努力万能

目標は生活を支配し、夢は人生を支配する
二兎追う者のみ二兎を得る

JTU認定記録会2020九州ブロック佐賀県会場

2020年02月26日 | トライアスロン
2/23

おととしの記録 531*2+1803=2906
去年の記録 542*2+1820=2945
二か月前の記録 5:45*2+19:17=30:49
今回の目標 530*2+1900=3000
目指すべき自己ベスト 530*2+1750=2850
2020シーズンの目標 
520*2+1730=2810
という設定のもと、

今回の記録
Swim 400 5:35
Run 5000 19:30
Total 30:40

スイムのベストが出なかったのが何よりも悔しい。
練習でのタイムや感覚はこれまでで一番いいくらいだったので、
どうやってもベストが出ると思っていたが、ベスト5分31に届かなかった。
入りの100は80を切るやろうから、中盤の100と100を85を超えないようにして、最後出し切ったら5分30は切るやろうという計算。
実際は78、86、87、84で5分35。
中盤が85を超えてしまったことが修正点か。
最初の100はやりすぎないつもりでできたやろう、
次の100は落としすぎないように、でもばてないように頑張らない、
次の100は少しだけあげる、
ラスト100はめっちゃあげる、
という計画で、ほぼ思っていた通りできたし、ばて過ぎにびびって中盤あげれなかったが、それも予定通りで、
あれ以上あげたら最後のあげは無理どころか、失速していたやろうから、現状の実力が出たと思う。
ああー悔しい。

ランは二か月前の福岡で19分17で、その頃よりは練習できているので、
90で回すことを目標に何とか粘って、18分台は行けると思っていたが、
それすらかなわず。
85で入って、3分39、3分42とまあ序盤は予定通りやったが、これがやりすぎやったのか、
ここから落ちる落ちる、集団からこぼれ、どんどん抜かれ、
3分57、4分6、4分で19分30。
何とか96は維持しようとしたが、それすらかなわず。

終わってみれば、二か月前の福岡とほとんど変わらないタイム、あいかわらず30分を超えてしまった。
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2020とやま・なんと国体GS成年男子C(滑走10日目)(たいら

2020年02月21日 | スキー
2月18日

2020とやま・なんと国体GS成年男子C 88位 /112 1:23.43 256.37 LAP 1:06.54(たいら)

仕事のため、レース前日からしか滑れず、コースオープンには行けず、
地味に楽しみにしている開始式にも行けなかった、残念。
夕方まで福岡県久留米市にいた自分が、車、JR、地下鉄、飛行機、バス、バス、車と乗り継ぎ、
その日の23時前には富山県南砺市の山の中の宿にいるという
まあしんどい移動やったが、なんとかなるもんや。

スキー場には練習できるようなところはほとんどなく、
ポールを張られているアップバーンもなかったので、
今シーズン、ポールを滑れたのはこのレースだけというシーズンになってしまった。
練習できないにもほどがあるわ、ほんまに。

インスぺは雪の降る中、ストックのかわりにノートとペンを持って、コースを記録。
で、トイレの前の暖炉のところで、ノートを見てイメトレしながら、コースを完全に記憶していると、
「完璧ですか?」と他の選手に声を掛けられ、
「完璧なんですけど、滑っているときに覚えるかどうかはあやしいですよねえ」
なんて会話。
レース中に応援が聞こえるか、なんて話題もあったが、
集中しているからなのか、テンパっているからなのか、応援は聞こえたことがない。

がんばるんは当たり前やから、どっか一か所でも意識をもって攻めよう、
と思いきって、とスタート。
最初の緩斜面のスケーティングはやれた、ビデオで見たら相変わらず下手やけど、
たぶん、最初の急斜面の入り口もおもいきって入れたと思うが、
そのあたりから記憶はあいまい。
急斜面のスルーはグゥーっとなんとなくおぼえているかな。
そのあとの急斜面も思ったほど急斜面じゃなくて、
もっと攻めたいと思いながらも、
守っているわけではなく単純に技術がないから攻めれない、
と思いながら、滑っていた気がする。
緩斜面に入る手前からクロウチングに入る選手をいっぱい見ていたので、
自分も緩斜面に入る前からクロウチングは組んでいたはず、板がずれていたかもしれんが。
そのあとの最後の中斜面入口のスルーも無難にいき、中斜面から緩斜面も同じ感じ。
それほどでもないからもっと攻めたいのに攻めれない、って感じ。
で、ゴール前の緩斜面ではクロウチングを組みながらも、足が疲れていた。
で、ゴール、1分20秒は切りたいと思っていたが、1分23秒、トップと17秒差で256ポイント。
200ポイントは切りたいなあと思っていたが、1分19秒なら200ポイント切れているので、
やっぱ来年以降もそのあたりがいい目標なのか。
150ポイントとなると1分16秒でトップと10秒以内になるからそこは自分には厳しいやろうから。

