マドリーの恋人

ヤマダトミオ。 画家。 在スペイン45年。

ジジイたちのスペイン旅行 1

2016-05-26 13:00:00 | スペイン日記

青空のトレド

 日本の友達とグラナダ、セビージャ、リスボンを旅して来ました。当初の予定では、我々の還暦前にしようと計画を立てたスペイン旅行でした。でも、親の介護や仕事の都合で10年も遅れました。そのために買った車もガレージで昼寝をしていました。ここは70歳前に旅ができたのを喜ぶべきでしょう。東京―マドリード間は直行便がありませんが、この10月にイベリア航空が直行便を再開します。その季節でも良いのですが「スペインの旅は5月」と僕が決めていたので、この10年間友達二人もそのつもりで居ました。

 5月は暑くなく寒くなく、イベリア半島の日没は9時過ぎです。老眼のドライバーには日が長いのは安心です。夜の8時頃にマドリードのバラハス空港に着いた友達はまだ明るいので、きっと時間の感覚が狂ったはずです。幸いに我が家は空港に近いので、すぐにビールにありつけました。「友、遠方より来たる酒また楽しからず」です。まずは無事のマドリード到着に乾杯!軽い夕飯もワインで乾杯しました。疲れがでたようなので、我が家のそれぞれの部屋で寝てもらいました。

 翌日は時差ぼけで二人とも気怠そうなので、近所を散歩したあとは家でうつらうつら、ゴロゴロとしていました。夕方はマドリードの飲み屋街へバスで行き、バル巡りです。一軒目は「タラのブニュエロ(buñuelo/天ぷらよりも衣がふっくら)とタラのコロッケのタパスで知られた、80年くらい前からあるバルです。スペインの地方から来た人は必ず寄りますし、中南米からの旅行ツアー客も入ります。バルの中はあらゆるなまりのスペイン語が飛び交います。おまけに土曜日の午後!人混みは中途半端ではありません。

 すぐにカマレロ(camarero/ ウェイター)を捕まえてビールを注文して壁の棚(タパスやビールを置くバー)を確保しました。ここでは(1)カマレロは捕まえる (2)同時に飲み物を注文して場所を確保する (3)すぐタパスを買う列に並ぶ、です。

タラのブニュエロのバル

 僕が一人で行くときは⑶、⑵、⑴の順です。友達がまだスペインのペースに馴染まないのは当たり前ですが、二軒目のエビ(鉄板焼きとオリーブ煮)、三軒目のタコ(茹でタコ+ジャガイモ)、四軒目のトルティージャ(スペイン風オムレツ)とタパスを摘まみながら回るバルの雰囲気にはすぐ慣れました。日本でもこの数年のあいだにタパスのバルが増えたお陰です。

 このブログにも時々書いているバル巡りですが、その仕上げはシェリー酒のバルです。ここも目一杯混んでました。この数年、なぜか、イギリス人観光客で一杯なのです(アイルランド人?)友達は「立ち飲み」に疲れてきたのか、シェリー酒が強すぎるのか(アルコール度はワインより高く、日本酒くらい)、はては時差ボケか、ポケ〜としてきたのでタクシーで家へ戻りました。このバル巡りを日本から来た友達とするときは、パスポートのコピーと現金60ユーロだけをポケットに入れて来て貰います。僕の財布の話(前のブログ)ではありませんが、スリに気を使っていたらワインが美味しくありません。

エビのタパス

 翌日はトレドへ行きました。僕の車(ミツビシのミニバン)で旅行をするので友達に慣れてもらうのと、スペインの交通の左ハンドル運転にも慣れてもらうためです。僕らの世代はアメリカのTVドラマ「ルート66」を見て育ちました。爺になった僕らも、窓から肘を出して風に吹かれながらスペインの荒野をドライブするのが夢でした。車はオープンカーではなくミニバンと歳相応にしました。旅の最終日はリスボンからマドリードへ一気に戻るので、運転は三人で交代します。オートマ車が当たり前の日本ですが、僕の車はマニュアル・チェンジでスペインはまだまだ主流はマニュアル車です。

