の刃(やいば』(集英社)は年の暮れ、
あちこちの書店が「品切れ中」「入荷待ち」の貼り紙を掲げていた。
初版100万部が瞬く間にはけたそうだ。

先週出た最新刊のそばには買い占め防止か、
「お一人様1冊で」の但(ただ)し書きがあった。
凄(すさ)まじい人気、
作品の力に素直に驚く。
主題の鬼は古来、
様々な物語が編まれて――
といった衒学(げんがく)的な解説はやぼの極みだろう。
物語は佳境だ。
ただハマるのが正解かと。

半世紀前の告別式の話を思い出す。
『あしたのジョー』で主人公のライバル、
力石徹が落命したおり、
数百人が集い、
死を悼んだ。
僧の読経に焼香、
弔辞を書き、
指揮したのは劇作家の寺山修司だった。

 

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“ファシリティドッグ”を病院に

2020-02-27 07:00:00 | 報道/ニュース

2月5日 NHK「おはよう日本」


福岡県の小学5年生 清武琳くん。
琳くんは背骨が曲がる病気「脊椎側弯症」の治療を受けている。
体の成長に応じて年に2回手術を受けなければならない。
一番緊張するのが手術の前の日である。
眠れないことや不安で泣き出してしまうこともあるという。
(琳くん)
「こわい。
 前は手術が不安で
 手術のあとはずっと痛い。」
(母親 )
「手術の前日はだんだん不安になってくるみたいで
 本当は9時になったら電気を消して寝ないといけないんですけど
 電気を消すと涙が止まらないっていうのが
 12回手術していても毎回毎回そうですね。」
犬が大好きな琳くん。
愛犬のチョコと遊ぶのが毎日の楽しみである。
そんななか知ったのが“ファシリティドッグ”だった。
ファシリティドッグは医療チームの一員として病院に勤務する犬である。
ハンドラーと呼ばれるパートナーと一緒に
病棟を回って触れ合うことで
病気と戦う子どもたちに安心を与えるのが仕事である。
(琳くん)
「ぼくが入院している病院にもいてくれたらいいなと思いました。
 痛みも弱くなるだろうし
 不安もなくなると思うから。」
自分が入院する福岡市の子ども病院にもファシリティドッグがいてくれたら。
琳君はすぐに行動を起こした。
ファシリティドッグの団体に資料を送ってもらい勉強を重ねた。
その資料や集めた新聞記事
琳君が書いた作文などをまとめた
「ファシリティドッグ導入計画書」を作った。
「150ページくらい。」
こども病院や福岡市長にも手紙を書き訴えた。
しかし返ってきたのは「導入は難しい・・」という返事だった。
維持費の確保や感染症の恐れなどが理由だった。
琳君は横浜のこども医療センターを訪れた。
初めてファシリティドッグに会うためである。
出迎えたのは「ベイリー」と「アニー」。
琳君はハンドラーの森田さんに質問をぶつけた。
(琳くん)
「神奈川のこども病院ではどんな対策をしてますか?」
(ハンドラー 森田さん)
「犬は人間どうしよりもいろんな感染症とか病気を移すリスクは低いです。
 はっきり専門の先生も言っているくらいなので
 そこは心配しないでほしい。
 この子たちは本当にすごいって私から見ても思うんですよ。
 本当に必要な存在だなって思います。」
病気と戦う多くの子どもたちがファシリティドッグに助けられていることを知った。
自分のためだけでなく
みんなのために
もう一度導入を働きかけよう。
琳君は決意を新たにした。
(琳くん)
「もっといっぱい作文とか手紙を書いて
 ファシリティドッグのことを広めていきたいです。」


