クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

馬車に乗ってやって来る春は何を運ぶ? ―コトノハ―

2017年05月02日 | コトノハ
春はどこか悲しい。
知人の母親が亡くなったのは春だった。
病を患っていたのだけど、
まるで春の到来を見届けたかのように静かに息を引き取った。

別の頃、春に自らの意志で彼岸へ行こうとした人もいた。
用意周到に計画したのに失敗した。
聞いた話では、いま幸せに暮らしているという。

横光利一の代表作の一つ「春は馬車に乗って」は、
病気に苦しむ妻をモチーフにした作品だ。
死が色濃い妻と「私」とのやり取りを描いている。
静けさと修羅場。
春が2人を包み込む。

  「とうとう、春がやって来た」
  「まア、綺麗だわね」と妻はいうと、頬笑みながら痩せ衰えた手を花の方へ差し出した。
  「これは実に綺麗じゃないか」
  「どこから来たの」
  「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を撒き撒きやって来たのさ」
  (横光利一作「春は馬車に乗って」より)

芽吹く命があれば、
去っていく命もある。
馬車に乗ってやってくる春は喜びか、それとも悲しみか……

春の明るい光に包まれる一方で、色濃くなる影。
だから人は春の到来に喜び、不安を覚えるのかもしれない。
コメント (1)
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