 尻込みする二人を車に押し込んで、いざ、トレドです。マドリードからトレドは高速で一直線なので1時間足らずです。二人とも長年運転しているので、こちらの交通事情にもすぐ慣れました。でも、ロータリーは苦手なようなので、市内は僕が運転する「暗黙の了解」をしました。トレドへ来ると僕はいつも街の全景を眺めてから市内に入ります。そのビュースポットまでのくねくねの山道が嫌ですが、一望の価値はあります。おつりがくるほどです。夕暮れに包まれるトレドの全景が大好き、の日本人観光客が99%だと思います。僕も好きですが、朝日の作り出す建物の陰影で立体的になったトレドの街も好きです。

 トレドの全景を眺めながらいつも思うのはエルサレムです。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地エルサレムには宗教が違いながらも一緒住んでいた時代もありました。聖地ではありませんがトレドもそうでした。囲むタホ河はこれから行くリスボンまで続き、大西洋に流れ出ます。ワイン片手に一日中眺めていたい街並みです。狭い路地のトレドの街中は観光客でごった返へしていました。昼飯時だったのでテラスはどこも満席で、「2時間後まで席はありません」のスペイン語が聞こえていました。表通りも裏通りも同じように狭いのがトレドで、広場と大聖堂前が広いだけです。

トレド大聖堂の正面

 こう言う観光地では、歩いていて店の中でも外でもテーブルが空いてるバルがあったら、すぐ座ります。ガイドブックの「満足度何点のレストラン」や「お勧めタパスのバル」探しを日曜日のトレドでやってると、必ず食いっぱぐれるか、マクドナルドになります。ここはスペインです、トレドは世界遺産の観光地です。そんなところでガイドブックにも載れないバルでましなものを食べるには、まず、店主に今日は何があるの(ケ・プラト・ティエネス)?って聞きます。店主もスペイン語が分かる客なら美味しいものを出してくれます。

 僕らが食べた自家製(奥さん手作り)のピスト(ラ・マンチャ地方のトマトの名物料理−トレドはラ・マンチャ州の州都)はトマト・ソースで水増しをしていました(日曜日の観光地です)。でもズッキーニや玉ねぎはちゃんとトマトのぶつ切りと一緒に炒め始めたようなのでトマトの酸味がしみていました。救いは上質のオリーブ・オイルを使っていたことです。

 生ハムはイベリコブタではないけど、普通のハモン・セラーノを厚く切ってくれました。サラダはレタスがパリパリ新鮮でしたが、マドリードの食堂点数で言ったら30点です。マドリードへ戻り、友達二人をプラド美術館で降ろしてから、僕は夕飯の用意と旅バッグのパッキングがあるので家へ帰りました。心配だったけど二人はバスで無事に我が家へ戻りました。

 明日から日本食はないので、今夜は鍋焼きうどんを作り再び乾杯です。きのうの昼に焼いた鳥の丸焼きが残っています。バラシて鍋に入れたらうどんが隠れてしまいましたが、その上にタマゴを割って落としました。鳥の骨はラーメンのスープ用にニンニクと長ネギと一緒に煮込みました。寝る前に瓶に入れて、明日、旅に出る前に冷凍します。

 次はグラナダの話ですが、毎週アップできるようにします。そうそう、この土曜日(528日)はミラノでヨーロッパ・チャンピオンズリーグの決勝戦です。レアルとアトレティコが再びぶつかります。2年前のリスボン戦の時は「奇跡のダービー」とマドリっ子たちがそれぞれのクラブの旗を担いで、どっとリスボンへ行きました。奇跡って何回も起きるものなんでしょうか・・・?

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ちょっと、いい話

2016-04-21 11:00:00 | スペイン日記

戻ってきた財布

 旧友とマドリードで飲んだ時の話です。旧友は長い間マドリードに住んでいた日本人ですが、親の介護もあって帰国しました。でも、介護ストレスの発散にはマドリードが良いのでしょうか、たびたびこっちへ“帰国”してはガス抜きをしています。その友達と「昔飲み歩いたバルを“はしご”しようぜ」とまだ日の明るいうちから飲み始めました。ワインの美味しいバルをはしごするたびに昔話はどんどんさかのぼりました。数軒目のバルで「ワインは旨いけどタパスがダメだ、タパスの旨い地区(バリオ・デ・タパス/Barrio de Tapas)へ行こう」となりました。タパスの旨いバルが並ぶ地区は移民者も多いせいなのかワインがいまいちなのですが、小腹もすいたので“シマ”を変えました。