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“五輪のダークホース” イスラエル野球事情

2020-02-26 07:00:00 | 報道/ニュース

2月3日 NHKBS1「国際報道2020」


去年9月 野球の東京五輪アフリカ・ヨーロッパ予選大会。
イスラエルは大方の予想を覆し
強豪国に次々と勝利。
圧倒的な力の差を見せつけ
4勝1敗で五輪初出場を決めた。
なぜそれほどに強いのか。
実はこのチーム
主力となっているのはアメリカ出身の選手たち。
イスラエル出身の選手はほとんどいない。
(アメリカで活躍 ダニエル・バレンシア選手)
「半年後 イスラエル代表としてプレーできるのが楽しみ。」
(アメリカで活躍 ジョイ・ワグマン選手)
「五輪のイスラエル代表として準備をしていきたい。
 日本も最高のチームだけど
 私たちも強いよ。」
イスラエルで人気のスポーツと言えばサッカー。
野球は競技人口はたったの1,000人。
専用のグランドもほぼ無い。
Q.野球を知ってる?
(イスラエルの子ども)
「はい。
 でも好きじゃないです。」
「ぼくはサッカー大好き。」
そこから五輪への出場がかなったのにはイスラエルならではの理由がある。
キャッチャーのライアン・ラバーンウェイ選手は
アメリカの大リーグ6球団でプレーした経験がある。
ラバーンウェイ選手がイスラエル代表にスカウトされたのが
2017年のWBC(ワールドベースボールクラシック)の時のこと。
母親がユダヤ人だったため出場資格を得たのである。
ラバーンウェイ選手のようなユダヤ系大リーグ経験者を集めたイスラエル代表。
結果
強豪の韓国やキューバに勝つ大躍進で世界を驚かせた。
(イスラエル代表 ライアン・ラバーンウェイ選手)
「2017年 WBCでイスラエル代表でプレーをして人生が変わりました。
 ユダヤ人としての自覚が生まれました。」
イスラエル野球連盟会長のピーター・カーツさん。
WBCの次に目指したのが
野球が3大会ぶりに公式種目に選ばれた東京五輪だった。
カーツさんのもとには
WBCでのイスラエルの活躍を知ったアメリカのユダヤ系選手たちが
次々に名乗りを上げてきたと言う。
2020年のオリンピックで
イスラエル代表でプレーさせてください
(イスラエル野球連盟会長 ピーター・カーツさん)
「去年は五輪に出たいというメールが1週間に3~4通届きました。
 多くのユダヤ系アメリカ選手にとって
 イスラエル代表として大きな舞台でプレーするチャンスなのです。」
WBCで活躍したラバーンウェイ選手も
次は東京五輪という大舞台を見つめている。
イスラエル代表として五輪に出場するため
条件となるイスラエル国籍も取得した。
(イスラエル代表 ライアン・ラバーンウェイ選手)
「イスラエル人として重い責任を感じます。
 多くの人が期待してくれているので
 五輪でイスラエル代表として最高のプレーでメダルを持って帰りたい。」
イスラエル国籍を取得したラバーンウェイ選手。
イスラエルに野球を広めるという新たな目標も掲げた。
この日は子どもたちに野球教室を開いた。
(参加した子ども)
「大リーグで活躍してきた選手に会えてうれしい!
 イスラエルにはいないから。」
「とても刺激を受けたよ。
 1試合で何本もホームランを打てるのがかっこいい。」
オリンピックをきっかけに変わり始めたイスラエルの野球事情。
将来イスラエルで生まれ育った選手が活躍する日も近いかもしれない。


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のり漁師は“奇跡のピアニスト” 

2020-02-25 07:00:00 | 報道/ニュース

2月3日 NHK「おはよう日本」


佐賀県沖の有明海でのりの養殖を営みながら
日頃はアマチュアのピアニストとして活動している男性がいる。
男性が弾ける曲はたった1曲。
しかしその曲はプロでも弾くことが難しいとされ
男性は“奇跡のピアニスト”と呼ばれている。

鍵盤の上を高速で飛び跳ねる太い指。
佐賀市の徳永義昭さん(59)である。
本業は有明海でのりを養殖する漁師である。
日中はアマチュアのピアニストとして活動している。
Q.ピアノの練習は?
「はい します。
 帰ってしますよ。」
Q.手がかじかんでないですか?
「かじかんでる。
 冷たい。
 帰ってからお湯にいっときつけて
 30分ぐらいつけてそれから練習しないと
 かじかんで本当に動かない。」
高校卒業後 実家ののり養殖を受け継いだ徳永さん。
趣味もなく漁を終えたらパチンコに明け暮れる毎日だった。
50歳を過ぎたころ2か月で70万円を使い込み
生活費にも手をつけ
妻から愛想をつかされた。
(徳永義昭さん)
「泥棒になった気持ちですね。
 自分の部屋なのに忍び足で行ってこっそりとろうとして
 この中に紙があって“とるな”って書いてありました。
 自分のバカさ加減ではないがそう思って
 それからはパチンコをやめました。」
時間を持て余してテレビを見ていた徳永さんに
あるきっかけが訪れる。
世界的ピアニストのフジコ・ヘミングさんが演奏する「ラ・カンパネラ」だった。
(徳永義昭さん)
「フジコさんがラ・カンパネラを弾いて
 演奏されて
 それを見て
 ずっとなぜか見ていて
 いい曲だなぁと。
 飲み屋のおねえちゃんにモテるんじゃないかぐらい思っていたが
 どちらかと言えば
 子どもたちの前で弾いて
 子どもたちが“おじさんすごいね”と言われるのを思ったかな。」
この曲を弾いてみたい。
プロのピアニストでも難しいとされる「ラ・カンパネラ」。
52歳だった徳永さんの挑戦が始まった。
徳永さんは楽譜を読むことができない。
そのため動画投稿サイトを見ながら指で鍵盤をひとつずつ叩いて覚える。
練習は1日8時間以上。
妻の千恵子さんはピアノ講師をしている。
ラ・カンパネラは夫に弾けるはずはないと考えていた。
(妻 千恵子さん)
「発想がありえない。
 絶対何言っているの 無理よっていう感じて言っていた。」
家族に白い目を向けられても意地になった徳永さんはひとり練習を続けた。
(徳永義昭さん)
「腱鞘炎になって
 もう痛くてたまらなくて毎晩湿布をしていた。
 指先から腕まで。
 そうしないとズキズキして寝られなくて。」
そして1年。
ついに難曲を習得した。
(徳永義昭さん)
「うれしかったですね。
 最後まで覚えて弾ききった時はうれしかった。」
のり漁師に奇跡のピアニストがいる。
徳永さんのうわさは全国に広がり
各地のイベントなどに呼ばれて演奏を披露している。
(観客の男性)
「すばらしいなと思いました。
 ちょっと見た感じとギャップもあったりして。
 僕も50歳過ぎているのですごく励みになります。」
そんなと徳永さんにご褒美が。
去年あこがれのフジコ・ヘミングさんのまえで
「ラ・カンパネラ」を演奏する機会が与えられたのである。
(徳永義昭さん)
「感激ですね。
 夢のような感じで。
 どうなるんだろうかというぐらい緊張マックスだった。」
「前までは人前に出て何かをするとかそういう人間じゃなかったが
 やっぱりピアノによって
 ピアノ演奏で自身がついたんでしょうね 自分自身に。」
50歳を過ぎてピアノを始めたのり漁師。
奏でる音色は
“新たな挑戦に年齢は関係ない”と教えてくれているようである。






