新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

12月31日 その2 2015年を回顧すれば

2015-12-31 10:29:59 | コラム
1月1日は病院で迎えていた:

2015年は人生で二度目のことで入院で始まった。実際には前年の12月30日から入院中だったのだ。これは1960年の12月から急性肝炎で入院して以来のことで55年振りだった。この入院中に二度のカテーテルの処置を受けて命を救われ、1月14日に一度は退院したのだった。だが、18日には心不全で緊急入院となるなど、結果的には1月~8月間に約60日も入院していた。これが恐らく2015年を回顧すれば最大の出来事だっただろう。この間に最も苦しめられたのが、良かれと思って処方された胃腸薬の例外中の例外と多くの医師や看護師さんや薬剤師さんが言う副作用で、半年間も下痢が続いたことだった。

この長きにわたる下痢のために、2006年の第一回目の心筋梗塞発症時には62 kgあった体重が45 kgまで低下し、愚息などは生命の危機ではないと危惧したとまで言っていた。この問題は消化器内科で大腸の組織を取って病理検査に回して胃腸薬の副作用だったと結論が出て、その薬をやめることで何とか解決したのは不幸中の幸いだった。その激減した体重も、愚息が勧めたプラセンタ・エキスの注射を7月以降週に一度受ける事と、家内の協力で減塩食を励行した等の努力もあってここ数日は52 kgにまで増加してきた。しかし、まだまだ油断はならないと常に自戒するようにはしている。幸いに今月の国際医療研究センター(NCGM)での定期検査でも、Sクリニックでの心電図とエコーの検査でも何とか合格点がとれているので、ホッと一安心なのである。

しかし、世の中には「禍福は糾える縄の如し」と言う言い習わしがあるが、私の体調がどうやら安定してきたかと思えば、家内の椎間板ヘルニアが悪化して来年の2月には手術をせねばならぬところまできてしまい、我が家には悩みの種が尽きない状態に追い込まれてしまった。この手術には支持する方と絶対にやるなと言う強硬派の二手に分かれているのも当事者としては悩ましいのだ。だが、その苦しめられている様子を見ていれば「手術が無事にいくこと。後遺症がないこと」を願う以外にできることがないのは辛いのだ。

今年を回顧して「よくぞここまで出来るようになったものだ」と感慨にふけったことがあった。それは11月と12月に愚息の介添えがあって横浜と川崎に大学のフットボールを観戦に行けた、言わば大冒険だった。2006年1月の最初の心筋梗塞以来遠ざかっていたフットボールの観戦に人込みの中に入っていき、何ら問題が生じなかったことは自分の体調の安定度に多少の自信をもたらしてくれたのだった。これらの試合の観戦記は既に発表してあったので、ご記憶の方もあるかと秘かに期待している。

そういうこと以外には折に触れて政治・経済・スポーツ等々の評論めいたことを書いて楽しんできた。渡部亮次郎氏主宰の「頂門の一針」への投稿も家にいる限りは欠かさなかった。だが、今月の17日に突如満3年目が過ぎがPCが動かなくなり、富士通と長時間電話で相談した結果で修理に出すことになり、あわや12年振りにPC無しの生活に戻るかという瀬戸際まで行ってしまった。ここでまた愚息が登場して彼のPCを借用してアナログ時代に戻る事態は回避された。だが、詳細な説明は省くが使い慣れたAtokではなく、マイクロソフトのIMEというワープロソフトに慣れるまでは結構苦労させられ、以前の速度の50%程度でしか打ち出せないのが小さな悩みである。

最後に採り上げたい重大ニュースがある。これは極めて個人的であるとともに、現在のようにICT化が進めば紙媒体というか製紙産業が避けて通れない関門だと思わせてくれる事件だ。敢えて「事件」としたが、それはリタイヤーまで19年半もお世話になったWeyerhaeuser (Weyco)が最後に残してあった液体容器原紙事業、フラフパルプ部門、日本のメーカーと合弁の新聞用紙事業を売却する計画を発表したことだ。アメリカでは2005年辺りから大手製紙会社がこぞって印刷用紙部門の売却というリストラを開始して、インターネットに印刷媒体が市場を奪われる傾向が明らかになってきていた。特に新聞用紙などは、何度も指摘したことで、10年間に60%もの需要が減少していたのだった。