バスク(スペイン北東)のタパス

バスク(スペイン北東)のタパス

 飲兵衛は飲み始めるとグラスを口へ運ぶ以外の動作は面倒になります。歩いたりメトロに乗るのは面倒くさいのでタクシーに乗りました。そのタクシーに財布(ビジェテロ/Billetero)を置き忘れました! タクシー代は札一枚で済むのに、ワンメーターじゃ悪いと、チップのために小銭入れをポケットから出したのが失敗でした。財布と小銭入れは別々にしているので、手に持っていた財布をシートに置いてしまいました。チップを渡してそのまま降りてしまったのです。財布を忘れたのをすぐ気が付いたのですが、タクシーは見当たりません。運よく、近くに警察署があったので、もしタクシー会社から問い合わせがあったら連絡を下さいと、迷惑そうな顔の警官に携帯電話の番号を無理矢理押し付けました。

チョコ(セピア)のフライタパス

 スペイン人なら誰でも知ってる地区なので、その辺りを流しているタクシー運転手なら何回も僕らが降りた場所に客をおとします。酔いもさめそうになりましたが、新鮮な海産物のタパス―あさりやタコが抜群でした―で再び飲み始めたら白ワインが止まりません。財布のことは忘れていました。二人ともかなり酔ったので、じゃ、介護をガンバって、と別れました。無一文の僕は友達にご馳走になり、帰りのタクシー代も借りました。借りた分は日本の居酒屋でおごる、と言う飲兵衛どうしの“酒約束”です。

オリーブオイルでさっと揚げたボケロン(カタクチイワシ)のタパス

 家へ戻ったら、タクシーの運転手から電話がありました。持ち主の確認の為に財布の特徴を聞くので、え〜と、スペインの健康保険書が入っていて〜、そうそう、アトレティコ・マドリーのカレンダーが入ってる〜、でお互いに笑いました。夜中の12時頃でしたが、運転手が財布を自宅に届けてくれました。お礼に中身の現金の半分を取ってもらいました。警察署に電話番号を置いてきたのが幸いしたようです。スペインのタクシーの中には奇特な運転手がまだいます。本当に嬉しかったです。この財布が戻ってきたのはこれで2回目です。角がすり減ったみすぼらしい財布ですが、Gパンの尻ポケットにはこれでいいのです。

小さいカレイのタパス

 この財布の前の財布は4回戻ってきましたが5回目にマドリードで掏(す)られました。それもボロボロになるまで使っていました。タイには大ガエルがいるのか、カエルの皮で作ったタイ製の財布でした。冗談みたいな話ですが、東京やマドリードでその財布をどこかに置き忘れましたが、いつも「帰って」きてました。カエルの皮のお陰か水にも強くて、Gパンごと洗濯機でうっかり洗いましたが型崩れはしませんでした。中の札もしっかりと水から守ってくれました。

コルデロ(子羊)のタパス

 僕は飲むと財布を忘れるので、カードやマイ・ナンバー・カードや運転免許証などは別にしています。じゃないと年中再発行です。いつもの飲み屋へ行くときは、小銭入れに数枚の札を入れれば足りるので、財布は持って行きません。それでも、僕はまだ財布を使うほうで、スペイン人の友達は使いません。札ごとポケットに入れて、小銭にもポケットです。いくら持っているのかが一目瞭然ですが、誰も気にしません。四月も終わりそうなのに、スペイン新政府は生まれません。もう4か月間も前内閣が引き続き政治をしています。前のブログに書いたように、再総選挙になりそうです。

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アセイツナ

2016-03-14 11:30:00 | スペイン日記

カンポ・レァルのアセイツナ

 アセイツナ(aceituna)とは日本でもバルのタパスでおなじみになったオリーブ(の実)です。我々の世代ではカクテルのマルガリータに添えてあったのが、初めてみたオリーブではないでしょうか・・・。スペインへ来るまでは、タパス・ランクとしてはかなり低い、とは知りませんでした。掃いて捨てるほどにあるのか、マドリードから南下するほどに頻繁に出ます。


 地中海沿岸ならどこでもオリーブ畑はありますが、大産地はスペインの南、アンダルシア州のハエン県(Jaen)です。赤茶けた土地の地平線の向こうまで続くオリーブ畑のパノラマには日本人なら誰でも「すげぇ〜」と思います。僕がそれまでに見た地平線まで広がる耕地は北海道でしたが、オリーブ畑には温かみがあります。遠くから見るオリーブの木には丸みがあるのです。子供が描くように〇を描いて下に棒をつければオリーブの木です。