 

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京都市長選 選挙戦を追う

2020-02-24 07:00:00 | 報道/ニュース

2月2日 NHK「おはよう日本」


与野党が相乗りで押す現職に新人2人が挑んだ京都市市長選挙は
2月1日に投票が行われ
現職の門川大作氏が4回目の当選を果たした。
京都市長選の結果
門川大作(69) 無・現 210,640
福山和人(58) 無・新 161,618
村山祥栄(41) 無・新  94,859
自民党や立憲民主党など5党が推薦した現職の門川氏が
共産党とれいわ新選組が推薦した福山氏らを抑え
4回目の当選を果たした。
(京都市長選 当選 門川大作氏)
「ひとつにまとまってワンチームで京都の街の未来を作っていく。
 このことに多くの方の共感を得られたと思う。
 すべての人に健康と福祉を
 質の高い教育を
 そうしたことをみんなで取り組んでいく。」
門川氏は京都市出身の69歳。
平成20年の京都市長選で初当選した。
選挙戦で
外国人旅行者の増加にともなう混雑の緩和などに取り組むと訴えた。
投票率は40,71%で20年ぶりに40%を超えた。

(福山和人候補)
「一見 観光で華やかに見えるこの京都で
 市民のみんなが本当にしんどい状況になっている。」
(村山祥栄候補)
「どんどん京都市民が観光客を迷惑だと感じるようになってきた。
 まさに“観光公害”であります。」
京都市長選挙で争点の1つとなった観光政策。
背景にあるのは観光客の急増に伴う
いわゆる“オーバーツーリズム”
“観光公害”の問題である。
風情ある街並みが人気の祇園では観光客が道いっぱいに広がり車の通行の妨げに。
道路の脇に座り込む人もいる。
ごみのポイ捨ても深刻化。
通学や通勤で使う市バスも“混雑で利用できない”と市民の不満が高まっている。
(土産物店経営)
「観光客がいっぱい来て売れるのはうれしいけど
 住むのはちょっと
 にぎやかすぎて。」
(20代学生)
「古き良き京都が戻ってきてほしいなと思う。」
国際観光都市 京都を世界にアピールしてきた門川市長。
外国人の宿泊者数は就任から10年で5倍近く増加。
市の積極的な誘致で宿泊施設も急増し飽和状態と言われている。
立候補を表明したあと門川さんは観光政策を大きく転換。
(門川市長)
「市民の皆さんの安心安全と地域文化の継承を重要視しない。
 宿泊施設の参入はお断りしたい。」
選挙戦を前に宿泊施設の建設をコントロールする方針を打ち出した。
そして始まった選挙戦。
新人の2人は新たな観光の課題に
「有効な手立てを打てていない」と現職を厳しく批判する。
(福山和人候補)
「外資や東京資本の大きなホテルがお金を持っていくだけ。
 それをもうあと4年続けていいのかが問われている。」
(村山祥栄候補)
「バス停の場所もバスの色も一日乗車券も
 全部分ける。
 市民の足は市民の足
 観光客の足は観光客の足にする。」
しかし観光客が来ること自体を否定するわけではないと理解を求める場面も。
(有権者)
「観光は京都のけん引役 経済の。
 外国人のほうが金を落としてくれる インバウンドの方が。
(村山祥栄候補)
「インバウンドはこれからも来る。
 それはいいんですけど
 やっぱり市民がだんだん不満がたまってきている。
 それを整理してあげないと。」
迎え撃つ門川さんは課題を認めたうえで「ともに乗り越えよう」と訴えた。
(門川大作候補)
「観光も市民ぐるみで大きく前進した。
 しかし課題も出てきている。
 “観光先進都市”から
 “観光課題解決先進都市”へ。
 京都なら必ず実行できます。」
国内有数の観光地ゆえに直面する問題。
京都市民がその解決をゆだねたのは
(京都市長選で4回目の当選 門川大作氏)
「京都は観光のためにできた都市ではない。
 何よりも市民生活が大事だ。
 観光の経済的な効果
 雇用等の効果
 これを多くの市民の皆さんの豊かさにつないでいく。
 そうした調和をしっかりと図っていく。」


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街の「夢の宝石箱」

2020-02-23 07:00:01 | 編集手帳

2月1日 読売新聞「編集手帳」


 私の愛した百貨店は<夢の宝石箱>だった――。
高殿円さんの小説『上流階級』(光文社)は主人公の回想から始まる。
開店した直後の百貨店、
店員が深々と頭(こうべ)を垂れる中、
7歳の私は胸を張って歩く。
まるで<お嬢様になったような気分>で。
その例えに記憶を重ねる方も少なくなかろう。
よそ行きの服、
屋上の遊園地、
目移りした食堂のメニュー。
かつてハレの日を演出した百貨店が、
地方で苦境に立たされている。