現にアメリカとカナダの大手新聞用紙、印刷用紙(コート紙と上質紙)、段ボール原紙のメーカー何社かが、ここ10年ほどの間で民事再生法のアメリカ版である"Chapter 11"で再生させられてきたという実態がある。Weycoも元はと言えばアメリカ最大級の木材会社だったものが、縦方向への多角化で木材チップ、パルプ、紙・板紙、段ボール原紙と箱、新聞用紙への進出を果たしていた会社だった。今や時代の先端を行くかの如き木質バイオマス燃料の活用などは1970年代から取り入れた来た歴史もある。その会社も時代の流れには抗しきれなくなったかと思えば、まさに感無量である。木材部門はアメリカで住宅産業が安定してきている以上、紙パルプにとは別個な市況にあるようだ。何れにせよ、「ここまで来たか」という思いがある。
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日韓合意後のマスコミ報道を叱る

2015-12-31 09:08:44 | コラム
何ゆえに水曜集会を報じるのか:

何処の局のニュースか記憶もないが、彼らは何の為にソウルで挺対協が何千回も続けているとかの集会の「合意反対」の模様を流し、元慰安婦が「我々に事前の相談もなく日本政府と合意したのか」と喚く様子を見せるのか。さらに韓国の世論調査では合意反対が60%を超えたとか、あの像の撤去にも圧倒的多数の反対があるなどという「犬が人を噛んだ」程度のニュースを嬉しそうに流すのか。何の理由があって「韓国はけしからん。何ゆえに自国の政府の決定をあれほど非難するのか」くらいが言えないのかと問いかけたい。韓国の世論があのようなものだとは、韓国のマスコミの反日的姿勢などは、何年も前から解りきっていたことではないか。我が国のマスコミの姿勢は論外だと言いたい。

こんな無様な報道を聞かせられ見せられて、今朝のような寒さであれば、早朝の血圧が高めになったのも仕方がないかと諦め且つ怒っている次第だ。
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12月30日 その3 税制改革と景気浮揚策の補足

2015-12-30 19:42:36 | コラム
私が言いたかった事:

理解しにくい表現でした。そこで捕捉します。

財務省が財政再建を図りたいのならば、景気回復を狙う政策を打ち出して産業界の売上高を増やし、そこから税収を増加する方向に進めと言いたいのでした。財務官僚の頭脳を活かして政治家を巻き込むなと言うことです。アベノミクスが功を奏しているのを良いことに、増税するのは安易ではないかと思ったのです。幸いにして安倍総理は野田とは出来が違いますから、ここまで回復させたのを、またぞろ消費税率引き上げでデフレに戻る懸念を持っているのです。

私は今年は体の具合が悪く病院通いに頻繁にタクシーを利用せざるを得ませんでしたが、景気の一つのバロメーターであるタクシーでは多くの運転手が偽らざる実態であるとして「景気はタクシーの利用にまで降りてきていない」と告白していました。また、某大手商社の直系の内販会社では現在でも事前に申告しない限り営業マンがタクシーを利用できないほど厳しく経費を規制しています。製紙・鉄鋼等の原材料産業では全世界的に過剰設備を抱えて苦しみ、中国の如きは鉄鋼が内需の四倍の設備を安値の輸出で世界市場を混乱させています。私はこういう視点から景気回復未だしと恐れております。但し、毎度言っている通りに悲観論者ですし、体感温度でしか語れません。
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12月30日 その2 税制改革と景気浮揚策

2015-12-30 15:09:36 | コラム
軽減税率と法人税:

私は税金についてはさして関心もないし、威張る訳ではないが全く詳しくない。従って、先ごろあれほどマスコミが騒がしく報じていた軽減税率の適用範囲などにはほとんど関心がなかった。寧ろ、食料品と加工食品だったかの線引きが云々と騒いでいる議員たちはなんと些末なことで揉めるのだろうかとその低劣さに呆れていた。だが、結果的には公明党の主張通りに決めたかと思えばその税源がどうのと、未だ先のことなのに如何にも税収が激減したかの如くに報じて見せた。しかし、新聞各社があれほど主張していた新聞への適用がどうなかったの報道があったかなかったか、私は気が付かなかった。