 オリーブの実は絞ってオリーブオイル、塩漬けにしてワインのつまみのオリーブになります。スペイン人も好きなのでしょう、庭にオリーブの木を植えている隣人は多いです。僕の庭にも一本ありますが、毎年4キロくらい採れます。冬にオリーブの塩漬けを作りますが、観賞用のオリーブの木なので、オリーブの実の種が大きくて果肉が貧しいのが欠点です。三つくらい齧って、ハエンのオリーブ一粒くらいの果肉量です。

庭のオリーブの木

 塩漬けそのものは漬物程度の手間ですが、その前の処理、実を苛性ソーダに漬けての渋抜きが面倒です。漬ける時間が足りないと渋いし、漬けすぎるとオリーブの味が薄くなりしょっぱいだけになってしまいます。苛性ソーダはヤケドをするので、ゴム手袋をはめての作業も面倒です。たかが4キロにそんな手間暇かけるのが、歳とともに億劫になりました。


 なので、マドリード産のオリーブを買ってしまいます。マドリード州の南東にカンポ・レァル(Campo Real)と言うオリーブの産地があり、そこの「浅漬け」を買います。「浅漬け」は「ハエン産」と比較して僕がそう評価するだけで、産地では普通のオリーブです。色がみずみずしいグリーンで、アンダルシアのオリーブ・グリーンやブラック・オリーブではありません。果肉が適当に歯ごたえがあり、厚いです。食事を作るときに僕は白ワインでボリボリと齧ります。


 ハエン産のオリーブとカンポ・レァルのオリーブの違いは、果肉の歯ごたえです。カンポ・レァルのオリーブは口の中で果肉を種から歯で剥がしますが、ハエンのは噛むだけで「スポッ」と果肉だけが種から外れます。カンポ・レァルのオリーブはオリーブの味で、ハエンのはオリーブオイルの味です。塩味はカンポ・レァルのオリーブほうが強いです。そこが難点だったので、庭のオリーブで塩分カットのオリーブを自分で作っていたのです。でも、健康志向キャンペーンのお陰か、カンポ・レァルのオリーブも塩味が薄くなりました。

カンポ・レァル村と丘の上の聖母カスティージャ教会。その後ろに広がるオリーブ畑

 そのオリーブの村・カンポ・レァルへぶらりと行ってきました。面白くない村でした。マドリード市内から車で40分くらいですが、平日のバルは閑散としていました。昼飯どきなのにマドリードの活気がないのは、仕事場―自宅が近いので帰って食べてるのでしょう、面白くもない。ブルーカラーは仕事の相棒とバルで定食(10ユーロ/1300円くらい)を食べながらひいきのサッカーチームの話に唾を飛ばすのが楽しみだったのが、ひと昔のスペインでした。


 ホワイトカラーはレストランで同じことをしていました。食後のコーヒーを席を立ってバルのカウンターで飲むと、リキュール一杯をオヤジ(店主)がサービスしてくれました。空いたテーブルには次の客が座れるので、オヤジには良い客なのです。カウンターで一杯やってると政治談議が始まっていました。それも昔話となりました。何故って? まだ新内閣ができていないのです。

聖母カスティージャ教会

 12月末の総選挙結果は国民党(右派)、社会労働者党(左派)、ポデモス党(極左派)、市民党(中道派)で議席を分け合いました。国民党のラホイ現首相は過半数の賛同を得るのは無理とみたので、首相選には出ませんでした。社会労働者党のサンチェス書記長が立候補しましたが、賛成は三分の一ちょっとでした。首相選は一回目は議席の過半数、2回目は賛成数が反対数を上回ることですが、2回とも反対されました。そこにたどりつくまでのひと月間のサンチェスの茶番劇は選挙宣伝をやってるようで、かなりの国民がうんざりしました。


 初めから結果は分かり切っていたのに、何のためにひと月も無駄にしたのか?です。国民党と社会労働者党の連立内閣でやろうと呼び掛けているラホイにサンチェスは全く耳を貸しません。4月末までに組閣できないと6月末に再選挙です。再総選挙費用捻出に特別予算を組まないとスペインの台所には金の余裕はありません。それに再選挙結果が今回と同じにならないとは誰も保証できません。ラホイもサンチェスも首相の椅子は諦めて、後任に譲ったほうが賢明です。