山形では先週、
県内最後の一店が閉店したという。
街の真ん中に立つ創業320年の老舗だった。
「商業高の女子生徒たちが改善策を社長に手渡した」
「買い支えること。
 声を詰まらせ、
 市長は訴えた」。
地域版を遡ると、
様々な応援の跡が見て取れる。
「宿命なのかも」。
閉店を告げる貼り紙に、
なじみ客は絞り出していたそうだ。

ここにおいても都市と地方との格差が際立つ。
訪日客の勢いも借り、
都会の店が売り上げを維持する一方で、
昨年は青森や甲府といった県庁所在地でも閉店が相次いだ。

容易に抗(あらが)えない大波であるとは思う。
けれど寂しくはないか。
宝石箱の一つもない街というものは。

 

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“世界市場1兆円超へ” グルテンフリーに商機

2020-02-22 07:00:00 | 報道/ニュース

1月31日 NHK「おはよう日本」


「グルテンフリー」とは
小麦に含まれるグルテンというたんぱく質をとらない食事の方法である。
欧米で人気となり
その市場規模は5年後には1兆円を超えるという試算もある。
海外で成長する市場を狙って日本の企業も動き始めている。

日本の食品メーカーが作っているグルテンフリーの食品。
原料はコメ。
この商品は神戸市のケンミン食品が販売する“焼きビーフン”である。
アメリカの認証を取得して
1月からアメリカ全土とドバイで販売を始めた。
輸出を決断したのは世界的なグルテンフリー市場の拡大である。
ブームに火をつけたのは
テニスのジョコビッチ選手。
パンとパスタに別れを告げると
体のキレが良くなり動きが速くなった
著書の中で
“グルテンフリーの食事法を取り入れたことで試合に勝てるようになった”
と書いたのである。
欧米では健康やダイエットに関心のある人たちから人気となっている。
(ケンミン食品 高村社長)
「米国のスーパー視察で
 パスタコーナーがあったら3分の1くらいはグルテンフリーのパスタ。
 流れというのが来たというところで
 非常に大チャンスだと思っている。」
大阪に本社がある日本ハムもグルテンフリーに飛びついた。
1月に開かれた商品発表会。
小麦の代わりに米粉を使ったグルテンフリーのパンを
今年10月までにアメリカに輸出すると発表した。
この会社ではもともと国内のアレルギーの人向けに米粉パンを作ってきた。
海外でのブームに乗って
輸出に力を入れることにしたのである。
(日本ハム マーケティング推進部)
「長年グルテンを使っていない商品を開発してきたので
 モチモチ感だとか食感とか
 ノウハウを生かして
 世界のマーケットに飛び出していきたい。」
世界中がグルテンフリーに注目するなか
タコ焼きなど小麦粉を使う“粉もん”が名物の大阪では
小麦粉を使わないお好み焼きも登場している。
小麦粉の代わりにコメをゼリー状に加工したライスジュレを使うことで
グルテンフリーのお好み焼きを生み出した店。
「サクサク
 ほろほろ
 満足は十分できる おいしい。」
おもにヨーロッパの観光客からの注文が多く
チェーン全体で1日50食ほど売れるということである。
(千房 千日前本店)
「1人だけ食べられないから
 “お好み焼き あきらめよう 別のもの食べよう”というお客さまも
 ここに来たら食べられる。
 みんなでお好み焼きを楽しんでもらえる。」
(千房ホールディングス マーケティング室)
「海外の方は
 グルテンフリー健康法をたくさん取り入れていると聞いているので
 気軽に当社のお好み焼きを召し上がってもらえるよう続けていきたい。」
食と健康へのあくなき欲求。
海外発の食品ブームをビジネスチャンスととらえ
企業が動き出している。

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アメリカ 景気拡大 その影で・・・

2020-02-21 07:00:07 | 報道/ニュース

1月20日 NHKBS1「国際報道2020」


アメリカの景気拡大の局面は
10年半と
史上最長を更新。
2019年12月の失業率は3,5%と50年ぶりに低水準に。
アメリカはいま好景気の真っただ中である。
しかしその一方で深刻となっているのが路上生活者ホームレスの問題である。
アメリカ政府が1月に発表した統計では
ホームレスの数は全米で約57万人と
前年比で2,7%増えた。
特に目立つのが大都会のニューヨーク州や気候が温暖なフロリダ州である。
そして最も深刻なのが西海岸のカリフォルニア州で
前年より16%増えて15万人を超えた。
好景気の中なぜホームレスは増えているのか。