ゴール後、コースの情報をこれから滑る田中さんに伝えようとしゃべるが、
呼吸は大丈夫やったが、寒さから唇がうまく動かず、必死にしゃべったが、
やはり何を言っているのかわからなかったらしい、申し訳ない。

大会後は五箇山の世界遺産合掌作り集落に寄ったり、
まあ相変わらず佐賀のみんなと楽しい大会期間を過ごさせていただきました。

次は認定記録会、スイムは自己ベストの5分半、ランは18分半でトータル29分半をきっておきたい。
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第69回別府大分毎日マラソン大会 

2020年02月04日 | トライアスロン
2/2

距離 42.195km(フルマラソン) 
目標 3時間10分
結果 3:08.12 

1kmごとのLAP
4.40
4.40
4.29
4.19
4.42 5km=22.51
4.26
4.27
4.27
4.35
4.37 5kmLAP=22.35 10km=45.27
4.31
4.58 トイレ
4.24
4.27
4.29 5kmLAP=22.49 15km=1:08.16
4.26
4.32
4.13
4.35
4.46 5kmLAP=22.35 20km=1:30.51
4.29 ハーフ 95.47
4.33
4.47
4.25
4.25 5kmLAP=22.41 25km=1:53.32
4.28
4.28
4.28
4.28
4.04 5kmLAP=21.57 30km=2:15.29
4.22
4.16
4.23
4.23
4.23 5kmLAP=21.48 35km=2:37.17
4.30
4.16
4.21
4.09
4.28 5kmLAP=21.41 40km=2:58.58
4.10
4.10
0.54 後半ハーフ 92.25
42.195km 3:08.12

練習量
6月 276km 26k(4.44)
7月 357km 26k(4.38) 26k(4.37) 29k(4.54)
8月 309km 26k(5.05)
9月 337km 31k(4.42) 31k(4.40)
10月 212km
11月 265km
12月 290km 26k(4.34)
1月 363km 31k(4.28) 

10月の筑後川まではしっかり練習できたが、
12月の防府までの間にけがを重ね、いまいち練習できなかったが、
防府後はほぼ完治し、しっかり練習できた。
最後の30キロ走は3時間10分想定でキロ4分28で余裕をもって終了。

なので、今回の目標は3時間10分、
3時間13分という2011年の初マラソンで出した自己ベスト更新。
ずっとサブスリーって思ってきたので、
その呪縛を取り払い、3時間10分で達成感を味わえる状態にはなれていた。

で、何と目標達成。
目標を達成できるレースなんでほとんどしたことがないので、
ゴールした瞬間はちょっとウルってきたが、涙はサブスリーまでおいておいた。

スタート前、歩道橋の向こう側へ、
2022年2月にはもうこの歩道橋は渡らないと考えながら、渡る。
スタートまでまだ2時間以上あるのにあいかわらずすでにテントはいっぱいで外で休憩。
でもまあそれが寒くないくらいの気温。
最高気温は13度くらいなので、アームウォーマーと薄手のグローブ2枚重ねで、アンダーアーマーなしで準備。
シューズは防府後から取り入れたズームフライ。
ラインナップ直前にもトイレに行き、保温のためビニール袋をかぶって準備万端。
補給は60分から30分ごとに粉飴100kcalを4本、給水は必ず2つはとって、しっかり飲むことで脱水を防ぐ。
とにかく最初は行きすぎないように、脈140台で5キロくらい、
30キロまでは150台のつもりで、30キロ以降は160台を許容し、37キロ以降はガンガン行くから170越え問題なし、という姿勢。