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ケ・セラ・セラ

2016-02-12 11:30:00 | スペイン日記

マッシュルームの腸詰炒め

 1月は、連日のワインの飲みすぎか? 日本の個展疲れが月遅れで出たのか? 体がだるい毎日でした。スペイン人の友達からは暖冬のせいだ、日本人の老友には歳だ、と言われました。マドリードの街中のバルへ飲みに出るのもおっくうなので、家の近所のスーパーでワインを買って「家飲み」でや(飲)っていました。日本風に描写すれば、炬燵に足を突っ込んで火鉢で熱燗を飲りながらカップ麺をすすりミカンをほおばる、と言うグータラな毎日でした。


 でも、スペイン人絵描き友達とささやかな「初飲み」をやろうとなり、マドリードの「飲み屋街」で落ち合いました。まずは、ビールで乾杯をしようと、地ビールを造っているバルへ行きました。ところが、ビール造りを昨年でやめてしまいました。出されたのがスペイン北西・ガリシアのビールメーカーの瓶ビール、こんなのはスーパーでも売ってるぜ、でスタートから躓きました。「ガリシアで始まった」と訳の分からぬこじつけで飲み歩きを始めるのは、東西どこの飲兵衛も同じです。


 で、次はガリシアの白ワイン・リベイロ(Ribeiro)を飲みにオウレンセ(Ourense/ガリシア州の内陸県)のバルへ入りました。リベイロ・ワインは日本酒の杯を厚くしたような形の白い陶器の杯で飲みます。アルコール度はビール程度の若いワインなので、ハラ(jarra/大瓶)で頼んでガンガン飲んでも大丈夫です。でも、ここでも躓きました。いつも居る店主・ハイメが田舎へ戻ってて居ません。仕方ないので、タパスに頼んだ「ブタの耳の鉄板焼き」の焼き具合を若いのに指示しました。店主なら客の顔を見ただけで鉄板焼き加減を知ってます。


 ハラがテーブルに置かれてから、友達の一人が白ワインは医者から禁止されている、と言い出しました。オイオイ、ですが、店の人にリベイロの赤はあるの?と聞きましたが「なし」でした。当たり前です、リベイロは白ワインだけです。彼だけリオハ(Rioja)の赤ワインにしました。でも、なぜ? 赤ワインはOKで白ワインがダメなのか、で盛り上がりました。彼が心臓を悪くしたのは昔だし、コレステロール値が高いのは皆同じです。彼のドクターいわく、白ワインに含まれている「何とかタニン?」が彼の体質に悪いのだそうです。で、結局、リベイロのハラを飲み干した後は全員赤ワインとなりました。


 やはりガリシアは海老だぁ!と酔っ払った我々はエビの鉄板焼き屋へ行きました。ここでも再び躓きました。愛層の良かったベテランの店員は年末に定年退職して仕舞いました。ここの「ハウスワインの赤」は超甘口なので、リオハのちょっと高めの赤にしました。僕はエビをビールで摘まみたかったが、もうかなりアルコールが回っていたので、何でもOK状態でした。我々の平均年齢は60歳くらいなので、程よいところでお開きになりました。

チョリッソとニンニク、玉ねぎを炒め・・


 僕は「シェリー酒のバル」で飲み歩きの仕上げをするのがいつものコースですが、次回はそのバルからスタートしようと、別れました。楽しい酒だったのか、翌日は二日酔いになっていませんでした。飲みに出るのがおっくうになると食事を作るのもおっくうになります。日本ならカップラーメンがありますが、僕はチョリッソ(chorizo/ 豚肉の腸詰)を炒めます。

マッシュルームを加えるだけ

 チョリッソを適当に切って、玉ねぎとニンニクをスライスして、マッシュルームと炒めるだけです。これにチーズとパンとワインがあれば十分です。スペインのオヤジ料理の定番です。赤ピーマンがあったので、フライパンに残ったチョリッソの油で焼きました。フライパンがまだ熱かったので皮が焦げてしまいました。

カップ麺代わりのオヤジの家メシ


 ジョギングの帰りに毎日よるスーパーに茎の赤いアセルガスと黄色いアセルガスがあったので買いました。普段のアセルガス(Acelgas)は茎が白で、日本名は「不断草」の一年中ある緑の葉野菜です。ブティファラ(butifarra/カタルーニャの腸詰)と煮込みました。黄色いアセルガスは白のアセルガスと同じ味でした。赤いアセルガスは甘みの薄いビーツ(火焔菜、又はビート/西洋赤カブ)の味でした。二種類のアセルガスに染み込んだブティファラのブタ肉の味は思いのほか上品でした。煮込んだブティファラはホースラディッシュ(西洋わさび)のマヨネーズ合えで食べました。