カリフォルニア州最大の都市ロサンゼルス。
高層ビル群の下には3,000人はいるというホームレスの居住区がある。
地域の支援施設には食事を求めるホームレスの人たちの長い列。
好景気にもかかわらず増え続けるホームレス。
その要因は皮肉にも好景気による家賃の高騰だった。
ロサンゼルスでは
日本の1LDKにあたる平均家賃が8年間で30%(7万円)上昇した。
(ホームレス支援団体)
「家賃が急激に上がり
 普通のアパートで
 月2,000~2,500ドル(約22万~25万円)もします。
 家賃を払えないとたちまちホームレスになってしまうのです。」
働いていても帰る家がない。
そんな人々のよりどころになっている場所が州南部のサンディエゴにある。
ホームレスの人たちが寝泊まりするための駐車場。
夜 次々と車がやってくる。
この駐車場は
ホームレスの人たちが車内で安全に寝泊まりできるよう無料で開放されている。
利用者の70%は収入がある。
ただ住宅費が年々高騰しているため家を借りられないという。
約1年前からこの駐車場を利用しているウッドワードさん。
長年 警備会社で働き現場の責任者も任された。
「ここで寝ています。
 冬は冷蔵庫のように寒く
 夏はとても暑い。」
夫に先立たれたあと住宅費を切り詰めるためルームシェアもしたが
高騰する家賃を支払えなくなったという。
(ウッドワードさん)
「軍の施設で長年 警備の仕事をしていました。
 この町では家賃が高すぎて
 ひとりでは住めません。」
いまはホームレスの支援団体を手伝って生活費を稼ぎ
再起を目指している。
(ウッドワードさん)
「車の生活から抜け出して
 自分の場所を見つけることが目標です。」
普通に暮らしていた人が
ある日突然ホームレスに転落してしまうアメリカ。
低所得者が入居できる住宅を増やすことが
緊急の課題である。
しかしこうした住宅の建設には地域の住民の同意が必要である。
業者が住宅の建設を計画していることが明らかになり
波紋が広がっている町。
計画は
小学校のそばに7階建て60部屋余の住宅をつくるというものである。
(反対派の住民)
「ハンバーガーの店を作るならいいですが
 小学校の近くにホームレスの施設はあり得ません。
 この町では薬漬けのホームレスも見かけ
 そこら中に注射針も捨てられている。」
住民集会には200人以上が出席。
地域の牧師が計画受け入れの意義を説くが
(牧師)
「ホームレスもこの地域にいるのだから
 彼らが住む場所を我々が見つけるしかない。」
参加者のほとんど全員が計画に反対した。
(反対派の住民)
「ホームレス問題の解決にはかかわるべきですが
 私たちが同意していない計画は撤回すべきです。」

通勤の電車やバスの中では
大きな荷物を抱えたホームレスの人を見ない日はない。
またバスが通る大通りでは
テントで暮らす人たちが集まる区域が新たに作られている。
図書館に行けばホームレスの人たちが顔を洗ったり
あるいは来館者に食べ物を求めたりする光景をよく見かける。
ホームレス問題が最大の政治課題だという人も多く
メディアも連日のように詳しく伝えている。
こうしたなかホームレスの問題に地域ぐるみで取り組んでいる場所がある。

常夏の島ハワイ。
高い人気を誇るこの観光地でも
2015年 ホームレスの増加が深刻化し非常事態を宣言。
州をあげて支援に取り組んできた。
自治体が提供した土地にNPOがホームレスのための共同体をつくっている。
住宅は東日本大震災の被災地で仮設住宅をして使われていたもの。
NPOの代表を務める日系人が被災地で使われなくなったものを取り寄せた。
短時間で約300人のホームレスの住環境を整えることができた。
町の中心からは離れているため
地域の住民から目立った反対の声は上がっていない。
子連れでホームレスになったモニスさん。
半年前からここで暮らしている。
電気・水道・インターネットも利用でき家賃は月8万円。
NPOから仕事も紹介してもらえる。
(モニスさん)
「こんな住宅は見たことがありませんでした。
 どんなに探しても家賃を払える家がなく
 インターネットもありませんでした。
 しかしいま家を持っていて
 自分のキャリアに取り組むことができます。」

この問題はアメリカで「ホームレス・クライシス」と呼ばれているほどで
選挙戦の中でさけて通れないテーマになる。
民主党ではバイデン前副大統領が
所得の低い人たちのため数千億円を投資して住宅を用意するとしている。
またサンダース上院議員も
3兆円以上かけてホームレスのため住宅をつくるという政策を掲げている。
一方のトランプ大統領は
ホームレスの問題が深刻が深刻なのは
民主党の有力議員が選出されている州だと主張している。
(アメリカ トランプ大統領)
「あいつら(民主党)が何もしていない。
 ホームレスの問題で阿野地区は最悪だ。
 路上には薬物の注射器があふれているし
 ひどい汚物が太平洋に流れ込んでいる。」
格差の拡大によってもたらされたこのホームレスの問題は
アメリカ社会にとって深刻なものになっている。
候補者たちは説得力のある対策を打ち出すことができれば
次の大統領の座に一歩近づくという展開になるかもしれない。


  