で、スタート。
サブスリーは念頭にないので、ネットとグロスは気にしないが、65秒も後ろでのスタートとなった。
気分的にもっと前でスタートしたいもんや。
まわりにあわせつつ、2キロ地点で9分20、焦らず少し上げようか、くらい、
3キロ過ぎから少し尿意、あんなにスタート前にトイレに行ったのに、なぜ、まあそのうち消えるやろう。
5キロ、22分51、23分になっていないのでオッケー、脈も150いってないし。
4分半前後のまま、10キロで22分35、まあこんなもんか、脈は150前半。
でも尿意が気になり気にし続けて給水を取らなくなるのは怖いので、
11キロ過ぎにあきらめてトイレへ、40秒くらいロスしたが、そっから走りやすくなったので問題なし。
あせらずゆっくり戻そうとするも、2~3キロくらいでだいたい元の位置へ。

15キロ過ぎくらいからまわりが遅く感じはじめ、少しずつ抜いていく感じになったので、
やりすぎないようにするためにも、ついていく選手を決めて、真後ろについて、
足だけ見て回りは見ないように、下見て走る。
でもちょうどいい選手はなかなかいないので、次から次へ前に乗り換えていく感じ。
集団はなく、選手はずっと連なっているので、まあなんとかなった。
20キロ過ぎてもそんな感じで、無理をしないで、感覚を信じて、
キロ表示に気づかないくらい前の選手の足だけ見て何も考えず走る。
30キロまではこれで行こうと思いながら。

30キロ弱で家族の応援にちょっとテンション上がって、前の選手を抜いてしまったが、
脈は170になっていたが、35キロまで上げない、無理しないと思いつつも、
このころはもうすでに普通に走っててもガンガン選手を抜いている状態。
データではハーフで2400位くらいでゴールは1600位くらいなのでそらそうか。
残りがキロ4でもサブスリーは無理やし、とかちょっと計算してしまうが自制する。
でもこれは初のネガティブスプリットがいけるやろうと考える。
顔を上げて前に連なる選手を見すぎると、ガンガン抜いていってしまいたくなるので、
そうならないように、つく選手を見つけ、下を見て走る。
でもつく選手がなかなかいないくらい自分が速い状態、なにこれ、こんな経験したことないし。
ちょっとあげるが、37キロまではやめとこうと自制する。
35キロ過ぎても、まだいけるので上げはじめ、でもビビりはあるのであげきらない。
37キロからはあと5キロということでいっていいやろとあげるが、そんなにはあがらんなあ、
このあたりで、ブラインドランナーを抜いたときにえらいテレビにうつってた。
もってるわ。
もうよほどのことがない限り3時間10分はきれる状態なので、がんばってあげる。
競技場に入ると、目標3時間10分を伝えてある山本さんから、目標にギリギリであるかのような大声援を受け、
少しでもいいタイムでゴールしようと競技場内はほんとにダッシュしたつもり、
さすがにビデオ見たら全然走れてなかったが。
で、ゴール。
山本さんと話してウルっとするし、家族と話してウルっとするが、涙はサブスリーまで取っておこう。

ラスト5キロだけがサブスリーペースやったので、あれをずっとというのはすさまじいことやが、やっぱり次はサブスリーやな。

2011年の天草での初マラソンがベストだったので、
ベストを更新するというのははじめてのこと、
キロ5分台にならなかったのもはじめて、
つぶれなかったのもはじめて、
ネガティブスプリットもはじめて、
サブスリー以外のやりたかったことはほとんどやってしまったくらい会心のレースやった。
はじめてまともなマラソンをできた気がする。
今回でマラソンは12回め、今までの11本はなんやったんかと、
こういうレースを重ねていたらもっとはやくはやくなれるはずなので、この経験を活かさないと。

つぶれてないのでそれほどダメージはないと思ったが、
ゴール後に、厚底部分に娘が書いてくれた応援メッセージを妻に見せようと足を上げるとめっちゃ攣ってしまった。
そしてあんなに給水飲んだのに、やはり脱水からか頭痛も寒気もあった。
まあフルマラソンはそんなもんか。

で、杉乃井ホテルへ。
歩く移動はよたよたやったが、食べ放題と温泉は気分よくちゃんと堪能した。
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