新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

アメリカ人・トランプ大統領を考えると

2017-01-23 13:24:53 | コラム
疑問に感じるその国際的な感覚:

1972年8月にアメリカの会社に転進して以来、1994年1月末で引退するまで対日輸出を担当することになったのだが、そこでは我が国における貿易担当業務というか、海外の市場を相手にする場合の心がけ乃至は常識がアメリカとは非常に異なっていたのには寧ろ驚かされたのだった。

即ち、(紙パルプ産業界以外でも同様だと信じていたことで)海外と取引する場合には先ず英語がある程度以上解っていることが最低の条件であり、それを基にして「インコタームズ」(=International Rules for the Interpretation of the Trade Terms)、即ち「貿易取引条件に関する国際規則」等々の知識を学んでおかねばならず、言うなれば国内取引とは違う一種の特殊技能的な仕事の理解を求められているのだった。故に、海外部であるとか貿易部は国内営業担当とは別個の組織であるのが一般的だった。

ところがである。アメリカの会社に入ってみれば、その認識というか考え方は「営業は飽くまでも営業であって国の内外に分けての担当者がいる訳ではなく、営業担当のマネージャーはごく当たり前のように輸出入の業務を手がけているのだった。そこには確かに英語の専門語の特殊な知識など必要はなく、例えば「船荷証券」(=Bill of lading)はB/L以外の何物でもなく、そのまま解るのだから、特殊でも何でもないのだった。

その感覚で、国内での取引を推し進める感覚で、海外の市場や取引先や見込み客と接していくのだった。そこには私が後年散々悩まされた「他国との文化の違いがもたらす行き違いや、意思の疎通の難しさ」などには余り深い注意を払っていないかのようだった。勿論、営業担当のマネージャー全員がそのような感覚の持ち主だというのではなく、中には貿易慣行の違いを熟知して、海外の得意先を説得する技術を持っている場合もあった。だが、一般論では「余り気にしていない」と言って誤りではなかっただろう。

この度のトランプ大統領の選挙運動中の言いたい放題というのか暴言というのか知らないが、例えば(NAFTAやWTOの存在を知らないのか無視したのか)メキシコに自動車工場を作ってアメリカ向けに輸出するならば35だの45だのという高率の”border tax”を掛けるなどと言われるのは「貿易の実態と実務を知らずに言うのか、あるいは百も承知で大統領ともなればNAFTAなどは改編してみせる」という自負があって言われたのかが不明である。だが、私には不動産業しか営んで来た経験がなくて、その経験を基にして「国内も国外も同じ商売だ。力があれば押し切れる」とでもお考えなのかなと疑いたくなる。

即ち、「買ってやる方が強いのであり、売り込む方がアメリカの富を収奪するのだから、それに対する相応の罰を与えても良いのだ。それこそが“アメリカファースト”であり、国益を守っているのだ」というかなり純真且つ素朴な営業感覚のようにも見える。私はこの主張を聞いた時に真っ先に思い浮かべた言葉があった。それは“retaliate”だった。ジーニアスには「[人・攻撃などに/・・・で報復する、復讐する」となっている。それ即ち、メキシコは黙っていないだろうし、WTOに提訴されれば看過しないだろうという危惧だった。

私には一事が万事で、トランプ大統領が貿易の実務というか細部までお解りなのか否かなどは解る訳がない。だが、その感覚を見ている限り、国の内外についての区別がないようで、「アメリカという『再び偉大になろう』とする国の力があれば押さえつけられる案件だ」とでも単純化して考えておられるのだろうとも思えるのだ。そうなってしまうか否かは現時点では全く“unpredictable”だろうと私は思う。それは、こういう先例がないので判断の基準がないのだからだ。