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「金は出すが口は出さない」研究支援

2020-02-20 07:00:00 | 報道/ニュース

1月30日 NHK「おはよう日本」


大阪大学の石井優教授。
体の中で細胞がどう動いているのか 目で見てわかるようにする
“イメージング”という研究分野の第一人者である。
具体的な製品開発に直接は結び付かない
生命の謎を探る基礎研究である。
(大阪大学 石井優教授)
「基礎研究は本当の意味で世界を進めるもの。
 10年後20年後を見据えた意味では絶対必要なものだと思う。」
所属する大阪大学免疫学フロンティア研究センターは
免疫学の分野で国内トップの研究機関である。
しかし5年前 センターは存続の危機に陥る。
年間13億円の国の補助金が終了することになり
研究者の3分の1が大学を去った。
日本の科学技術の予算が伸び悩む中
このように補助金が打ち切られる研究機関やプロジェクトは少なくない。
資金確保のために大阪大学が考えたのが
民間企業との連携だった。
応じたのが製薬大手企業2社である。
企業側は毎年10数億円を10年間 大学に提供する。
しかも研究内容に一切口を出さない。
その代わり企業側は
センターの研究内容や成果を外部に発表する前に知る権利が得られる。
世界でも例がない仕組みだという。
なぜそれほど気前よく資金を提供できるのか。
年間10億円を提供している中外製薬。
大学の基礎研究から生まれる自由な発想を
早い段階で共有できるメリットを強調する。
(中外製薬 岡部尚文 上席執行役員)
「iFReC(免疫学フロンティア研究センター)では
 今まで分からなかった知見が生まれていると
 同時に
 それが創薬につながるかどうか
 そういう評価はそれほど簡単ではない。
 10億円という額は
 実際に現地に入って先生と一緒に基礎研究をして
 そこに創薬の可能性を見出す機会をもらえるということに対しては
 リーズナブルなバリュー(適正な価値)。」
企業との連携で研究資金のめどが立った石井教授。
年間1,000万円が配分され
これまでと変わらずに
テーマを自分で決めて自由に研究を進めている。
(大阪大学 石井優教授)
「非常にいい。
 使途に関して企業から口出しというかあれこれ言われることは一切ない。
 みずからの研究テーマを遂行していくことが可能な状況。」
さらにこの連携で新たな動きも。
現在 石井教授のもとでは中外製薬の研究員が研究に参加している。
外部に発表していない研究内容に中外製薬が興味を示し
共同研究をすることになったのである。
石井教授の技術を活用して
さまざまな薬が体内でどんな効果を出しているのか
視覚的に比較する研究を進めている。
国からの補助金が途絶えるなか
民間企業と連携することで
国内トップレベルの研究機関の存続に成功した大阪大学。
この仕組みを
他の大学や企業でも参考にできるのではないかと考えている。
(大阪大学 尾上孝雄理事)
「企業との連携は十分できていると思う。
 大学の運営費交付金が厳しい状況にあるなかで
 こういう新しい展開が大学として必須になってくる。」

この仕組みが導入されてから
研究者の数はピーク時の9割にまで回復。
研究成果も出始めていて
世界トップクラスの研究水準を維持しているということである。



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“80歳”パンダ永明の挑戦

2020-02-19 07:00:00 | 報道/ニュース

1月29日 NHK「おはよう日本」


和歌山県白浜町の動物公園 アドベンチャーワールド。
飼育されている6頭のジャイアントパンダの中で最年長が永明である。
年齢は27歳。
人間に例えると80歳余の高齢である。
永明が白浜にやって来たのは平成6年。
当時は1歳だった。
その後ほぼ2年間隔で繁殖を成功させた永明。
一昨年には15頭目の子ども 
彩浜が生まれた。
飼育下での自然繁殖で子どもを作った雄のパンダとして
世界最高齢の記録を持つ永明。
パンダに会える観光地白浜の人気を支え続けてきた大黒柱として
今年も繁殖に挑む。
11回目の繁殖に挑戦する永明。
しかし年齢の影響は無視できないという。
飼育員の品川さんは10年以上前から永明を見てきた。
(パンダ飼育員 品川さん)
「永明ももう27歳になって
 どんどん高齢になっている。
 永明の体調を第一に考えて
 無事に終わってほしい。
 年々持久力が続かなくなってきている。」
繁殖に向けて最も大切なのが永明の健康の維持である。
1日3回の目薬は欠かせない。
そして毎月
血液検査を2回
血圧の検査を月1回行って
問題がないかどうか確かめる。
体調を維持するカギとしてとりわけ気を使っているのが
永明が食べる竹の品質の管理である。
週4回
大阪や京都から大量の竹を取り寄せている。
永明が1日に食べる竹の量は約20キロだが
好き嫌いがあるため品質の良いものだけを手作業で選別し
1日あたり約60キロ用意する。
(パンダ飼育員 品川さん)
「葉っぱがいっぱいついていて
 きれいな葉っぱの方を選んでいる。
 永明は特にグルメで本当においしいところしか食べない。
 いかに永明が好む竹を見つけるかがちょっと大変。
 好みがその日によっても違う。
 時期によっても変わったりする。
 実際にあげてみないとわからない。」
パンダの繁殖の季節は春。
これから数か月間で今年の繁殖がうまくいくかどうかが決まる。
繁殖の相手は今年も良浜。
これまで9頭を生んだ相性のいい雌のパンダである。
繁殖を成功させた雄のパンダの最高齢記録更新なるか。
期待が高まっている。
(パンダ飼育員 品川さん)
「日々の健康管理や健康に保って
 次の繁殖につなげていくのが重要。
 かわいい赤ちゃんが生まれて
 みんなに愛されるパンダに育ってほしい。」

 