だが、今になってみると与党の税調なるものは「週に2回以上発行される新聞には適用と決めて出版物は今回は除外と決めた」とネットや雑誌には出ているのだった。これは本当なのだろうか?「これはいかん、私も老化が激しく新聞記事を見落としたのか」と慌てている次第だ。そこで、私は新聞社は自分たちが上手くいったのを敢えて報じずに、読者の目を食品だけに向けさせていたのかなと疑っている。新聞はまだまだ宅配で支えられているが、出版は毎年落ち込みが続きネットの悪影響が顕著なのにも拘らず、同じ印刷媒体として協調しなかったのは如何なる魂胆なのかと秘かに疑問に感じている。「野球の球団まで抱える余裕がある新聞社があっても、そこまで出来る出版社なんてありはしないではないか」等と考えてしまうのだが。

もっと詳しくないのが会社経営などに関係することもなかったので、ほとんど関心がなかった法人税だ。「我が国では30数パーセントで高過ぎる」という企業の訴えを受けて、減税されると報じられている。勿論、リベラルや左側に位置する野党からは「巨額の内部留保を抱える大企業優遇だ」との非難の声は高らかに聞こえているようだ。だが、ここでも私には良く解らないことがある。それはマスコミは常に「法人税を支払っているのは精々全体の30%ほどの会社で残るところは関係ない。しかも、もはや立ち直って大きな利益を計上している銀行は未だに除外されている」と言っていた。それでは、法人税減税の恩恵に浴する会社は比率としては少なく、税収が壊滅的に減ることはないのではないかと思わせる。

それよりも、私に不安に思えることは「これまでに繰り返してきた消費税率引き上げの度に起きてきた事前の駆け込み需要とその後の落ち込みに起因するのだろうデフレ現象が、10%に軽減税率導入とともに引き上げられた際に未だにその傾向が続くとしか思えない状況を引きずったままいくのではないか」との懸念である。アベノミクスの神通力がやや薄れた感が払拭できない現下の情勢でも、財務省は何としても麻生財務大臣や安倍総理を財政改革の道に引っ張り込もうという方針を堅持する気なのかと、その執念には感心するだけだ。

私は何時まで経っても悲観論者なので、このような財政を健全化するのが職務である財務省が職責を全うしようとする精神は評価せねばなるまいかと思う。だが、現在の税制改革の進め方を見れば「角を矯めて牛を殺す」のではないかと悲観的になってしまうのだ。財務省のやり方は、それこそマスコミが常に批判し続けた「取れるところから安易に取れる政策」を守り続けているだけであると思えるのだ。いや、納税は義務であり資本主義の国であれば仕方がないとは理解しているが、私にはもっと上手な批判を浴びないやり方があるのではないかと思えるのだ。

では、「何が上手なやり方た述べてみよ」と言われるかも知れない。そこで、嘗て小泉総理が言った「そんなことを私に今訊かれても解る訳がないじゃありませんか」と平気で答える。何故か?私は財務省の官僚でも何でもない一般の年老いた国民の一人にすぎないからだ。マスコミと彼らの御用達の専門家たちは真っ向からこういう批判めいたことを言わないが、国家財政を立て直すためにはもっと手際よく上手に景気を回復する手法を編み出してほしいものだ。アメリカだってあのようなボンクラの大統領が7年も居座っても、景気が回復軌道に乗ったではないか。いや、これは財務省に向かって言うことではなくて、安倍総理にお願いすることだったようだ。安倍総理、お願いしますよ。
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心筋梗塞

2015-12-30 09:37:18 | コラム
笑福亭笑瓶がゴルフ場で倒れた:

こういう漢字が当たっているかどうか知らないが(IMEでは出てこなかった)この芸名の男がゴルフ場で倒れドクターヘリで緊急搬送されたと報じられていた。その後の診断では急性心筋梗塞だとか。胸が痛いと訴えていたとも報じられていた。救急隊員は「会話が出来ていた」と言っておられた。そこで、三度の心筋梗塞を乗り越えて尚且つ生存している経験者として心筋梗塞の発症時にはどのような状態になるかを述べて、まだ経験されていない方の参考にしたいと思う。

一度目:
2006年1月16日の朝6時45分には「ゴロゴロ」と腹の辺りから胸にかけて音がして「これは何か?」と不審に思った途端に、胸の上に何トンもあるかと思うような重さを感じとても耐えられない激痛を感じたことまでは分かっていた。だが、すぐそばにいた家内が言うには寝転がっていたソファーから立ち上がって失神したそうだった。その際にソファーの肘掛(と言うのか)に乗せてあった週刊誌に頭を打ってすぐに意識を取り戻した。その瞬間には既に痛みはなく普通に会話が出来ていた。兎に角、猛烈に胸が痛かったので病気に詳しい長男に電話して相談したところ「救急車を呼べば」という反応だった。

実は、その前日にはジムに行って何時もの通りにウオーキングもウエイトトレーニングもストレッチもやっていたので、体調には何ら不安はなかった。もしありとすれば、その1週間ほど前にズボンを買った際に82 cmだとばかり思いこんでいた胴回りが84 cmを超えかけていたほど体重が増えていたのが、前駆症状と言えば言えなくない程度だった。過剰な体重は心臓に負担となるのは常識か?