赤と黄のアセルガス

 前回のブログにスペイン総選挙結果を書きました。それから2か月近くになるのに、まだ組閣できていません。組閣のために衆議院議会での首相選出選が行われ「首相適格者ナシ」にならないと、再総選挙もできません。社会労働者党(PSOE)のサンチェス書記長が国民党(PP)と一緒に組閣をするのを拒んでいるからです。ダラダラと他の党との協議を続けています。この夏まではスペイン新政府は生まれないでしょう。


 一般政治は国民党政府が続けるので、国民の生活は支障がありません。2016年の国家予算案は昨年末の総選挙前に議会承認済みなので、税金の取り逃がしも起きませんし、2016年度年金も0.25%上がりました。議会が開けないので困るのはEU(ヨーロッパ連合)からの法案審議が全てストップになっていることくらいです。ベルギーでも丸一年間無政府でしたが、ベルギー国民はおいしいビールを毎日問題なく飲んでいました。ノープロブレム、大丈夫です。


 バルのオヤジレベルでの話では、困るのはスペイン駐在の外国企業のようです。投資を続行するのか? スペイン公的資金からの融資受け取りの配分率(バラ撒きです)がどうなるのか? と本社から突っつかれてるようです。まぁ、異邦人にはケ・セラ・セラです。

ブティファラとアセルガスの煮込み

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2016年、よろしくお願いします

2016-01-08 12:00:00 | スペイン日記

今年もよろしくお願いします

 やっとクリスマス週間が終わりました。話は前後しますが、昨年の12月20日にスペイン総選挙がありました。暖冬で好天だったので73,20%の好投票率でした。フランコ独裁が終わった70年代後半にスペイン民主主義政権は生まれました。その後の40年間、社会労働者党(PSOE)と国民党(PP)の二大政党が交互に政権を取り合いました。それが壊れました。この総選挙では国民党、社会労働者党、ポデモス党(PODEMOS)、市民党(Ciudadanos)の四大政党制になりました。各党の性格を一言で言えば、

です。


 国会議席数の半数は176なので、安定した政治には国民党と社会労働者党と市民党の三党での組閣が望ましいのです。ところが、社会労働者党の書記長・サンチェス(Sanchez)が猛反対です。書記長派(PPとの組閣反対)と重鎮派(賛成)の対立は社会労働者党を二分割したので、組閣に参加どころか書記長選になりそうです。国民党と市民党はそれを静観していますが、二か月たっても新政府が出来なかったら再総選挙です。

 夫婦喧嘩をしている場合ではないだろう、と思っているスペイン人には開いた口がふさがりません。こうなったのは、政治家たちがスペインの明日よりも大衆迎合のポピュリズムを優先させたからです。ですが、当人たちの言葉を借りれば「スペイン民主主義が円熟した」からだそうです。

玄関の外にはツリーを飾りました

 年明けから、船頭だらけの舟に乗ったスペインですが、スペイン人はクリスマスを大いに楽しみました。12月24日〜1月6日がナビィダァ(Navidad)と呼ばれるクリスマス週間なのがスペインです。その間にクリスマス、大みそか、正月、レジェス・マゴス(Reyes Magos /東方の三賢帝)のイベントがあります。昔はベレン(Belen/イエス誕生)を飾るだけだったスペイン家庭もクリスマス・ツリーも飾り、サンタクロースも煙突から入るようになりました。プロテスタントや他のヨーロッパの国々のクリスマスは12月24日と25日なので、そこの日本人家庭はツリーを片付けて正月のお飾り、だと思います。

中にはベレンを飾りました

 クリスマスのながいスペインの日本人家庭は、ベレン、ツリーと一緒に正月のお飾り(門松や鏡餅)も並びます。クリスマス週間は家族、親戚、友達、隣人が集まり、毎日がパーティーです。ともかく食べて飲むのでどんどんデブります。うちはカポン(Capon /放し飼いの地鶏)の丸焼き、生ハム(Jamon Iberico)、羊肉の炭焼き、クルマエビの鉄板焼き、ステーキ、コシード(cocido /ガルバンソ豆とトリ、牛、腸詰の煮込み)でした。日本人には重すぎるので、僕はイベリコブタ鍋、すき焼き、石狩鍋、おでん、巻き寿司、スズキのカルパッチョなどの和風料理も作り、できるだけ軽くしました。