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“がんばれ!香港人” 台湾から歌のエール

2020-02-18 07:00:00 | 報道/ニュース

1月28日 NHKBS1「国際報道2020」


去年11月 台北で開かれた香港を支援するチャリティーコンサート。
広場を埋めた2万人の心をつかんだ曲があった。
♪ 暗い夜がどんなに長くても
   永遠に遮ることはできない
 手を取り合って
 あの傲慢な高い壁を乗り越えよう
香港の人たちにエールを送るこの曲を歌っているのは
台湾の人気バンドのボーカル
呉永吉さん(49)。
20年以上にわたって音楽活動を続けてきた呉さん。
呉さんのバンドは
台湾で最も権威のある音楽賞を受賞するなど
台湾を代表する存在である。
香港の抗議活動で
警察を市民がたびたび衝突し多くのけが人が出ていることに
呉さんは深く心を痛めていた。
自分たちミュージシャンに何かできることはないかと考え
この曲の制作を決めたという。
(呉永吉さん)
「彼らは自由のために命を投げ出している。
 香港でコンサートをやったこともあるし
 遊びに行ったこともある。
 みんな香港が大好きさ。
 友人もたくさんいるし
 香港の人たちが苦しんでいる時に心を寄せるのは自然なことだよ。」
♪ 風吹不停
 雨環在下
“支え”を意味するこの曲のタイトル。
呉さんが作った曲に台湾や香港の作詞家が歌詞をのせた。
曲の制作にあたっては
制作費もほとんど無いなか
呉さんらの呼びかけに応じて
台湾と香港から約20人のミュージシャンが参加し
わずか2週間で作り上げたという。
(呉永吉さん)
「みんな手弁当で参加してくれたんだ。
 特に若いミュージシャンが参加してくれてうれしかった。
 そのおかげでとても力強いメッセージになったと思うよ。」
ネット上で公開すると大きな反響を呼び
香港の人からも多くのコメントが寄せられた。
台湾の皆さんありがとう
香港に関心を寄せてくれてありがとう
感激のあまり言葉になりません
しかし代償もともなった。
この曲を発表して以降
呉さんのバンドは中国でのコンサートを開催できなくなったという。
さらに中国の音楽配信サイトでも
事前の通知なく楽曲をすべて削除された。
(呉永吉さん)
「先月俺たちのバンドは中国に排除されたよ。
 俺たちは反中国のレッテルを張られているから
 一緒に仕事をすることを恐れる人もいるのさ。
 自分たちにも影響が出ないか心配なんだろうね。」
台湾の人たちもこの曲に自らの境遇を重ね合わせている。
たとえ活動の場が制限されようとも
“香港のことに多くの人が思いを寄せてほしい”というのが誤算の願いである。
♪ 雨は狂ったように激しく降り
 行く手を阻もうとしている
 ともに傘を持とう
 あきらめないで
 引き下がらないで
(観客)
「音楽の力でみんなの気持ちがひとつになります。
 香港には行けないけど
 勇気を送ることはできますね。
「同じように中国の圧力を受けているからこそ
 台湾の人たちにも
 この曲を通じてエールを送れると思います。」
♪ 強い信念で
 どれだけ困難でも支え続ける
「香港人!がんばれ!」


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アウシュビッツ解放75年 くすぶる反ユダヤ主義に危機感

2020-02-17 07:00:00 | 報道/ニュース

1月28日 NHK「おはよう日本」


ナチスによる負の歴史を反省し過去と向き合ってきたドイツ。
しかし最近極右政党の台頭などにより反ユダヤ主義が再びくすぶり始め
ユダヤ教徒の間では危機感が高まっている。

去年10月
ドイツ東部で起きた銃撃事件。
ユダヤ教の礼拝所が狙われ
2人が死亡。
反ユダヤ主義の思想を持つ男による犯行だった。
ベルリンに住むユダヤ教徒のザタノフスキさん。
銃撃当時 礼拝所の中には友人がいたが幸いけがはなかった。
(ユダヤ教徒 ザタノフスキさん)
「友人が居合わせたと聞いたとき
 危険を感じました。」
近年ドイツではユダヤ教徒を標的にした犯罪が増加。
一昨年は前年より20%増加している。
背景として極右政党の台頭や排他的な右派生徒の躍進が指摘されている。
(ユダヤ教徒 ザタノフスキさん)
「ドイツはユダヤ教徒が生活できる国であり
 過去の歴史と向き合ってきた国だと思っています。
 しかしすべての人が歴史から学んでいるわけではない。」
ドイツは過去の歴史に本当に向き合ってきたのか。
それに疑問を投げかける調査結果が最近明らかになった。
ドイツで行われた世論調査で
ホロコーストを
“全く”又は“ほんの少ししか知らない”と答えた若者が4割にのぼったというのである。
専門家は
“教育現場で教える立場にある教師自身がナチスドイツの歴史を十分に把握しておらず
 それが生徒の無関心を招く一因になっている”
と指摘する。
(ベルリン工科大学反ユダヤ主義研究センター アーノルト主任研究員)
「ホロコーストを学ぶことを拒絶したり不快に思う状況が一部で見られます。
 “自分には何の関係もない”という考えや
 “なぜドイツ人は未だに学ぶ必要があるのか”という考えが生まれている。」
こうした状況に危機感を持ったザタノフスキさん。
差別や憎しみがどんな悲劇を生むのか
子どもたちに直接語りかける活動を仲間と始めた。
この日あった子どもたちはみなユダヤ教徒と会うのは初めてである。
「ユダヤ教徒について何か知っている?」
「知らないです。」
ザタノフスキさんは
ユダヤ教徒の宗教や暮らしだけでなく激しく迫害された歴史も丁寧に説明した。
「ユダヤ教徒の店で物を買うなっていう運動があったんだよ。」
「もう過去のことかな?」
「今もまだ人種差別的な人はいる。」
「誰であっても親切にすることが大切。」
「肌の色や国の違いで非難してはいけない
。」
負の記憶ほど風化を食い止めるのは難しいと感じているザタノフスキさん。
それでも対話を重ねることで
“次の世代にも過去の教訓を刻んでいきたい”としている。
(ユダヤ教徒 ザタノフスキさん)
「対話をすることで
 人に対する寛容さや理解が生まれました。
 ホロコーストはドイツにとって抵抗なく簡単に学べる歴史ではありません。
 けれど現在そして将来のために
 知ることは非常に重要なのです。」
“ナチス”という負の歴史に向き合い続けてきたドイツで
くすぶり始めた反ユダヤ主義。
記憶の風化をいかに食い止めるか
若い世代への働きかけが始まっている。