だが、痛みもなく普通に動けたし会話も出来るので、何かの一過性の痛みかと思って立ち上がってベッドに行って寝ていれば治るかと思っていたほど、何でもない状態に戻っていた。ところが後で看護師さんに教えられたのだが「最早冠動脈が詰まっていたし脳に血液が十分に供給されていない状態なので痛覚が失われていた」ので痛みを感じないだけのことだったらしい。そこであのまま寝ていれば、そこで終わりだった訳だが、何となく不安を感じて自分で「119番」に電話して症状を説明して搬送をお願いした。それが命を救うことになったとは全く知らなかった。

すぐに来て下さった救急隊は今にして思えば心筋梗塞対応の準備をしてこられたようで、直ちに心電図をとり血圧を測定された。そして「さて、どこの病院に行くか希望がありますか」との質問があった。だが全く心当たりがなく「それでは国立(国際医療センターのこと)に行きましょう」となってストレッチャーに乗せられて既に国際医療センターに行く方向に準備されていた救急車に乗せられたのだった。病棟での言わば準主治医だった女医さんには「心筋梗塞の生存率は25%。救急車が間に合わずに亡くなる方が50%、病院まで来られても間に合わなかった方が50%で、即ち25%となる」と教えて頂き、自分が如何に幸運だったかを知った次第だった。

二度目:
2013年8月14日だった。前日に国際医療研究センター(NCGM)で主治医の循環器科医長先生の定期的検診で「問題なし」と診断された翌日だったのだ。午後になって何となく少し背中に違和感を覚えた。痛みと言うまでには至っていないが何となく不安なものがあったので、主治医に電話で「心配すべき状態か」と伺ってみた。先生は「何でもないとは思うが、不安であれば救急外来で対応する時刻なので来てみれば良い」と言われた。そこで、何気なくPCを起動させると冷や汗が出てとても対応できない状態だったので、使っていなかった血圧測定器を引っ張り出して測定すれば何と「180/80」という高さ。ここで「待ったなし」と思って救急車の出動を要請してNCGMに。血管造影室で直ちにカテーテルの処置を受けることになったのだが、駆けつけられた主治医には「来て良かったよ」と声をかけられた。

ここでの教訓は「痛みも感じられない状態でも万一の場合を疑って緊急の処置を講ずるべきである。心筋梗塞は時間との闘いであるから」だった。

三度目:
昨年、即ち、2014年の12月30日のことだった。昼に新宿駅西口の地下で食べたしめ鯖の中毒だったと思う以外に思い当たる原因がないが、兎に角夕方から激しい嘔吐となって苦しんだ。NCGMの救急外来の看護師さんに電話で相談してポカリスエットを1.5 リットルも飲みながらだったのだ。症状が治まってから睡眠薬でも飲んで寝てしまおうかと思ったが、、本当に念の為と思って救急車をお願いしてNCGMに向かった。そこで下された意外な診断が「嘔吐による脱水症状で血栓が出来ていたので、直ちにカテーテルでの処置」となったのだった。この時は嘔吐にだけ神経が行っていたのか、胸にも背中にも全く何にも感じていなかった。だが、救急外来に行ったことが命を救う結果となったのだった。

ここで思い知らされたことは「脱水」は強敵だという厳しい事実だった。その難しさは水分のとり過ぎもまた芳しくないので細心の注意を要する点である。心臓に何か疑問を抱えていれば夏場の脱水に気を付けるべしなのだ。

教訓:
もしあれば、自分で毎日決まった時刻に体重と血圧を測っておくことくらいしかないが、一寸でも胸か背中にそれまでに経験したことがない痛みか疼きのようなものを感じたならば「冠動脈か心臓の関係の病気かと疑って病院に行ってみることだろう。心電図をとって貰えば明らかになると思うから」くらいのものだ。なお、回復後の食事療法その他は重要なことだが、またの機会に採り上げたい。
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