1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【住職の法話、考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に。2316話目】 子供にとっての最後の砦は間違いなく両親。世間が全員、子供を否定しても、親が最後まで子供を信じてあげたら、立ち直れる。

2021-11-22 09:41:05 | 法話
檀家家族が拙僧を家に呼んで話し合いが始まった。60代父親が「智樹(孫)の赤ちゃんの頃の写真を持ってこい」と40代息子夫婦に。その写真をテーブルの上に置いて父親が「こんな純粋無垢だった智樹が、どう育てたら、あんな15歳になるんだ。自分達の事ばかりを優先し、子供に寂しい思いばかりさせおって」と。

【追伸】
話し合いが終わり、60代父親が拙僧に「孫(15歳男子)は、見た目と違い、心まで腐ってはいない。私達の時代から、不良になる子供は、家庭が寂しいところが多かった。孫も私達の家に遊びに来た時は、幼少の頃と全く変わらん。まあ、見た目は世間から敬遠される様な身なりはしているが。必ず『爺ちゃん、婆ちゃん、心配せんでいいよ。親に反発しているだけだから。世の中には迷惑は掛けてないから』と。私達夫婦にも責任はある。遅まきながら、今からでも息子夫婦の育て直しをせにゃならん。親は何歳になっても、子供の親ですもんね」と。

投稿写真の赤ちゃんは、この法話の赤ちゃんではありません。43歳の時、不妊治療で初めて授かった檀家夫婦の赤ちゃんです。わが寺の檀家さんに限ってですが、40代で赤ちゃんを授かったは皆、不妊治療のお陰。結婚は何歳でも出来るが子供は、何歳でもという訳にはいかない。