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グラミー賞ノミネート ジャズ作曲家 挾間美帆さんの音楽

2020-02-16 07:00:00 | 報道/ニュース

1月27日 NHK「おはよう日本」


「Dncer in Nowhere」
挾間美帆さんが一昨年発表したアルバムの1曲である。
挾間さんは日本のジョン学大学で作曲を学んだあと
ジャズ作曲家としてアメリカ ニューヨークを拠点に活動している。
楽曲は世界のジャズ界で高く評価され
4年前にはアメリカの音楽雑誌で
“未来を担う25人のジャズアーティスト”に選ばれている。
3作目のこのアルバム「Danse in nowhere」で
グラミー賞に初めてノミネートされた。
(挾間美帆さん)
「最初は本当に驚いたというのが第一印象。
 とにもかくにも驚きました。
 続けてきたことが徐々に実を結ぶというか
 より多くの方々の目や耳にとまるようになったこと
 純粋にうれしい。」
挾間さんはオーケストラにも楽曲を提供している。
「“挾間美帆に曲を委嘱するとジャズっぽい音楽ができる”と思ってもらえたら
 一番うれしい。」
1月25日 金沢市で初めて披露された新曲。
ふだんはクラシックを演奏することが多いオーケストラが
ジャズの要素が入った曲を演奏する。
“シンフォニック・ジャズ”と呼ばれるスタイルである。
(観客)
「リズム感が普通のクラシックと違って
 それが随所に出ていた。
 クラシックとジャズの融合のしかたが面白かった。」
「リズム感が生き生きして
 ホップする感じがあって
 これがジャズかと思った。」
大学時代
クラシックの作曲を学びながらジャズにも親しんでいた挾間さん。
クラシックとジャズ
それにこれまで触れてきた音楽も融合させた
独自の曲を作り出している。
(挾間美帆さん)
「家族が音楽好きだったこともあって
 クラシックだけでなく
 ロックやジャズ
 合唱の音楽とか
 脳裏にいろいろな引き出しとなって残っている。」
「ジャンルにとらわれず楽しんでもらえるような音楽を作りたい」と話す挾間さん。
多くの人に親しまれる曲を作るとともに
「オーケストラとジャズをつなぐ架け橋にもなりたい」と意気込む。
(挾間美帆さん)
「オーケストラが演奏するジャズ音楽
 あるいはジャズっぽい要素を使った音楽。
 そういうものを通じ
 新しい発見をお客さまに提供できる活動をしたい。」




 

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日本一短い手紙

2020-02-15 07:00:00 | 編集手帳

1月26日 読売新聞「編集手帳」

なぜ一文字だったのか。
詳しい理由を見聞きしたことがない。
文豪ユゴーが書いた世界一短い手紙の話である。

小説「レ・ミゼラブル」の評判を気にした作家は、
出版元に「?」一文字の手紙を送った。
相手もしっかり意をくみ、
「!」とだけ記して返信した。
どれほど短くても便箋につづれば、
気持ちは不思議と伝わる。
手紙の持つ魔法の力を思う。

SNS全盛の現代においても、
魔法を信じる人は少なくないようだ。
福井県坂井市が募る日本一短い手紙のコンクール「一筆啓上賞」に今年度も3万通を超える応募があったという。

わずか40字ほどの文面が様々想像をかき立てる。
<会えなくなって 
 3回目の夏です。
 少しさびしいけどひとりで灯台まで泳げたよ>。
中学3年生、
宛てた「お兄ちゃん」は息災なのだろうか。
<「真っ白な雪の日に生まれました。」と母子手帳に書いてあったね。
 だから冬が大好き>。
11歳、
受け取った「お母ちゃん」は涙するに違いない。

肉筆での応募も多い。
万年筆やボールペンで一文字ずつ丁寧にしたためてある。
灯(あか)りの下、
机の前で、
あれこれ思案する楽しい顔を夢想する。


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