カポンの丸焼き

 カポンは肉屋に注文をしておかないとマドリードではなかなか手に入らないので、12月初めに予約をしました。ガリシア(スペイン北西部)の地鶏で、6〜8人分は4キロを超えました。6000円くらいでした。カポンは焼く前夜に塩水に一晩漬けます。ご飯を軽く炒め、それにネギ、干しプラム、クルミ、キノコなどを混ぜてお腹に詰めました。ラードをカポンにたっぷりと塗り、オーブンを200度にセットして3時間焼きました。一度カポンを寝返りさせましたが、たびたび汁を浴びさせて焼きました。ラードのお陰で、肉がパサパサになりませんでした。普通のトリ肉とは比べ物にならない味の濃いカポンの肉はしっかりした歯ごたえでした。

お腹の詰め物

 イベリコブタ鍋は水炊きの鶏肉の代わりに生ハム用に育てたイベリコブタのロース肉を使った水炊きです。大根おろしを入れたポン酢で食べると、イベリコブタの肉のうまみが際立ちます。スペインではすき焼き用の牛肉は売ってないので、自分で切ります。牛ロースを500グラムか1キロのブロックで買います。一度冷凍してから軽く解凍させて、スライサ―で切ります。スライサーはすき焼きの為に買いましたが、使うのは年に2,3回です。

今年のハモン・イベリコ

 日本より持ち込んだ乾燥糸こんにゃくをお湯で戻し、干しシイタケも戻し、中華食品店のエノキダケの缶詰をあけ、日本人豆腐屋の焼き豆腐を切っていれます。割したは関東風にしました。石狩鍋はこんにゃくがなかったので豆腐を使いました。日本から持ってきた酒粕を冷凍保存して使ってます。ゴボウも乾燥ゴボウです。

スライサーと牛ロースのかたまり

スライスしたロース

豆腐の石狩鍋

 ワインは毎日飲み、それにカバ(cava /カタルーニャのシャンパン)もたびたび加わりました。クリスマス週間には甘いものが付きものです。普段甘いものは食べない僕も年に一度しかお目にかからないお菓子なので、食べてしまいました。マサパン(mazapan /アーモンドの粉で作る、餃子の形をした焼き練り物)、ツゥロン(turon /砂糖、蜜、卵白で固めた板に丸ごとのアーモンドが入っています)、ポルボロン(polvoron/ウイキョウを混ぜたアーモンドのクッキー)、ロスコン(roscon /丸い菓子パン)がクリスマスお菓子の主役たちです。

ロスコン

ツゥロンとポルボロン

 ()の説明だけでも太りますが、僕も2キロ太りました。一年で一番食べて、プレゼントもするので、食費と買い物に金が消えていきます。だから、12月のサラリーは2か月分、年金も2か月分出ます。大みそかはマドリードのソル広場の時計台のボ〜ンに合わせて12粒のブドウを食べました。カバで2016年おめでとう!を乾杯しました。


 元旦は胃がヘロヘロなので、昼はお雑煮と根野菜の煮つけ、夜はけんちん汁だけで十分でした。クリスマスの締めくくりが、1月6日のレジェス・マゴスです。クリスマスプレゼントの日ですが、1月5日の夜はレジェス・マゴスのパレードなのでマドリードのメインストリートは子供たちで埋まりました。その1月6日はニーニョス(Niños)と呼ばれる「子供の宝くじ」もあります。スペインはドン・キホーテの国なので、クリスマス宝くじで始まって子供の宝くじで終わります。確率たった5%の大当たりに夢を託すのです。

レジェス・マゴスのパレード

 その大当たりに2回もたて続けに当たった町があります。アンダルシア州(スペイン南部)のアルメリア県のロケタス・デ・マル(Roquetas de Mar)はクリスマス宝くじの一等を当てましたが、その2週間後の子供の宝くじでも再び一等を当てました。双方の一等に当たった人もいて、一人で1億5千万円を手にしました。当たる人には当たるのです。クリスマスなのでくだんの教会の鐘もほぼ毎日けたたましく鳴っていました。今年もワインを片手に年が明けました。よろしくお願いします。

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